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経済発展によって不平等を解消できるか否かについての理論史

2016-05-23 12:25:34 | 読書ノート
稲葉振一郎『不平等との闘い:ルソーからピケティまで』文春新書, 文藝春秋, 2016.

  経済思想史。注意すべきは、タイトルからイメージされるような、不平等の解消や貧困撲滅のための歴史的に重要な運動や政治的動向を扱った本ではないこと。ジェンダー格差や人種差別なども直接には対象としていない(依拠している経済学がこれら概念を採用していないというべきか)。あくまでも焦点は経済上の格差で、経済学者の格差観やアプローチ法を整理したものである。登場する概念は抽象的で論理も複雑、新書としてはけっこう難しい内容といえる。

  強引にまとめてみると以下。「不平等はけしからん。その原因は私的所有権だ」というルソーに、「貧困にまみれた野蛮人状態より生活水準があがったほうがよくね?格差があったとしても」というアダム・スミスを対置して本書の議論は始まる。スミス一派に対し「何にも資本を持たない労働者は経済発展の恩恵にあずかれず、生活水準を上昇させることができん」と反論するマルクスに、「いや、市場経済が機能していれば労働者も生活を向上できますよ。特に人的資本の蓄積によって経済が発展し、格差が縮小します」と新古典派が再反論する。そして近代経済学の議論における、経済発展+格差縮小という合わせ技が説明される。「その話は先進国には適用できる。でも発展しない国もあるじゃん」という指摘を受けて、「法の支配や所有権の安定ガー」という議論になっていた20世紀後半、ピケティがでてきて「人的資本が重要だったのは20世紀だけの例外的な話。歴史的には資産がずっと重要で、格差は縮まらないかもね、先進国でも」とのたまった。以上のストーリーが基本線だが、この間に再分配が経済成長にも貢献するという学説や、インフレの格差縮小効果、DSGE系マクロ批判などを紹介してくれる。

  人的資本のスピルオーバー効果を期待して、どこの国も教育に税金を投入している。だが、それに経済成長への貢献に意義があるかもしれないが、不平等を縮小させる効果はないかもしれない(ピケティは直接的な再分配のほうがマシだとする)との含意である。結局、不平等と経済発展の間の関係はまだよくわからないことが多い、ということらしい。「現状、議論はここまで来ている」というのが確認できる好著である。
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