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「事実証談巻4(人霊部上)」 14 第6話の2

(庭のシノブの紅葉)

午後、島田博物館へ「女戦国大名寿桂尼と今川氏」の展示を見に行く。信玄も、寿桂尼が亡くなるまでは、今川へ手が出せなかったという、女戦国大名と言われた人である。今川氏親の正室、今川義元の母である。ところが本名が判っていない。寿桂尼は氏親の死後、剃髪したのちの名前である。入館料はJAF会員で、2割引の240円、ちょっと得した気分。

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「事実証談巻4(人霊部上)」の解読を続ける。

家族、その外の人々に、対面して言いけるは、父母の病い難治にても、世に坐しまさば、始めよりの事ども承るべきを、かく世を去り給いし上は、病中死葬のこと、更に問い申さじ。
※ 坐します(まします)- いらっしゃる。おいでになる。(「あり」の尊敬語)

誰々も、百日過ぐるまでは、必ず物語りし給うな。過ぎし物語によりて、後悔のことも計り難しとて、堅く病中死葬の物語りを製(制)して、家相続の談話(はなし)の隙(ひま)には、在京中の物語、国元留主中の雑談(ぞうだん)のみにて、父母のことをば語らざりけるを、

夜な/\の夢に、父母世に有りし時のごとく、炉辺にありて、家督相続の事をのみ語るを見る事、数多度なるを、着せし衣服は同じさまにて見えければ、甚く怪しみ思いて、何時とても、同じ夢に、衣服もまた同じかるは、父母の今わの際に、我は遠国に有りて対面なかりし故、相続のことを談じ置かざることを歎き給い、没後(もつご)までも心の残りて、かゝるならんと推し量り、いとゞ歎きの勝りけれども、人にも語らざりしかば、

家族はかかる事とも知らざりけれども、かの主、寝てより声を上げて、襲わるゝこと度重なりけるを、皆な人怪しみ、如何なる夢を見給うと問えども、さらに語る事なく、百日の日数(ひかず)過ぎしころ、親しき人々を呼びて、先ず、父母死葬の時の着服は、かくの如くなりつらんというに、おの/\げに然りと答えて、家族、親族怪しみつゝ、如何にして、それを知り給う、と尋ねければ、
※ 襲わるる(おそわるる)- 不意にやって来られる。
※ 着服(れい)- 衣服を着ること。ここでは、着ていた服のこと。
※ げに然り(げにしかり)- いかにも、その通りである。


その程、夜な/\の夢物語して、在京中、浪華遊覧せし時、何となく心驚き、しきりに慕われし事などを語り、国元にて父母の病中、今わの際の事どもを、初めて問いけるに、人々も袂を濡らして、残りなく詳しく物語などして、父母両霊没後(もつご)の安堵あらん事を図りて、急ぎ相続せしとなん。こは則ち、江塚家の主の昔語りなり。
(第6話おわり)
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