ひろの東本西走!?

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神の火(高村薫)

2007-03-12 23:58:00 | 13:た行の作家

Kaminohi1 神の火 上・下(新潮文庫)
★★★★☆’:80~85点

上巻を読み始めてから途中忙しくなって中断したりして、読了までにずいぶん日数が経ってしまった。しかし、胸に何かぼんやりとしたものが残っている。感動といったものともちょっと違うし、何だろう。

読んでいる最中は全編にずっと不思議なムードが漂っていると感じていた。やはり独特のムードが漂っていた「リヴィエラを撃て」「李歐」ともまた少し違う。
無常感、寂寥感、荒涼とした感じ、厭世観、そして疲労感・・・。

かつてロシアのスパイであった人間が、いったんは普通の生活に戻ったものの、日本・アメリカ・ロシア・北朝鮮のそれぞれの思惑に翻弄され、結局その策謀の渦に巻き込まれざるを得なかったことを描いた作品か。あるいは、スパイ小説風を装いながら、島田浩二・江口彰彦・日野草介・高塚良の4人の生き様とそれぞれの不思議な交流を描いたとも言える。”交流”という表現は適切ではないのだが。
その中で、”自分”を知るために、自分の生きた証を残すために、自分の中で何か欠けていたピースを埋めるために、彼らは様々な葛藤と闘いながら、苦悩しながらも行動する。

終盤、島田と日野の原発襲撃計画の緻密さ・周到さが最大の見所の1つである。全編を通じて、長すぎる、描写が細かすぎるといった感想を持つ人がいるかもしれないが、私はさほど抵抗感なし。このような書き込みこそが高村薫らしいとも言える。
ミナミ、新今宮、新世界、御堂筋、三角公園、十三といった大阪の街の狭苦しく、息苦しく、少し暗く湿った寂しげ・はかなげな描写が素晴らしい。そんな大阪の街を島田が日野や良の姿を求めて、あるいは江口からの指示を受けて彷徨い歩く。そぼ降る雨の中、背中を丸めながら・・・。中華料理店「王府(ワンフー)」での人間模様も絶品。

江口もアメリカ・CIAのハロルドもロシア・KGBのボリスも皆疲れており、精神的にぎりぎりの生活をしている。精神の破綻をかろうじて酒でごまかす日々。そんな彼らの苦悩や焦りもよく描かれていた。

そして、川端さん母娘。島田同様、川端さんの存在によって本作品の息苦しさからしばし解放される感じがした。しかし、彼女も若いのに夫と死別して苦労し、生活にも疲れている。「王府」でビールの入った一杯のコップを前に頭を垂れている・・・その生活感もよく表れていた。
島田が2年間勤めた会社(理工学関係の輸入専門書の販売会社)の業務の様子(島田は語学力や専門知識を生かしてかなり頑張っていた)や社長の木村の剛胆な人柄も興味深かった。そして、最初で最後の慰安旅行。夜遅い温泉での島田と川端さんの混浴、そこでの会話に味わいあり。

私が一番気を惹かれたのは日野草介。この作品の中で彼が一番凄い人物だったかもしれない。いわゆる教養はないのだが、頭の回転が良く、どんな状況に追い込まれても生き抜く逞しさや男気、豪快さがある。しかし、結婚生活の破綻後、それらを使って安定した生活を求めたり、のし上がることは考えなかった。ひたすら破滅型の人生を歩んできたように思える。

昔から悪さばかりして喧嘩っ早いところはあるがやくざではないし、暴れん坊?人に慕われるところのある不良がそのまま大きくなった感じ?
愛すべきアンチヒーローか。

この小説で不満だったのは、トロイ計画が結局いったい何であったのか、各国がそれをどのように利用しようとしたのか、各国にとってのメリット・デメリット、かけひきの内容などがちょっと分かりにくかったことである。また、私は最後まで、島田をロシアのスパイに仕立て上げた江口の人物像がよく掴めなかった。

そして、もっと良のことを知りたかった。彼の口から色んなことを聞きたかった。彼が最後あのような姿で現れるとは・・・。
島田と良の関係は「李歐」での一彰と李歐に似ている面はあったが、お互いが惹かれあった理由にもう一つ説得力がほしかった気もする。これは、単に私が読みとれなかっただけかもしれないが。

ところで、文庫化にあたっての加筆部分はどこだったのだろうか。400枚の加筆ということは、オリジナルとはテイストもかなり変わってしまっているのだろうか。

とにもかくにも、今回も高村ワールドを十分に堪能させてもらって大満足である。

◎参考ブログ:

  そらさんの”日だまりで読書”

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◎Amzonのレビューで、yuishiさんが書かれていたものが一番しっくりきたので、以下に転記させて頂きました。 見事なレビューだと思います。

日本を舞台にした元スパイの物語, 2005/10/7
レビュアー: yuishi (千葉県)

優秀な原子力技術者にして東側のスパイだった過去を持つ男、島田。
ジョン・ル・カレのスパイ小説でもなく船戸与一のエキゾティックな冒険小説でもない・・。日本、あまりにも日本的、泥臭い関西を舞台にした元スパイたちを描いた小説。
高村薫がよく描く暗い情念、虚無を抱えた男たち・・・。本作の主人公たちも例外ではない。
幼い頃から島田に薫陶を施し後にスパイとして導いた老紳士江口、島田の幼馴染の日野、その妻は過去に北朝鮮のスパイとして洗脳され、いまは精神を病む。アメリカ、ロシアの情報員・・。厭世的なのも共通。
圧巻は下巻後半を占める原発襲撃の計画から実行までの展開。ひたすら緻密な描写は、圧倒される。
印象的なのは、逃避行に携える数冊の書物として何がよいかと、江口と議論するシーン。自分の運命が長くはない、かなうことがない夢だという思いを抱きながら、楽観的な将来の話に興じるふたりのシーン。
あまりにも孤高の人物造形に、主人公たちへの感情移入は難しいとも言えるが、主人公が口にする食事までみっちりと描かれる濃密な描写の元での、緊張感に満ちた世界は息苦しさを通り越して独特の快感がある。
それだけに虚無的、破滅的な彼らが見てきた風景、最期に見ていた心象風景はどのようなものだったのだろうと思わずにはいられなかった。

*********************** Amazonより ***********************

内容(「BOOK」データベースより)
原発技術者だったかつて、極秘情報をソヴィエトに流していた島田。謀略の日々に
訣別し、全てを捨て平穏な日々を選んだ彼は、己れをスパイに仕立てた男と再会し
た時から、幼馴染みの日野と共に、謎に包まれた原発襲撃プラン〈トロイ計画〉を
巡る、苛烈な諜報戦に巻き込まれることになった…。国際政治の激流に翻弄される男
達の熱いドラマ。全面改稿、加筆400枚による文庫化。

内容(「BOOK」データベースより)
〈トロイ計画〉の鍵を握るマイクロフィルムを島田は入手した。CIA・KGB・北朝鮮
情報部・日本公安警察…4国の諜報機関の駆け引きが苛烈さを増す中、彼は追い詰め
られてゆく。最後の頼みの取引も失敗した今、彼と日野は、プランなき「原発襲
撃」へ動きだした―。完璧な防御網を突破して、現代の神殿の奥深く、静かに燃える
プロメテウスの火を、彼らは解き放つことができるか。


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
うんうん,王府,川端さん,日野草介,そして良。 (そら)
2009-03-08 16:29:24
うんうん,王府,川端さん,日野草介,そして良。
印象深く残っています。


寂寞感といった表現が,特にラストはピッタリだと思いました。
この言葉,出てこなかったのよね。
ひろさんの記事を見て,ちょっとスッキリしました。

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☆そらさんへ (ひろ009)
2009-03-08 21:28:43
☆そらさんへ

登場人物全てについて丁寧に描かれていて、いい人も悪いヤツもみんな凄い存在感がありました。とにかく高村さんは人物描写と情景描写が素晴らしいです。

実は・・・、ラストシーンを覚えていない!

さて、高村さんの次の作品は何を読もうかな?
何がいいですかね。

返信する
『地を這う虫』はいかが? (そら)
2009-03-09 08:37:18
『地を這う虫』はいかが?
私はまだ読んでないからどんな感じの内容か分からないけど,今,娘が読んでる。
短編集らしいよ♪
返信する
☆そらさんへ (ひろ009)
2009-03-09 18:28:36
☆そらさんへ

わざわざご推薦ありがとう!
よし、では『地を這う虫』にしましょう。
その前に読了しないといけない本がありますが。

高村さんの短編集って、どんな感じなんでしょうね。
そういう意味でも興味があります。
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