水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

隠れたユーモア短編集-9- 一(いち)か八(ばち)か

2017年07月28日 00時00分00秒 | #小説

 これは、余りお勧(すす)め出来ないのだが、やろうとしたことが決められず、といって一刻(いっこく)の猶予(ゆうよ)も許されない進退(しんたい)極(きわ)まったとき、よしっ! …と、思い切ることを一(いち)か八(ばち)か・・という。なぜお勧め出来ないかといえば、この決断は、ある種のギャンブルで、失敗すれば、著名な俳優さんが唄っていたように、♪はい、それま~でぇ~よぉ~♪と、お釈迦になってしまうからだ。阿弥陀さまならいいが、御釈迦さまはお亡(な)くなりになられるから、いただけない・・という訳だ。まあ、薬師さまでも大日さまでもだが、そうは問屋が卸(おろ)さないから閉店になるに違いない。だから一か八かは、余程(よほど)のことがない限り、実行してはいけないのだが、そうも言ってられない場合だってある。
 ここは病院のカンファレンス室である。
「はっきり、申し上げましょう。成功の確率は20%です…」
「先生! お願しますっ! どちらにしろ助からない命なら、一か八か、やって下さい! 母を救って下さいっ!!」
「それで、いいんですねっ?!」
 医者は患者の息子に確認をした。息子はぅぅぅ…と涙を流し、頷(うなず)いた。
 そして、手術の日がやってきた。ここは、手術(オペ)中の前廊下である。患者の息子が長椅子に一人、心配げに座っていた。
「一か八か、か…」
 息子は小声でポツンと呟(つぶや)いた。そのとき、一人の老人が何やら呟きながら近づいてきた。
「ははは…退院で、やっと無罪放免かっ! よしっ! 今日は一か八かチャレンジだっ!」
 息子と老人の目が偶然、合った。老人が立ち止まった。
「手術ですか?」
「はい…」
「ご心配でしょうな」
「はい…」
「大丈夫! 私も半月前はこの中でした」
「えっ?」
「ははは…まあ、そういうことです。では?」
 老人は立ち去ろうとした。
「あの…、一か八かチャレンジって、おっしゃいましたよね?」
「ああ! お恥ずかしい。老人会で気があった看護師さんにプロポーズですよっ! どうなることやら。ははは…」
「大丈夫ですよ、きっと…」
「ははは…逆に元気づけられましたな。では…」
「どうも…」
 二人は別れた。
 その後、母親の手術は奇跡的に成功し、老人のプロポーズも奇跡的に成功した。一か八か・・は、やってみる価値はあるということだ。

                              


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