さて、掛川駅で熱いお茶を買い、新幹線の時間まであと10分もあるというのに急いでホームに上がった私たちです。そうです、今回は指定席が取れなかったので、自由席の方に並ばなければなりません。
それで、「こだま号は自由席が多いから大丈夫、座れるよね」と思ったのが甘かった。ホームに上がると、意外と人がいっぱいいて何か嫌~な予感。やがて入ってきた新幹線を見て更に愕然としました。一番前の1号車はほとんどいっぱい。私たちは5号車に並んでいたのでもう絶望的です。「万一、自由席がいっぱいなら、グリーン車に行けばいいよね」と思っていたのですが、これではグリーン車も空いているかどうかわかりません。
と言うわけで、まず自由席で何とか空いている席を探すため、5号車から4号車に移った私たち。でも、ここもあいていません。そして更に3号車へ…。そうです、3号車は喫煙車でした。…と言うわけで、あいている3人がけの席を発見。ああ、良かった!
そのようなわけで、やっと朝食にありつくことが出来ました。お茶を飲みながら、鶏五目のおにぎり二つとウナギのおにぎり1つを頂きました。おいしかったです。朝食後は少しうとうとし、あっという間に名古屋に到着。ここで電車を乗り換えるために下車しました。
伊勢方面に行くには、JRを使う方法もあるようですが、私たちは近鉄を利用することにしました。鉄道会社が違うためか、乗り換え時間が35分もありましたが、JRと近鉄のホームは少し離れているので、時間に余裕があって良かったです。それで、9時10分発の近鉄特急に無事に乗り込むことが出来ました。こちらは指定席を取ってあったので安心です。
電車に乗り込むと、再び食事。とにかく、今日は見られるだけ色々な所を見ようと思っているので、昼食は簡単に済ますつもりでいるので、食べられるときに食べておかなくてはなりません。こちらでは、鮭のおにぎりとゆで卵を食べました。
食事のあとは、携帯電話でインターネットを見ました。電車の中で携帯でインターネットをするなんて、5年前には考えられなかった話です。いい時代になりました。
色々と見ている途中で、mixi友達のNさんと、本日お会いすることになっているE先生からの私宛のメッセージを発見。まずE先生に返信し、Nさんに返信しようと思ってふと外を見ると、何と薄日が差しているではありませんか!雨はいつの間にか上がっていたのでした。
電車での最終目的地、斎宮駅に最も近い特急の停車駅は松坂駅なのですが、切符を手配した旅行会社から渡された切符は、伊勢中川駅で乗り換えになっていました。旅行の1週間前にそのことに気がつき、びっくりして旅行会社に問い合わせてみたところ、松坂駅で乗り換えた場合、待ち時間が30分もあるということ。何か今回の旅行、乗り継ぎがあまり良くなかったです。だから時間がかかってしまったのですよね…。
そのようなわけで伊勢中川駅で特急電車から降りました。この駅は、京都・大阪方面への乗換駅にもなっているので、降りる人もかなり多くて、入り口が込んでいました。
駅で待つこと約10分、来た方向とは反対方向から各駅停車の電車が入ってきました。ちょっとびっくりしてしまいましたが、誰も乗っていなかったので納得。そうです、伊勢中川駅始発の電車だったのでした。
こうして、何回か特急電車や急行電車の通過待ちをしながら、ようやく10時55分に斎宮駅に到着。家を出発してから約4時間半の長い旅でした。ちなみに斎宮は「さいぐう」ではなく「さいくう」と読みます。このあたり、どうしても間違ってしまいます。
それはともかく、駅を降りたとたんになぜかわくわくしてしまった私です。ついに、ついに、長年の念願だった斎宮の地を踏みしめたのです。深く、深く、空気を吸ってみました。何か空気の匂いからして新鮮です。
旅行会社の人からあらかじめ聞いていた話によると、斎宮駅にはタクシーもあるとのこと、でも、とても小さな駅だったので、だんなさんは「こんな小さな駅にタクシーなんてあるのかな」と心配していましたが、ちゃんとタクシーが待機していたのでひと安心。タクシーに乗り込み、斎宮歴史博物館に向かいます。博物館までは歩いて15分くらいだそうですが、初めての土地なのできっと迷ってしまいますし、それで時間が取られてしまったらもったいない…と思って、タクシーを利用することにしました。そのようなわけで5分足らずで博物館に到着。
斎宮歴史博物館は、文字通り、斎宮跡遺跡から出土した土器や硯などをはじめ、斎宮に関する色々な物を展示してある博物館で、以前から一度訪れてみたいと思っていました。しかも、私が訪れた日は、特別展、「伊勢物語 ー狩の使と斎宮」の真っ最中でした。常設展も特別展も楽しみです。(^^)
入り口でロッカーのような所に傘を入れ、鍵をかけました。そして、鍵はだんなさんの上着のポケットへ。博物館の中に入ると、ここにどのような物が展示されてあるのか楽しみでわくわくします。
上でも少し書きましたが、午後2時頃まで、E先生に博物館を案内していただくことになっていました。E先生は専門の研究者で、本も何冊か出されている方なのですが、縁あってお知り合いになることが出来ました。伊勢神宮の神様に感謝したい気持ちです。オフでお会いするのは今回が2回目なのですが、ちょっと緊張します。それでもお会いするのは嬉しいです。お忙しい中、お時間を作って下さったことに感謝です。
と言うわけで、最初に常設展示をご案内していただきました。まず目に飛び込んできたのは、床に貼られた斎宮の航空写真です。
後醍醐天皇の建武の中興が失敗したあと、斎王制度は終わりを告げ、斎宮も消滅してしまいます。しかし、「斎宮」という地名は残り、「ここに斎宮があった」という伝説は長い間伝えられていたのだそうですが、確証はなかったそうです。それが昭和四十年代になって偶然、遺跡が見つかり、昭和四十五年から本格的に発掘調査が始まりました。そして、発掘された出土品から、ここに斎宮があったことが実証されたのです。こうして、私たちは当時の斎宮の様子を知ることが出来るのですよね。
斎宮の航空写真のあとは、平安時代の調度品などを少し見たのですが、旅行記の第4回に写真を載せますね。
次回は、映像展示「斎王群行」をレポートしたいと思っています。
*ちなみに、天皇の名代として伊勢神宮に奉仕する未婚の内親王または女王(親王の娘)のことを「斎王」と呼び、伊勢に下った斎王が日常を過ごしていた宮殿や、宮殿の周りにあった役所を「斎宮」と呼んでいました。私が今回、訪れた三重県多気郡明和町は、7世紀後半から14世紀前半にかけて、「斎宮」があったところです。
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それで、「こだま号は自由席が多いから大丈夫、座れるよね」と思ったのが甘かった。ホームに上がると、意外と人がいっぱいいて何か嫌~な予感。やがて入ってきた新幹線を見て更に愕然としました。一番前の1号車はほとんどいっぱい。私たちは5号車に並んでいたのでもう絶望的です。「万一、自由席がいっぱいなら、グリーン車に行けばいいよね」と思っていたのですが、これではグリーン車も空いているかどうかわかりません。
と言うわけで、まず自由席で何とか空いている席を探すため、5号車から4号車に移った私たち。でも、ここもあいていません。そして更に3号車へ…。そうです、3号車は喫煙車でした。…と言うわけで、あいている3人がけの席を発見。ああ、良かった!
そのようなわけで、やっと朝食にありつくことが出来ました。お茶を飲みながら、鶏五目のおにぎり二つとウナギのおにぎり1つを頂きました。おいしかったです。朝食後は少しうとうとし、あっという間に名古屋に到着。ここで電車を乗り換えるために下車しました。
伊勢方面に行くには、JRを使う方法もあるようですが、私たちは近鉄を利用することにしました。鉄道会社が違うためか、乗り換え時間が35分もありましたが、JRと近鉄のホームは少し離れているので、時間に余裕があって良かったです。それで、9時10分発の近鉄特急に無事に乗り込むことが出来ました。こちらは指定席を取ってあったので安心です。
電車に乗り込むと、再び食事。とにかく、今日は見られるだけ色々な所を見ようと思っているので、昼食は簡単に済ますつもりでいるので、食べられるときに食べておかなくてはなりません。こちらでは、鮭のおにぎりとゆで卵を食べました。
食事のあとは、携帯電話でインターネットを見ました。電車の中で携帯でインターネットをするなんて、5年前には考えられなかった話です。いい時代になりました。
色々と見ている途中で、mixi友達のNさんと、本日お会いすることになっているE先生からの私宛のメッセージを発見。まずE先生に返信し、Nさんに返信しようと思ってふと外を見ると、何と薄日が差しているではありませんか!雨はいつの間にか上がっていたのでした。
電車での最終目的地、斎宮駅に最も近い特急の停車駅は松坂駅なのですが、切符を手配した旅行会社から渡された切符は、伊勢中川駅で乗り換えになっていました。旅行の1週間前にそのことに気がつき、びっくりして旅行会社に問い合わせてみたところ、松坂駅で乗り換えた場合、待ち時間が30分もあるということ。何か今回の旅行、乗り継ぎがあまり良くなかったです。だから時間がかかってしまったのですよね…。
そのようなわけで伊勢中川駅で特急電車から降りました。この駅は、京都・大阪方面への乗換駅にもなっているので、降りる人もかなり多くて、入り口が込んでいました。
駅で待つこと約10分、来た方向とは反対方向から各駅停車の電車が入ってきました。ちょっとびっくりしてしまいましたが、誰も乗っていなかったので納得。そうです、伊勢中川駅始発の電車だったのでした。
こうして、何回か特急電車や急行電車の通過待ちをしながら、ようやく10時55分に斎宮駅に到着。家を出発してから約4時間半の長い旅でした。ちなみに斎宮は「さいぐう」ではなく「さいくう」と読みます。このあたり、どうしても間違ってしまいます。
それはともかく、駅を降りたとたんになぜかわくわくしてしまった私です。ついに、ついに、長年の念願だった斎宮の地を踏みしめたのです。深く、深く、空気を吸ってみました。何か空気の匂いからして新鮮です。
旅行会社の人からあらかじめ聞いていた話によると、斎宮駅にはタクシーもあるとのこと、でも、とても小さな駅だったので、だんなさんは「こんな小さな駅にタクシーなんてあるのかな」と心配していましたが、ちゃんとタクシーが待機していたのでひと安心。タクシーに乗り込み、斎宮歴史博物館に向かいます。博物館までは歩いて15分くらいだそうですが、初めての土地なのできっと迷ってしまいますし、それで時間が取られてしまったらもったいない…と思って、タクシーを利用することにしました。そのようなわけで5分足らずで博物館に到着。
斎宮歴史博物館は、文字通り、斎宮跡遺跡から出土した土器や硯などをはじめ、斎宮に関する色々な物を展示してある博物館で、以前から一度訪れてみたいと思っていました。しかも、私が訪れた日は、特別展、「伊勢物語 ー狩の使と斎宮」の真っ最中でした。常設展も特別展も楽しみです。(^^)
入り口でロッカーのような所に傘を入れ、鍵をかけました。そして、鍵はだんなさんの上着のポケットへ。博物館の中に入ると、ここにどのような物が展示されてあるのか楽しみでわくわくします。
上でも少し書きましたが、午後2時頃まで、E先生に博物館を案内していただくことになっていました。E先生は専門の研究者で、本も何冊か出されている方なのですが、縁あってお知り合いになることが出来ました。伊勢神宮の神様に感謝したい気持ちです。オフでお会いするのは今回が2回目なのですが、ちょっと緊張します。それでもお会いするのは嬉しいです。お忙しい中、お時間を作って下さったことに感謝です。
と言うわけで、最初に常設展示をご案内していただきました。まず目に飛び込んできたのは、床に貼られた斎宮の航空写真です。
後醍醐天皇の建武の中興が失敗したあと、斎王制度は終わりを告げ、斎宮も消滅してしまいます。しかし、「斎宮」という地名は残り、「ここに斎宮があった」という伝説は長い間伝えられていたのだそうですが、確証はなかったそうです。それが昭和四十年代になって偶然、遺跡が見つかり、昭和四十五年から本格的に発掘調査が始まりました。そして、発掘された出土品から、ここに斎宮があったことが実証されたのです。こうして、私たちは当時の斎宮の様子を知ることが出来るのですよね。
斎宮の航空写真のあとは、平安時代の調度品などを少し見たのですが、旅行記の第4回に写真を載せますね。
次回は、映像展示「斎王群行」をレポートしたいと思っています。
*ちなみに、天皇の名代として伊勢神宮に奉仕する未婚の内親王または女王(親王の娘)のことを「斎王」と呼び、伊勢に下った斎王が日常を過ごしていた宮殿や、宮殿の周りにあった役所を「斎宮」と呼んでいました。私が今回、訪れた三重県多気郡明和町は、7世紀後半から14世紀前半にかけて、「斎宮」があったところです。
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