短篇小説・おっかあとドラム缶



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県内取次店 株式会社 沖縄教販
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おっかあとドラム缶
「おっかあ。今度の日曜日は渡久地の浜に行く。清二兄ちゃんが連れて行くってさ。ドラム缶を取りに行くんだ。」
啓一は遊びから帰ってくるなりおっかあに言った。啓一は小学三年生。遊び盛りの少年だ。野山を駆け巡り村の広場で遊びまくり夜に帰ることもある。日曜日なぞは朝から家を出て夕方に帰ってくるのはしょっちゅうだ。その度に啓一はおっかあにこっぴどく叱られる。川や山に遊びに行くと言えばおっかあは「だめだ。」と言うに決まっている。だから啓一はおっかあに内緒で川や山に遊びに行くんだ。家を出る時、おっかあが「どこに行くんだい。」と聞くと「公民館。」とか「神社に。」とか「よし坊の家に。」と嘘をついて家を出ることにしている。いわゆる子供の処世術ということだ。日が暮れる前に家に帰ってしまえばおっかあに怒られることはないが遊びに夢中になって夕暮れまで遊んでしまう。すると家につく頃にはすっかり日が暮れてしまう。だからおっかあにこっぴどく叱られてしまうというわけだ。啓一はおっかあに叱られるのが怖いから日が暮れる前に家に帰ろうと思っているが、遊びに夢中になるとそれを忘れてしまう。なにしろ啓一は小学三年生。まだ遊び盛りの子供だ。
海に遊びに行くなんて絶対におっかあは許さない。なにしろ海はとても遠い。とても遠い海に遊びに行くことは絶対におっかあは許さない。だから本当は海で遊ぶのが目的であるがドラム缶を取りに行くのを口実にした。ドラム缶はお金になるからおっかあは許すだろう。
「え、ドラム缶を取りに行くのか。」
おっかあはドラム缶と聞いて目の色が変わった。
「う、うん。」
おっかあが目の色を変えて顔を啓一に接近させたものだから啓一はおっかあに叱られるかも知れないと後ずさりした。
「渡久地の浜にドラム缶があるというのは本当なのか。」
「うん。清二にいちゃんが言っていた。」
「一本だけあるのかい。」
「たくさんあるらしいよ。砂に埋まっているらしいよ。」
おっかあの目が輝いた。
「渡久地の浜は金網の中だよ。どうして入っていくんだ。パスがなければ入れないはずだよ。」
「清二兄ちゃんは監視員のおじさんと知り合いだから入れるらしいよ。」
おっかあは啓一をじーっと見つめた。啓一はおっかあが怒っているのかと心配し叱られるかもしれないと体を固めた。おっかあを怒らすようなことを言っていない積もりなのにおっかあは怒る時があるからだ。
「渡久地の浜にドラム缶があるというのは本当なんだろうね。」
おっかあはなぜか念入りに聞いてきた。おっかあは自分が嘘をついていると疑っているのだろうかと啓一は思った。でもそれは清二兄ちゃんが言ったことであり啓一は清二兄ちゃんの言ったことをそのまま信じるしかないのだから渡久地の浜にドラム缶があるということが嘘であるかどうかは啓一は知らない。それは清二兄ちゃんが知っていることだ。啓一は返事に困り下を向いた。あっかあに疑われたのでは渡久地の浜にいけないなと啓一は諦めかけた時に、
「確かめてくる。」
と言っておっかあは外に出て行った。
暫くしておっかあが帰ってきた。
「啓一。渡久地の浜にはおっかあも行くからな。」
啓一は驚いた。おっかあのお腹はでっかくなっている。来月には啓一の弟か妹が生まれるはずだ。でっかいお腹のおっかあが渡久地の浜に行くなんて啓一には信じられなかった。

 渡久地の浜はアメリカ軍の基地の中にある。トリー通信基地というアジアで一番大きい通信基地を作るときに海の近くにあった渡久地村をまるごと引越しさせた。渡久地村だけではない。北側の楚辺村もまるごと引越しさせ、大木村や古堅村の半分も引っ越しさせてつくったとても広い通信基地なのだ。金網の中にはとてもでかい鉄塔がいくつも並び、鉄塔の先端には剣の刃のようなものが雲を突き刺しそうに聳えていた。
渡久地の浜に行くには金網の中に入らなければならないが金網の中に入るにはアメリカ軍から発行される通行証が必要だった。通行証はトリー通信基地で働いている人と金網の中に土地を持っている人に発行されていたから啓一のおっかあのようにトリー通信基地に土地を持っていない人間は入ることができなかった。
 しかし、ゲートには沖縄の監視員とアメリカ人の監視員の二人がいたが沖縄の監視員は近隣の村の出身で顔見知りだから話せば入れてもらえる。

啓一はお腹のでーっかいおっかあが渡久地の浜に行くというのでたまげた。なぜドラム缶の話におっかあが目の色を変えたか子供の啓一は分からなかった。戦前は水脈を探し水脈のある場所に井戸を堀り井戸のある所に家を作った。だから各家には井戸があり水に不自由しなかった。ところが大戦争が終わるとアメリカ軍は大きい軍事基地を造るために村々を接収し村々の人々は井戸のないところにも家を建てなければならなかったから水タンクが必要になった。その水タンクにドラム缶はうってつけだったからドラム缶は高く売れた。水道のない時代だ。水をたくさん溜めることのできるドラム缶は貴重なものだった。来月には子供が生まれる啓一のおっかあはお産の費用を稼ぐために啓一たちと渡久地の浜にドラム缶を取りに行くことにした。

日曜日、おっかあはつるはしを持った。啓一はへらだ。啓一の家にはスコップというしゃれたものはない。啓一のおとうは戦前も農民で戦争の時は兵隊に行ったが戦争から帰ってきても多くの人が軍作業員になったり基地の近くの街で働くようになっていたが啓一のおとうだけは農民をやっていた。昔ながらの農業にはスコップは必要ない。鍬と鎌があればやっていける。だから啓一の家にはスコップはなかった。
清二の家の近くの三叉路に大きながじゅまるの木があり、木の下が集合場所になっていた。
「おっかあ。ぼくがつるはしを持つよ。」
でっかいお腹のおっかあにつるはしを持たすのはかわいそうな気がした。
「そうかい。すまないね。」
啓一とおっかあはつるはしとへらを交代した。
 がじゅまるの木の下にはてっちゃんの弟のてつだけでなくお父とお母も来ていた。てっちゃんは名前を哲夫といい啓一よりふたつ上でてっちゃんの屋敷の回りには大きいがじゅまるの木が防風林として植わっていた。がじゅまるの木に家を作って啓一はてっちゃん兄弟とよく遊んでいた。
「てっちゃんのお父とお母も行くのか。」
「ああ。」
てっちゃんはお父とお母が一緒に行くのはおもしろくないようだ。苦虫を潰した顔をして舌打ちをした。てっちゃんは哲一といい、てつはっちゃんの弟で哲三といい七歳になる。てつははしゃいでいる。渡久地の浜に遠足をする気分だ。啓一もてつと同じ気持ちだ。てっちゃんはお父とお母が遠足気分を壊してしまうので不機嫌だった。

カーっと晴れた空だ。
白雲に朝の太陽がぶつかってまぶしい。

古堅村を過ぎると金網に囲まれた場所に出た。金網は古堅村から大木村そしてそべ村へと続いていた。金網の入り口に来た。啓一たちは心配そうに目を合わした。啓一のお母と清一のお母も不安そうである。入り口にはアメリカ兵が立っていた。清一はアメリカ兵に通行許可証を見せるとアメリカ兵は手に取って確かめ、通行許可証が本物であることに頷きながら清一に返した。清一は詰め所の側に立っているガードマンに近づいた。
「源三さん。あいつらも入れてくれないか。」
源三は困ったようで腕組みをした。
「子供はいいが、大人は困る。」
「頼むよ。」
二人は詰め所の中に入って行った。
「子供を連れてくると言ったじゃないか。子供なら入れてもいいと言ったはずだ。大人は困る。」
清一は頭を掻いた。
「その積もりだったが。ドラム缶を掘ると聞いて是非一緒に掘らせてくれと頼まれたのだ。断ることができなかった。ナビーさんはもうすぐ子供が生まれるらしい。お産費用にしたいと泣きつかれた。」
源三は外を見た。お腹の大きい女が心配そうに詰め所の方を見ている。
「そうか。子供が生まれるのか。お産の費用にするのか。」
源三は独り言のように呟いた。
「おじさん。お願いだ。みんな入れてくれ。」
源三は暫くの間迷っていたが、
「分かった。みんなをここに呼んでくれ。」
清一は外に出て、入り口に立っているみんなを呼んだ
いよいよ金網の中に入るのだ。啓一はぞくぞくしてきた。安全な地帯との結界を越えて危険地帯に入ったような気分である。啓一のお母とてっちゃんのお母とお父は詰め所の中に呼ばれた。

 啓一はアメリカ兵の側に近寄った。一メートル八十センチを越す大きな体のアメリカ人だ。赤ら顔のアメリカ人はまだ十九歳の軍人で動きはぎこちなかった。ちらちらと啓一たちの方を見たりした。
「おい、本物の拳銃だよ。」
アメリカ兵の腰にはコルト45軍用拳銃がホルダーに収まっていた。啓一とてっちゃんとてつはアメリカ兵の回りに集まって拳銃を見つめた。ずしりと重そうな拳銃である。本物の拳銃を間近で見ているとぞくぞくしてくる。アメリカ兵は子供たちが回りをうろうろしていることに戸惑い、咳をして腰を揺らした。
「おうい。行くぞ。」
精一は三人を読んだ。源三は三人の名前を聞いてノートに記した。名目には畑仕事と書いた。一九五七年の頃、知り合いは顔パスで通れる時代であった。

 黒いアスファルト道がぐーんとまっすぐ伸びている。アスファルトが舗装されているのは沖縄の幹線道路である一号線だけである。村の中央通りも学校へ行く道路も砂利の道だ。アスファルト道路はバスやタクシーやジープにトラックそして戦車が走る。人はアスファルト道路を横切るだけだ。ところが金網の中のアスファルト道路は車が通る気配がない。歩道もないからみんなはアスファルト道路の真ん中を歩いた。恵一たち子供は平らなアスファルト道路でかけっこした。
 広くて舗装された道路を自在に歩くのは初めてだ。気持ちいい。開放された気分だ。

 アスファルトが途絶えて赤土が剥き出しなった道になった。道の中央は雨水に抉り取られて溝になっていた。
「海だあ。」
渡久地の浜に出た。真っ白な砂浜がズーっと続いている。啓一もてっちゃんもてつも「うわー。」と叫びながら砂浜に走りこんだ。朝日に映える砂浜はまぶしい。

砂浜は三百メートルの長さがあり砂浜が切れてアスファルで固められた広場があり、広場には山のように大きい岩があり海に突き出ていた。直角に切り立った岩山は十メートルの高さがあった。
 啓一は岩を見上げた。
「高えなあ。」
直角の岩は登れそうにない。岩山の側から海を見た。波が真下の壁にざぶーんとぶつかっては返す。
「おまえたちい、なにをしているんだあ。こっちにこうい。」
精一の声が聞こえた。啓一たちは精一のところに走った。
 十三個のドラム缶が砂に埋まっていた。ドラム缶は空であった。でこぼこな海岸に空のドラム缶を敷いて平坦にしたのだろう。渡久地海岸はアメリカ軍が上陸した場所である。ドラム缶を敷いた場所は指令部だったかも知れない。おっかあたちはどれが掘りやすいかどれが穴が空いていないかを調べた。
啓一のおっかあは西側にあるドラム缶を掘ることにした。ドラム缶は砂に埋まっていた。砂はコンクリーのように固くつるはししか使えなかった。大人たちはドラム缶を掘り起こした。子供たちは手伝っていたが、手伝うことにあきて遊びたくなっていた。

岩山に近づき、岩山の右側に回ると七〇度の崖になっていた。
「こっちから上れるかも知れないぞ。」
啓一は岩を登り始めた。ところどころに足場があり予想外に簡単に登れた。岩の頂上まで登った。岩の上は平らになっていた。岩の頂上まで登って啓一は驚いて足を止めた。岩の頂上には先客が居た。親子のようである。ぼろぼろなクバ笠を被っている男は痩せていて色が黒かった。タオルを頭に巻いている男は太っていて若かった。二人が海に向かって座っていた。若い男は啓一に気づくと立ち上がって回りを見回した。くば笠の男は啓一をぎろっと見た。鋭いめつきに啓一は緊張し体が硬直した。啓一は後ろから上ってきたてつに「しー。」と口に指を立てた。

 男は啓一たちに立ち去るように手を振った。啓一たちは岩を下りて行った。

 岩の男はタバコを缶の火縄につけると火縄から煙が昇った。男は缶を海に放り投げた。缶が海面に落ちて数秒するとドーンと水柱が上がった。そして、爆発でショックを受けた魚が海面に浮かんだ。二人の男は岩から下りて小さなサバニに乗ると沖へ漕ぎ出した。
 ドーンという音にドラム缶を掘っている大人たちは驚いた。
「なんの音だ。」
「どこから聞こえた。」
回りを見るとなにも変わった様子は見えない。
「あっちから聞こえた。」
と精一が岩の方を指すと啓一たち子供がいっせいに岩の方に走り出した。大人たちもスコップやつるはしを置いて海の方に近づいていった。
 数十メートル沖に浮かんでいるサバニの二人の男は海面に浮かんでいる魚を拾っていた。
「ハッパだ。」
「ああ。ハッパだ。」
大人たちはそう言いながらサバニを見ていた。
「あれはなんだあ。」
とてっちゃんが大声を出した。啓一がてっちゃんのところに行くとてっちゃんは海の方を指していた。
 岸から十メートルくらい沖で銀色に輝くものが波に揺られていた。魚のようであるがはっきりは分からない。大人たちも寄ってきた。てっちゃんは海に飛び込んだ。銀色の物体に近づいていったが、てっちゃんは銀色の物体の位置を見失った。
「もっとみぎー」
岸に居る人間たちはしきり銀色の物体の位置をてっちゃんに知らせた。それでもなかなかてっちゃんは銀色の物体を見つけきれなかった。やっと見つけて銀色の物体を掴んで持ち上げた。それはハッパで死んだ五十センチほどの魚だった。てっちゃんは魚を持って陸にあがった。
「なんの魚だ。」
「かつおか。」
「いやかつおじゃねえ。」
「まぐろか」
「まさか。」
誰も魚の名前を知らなかった。
「どうするおっかあ。」
てっちゃんはおっかあに聞いた。おっかあは手を振っててっちゃんに家に帰れと指示した。てっちゃんはおっかあに頷いた後、家に走って帰っていった。

 掘り返したドラム缶を海岸まで運び出した。砂浜の陸地の部分はドラム缶を運ぶうちに砂が固められて一本道になっていた。

啓一はドラム缶を転がした。子供だからまっすぐに転がすことはできなかった。右にゴロゴロ左にゴロゴロ転がした。それでも懸命に転がした。
 古堅村のくず鉄屋に到着した頃にはすっかり日が暮れていた。

 おっかきあは精一に言った。
「啓一はあんなに頑張ったんだよ。五十円は安いよ。せめて半々にしてくれないか。」
おっかあは交渉して啓一の貰い分を百円にした。百円はすべておっかあの懐に入った。

 はるか遠い沖縄がゼロから少しずつ復興している時代の話である。
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