アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

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清作の妻

2007-05-02 20:16:39 | 映画
『清作の妻』 増村保造監督   ☆☆☆☆☆

 壮絶の一語。凄すぎ。観終わったあとどっと疲れた。(私にとっての)若尾文子シリーズ第三弾、『清作の妻』である。文句なくこれまでで一番の傑作、でもって一番コワイ映画だった。

 途中からなんとなく『楢山節考』を思い出した。映画ではなく、小説の方の(映画はまだ観たことない)。村社会の怖さ、残酷さを描いているということもあるが、暗いおとぎ話のような無残で乾いた雰囲気が良く似ている。次に何が起こるかわからないドキドキ感と、何が起こるにせよ決して楽しいことではないという不吉な予感。重い悲劇的な音楽もあいまって、強烈な緊張感が延々と持続する。はっきり言って息苦しい。これは決して癒し系の映画じゃない、むしろストレス映画である。

 最初、若尾文子演じるおかねは金持ちのスケベじいさんの妾になっている。じいさんの愛撫に耐え忍ぶ美人妾。『妻は告白する』に続いてそういう役かと思っていると、じいさんはすぐ死んでしまい、金をもらって母親と一緒に生まれた村に戻る。もともと借金まみれになって出てきたらしく、村の人々から嫌われていたが、今度は妾をやってたということでつまはじきにされる。村の連中はみんな敵。そんな中に好青年、清作が戦争から帰ってくる。マジメな模範青年。彼は村八分にされているおかねにもただ一人優しく接し、やがて二人は愛し合うようになる。

 回りはみんな反対し、清作に惚れていた女は悔しいと泣き喚いて暴れる。いやしかし、この映画はこういう描写がなんかいちいち怖いのである。清作に惚れていた女が畳の上に倒れて「くやしい~」と叫びながらじたばたすると、どういうわけか兄貴がやってきて女を蹴りまくったりする。唖然としてしまう。こういうわけわからない凄みも『楢山節考』を思わせる。
 さて清作とおかねは結婚し、ひとときの幸せがやってくる。しかしすぐに不幸の影がさすことになる。戦争である。日露戦争が始まって清作は徴兵される。「一人になったら、私は死んでしまう」とおかねは泣く。一人になったら死ぬ。なんというすごいセリフだろうか。この濃厚無残なおとぎ話的世界では、孤独は人を殺すのである。しかし清作は戦争に行ってしまう。孤独に耐えて清作を待つおかね。村人の男はそのおかねの身体をじろじろ見て「ええ尻じゃ。もったいないのう」
 半年後、負傷して清作が一時的に戻ってくる。ようやく再会できて抱き合う二人。しかしその清作に向って村の人々は「傷が治ったらまた戦争に行くんだろうな」「今度こそ死んで来い」「しっかり種を仕込んでおけ。お前が戦死してもせがれがお役に立つように」……こいつらは鬼か。

 また清作が戦争に行ってしまう、今度は死んでしまうかも知れないと心配しているおかねに、村の女どもは「清作さんは立派じゃ、挨拶回りできっぱりゆうちょったそうな、今度こそ戦死してみせますと」「おかねさん、どうしんさった真っ青な顔して」「ゆうべ可愛がられすぎて、ぼーっとしてしもうちゃったんじゃ」「わははははは」……こいつらは鬼女か。

 そしてついにおかねは恐ろしい行動に出る。村人が言っていた「もっと怪我がひどけりゃ二度と戦争に行かずにすんだのに」という言葉が伏線になっているのだが、いやそれにしてもコワイぞ、これは。逃げるおかね。追いかける村人。そしておかねはつかまって殴る蹴るされる。このあたりはもう正視に堪えない。しかもまっさきにおかねに馬乗りになって殴り始めるのは、例の「ええ尻じゃ。もったいないのう」の村人である。あーたまらなくこいつを殺したい。

 ここでおかねが養っている知恵遅れの大男が助けにやってくるが、彼もやはりボコボコにされる。この男は親戚で、乞食をしていたのをおかねが引き取って養っているのだが、この男の存在がこの映画の不思議な寓話性に拍車をかけている。何の役にも立たない彼を養っていることで、村人達に「あばずれ」呼ばわりされているおかねの人間性が証明されるということももちろんあるが、この男は知恵遅れであるが故に村の掟とかしがらみから完全に自由な唯一の存在で、おかねを助けようとしたり、この事件のあと村八分にされる清作を助けたりする。この映画の中の唯一の救いのようでもあり、逆説的な超越者のようでもある。

 さて、おかねは監獄に入っていなくなり、清作は戦争に行けなくなったが故に「卑怯者!」と村八分にされる。こんなんが卑怯者のわけないのだが、この村の住民達はとことん恐ろしい。そしておかねが帰ってくる。戻ってきたおかねを清作は受け入れ、この村で二人で生きていくことを決意する。

 最後のシーンが凄い。清作とおかねが畑に行く。働けない清作が地面に座る。おかねが鍬で畑を耕し始める。セリフは何もなし。そこに「終」の文字。ええっ、ここで終わりですか、マジですか? これのどこが凄いのか説明は難しいが、かなりびっくりする。絶妙なのである。この凄さは映画を観てもらえば分かると思う。

 かなりのストレス映画であるが故に、もう一度観る時は体調がいい時にしなければならないが、傑作であることは間違いない。凄いです。

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