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一茶を読む:七番日記(13)

■旧暦10月19日、土曜日、

(写真)落葉掃

早朝に起きて、珈琲二杯、菓子パン少々。作業。叔母の様子を見に行き、そのまま散歩。ベンチに寝転んで、雲がしきりに流れてゆくのを眺める。ユニクロで赤のフリースを購う。帰宅して、珈琲一杯。作業再開。今日は、一日、じっくりと翻訳に専念できる至福の日である。

英語の俳句を少し作って思ったのは、英語俳句で「切れ」や「取合せ」を行うのは、至難の業だということで、たいていは、文体にもともと備わっている論理性に乗っかって、安易に、展開してしまう(―や:などの記号も、論理的な展開を後押しする)。とくに英語の中で考えようとするとそうなりやすい。英語と日本語のはざまで書くような感覚でないと、なかなか、「切れ」は決まらないように思う。




埋火や貧乏神の渋うちは
   (文化七年十月)

■ユーモアがあって惹かれた。自分を笑っているのだろう。「渋うちは」が効いていて可笑しみがある。埋火を絶やしたくないという心だろう。



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