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孫権の故郷、龍門古鎮

(龍門古鎮の路地)

千島湖から杭州に戻る途中、富陽市の「龍門古鎮」に寄る。「鎮」は行政単位としては「村」のようなものだろう。龍門古鎮は三国志で、劉備、曹操と並び称される孫権の故郷と言われる。

高速道路を富陽で下りて、観光バスで10分ほど進めたところに龍門古鎮はあった。日本では古い町並みを重要伝統的建物群保存地区に指定して保存を図っている。龍門古鎮は、明や清の時代の建物群が保存されていて、差し詰め、中国版の「重要伝統的建物群保存地区」で、政府からも予算が出て、町並みの整備がされている。


(古い壁にクーラーの室外機)

入村料は35元、日本円で560円ぐらい、ガイドがまとめて払う。ゲートを入ってしまえば、中は人々が今も住む町である。川を渡った対岸の、町並み保存されている古い街は2平方キロメートルほどである。車も入れない細い道が無秩序に迷路のように付いていて、その両側を白い壁と「うだつ」のような袖壁が目立つ建物が塞いでいる。知らない人が入ると出て来れなくなるという。ただコツがあって、道の脇にはきれいな水が速い流れを作っている用水路がある。その流れる方向に沿って歩いていけば、迷路から抜けられると日本語ガイドは言う。そんな道だから、観光客には必ず地元の女性ガイドが一人付く。我々には真っ赤なジャージを来た女性が付いた。

この村の7000人の村民の内、90%が「孫」さんといい、孫権の80何代目かの子孫で、この女性ガイドも子孫の一人だと日本語ガイドが説明する。兵法の孫子や孫文もその一統だという。「それでは孫正義(ソフトバンク社長)もおそらく子孫だというんだろうね」と誰かが茶化す。


(バトミントンネット編みの内職)

道には卵を平べったくしたような河原石が敷き詰められて、さながら足裏健康路みたいだ。同じ石が壁や塀の材料にもなっている。煉瓦を焼いて積む工法以前の建築方法なのだろうか。道路なのか家の中なのか区別できないような道で、住民の生活の場の中まで入っていく。庭先でバトミントンのネットを編む内職があちこちで行われていた。ガイド無しではこんな中までとても入れなかっただろう。

孫文の辛亥革命があり、共産中国の人民公社や紅衛兵の破壊運動があったり、時代は揺れ動いても、どんな波風もこの街には入り込めなかったのではないかと思った。しかし、自由化の中国になって、一人っ子政策の子供たちはより快適な都会に出て行き、夕暮れの迫った路地に子供の声は激減して、龍門古鎮は急速に老人の街と化していくのだろう。
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