本日、12月18日に逝去あそばされた高松宮喜久子さまの斂葬の儀が行われたようです。
大変恐れ多いことながら、昭和62年2月、喜久子さまの夫君の高松宮殿下が逝去あそばされたとき、私は、「高松宮さまってどなた?」と思ってしまったのです。そして、ニュースを観て、「ああ、昭和天皇の弟宮なのね。」ということがわかりました。さらに、妃殿下の喜久子さまは江戸幕府第十五代将軍徳川慶喜のお孫さんだということも知りました。歴史の教科書でしか知らなかった徳川慶喜さん(幕末の歴史は苦手なので…)のお孫さんが、現在でも生存なさっていらっしゃることにびっくりしたものです。
本日のタイトル、「菊と葵の物語」は中央公論社より出版された高松宮喜久子さまのご著書です。「菊」は婚家の皇室を、「葵」は実家の徳川家を表しているのだと思います。
この本には、インタビューや対談、エッセーなどが多数収められています。私は特に、高松宮さまとご一緒に行かれたヨーロッパ視察旅行の話と、スピード違反をして宮内庁のお叱りを受けた話が面白かったです。そしてこの本には、喜久子さまの上品でユーモラスで明るいご性格があちらこちらに現れていると感じました。あと、若い皇族の方々への暖かくて深い愛情を感じました。きっと、皇室の行く末を最後まで心配していらっしゃったのだと思います。
この「菊と葵の物語」は、現在では残念ながらなかなか手に入りにくいかもしれませんがおすすめです。興味がございましたら図書館か古書店で探してみて下さい。
末筆になりましたが、高松宮妃喜久子殿下のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
大変恐れ多いことながら、昭和62年2月、喜久子さまの夫君の高松宮殿下が逝去あそばされたとき、私は、「高松宮さまってどなた?」と思ってしまったのです。そして、ニュースを観て、「ああ、昭和天皇の弟宮なのね。」ということがわかりました。さらに、妃殿下の喜久子さまは江戸幕府第十五代将軍徳川慶喜のお孫さんだということも知りました。歴史の教科書でしか知らなかった徳川慶喜さん(幕末の歴史は苦手なので…)のお孫さんが、現在でも生存なさっていらっしゃることにびっくりしたものです。
本日のタイトル、「菊と葵の物語」は中央公論社より出版された高松宮喜久子さまのご著書です。「菊」は婚家の皇室を、「葵」は実家の徳川家を表しているのだと思います。
この本には、インタビューや対談、エッセーなどが多数収められています。私は特に、高松宮さまとご一緒に行かれたヨーロッパ視察旅行の話と、スピード違反をして宮内庁のお叱りを受けた話が面白かったです。そしてこの本には、喜久子さまの上品でユーモラスで明るいご性格があちらこちらに現れていると感じました。あと、若い皇族の方々への暖かくて深い愛情を感じました。きっと、皇室の行く末を最後まで心配していらっしゃったのだと思います。
この「菊と葵の物語」は、現在では残念ながらなかなか手に入りにくいかもしれませんがおすすめです。興味がございましたら図書館か古書店で探してみて下さい。
末筆になりましたが、高松宮妃喜久子殿下のご冥福を心よりお祈り申し上げます。