書籍之海 漂流記

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漢語における「理由」と「原因」という語についての考察(2)

2012年11月15日 | 思考の断片
 「原因」という中国語も、もしかしたら日本語起源なのであろうか。
 ウィキペディア中国語版に項なし、『百度百科』に項がある。動詞・名詞双方の意味があり、前者は、「もとをたずねれば~のせいである」、後者は「ある結果や事態を引き起こす条件」の意味とある。
 前者は出典として、明・施耐庵ほか『水滸伝』、清・魏源『聖武記』、清・李伯元『文明小史』、民国・蔡元培「対于学生的希望」、後者には明・朱有炖『仗義疎財』、清・作者不明『霓裳続譜』、民国・魯迅『南腔北調集』、民国/共和国・洪深『電影戯劇表演術』からの例が挙げられている(注)。 
 つまり「原因」は漢語で、日本語からの借入語ではないという事だ。ちなみに『水滸伝』『文明小史』『仗義疎財』『霓裳続譜』「対于学生的希望」は、各時代の口語或いは口語的な文章語(書面語)であり、『南腔北調集』は魯迅独特の欧文脈を交えた口語文(白話文)、『電影戯劇表演術』に至っては完全な現代北京話である
 もともとは「元因」と書いたらしい。『諸橋大漢和』に、「物事のおこり。元因に同じ)とある。そこで「元因」を見ると「もと。おこり。後世は原因の字を用ひる」とあり、「仏本行論」という書籍から「因縁生相、是為元因」という文章が引かれている。冒頭に仏教用語であることを示す印がある。
 ただ、「仏本行論」という書物がわからない。もし『仏本行経』のことであるとすれば、これは劉宋(5世紀)の宝雲が訳した経典だから、『百度百科』の「原因」(名詞)で示されている例より古い。つまり古くは「元因」と書いたという『諸橋大漢和』の説が正しいことの一証拠となるわけである。
 ちなみに『佩文韻府』には、「原因」「元因」ともに載っていない。これは、この語が中国古典の語彙から外れた特殊な言葉であったことを示す。おそらくは仏教用語であることがその理由であろう。 (続)

 。『漢語大詞典』の「原因」項に引かれている例文も『百度百科』と同じである由。御教示くださった大磐利男氏に心より感謝申し上げます。