駒子の備忘録

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荒川弘『鋼の錬金術師』

2020年08月29日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名あ行
 スクウェア・エニックスガンガンコミックスデラックス全18巻。

 幼い頃、亡くなった母にもう一度会いたいという想いから、錬金術において禁忌とされる人体錬成を行った兄エドワード・エルリックと弟アルフォンス・エルリック。その結果、錬成は失敗し、エドワードは左足を、アルフォンスは全身を失ってしまう。エドワードは自分の右腕を代償にアルフォンスの魂を錬成し、鎧に定着させることに成功して、命だけは助けることができた。身体を失うという絶望の中、それでも兄弟は元の身体に戻るという決意を胸に、その方法を探すべく旅に出るのだったが…

 連載当初からガンガンコミックスで買っていて、その後買うのが止まってしまい、完結してからまとめて読もう、とコミックスを手放して、そうこうしているうちに月日が流れてしまって、このたびやっと完全版を大人買いしました。連載開始は2001年、完結が2010年ですから、もう一昔、二昔前の作品となってしまいましたね。でも、なんせ売れたし一時代を築いたし、テレビアニメはもちろん、見ていないのでわかりませんが出来はアレレだったらしき実写映画なんてのもありました。私は先に次作の『銀の匙』の方を読み終えてしまったわけですが、今の連載の『アルスラーン戦記』はどんななのかな…?

 さてしかし、まとめて読むと、意外にもかなり骨太で質実剛健な、どストレートなバトル・アクション・ロマンで、萌えたり浮かれた要素がほとんどなく、またストーリーが迷走したり展開がスローダウンしたりすることもまったくない、なかなか希有な作品であることに改めて感銘を受けました。
 絵も意外に愛嬌がないというか、コミカルな描写もあるんだけれど基本的には確かなデッサン力と多彩なキャラを描き分ける画力にがっちり支えられた、これまた質実剛健なものです。完全版コミックスは紙がいいので白さが光り、なので画面の黒白の使い分けの上手さ、クリアさがより引き立ちますし、アミ中心のシンプルめなトーンワークも実に美しい。コマ割りやコマ内の構図もとてもスタンダードでかつ達者。今どきの全ページ三方タチキリみたいなワケわからなさもなく、素晴らしいです。カラーページが完全再現されているので、その上手さも堪能できます。
 キャラ萌え人気もあったはずなんだけれど、作品はそちらに不必要に振れることをしていないのもまた好感が持てました。私は当然ロイ・マスタング好きなので、むしろもっとあってほしかったくらいだよリザの背中を見る経緯とかラストのその後とか!(笑)
 設定もどこまで当初から想定されていたのかわかりませんが、実によく練られていて仕込まれていて、ストーリーはきちんと展開されていきまた収斂されていき、大団円に向けてしっかり走っていて、最終回もとても綺麗なゴールっぷり。これは巻いたり伸びたりしがちな人気長期連載作品には珍しいことで、本当に素晴らしいなと感動しました。

 私は学校の化学の授業で元素表とか、化学式とかを勉強したときに、たとえば物が燃えて光と熱が出て炭になるとはこういう理屈なのか、とかいうことにとても感銘を受けました。なので金が作れないこと、錬金術なるものはまがいものであること、という感覚が骨身に刻まれているのですが、この作品はその感覚にとても合致していて、読んでいてとても心地良かったです。もちろん錬金術といっても金を作ることは禁止されていて(でもこれは国家錬金術師に限ったルールなのかな?)、等価交換の原理にもとづく物質ないしパワーの生成技術みたいなもののことであって、無制限の魔法なんかではない、というのがいいし、その中での国家錬金術師の在り方も非常に整合性と説得力が感じられました。そして主人公のエドワードはもちろんマスタングも、その資格をある種利用として生きている姿勢がいいなと思ったんですよね。彼らにとって国家錬金術師であることは手段でしかなくて、目的化していないのがいい。彼らにはそれを通して他にやりたいことがちゃんとあるのでした。
 そして最終的には、新生アメストリスには国家錬金術師はいなくなるのでしょう。少なくともそれを軍事利用する国ではなくなっていくはずで、そして主人公にいたっては錬金術師ですらなくなって物語が終わります。タイトルどおり鋼の錬金術師だった主人公が、鋼の錬金術師でなくなって終わる物語…なかなかないです、そして美しい構造です。

 女性キャラクターも多数出てきますが、みんな一様に女々しくないのがいいですね。ヒロインのウィンリィも、幼なじみなのはよくある設定なんだけれど、よくある少年漫画のよくあるヒロイン感がないのがいい。ラストはハナから「全部やるから全部くれ」でもいい気がしましたが、まあそれはいいでしょう。
 主人公と父親に断絶があるのもよくある設定ですが、この作品ではそれもとても上手く描かれていましたね。またこのホーエンハイムも総統も、妻ラブなのもいい。あまり性差で語りたくはないですが、こういうところは女性作家ならではなのかもしれません。
 ホムンクルスというモチーフもまたよくあるものですが、人間から生まれてまた人間に還るものであり、完全に葬り去られるのではなく共存していくことを夢見ていい、近親みたいなものとされている優しさ、そんな未来を信じてそう描く強さみたいなものは、女性的というよりはこの作家の個性によるものかもしれません。酪農家の育ち、生き物の生死をあたりまえに見て育った者の独特の強さって、あるはずだと私は考えているので。

 私は男女の身長差萌えとかは全然ないんだけれど、背が伸びたエドワードにウィンリィが抱きしめられるくだりにはキュンとしました。それもウィンリィが「じっとしてる男なんてつまんないじゃない」と言えるヒロインだからこそのものです。
 みんな何かを失って、どこかを痛めて、代償に何かを得て、やがて鋼の心を手に入れる…強く美しい作品です。またひとつ、愛蔵し繰り返し読みたいものができました。





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