北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

運命の導き ~ 後ろを通った友人の一言

2024-07-30 21:52:22 | Weblog

 

 先日開かれた高校の同窓会で、大学で水質工学を専攻してその後その方面で就職を果たした友人と久しぶりに会いました。

 そこで「水質工学」という名前を聞いて、(実はそこに行こうかと思っていた)ということを思い出しました。

 私が学んだ北大は、その当時入学の際には「理類」「文類」「歯学」「医学」という大まかな分類があってそれごとに入学するというシステムで、しかも浪人した私はそうした制度の最後の年の試験に合格して「理類」に入学したのでした。

 理類では1~2年前期までに様々な授業の単位を取得して、2年生の後半に3年生から進学する学部を決めることになっていました。

 その際には教養時代に取得した単位を数値化して一人ひとりに成績の順位がつけられ、その成績上位者から順番に希望の学部学科に移行するというシステムで、行きたいところに行こうと思うと、そこでまず勉強を頑張らなくてはなりません。

 2年生の後半に、進路希望を出すタイミングがあり、そこで第一希望から第五希望までを記入したシートを提出します。

 学部学科にはそれぞれ定員があるので、成績上位者がどんどん押し寄せるとその学科は満員になり、埋まった段階で進学希望者は第二希望、それも埋まっていれば第三希望に…、と回されて最終的な進学の学部学科が決まります。

 そうした2年生前期までの成績の結果、私は確か全学で300代半ばの成績でした。

 その順位の感覚は、当時大人気だった獣医学部は無理にしても、それ以外なら、まあ割と行きたいところには行けるかな、という感じ。

 しかしではどこに行こうかとなった時にはたと悩みました。

 大体は環境保全系に進みたいと漠然と考えていて、それでイメージした第一志望が工学部水質工学科でした。

 なので、もしも運命の舵が切られていたら、水質工学科に行った高校の同級生と同じ進路になっていたはずです。

 それが、そろそろ進路希望シートの提出期限が迫っていたころに、私の後ろを通ったクラスメートがポツリと「やっぱり北大のブランドは農学部だよな」とつぶやいたのです。

 その一言が頭に引っかかりました。

(北大のブランド…? 農学部…? 農学部に環境保全的な学びの進路はあるのかな…)

 そこで初めて農学部での進路を調べてみると、農学科に花卉造園講座がある、と知ったのです。

(そうか、水質も良いけれど、緑化系も面白そうだなあ)

 そしてそれが決め手になって、進路シートの第一希望を「農学部農学科」にして申し込みをしたのでした。

 思い返せばなんともイージーな方向転換でしたが、人生の分かれ目になるできごとで、今でもそのシーンを思い出すことができます。


       ◆


 2~3週間後の進路決定発表は、各学部の掲示板に学科名と合格者が張り出されることになっていて、発表当日にドキドキしながら農学部へと向かいました。

 当時の農学部の募集定員は5講座×5人の25名。私の成績では多分ギリギリかもしれない微妙なところでした。

 学部の掲示板に貼られた合格者発表では…農学科に合格!それもなんと26番目での合格でした。

 実はその年は、留年者が多かったために各学部学科に増員の指示が出ていたようで、農学科は通常は25人定員のところが定員を一人増やして26人としており、その最後の一人として私が合格したのでした。

 あの友人が後ろを通らなかったら、そのときにポツリと「農学部…」と言ったのを聞いていなければ…、農学科の定員が25人だったら…。
 
 いろいろな運命の条件が取りそろった結果、その後農学部農学科で造園について学ぶこととなり、それが現在の私に繋がっています。

「人生は選択だ」と言いますが、人生を左右する大きな選択が、後から考えると実にくだらない、偶然の産物だったりすることってあるものです。

 今では、信心深くしていれば神のご加護やご先祖様の見守りがあるような気がしていますが、その当時はどうだったやら。

 振り返ると「あれが運命の導きだったのか」って感じることはありませんか。

  

コメント
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