主権者が定める準則・命令、成文法を絶対とする、これはいわゆる法実証主義にほかならず、人間の善なる性を前提とする自然法とは根本的に相容れない考えである。性善説に縛られず、また天と人との分離を宣言した荀子、韓非にあっては、立法権を有する君主が定める成文法規のみに依存する現実主義、法実証主義へと傾斜すること、理の当然と言ってもよいかもしれない。〔中略〕さらにこのことを言っておこう。荀子から韓非へ、そして秦漢からはじまる律と令、それはきわめて現実的かつ現世的な法規であり、そこには神明は存在しないとも。 (「Ⅱ 中国古代法の成立と法的規範」 本書133頁。下線は引用者、以下同じ)
荀子の礼論の背景には、自然 (nature) としての天と、人間の性 (human nature) との相関関係の否定があった。礼は自然に人性に備わっているのではなく、外から規範として人為的に創作されたもので、情欲を抑制し、人間を理性的にかつ善なる方向に教化するものとした。
それは、荀子の教えを受け継いだ韓非の法理論へと踏襲されていく。韓非の法は、為政者が制定した度量衡的基準であり、それでもって犯罪を測り、決められた刑罰を適用するためのマニュアルであった。荀子や韓非の説く礼と法は、ともに人間の放恣な行動を制御し、社会の安定秩序を目した手段にほかならず、両者の違いは放恣な行動を未然の段階で教化によって防ぐか、犯罪が起こってから制裁という形で処理して、そこから一般予防、秩序の安定をはかるかにあった。しばせんは、それをこう一条で説いている。
夫(そ)れ礼は未熟の前に禁じ、法は已然の後に施す。 (『史記』太史公自序) (「総論」 本書206-207頁)
(筑摩書房 2016年2月)
荀子の礼論の背景には、自然 (nature) としての天と、人間の性 (human nature) との相関関係の否定があった。礼は自然に人性に備わっているのではなく、外から規範として人為的に創作されたもので、情欲を抑制し、人間を理性的にかつ善なる方向に教化するものとした。
それは、荀子の教えを受け継いだ韓非の法理論へと踏襲されていく。韓非の法は、為政者が制定した度量衡的基準であり、それでもって犯罪を測り、決められた刑罰を適用するためのマニュアルであった。荀子や韓非の説く礼と法は、ともに人間の放恣な行動を制御し、社会の安定秩序を目した手段にほかならず、両者の違いは放恣な行動を未然の段階で教化によって防ぐか、犯罪が起こってから制裁という形で処理して、そこから一般予防、秩序の安定をはかるかにあった。しばせんは、それをこう一条で説いている。
夫(そ)れ礼は未熟の前に禁じ、法は已然の後に施す。 (『史記』太史公自序) (「総論」 本書206-207頁)
(筑摩書房 2016年2月)