1990年の秋は濃かった。
一か月前にチェリビダッケの棒で天国的な長さのブル4、ブル8を聴いたばかりだ。
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今度はヴァントのブルックナーだ。
この年の秋、ハンブルク北ドイツ放送交響楽団が来日した。
ツアーは、
1990年11月3日(土)から
1990年11月11日(日)まで
8回行われました。
東京では3日4日の両日演奏が行われました。
そのうち、文化の日の演奏はこんな感じ。
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1990年11月3日(土)7:00pm
サントリーホール
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ブルックナー/交響曲第8番(ハース版)
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ギュンター・ヴァント指揮
NDRso.
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一か月前のチェリのブル8とは、180度方向が異なる。
まず、かかった時間があまりにも違う。
チェリ1時間45分。ヴァント1時間15分。
楽章間のゆらぎはあるものの、その差30分。
指揮者によるパルジファル第1幕の解釈相違なみの違い。
解釈の違いというよりも、音楽に対する見解の相違といった方が良いのかもしれない。
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ヴァントは写真でしか知らない人は驚くが、長身痩躯で手がやたらと長い。
痩せているので動作に緩慢なところがなく、自然体の省エネ棒。
この棒が作り出す音楽はかなりきつい。
フレーズの頭をぶつけるような強烈なアクセントが随所に見られる。
ほんわか、といった曖昧な表現は彼にとって音楽表現の範疇にはいらないのだろう。ベートーヴェンの音楽はその感興に大変よくマッチする。
ブルックナーも方針は同じ。ズシーーン、とくるよりも、ビーーン、と一斉に音が出てくる。
様子を見ながら音を出すように聴こえたりするウィーン・フィルのような癖とは異なり、いきなり縦板に音をぶつける感じ。
いきなり明快でなければならないわけで、かなりの練習が必要と思われる。
頭から加減抜きでピッチをそろえなければならないのでもちろん腕達者な連中の集まりでなければならない。
2000年に来日にして、未完成とブル9を振ったときも同じスタンス。剛直といってもよかった。
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1990年代にベルリン・フィルを振ったブルックナーの録音が、当時、神のお告げみたいな広告の中、ずいぶんと宣伝されたが、カラヤンサーカスでのもやもやしたとらえどころがない録音は彼の真の姿をとらえているとは言えない。
ヴァントの音楽は強烈アタック、エネルギッシュで剛直ではあるが、他面、アダージョ楽章などを聴くとわかるが、変に歌い回しをしたりしない。
それでいて音楽のふくらみのようなものを感じる。器楽的なニュアンスが素晴らしい。音楽が音化される楽器が、楽器という手段を使って楽器そのものから湧き出る音の表現として消化されているような。とどのつまりは、音の背後ではなく、音のみから音楽を表現し、それを聴衆が聴いている。余計な感情による起伏をはいりこませない。
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ヴァントの振るブルックナーは、ベートーヴェン解釈がそのまま拡大したような様相を呈する。
主題の数、音符の長さ、規模、などいろいろと異なるところがあるが、ベートーヴェン並の凝縮された音楽表現を求めるので、やる方も大変だが聴く方も大変だ。
しかし、それによって構造が明確、クリアになるので、時間なんてあっというまだ。ミスターSことスクロヴァチェフスキーなども同じ方向ではないか。
ヴァントが振ったベルリン・フィルとのブルックナーは横の拡がりを感じさせるものであったのだが、手兵のNDRでは、縦に突き進む音楽表現を思う存分発揮している。彼の表現だ。
2000年のときもそうだったが、プレイヤーがフラットに聴衆の方を向いているのではなく、全員が指揮者の方に椅子の角度をとり、見た目は小規模なオケといった感じの錯覚を覚えるが、実はあの向きが音楽への姿勢そのものなのかもしれない。
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1970年代1980年代に単独で来日しNHK交響楽団を振っていた頃のブルックナーは、そのような内実よりも、むしろ、田植えの種をもってきて植えて帰る感じ。
N響もそれまでブルックナーをやったことがない、ということではないが、ヴァントが振ったときの安定感、説得力はまるで違っていた。
それまで現代の指揮者の存在なんて、棒を持ちきれいに縁どりする、ぐらいのどちらかといえば軽い意識であったのだが、ヴァントが振る意義というのは、ブルックナー解釈、という物を頭の中でドイツから運搬し、それを日本において帰るような趣き。ほかの誰とも説得力がまるでちがっていた。
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ということで、この1990年来日公演8公演では、もうひとり指揮者がおりました。
作曲家として名が売れているクシシュトフ・ペンデツキ。彼が5公演もち、ヴァントはブルックナーの8番を3回振っただけでした。
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1990年はこれで11月初旬までこぎつけたわけですが、あと1か月余りで1991年になるというのに、このあとの来日公演ラッシュがすごかった。
おわり
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