『けものみち』 須川栄三監督 ☆☆☆☆
松本清張原作映画がまた観たくなり、手持ちのDVDで『けものみち』を再見。これも見ごたえたっぷりの傑作だ。DVDパッケージはカラーだが中身はモノクロ映画。
松本清張は『あるサラリーマンの証言』や『寒流』みたいに一般のサラリーマンや会社員を題材にした傑作が多いが、これはそういう身近な世界ではなく、政界や財界を裏で操る魑魅魍魎たちの世界、真正のワルの世界である。だから「けものみち」。とにかくクールでダーク、そしてえげつない映画である。画面がひんやりと冷たく、武満徹の禁欲的な音楽がますますノワールな色彩を強める。同じノワールでも雑駁でマンガ的な『白昼の死角』とはまるで違う、スタイリッシュなノワールである。
主人公は割烹旅館で女中をしている民子(池内淳子)。彼女は身体を悪くして寝込んでいる夫の代わりに働いているが、店にやってきた小滝(池部良)という紳士的な男に、もっとお金が欲しくはありませんか、ぼくの道具になってみる気はありませんか、と妙な提案を持ちかけられて、けものみちに足を踏み入れていく。まずは身辺整理で寝込んでいる夫を殺す。そして秦野(伊藤雄之助)という男を通して、政界を裏から操っている鬼頭(小沢栄太郎)という老人の愛人になる。一方、民子の夫の死に疑念を抱いた刑事(小林桂樹)が民子の身辺を調べ始める…。
原作同様、プロットは単純でなく起伏に富み、色んなキャラが出たり入ったりする。とにかく出る奴出る奴一癖ありそうなのばっかりで、気を許せる人間は一人もいない。民子に殺される亭主は結果的に被害者なのだが、ほとんどバケモノである。自分が寝たきりなので民子が浮気をしているに違いないと決めつけ、ぼさぼさの頭振り乱し着物はだけて「たみこお~」と襲いかかってくる。あれは殺されても仕方がない。
主演の池内淳子は『男はつらいよ』のマドンナ役しか知らなかったが、だんだんけものみちに染まり野心的になっていく民子をリアルに演じている。彼女は小滝に惚れていて、どんどん欲望をあからさまに出してくるのだが、体を求めてせがむような色っぽい演技もわざとらしくなくて良い。が、あのとんがった眉毛はちょっとどうかと思う。ああいう眉毛の描き方が当時本当にあったのだろうか。結構こわい。
対する池部良はとにかくクールで紳士的、絶対に正体を見せないしたたかさな男。最初はホテルの支配人、後に骨董商になる。ちょいワルおやじなんて言葉が前にはやったが、色黒で髭生やして不良っぽい、なんてガキっぽい気取りとはまったく無縁の、紳士的ながら底知れない男で、女性から見るとこういうのこそ大人の男のセクシーさなんじゃないかと思う。
それから究極のエロじじい小沢栄太郎。布団の中から手を伸ばして民子の身体をまさぐる身も蓋もないスケベじじいぶりは見ものである。また、この映画はいい役者がたくさん出ているのも魅力なのだが、得体の知れない弁護士役の伊藤雄之助もいい。もちろんこれもワルなんだけれども、なんだか器がでかそうで魅力的だ。私はこういう男には惹かれるものを感じる。セコくがんばる刑事の小林桂樹もいい味出している。これも相当な曲者かと思っているとさすがに巨悪には太刀打ちできず、だんだん卑屈になってくるあたりが情けなくてなんともいえない。民子に肘鉄を食わされてガーンとなってしまうところがみじめである。ついでにハヤタ隊員こと黒部進も出ているが、はっきり言ってガラ悪過ぎである。とてもウルトラマンになる男とは思えない。
まあ、とにかく色んなワルが出てきてどろどろする話だが、個人的に一番怖かったのは刑事の友達だった記者までグルだったと分かるところ。もう誰も信用できない。化かしあいだ。鬼頭が死んだあと、伊藤雄之助の弁護士があっさりやられてしまうのもびっくりした(再見だがすっかり忘れていた)。民子に鬼頭の愛人の座を奪われて嫉妬する女の最期も無残すぎる。
そしてどんどんダークさが増していき、それが頂点に達してあの結末に至るわけだが、ヒロインがこれほど悲惨な末路を迎える映画も珍しいんじゃないか。とりあえず、爽やかさや癒しというものがカケラもない映画である。後味は決してよくないけれども、ノワールとしては一級品だ。池部良のニヒルさと池内淳子の滲み出るエロさをじっくり堪能しましょう。
松本清張原作映画がまた観たくなり、手持ちのDVDで『けものみち』を再見。これも見ごたえたっぷりの傑作だ。DVDパッケージはカラーだが中身はモノクロ映画。
松本清張は『あるサラリーマンの証言』や『寒流』みたいに一般のサラリーマンや会社員を題材にした傑作が多いが、これはそういう身近な世界ではなく、政界や財界を裏で操る魑魅魍魎たちの世界、真正のワルの世界である。だから「けものみち」。とにかくクールでダーク、そしてえげつない映画である。画面がひんやりと冷たく、武満徹の禁欲的な音楽がますますノワールな色彩を強める。同じノワールでも雑駁でマンガ的な『白昼の死角』とはまるで違う、スタイリッシュなノワールである。
主人公は割烹旅館で女中をしている民子(池内淳子)。彼女は身体を悪くして寝込んでいる夫の代わりに働いているが、店にやってきた小滝(池部良)という紳士的な男に、もっとお金が欲しくはありませんか、ぼくの道具になってみる気はありませんか、と妙な提案を持ちかけられて、けものみちに足を踏み入れていく。まずは身辺整理で寝込んでいる夫を殺す。そして秦野(伊藤雄之助)という男を通して、政界を裏から操っている鬼頭(小沢栄太郎)という老人の愛人になる。一方、民子の夫の死に疑念を抱いた刑事(小林桂樹)が民子の身辺を調べ始める…。
原作同様、プロットは単純でなく起伏に富み、色んなキャラが出たり入ったりする。とにかく出る奴出る奴一癖ありそうなのばっかりで、気を許せる人間は一人もいない。民子に殺される亭主は結果的に被害者なのだが、ほとんどバケモノである。自分が寝たきりなので民子が浮気をしているに違いないと決めつけ、ぼさぼさの頭振り乱し着物はだけて「たみこお~」と襲いかかってくる。あれは殺されても仕方がない。
主演の池内淳子は『男はつらいよ』のマドンナ役しか知らなかったが、だんだんけものみちに染まり野心的になっていく民子をリアルに演じている。彼女は小滝に惚れていて、どんどん欲望をあからさまに出してくるのだが、体を求めてせがむような色っぽい演技もわざとらしくなくて良い。が、あのとんがった眉毛はちょっとどうかと思う。ああいう眉毛の描き方が当時本当にあったのだろうか。結構こわい。
対する池部良はとにかくクールで紳士的、絶対に正体を見せないしたたかさな男。最初はホテルの支配人、後に骨董商になる。ちょいワルおやじなんて言葉が前にはやったが、色黒で髭生やして不良っぽい、なんてガキっぽい気取りとはまったく無縁の、紳士的ながら底知れない男で、女性から見るとこういうのこそ大人の男のセクシーさなんじゃないかと思う。
それから究極のエロじじい小沢栄太郎。布団の中から手を伸ばして民子の身体をまさぐる身も蓋もないスケベじじいぶりは見ものである。また、この映画はいい役者がたくさん出ているのも魅力なのだが、得体の知れない弁護士役の伊藤雄之助もいい。もちろんこれもワルなんだけれども、なんだか器がでかそうで魅力的だ。私はこういう男には惹かれるものを感じる。セコくがんばる刑事の小林桂樹もいい味出している。これも相当な曲者かと思っているとさすがに巨悪には太刀打ちできず、だんだん卑屈になってくるあたりが情けなくてなんともいえない。民子に肘鉄を食わされてガーンとなってしまうところがみじめである。ついでにハヤタ隊員こと黒部進も出ているが、はっきり言ってガラ悪過ぎである。とてもウルトラマンになる男とは思えない。
まあ、とにかく色んなワルが出てきてどろどろする話だが、個人的に一番怖かったのは刑事の友達だった記者までグルだったと分かるところ。もう誰も信用できない。化かしあいだ。鬼頭が死んだあと、伊藤雄之助の弁護士があっさりやられてしまうのもびっくりした(再見だがすっかり忘れていた)。民子に鬼頭の愛人の座を奪われて嫉妬する女の最期も無残すぎる。
そしてどんどんダークさが増していき、それが頂点に達してあの結末に至るわけだが、ヒロインがこれほど悲惨な末路を迎える映画も珍しいんじゃないか。とりあえず、爽やかさや癒しというものがカケラもない映画である。後味は決してよくないけれども、ノワールとしては一級品だ。池部良のニヒルさと池内淳子の滲み出るエロさをじっくり堪能しましょう。