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安鶴在世記(7) 沖津川を逆立ちして渡る事(終り)


(挿絵 - 安鶴、逆立ちして、沖津川を渡る)

年賀状をようやく出し終えた。枚数は年々減って行くのは仕方がない。それでも何人かは古文書の関係で増えるものもある。

安鶴在世記の解読を続ける。

    ○ 沖津川を逆立ちして渡る事
相州坂(酒匂)川と駿州沖津(興津)川は、十月五日より、翌年三月五日まで、御年貢米運送のため、橋を架け旅人の渡るを許し、平常は徒歩(かち)渡りにて、川越し人足、旅人を渡して生活とす。

ここに、天保三年十月三日、安鶴、所要ありて、沖津川に至り、橋は架けあれども、いまだ旅人を渡さず、川の浅瀬も知りつれば、自らかち渡りせんと、会所をうち過ぎ、川辺に到る。川水は殊に浅ければ、石伝いに渡らんと思い、そこよ、ここよと、眺め居たりしところへ、川越壱人来たり。

若蔵、川を渡し参らせんという故、いや/\この川は越してもらうに及ばじと言えば、川越し、これ貴様たちにただ越されては、この方どもの口がぬれぬという故、会所の札通り、廿四銭遣せしが、さらに聞き入れず、四十八銭ならでは越す
事ならず。早々立帰れという。

様々言いなだむれど聞き入れざれば、安鶴大いに怒り、此奴(こいつ)川むしめら、これらの川水は、酔い醒めならば飲みほすべし。新たなる草鞋ならば、湿すにもたらず。足も濡らさず越すも易し。なんぞ四十八文とはふとき奴かなと言えば、川越し、此奴大胆不敵の事をぬかしおる。この川、足も濡らさず越すとぬかす故、皆々出て来れ/\という聲に、たちまち川越人足二、三十人ほど出来たり。

安鶴を中に押っ取り込め、これ若蔵、速やかに足を濡らさで越さばよし。越さねば打ち殺すぞと、腕を引くもあり、胸元をとるもありて、しばし取り合いしが、安鶴たちまち、身を翻して大音上げ、川むしめらとく見物すべし。足を濡らさで越し見せんと、肌打ち脱ぎ、袖を手拭いにてくくり上げ、川端に到り、我れ越さば何とすると言えば、

川越し、それはまた奇々妙々、足を濡らさず川を越すとは、神武この方例なし。こは珍しき見物なり。いざ渡れ/\と言い掛けられて、心に思うよう、浅瀬には石に苔あり。もしや滑らば見苦しゝ。人足繁き所よからんと、まず足に風呂敷包みを結び付け、逆に立ち、ざわ/\と難なく向うの岸に着き、腕拭きながら大音
声にて、

川越らよく聞け、我はこれ府中安部川のほとりに住む安鶴なり。身一つにて八人の芸徳を兼ねて、諸国を遊歴し、これらの戯れ何かあらん。ふしぎの芸術様々あり。汝らわれに随身なさば、望みの術を教え遣さんといえば、川越ら言(もの)をも言わず。ただあきれたる様なれば、

  川越しの 口もぬらさで 風呂敷に
    御足を入れて 手にて越し行く


かく打ち興じつゝ、足装いして、あとをも見ず薩埵を指して急ぎ行きぬ。

安鶴在世記初篇畢(おわ)んぬ


以上で「安鶴在世記」を読み終える。初篇と云い、末尾に続編の予告もあるが、続編が出された様子はないようだ。
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