
『男はつらいよ 幸福の青い鳥』 山田洋次監督 ☆☆★
DVDで再見。シリーズ第37作。
マドンナ役の志穂美悦子は、これが最後の映画出演作品となった。恋人役で長渕剛が出演していて、この二人が実生活でもゴールインしたのは皆さんご存知の通り。ところでこのエピソードが他の「男はつらいよ」シリーズ作とちょっと変わっているのは、志穂美悦子が演じるキャラクター・島崎美保は本作が初登場ではなく、以前のいくつかの作品にすでに登場しているという点だ。「大空小百合」という芸名で、旅芸人一座の看板娘だったのである。ただし演じていたのは志穂美悦子ではなく、岡本茉莉。座長の父親役は吉田義夫だった。この一座はいつも軽トラックの荷台に役者を乗っけて田舎をドサ回りしていて、大空小百合は寅次郎のことを「車先生」と呼んでいた。
この大空小百合が成長した姿が、今回登場する島崎美保という設定だが、しかし女優が違うこともあって雰囲気が全然違い、とても同一人物とは思えない。寅が訪ねて行った時に寅のことをまったく覚えていないのも違和感がある。そこまで幼い頃の話でもないはずだ。マドンナが過去作品に脇役で登場していたというのはきわめて珍しく、多分これがシリーズ中唯一ではないかと思うので、もうちょっと雰囲気を似せるとか、過去の設定が活きるような脚本にして欲しかった。これじゃ初登場のマドンナと何の違いもない。
さて、冒頭またしてもあけみ(美保純)登場。前も書いた通り私はこのキャラのガチャガチャしたノリが苦手である。例によって寅さんへの熱烈なラブコールでいっぱい。観ていて気恥ずかしくなってくる。
今回はまず寅が柴又に帰ってきてまたすぐ出て行くといういつものパターンではなく、まず旅先で寅がマドンナと会い、それから寅が柴又へ帰り、次にマドンナが柴又にやってきてとらやに居候する。マドンナがとらやに居候するパターンは過去にも色々あって、それぞれ面白いのだが、今回は今一つ冴えない印象である。
これはなぜかというと、私は二つの理由があるように思う。一つはまず、場面の展開やセリフに過去の焼き直しというか流用が多く、既視感が強い。しかも、以前と比べて微妙にツボを外している。たとえばとらやに帰ってきた寅の元気がない描写や、喧嘩して出て行こうとしてちょうどやってきた美保とかち合い、たちまち機嫌を直すという例のパターン。マドンナと気まずくなって帰ってきたのなら落ち込むのも分かるが、今回寅には特に落ち込む理由はないはずだ。流れがチグハグで、作り物めいている。
また、とらやで食事をする美保が「いつもこんな大勢で食事をしているの?」と羨むのは『寅次郎真実一路』と同じだが、いつも父親抜きで、子供と二人だけで食事する寂しさを表現した大原麗子に比べ、美保はただ一人暮らしの独身女性というだけだ。切実さは薄い。
その後、美保が仕事を探していることを知ったとらや一同は彼女にラーメン屋のアルバイトの仕事を紹介する。すると美穂は「こんなの夢みたい」と言って涙ぐむ。いくら美保が田舎から出てきたおぼこ娘でも、近所のラーメン屋のバイトでそこまで言うのはおかしくはないか。とらや一同の親切に触れてマドンナが涙ぐむのはよくあるパターンだが、本作ではやはりチグハグ感があり、どうも匙加減がよろしくない。まるで過去の「男はつらいよ」シリーズのセルフ・パロディのような安っぽさが漂っている。
もう一つの理由は、寅がマドンナとの恋愛から一歩引いていることである。今回寅は美保に対して恋愛感情はないと断言し、いい結婚相手を探してやりたいとうそぶく。そのセリフ自体はもちろんネタで、実は惚れているらしいというギャグがあるけれども、実際に寅がマドンナと絡む行動はほとんど描写されず、結果的に世話役以上の何もしていない。要するに、主役の寅が生彩を欠いている。この映画では美保と健吾(長渕剛)が出会い、再会し、喧嘩し、仲直りするという若い二人の恋物語が主要なプロットとなっていて、寅の入り込む余地がない。その二人の恋物語もあまり面白味はなく、仲たがいの原因もわりとしょうもないことである。
おそらくこの映画の中で一番重みがあるテーマは、画家をめざす健吾の、自分の思うような絵が描けないという苦悩である。看板屋をやりながら絵の勉強をするつもりだった健吾が、自分の絵までだんだん看板みたいになってきたと悩みを打ち明ける場面は切実である。しかし彼のこの苦悩は、ただ二人の喧嘩の原因になるだけで、結局健吾は画家になる夢を諦めるというオチになる。もちろん、おそらく彼はまた絵を描き始めるだろうという暗示があるが、少なくともこの映画の中では、彼の絵描きとしての悩みは放置されたままだ。
そんなこんなで、『寅次郎真実一路』に続き、残念ながらこれもあまり評価できない一作である。ギャグもあまり印象に残るものがないが、唯一、寅と源公が区役所の結婚相談所に行く場面だけは、寅が生き生きと躍動していて面白かった。
DVDで再見。シリーズ第37作。
マドンナ役の志穂美悦子は、これが最後の映画出演作品となった。恋人役で長渕剛が出演していて、この二人が実生活でもゴールインしたのは皆さんご存知の通り。ところでこのエピソードが他の「男はつらいよ」シリーズ作とちょっと変わっているのは、志穂美悦子が演じるキャラクター・島崎美保は本作が初登場ではなく、以前のいくつかの作品にすでに登場しているという点だ。「大空小百合」という芸名で、旅芸人一座の看板娘だったのである。ただし演じていたのは志穂美悦子ではなく、岡本茉莉。座長の父親役は吉田義夫だった。この一座はいつも軽トラックの荷台に役者を乗っけて田舎をドサ回りしていて、大空小百合は寅次郎のことを「車先生」と呼んでいた。
この大空小百合が成長した姿が、今回登場する島崎美保という設定だが、しかし女優が違うこともあって雰囲気が全然違い、とても同一人物とは思えない。寅が訪ねて行った時に寅のことをまったく覚えていないのも違和感がある。そこまで幼い頃の話でもないはずだ。マドンナが過去作品に脇役で登場していたというのはきわめて珍しく、多分これがシリーズ中唯一ではないかと思うので、もうちょっと雰囲気を似せるとか、過去の設定が活きるような脚本にして欲しかった。これじゃ初登場のマドンナと何の違いもない。
さて、冒頭またしてもあけみ(美保純)登場。前も書いた通り私はこのキャラのガチャガチャしたノリが苦手である。例によって寅さんへの熱烈なラブコールでいっぱい。観ていて気恥ずかしくなってくる。
今回はまず寅が柴又に帰ってきてまたすぐ出て行くといういつものパターンではなく、まず旅先で寅がマドンナと会い、それから寅が柴又へ帰り、次にマドンナが柴又にやってきてとらやに居候する。マドンナがとらやに居候するパターンは過去にも色々あって、それぞれ面白いのだが、今回は今一つ冴えない印象である。
これはなぜかというと、私は二つの理由があるように思う。一つはまず、場面の展開やセリフに過去の焼き直しというか流用が多く、既視感が強い。しかも、以前と比べて微妙にツボを外している。たとえばとらやに帰ってきた寅の元気がない描写や、喧嘩して出て行こうとしてちょうどやってきた美保とかち合い、たちまち機嫌を直すという例のパターン。マドンナと気まずくなって帰ってきたのなら落ち込むのも分かるが、今回寅には特に落ち込む理由はないはずだ。流れがチグハグで、作り物めいている。
また、とらやで食事をする美保が「いつもこんな大勢で食事をしているの?」と羨むのは『寅次郎真実一路』と同じだが、いつも父親抜きで、子供と二人だけで食事する寂しさを表現した大原麗子に比べ、美保はただ一人暮らしの独身女性というだけだ。切実さは薄い。
その後、美保が仕事を探していることを知ったとらや一同は彼女にラーメン屋のアルバイトの仕事を紹介する。すると美穂は「こんなの夢みたい」と言って涙ぐむ。いくら美保が田舎から出てきたおぼこ娘でも、近所のラーメン屋のバイトでそこまで言うのはおかしくはないか。とらや一同の親切に触れてマドンナが涙ぐむのはよくあるパターンだが、本作ではやはりチグハグ感があり、どうも匙加減がよろしくない。まるで過去の「男はつらいよ」シリーズのセルフ・パロディのような安っぽさが漂っている。
もう一つの理由は、寅がマドンナとの恋愛から一歩引いていることである。今回寅は美保に対して恋愛感情はないと断言し、いい結婚相手を探してやりたいとうそぶく。そのセリフ自体はもちろんネタで、実は惚れているらしいというギャグがあるけれども、実際に寅がマドンナと絡む行動はほとんど描写されず、結果的に世話役以上の何もしていない。要するに、主役の寅が生彩を欠いている。この映画では美保と健吾(長渕剛)が出会い、再会し、喧嘩し、仲直りするという若い二人の恋物語が主要なプロットとなっていて、寅の入り込む余地がない。その二人の恋物語もあまり面白味はなく、仲たがいの原因もわりとしょうもないことである。
おそらくこの映画の中で一番重みがあるテーマは、画家をめざす健吾の、自分の思うような絵が描けないという苦悩である。看板屋をやりながら絵の勉強をするつもりだった健吾が、自分の絵までだんだん看板みたいになってきたと悩みを打ち明ける場面は切実である。しかし彼のこの苦悩は、ただ二人の喧嘩の原因になるだけで、結局健吾は画家になる夢を諦めるというオチになる。もちろん、おそらく彼はまた絵を描き始めるだろうという暗示があるが、少なくともこの映画の中では、彼の絵描きとしての悩みは放置されたままだ。
そんなこんなで、『寅次郎真実一路』に続き、残念ながらこれもあまり評価できない一作である。ギャグもあまり印象に残るものがないが、唯一、寅と源公が区役所の結婚相談所に行く場面だけは、寅が生き生きと躍動していて面白かった。
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