河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

1474- 東京クヮルテット 2013年7月フィニッシュ、夢は続く

2013-04-03 20:33:49 | 新聞

2013/4/3N記事より

さらば東京クヮルテット
世界を駆け抜けた44年、自ら幕を引き次の夢へ
磯村和英
.
息と響きを合わせ、心を一つにして演奏する弦楽四重奏、カルテットはこの世にある最高峰の音楽だ。1969年に4人の日本人で結成した「東京クヮルテット」のヴィオラ奏者として、そう信じて生きてきた。
.
Tsqpic_2 
1974年に発表した2枚目のアルバム(上から時計回りに筆者、原田禎夫、名倉淑子、原田幸一郎)
.
第1ヴァイオリンの原田幸一郎君、第2ヴァイオリンの名倉淑子さん、チェロの原田禎夫君と僕で始まった東京クヮルテットは何度かメンバーの交代を経てきて、結成時のメンバーは僕だけとなった。やればやるほど弦楽四重奏が好きになる。けれども今年の7月で東京クヮルテットの活動を終えることにした。振り返れば夢中で駆け抜けた44年間だった。
♪ ♪ ♪ 
19歳の時に決断
僕に初めてカルテットを教えて下さったのは故斎藤秀雄先生だ。小学校4年生の時から先生が主宰する「子供のための音楽教室」に週1回通い、中学から桐朋学園に入学。ヴァイオリンを弾いていたが、時にはヴィオラを演奏することもあり、少年時代からその音が好きだった。
中学校3年生でカルテットを組み、先生に室内楽を教わった。とにかく厳しく、うまく弾けないと怒鳴られる。恐怖で縮み上がりながらも、先生のことは尊敬していた。音楽と教育にかける情熱が幼心にもひしひしと伝わったからだ。
カルテットの道に進むと決めたのは65年、19歳の時。日光の金谷ホテルで約10日間にわたって開かれた米ジュリアード弦楽四重奏団の講習会に参加した。彼らのリハーサルを見学すると、古典派、新ウィーン楽派、バルトークと何を演奏しても音楽の本質を突いていた。
そこには後の東京クヮルテットのメンバーもいた。講師のヴァイオリニスト、ロバート・マンさんが僕らにはっぱをかけた。「世界的に活躍する日本初のカルテットを作りなさい」
♪ ♪ ♪ 
ヴィオラに転向
そしてヴィオラのラファエル・ヒリヤーさんと2人して米国に来るよう、熱心に僕らに勧めた。2年後、米コロラド州アスペンへと渡るチャンスを得る。夏季に開かれるアスペン音楽祭の講座で約2カ月、マンさんに室内楽を教わった。僕と原田禎夫君が参加した。
69年秋にジュリアード音楽院に入学。そこで東京クヮルテットのメンバー全員がそろい、僕は翌年ヴィオラに転向した。もう毎日無我夢中。皆カルテットをやりたい一心で、練習、また練習の日々だった。
70年秋にミュンヘン国際コンクールに参加、本選を待たずに優勝が決まった。難関のコンクールで、その年も全部門で第1位を受賞したのは我々だけ。おかげで名が知られ、欧米各地で演奏することができた。
日本デビューは2年後。舞台は大阪国際フェスティバルだった。斎藤先生が来られた。めったなことでほめる先生ではないが、表情からとても喜んでいることが分かった。
僕らは拠点をニューヨークに置いた。思い返してみると我々がいるのに悪くない場所だった。もしこれがウィーンなら西洋音楽の因習や伝統と戦わなければならなかったと思う。
74年に名倉さんが脱退、池田菊衛君が加わった。81年に原田幸一郎君が抜けた時は大いに悩んだ。子どもの時から共に音楽を学び、11年もカルテットに打ち込んだ仲間だ。辞めることも考えたけれど、やはりカルテットを続けたい気持ちが勝った。第1ヴァイオリンはその後、ピーター・ウンジャンを経て今のマーティン・ビーバーに、チェロは原田禎夫君が99年脱退した後にクライブ・グリーンスミスが加入した。
♪ ♪ ♪ 
探索に終わりなし
僕らは先駆的なカルテットだったと思う。第1ヴァイオリンがリーダーとして音楽作りを導くカルテットというのが昔は一般的だった。だが僕らは民主的で、演奏するときも各自意見を出す。数年前にべートーヴェンを全曲録音した時もテンポをどう設定するか徹底的に議論した。
44年たっても飽きるどころか、まだゴールが見えない。ハイドン、ベートーヴェン、シューベルトと作曲家らは弦楽四重奏曲に情熱を注いだ。その本質をどうえぐるか、探索に終わりはない。それでも辞めることを決めたのは、よい時期に自分たちの手で幕を引きたかったからだ。
演奏会のために地球上を飛び回り、練習をする生活をやめ、今後は自分のペースで音楽を続けるつもりだ。今は最後のツアーで世界を回っているところで、5月には日本4都市でも公演する。
次の夢もある。これからは若い人に指導する時間をもっと割きたい。それでもきっと弦楽四重奏を恋しく思い出すだろう。さらば、東京クヮルテット。(いそむら・かずひで=ヴィオラ奏者)
.


人気ブログランキングへ


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。