アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

空き巣

2014-09-20 21:03:44 | 創作
          空き巣  その頃ぼくとマリエが住んでいた部屋はすごく散らかっていた。散らかっていたけれども、ぼくたちはむしろそれを心地よいものと見なしていた。ぼくたちはその散らかりようをどこかアーティスティックだと思っていて、それは当時二人とも美術学校に通っていたことや、イラストレーターのオフィスでバイトしていたことなどと関係している。部屋に友達を呼ぶと、みんなその散らかりように目を丸くし . . . 本文を読む

潮騒ホテル

2013-11-05 23:44:35 | 創作
          潮騒ホテル  夏になると私は海辺のホテルに行く。自分でもなぜかは分からないが、山に行く気にはなれない。海のざわめき、ねっとりと湿り気を帯びた潮風、遠くで青白くかすむ水平線、そういったものの数々が私を惹きつける。特にホテルを決めているわけではなく、その時々で適当に選択する、いわばインスピレーションにまかせるわけだが、今年はそれが裏目に出て、これと思ったホテルに予約を取ることがで . . . 本文を読む

カナリアの喪失

2013-09-17 22:04:05 | 創作
          カナリアの喪失  一杯のコーヒー、オレンジ、そしてシリアルからこの小さな物語は始まる。その朝、カナリアは自分の飼い主の死を知った。飼い主はワイシャツにネクタイを締めた姿でうつぶせに床に倒れ、二度と動かなかった。朝食のほしぶどう入りシリアルを食べ終わり皿を片付けようとしたまさにその時、それが起きた。心臓発作。それはありふれた死だった、統計の中のひとつの染みでしかないような。 . . . 本文を読む

考古学者

2013-01-21 12:32:32 | 創作
          考古学者  当時名声赫々たる考古学者であり、アマチュア・オーケストラ所属の比類なきチェロの名手でもあったマーチ博士の急激な衰弱死については、その謎めいた状況と未亡人の行き過ぎとも思える沈黙もあって、世の消息通の間にさまざまな憶測を呼んだ。私はこの一文をもって、その謎と憶測の氾濫にけりをつけたいと思う。ここに述べるのはすでに再婚されている未亡人から私が直接聞いたことだけであって . . . 本文を読む

女と蛇

2012-10-08 19:49:34 | 創作
          女と蛇  陸を見なくなって二週間たった頃のこと、私はなぜだか分からないまま苛々と気分をささくれ立たせ、突発的な憂鬱の発作にとりつかれては不機嫌と焦燥の中に沈みこむことを繰り返していた。長い船旅では時々こういうことが起こる。ふとしたきっかけで自分を持て余し、どうしていいか分からなくなるのである。ティールームの中にとぐろを巻いて陽射しを透かしてぼんやり花柄のカーテンを眺めたり、バ . . . 本文を読む

海底の夢

2012-02-25 17:39:36 | 創作
          海底の夢  五つ年上の従姉妹が死んだのは、ぼくが高校二年生の時だった。近親者の死という異物がぼくの人生の平穏な営みの中に力づくで割り込んで来たのは、これが初めてのことで、だから自分のまわりで進行しつつある事象のすべてが絵空事みたいな、実体を欠いたものとしてぼくの目に写った。そのせいで悲しみを感じることすらできなかった、ただ世界がふわふわと軽くなったような、おかしな気分になっ . . . 本文を読む

プラネタリウムの建造者たち

2011-12-12 20:43:57 | 創作
          プラネタリウムの建造者たち  この町にはプラネタリウムが多過ぎるという外部の人々の批判を、私たちは決して軽んじているわけではない。まして私たちがそれに気づいていないふりをしているという非難は的外れもいいところだ。この町に住む私たち以上に誰がこの現状を憂い、深刻な問題として受け止めるだろうか。この町を歩く時、私たちは実にたくさんのプラネタリウムを目にする。あのすべすべしたドー . . . 本文を読む

ジョバンニ

2011-11-17 22:03:13 | 創作
          ジョバンニ  孤独が耐え難いほどに高まったあの日々の中で、私は犬を飼おうと思いついた。ペットショップに入って店内を見回すと、私の目はたちまち一匹の子犬に引き寄せられた。ふさふさした白と茶の毛がいかにも柔らかそうで、その濡れた大きな目は何かをこいねがうかのようにじっと私に注がれている。私は子犬を買い求め、ジョバンニと名づけた。ジョバンニはアイリッシュ・セッター犬だった。間断な . . . 本文を読む

エレベーター・ガール

2011-10-12 22:04:40 | 創作
          エレベーター・ガール  その頃、ぼくが働くオフィスは臨海副都心に立つビルの高層階にあった。ビルはまだ新しく、主要な部分のほとんどがガラスでできていた。遠くから眺めるとそれは薄青い蜃気楼みたいに美しかったし、同時に幻想的と言っていいくらい現実ばなれして見えたのだけれど、近づいて間近に見上げるとそうした審美的な陶酔はたちまち消え去り、不安と恐怖感がそれにとって変わった。ぼくは高 . . . 本文を読む

衣服の発明

2011-07-23 22:50:05 | 創作
          衣服の発明  8月の最後の二週間、私は避暑地のホテルにいた。それは木造のロッジ風ホテルで、風が吹き抜ける楡と白樺の林の中にあり、車回しから細い道が緩やかな曲線を描いて県道まで続いている。林は遠くまで広がっている。空気は冷たい。夕刻になればベランダでビールを飲みながら、山の向こうに沈む夕日と透き通る橙色に染まった空を眺める。私はその滞在が気に入った。サンダルだけ履いてのんびり歩 . . . 本文を読む