有名作曲家の尾平は頼まれた新人女性歌手の作曲をしていた。前庭の手入れをしていたとき、ふと浮かんだ旋律を忘れないうちに…と部屋へ駆け込んだ。駆け込んで採譜したまではよかったが、浮かんだ最初の旋律の続きが浮かばない。尾平は書き始めた譜面を机に置き、はたと考え込んだ。浮かばないものは浮かばないのだから仕方がない。尾平はすっかり気落ちし、沈み込んでしまった。^^ 浮かばないから沈んだ訳である。^^ そのとき、電話が鳴った。
「はい、尾平ですが…」
『先生、もう出来たんじゃないかな? と思いまして…』
音楽出版社の番記者からの電話だった。尾平は、牝鶏(めんどり)が卵を産むような訳にいくかっ! と一瞬、頭にきたが、そうとも言えず、「いや、まだだよ…」とだけ、幾らか気分悪げに返した。
『そうですか…。そいじゃ、早めに頼みますよ。なにせデビュー曲ですからね。ヒットをっ! と五月蠅(うるさ)いんですよ…』
「誰がっ!」
尾平は、また少し腹立たしくなり、グッ! と堪(こら)えた。
「誰とは言えませんが、上の方が…」
番記者は暗に会社の上役を暈した。チクッったことが発覚すれば立場が拙(まず)くなる…と判断したためだ。尾平はそれを聞き、雑念を浮かべた。
『上といえば、アレか…』
尾平は目星がついた人物の姿を思い描き、雑念を湧かせた。担当部長は顔見知りの雀友(ジャンとも)で、飲み仲間でもあった。
『あいつの立場を悪くするのもなぁ~』
そう思ったときである。尾平の脳裏に浮かばなかった続きの旋律がポッカリ浮かんだのである。
「浮かんだよっ! いったん切るよっ!」
尾平は電話を切ると、浮かんだメロディーの採譜をすぐに再開し始めた。そして数十分後、新人歌手のデビュー曲が完成した。[ある晴れた日の出に]である。^^
作曲の閃(ひらめ)きは雑念とは無縁で、浮かぶときには浮かぶもののようです。^^
完