アブソリュート・エゴ・レビュー

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吸血鬼ゴケミドロ

2007-03-17 21:51:00 | 映画
『吸血鬼ゴケミドロ』 佐藤肇監督   ☆☆☆

 うーん、この映画の評価はかなり難しい。というのは、まともに考えると特撮はショボい、人々の行動は不自然、ご都合主義的な展開満載、と低評価にならざるを得ないのだが、逆に突っ込みどころが満載なので、笑いながら観るとそれはそれで楽しめる、ということになってしまうからだ。DVD制作者達もそれを分かっていたらしく、特典でカウチ・コメンタリーというのがついている。みうらじゅんと樋口真嗣が遠慮なく突っ込みながら鑑賞するというコメンタリーなのだが、これがもう爆笑できる。このコメンタリーを聞くのと聞かないのではこの映画に対する印象がまるで違ってくるだろう。

 基本的には『マタンゴ』系の、ダークなホラーである。人間の醜さたっぷり見せます的アプローチも同じだが、『マタンゴ』が緻密な脚本と気合いの入った美術でかなり巧みに作られていたのに対し、こちらは色んな点でチープさ丸出しだ。『マタンゴ』では登場人物達のエゴむき出しの行動にそれなりのリアリティをもたせてあったが、『ゴケミドロ』ではそれが極端すぎて笑える。

 まず、旅客機が空を飛んでいるシーンから映画は始まる。空が真っ赤で異様な雰囲気だが、このシーンの毒々しい不吉さはなかなかいい。この映像をタランティーノが『キル・ビル』で引用したのは有名である。タランティーノはこの映画のファンらしいが、マジですか……? 鳥が窓にぶつかって血まみれになったり、爆破予告があったり、殺し屋が乗っていることが分かったり、ハイジャックされたり円盤が出てきたり、序盤からあまりにも盛りだくさんな展開。そして旅客機は不時着し、10人が生き残る。ダークな人間ドラマ+ホラーの始まり始まり。

 とにかく生き残った連中がどいつもこいつも濃いキャラクターばかりだ。コメンタリーで「全員とんかつ。一人だけでもおなかいっぱいになる」という発言があったが言い得て妙。大笑いした。卑屈な金子信雄や偉そうな代議士もインパクト大だが、個人的に最高だったのはあの精神科医。むしろ患者としか思えない。彼がスチュワーデスにろうそくで催眠術をかけるシーンはものすごくヘンだ。

 さて、乗り合わせた白スーツの殺し屋・寺岡がゴケミドロに乗り移られ、吸血鬼と化して人々を襲い始めるのだが、この寺岡を演じる高英男氏、彼こそがこの映画のキーマンである。ジャケットに顔が写っている人だ。コロッケと杉良太郎を足して二で割ったようなルックスのこの人物、この人のキャラクターの強烈さはまずもって言葉では表現できない。みうらじゅんも「この濃いメンツの中でも埋もれず、むしろ突出している」としきりに感心している。彼のゴケミドロの演技を「もうこれ以上でもこれ以下でもないギリギリの線」、「(この映画を)リメークするにも高さんの代わりがいない」、「シャンソン歌手がいきなりこの演技はできないでしょう」と大絶賛である。そう、この人はなんとシャンソン歌手なのである。怪奇映画専門俳優ではないのだ。それにしても、こんな人がシャンソン歌手だと言われて信じられるだろうか。大体シャンソン歌手がなんでいきなりこんな役をやってしまったのか、しかもこうまで絶妙に。この映画の怖さと面白さの大部分はこの人が受け持っている。この人がいなかったらこの映画はここまでカルトにはならなかっただろう。

 糸井重里を微妙にりりしくしたような顔の正義漢の副操縦士、吉田輝雄がまたすごい。この話では彼とスチュワーデスの佐藤友美だけが善人なのだが、彼の善人っぷりはほとんど他の連中に負けないぐらい異様である。何度も殺されそうになっていながらそれでもまだワル代議士を助けようとする。学習能力がないとしか思えない。しかしそんな中で、なんだかんだでこの善人二人だけが生き残るというのもすごい。

 そしてラスト。特撮映画史上まれに見るアンハッピー・エンディングと言われているらしいが、要は助かった二人が町にたどり着くとみんなゴケミドロにやられている。空を見上げると円盤が。「遅すぎたんだ」と呟く吉田輝雄。カメラがぐーっとひいて地球の大写しになる。宇宙の彼方から円盤の大群が押し寄せ、地球全体が赤く染まり、また緑に戻る。これは人類が滅亡したことを暗示しているそうだ。そこに「終」の文字。いやー、なんという直球勝負なアンハッピー・エンディングだろうか。

 映画として決してオススメはしないが、このDVDのカウチ・コメンタリーを聴きながら観るのはかなり楽しい経験である。


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