脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

師走の散歩から血管性認知症を考える

2022年12月14日 | 認知症からの回復
自宅から歩いて10分10たらずで、城ヶ崎海岸のいがいが根というところに出られます。4000年前大室山が噴火して溶岩流が相模灘に押し出された時、溶岩の表面が冷えて固まって「いがいがに」砕けたらしいです。城ヶ崎海岸のハイキングコースの中でも珍しく広々として、海の向こうには伊豆大島が全景を見せてくれます。
夕方に散歩をしていて、思いついて寄ってみることにしました。いがいが根からの右の景色に息をのみました。今、日没。

何というタイミング。目を戻すとこれもまた絵のような光景が。

静岡県に住んでいますから、ちょっと車で動くと富士山に出会うことができます。車で移動した先で歩くということも変化があって楽しいものですよ。

遠くの富士山に傘雲発見。

散歩をテーマに考えるときにいつも思い出される方がいます。
軽い脳卒中を起こした男性で、軽い右マヒと上手に話せないという後遺症が残りました。この後遺症は、あくまでも脳が壊れたことによって起きてしまった、いわば受け入れざるを得ないものです。その方は入院中、その後のリハビリ病院でも懸命にリハビリに励み、当初の予測よりもより良い状態で退院することができました。
ところが、退院後の生活がその方の脳に別の問題を起こしてしまいました。病院では「家に帰るまでには少しでもよくなろう」とあんなに頑張ったのに、退院後はその目標がなくなった…マヒが残っている以上思い通りに外出はできません。はたから見るとそうでもないのですが、本人はしゃべりにくさが残っていると訴えます。「だから人の中には出られない…」
結局家に閉じこもる生活になってしまったのです。そうしているうちに家族が気付きました。
「意欲がなくなって寝てばかりいる」気になりながらも「脳卒中になったんですもの仕方ないかも」と思い直します。
でも、同じことをまるで平気な顔をして何度も話す。会話に入ってこないし、かと思うと唐突に違う話を始めてしまう。第一、表情がない!
「これはいくら何でも、何かが起きているかもしれない」
そう思いながらも、かといって、日常生活にはさして問題はないし、それどころかたまには、「その通り!」というような発言もあります。
家族は「後遺症なのか、それともボケが始まってしまったのではないか」という二つの思いの間で揺れ動くくことになりました。
たまたまその町の保健師さんに相談してみたのです。この保健師さんが、二段階方式をよく学んでいてくれたので、丁寧な説明ができました。
1.軽いマヒとしゃべりにくさは、今回の病気の後遺症で受け入れるしかありませんが、入院中にリハビリをがんばったように使い続けていないと、運動機能だけでなく脳機能も低下してしまうことになります。
2.意欲低下や、状況判断の悪さ、感動のなさなどは病気の後遺症では説明できません。病気でダメージを受けたのは左脳。今気になる症状は前頭葉の機能低下ですよ。
退院後の、目標や楽しみがなく変化のない生活で、前頭葉が元気をなくしてしまった状態です。
3.何をやるか一緒に考えましょう。まず散歩。
そこまで言ったところで、「散歩ならやれます!」と奥さんが応えてくれたそうです。

少し不自由があるので、夕方になって散歩に出かけます。河原の葦がちょっと茂っているところにつくと、二人で大きな声で歌を歌ったというのです。
言葉に支障があっても、歌うときには苦も無く発声できるということはよくあることです。
音楽の右脳は、ダメージは受けていないのですから音がずれるようなことはありませんし、歌う喜びを充分に感じることができます。
たまたま、夏の前だったのでこのような試みが無理なく実行できたのです。
そしてだんだん日が短くなるころに、家族がまず気づいたことは表情がよくなったことだといいます。

表情とともに、居眠りが減り、反応が機敏になってきました。同じことを繰り返ししゃべったり尋ねたりする(私はオルゴールシンドロームと名付けています)傾向にもブレーキがかかり、家族は改善を確信したといわれました。
テレビなどでよく言われていますが、臨床の先生方が「脳卒中を起こした後に認知症を発症する場合、これは血管性認知症と分類されるものなのですが、興味深いことに半年くらい後から起きてくることが多いのです」

半分正解。半分不正解!
「脳卒中後に認知症を起こすのは、半年後」これは正解です。臨床の先生だからこそいうことができる、正しい観察だと思われます。
「脳卒中(脳の血管が詰まったり出血したりした)を起こした後から認知症が発現したので、血管性認知症という」これは大間違いです。この診断が大手を振ってまかり通っています。
脳卒中後に支障が生じるのは、ダメージを受けた脳の場所が担っている機能で、これは後遺症というべきものです。
認知症の定義に「いったん完成した脳機能が、全般的に能力低下を起こし、社会生活や日常生活に支障を起こす」という表現があります。脳卒中の後遺症はそのほとんどは片側の脳機能低下で説明されるので「全般的に」ということに抵触してしまうのです。
ごくごくまれに特殊な部分に脳卒中をきたしてしまうと、激しい記銘力障害や見当識障害が発病直後から起きてしまいます。この二つの症状は認知症の症状ですから、これこそが血管性認知症と呼ばれるべきものです。これは脳卒中の数パーセントしか起こらないものです。

まとめましょう。
脳血管性認知症といわれているケースの場合、その大部分が、実は退院後の生活が「趣味も生きがいなく、交遊も楽しまず、運動もしない」ナイナイ尽くしの生活になってしまい、脳をイキイキと使わないための廃用性の機能低下をきたしたものであるということです。
これは、私たちが言うアルツハイマー型認知症の発病の経過に他なりません。その人が喜びや意欲を感じられるようなイキイキとした生活を取り戻すことによって、後遺症があってもその人らしい人生を全うできるということに早く気づいていただきたいと思います。
脳卒中の後遺症を抱えながらも、個展を開く人、ボランティアに励む人を見てください。例外なく充実した毎日を過ごしています!




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