駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

宝塚歌劇月組『ブラック・ジャック 危険な賭け/FULL SWING!』

2022年11月28日 | 観劇記/タイトルは行
 梅田芸術劇場メインホール、2022年1月18日15時(初日)、19日11時半。
 市川文化会館、11月26日16時半。

 1980年代中頃、かつて英国領だった南米のとある小国で軍事クーデターが勃発する。エンリケ将軍(春海ゆう)がヴィクトリア女王(麗泉里)を暗殺し、全世界に向けて独裁を宣言したのだ。しかし、謎の外科医の治療によって女王は奇跡的に一命をとりとめ、状況は一転。クーデターは失敗に終わる。天才的な腕で女王の命を救った医者の名前はブラック・ジャック(月城かなと)。彼は一躍注目を浴び時の人となる。そのころ、英国でもクーデターの様子は報道されていた。国際情勢の分析に優れていると評判のブックメイカーのケイン(風間柚乃)は、このクーデターを賭けの対象にして売り出していたが、相棒のジョイ(礼華はる)とともにほとぼりが冷めるまで外国に逃れようと空港へ向かう…
 作・演出/正塚晴彦、作曲・編曲/高橋城、作曲・編曲・録音指揮/高橋恵、振付/謝珠栄。手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』よりオリジナル脚本で舞台化し、1994年に花組で上演されたものの再演。

 初日の萌え萌え日記はこちら
 その後市川で観ると、開演アナウンスからもう本当に素敵で沁みて(声があたたかでいい、発音がクリア、人柄と作品の世界観が表れている)、会話のテンポや間合いはさらに良くなり、れいこちゃんブラック・ジャック先生はさらにハートフルにヒューマニティ全開の素敵な先生に仕上がっていて、くらげちゃんアイリス(海乃美月)は職務にドライなところとケインの心配をするウェットなところとの差がちょっとだけ出るようになっていて、おだちんのケインもミキちゃんの天性のチャラさみたいなものはどうしても出ないんだけどより砕けて素軽くなっていて、ぱるジョイとまのんローラ(花妃舞音)の別マ度が上がっていました。病院のロビーで、ケインが気にしていないとわかったくだりの視線での「ね? な? 大丈夫だったろ?」みたいなイチャイチャ会話がわかりやすく、また熱くなっていて、キャッ!でした。そらケインも「なんだ、俺は邪魔か」って言うよね(笑)。あとブラック・ジャックの影(みんながあれは誰だったの?と調べ出す一輝翔琉、月組期待の新進ダンサー。私には初演のチャーリーが非常に思い出深く…役がない作品なので救済措置のひとつだったんだろうけど、非常に演劇的でいい役だと思うし、大好きな役です)の歌の最初の音がもう少しだけ出るようになっていました、偉いぞ! ダンスはあいかわらずキレッキレの体の利き方で目を引き、芝居としての佇み方も絶妙で、ホント磨かれてきているな、と思いました。
 というか脚本がどうしようもないと私が二度目の観劇をやめた『エルピディイオ』同様、月組子の演技力、芝居力は素晴らしく、それがないとダレて支えられず空中分解しかねない作品だよな、とは改めて思いました。長い台詞の応酬が何度もあるし、長台詞もある。そこで言葉として訴えられていることとそのときのその台詞を発している登場人物の感情、その発言に至る過去のいきさつや想い、それらを通して作品が発しているメッセージ…それらがすべて上手く伝わらないと、観客に届かない、響かない、ダレるシーンになりかねないと思うのです。それを緊密にきっちりやって客席に届けている、作品として成立させている月組子がすごい、としみじみ思いました。あの原作漫画からこういう物語を構成しこういうメッセージを作り出すハリーもすごいが、それを漫画キャラの頭身や空気感まで醸し出しながら体現し演技してみせる月組子の技量は本当に本当に素晴らしい。
 作品そのものも、派手さはないしわかりにくさと紙一重だと思うけれど、ちゃんとエンタメに仕上がっていてかつ残るものがある、私はとても好きな作品だ、と改めて思いました。ある種の当て書きをされていたにもかかわらず、当時の花組より芝居としては良くなっているのではあるまいか…まあでも再演たるもの、そうあるべきですよね。本当によかったです、好き!

 よくよく考えると、英国情報部がいつ何をどこから知っていてどこで介入したのか、というのはけっこう謎だし闇が深いです。つまり、女王の手術を依頼したのが英国情報部なのはその手術料を負担しているからそうとわかるわけですが、そしてそれは世界平和のためとか英国と友好な関係を構築してきた小国の民を救い民主政治を続けさせるため、軍事クーデターをつぶすため…ではあるんだろうけれど、そもそもクーデターの計画を知っていたなら起こさせないことはできなかったのか、クーデターは女王暗殺とセットだったのだろうけれどせめて暗殺だけは未然に防げなかったのか、とかが怪しくてキナ臭いわけです。英国情報部は彼らの考える利益のために動いているのであり、クーデターが起こり女王が銃撃されしかし死なせず救った方がいいと判断したからその「危険な賭け」に出たわけであり、それが英国にとっての最大の利益を生むと考えたのでしょうが、ブラック・ジャックの奇跡の腕があっても女王は助からなかったかもしれないし、すぐ平定されたとはいえクーデターで多少の死傷者は出ているのかもしれないわけです。そういうことは大義の前には目をつぶる、とスノードン(凛城きら。素晴らしい専科仕事でこれからも全組に出るべき)は言っているに等しく、それに対してブラック・ジャックは「そもそもあんたたちの名前だって俺は知らないよ」と喧嘩を売ってみせるわけです。俺は大義のために人を救ったのではなく、依頼されたから手術しただけで、それが敵方だったとしても引き受けたろう、誰にとっての敵方なんだ、悪人と善人の命に差はあるのか、善悪は誰が決めるんだ、俺は命に区別はつけないよ、みんな平等にひとりひとつしか持っていないもの、それが命だ…という、彼の信念は「わからなくてけっこう」だけど冒頭にまず披露される。そこがもう、いい。ニクい。素晴らしい。
 金をもらえればどんな手術でも請け負うけれど、生死を分けるような「危険な賭け」にはおいそれとは乗らない、のがブラック・ジャックでもあります。ケインの銃創は手術するにはあまりにも危険で、日常生活を気をつけつつ送れば十分生きていけるんだからその方がいい、と判断できるし、そうする。まして依頼人が当人ではなく、当人の今の暮らしや居場所も知らないような「他人」ならなおさらです。元「恋人」でも、当人と同じところに降りていけていないなら(この上下の表現は差別的ではあるかもしれませんが、リアルだとも思うのです)、その心配や配慮は相手より自分のためではないのか?と突きつける。それが愛した女と同じ顔をした女なら、なおさら。かつて自分たちは悩みに悩んで苦渋の決断をし、その選択を引き受けて今なお苦しみを抱えながら生きている。同じだけの覚悟はあるのか、自分は何も捨てる気がないようなのに、相手にだけ賭けに乗れと言う権利はないんじゃないか、と彼がアイリスに突きつけるのは、明らかに恵との思い出に揺さぶられ過剰にムキになっているからでもあり、その弱さやもろさ、人間臭さがにじみ出ちゃうくだりでもあります。全然クールでも冷酷でもないの、ホントいい。
 アイリスが知らなかっただけで、ケインが未だ情報部の機密にアクセスしていることをスノードンは知っていて、泳がせていた可能性だってあります。武器商人の一網打尽の計画は一朝一夕にできたものではないかもしれないのですから。アイリスはケインの被弾と退職後も組織に残り、それは世界平和を目指す大義や職務への誇りを感じていたからだろうけれど、そうした想いが利用されている面は確かにあり、その点もブラック・ジャックは突いているわけです。
 アイリスは最後にはケインを取って職を辞します。利用されることから降りられて、よかったのでしょう。ブラック・ジャックに詰められた結果でもあると思います。一方でケインは、武器商人をお縄にできるとっかかりが作れそうだとなると、もはや情報部の人間でもないのに命を捨ててでもスノードンに協力しようとする。彼もまた世界平和といった大義に目がくらんでいるのです。ただしアイリスは来させない。愛情ゆえに彼女を危険から遠ざけたかったのかもしれませんが、自分を置いてバリバリ働いていた彼女への意趣返しでもあるのかもしれません。そのあたり、男は幼稚だから十分ありえると思うんですよね。「これは俺の仕事だ」という無駄な線引き、男のメンツ。でもその後の病院ロビーの場面で、アイリスの手術を待って身を引き裂かれるような思いをして、やっとアイリスが自分に向けてくれた想いに気づく…
 れいこちゃんは梅田2回目でしたっけ?のカテコで「いつでもみなさんの心を手術します」と上手いんだかなんだか微妙なご挨拶をしたものでしたが(笑)、ブラック・ジャックは確かにふたりの心の病をも治したのでした。
 ところで初演プログラムの脚本をざっと読み返して気づいたのですが、最後の空港ロビーで、ケインを看病するアイリスの献身を「あの彼女が意外と女性らしく」みたいにスノードンが冷やかして言う台詞があったのが、今回はカットされていましたね。正しいアップデートだぞハリー! どちらも似たような手術の大変さで回復具合も似たようなものなのでは、と思うし、おじさんはこういうしょーもないセクハラ冷やかしをしがちだしそれはキャラ立てとして有効でもあるけれど、ここでわざわざそうまでスノードンを下げなくてもいい、という判断が効いたのでしょう。当然そういうしょーもない親父ギャグみたいなのを聞かされてきた客席のストレスも減る、素晴らしいことだと思います。りんきらファンもほっとしたことでしょうしね。
 ブラック・ジャックは天才外科医だけれど、スーパーマンではない。でもせめて関わりになった人は見捨てない、その命を無駄にはさせない。そういう暑苦しいポリシーを持った好漢なのです。それをれいこちゃんは余すところなく演じてみせてくれていたと思います。ベリンダ(結愛かれん。ホントこーいう役も上手い!)に認めてもらって、全然どこ吹く風みたいな顔してなくてニヤニヤ嬉しそうなの、ホント可愛いし、ホント原作漫画っぽいと思う。けっこう顔を崩した喜怒哀楽があるんですよね、昔の少年漫画ですからね。そういう感じが本当によく出ていた舞台だったと思いました。手塚先生にも観せてあげたかった…!
 そんなわけで、もちろんもっと観られるだけ観たかったけれど、大満足の観劇でした。


 ジャズ・オマージュは作・演出/三木章雄。
 本公演の感想はこちら
 プロローグの次のありちゃんセンターだったところはぱるセンターの新場面になっていて、初日はぱるも客席も緊張気味であましが絡みに来てくれて助かった!みたいな空気がありましたが、その後あましセンターで若手男役と踊ったあと上着を替えたぱるが再度出てきて、「わあぁこういう出方ってホントにスターさんみたい!」とたぎりましたよね私…! 上着も最初のよりこっちの方がいいし、ここからはバリバリ踊るし。2回目は度胸がついたかもう歌もしっかりしていたし、市川では「スターですが何か?」って顔して踊れるようになっていました、偉いぞぱる! ガンガン上げられてるけどやっとハートが追いついてきたんじゃないでしょうか、このスタイルは絶対に武器になるので生かしてがんばってほしいです! 一輝くんはここでもやはりダンスで目を引いていました。
 続くちなっちゃんとはーちゃんのジゴロとマネージャー?だった場面はおだちんとゆーゆ。ビューティーズにまのんたんが入って、あましと羽音ちゃんがお姉さんっぽいからぷりっぷりで可愛くて、私はもうウハウハでした。というかプロローグ始め群舞のまのんたんもすべてチェックできましたが(だいたい最後列端にいた…ラインナップは一列目最下手)、表情の作り方が月娘はみんな強いので、まのんたんのぶりっ子っぽい可愛さはホント目立ちます。そのまま純粋かわい子ちゃん路線でいってほしい…! ここのおだちんは初日はさすがに後半ハアハア言って見えましたが、すぐものにしてきてさすがでした。ゆーゆのダンスはもちろん絶品。
 そのあとのジャンゴ、本公演から引き続き「蝶」って役がプログラムにあるんだけど結局出てなくないですか? 歌手が泉里ちゃんになってまた違ったパンチで良き。
 中詰めはぱるセンターからの若手一列ずらり一線、みたいな場面からで、ここのぱるはハナから歌えていてよかったなあ。おだちんの指差しも決まり、れいこちゃんのシナトラも歌は変えて出てきて、華やかでした。シメはおだるねぱる。
 その後の巴里はちなっちゃんのところはおだちん。くらげちゃんが鬘を変えてきて、私はこちらの方が好きでした。ここのゆーゆの髪型もよかった…!
 フィナーレはぐっさん、蘭くん、泉里ちゃんにいちごちゃんの四人口で始まり、みちるだったところはあまし。ありちゃんのジャズマニアがるねっこになっていて、これが絶品でした! からのロケット、ふたり目に出てくる一輝くんがやはり目立ちますが、私は一瞬センターになったあと走って下手に行くまのんたんをずっと観ていましたよ可愛いよ!
 このあとのれいこちゃんのラテンジャズ、優雅で色っぽくて似合っていて大好きでした。輪っかをひょいっと飛び越えるところが大好きだったので、残っていて嬉しかったです。男役群舞になってからも好き。3組デュエダンだったところはシンプルにトップコンビのみとなっていて、手堅く素敵でした。
 エトワールはりりちゃんいちごちゃんを従えておだちんが引き続き務めたものだから、くらげちゃんの前がぱるという階段降りになっていましたが、要するにるねっこより後に降ろしたということがここでは重要です。プロローグといい、三人で出るときは常にぱる、るね、おだちんという順を守ってきたのに…まあでも新場面もあったし、スター人事としてはしごく順当だと思います。逆にここから、こういう別格スターをさっさと辞めさせない努力が劇団には求められていると思います。そこはちゃんとしていただきたいです、今どこの組も男役も娘役も上級生がいなさすぎよ…?
 カテコのれいこちゃんのご挨拶は毎回軽妙で、ほっこりしました。福岡の千秋楽まで、どうぞご安全に。 


 そうそう、久々に行った市川文化会館は座席がリニューアルされていてフカフカでお尻に優しく、私はトイレが遠いので行ったことがなかったのですが悪評高かったトイレも綺麗になって数が増え、幕間にできる行列はすぐ解消されていたそうです。全ツが関東で使う神奈川県民ホールも相模大野グリーンホールもトイレは評判悪いと思うので(県民ホールは座席も…というかもうホールそのものが古くて音響その他もつらい)、ゼヒ参考にして改修計画を立てていただきたいですね! 善処を待つ!!






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