新国立劇場小劇場、2023年12月8日19時。
アメリカで生まれ育った日系二世のアイバ・トグリ(戸栗郁子)は、日本人としての教育を受けることなく、アメリカで大学を卒業する。大学院への進学を控えた1941年夏、病身の叔母の見舞いのために日本へと旅立つ。だが同年の12月8日、真珠湾攻撃を機に時代は太平洋戦争へと突入。半年ほどの滞在予定だったため、アイバはアメリカへ帰国できなくなってしまい…
台本・作詞/メリヒー・ユーン、カーラ・ボルドウィン、作曲/ウィリアム・パトリック・ハリソン、翻訳/小川絵梨子、訳詞/土器屋利行、音楽監督/深沢桂子、村井一帆、演出/藤田俊太郎。2019年エディンバラ・フェスティバルにてイギリスの若手演劇集団バーント・レモン・シアターが初演、現在もディベロップを重ねている作品を、フルオーディションによる女性キャスト6人で上演。全2幕。
横浜メリーと混同して考えていたくらいに私の知識は薄弱でしたが、要するに「東京ローズ」とは、戦時下の日本で米軍GI向けのラジオ放送を英語でしていた女性アナウンサーたちの総称、というようなものだったんだそうですね。彼女たちは複数いてそれぞれ芸名みたいなものも持っていたのに、リスナーの方はそれをまとめて東京ローズと呼び、愛聴していたというわけです。そしてその放送原稿は日本側が用意したもので、米軍兵士たちの望郷の念を誘うような、戦闘を忌避させるような「プロパガンダ」放送だった。それで、終戦後にアメリカで、敵国日本に協力しアメリカに反逆したということで断罪されることとなった…というような経緯だそうです。
アイバはアメリカに移住した日本人の両親のもと、アメリカで生まれ、アメリカ人としての自覚を持って成長し、開戦時にたまたま日本にいて手続きの不備で帰国できなくなっただけの、ごく普通の女性でした。でも、アメリカ国籍を捨て日本国籍を取得しろ、と軍に言われても決して受け入れなかった、アメリカ市民としての強い自覚と誇りを持った、そういう意味では特別な女性です。それでも軍に協力せざるをえず、英語タイピストからラジオアナウンサーにさせられ、「東京ローズ」のひとりとなるのですが、与えられたプロパガンダ原稿を口調を変えて読むことで、兵士たちを励ますレジスタンス活動をやってのけたのです。なのに戦後、彼女だけが「東京ローズ」だとされ、裁判で戦うも反逆罪を負わされ、収監され、出所後は市民権を剥奪されて無国籍者とされてしまい、それで彼女は再び立ち上がったのでした。自由と正義と真実のために、戦うことを選んだのです。
これはそんな女性の一代記を描いたミュージカルで、アイバを年代順に6人の女優が演じ、そのときどきにアイバの周りにいた人物もその女優たちがとりどりに演じるという、とてもおもしろい趣向の舞台でした。これは日本オリジナルの演出なんだとか。すごい着想です!
大学を卒業し、医師になる夢に耀くAアイバを山本咲希が演じるとき、彼女を誇らしげに見守る両親のパパはシルビア・グラブ、ママは飯野めぐみです。Bアイバの鈴木瑛美子が日本に渡ると、そこで彼女を迎える叔母は飯野めぐみです。Cアイバの原田真絢がラジオ局で働き出すと、同僚のケンキチは山田咲希、ジョージは鈴木瑛美子、原稿を書いていたオーストラリア兵捕虜で元アナウンサーのカズンズはシルビア・グラブです。戦後、「東京ローズ」の正体探しに抗うDアイバは飯野めぐみ、アイバが東京ローズだと記事にした記者ブランディッジは原田真絢。裁判を戦うEアイバをシルビア・グラブが演じるとき、検察官デュウォルフは原田真絢、弁護士コリンズは森加織。その森加織が晩年のEアイバを演じ、彼女が継いだ父の店を手伝う少女ハナは山本咲希…
他にもまだまだ役はあるのですが、まあなんと鮮やかなスイッチ! 年齢も性別も飛び越えてどの役も軽々と、しかし的確に演じきる女優陣の素晴らしさ! そして歌声、ハーモニーも絶品で、バンドはピアノとベースとパーカッションふたりだけという編成なのでほぼほぼアカペラみたいな歌唱で、しかし音を外すことなどまったくないのです。何もかもが素晴らしい、演劇らしい演劇で、たまたま最前列下手の席で臨場感たっぷりに観たのですが、本当に奮えましたし、気持ち良くスタオベしました。
誰がどの役を、というのは、入れ替われるタイミング次第な部分ももちろんあるんでしょうが、明らかな意図があるだろうと思えるものもありました。ずっとアイバを糾弾していた検察官を演じていた原田真絢が、最後に日系アメリカ人市民同盟JACLのクリフォードとして登場し、裁判当時非協力的だったことを謝罪し、今後の支援を申し出る手紙を読み上げたときには、ちょっと泣いちゃいました。若きアイバ役だった山本咲希が最後にまた若き日系人少女らしきハナを演じる、とか裁判でずっとアイバを支えてきた弁護士を演じた森加織が晩年のアイバを演じる、とかもとても美しい…感心し、感動しました。
ただ、私だけかもしれませんが、日本人俳優が舞台で外国人役を演じることに慣れすぎているため、ハナが登場したときに私はこの役が日系人なんだとは気づけませんでした。これは難しい問題だけれど、なかなかちょっとアレですよねえ…それでいうと、最も長いパートのアイバを演じたのがシルビア・グラブで、日本にルーツがない女優(本当のところは知りませんが。というか他の5人に関しても名前だけで判断しているだけで、外国ルーツの方もいるのかもしれませんが)だというところにも、もしかしたら演出としてなんらかの主張があるのかもしれません。そう、これは日本人の物語ではなく、あくまで日系二世の、日系アメリカ人の物語なんだ、と私は強く感じたのでした。
日本人はこんなふうに争いません。和をもって貴しと為す、といえば聞こえはいいけれど、なあなあのうちに丸く納めようと同調圧力で強い、陰で弱い者が踏みにじられ泣いていてもなかったことにしがちです。何かのために戦おうと立ち上がる者の口は常に封じられる、出る杭は打たれる国なのです。
アメリカ人は、違う。建国の意志を強く受け継ぎ、アメリカ市民であることに強い誇りを持ち、自由と正義と権利を主張し、侵害されれば必ず戦い、法の下に是非を明らかにしようとします。その戦いに個人的な怨恨は持ち込まれない。あくまで公正さや正義の裁きを求めて戦われるのです。この強さ、凜々しさ、潔さ、たくましさが、我々日本人にはほぼまったくと言っていいくらいにないのです。国の成り立ちの違いといえばそれまでですが、せめてもう少し教育のいいところを学んでもいいだろう、とほとほと思います。それが全然できていないから、こんなに人権に無頓着な、自分も他人も尊重することを知らない、尊厳なるものが理解できていない国民ができあがってしまい、さまざまな問題となって噴出しているのです。
(話は違いますが、私がJACLからのアイバへの手紙に泣いたのは、今の遺族が歌劇団から欲しているものはそうした態度であるだろう、と思えたからです。過去は変えられない、命は取り戻せない。過ちを認め、謝罪し、改善に向けて踏み出すことでしたか贖われないのです…そこをわかってよ、劇団。上級生個人の問題じゃないの、そういう空気を長年かけて作ってしまった全体の責任であり、その監督責任は劇団経営陣が負うべきものなのよ…)
これはイギリスの作品だけれど、アメリカで上演されたらまた受け取られ方が違うものなのでしょうか。アイバはFBIのサイトに今なお国家反逆罪の元囚人として名前と写真が記載され、「冤罪」として名誉回復されてはいないそうなので、これは原爆と同様にアメリカの恥部として、なかなか受け入れられがたい大罪なのかもしれません。でもだからこそ広く観られるべき作品ですよね。とりあえずまず日本人が日本でこの舞台を観ることができて、よかったと思います。
フルオーディションということですが、よく揃えたなーとも思います。キャストの主な舞台歴を観るとよく知られたミュージカル大作が並び、しかしほとんどがアンサンブルでの出演だったのでしょう。プリンシパルへの打診どころかオーディションにすら呼ばれないこともある、と語るインタビュー記事も話題でした。そんな現状ではこの企画は破格だったのでしょうし、私ももう彼女たちの名前は覚えましたし今後も応援していきたい、と思いました。
ラスト、6人が輪になって向いた内側に丸い照明が当たります。そこにアイバ本人の魂が召還されるかのようでした。これは鎮魂の物語でもあり、「過ちは繰返しませぬから」と宣言する物語でもあるのだ、と思いました。今を生きる日本人としての責任を、私も果たして生きていきたいです。まずはホント政権変えたいですマジで…(ToT)
アメリカで生まれ育った日系二世のアイバ・トグリ(戸栗郁子)は、日本人としての教育を受けることなく、アメリカで大学を卒業する。大学院への進学を控えた1941年夏、病身の叔母の見舞いのために日本へと旅立つ。だが同年の12月8日、真珠湾攻撃を機に時代は太平洋戦争へと突入。半年ほどの滞在予定だったため、アイバはアメリカへ帰国できなくなってしまい…
台本・作詞/メリヒー・ユーン、カーラ・ボルドウィン、作曲/ウィリアム・パトリック・ハリソン、翻訳/小川絵梨子、訳詞/土器屋利行、音楽監督/深沢桂子、村井一帆、演出/藤田俊太郎。2019年エディンバラ・フェスティバルにてイギリスの若手演劇集団バーント・レモン・シアターが初演、現在もディベロップを重ねている作品を、フルオーディションによる女性キャスト6人で上演。全2幕。
横浜メリーと混同して考えていたくらいに私の知識は薄弱でしたが、要するに「東京ローズ」とは、戦時下の日本で米軍GI向けのラジオ放送を英語でしていた女性アナウンサーたちの総称、というようなものだったんだそうですね。彼女たちは複数いてそれぞれ芸名みたいなものも持っていたのに、リスナーの方はそれをまとめて東京ローズと呼び、愛聴していたというわけです。そしてその放送原稿は日本側が用意したもので、米軍兵士たちの望郷の念を誘うような、戦闘を忌避させるような「プロパガンダ」放送だった。それで、終戦後にアメリカで、敵国日本に協力しアメリカに反逆したということで断罪されることとなった…というような経緯だそうです。
アイバはアメリカに移住した日本人の両親のもと、アメリカで生まれ、アメリカ人としての自覚を持って成長し、開戦時にたまたま日本にいて手続きの不備で帰国できなくなっただけの、ごく普通の女性でした。でも、アメリカ国籍を捨て日本国籍を取得しろ、と軍に言われても決して受け入れなかった、アメリカ市民としての強い自覚と誇りを持った、そういう意味では特別な女性です。それでも軍に協力せざるをえず、英語タイピストからラジオアナウンサーにさせられ、「東京ローズ」のひとりとなるのですが、与えられたプロパガンダ原稿を口調を変えて読むことで、兵士たちを励ますレジスタンス活動をやってのけたのです。なのに戦後、彼女だけが「東京ローズ」だとされ、裁判で戦うも反逆罪を負わされ、収監され、出所後は市民権を剥奪されて無国籍者とされてしまい、それで彼女は再び立ち上がったのでした。自由と正義と真実のために、戦うことを選んだのです。
これはそんな女性の一代記を描いたミュージカルで、アイバを年代順に6人の女優が演じ、そのときどきにアイバの周りにいた人物もその女優たちがとりどりに演じるという、とてもおもしろい趣向の舞台でした。これは日本オリジナルの演出なんだとか。すごい着想です!
大学を卒業し、医師になる夢に耀くAアイバを山本咲希が演じるとき、彼女を誇らしげに見守る両親のパパはシルビア・グラブ、ママは飯野めぐみです。Bアイバの鈴木瑛美子が日本に渡ると、そこで彼女を迎える叔母は飯野めぐみです。Cアイバの原田真絢がラジオ局で働き出すと、同僚のケンキチは山田咲希、ジョージは鈴木瑛美子、原稿を書いていたオーストラリア兵捕虜で元アナウンサーのカズンズはシルビア・グラブです。戦後、「東京ローズ」の正体探しに抗うDアイバは飯野めぐみ、アイバが東京ローズだと記事にした記者ブランディッジは原田真絢。裁判を戦うEアイバをシルビア・グラブが演じるとき、検察官デュウォルフは原田真絢、弁護士コリンズは森加織。その森加織が晩年のEアイバを演じ、彼女が継いだ父の店を手伝う少女ハナは山本咲希…
他にもまだまだ役はあるのですが、まあなんと鮮やかなスイッチ! 年齢も性別も飛び越えてどの役も軽々と、しかし的確に演じきる女優陣の素晴らしさ! そして歌声、ハーモニーも絶品で、バンドはピアノとベースとパーカッションふたりだけという編成なのでほぼほぼアカペラみたいな歌唱で、しかし音を外すことなどまったくないのです。何もかもが素晴らしい、演劇らしい演劇で、たまたま最前列下手の席で臨場感たっぷりに観たのですが、本当に奮えましたし、気持ち良くスタオベしました。
誰がどの役を、というのは、入れ替われるタイミング次第な部分ももちろんあるんでしょうが、明らかな意図があるだろうと思えるものもありました。ずっとアイバを糾弾していた検察官を演じていた原田真絢が、最後に日系アメリカ人市民同盟JACLのクリフォードとして登場し、裁判当時非協力的だったことを謝罪し、今後の支援を申し出る手紙を読み上げたときには、ちょっと泣いちゃいました。若きアイバ役だった山本咲希が最後にまた若き日系人少女らしきハナを演じる、とか裁判でずっとアイバを支えてきた弁護士を演じた森加織が晩年のアイバを演じる、とかもとても美しい…感心し、感動しました。
ただ、私だけかもしれませんが、日本人俳優が舞台で外国人役を演じることに慣れすぎているため、ハナが登場したときに私はこの役が日系人なんだとは気づけませんでした。これは難しい問題だけれど、なかなかちょっとアレですよねえ…それでいうと、最も長いパートのアイバを演じたのがシルビア・グラブで、日本にルーツがない女優(本当のところは知りませんが。というか他の5人に関しても名前だけで判断しているだけで、外国ルーツの方もいるのかもしれませんが)だというところにも、もしかしたら演出としてなんらかの主張があるのかもしれません。そう、これは日本人の物語ではなく、あくまで日系二世の、日系アメリカ人の物語なんだ、と私は強く感じたのでした。
日本人はこんなふうに争いません。和をもって貴しと為す、といえば聞こえはいいけれど、なあなあのうちに丸く納めようと同調圧力で強い、陰で弱い者が踏みにじられ泣いていてもなかったことにしがちです。何かのために戦おうと立ち上がる者の口は常に封じられる、出る杭は打たれる国なのです。
アメリカ人は、違う。建国の意志を強く受け継ぎ、アメリカ市民であることに強い誇りを持ち、自由と正義と権利を主張し、侵害されれば必ず戦い、法の下に是非を明らかにしようとします。その戦いに個人的な怨恨は持ち込まれない。あくまで公正さや正義の裁きを求めて戦われるのです。この強さ、凜々しさ、潔さ、たくましさが、我々日本人にはほぼまったくと言っていいくらいにないのです。国の成り立ちの違いといえばそれまでですが、せめてもう少し教育のいいところを学んでもいいだろう、とほとほと思います。それが全然できていないから、こんなに人権に無頓着な、自分も他人も尊重することを知らない、尊厳なるものが理解できていない国民ができあがってしまい、さまざまな問題となって噴出しているのです。
(話は違いますが、私がJACLからのアイバへの手紙に泣いたのは、今の遺族が歌劇団から欲しているものはそうした態度であるだろう、と思えたからです。過去は変えられない、命は取り戻せない。過ちを認め、謝罪し、改善に向けて踏み出すことでしたか贖われないのです…そこをわかってよ、劇団。上級生個人の問題じゃないの、そういう空気を長年かけて作ってしまった全体の責任であり、その監督責任は劇団経営陣が負うべきものなのよ…)
これはイギリスの作品だけれど、アメリカで上演されたらまた受け取られ方が違うものなのでしょうか。アイバはFBIのサイトに今なお国家反逆罪の元囚人として名前と写真が記載され、「冤罪」として名誉回復されてはいないそうなので、これは原爆と同様にアメリカの恥部として、なかなか受け入れられがたい大罪なのかもしれません。でもだからこそ広く観られるべき作品ですよね。とりあえずまず日本人が日本でこの舞台を観ることができて、よかったと思います。
フルオーディションということですが、よく揃えたなーとも思います。キャストの主な舞台歴を観るとよく知られたミュージカル大作が並び、しかしほとんどがアンサンブルでの出演だったのでしょう。プリンシパルへの打診どころかオーディションにすら呼ばれないこともある、と語るインタビュー記事も話題でした。そんな現状ではこの企画は破格だったのでしょうし、私ももう彼女たちの名前は覚えましたし今後も応援していきたい、と思いました。
ラスト、6人が輪になって向いた内側に丸い照明が当たります。そこにアイバ本人の魂が召還されるかのようでした。これは鎮魂の物語でもあり、「過ちは繰返しませぬから」と宣言する物語でもあるのだ、と思いました。今を生きる日本人としての責任を、私も果たして生きていきたいです。まずはホント政権変えたいですマジで…(ToT)
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