夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

多くの方は『スマホ』を手に、時代遅れの私は『扇子』を手にして・・。

2013-08-19 12:18:24 | 定年後の思い
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の68歳の身であるが、
今朝、玄関の軒下に下り立つと、門扉の前の道路を働いてくださる諸兄諸姉の5人が通り過ぎた・・。
多くの民間会社にお勤めの方たちが、お盆の休暇明けとなり、
本日から出勤されている、と瞬時に感じたりした・・。

そして右手にスマホと略称されているスマートフォンを持ち、ときおり見ながら歩いている方もいたり、
中には立ち止まって、両手で操作されている方もいたり、
もとより職責が短期に成果を求められる時代の中、お忙しくて大変だなぁ、と思ったりした・・。
                    
私たち夫婦は恥ずかしながら、スマートフォンはもとより、
携帯電話さえも使えないので、やむなくインターネットは『フレッツ』の回線で、パソコンを利用している。
或いはフェイスブックとかモバイルパソコンに無縁で、無線のモバイル情報機器に遠い世界のようなことと思い、
このような稀(まれ)な国民のひとりとなっている・・。
        

私は1998〈平成10〉年の当時、音楽業界のあるレコード会社の管理畑に勤めていたが、
この少し前の年の頃から、若手の20、30代の世代が携帯電話を使い始めいたが、
50代の私たちも、いずれは携帯電話を利用しなければ、と思っていた。

この数年前の頃から音楽業界はリストラの烈風となり、
私は1999〈平成11〉年の初春に、取引先の物流情報会社に出向となった。
勤務した職場は、音楽のCD、DVDなどの商品をソフトの販売店に出荷、返品など取り扱う商品センターで、
私を含めた管理の正社員の5名の基で、契約・パート社員の男女120名前後で対応した。

東京ドームより少し広い商品センターの中で、連絡事項などはマイクを通して拡声器、もしくは電話などで通達し、
携帯電話も要求されない現場で奮闘し、
この出向先で5年半ばかり勤め、2004〈平成16〉年の秋に定年退職時を迎えた。

この間の世の中は、多くの方が携帯電話が愛用する時代となったが、
私は定年後の年金生活の中で、何かの機会で覚えればよい、と思ったりしていた・・。
          

私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
私は携帯電話に興味がなく、今日まで至っているが、
5年前の頃から、私たち夫婦のどちらかが、ボケる前には、
迷子のように、私はどこにいる・・と確認できるGPS機能の携帯電話が必要かしら、と思ったりしている。

こうした中で、新聞に添付されるチラシの一部に、携帯電話からスマートフォン時代となり、
各社の広告が入っているので、ときおり私たち夫婦は見たりし、思案するばかりで今日に至っている。


私は定年後の年金生活の中で自主的に日常の買物担当となり、
殆ど毎日のように独りでスーパーなどに行ったりした後、散策をすることが多い。
こうした時に、住宅街の中の道を歩いたり、或いは川沿いの遊歩道、小公園などを散策して、
ときには小学校、中学校の時代に通学した旧街道を歩いたりしながら、季節のうつろいを享受している。

この暑い時節は、夏用のストレッチパンズの長ズボンの数種類、アロハシャツかスポーツシャツの半そで、
そしてウォーキング・シューズとなり、夏用の帽子を深めにかぶり、サングラスをして、
紳士用の小物入れのB5サイズのショルダー式バックを斜め掛けをし、
扇子〈せんす〉を扇〈あお〉ぎながら、颯爽と歩くことが多い。
          
たまたま10日前、買い物で駅前のスーパーに行った時、
駅前の広場で本屋に寄るか、コーヒーショップの『ドトール』でアイスコーヒーを飲むか、
と私は扇子〈せんす〉を扇〈あお〉ぎながら、思案していた・・。

こうした時、若き30代の男性は前かがみでスマートフォンを両手に持ち歩いたりしていた。
このお方の近くの若き女性も、同じようにしぐさをしていて、私は微苦笑させられた。
そして私は、時代が違うなぁと思い、扇子を扇〈あお〉ぎながら、本屋に向った。

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