山本光雄訳 『イソップ寓話集』 2018年08月31日 | 西洋史 各話の最後で、これはこれこれということ――概して教訓――のアレゴリー(という言葉は使われていないが)であると、すべて種を割ってみせている。文章作法上はつたなく見えるが、これは筆者と読み手の(たとえば時と場所を違えた私)文章表現に対する通念・感覚の違いに帰せられるのか、あるいは筆者もそう思いはしたが、自身の想定する読者の正確な理解を考えての付けたりの説明か。 (岩波書店 1942年2月) « なぜ漢字(漢語)の“前”は空... | トップ | 山本夏彦翁のエッセイのたし... »