2020/1/10放送
世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
イエス様は地上の生涯の最後の一週間をエルサレムで過ごされました。イエス様のもとに、当時のユダヤ教の一派であったサドカイ人たちが神学論争を仕掛けにやってきました。
サドカイ人たちは復活とか死後の命を否定していた人たちでした。彼らはイエス様にこう尋ねたんです。「先生。モーセは『もしある人が子がないままで死んだなら、その弟は兄の妻と結婚して兄のために子孫を起こさなければならない』と言いました。ところで私たちの間に7人の兄弟がいました。長男は結婚しましたが死にました。子がいなかったので、その妻を弟に残しました。次男も三男もそして7人までも同じようになりました。そして最後にその妻も死にました。では復活の際、彼女は7人の内の誰の妻になるのでしょうか。彼らはみな彼女を妻にしたのですが。」(参照マタイ22章24~28節、マルコ12章19 ~23節、ルカ20章28~33節 ) ま、こんな質問だったんです。
サドカイ人たちは、「一人の女性が七人の兄弟全員と結婚した場合、復活が起きたら大混乱になる。復活した七人兄弟全員が一人の女性を自分の妻だと主張をして争奪戦が起こるではないか。だから復活などあるはずがない。考えるだけのバカらしいではないか。」と言ってきた訳です。きっと彼らは心の中で、「イエスよ。どうだ、参ったか。」と高笑いしたことでしょうね。
するとイエス様は「<b>あなたがたは聖書も神の力も知らないので、思い違いをしています。復活の時には人はめとることも嫁ぐこともなく、天の御使いたちのようです。</b>」(マタイ22章30節、参照マルコ12章25節、ルカ20章35-36節 )と言われたのです。
サドカイ人たちは、自分たちこそ知識人であり、聖書を最もよく知っていると自負していました。しかしイエス様は、「あなたがたは知っているようで何も知らない」と言われ、「聖書も神の力も知らないからだ」と言われたのです。彼らは自分の理性こそが万能であるかのように考えているような人たちでした。
しかし聖書の神様は、人間の小さな理性の中に閉じ込めることができるような小さな方ではありません。この世界を創造し、すべてをご存知で、何もないところからもすべてを生み出すことのできるお方です。だからこの方を信じ生きるとき、私たちの思いも理性も超えた永遠の希望が与えられて歩むことができる、とイエス様は約束されるのです。
(PBA制作「世の光」2020.1.10放送でのお話しより)
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