崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

「SAPIO」「反日売り반일팔이」

2017年03月08日 06時00分05秒 | エッセイ

 私と一緒に東洋経済日報にコラムエッセーを書く呉文子氏の「蘭坡音楽賞」に関する新聞記事を読んだ。洪蘭坡氏が韓国で反日感情によって親日派と非難される中の賞の話を堂々と書かれている。コメントなど、詳しくは次の寄稿文としたい。「反日売り반일팔이」という新造語が現れた。反日感情を煽り売り物とすることを指すだろう。これから時々使わせていただきたい。
 4月号「SAPIO」(15ページ)に私のインタビュー記事が28行載っている。記者がわざわざ東京から下関まで来られての記事としては短いかもしれないが、私の長く広い領域の調査、つまりサハリンから長崎までの調査結果の話でもある。それは親日とか反日とかに左右されない私の意見である。一読を願う。ただもう少し説明したいものがある。それは広島でMBCTV光復節記念プログラムの司会をした時のエピソードである。
 広島民団の推薦で「強制連行被害者」として登壇した有名な尹氏に司会者の私が「強制連行されたのですか?」という質問した。彼は「貧困で日本に希望してきた」という意外な内容の話をして、PDの手信号によって録画が一時中断されたことがある。
 戦争が悪いという叫ぶ平和主義者たちに逆らうとする人はいない。しかし戦争も「平和のために」(?)という名分を持って行われたということを知らなければならない。帝国や軍人は政治的に戦争の「参反:是非」を決めるために戦ったわけではない。私はその戦争の倫理性を問うために研究するのではない。戦争期、貧困期にも人が生きて来たその実態を知りたくて研究をしているのである。