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米国向けブラジル音楽紹介本。邦訳は初版から

2016-03-11 22:13:32 | 読書ノート
クリス・マッガワン, ヒカルド・ペサーニャ『ブラジリアン・サウンド:サンバ、ボサノヴァ、MPB ブラジル音楽のすべて』武者小路実昭, 雨海弘美訳, シンコー・ミュージック, 2000.

  米国向けのブラジル音楽解説本。著者二人は米国の音楽ライター。原書The Brazilian Sound (Temple University Press)の初版は1998年刊行で、2008年に改訂版が発行されている。残念ながら邦訳は、初版を元にしたものが発行されているだけで、かつ絶版状態のようである。また、本としての体裁も問題ありで、A5版のソフトカバーというのは普通なのだが、活字が小さい上にゴシック体での印字で読み難く、おまけに曲名表記がカタカナ。アルファベットの綴りがわからないので検索が面倒このうえない。

  それでも中身は充実しており、ブラジル植民史、特に黒人奴隷が持ち込んだ音楽文化を手際よくまとめつつ、サンバ、ボサノバ、MPB、ミナス系、その他地方、ジャズ、ロックと展開してゆく。時間が前後することもあるが、おおむね時代順に記述が構成されており、1990年代半ばまでの動向がわかるようになっている。「米国向け」だというのは、ミュージシャンを紹介する際に「パット・メセニーが言及」「ハービー・ハンコックが称賛」等、米国の音楽(ほぼジャズ)への影響によって評価を決めているところがあるからである。ジャズを聴かない人にはピンとこないだろう。

  本書を頼りに音を聴いてみた個人的な印象だが、やはり1950年代後半から1970年代いっぱいまでがブラジル音楽の全盛期であると感じる。すなわちボサノバ~MPB期であるが、著者が指摘する通りこの時期は軍政期であり、1960年代後半から70年代後半までは特に検閲が厳しかった時代である。反体制を理由に拘留されたとか、歌詞が検閲に引っかかって発表できなかったという話が本書で多く紹介されている。また、英米からの影響があからさまであるような楽曲はナショナリストから批判されたようだ。こうした世相が、検閲を潜り抜ける洗練された歌詞と、英米の大衆音楽を吸収しつつも民族性を強く刻印した独特の音楽を生み出したのだろう。他人の言を借りつつも、著者は「検閲が音楽的創造にプラスの影響を与えた」とほのめかしている。

  一方、抑圧が無くなった1980年代半ば以降のブラジルの音楽についても本書は長く記述しているが、実際に音を聴いてみるとマリーザ・モンチのような一部のミュージシャンを除けば、あまり面白くない。ロック系などはそれなりに質の高いものもあるが、それならば彼らに影響を与えたと思われる英米産ので十分と感じるレベルである。

  ただし、危機や抑圧があれば逆に芸術が発展するという紋切型の考えは、検閲のあった時代やまた現在もあるような国を思い浮かべても、そうやすやすと首肯できるものでもないことも確かだ。直観としては、ミュージシャンが持つジャズやロックなどの外国音楽への嗜好と、国内の一般大衆が持つドメスティックな嗜好の緊張関係のほうが重要な気がする。
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