駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『建築家とアッシリア皇帝』

2022年11月29日 | 観劇記/タイトルか行
 シアタートラム、2022年11月27日13時。

 絶海の孤島に墜落した飛行機から現れた男(岡本健一)は自らを皇帝と名乗り、島に先住するひとりの男(成河)を建築家と名付けて、近代文明の洗礼と教育を施そうとする。お互いの存在を求め合いながらもぶつかり合うふたり。そのうちふたりはいろいろな人物の役を演じ始め、数々の「ごっこ」遊びを繰り広げながら、心の奥底にある欲望、愛憎、そして罪の意識をあからさまに語り出す。その行為はやがて衝撃的な結末へ…
 作/フェルナンド・アラバール、翻訳/田ノ口誠悟、上演台本・演出/生田みゆき。1967年パリ初演、74年日本初演のグロテスクでエロティックな「パニック演劇(テアトル・パニック)」。全2幕。『毛皮のヴィーナス』に続く「トラム、二人芝居」第二弾。

 スペイン内乱後のフランコ独裁政権下に育った作家で、権力者への抑圧に対する抵抗とキリスト教による魂の支配への反駁、自らを支配する母性への反発が根底にある作風、なんだそうです。母性って子を持つ母である女性が持つものかと思っていたので女性作家なのかと思ったら息子側なわけで、そのあたりの過剰さは母ではない女性である私は正直「知らんがな」とちょっと思いましたが(このあたりを意識的により大きなものへのメタファーとして演出した、とプログラムで語る演出家はさすがお若い女性だなと感じました)、まあ人はみな母親から生まれるのだから多少のこだわりは仕方あるまい、とも思いますし、それを含めてもとてもよくわかる、おもしろい作品で、大興奮で観ました。
 不条理劇と分類されるものだそうですが、全然そんなふうには思わなかったなあ。ちゃんと作品世界にルールはあり、だから途中オチが予想ついたし、そのとおりになって、完璧な円環が閉じて物語は終わりました。素晴らしいと思いました。エログロ含めて私は好きです。すごく好きと言える演劇作品にまたひとつ出会えた、という喜びに震えています。
 翻訳家は今回、「『不条理劇』『68年の演劇』と言ったイメージからいかにアバラールという作家、『建築家とアッシリア皇帝』という作品を解放し、現代日本の文脈に着地させるかが焦点」と考えていたようですが、それはすごく成功していたんじゃないかしらん、と思いました。今回は直訳台本を演出家と役者が稽古の中で上演台本にしていくクリエイションがあったそうで、その効果かすごく出ていたと思います。台詞がとてもいい日本語で、それは単に聞きやすいとか理解しやすいとかではなくちゃんとざらりと引っかかるところも残しつつ、いい感じにアップデートされていてナチュラルで今っぽいのに普遍的な言葉になっている。今やるから今の風俗の言葉を足しました、なんてものじゃなくて、原作の精神にあるものをちゃんと今のものに置き換えることができているんだと思うんです。ストレスがなく、しっかり笑えて、ざらりと引っかかれて、とてもよかったです。
 別の回のポストトークのレポツイートで知ったのですが、当初は世田パブの芸監の白井晃さんと長塚圭史さんでやろうか、みたいな企画だったそうですが、体力的なこともあってお若いキャストとしたようで、さもありなんだし結果よかったのではないでしょうか。だってコレ本当にタイヘンだと思う…「身体性が極めて重要な本作」に今の岡本健一と成河は必要だったし、ベストだったのではないかしらん。セット(美術/堀尾幸男)も素晴らしかったし、わざとベタなんだろう音楽もすごく効果的だったと思いました。これは演出家が音楽の素養がある人だそうなので、その効果かな。
 人はひとりなら神で万能で、逆に言えば無なんだと思います。もうひとりと出会って初めて、「自分」と「他者」が生まれる。それが滅びへ突き進むしかないのは、やはり同性同士だからなのかなあ。性愛は生まれても子供は生まれない、世界は広がっていかない。収縮し、またひとりになり、次の「他者」の訪れがあってまた世界が始まる…その円環。ふたり芝居の企画は男女、男優ふたりと来たんだから次は女優ふたりの作品をやってもらいたいところですが、流行りの性別入れ替え翻案をしたら、たとえばこの作品は女性ふたりの物語になりえるのかしらん、とか考えるのもまたおもしろかったです。それを考えると女は男よりはひとりで自己完結して満足していられるような気もするけれど、どうかしらん…
 関係性萌えみたいな視点で言えば痴話喧嘩プレイのいちゃいちゃBLでしたし、清水玲子『22XX』も想起したけれどロボットにこれはできないわけで(いや人間でも本当はできないのだけれど、それができる演劇の凄みを感じましたよね)、やはり人間の、人間らしい、人間だからこその物語なのでした。
 日本初代の皇帝役は山崎努だったんだそうな。それはまた…ところで私はこの作品はタイトルだけは知っていて、上演を知って絶対観たい!と手を尽くしたのだけれど、どこで、なんで知ったんだったかな…
 立ち見も出る満員盛況でした。ちなみに開演直前に全館停電が起き、すぐに非常電源で非常口ランプなんかが点灯したのですが、急な暗転だな、非常灯を点けてやるのも珍しいな、とかのんきに考えていました…ら、技術スタッフさんが出てきて停電と、システムチェックに15分ほど開演が遅れるアナウンスをし、その後はプロデューサーさんが出てきて、停電の原因は調査中だがチェックは済んだしなんとか始めたい、途中何かあったらそのときはキャストともども乗り切ろう、みたいなスピーチをして客席から拍手喝采、そして本ベルとなったのでした。でも滞りなく上演されて、よかったです。
 そういえば幕間に成河が舞台の片付けをずっとしていて、休めないじゃんとか思ったんだけどその直前の30分くらいは岡本健一のひとり芝居ターンだったんでした。おもしろいなあ、お洒落だなあ。絶妙な客席いじりがあったのもさすがでした。
 しかしこれを昼夜二回公演する日もあるとはなんとタフな…千秋楽までどうぞご安全に。どうかたくさんの人に観てもらえますように。完走をお祈りしています。



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