駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

井上雄彦『SLAM DUNK』

2020年10月04日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名あ行
 集英社ジャンプコミックス全31巻。

 中学時代、50人の女の子にフラれた桜木花道。そんな男が、進学した湘北高校で赤木晴子に一目惚れ。「バスケットは…お好きですか?」この一言が、ワルで名高い花道の高校生活を変えることに…

 …という公式あらすじを今書き出すのもなんとも趣が深い、言わずと知れたスポーツ漫画の傑作、バスケットボール漫画の金字塔です。長く愛蔵していたのにこれまた感想を書いていないことに気づいたので、改めて再読してみました。
 しかし私はこの作品のあまりいい読者ではなくて、人気があることはもちろん知っていましたが連載当時「週刊少年ジャンプ」のリアル読者ではなかったし、完結後かなり経ってから友人からコミックス全巻を譲ってもらって初めて読んだのでした。その友人もリアルタイム読者ではなかったのか、初刷りの巻が一冊もありません。
 でも、やはり、素晴らしい漫画ですよね。それは本当にそう思います。
 おそらく著者の初連載だったのかな? そして当時、バスケットボールを題材にしてもウケない、とされていたことは最終巻のあとがきにも書かれています。だから、学園青春もののようなヤンキー喧嘩もののような、そろっとした立ち上がりなんですよね。でもバスケットボールの試合のエピソードになると俄然おもしろくなる。そしてギアがガツンと入っていったのでしょう。
 だから、全体として見ると、わりといびつな構成のお話になっていると思います。初心者の主人公が怒濤の成長を遂げる4か月間の物語、とか言えばカッコがついているとは言えるけれど、普通ならもっと、高校生活3年間を通して切磋琢磨しチームができあがっていって全国制覇がゴールになるような、王道のストーリー展開を考えてもいいはずじゃないですか。でも、新人の作品で最初からそういう計算は立てられなかったんだろうし、徐々にそしてあるところでものすごいギアチェンジをして人気が出てブームになったこともあって、ある種泥縄のようにインターハイ出場と2戦目の山王戦、そしてそこで終わり、という流れが作られたのでしょう。もっとやりたかったろうしやらせたかったろうしやればできもしたでしょう、でもここでスパッととりあえず完結させたことはとても大きいですよね。当初は「第一部完」という表記だったそうだし、長らくコミックスも完結ではなく刊行中表記だったそうですし、作者も続編は描きたくなったときに描くかもしれない、みたいなことを言ったりしたこともあったそうです。でも、連載している間にもルール変更があったりしたし、時代も風俗もどんどん変わっていってしまうので、やはりもう続編執筆というのは難しいだろうし、望ましくないのではないかしらん。意外な才能とセンスと根性があった主人公が天才的成長を見せた怒濤の4か月間の奇跡の物語、というだけにしておいた方が、ボロが出なくていいというか、美しい気がします。中途半端に思えるストーリー展開すら、このままであれば斬新で、むしろ計算され尽くしたもののように見えると思うのです。実際、これは一瞬の奇跡の物語で、このあと花道はリハビリをしても以前のような選手には戻れず、もちろんもっと上手くもなれず、普通の人になっていってしまうのだ…という方がリアルな気もしてしまうからです。流川のアメリカ編、とかはありえるのかもしれませんけれどね。でもそれももう現代を舞台に描くわけにはいかないので、やはり無理なんだと思います。次世代の話とかにすらなら、それはもう完全に別物ですしね…
 山王戦、特に後半のそのまた後半はまさに白眉です。個人的には15巻くらいのころの絵が好みで、20巻すぎたあたりから上手くなりすぎてしまっていてちょっと怖いくらいなのですが(少年漫画に必要な愛嬌まで削げているきらいがあると思う。あとリアルなんだろうけれど汗がヒドい)、その画力が存分に生かされていますよね。バスケットボールという競技が全然わからない者にもプレイがわかる描写、コマ割り、構図、ページ繰りのセンス。ラスト20秒くらいからの、台詞や擬音の描き文字がまったくなくなり、けれど観客席の声援やコートで起きる音、選手たちの息づかいまでもがビンビン伝わる数十ページのすごみは、漫画というもののひとつの頂点でしょう。チームメイトなのに犬猿の仲のライバルから初めてパスを受け取った主人公がゴールを決めて勝つ、そしてそのライバルとの最初で最後のハイタッチ(ロー位置だけど)、という王道っぷりも素晴らしい。何度読んでも震えます。
 少年漫画の典型的ヒロインに見える晴子ちゃんも、赤木妹ってところが効いていて、そして別にラブ展開はないっていうのが実にいい。まあたまたまなのか、作者にあまり興味がなく編集部からの要望も特になかったのかもしれませんが。それでいうと彩子さんもそうですね、必要以上に変なマドンナにもお母ちゃんキャラにもなっていないバランスが至高です。そして洋平くんたちがいい。解説役として便利、という以上に存在感のある、いいキャラクターでした。なかなか描けるものではありません。そしてスポーツものには名伯楽キャラクターが必須ですが、安西監督ももちろん素晴らしい。ライバルチームの監督キャラにもおもしろい大人がたくさん描かれていて、作者の度量がわかります。
 チームでは、私はミッチー派です。流川も好きだけど、なんせとりつくシマがなさそうなので(笑)。三井くんはかつては優等生タイプでお坊ちゃんタイプで(なんせヘアスタイルがセンター分けだ!)天才肌で、グレてブランクがあってだからスタミナに不安があって、プライドが高くて繊細でヘタレで、頼りになるんだかカッコいいんだか今イチ微妙なキャラですが、そこがいいんです。省エネ万歳のスリーポイントシューターって選手設定も好き。引退しないで居残るところも好き。勉強しろよ(笑)。他校なら藤真くんとかね、わかりやすいね私(笑)。
 しかし本当に王道のスポーツ漫画、ただの少年漫画で、そりゃキャラは多彩なんだけどあんなにブームになるほど人は、というかある種の女は腐をどこにでも見るんだなあ…と改めて感心しますね。そういう意味でもエポックメイキングな一作であることは間違いありません。また細かいところを忘れた頃に読み直し、愛し続けていきたいです。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『十二人の怒れる男』 | トップ | 『All My Sons』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

愛蔵コミック・コラム/著者名あ行」カテゴリの最新記事