駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

新国立劇場バレエ団『ジゼル』

2022年10月23日 | 観劇記/タイトルさ行

 新国立劇場オペラパレス、2022年10月21日19時(初日)。

 中世ドイツの村、ブドウ収穫の最終日。村人たちは午後から始まる収穫祭を楽しみにしている。公国の王子であるアルブレヒト(この日は奥村康祐)は親友ウィルフリード(この日は清水裕三郎)の助けを借りて隣村の村人に変装し、内気で美しい村娘ジゼル(この日は小野絢子)を口説いている。ジゼルは彼の本当の身分を知らない。森に住むヒラリオン(この日は福田圭吾)も密かにジゼルに恋をしていて、彼女が謎めいたよそ者に好意を寄せる様子を目の当たりにし、世間知らずのジゼルに忠告するが、彼女は耳を貸そうとしない。ブドウ園を営むジゼルの母ベルタ(この日は楠本郁子)は、心臓が悪く身体が弱い娘を心配してアルブレヒトとの交際も認めない。信心深いベルタは、恋人に裏切られて亡くなった乙女たちの霊が墓地に来た若い男を息絶えるまで踊らせるという怪談のような言い伝えを信じていて…
 振付/ジャン・コラリ、ジュール・ペロー、マリウス・プテイパ、演出/吉田都、改訂振付/アラスター・マリオット、音楽/アドルフ・アダン、美術・衣裳/ディック・バード。1841年バリ・オペラ座初演。新制作。全2幕。

 東京バレエ団では何度か観ていて、こちらこちらなど。
 前回は退屈したような私の感想ですが、今回はとてもおもしろく観ました。
 まずセットが鮮やかで、秋の森が舞台奥に広がって奥行きを感じられるのが素晴らしく、群舞もとてもまとまっていて、ソリストたちはさりげなく見えるけれどものすごいテクニックをバンバン披露してくれて、そして主役カップルはとても演劇的な、芝居心あるバレエを踊ってくれて、まるで台詞が聞こえるような、ストーリー展開がとてもわかりやすい舞台をみせてくれました。まあ、そもそもそんなに難しい話ではない、というのもありますが…
 2幕もけぶる月夜にスモークと幻想的な照明が美しく、一糸乱れず超絶バランスを見せるコール・ドが素晴らしく、ミルタ(この日は寺田亜沙子)は前半はちょっと棒に思えたのですが、むしろ無機的に踊ろうとしていたのかなと思えたのが、ジゼルがアルブレヒトをかばって立ちふさがったときに、自身の愛の記憶が蘇ったことに打ちのめされたかのようにへたへたとくずおれたからでした。
 静かで拍手すら憚れるような繊細な音楽のなかで、怖ろしいほどのテクニックを繰り出し、かつせつない恋心を踊ってみせる主役ふたりが本当に素敵でした。アルブレヒトは、1幕はやはり遊び半分のところはあって、だからクールランド公爵(夏山周久)や婚約者バチルド(この日は益田裕子)が現れるとわりとあっさり観念して自分の本来のポジションに収まるわけですが、そこからのジゼルの狂乱っぷりと死に、なんてことをしてしまったんだと打ちのめされるわけです。そして深い悔恨を胸に墓参に訪れる。そこで出会うジゼルの幻というか愛の記憶というか恋の妄執というかはたまた悪鬼亡霊というか…と、もう一度恋をする。けれどもうどうにもならない、彼女はどうかするともう触れることすらできなくなる存在でしかない。ジゼルはミルタの呪いをはねのけてアルブレヒトの命を救ってくれる、けれど朝の光が差し始め、彼女は自らの墓に戻っていく…
 この朝焼けが美しかったので、私はアルブレヒトは花束を墓に捧げて、朝日の方へうなだれてしょんぼり立ち去っていくような形にするといいのではないかな、と思いました。彼は彼女に救われた命を生きなければならない、それがどんなにつらいことでも。意に沿わぬ相手と結婚し国を治める者として空虚な人生を送らざるをえないのだとしても、それこそが償いでもあるのだから。でも、舞台は彼が墓の前で泣き濡れ倒れ伏して終わったので、せっかくジゼルが救ったのに後追いで死んでしまったようにも見えて、それじゃ2幕のことは全部不毛になっちゃうじゃん、とちょっと感じてしまったんですよね。なのでそこだけが不満でした。
 でもあとはシンプルながらも緊密で美しい舞台を堪能しました。短いし、ビギナー向けの演目でもありますよね。
 そうそう、チュチュが、材質の関係なのかなんなのか、静電気ではないと思うんだけれどいい感じに払う腕にまとわりついてくたくたと漂い、すごく効果を上げていると思いました。ウィリたちにはまとう霊気のようでもあり、ジゼルには恋や情念のオーラのように見えて、素敵でした。
 他の主役カップルだとまた違った味わいがあるんでしょうね、次はそういう見比べ方もしてみたいなと思いました。









コメント
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