1983-1984シーズン演奏会感想です。
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今日は毎週4回のサブスクリプションではなく、年金コンサート。一晩だけの催しものです。
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1983年10月19日(水)8:00pm
エヴリー・フィッシャー・ホール
第10,288回
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ペンション・ファンド・ベネフィット・コンサート
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ストラヴィンスキー/ペトルーシュカ
(1947年改訂版)
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ドヴォルザーク/チェロ協奏曲
チェロ、ムスチスラフ・ロストロポーヴィッチ
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(アンコール)
バッハ/サラバンド
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ズービン・メータ指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
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この日の演奏会は
WQXR1983.1.22、3:05pm
放送されました。
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ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、ロストロポーヴィッチの独壇場であった。後ろ向きになってチェロを弾けるものなら、彼は同時に指揮もしていたかもしれない。
今まで実際に聴いたチェロで圧倒的だったのがヨーヨーマであったが、ここにきてロストロポーヴィッチのチェロを聴いてみると、なんというかヨーヨーマでさえも、1000メートル後方を走っているにすぎないといった感覚におそわれる。チェロ一個であれだけホールを鳴らせることができるというのはすごい。
また、高低、強弱における音色の一様性はちょっと信じられないほどである。音楽が完全に余裕から発生している様が手に取るようにわかる。完璧な自信に裏づけされた自由とその開放感の素晴らしさ。またそれを聴衆が手に取るように理解できるその表現力の豊かさ。
大家とはこのようなことをいうのではないだろうか。作曲家が作った曲の素晴らしさにならんでしまうような演奏。というよりも飛び越えてしまった演奏と言えるかもしれない。
特に第2楽章の後半の清涼感はドヴォルザーク特有の弦の美しさにあるが、呼吸といい、その音色といい、ニューヨーク・フィルのアンサンブルとともにドヴォルザークを越えてしまうような恐るべき美しさであったように思う。平然と弾きこなすロストロポーヴィッチに唖然。
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フルニエのチェロ、セル指揮ベルリン・フィルのレコードをほとんど擦り切れるまできいたおぼえがあり、あの組み合わせの素晴らしさは、いまだに頭にこびりついている。ここで聴くニューヨーク・フィルもまた実にすばらしく、特にホルンの音色は全くマンハッタン的でないというか、いつ聴いても深みのある素晴らしい音色である。
アンサンブルがよく、聴きつくされたこの曲を蘇らせてくれる。本当にフルニエのレコードを最初に聴いた時の感動を蘇らせてくれた。
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ストラヴィンスキーのペトルーシュカ。レコードではハイティンクのものをよく聴いたおぼえがある。あらためて?こうして生演奏に接してみると、全く奇妙な音楽であるとつくづく思ってしまう。いわゆる新古典的折衷的な音楽なのだが、そうとはわかっていても本当に変な音楽だと思う。
形式感をもとにして聴く音楽ではなく、バレエ音楽だと思って聴いていれば少しは気が休まるが、踊る方は楽ではないだろう。但しいたるところに一度聴いたら忘れられないようなメロディーが出てくるので聴衆は少しは安心するのだが、またすぐ、ごちゃごちゃ、曖昧模糊、となるのでやっぱり全体を把握しづらいと思う。
メータはスコアなしでやっていたが、これまた大変だろう。ごちゃごちゃした音楽が何しろ45分も続くのだから棒を振る方も途中でなにがなんだかわからなくなってしまったら、本当にそのあとは、なにがなんだかわからなくなるのではないか。
ニューヨーク・フィルは特にトランペットが安心して聴いていられるので、このような曲の場合にも取り乱さない。この手の曲で一番おかしいのはプレイヤーがはずしたときです。はずした原因が曲そのものにあるように思える時など、本当におかしくて笑いだしたくなるものです。その点、ニューヨーク・フィルはちゃんとやってました。全くアンサンブル単位の曲なのだが、楽器ごとにばらばらになることもなく、メータの棒もしっかりしていました。
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