駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

ミン・ジヒョン『僕の狂ったフェミ彼女』(イースト・プレス)

2022年11月14日 | 乱読記/書名は行
 初恋の人に再会したら、フェミニストになっていた!? 主人公「僕」の視点で描かれる「彼女」の姿、そこには今を生きる私たちの「現実」が詰まっている…韓国でドラマ化、映画化も決定した話題作。愛も権利も譲れない、あなたのための物語。

 ずっと以前に買っていて積んであったのですが、やっと読む順番が回ってきました。読むとなったら半日で読めました。ソフトカバーでライトな装丁だし、著者と懇意だという訳者の訳も軽やかで註も的確で、一人称小説なので読みやすい、というのもありますが、ホントあるあるで「そーいうとこ!」の膝パーカッション乱打で、深刻にはなりすぎないけれど深い内容に我が意を得たりとバリバリ読み進んだら、あっという間にゴールだったのでした。
 私は『冬ソナ』第2世代で2001年から10年ほど韓流にハマり、韓国語にも韓国文化にも多少造詣があるつもりですが、ホントに日本語、日本文化と近いですよね。語順が自由なのもそうだし、今回は特に現代語としての外来語の取り入れ方や略語の作り方のセンスがほぼ一緒!ってのにホント驚きました。訳註が本当に行き届いていて、でも決してうるさくなく、韓国の「今」を上手く解説してくれていて理解が深まりました。そして文化的にも中国の影響下の儒教圏ということもあって本当によく似ているんだけれど、違うところもたくさんあって、今は(今までも?)韓国の方がずっと先に行っていることも実によくわかりました。私はパッションの在り方なんかが「韓国はアジアのラテン系だから」と表現するのがいいのでは、という説を以前から唱えているのですが、島国日本の農耕文化より半島だけど大陸寄りで狩猟文化で肉食なのかな、とか思うんですよね。だからちゃんと女性が強い、賢い。うらやましい限りです。イヤうらやんでるだけじゃダメなんだけどさ。
 なのでホントおもしろく読みました。以下わりと自分語りもかなり混ざりますが、細かい感想をねちねち語らせていただきます。

 わりと序盤の註に韓国のコミュニティサイト「メガリア」なるものの解説があって、「女性が受けてきた差別的な言動をそのまま男性に返すことで差別構造を示すミラーリングと積極的な社会参加によって社会の変化に寄与」したものだそうなんですけれど、この小説はそのミラーリングが全編に渡って機能しているわけです。つまり主人公はまあまあフツーの男性で、さすがに暴力は振るわなさそうでそこはまあまともなのかなと思うのですが(男のまともさの基準の低さよ…)、逆に言えば要するにその程度のまともさしか持ち合わせていないので、まったく視野が狭く独善的で甘えん坊でひとりよがりでナチュラルに差別的で、そして自分が差別的であることにはまったく気づけていない、実に愚かな人間なわけです。訳者あとがきによればこの手法には『痴叔』という短編小説の先行例があるそうで、それは植民地時代の朝鮮で親日派の主人公が独立運動家を批判するものなんだそうです。さもありなん…それが今回、「フツーの男」の主人公が「フェミニストである彼女」を批判する構造になっているんです。素晴らしすぎますね…! ホントもう、五行に一回くらい「だからそーいうとこだって!」「逆にして考えてみろよ!」って読みながら叫ぶありさまなのです。イヤ素晴らしい一冊でした。
 ラスト、お見合い相手がちゃんと断ってくる人でよかったよ、と思いました。不幸な結婚がひとつ減ることは世界の幸福総量のためにいいことです。さらにラストは、主人公が暗闇を見つめて終わるのでした。ホントいいラストですね。見つめるの、考えてみるの、大事。「暗闇の中で、何かを探すように」とありますが、ホント恋人といえど赤の他人にアレコレ言う前に人はまず自分を見つめ直し、まず自分の真の望みを知るべきだと思うのです。
「たまにほんと、何のために生きてるんだろうって気になるよ」
「じゃあ一回ちゃんと考えてみないとね。本当に望んでいることは何なのか。他人が望むことじゃなくて、自分が望んでること」
 という会話も作中にありますが、つまるところ人生とはそういうもので、まして結婚なんて他人とするもんなんだからなおさらまず「自分」が確立されていないとできるわけがないじゃないですか。たとえできても上手くいかないに決まっているというか、少なくとも一方に負担がかかり不満がたまるものになりがちというか。なのにみんな流されて、周りが望んでいるからとかみんなするものだからとかいう理由にもならない理由で結婚したがって、あげくなんか思ったように上手くいかないとかジタバタしている。不幸すぎます。でも当然の結果だとも思います。
 自分は本当に結婚したいのか、何故結婚したいのか、どんな結婚をしたいのか、をせめて一度はちゃんと考えて、それで婚活してほしいと思います。その作業をするだけで結果は全然違うと思います。それは自分を見つめ直すことにもなるし、別に無理に結婚しなくてもよくない?という気づきにつながることだってありえると思うのです。
「だげどほんと、正直さ、考えると怖くならない? 将来、旦那も子どももいなかったら寂
しいんじゃないの?」
「その代わり、私がいるはず。たぶんね」
 という会話も出てきますが、ホンそれだと思います。これは女性側の話だけれど、旦那と子供ができて自分がなくなるくらいならそんな結婚なんて意味ないのです。そういう結婚はするべきではない、そのことに人は早く気づくべきです。そして一方男性側は、結婚して妻と子供ができても自分が夫であり親であるという意識が持てないままの人が多すぎる。だから家庭の負担が偏るんです。そんなに変われないなら結婚なんかしない方がいいのです。そんな結婚は結婚相手を不幸にするものだし、それで自分をも不幸にするし、結婚そのものが不幸で哀れです。結婚に対して不誠実すぎる、結婚に失礼すぎる。
 私の最愛の小説のひとつ、タニス・リーの『銀色の恋人』に
「おいていかれたら、わたしには何も残らないのに」
「全世界がありますよ」
 という会話があります。そう、本当なら真に愛する人というものは全世界に匹敵するもので、全世界と引き替えにしてもその人を選ぶ、というのが真の愛でしょう。でも一方で、その人を失ったからといって全世界が残るのもまた人生というものです。何故なら「自分」があるからです。人はすべからくそうあるべきです。半端な者が寄り添い合ってひとつになるのも美しいけれど、ひとりで立てるふたりが寄り添って倍どころか十倍にも百倍にもしてこそ、でしょう。成人するというのは歳が十八歳になるとか二十歳になるとかいうことではなく、「自分」というものを確立すること、その選択や結果の全責任を負えるようになること、そして生きていく限り変化し続ける「自分」なるものとつきあい続ける覚悟を持てるようになること、そういう「自分」と折り合いをつけて人生を歩めるようになること、のことだと思います。そういうことができないままに歳だけとって大人になった気でいる人間のなんと多いことか…もちろんそういう教育が施されていないという社会の不備もあるんだけれど、女性の方が、男性社会でもまれるうちに自発的に気づき(あるいは気づかされざるをえず)、自分とはどんな人間か自分の望みは何かに関して意識的になることが多いんだと思います。それで余計に女の側に負担がいく世の中になっているんですよね…ホント甘えんなよな男ども、と言ってやりたいです。
 ところでもちろん私は結婚していないのですが、非婚主義者だったことは一度たりともありません。今でもいい相手がいれば結婚したいと思っています。私はわりとラブラブな両親を見て育ったので、結婚に素朴な憧れを抱いて育った素直な子供だったのでした。
 一方で、うちの両親の在り方がかなりレアケースであることにもまた早くから気づいていました。だってお友達のおうちのお父さんお母さんは決してこんなじゃなかったからです。全然ラブラブしていないのがほとんどで、照れ隠しも半分はあるんでしょうが、愚痴ったりいがみ合ったり無視したりといったところばかりでした。
 うちの両親は中卒で田舎から出てきて働き始めてそこで出会った相手と職場結婚したようなイージーなカップルでしたが、今でも本当に互いの一番の良き理解者であるようで、昔から子供たちに対しては放任主義に近く、いつもふたりでキャッキャウフフしているようなところがありました。でもこれはたまたま上手くいったケースなのであって、彼らが独身時代に己を知り己の望みを知り相手を吟味し綿密に相談し合い婚姻という社会契約に至ったのだ…とは子供の目からもとても見えませんでした。
 だから子供の私は学習したわけです。うちの親みたいに何も考えずに結婚して上手くいくなんてのはあくまでレアケースであって、ほとんどが齟齬を来しなんなら破綻する。だからよく考えて結婚しなければならないのだ、と。それでその後大人になってそれなりのおつきあいをし、結婚を考えたこともありましたが、たまたま結婚には至らず今も独身でいる、ということです。
 でも、それこそお年頃で結婚の話題が出るなどしたときに、周りが本当に何も考えていないのには心底あきれてきました。優しい人が好き、みたいなのはあまりにも漠然としていてほとんど意味がないし、三高云々みたいなのも何も考えていないに等しいわけです。イヤそういう条件を相手に望んでもいいんだけれど、自分が何故それを望むのか、ということに考えが至っていないなら、それは世の流行りか何かにただ流されているだけにすぎません。
 既婚の知人にその相手と結婚した理由を尋ねても「たまたま、タイミングだよ」とか言われることが多かったのにも本当にイライラしました。そんな程度で結婚して上手くいくわけなんかないじゃん、そんなアンタのくだらない愚痴なんか聞きたくねーよ惚気なんだとしても右から左だよ、と、別にやっかみではなく本気で思っていました。名前やライフスタイル、金銭感覚や貞操観念、食の好み、子供を持つかどう育てるかといった展望、親兄弟のことなど、今後の人生をひとつの共同体としてふたりでやっていこうというならふたりが摺り合わせなければならないことは山とあるはずです。もちろん全部を事前に相談するなんて無理で、都度話し合っていこう、という姿勢がありえるのはわかります。でも現状、事前にあまりに話し合い、摺り合わせがなされていなさすぎて結婚してしまうカップルのなんと多いことか…そら離婚率も上がろうというものです。
 もちろんダメなら別れればいい、というのはある。でも男女の経済格差がまだまだ埋まる気配すら見えないこの世の中で、離婚が選択できないケースも多く、主に泣いて我慢するのは女性、という状態が端から見ているだけでもホント我慢なりません。そもそも欧米では(出た!と言われてもいい。少なくとも小説その他からの聞きかじりの知識ですし)婚姻は社会契約の類として、結婚前の互いの固有の財産とか離婚時の分与の条件その他いろいろ話し合って文書にしておくことも多いというじゃないですか。なんで維新で文明開化のときにそのあたりも取り入れなかったのヘルジャパン?ってなもんです。
 人はみな対等で尊重されるべきだという人権教育を、まずきちんと。そして男女ともに成人したら独力できちんと自律し、将来を見据えて、それで愛があって一緒にやっていけそうな相手と出会ったのなら結婚を。もちろん別姓が選択できるように。もちろん同性同士でも結婚できるように。もちろん事実婚のカップルにも同等の権利が与えられるように。現状、すべての平等がなされたとしても、まだ戸主をどちらにするかみたいな問題があるわけで、そもそも国にそこまでゴタゴタ管理されるのが気にくわないというのもあるし、マイナンバーが振られたんだからひとりひとりで管理はできるわけで、法律婚は廃止、までいくのが最終的には正しい気がします。でもまあそれは段階的に、ね。とにかくいくつだろうと、なんなら何回目だろうと、あるいはしてもしなくても、他人からとやかく言われない、そもそも他人のことをとやかく言うのは人権侵害でNGだという意識が行きとどいた社会を…ということを、はるか遠い理想ではありますが常に望み続けていきたい、と私は考えているのでした。
 ところで、帯の惹句にもされている「世の中が私をフェミニストにするんだよ」という台詞が作中にありますが、私がこのフェミニストなる言葉を知ったのはおそらく小学校低学年の頃、少女漫画からだったかと思います。
 おそらくプレイボーイのキャラクターに対する形容として。ある種の冷やかしだし誤用でもあるということはすぐ理解できて、でもこの場合は、彼は女性も人間だときちんと捉えていて優しく誠実に応対しているのである、それは本来は当然のことなのであって、こういう男だけがフェミニストと冷やかされたりする現状の方が間違っているのである、未だ間違ったままの社会を正していくためには人はすべからくフェミニストであるべきなのである…といった意識を、いつの頃からは覚えていませんが私はかなり早くに持っていました。だから自分がフェミニストである、と自称する、宣言することに私はあまり抵抗を感じたことがありません。バックラッシュみたいなものはどうやら私の頭の上を通り過ぎていったようで、自分はフェミニストだと言いづらい空気がある、みたいなことを感じたこともほぼありませんでした。鈍感なだけかもしれません。でもツイッターのプロフィールにも初期からてらいなく掲げているし、それで誰かに凸られたこともありません。幸せなことですね。もっと大変な思いをしながら、前線で活動している方も多いことでしょう。私はデモにも参加したことがなく、そういう意味でなんら活動は出来ていないのですが、引き続きフェミニストであり続けるつもりですし、自分がそうであることを決して隠さないつもりです。
「女性も人間です。すべての人間にしかるべき尊厳を認めることが求められています」という、いたってシンプルな真理をこんなにも理解できない人間がこんなにも多いことに絶望するときもありますが、真理で正義なのでいつか必ず勝利します。引き続き行動し続けるしかありません。
 私の弟も結婚していず子供を持っていないので、私には甥や姪がおらず、親しい従兄弟やその子供たち、みたいなつきあいもありません。昔は一族にはひとりくらい、いわゆるオールドミスの、なので一族の恥みたいに扱われつつも当人はいたってのんきにかつ幸福に暮らしている年齢不詳の、妖精みたいな女性、たとえば一族の幼い子供たちに「お話のおばさま」などと慕われ憧れられられるような女性がいたものだと思うのですが、私はたとえばそういう存在になりたいのですが(とはいえいい相手がいたらあっさり結婚してやりたいとも思っているわけですが)、何せ親族が周りにいないので、お友達仲間の間でそれになることを目指したい、とか考えています。ツイッターなどから知り合った宝塚歌劇ファン友達なんかは私より年下の方がほとんどなので(なので数少ないお姉様方にはまた甘えさせていただき頼りにも指針にもさせていただいているのですが)、より苦しく厳しい生き方を強いられていることも多いのではないかと思うのですよね。なんせ私はバブル最後っ屁世代で、私が就職した次の年からまず女子の就職が厳しくなり、やがて氷河期が到来した、ギリギリ逃げ切れた世代だからです。新卒で入った会社に勤め続けて定年退職が見えてきて、絶賛ローン支払中ですが終の棲家のつもりでマンションも買ったし、細々とではありますが貯金もしているつもりです。独身で子なしでも負け犬なんかじゃないつもりなのです(古い)。
 なるべく健康に、元気に楽しく幸せに暮らしていきたいし、そういう姿を周りに見せて、ひとりでも楽しく幸せに生きていけるじゃん、と示したいのです。別に自慢したいとかうらやましがられたいとかではなくて、そういう生き方があるってことが誰かの希望になったりすればいいな、と思うのです。何より私自身が幸せな人生を送りたい。そして今までのところ、それはまあまあできているつもりです。
 それは、私が自分自身をよく知っているからです。自分の望み、希望を知っているし、それを叶えるために努力し行動してきたし、独力でどうにもならないものやタイミングが合わず手に入れられなかったものについては潔くあきらめてきた。負け惜しみかもしれないけれどそれはそれで仕方ないと思っていて、そこにこだわったり誰かのせいにしたりしてグチグチ言うことはしない。だからそんなに不満がなく、もちろん不幸ではなく、むしろ満足していて幸せだし、今後もそうありたいと思っています。
 まず、自分で自分を大事にする。そして同じように周りの人も大事にする。誰のことも踏みつけにしない、踏んでいることに気づいたらとりあえず謝って足をどかす。自分と同じように周りの人にもなるべく幸せでいてほしい、世界が平和で幸福に満ちていてほしい。そういうことを願っています。それがフェミニストたる私の願いです。フェミニストの願いってそういうものだと思うからです。
 この小説の「僕」も、「ただただ真っ暗」な「目の前」を見つめ、まず自分を知り自分を大事にすることから始めるといいと思います。誰かに世話してもらったりチヤホヤされることを要求するだけじゃなくて。まあよくよく見つめた末にそれが自分の希望だとなったならそう求めて動いてもいいけれど、おそらくそうではないだろうから。というか他人に要求するだけでなく、まず自分で出来ることがあるはずだから。してもらうばかりじゃ関係性は作れない。まずは自分というものをしっかり把握して、そうしたらそこから世界は違って見えてくるはずで、違った愛も生まれることでしょう。そうして次はもう少しいい恋愛が出来るといい。私はロマンティストなんでそこは全然否定しません、むしろ奨励したい。でも今のままだと単なる不幸の再生産に直結するので、目を覚ませ男!とビンタしてやりたくなるわけです(暴力反対!)。
 この「彼女」は偉いですよね、手は出さないもん(笑)。その代わり優しくも親切でもなくて、「僕」が求める説明を全然しないんだけれど、そこがいい。彼女は今までもさんざんやってきて全然通じないことにもう絶望しているんだろうし、そもそも聞く気も理解する気もないのに説明を要求する方があつかましいのです。でも小説ってつい女が男に説明し通じなくて疲弊して…みたいな場面を描きがちだと思うんですよ、でもこの小説はそうじゃないの。そこがいい、新しい。
「彼女」はそれなりには「僕」を愛していたのかなとも思うんですけれど、一番はやはり安全で安心だと思えたから、なんでしょうね。これまた一見酷い、とか言われそうですが、男ならそんな選択をする人は掃いて捨てるほどいるはずなので、「彼女」が女だからそうしてはいけない、ということはないはずなのです。オナニーグッズがあろうとセックスは相手が必要なものですし、そもそも泣き落としに近い勢いで口説いたのは「僕」の方です。利害がなんとか一致している間はつきあえた、というだけのことです。彼女が彼から得た快楽を寿ぎたいです。ホント良く出来た小説だなあ。日本にもこういうモチーフの作品は増えてきたけれど、なかなかこの域のものはない気がします。ホントさすがです。
 日本でも無事に翻訳され出版されて、私たちが読めるようになって、よかったです、ありがたいです。早くこの物語が過去のものとなりますように。一歩ずつ、がんばっていくしかないですね。





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