ハスラーミノル

ミノルさんがアメリカ人を相手にビリアードで連戦連勝しているという噂が比謝の子供たちの間に広まった。ミノルさんは私と同じ比謝に住んでいる人で役所に勤めていた。
ビリヤードは米軍と同じようにアメリカからやってきたゲームだ。アメリカ人が得意としているゲームにウチナー人のミノルさんが連戦連勝しているというのは痛快なことであり、私はミノルさんのビリヤードを見たくなった。私一人でビリヤード場に行くのは怖いので友人のシュウエイを誘った。

ビリヤード場は嘉手納ロータリーから西側にある新町通りにあった。ロータリーから新町通りを2,3百メートル進むと十字路があり、十字路を右に曲がると数十メートルのところにビリヤード場はあった。左に曲がると飲み屋街があったが、現在はサンエーがある。
ビリヤード場はセメント瓦屋根の平屋で、出入り口は木製のガラス戸で仕切られていた。中にはビリヤード台が三台並んでいる殺風景の店だった。ガラス戸から中を覗くと奥の台でミノルさんがアメリカ人とビリヤードをやっているのが見えた。私とシュウエイは恐る恐る中に入った。
一台目の台では沖縄の青年たちがビリヤードをやっていて、二台目の台は白人がビリヤードをやっていた。二人はミノルさんたちのビリヤードが気になるらしく、時々手を止めてミノルさんたちのビリヤードを見たりしていた。

ビリヤード場は張りつめた空気が流れていて、張りつめた空気に緊張した私とシュウエイは壁に沿いながらゆっくりと奥のほうに行った。私たちを見たミノルさんはにっこり笑い、「やあ、来たか」と言った。私とシュウエイは黙って頷いた。
白人の対戦相手はミノルさんに負けたので一ドル紙幣をミノルさんに渡した。次にミノルさんと対戦したのは黒人の青年だった。まだ少年の面影が残っていたので、多分十代の青年だったと思う。
大きな目をぎょろつかせ、怖いほど真剣だった。失敗すると「シツト」と言って太ももを叩いて悔しがった。ミノルさんは穏やかで、時々私たちに話しかけたりした。
黒人は怖く感じるほど真剣だったが、腕のほうはそれほどでもなく、ミノルさんに負けた。次は白人がミノルさんの相手をした。

アメリカ人がウチナーンチュに負けるのが悔しくて、絶対に倒してやろうとミノルさんに挑んだのか、それとも強い人間に挑戦して勝ちたいと思うからミノルさんに挑んだのか分からないが、アメリカ人は次々とミノルさんに挑んでいった。ミノルさんに負けたから暴力でミノルさんをやっつけるなんてありえないことだった。

五十年前のアメリカ兵がとなりにいた風景である。


沖縄タイムスで「基地で働く」シリーズを掲載している。昨日のタイムスにはタイピストの宮城公子さんの体験が掲載されていた。

「善意裏切られ」では、沖縄の女性と結婚の手続きに使う女性の履歴書を書いてほしいと米兵に頼まれて、善意でやってあげたのに、ある日米兵が、女性が帰った途端に履歴書を破った。女性は妊娠もしていてアメリカに行けると信じきっているのを裏切った米兵を見て、「沖縄の人を、そんな簡単に扱うのか」と反発して、履歴書を書いたのを止めたという。
結婚をする気がないのに沖縄女性とつきあったアメリカ兵は多かったと思う。なにしろ彼らは若いのだから。

しかし、この問題はアメリカ兵と沖縄女性の問題ではない。若い男女の問題だ。沖縄人でも妊娠した女性を裏切る男はいる。いや、日本にもいるし、中国にもヨーロッパにもいるだろう。
アメリカ兵の中には真剣に沖縄の女性と付き合い結婚する人間も多い。沖縄が気に入って退役後に沖縄に住んでいるアメリカ兵も多い。アメリカに渡るのを嫌がってアメリカ兵と別れた女性もいる。若いアメリカ兵を手の上で転がす沖縄女性もいた。アメリカに渡って幸せになった女性もいれば、アメリカの生活になじめないでノイローゼになって帰ってきた女性もいる。
アメリカ兵は色々だし、沖縄女性も色々だし、恋愛も色々だし、結婚も色々である。
私は幸せになった女性も不幸になった女性も知っている。読谷村ではアメリカ人と沖縄女性の老夫婦をよく見る。

宮城さんが体験した問題はアメリカ兵と沖縄女性の問題というより、若いアメリカ人と沖縄女性の問題であり、根本的には男と女の問題である。
宮城さんが、米兵が沖縄女性の履歴書を破ったのを見て、「沖縄の人を、そんな簡単に扱うのか」と思ったのなら、宮城さんの米兵を見る目が偏向している。その米兵以外は履歴書を破っていないし結婚もしたはずである。結婚した米兵のほうが多かっただろう。宮城さんがたった一人の裏切り行為をした米兵を米兵の本質のように思うのはおかしい。

宮城さんにもっと沖縄女性の幸せを願う気持ちがあったら、次からは女性の連絡先を聞いておいて、履歴書を破る米兵がいたらすぐに連絡するようにすればよかった。

宮城さんは頼まれたからやってあげて、嫌になったから止めた。沖縄女性のやさしさと深くは考えない性質が現れている。

ウチナーンチュを殺した米兵がMPの取り調べになにも答えず、指紋採取も写真も拒否し、牧師が諭しても駄目だったのに、トイレに行くために米兵が入れられている部屋の前を通る宮城さんを見て、「あの人だったら指紋を取らせる」と米兵が言ったという。「ほかにもいるのに何で私なの」と思いながら、宮城さんは恐々としながら殺人者の指紋を取ったことがあったという。米兵が宮城さんに心を許したのは宮城さんからにじみ出る沖縄の女性のやさしさを米兵は感じたからではないだろうか。

今回は結婚のための履歴書を破った米兵、ウチナーンチュを殺した米兵が登場した。「基地で働く」シリーズには悪い米兵しか登場しない(苦笑)。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 沖縄タイムス... 文芸社から電... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。