西尾治子 のブログ Blog Haruko Nishio:ジョルジュ・サンド George Sand

日本G・サンド研究会・仏文学/女性文学/ジェンダー研究
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第16回「女性作家を読む」研究会 ―ドラ・トーザン講演会―報告

2011年09月30日 | 女性文学・女性
 

走り書きのようなもので、しかも長文となってしまい恐縮ですが、以下に先日の第16回「女性作家を読む」研究会 ―ドラ・トーザンDora Tauzin 講演会―の報告を記します。

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第16回「女性作家を読む」研究会 ―ドラ・トーザン講演会―

日時:2011年9月24日(土)14時~17時
場所:慶應義塾大学・日吉キャンパス・来往舎2階小会議室
講演:ドラ・トーザン氏「日仏比較:女性・家族・少子化問題をめぐって」
主催:日仏女性研究学会「女性作家を読む」研究会
:慶應義塾大学「現代フランス社会と女性」研究会
第一部:講演 D・トーザン氏「日仏比較:女性・家族・少子化問題」 2pm―3:30pm  司会:西尾治子
第二部:ディスカッション 「日仏女性比較を考える」 3:45pm-5pm   司会:佐藤浩子

全体構成は、第一部がおもにフランス語中心のパワーポイントを使用したトーザン氏の講演および参加者との質疑応答、第二部が日本語中心の参加者を含めた討論会となった。使用言語は日仏混交。何よりも評価できたのは、第一部、第二部ともに多くの質問や意見が参加者から出されたことであった。講演者や参加者も指摘されていたように、全体の雰囲気がリラックスした、とても和やかな流れの中で活発な意見交換がおこなわれた。

第一部では、トーザン氏はまず、日本女性と同じに社会的地位の低かったフランス女性たちがどのように自らの権利を獲得してきたのか、その結果として少子化問題がどのように解決されたのかに関し、歴史的観点から分析と解説をされた。とりわけ、ボーヴォワール、シモーヌ・ヴェイユ、ジゼル・アリミといった女性の歴史を動かした才女たちの存在および女性選挙権や中絶権の獲得、ボーヴォワールの『第二の性』の刊行(1949)、婚姻法の改正(1965)、産休時の給与保証90%(1971)、343人のマニフェスト(1971)、シュワジール(自分の生き方を自らが選択するという意味)の会の法の結成(1971)、アヴォルトマン法の成立(1975)、パックス法の成立(1999)、嫡子と婚外子の相続権の完全同等(2006) 、現在6%の女性役員数の40%達成を目指す「女性役員クオーター制法」成立(2010) など、記憶しておくべき重要な歴史的事象を喚起された。

次いで(1)「働く女性ほど子供を産む」(2)「主婦が消えて子供が増える」(3)「嫡子と婚外子の権利は平等」といったキーフレーズにみられる日本には存在しないフランス的な社会現象は、何よりも国の働く女性を支援する多大な国家予算と強力な子育て支援政策に依拠していることを強調された。
たとえば、マテルネル、クレッシュ、アルト・ギャルドリー、アシスタント・マテルネル、ベビーシッター、ヌヌ、オー・ペア等々、公私にわたる充実した保育・託児システムだけでなく、手厚い出産手当(出産休時の給与保証90%)、子育て手当(子供が二人以上で、一人につき20歳になるまで毎月125ユーロを支給、シングルマザー、ファザーにはプラスα)、学校手当(新学期準備金),育児休暇(例:子供が3人の場合、3人の出産、育児休暇の合計期間は、ほぼ6年間)などが社会基盤にあり、これらが日常的にフル回転して機能し働く女性を支えている。これに対し、ドイツでは日本と同様に働かない母親が育児に従事し、出生率低下に苦しんでいる。フランスの手厚い社会保障の根底には、3歳から保育施設に預けるのは子供を小さいときから自立させたいと望むフランス人の考え方がある。

「結婚」「母性」「少子化」のテーマに関しては、E.バダンテールに言及しつつ、フランスでは13世紀頃から子供を乳母に預ける風習があり18、19世紀にはこの風習がブルジョワ階層にまで普及していたこと、したがって母乳育児が歴史的に浅い習慣であることからフランス人には日本に見られるような「母親プレッシャー」や「母原病」が存在しない。「女は女中ではない。料理や掃除が出来る女性がフランスで尊敬されることはない」。女性が社会で働き活躍するのは当たり前のこと、ゆえにフランスでは「主婦」という言葉は死語となり、母親は「働いている」か「働いていない」という言葉で表現される。
法的に「結婚」と差のない「PACS(連帯民事契約)」を選択するカップルが急増し、その結果、婚外子も増加している。子供のいないカップルは10%のみ。離婚率はパックス婚より結婚の方に多い。婚外子は半数を超え現在54,5%を占めるが、2006年以来、婚外子と嫡子の権利はまったく同等である(日本では婚外子の遺産相続額は嫡出子の半分)。このほか、ノルウエーでは父親にならない男性が増えているのに対し、フランス人男性は子供好きが多いことも出生率の上昇(2008年2.02,2010年2.01)と少子化の解消に貢献していると、トーザン氏は具体的な統計や数値を示し実証的なデータを提示しつつ解説された。

さらに、トーザン氏はフランスの家族の形態に関し、連れ子や前妻の子等で大家族を構成するサルコジ大統領の「複合家族」を具体例に挙げ、ギャルド・アルテルネについても分かりやすく説明された。また、2000年の「35時間制(一週間の労働時間を35時間に限定)」の法制定によりワーキングバランスが実現したこと、ヴァカンス法が勤労者に5週間の有給休暇を可能にしたこと、これらの個人の幸福を最優先する法の実施が間接的に少子化問題解消にも役立っている事実にも言及された(労働時間の国際比較:仏-1542時間、日本-1772時間、ドイツ-1432時間)。他方、仕事に従事する時間は少ないのにフランスのGDP(国内生産)が世界5位を占めているのは、ワインを愛飲するが心臓病患者が少なく平均寿命が高い(2010年、女性84,8歳、男性78,1歳)や、個人主義だが大きな政府を支持する、男女平等を目指しながら各々のセクシュアリティは堅持するといったフランスの一般社会現象とともに「フレンチパラドックス」と定義づけうると付言された。

第二部は、引き続き、第一部の講演の内容に関し、講演者を交え、日仏女性の生き方や考え方あるいは社会システムや文化の相違に争点を置きディスカッションがおこなわれたが、第一部と同様、参加者からは多岐に渡る多彩な意見や質問が相継いだ。ここにそのすべてを記載することは出来ないが、以下に掻い摘んで紹介しておきたい。

-日本には「ガラスの天井(性別や人種などの区別により組織の中で昇進が制限された状態)」があり、女性に働く意欲を失わせている。
-男性が育児休暇を取るとポストが奪われてしまうし、復帰後も難しいのではないか。(D.T) 遅れはすぐに取り戻せる。
-私は結婚したくない。家に帰れば家事、料理、掃除を母がしてくれる。私のような自立したくない20代の女性は多数いる。
-日本には夫婦別姓、第三号の問題など法改正が約束されていながら未解決の大問題がある。これまで政府は毎年1000万人の勤労者の妻の「主婦」たちを優遇し、自営業の妻が毎月1万5千円納めているのに、一銭も支払わない彼女たちに老後の年金を支給してきている。その総額は40兆円。
-日本人は愛情表現が下手。韓流ドラマが流行るのは「キスをしてもいいですか」と聞いてくるような日本男子がいるせい。(D.T)フランスは情熱の国。情熱の炎を燃やし続けること、愛が最優先される。愛情表現が豊か。日本男性は努力すべき。日本女性もほめ言葉に慣れ、妻や母より女を意識すべきだ。
-日本男子は父親の背中を見て育つ。口数の少ない武士道精神が日本風土に根づいていて、国民性となっている。
(D.T)それでも愛情表現は必要。現代は言わなければ伝わらない。日本人の16組中、4組が「できちゃった婚」、フランスでは信じられないこと。
-日本には男よりずっと自由で、我がまま放題で勝手に生きている女もたくさんいる。
-フランス人はなぜそんなに子供をほしがるのか。(D.T)愛する人の子供をほしいという自然の感情から。
-日本人の子供ができないカップルは、高額で苦痛を伴う不妊治療を続けている。フランスでは子供に恵まれない若いカップルが肌の色の違う赤ちゃんを養子にして大切に育てている。日本にはDNAを残したいという「血」を重視する考え方があり、他方フランスは「地」を尊重する。フランスで生まれた子供はフランス人とみなし社会全体で育てる風潮がある。
(D.T)他国の子供を養子にするのは、キリスト教からくる人類愛の現れでもある。
-ノルウエーの社会学者によると、ノルウエーでは出生率は上昇したが、最近30代で父親になりたくない男性が増えているという。(D.T)スエーデンでも同じようだ。北欧は男女平等が進みすぎて、男性の子育てが負担になり始めているのではないか。フィンランドでは男女の境がなくなり、つまらなくなってきている。
-高校で「女と男」という授業を担当している教師です。最近の高校生は、男、女と性別に分けること自体や年齢で区切ることを問題視している。女も男も人間なのだと。以前は結婚志望の女子が多かったが、最近は夫が「専業主夫」でいいという女子高生が増えている。昔は子育てを隣近所の人たち皆で手伝った。メディアが子育ては大変、子供は母親が自分で育てるべきと煽っている。実際には、親ではない方が子供はよく育つ。(D.T)夫は留守がいい、子離れ、親離れができない悩み、といったことは、フランス人には理解できない。日本の母親は自分の分身(所有物)を作ることに夢中。母親は子供と自分の世界を作りたいのではないか。母親という自己神話。分身ではなく自立した個や個の自由が重要。
-日本は、人より突出してはいけない、人と同じようにしなくてはならない均一性を重視する教育を行っている。人と違うといじめに遭う。上履きから制服まですべて他の人と同じであるように教育される。このような小学校からの没個性的な均一教育も問題なのではないか。(D.T)教育の重要性についてはまったく同感。基本は個人。自分が持っているものが重要なのではなく、自分がどのよう人であるかが最も大切なことなのです。

以上のように様々な意見交換が活発に行われました。
注記:(D.T)=ドラ・トーザン氏

              (文責:西尾治子)
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