菅首相が中部電力の浜岡原子力発電所の運転停止を要請した。妥当な要請に見えるが、いかにも唐突で今までの政治姿勢とに一貫性と整合性が感じられない。国民は教師ではないが、よくできた答案にどうも隣の答案を見て書いたのではと疑念を抱いてしまう。
物事が複雑に絡み合った現代社会で、孤立した正しい政策などというものはなく、優れた政策は時間的空間的な流れと広がりの中に躍動して、しかもそれを体得した指導者によって施行されるのでなければ、かけ声倒れになり十分な効果をもたらさない。科学的を装い通産大臣の意見を参考にして要請という形には全責任を負おうとする気概が欠け、福島の失策を浜岡で糊塗しようなどという意図が透けて見える。
この未曾有の原発事故から何を学び、エネルギー政策をどちらの方向へ導こうとするのか、それに答えずして、取り合えず危険そうだからというので出した答えには、とりあえずぎりぎり合格としか申し上げられない。
無責任な評論家ばかりで監督が霞んでいる球団ではベンチに誰も居ないから、打たれても投げ続ける投手が居座る。やはり、どうしても最後は監督の責任ということになるのだろう。霞んでいないで、重い腰を上げなくてはならんと思う。。