崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

イナゴの話

2010年06月08日 06時32分00秒 | エッセイ
下関の東北町では蛍祭がある。私の生まれ故郷でも夏にはホタルが飛んで喜んだ思い出がある。その光は神秘的で「蛍雪の功」としてもしたしい。「蛍の光」(반딧불)は卒業式の歌としても一般的である。昆虫への親しさは文化によって異なる。稲作文化圏について講義中イネの話からイナゴの話に及んだ。日本と韓国では虫の扱いが違う。韓国や中国ではイナゴは食べるほど、ある意味では親しみのあるものである。パール・バックの小説「大地」(中国)に出てくる光景を思い出す。
 私が子供の時、嫌いだったカマキリが日本の子供に好かれることやフンコロガシ(쇠똥벌레)やテントウムシ(무당벌레)、カブトムシ(풍뎅이)などが好まれるのは異様な感があった。伊藤裕君もレポートにフンコロガシと遊ぶという事はなかったがカブトムシは子供の頃飼って遊んだという。韓国人の私の子供の時には日常生活の中で、フンコロガシ、カマキリを面白く観察したことはあっても遊んだことはない。オジュンサケ(오줌싸게おしっこ漏らし)というカマキリの尿が目に入ると盲目になると言われ、殺して葬式をしてあげた遊びを思い出す。テントウムシ、カブトムシも決して親しいものではなかった。セミ(매미)、コオロギ(귀뚜라미)、キリギリス(여치)などには親しさを感ずる。日本の子供は多くの昆虫に親しみを持っているようである。
 蟻地獄(개미귀신)は神秘的であった。子供の頃、印象の悪い店のおばあさんが隠れて座っていて客が来ると素早く出てお金をとる姿をみて蟻地獄に似ていると考えたことがある。