http://www.leadershipcrossroads.com/mat/Culture%20and%20Social%20Behavior.pdf
この書評で評されているHarry C. Triandisによる同著を、昨年前半期の大学院講義で参考資料として取り上げた。
Triandisは、文化により認められる論理的あるいは思考上のパターンの違いを、「集団主義的collectivist」か「個人主義的individualistic」かといった、彼自身の創案にかかる文化間の性質の違いに原因づける(同著190-191頁)。だが“論理”そのものはlogic, logicalという一つの(=普遍的な)概念きりない。そしてそのlogicとlogicalは、“個人主義的な”北ヨーロッパおよび北米社会に見られる思考と論述のパターンを指す。
logicalだからindividualisticなのか、individualisticだからlogicalなのか。そして文化は異なっても"individual"の存在形態は万国共通で、"self"はみな"self"であるらしい。このreviewもそうだが、原著も議論の前提となる諸概念の適用妥当性について何等の検討も加えていない。
この書評で評されているHarry C. Triandisによる同著を、昨年前半期の大学院講義で参考資料として取り上げた。
Triandisは、文化により認められる論理的あるいは思考上のパターンの違いを、「集団主義的collectivist」か「個人主義的individualistic」かといった、彼自身の創案にかかる文化間の性質の違いに原因づける(同著190-191頁)。だが“論理”そのものはlogic, logicalという一つの(=普遍的な)概念きりない。そしてそのlogicとlogicalは、“個人主義的な”北ヨーロッパおよび北米社会に見られる思考と論述のパターンを指す。
logicalだからindividualisticなのか、individualisticだからlogicalなのか。そして文化は異なっても"individual"の存在形態は万国共通で、"self"はみな"self"であるらしい。このreviewもそうだが、原著も議論の前提となる諸概念の適用妥当性について何等の検討も加えていない。