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Pascal 『Pensées』を読む(11)


■旧暦5月27日、火曜日、

(写真)無題

蒸し暑い梅雨が続く。この季節、毎年ながら、耳鳴りに悩まされる。気候が安定しないからだろうか。逆に集中するために俳句を作ったりするのである。



La nature recommence toujours les mêmes choses, les ans, les jours, les heures, les espaces de même. Et les nombres sont bout à bout, à la suite l'un de l'autre: aisi se fait une espèce d'infini et d'éternel. Ce n'est pas qu'il y ait rien de tout cela qui soit infini et éternel, ,ais ces étres ter,inés se multiplient infiniment. Ansi il n'y a, ce me semble, que le nombre qui les multiplie qui soit infini.

自然は繰り返す。年や日、時、空間も繰り返す。そして、数は、端と端をつないで、次々に連続していく。こうして、ある意味、無限や永遠ができあがる。だが、これらが、みな無限や永遠というわけではない。これらは、有限な存在だが、その存在が無限に増殖するのである。だから、無限なのは、そうした存在を増殖させる数だけなのだとわたしには思える。

■大変に難しい断章だが、implicationも半端じゃない。パスカルの「数の思想」がよく出ていて興味深い。ここで、注目したいのは、自然や年、日、時、空間といった存在から数が独立している点だ、数は数として実在している。その数が存在から独立していくプロセスが、パスカルの断章の中に読み取れる。数は、言葉の使用法なので、本来、社会関係や場面と切り離しては存在しないが、「数の思想」として独自の展開を遂げてきた。それは、神という観念が社会関係から独立して「神学」として生成していくプロセスと対応している。数学が神学と無限や永遠という概念を媒介に内在的に関連することを垣間見せてくる断章だと思う。



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一日一句(159)






ベランダをしばし片づけ茄子の花





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