幽霊パッション 第三章 水本爽涼
第百五(最終)回
『ははぁ~~』
霊界司に命じられた霊界番人の光輪が一瞬、ピカッ! と閃光(せんこう)を放った。その瞬間、人間界の上山に異変が突如、起きた。俄かに意識が遠退き、上山は気絶したのである。
「課長!! 課長! …。亜沙美! 電話だ!」
「はい!」
岬は必死に上山を抱き起し揺さぶったが、上山の意識は戻らなかった。
赤い回転灯を輝かせた救急医療車が、けたたましいサイレンを鳴らして到着したのは、その七分後だった。上山は病院へ搬送され、気づいたときベッドに横たわっていた。
「ここは?」
正気に戻った上山は、岬に訊(たず)ねた。
「えっ? …って、もちろん、ご覧のとおり病院ですよ」
「…私は、なぜ、ここにいるんだ?」
「嫌ですね、課長。さっき、急に気絶されたんですよ、私のマンションで…」
「君の? ほう…、君のマンションへ行ったんだ」
「んっ? …って、その記憶もないんですか?」
「ああ…。君のマンションへ行くような用向きでも、あったのかなあ?」
「なに云ってらっしゃるんですか、嫌だなあ、課長。亜沙美が妊娠したっていうんで、会いにいらしたんじゃないですか」
「んっ? 亜沙美って?」
「また、ご冗談を…。私の妻ですよ」
「妻って、…君、結婚したの?」
「ははは…、参ったなあ~。仲人(なこうど)ですよ、課長は!」
「? そうだったか…。全然、記憶がないんだ。なんだか随分、前に戻ったような、そんな妙な気分だよ…」
事実、上山の記憶は幽霊平林が事故で死んだ日以降が完璧に消えていた。というより、当然それは霊界番人によって消されたのである。平林の事故以降の記憶だから、まったくの記憶喪失というのではなかった。
一方、こちらは霊界である。
『かような寸劇仕立てに致しましたが…』
『その程度でよかろう…。あとは、昇華の者の記憶じゃが…』
『はい。そちらも先ほど、消してございます』
『わはははは…、左様か』
霊界番人の報告に、霊界司は厳かな笑声で答えた。会話が途絶えると、大小、二つの光輪は、霊空の闇の彼方(かなた)へ瞬く間に消え失せた。
完
あとがき
もののけ、妖怪、幽霊、ゴースト…などは人が想像を駆使してこの世に創造したものである。人は、それらをもって奇なるもの、とした。これらが現実のこの世に存在するとすれば、それは怖く、恐れ慄(おのの)く対象となるだろう。この物語は、飽く迄も娯楽を目的として私が書き進めたものであり、このようなSF的事象が有り得るとは全く思えない。しかし、あって欲しい…と願う微かな望みも皆無ではないから、これが創作作業に携わる者の冥利とも言えるだろうか。前作「あんたはすごい!」を、さらにスピン・オフさせた部分も含め、面白おかしく、しかも気楽に完結へと導いた。そのプロット中には、社会風刺と、こうあって欲しいと願う人間社会の姿も一抹の望みとして描いたつもりである。無論、評論家諸氏のような苦言を呈するつもりは毛頭ない点だけはお含み願いたい。読者の皆さんには、ただお楽しみ戴くだけでいい程度の作である。
水本爽涼
2012.04.01~02