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「内なる子ども」に突き動かされた作家として

2018-06-12 09:42:42 | 読書ノート
尾崎真理子『ひみつの王国:評伝石井桃子』新潮社, 2014.

  石井桃子(1907-2008)の伝記。世間的には著作『ノンちゃん雲に乗る』や『ピーターラビット』『うさこちゃん』の翻訳など、児童文学作家・翻訳家として知られているのだろう。図書館関係者の間では、東京子ども図書館の前身となるかつら文庫での活動や、著作『子どもの図書館』、リリアン・スミスの『児童文学論』の翻訳などで、児童図書館サービスの先駆者として敬意が払われている。

  これ以上のことはそれほど知られていなかった。読売新聞の記者である著者は、まだ存命中の石井桃子本人に断続的なインタビューを試み、関係者を訪ね、書簡を入手し、彼女の101年にわたる生涯に波乱万丈があったことを明るみにしている。浦和の中流家庭に育ち、日本女子大を卒業した後、文藝春秋社で働いて編集者として頭角を現す。戦時中に同僚女性と宮城へ移住して農地を開墾、戦後しばらくは出版活動のために時折上京する生活だったという。その後はまた東京に戻って活躍を続けることになる。

  この間に出てくる関係者が、菊池寛、吉野源三郎、犬養毅、太宰治などなどそうそうたるメンツで驚かされる。ただし、これは前半生の話。後半生になると取り巻きが女性ばかりになる。文庫版の川本三郎による解説では石井桃子の男性嫌いが示唆されている。子どもにも厳しい人だったようだ。また著者によれば、本人は特に児童文学を専門としたかったわけではなく、大人も読むような小説作品でも評価されることを望んでいたという。さらに、かつら文庫は読書普及のための施設というだけでなく、絵本の翻訳文の選択で子どもの反応を試す機会としても考えられていたという。石井桃子はまず第一に作家であった、というのが著者の見解である。

  その秘められた恋愛経験も含めて、なかなか興味深い作品だった。かなり長いけれども読みごたえはある。NHKの朝ドラとかにもなりそうな題材だよね。なお2018年に新潮文庫になっている。『日本図書館情報学会誌』61(2)号に児童図書館サービスに造詣の深い汐崎順子先生による書評があるよ。
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