河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

2293- ベト1、モツFg協、河村、シュマ2、上岡、新日フィル、2017.3.17

2017-03-17 23:25:35 | コンサート

2017年3月17日(金) 7:00pm トリフォニー

ベートーヴェン 交響曲第1番ハ長調  9′6′3′5′

モーツァルト ファゴット協奏曲変ロ長調  6′7′4′
  ファゴット、河村幹子

Int

シューマン 交響曲第2番ハ長調  11′9′8′7′

(encore)
モーツァルト 交響曲第41番ハ長調ジュピター 第4楽章 5′

上岡敏之 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団


なによりも感心したのは演奏が終わってからの話で、指揮者のスタンディング指示に各パート、ソロうなずき、てきぱきとすっと立ち上がっていたこと。この前(2017.2.24)のヴィットの時は、立てと言っても、おれ?おまえ?みたいな感じで、絶対に立たない人がいて、いくら客演の指揮とは言え、ヴィットは最後あきれてあきらめていました。大体あんな感じがよくあるですけれども、今日はあれと同じ団体とはもはや思えない。音楽監督の教育のせいなのか自らの納得の行為なのかわかりませんけれども、ヴィットの時の見苦しさがなかった。オーケストラはどのような指揮者のもとでも毎度のおれ?おまえ?は無くなればそれはそれでいい。

プログラムは正面突破もの。指揮の上岡はまるで自分がそこで生まれた記憶でもあるのだろうかヨーロッパ響きの実感をこのオケを使って体現。スバラシイ。
このようなプログラムでこれだけ聴かせてくれる日本人指揮者というのは多くは無い。山積みの経験、響きの吸収、表現、彼の中にあるものを洗いざらい魅せていただきました。
なんといっても魅力が全面開花した様相を呈したのが後半のシューマン。第1,2楽章のたたみかけるような激流はこの指揮者の本流。圧倒的なリズム、シンコペーションのアクセル、明確にコントロールされたアタックの活用。クリーミーな弦はあふれるばかり、柔らかいサウンドですね。ウィンドの清流。パースペクティヴの効いたステージ奥からのブラスの響き。
そして、あとくされの余韻を排したものでパッセージの切り上げがスカッとしている。いやぁ、なんか、本格的。
うって変わって、第3楽章は極上なシルキーサウンドの弦アンサンブルが滑らかに流れる。上岡のフレージングコントロールは制御を越えて、指示がオケに納得されていて、彼らも昇華していっているのがアリアリとわかりますね。生きている音楽の実感。
終楽章ではダイナミックさが戻ってくるが、3楽章のモードが綯い交ぜになっていて、ハイブリッドした味わいは筆舌に尽くし難い、シューマン2番、極まれり。ビューティフルで迫力満点のパフォーマンス。お見事。

ファゴット協奏曲と言えば、このオーケストラ伴奏でジョリヴェの曲を聴いたのを思い出す。
1715- ジョリヴェ、fg協、小山莉絵、リャードフ交響詩、展覧会の絵、川瀬賢太郎、njp、2014.11.22

この時も今日も女性プレイヤー、見た目にも扱いにくそうなインストゥルメントですけれども、演奏はものともしない極上なもの。
ソリストの河村さんはこのオケのプリンシパル。音色がオーケストラと同一系、アンサンブルもよく合っている。呼吸は見事に一致。これは上岡さんの伴奏の素晴らしさによるところが大きい。河村さんがこの楽器を吹きながら指揮者をのぞき込みアイコンタクト、上岡は彼女に余計な負担がなるべくかからないように極めて適切なサポート。室内楽的アンサンブルと極上な技で聴かせてくれました。緩徐楽章のフィガロの結婚風味な節の扱いと圧倒的なピアニシモ終止はなにかこう、香りさえ漂う。モーツァルト。
いい演奏でした。

この日の1曲目はベートーヴェンの1番。軽快な演奏、厚みのあるオケサンドの動きの妙。ピリオドな趣の流れ、オーケストラを聴く醍醐味です。
第1楽章提示部リピート、メインがこの楽章。スパッスパッと切れ味が鋭く刻みが明確で小気味が良い。またシューマン同様、アタックのコントロールが非常によく効いていて流れにメリハリが出ていて引き締まった演奏を展開。ベト1堪能。
これまで腑に落ちないでいたものがストンと落ちたような演奏でしたね、もちろんオケにとってもですね。
楽章が進むにつれて演奏のほうは推進力が増してきて、あっという間に終わる終楽章序奏に続きハイドン風な流れが厚く動く。ドンドン押していく。そしてベートーヴェンだったと、この聴後感。上岡さんの棒さばきにうなずくばかりです。
ありがとうございました。
おわり




コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。