「かみつくⅢ」の原稿が揃った





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「かみつくⅢ」の原稿が揃った


「かみつくⅢ」の準備のためブログを書く余裕がなかった。ニュースや他のブログを見ることはできたが、自分のブログを書くことはできなかった。
今日やっと原稿が揃った。これから編集し、表紙をつくる。来週には印刷に回せると思う。

「パンドラ訴訟、逆転勝訴」
一審で敗訴したが、二審で見事に勝利した。正直いって勝つとは思っていなかった。
こういう民事裁判で勝つのは困難だからだ。
しかし、勝利した。すごいことだ。

「日本軍が手榴弾を与え、本人がピンを抜いた」が私の集団自決の自論だった。死はとても重いものである。死ねと言われて簡単に死ねるものではない。自決を最終的に決断するのは本人である。本人が死を決心しない限り自決はない。

自決を決心させた原因は皇民化教育、捕虜になったら惨忍な殺され方をするという噂を信じたことと、もうひとつは民・百姓は王の命令に従うという沖縄の封建的な因習が原因だと考えていた。(昔は村がそれぞれ独立国だった。王が土地を所有し村を支配していた。そのような社会は明治以後も続き、戦前の村長は大地主であり王であった。村長が自決を決意すれば村人はそれに従った)

私の自論を粉砕したのがユーチューブで見た梅沢元隊長の言葉たった。
彼は自決するために機関銃を借りに来た村の幹部に、「お前たちは生き延びろ」といって追い返したというのだ。「日本軍が手榴弾を与えた」という私の考えは間違っていたのだ。集団自決に日本軍は関わっていなかった。

すると、集団自決の原因は、
1、 皇民化教育。
2、 捕虜になったら惨忍な殺され方をする。
3、 民・百姓は王の命令に従うという沖縄の封建的な因習

この三つである。
読谷村のチビチリガマでは集団自決があったがシムクガマではなかった。
チビチリガマとシムクガマには「王」は居なかった。話し合いを繰り返すなかで集団自決を選択したチビチリガマ、米軍に投降したシムクガマだった。
慶良間の場合は「王」である村長や役場の幹部が居た。「王」の選択によって集団自決が起こったのが慶良間であった。

チビチリガマ、シムクガマ、慶良間を比較すれば集団自決の原因が明らかになるだろう。


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