田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も10年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

地域生涯学習活動実践交流セミナー

2017-02-23 21:20:54 | 講演・講義・フォーラム等
 少々長くて硬いネーミングのセミナーであるが、昔取った杵柄ということもあり、道民カレッジ受講者も参加対象に加えていただいたことで参加してみようと考えた。現在、社会教育関係者が抱えている課題について少しは理解できたように思えたセミナーだった。 

               

※ ちょっとしたアクシデントがあり、予定していた冬季アジア大会のバイアスロン競技の観戦がかなわなくなった。残念!ということで別な話題を…。 

 2月16~17日の両日、かでる2・7において、表記セミナーが開催された。参加対象はあくまで社会教育行政の関係者たちだったのだが、私たち道民カレッジ受講者に対しても門戸が開かれたセミナーだったので参加してみようと思った。というのも、私は現職時代にわずか6年間ではあるが、社会教育行政を経験させてもらったという過去があり、懐かしさも手伝って参加を決めた。

 セミナーのテーマは「人口減少問題に対応した社会教育行政の在り方~行政間連携と地域住民との協働に向けた方策について~」というものだった。
 日程はかなり細かく分かれていた。一日目が講義、報告、事例研究、分科会。二日目が分科会、全体会、シンポジウム(対談、特別講演)となっていた。

 日程の全てをレポすることはとてもできない。そこで私から見て特に印象的だったことに絞ってレポしてみたい。

               
               ※ NPO法人グランドワーク西神楽理事の谷川良一氏の事例報告の様子です。

 一つは、事例研究ということで発表された「NPO法人グランドワーク西神楽」の発表である。このNPO法人の取り組みは行政に頼らず、住民自らが積極的に地域づくりを実践している事例である。
 西神楽は旭川市の一地域であるが、そもそもは阪神大震災の際に被災児童を企業・行政とパートナーシップを結んで受け入れたことかに始まったという。(東日本大震災のときもさらに多くの被災児童を受け入れている)
 そのことを機に、地域のパークゴルフ場を自分たちで造成し、管理し、自己資金を作ることができたそうだ。それからは、地域に起こる様々な課題に対して自分たちで解決するという姿勢で活動しているという。
 その活動ぶりを如実に物語るのが7つの専門委員会の存在である。その専門委員会とは、◇地域の環境と景観を考える専門委員会、◇農業と未来を考える専門委員会、◇地域の歴史と遺産を考える専門委員会、◇子供たちの健全な育成を考える専門委員会、◇NPOの事業を考える専門委員会、◇西神楽さと川パークゴルフ滋養運営管理委員会、◇地域の高齢者福祉を考える専門委員会、とある。
 これらの専門委員会の中には事業を起こして、地域にさまざまなサービスを提供しているという。そしてそこには高齢者たちの雇用も生み出している。
 平成26年度でNPO法人では年間1億円を売り上げ、40名を雇用しているそうだ。
こうして、行政に頼らず、時には行政を巻き込み、地域づくりを行っているという素晴らしい実践に触れることができた。
 一度、西神楽地区を訪れてみたいと思った。

 次に印象的だったのは、「人口減少問題に対応した社会教育行政の在り方」と題した、対談と特別講演だった。
 対談は、地域の社会教育に対して全国的な視野からアドバイスする「人と組織と地球のための国際研究所」の川北秀人氏と、財政破綻によって人口減少が顕著な夕張市の社会教育主事の木村愛氏の二人が対談した。
 主として川北氏が木村氏に質問する形で対談は進められた。
 その中で木村氏が語ったことが印象的だった。「確かに破綻によって、金も場所も失い、多くの人も去ったが、残った人たちが一緒に起ち上がってくれた。見方を変えれば、破綻によって本当の社会教育が実践できているとも思う」と語ったが、その言葉は、ある意味これからの地域の社会教育行政の在るべき姿を語っているようにも思えた。

               
               ※ 私が参加した分科会「開講15周年を迎えた今後の道民カレッジを考える」という分科会の様子です。
                
 その他にも多々参考になることがあったが、すべてをレポすることはできない。
 「人口減少問題」は、特に北海道の地方においてはその傾向がすでに顕著に表れていて、待ったなしの問題だともいえる。
 それは社会教育行政のみならず、地方の行政にとっては喫緊の課題でもある。
 私が社会教育行政に携わっていたころは、地域住民の学習意欲の喚起を命題とはしていたが、まだどこかに悠長さが漂い、真剣さが足りなかったようにも思われる。しかし、今は地域住民が、自らの地域課題に対して真剣に学び、解決していくことが望まれている。 
 そうした状況にあって、社会教育関係者はいかに「住民の学びを喚起し、地域の課題解決に結び付けてゆくか」、そのコーディネイト力が問われているということなのだと私は理解したのだが…。
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冬季アジア大会 ショートトラック

2017-02-22 18:59:30 | スポーツ & スポーツ観戦
 冬季アジア大会のショートトラックの最終日を観戦した。残念ながら日本勢は振るわず韓国勢の圧勝だった。初めてライブで観戦したショートトラックだったが、ライブならではの発見がいくつもあった見応えのある初観戦だった。 

          

 レポしたい事柄がいくつもあるのだが、スポーツの観戦結果は新鮮なほど価値があると思われるので、順番を替えて本日の模様をレポートすることにした。

 もともと冬季アジア大会にはそれほど関心はなかった。というのも、札幌ではこれまでワールドクラスの大会を何度も観戦してきたので、レベルがかなり下がると思われるアジアの冬季スポーツ大会には興味が持てなかったというのが正直な気持ちだった。(ショートトラックはアジア勢が世界のトップクラスかな?)
 それでも大会が始まると報道も俄かに増えてきて、多少は関心を持ち始めていた。
 そうした中、スケジュール的に今日22日と明日23日が空いていることに気付いた。それならば、せっかく札幌で開催されているのだから、一つや二つ見てみようと思い立ったのだ。
 そうして選んだ競技が「ショートトラック」と「バイアスロン」だった。
 その理由は、これまで観戦経験のない競技であり、今後もそれほど観戦する機会がないのでは、と思われたからだ。

          
          ※ 選手たちはコーナーぎりぎりを手を付きながら回っていきます。選手の脇の下にコーナーブロックが見えます。

 ということで、本日(22日)午後から真駒内屋内競技場で行われたショートトラックの第三日目(最終日)を観戦した。
 この日の種目は、男女1000mの予選、決勝と、女子リレー3000m、男子リレー5000mの決勝の4種目だった。
 結果を先に言うと、金メダルは、1000mは男女ともに韓国、女子リレーも韓国、男子リレーだけが中国が制するという結果になった。男子リレーにしても最後まで中国とのつばぜり合いだった。
 日本勢はというと、女子1000mで銅メダル、男子リレーで銅メダルという結果だった。
 韓国の際立つ強さは、例えば男子1000mで1~3位まで独占するという強さだった。

         
         ※ 会場内には選手たちの体の体を冷やさないためにトレーニングバイクもありました。
         
 さて、ライブならではの発見であるが、先ずは、
①入場時のチェック体制の厳しさである。飛行機の搭乗と同様のチェック体制が取られていた。屋内で行われる国際大会ということでの厳戒態勢だったのだろうと思われた。

          
          ※ 真駒内屋内競技場前のセキュリティチェックのテントです。

          
          ※ セキュリティーチェックの様子です。

 ②は底冷えする寒さである。以前アイスホッケーの観戦で懲りていたので、スノーシュートレッキングのときより上下ともに一枚多く着込んで行ったのだが、それでも観戦中はずっと寒さを感じていた。

          
          ※ 私と同じような観戦動機の方が多かったのでしょうか?予想以上に観客が入っていました。
          
 ③は競技に関わってであるが、ショートトラックは一周111.12mのコースで競われるのだが、1レース毎にコーナーのブロックが移動されることを知った。つまり氷がスケートによって削られるコーナーを1レース毎に移動していることを知った。さらには、新たにブロックが設置されると、選手が滑ると思われるコースにバケツ(これが面白いが)で水を撒いていたのは何故なのだろうか?

          
          ※ 1レースが終わるたびに、写真のようにブロックを移動してコーナーの位置を変えていました。

          
          ※ コーナーブロックの設置が終わると、写真のようにバケツに入った水を撒いていました。

          
          ※ 種目と種目のインターバルにはご覧のような製氷機が活躍していました。

 ④は些末なことではあるが、予選から準決勝までは出走選手の紹介はしてもヘルメットをかぶったままなのに対して、決勝戦だけは出走選手はヘルメットを脱いで紹介に応えるという規定(?)もあるようだ。

          
          ※ 国際大会らしくさまざまな国の応援団が。写真は健闘したベトナム選手に大声援を送る人たちです。

          
          ※ こちらはタイからの応援の方のようです。横の人はカザフスタン人です。

 初観戦しての感想であるが「意外に面白い!」というのが率直な感想である。その理由は単純に目の前で競争が展開されるからである。スビートスケートと違い、タイムではなくあくまで順位が大切というところが見ていても面白い。日本選手が上位争いをするシーンでは思わず力が入った。

          


 男子1000mの準決勝でショートトラックならではの闘いを見た。レース後半、韓国の選手が1位、中国選手が2位、韓国選手3位という順でクライマックスを迎えていた。1位を走る韓国選手は2位の中国選手が前に出るのを抑えている間に3位だった韓国選手が二人を抜いて1位でゴールに入った。続いて2位には、それまで1位だった韓国選手が入り、韓国のワンツーフィニッシュとなって、1・2位ともに決勝進出となった。韓国のチームワークの勝利である。

          
          ※ 日本のホープと目された吉永一貴選手です。残念ながら準決勝で敗退しました。

          
          ※ 各国選手のユニフォームは、国旗をモチーフにしたもの多かったようです。右は日本選手、左は中国選手です。

 リレーは見慣れない者が見ると、よく分からないほど雑然とした感じの中で行われる。何せ出場4チーム、16選手が絶えずリンクを回りながら選手交代をするのである。それはもう目まぐるしいばかりである。よく衝突などの事故が起こらないもの、と素人は思ってしまうのだが、男女ともにそうしたこともなく順当に競技を終えた。

 今後、ショートトラックの競技を生観戦する機会などないかもしれないが、テレビ観戦する場合でも今までとは少し違った思いで観戦できるかもしれない。

          
          ※ リレーのスタート直後の様子です。

          
          ※ リレーで選手が交代するところです。バトンなどはありません。

 さあ、明日はバイアスロンである。今度は屋外での観戦だ。寒さ対策を考えねば…。
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冬の石狩川河岸を遡る 22 後編

2017-02-21 20:15:03 | スノーシュートレッキング
観魚橋 ⇒ 旭橋   トレッキング実施日 ‘17/2/15

 旭川サイクリングロードの快適なスノーシュートレッキングで楽勝と思われたのだが、そうは問屋が卸してはくれなかった。この日の後半は難行苦行の半日だった。雪は重くなり、その上スノーシューの裏に張り付く雪に私の体力は急速に奪われていった。 

               
               ※ 河川工事の現場から「近文大橋」を写す。

 サイクリングロードがぷっつりと途切れてしまった後、私は河川工事の邪魔をしないように、工事現場からできるだけ離れてトレッキングを続けた。
 すると、河川工事について説明された表示が目に入った。そこには「水門工事を行っています」と書かれ、さらにはその工事が石狩川の支流の「ウッベツ川」の工事であることが判明した。
 とすると、石狩川はその向こうになり、私は河岸から離されたことになる。
 進むコースを石狩川の堤防と思われる方へ進路を変えた。

               
               ※ 工事現場の近くにはこのような表示がされていました。

 しばらく行くと、歩くスキーを付けた一人の人に出会った。彼は私とは反対に市街地の方から歩いてきたようだった。そして、サイクリングコースに入るポイントを探していたので、私が通ってきた道を行くと良いことをアドバイスした。
 一方、私は彼が付けたスキーのシュプールを辿って旭川の市街地を目ざした。

               
               ※ 市街地からやってきた歩くスキーの人のシュプールを辿って市街地を目ざしました。

 この辺りからは、今もって分からないのだが、シュプールの跡を辿っていくと、石狩川との間に大きな壁のようなものが現れた。その壁は高さ15~20mくらいあると思われ、とても上って越えられそうな壁ではなかった。
 石狩川が見えず、近寄れず悶々としながらも前進を続けた。悪いことに雪温が上がっていたこともあってか、この辺りから雪が重く感ずるようになっていた。GPSで確認すると、この日の大きな目的であった美瑛川・忠別川と石狩川との合流点が過ぎてしまっているようだった。
 しかし、壁上には上れない。しかたなくその壁の下を上流を目ざして前進していると、突然壁が終わりになった。
 私の素人考えでは、合流点のところは大雨など増水した際に、堤防の決壊を避けるために一時防水堤として造成された壁なのではないかと想像した。

 ※ これまでもそうだったが、苦しくなり余裕がなくなると、写真の数が極端に少なくなる。この日も苦労した大きな壁の写真が一枚も撮れなかったことに気付いた。べたつく雪との必死の闘いが続いていたのだ。

 その時点で美瑛川・忠別川と石狩川の合流点ははるかに過ぎていた。しかし、私にとってはこの日の大きな目的の一つだったので、壁の終点から壁に上って合流点を目ざして逆進することにした。壁の上はさらに雪温が上がっていたのだろうか?スノーシューの裏に雪が付き始めた。こうなると、スノーシューは極端に重くなり、前進するスピードはガクンと落ちる。

 壁の上を20分くらい逆進しただろうか?ようやく目的の合流点に達することができた。
この時13時。振り返ると11時20分に通過してきたはずの「近文大橋」がそれほど離れたところでないところに見えていた…。この間でいかに苦戦したかを表していた。

               
               ※ 忠別川と石狩川の合流点です。上側が忠別川、下側が石狩川です。
                しかし、正確には合流点の前にできた中州の先の部分のようです。

               

 ところで、旭川は「川の街」ともに言われるが、市内に石狩川、忠別川、美瑛川の3本の大きな川が流れている。それらは、まず忠別川と美瑛川が合流している。その合流した川が今度は石狩川と合流して1本の川となって下流に流れている。
 この忠別川と美瑛川が合流し、石狩川に合流するまでのわずかに1km程度の短い区間の名称はどうなっているのかマップでは分からなかった。そこでこの点についても北海道開発局に尋ねたところ、このわずかな区間は「忠別川に属する」との回答だった。
 したがって、石狩川と合流しているのは忠別川ということになる。

 合流点をカメラに収め、私は最後の目的地「旭橋」を目ざした。相変わらずスノーシューの裏に付く雪には悩まされた。
 そんな中、まず現れたのがJRの鉄橋である。JRの鉄橋を超えると、もう旭川市街の中心地に入ってきた様相だった。河岸が整備されているような感じだったからだ。

               
               ※ 石狩川に架かるJRの鉄橋です。

 続いて、13時35分に「旭西橋」、14時05分には「新橋」と通過していった。この辺りになると、クロカンスキーの練習をする人がいるらしい。シュプールの跡が見えて雪が固まっていて、スノーシューに雪が付かなくなった。ホッ。

               
               ※ 市街地が近づくにつれ、河原はこのように整備されてきました。

               
               ※ 「旭西橋」です。

               
               ※ こちらは「新橋」です。

 遠くに特徴のあるアーチ形の「旭橋」が見えてきた。湿雪と付き雪で体力を消耗していた私だったが、14時25分、ようやく「旭橋」の袂に着き、長い長い旅路を終えた。

               
               ※「新橋」を超えると直ぐに、このように「旭橋」が見えてきます。

               
               ※ 「旭橋」の優美(?)な全景です。

               
               ※ お約束のわが愛機と「旭橋」です。

               
               ※ 「旭橋」は車道と歩道が、ごらんのような鉄骨で区切られていました。鉄骨の右側が歩道です。

 時計を見るとバス時間が迫っていた。感慨に浸る間もなく、15時旭川バスターミナル発の都市間バスに間に合わせるために、私は旭川の市中をスノーシューを抱えたへんてこな格好でターミナルに急いだのだった。
 息をぜいぜい言わせながら、私は車中の人となった…。

     
     ※ スタート地点付近に赤い〇が二つ書かれていますが、「観魚橋」バス停は右側のしるしです。

 ※ この日の総歩数 26,580歩  距離換算 19.88Km

 ※ 少し時間をおいて、この「冬の石狩川河岸を遡る」シリーズ22日間を振り返ってみたいと思います。
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冬の石狩川河岸を遡る 22 前編

2017-02-20 17:02:12 | スノーシュートレッキング
観魚橋 ⇒ 旭橋   トレッキング実施日 ‘17/2/15

 この日(2月15日)はスタートして間もなく、対岸の右岸にわたり快適な旭川サイクリングロードの雪上トレッキングとなった。スノーシューは適度に沈むものの快調にトレッキングを続けた。このまま楽勝かと思ったのだが…。 

 2月14日(水)、ホテルの朝食は7時から、バスは7時30分発。私はそそくさと朝食を摂り、朝一番のバスに飛び乗り、昨日のゴール地点の「観魚橋」バス停に向かった。

               
               ※ 「観魚橋」バス停にザックを引っかけて、トレッキングの準備をしました。
 
 バスの車内には朝陽が射し、天気は問題なさそうだった。
 8時少し前、「観魚橋」バス停に降り立ち、トレッキングの準備を整え、8時05分この日の行動を開始した。

               
               ※ この日初めて目にする石狩川です。

 歩くのは、昨日同様に石狩川沿いに造成された国道12号線と並行してさらに河岸を走る旧国道である。
 ライブレポでも記したが、前日同様この日もシカの群れに何度も歓迎(?)された。
 旧国道上には、シカたちが何度も何度も行き来するために立派な(?)獣道ができていた。

               
               ※ まるで人が何度でも歩いた跡のようにくっきりとできたシカたちの足跡です。

               
               ※ シカたちは基本的に巣を持たないはず、木の枝の下に固まって夜を過ごした跡ではないかと思われます。

 スタートして間もなく「観魚橋」という表示が目に入った。
 実は、バス停名の「観魚橋」というのが橋の名前だろう、と思ってはいたのだがマップ上に表記がないため、その存在に半信半疑だったのだが、橋の名を見て胸のつかえがとれた思いだった。

               
               ※ 「観魚橋」という表示を見て、胸のつかえがとれた思いでした。

 やがて遠くに「伊納大橋」が見えてくると、それまであった旧国道が途切れ、私は現在使われている国道に導かれた。ほんの短い区間ではあったが、国道の歩道を通って「伊納大橋」を渡り、右岸に移動した。

               
               ※ 行動開始後30分後くらいに、遠くに「伊納大橋」が目に入ってきました。

               
               ※ 左側は石狩川が迫り、右側に走る国道12号線に押し上げられました。

 何度も記したが、私はこの「冬の石狩川河岸を遡る」プロジェクトは特別の事情がないかぎり右岸を歩いてきた。今回も事前に旭川市に問い合わせて「伊納大橋」以降は大丈夫とのお墨付きを得て、右岸に移ることにしたのだ。

               
               ※ 「伊納大橋」の橋の上から見た石狩川です。まだまだ川幅が十分に広かったです。

               
               ※ 渡り終えた右岸から見た「伊納大橋」です。

 右岸は、これも何度も触れたがJR旧函館線跡を利用した「旭川サイクリングロード」が走っていた。私はその存在を知ったとき、石狩川沿いを走るこのサイクリングロードをトレッキングしたいと思っていた。
 サイクリングロードは期待どおり平坦でとても歩きやすかった。前日とは違い、石狩川を右手に見ながらのトレッキングとなった。

               
               ※ 旭川サイクリングロードは写真のとおり平坦で歩きやすいコースが広がっていました。

 旭川が近づいたからだろうか?対岸には河岸に住宅が目立つようになってきた。対して私が歩く右岸には住宅などの建物は全くと言ってよいほど目に入らなかった。

               
               ※ 旭川が近づき、対岸には民家が並び始めました。

 「伊納大橋」から右岸に移って、快適なトレッキングを続けるここ約1時間、この日石狩川に架かる二つ目の橋「江神橋」に到達した。
 サイクリングロードは堤防の外側に造られていて、石狩川が目に入らなくなったので堤防を上り、堤防上を往くことになった。
 しかしまた、いつの間にかサイクリングロードと合流してトレッキングは続いた。
 かなり旭川市街に近付いた証拠だろう。私の前に散策したスノーシューの跡も見えるようになって来た。

               
               ※ 石狩川が大きく湾曲している部分でしたが、遠くに「江神橋」が見えます。

               
               ※ 「江神橋」の袂のサイクリングロードはJR函館線と並行して橋の下をくぐっていました。

               
               ※ サイクリングロードを離れ、堤防に出て「江神橋」をパチリと。

               
               ※ 旭川の市街が近づき、他の人が歩いたスノーシューの跡が見えました。左端はシカの足跡かな?

 そして「江神橋」から1時間くらい経ったとき、サイクリングロードに通行止めの柵と標識が取り付けられていた。どうやら、台風などで崖が崩壊したためにサイクリストが入り込まないように措置されたもののようだった。

               
               ※ 旭川サイクリングロードは現在使用が禁止されている(夏期間)ことがこの表示で再確認できました。
 
 通行止めの標識が少し行くと、ライブレポでもレポートしたが、川中に大きな岩があり、アイヌの伝説では星が落ちてできた岩という言い伝えで「ノチュ(星)」と呼ばれていたそうだ。

               
               ※ 川の中にこのような大きな岩があると目立ちますね。

それから間もなく、この日三つ目の橋「近文大橋」に到達した。

               
               ※ かなり交通量が多い「近文大橋」です。

 「近文大橋」を過ぎたとき、石狩川の川中では大型機械が何台も動いてなにやら工事が行われていた。(後から知ることになるのだが、この河川工事は石狩川と並行するように流れている支流のウッペツ川の水門建設工事ということだった)
 そして「サイクリングロードは河川工事のために、この先で中断します」という表示が出ていた。そしてその先、サイクリングロードはぷっつりと途切れていた。

               
               ※ 石狩川の川中(と思ったのですが)では大型機械が投入され、大規模な河川工事が行われていました。

 この時11時20分、私はここで一息入れ、この日の後半に臨んだのだが、ここまで順調だっただけに、ここから先に大きな試練が待ち受けているとは露ほども思っていなかったのだが、現実は厳しかった…。(続きは後編にて)
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映画 白痴

2017-02-19 22:58:07 | 映画
 ご存じロシアの文豪ドフトエスキーの小説「白痴」を、日本映画の名匠・黒澤明が昭和26年に映画化したものである。原作の舞台ロシアを、札幌に置き換えて制作されたものだが、上流階級(と思われる)の愛憎劇に関心はなく、どこか白けながら見た映画だった。 

                  

※ トレッキング噺ばかり続いては食傷されるのではと思い、トレッキングに出かける前に参加した映画会についてレポートすることにした。

 2月13日(月)午後、「めだかの学校」の「映画の中の北海道」が開かれ、今月は昭和26年に制作された「白痴」が取り上げられた。
 「白痴」は、黒澤監督がメガホンを取り、原節子、久我美子という当時の美人女優が共演していることからも、その筋については多くの人がしるところと思われるので、詳しくは触れないことにする。

               
               ※ 原節子と白痴役の森雅之の二人です。

 要は、原節子、久我美子という境遇は違うが周りからも美しいとみられ、他の男性からも言い寄られるような二人の女性が、森雅之演ずる癲癇性痴呆で自ら“白痴”だと称する男の純粋で無垢な男に惹かれていく様を描いた映画である。

               
               ※ 久我美子と森雅之の二人です。

 どうも私は“芸術“とやらを理解し、楽しむ能力(感性?)に著しく欠ける男のようである。川瀬直美監督とか、北野武監督とかが外国映画祭において受賞したという作品を見てもその良さを感得できないのだ。
 そうした芸術性豊かな作品を数多く産み出してきたのが黒澤明監督であるが、私はまた彼の良さも今一つ感得することができないのだ。
 それはこの映画においても例外ではなかった。
 私は166分の映画を観続けながら、どうしてもその中に入っていけない自分を感じていた。

 それは何故なのだろう?と考えてみた。私が映画に求めることは、まず分かりやすさである。人間関係とか、ストーリーの設定とか、…。
 そして今一つの求めるのはエンターテイメント性である。
 芸術作品と称される映画には、この二つが欠けている場合が多いのではないだろうか。
 こうした類の映画においては、人間関係などを分かりやすく描くことなどに時間をかけていられないということか。あるいはその辺りは観る方が咀嚼せよ、ということか?
 また、多くの一般大衆が面白がる内容など、芸術を志向する場合には無駄なことだということか?

                  
                  ※ 私の文章では触れていないが若き日の三船敏郎も重要な役で出演しています。

 そういえばこの「白痴」は、当初4時間25分の長編であったものが、親会社の松竹の意向で2時間46分に短縮されて公開されたという。そのあたりも私には分かりにくい原因となった一つなのかもしれない…。

 ただ、札幌人としてこの映画を観れば、昭和20年代の札幌の街(冬の街)が活写されていて、それはそれで興味深いものだった。

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冬の石狩川河岸を遡る 21 後編

2017-02-18 16:10:56 | スノーシュートレッキング
神納橋 ⇒ 観魚橋   トレッキング実施日 ‘17/2/14

 この日の後半はおおむね旧国道を往く非常に楽なトレッキングだった。エゾシカとの遭遇を楽しみながらのトレッキングが続いた。しかし、ただ一か所だけ非常にスリリングな場面に遭遇し、冷や汗を流した私だった…。 

 「夢殿観世音菩薩像」を過ぎてからは、エゾシカ天国(?)に迷い込んだようだった。向こう岸にも、こちら側にも次々とシカの群れが現れた。さすがに私が歩く左岸側で遭遇した群れは、ボス(リーダー)の甲高い鳴き声を合図に、一斉に逃げ去ってしまう。
 しかし、向こう岸だと、さすがに安心するのか甲高い鳴き声はするものの、じーっとこちらを見てはいるが直ぐには逃げないので、何度かその姿をカメラに収めることができた。

               
               ※ 対岸の崖のところにいたシカです。(下の写真も)意外に小さいようにも思えるのですが…。
               

               
               ※ 何か動物の巣の入口と思われます。キタキツネではないかと思うのですが…。

 周りの背丈の低い木々は悲惨である。ことごとくシカたちの食料にされ、木の皮が剝がされていた。シカたちにとってもエサの少ない冬を越すのに必死なのだろう。私の行く手には彼らが何度も行き来するためか、しっかりとした獣道ができていた。

               
               ※ 写真のようにシカが届くところの低木はことごとくといってよいほど、木の皮が剥がされていました。
               

 神居古潭と旭川の間の旧国道12号線は、石狩川沿いの河岸ギリギリに道路が造られていた。その後、道路の直線化・複線化、それに伴うトンネル化など改良が進んで現在のような道路になった。
 そこで河岸ギリギリに造成された旧国道は、現在自転車・歩行者道路として利用されているようである。私の行く道はここだった。

               
               ※ 写真のように橋梁状に造られた国道12号線が石狩川の川岸ギリギリを走っていました。
          
               

                         
 ところが、神居古潭側の一部は道路を複線化(二車線化)するための土地がなかったようで、橋梁のようにして道路が造られ石狩川にせり出すような形になっていた。私は当然その橋脚部分を進まねばならなかった。
 はじめのうちは良かった。まだそれなりの幅があり、余裕をもって進めた。次第に川岸が迫り、橋梁の下を歩くようになった。橋梁のところが屋根のように私を覆い始めた。
 私は絶えず前方に注意しながら、果たしてずーっと前進できるのか、半信半疑で進んだ。もし前進できないようなところに遭遇したら引き返すしかない。

               
               ※ 私は橋脚の横を進むことを強いられました。

 そんなときだった。前方に足の置き場が幅20センチくらいしかないところに出くわした。
 幅20センチというとスノーシュー片足がようやく乗る程度である。「どうしょう?」と考えた。もし落下したら2メートル下である。幸いそこは直ぐに川ではなく、石原だった。落ちても大怪我はすまい。そう判断し、前進を決断した。
 幅20センチでは足を交差することもできない。私は左足を前にして、体はできるだけコンクリートにもたせ掛けるようにして、左足をずらしながら前進させ、そこに右足を摺り寄せるという方法で前進した。
 20センチの幅は、バランスを崩すだけで真っ逆さまである。恐る恐る、ジワリジワリとまるでナメクジのように進んだ。長さにして10メートルもあっただろうか?そこをおよそ10分もかけて渡り終えた。渡り終えた私は全身汗びっしょりだった。

               
               ※ 恐怖の20センチ幅の橋脚です。渡る前(上の写真)と渡った後(下の写真)、その狭さが分かっていただけると思います。
               

 難関を乗り越え、一休みすることにした。そこにはちょうどビールの空きケースのようなものが転がっていた。おまけに頭上は橋梁が覆っている。座って休憩できるとは、これまでのスノーシュートレッキングでは最上の休憩場所だった。
 持参の熱い紅茶で喉を潤し、この日後半のトレッキングに再スタートしたのは11時30分だった。

               
               ※ 橋梁下の絶好の休憩ポイントでした。青いプラスチック箱に腰かけて…。

               
               ※ 私のトレッキングの友のポールとザックです。プラスチック箱の上のものはタオルに包んだステンレスボトルです。
                熱い紅茶を冷やさないように、専用ケースをさらに包んで保温に努めました。

 再スタートして間もなく、橋梁部分から離れ、旧国道上を往く楽なトレッキングに移った。
 再スタートから30分後、石狩川を跨ぐような施設が目に入った。以前に見た「北空知頭首工」のような施設である。傍に寄ってみると、「神竜頭首工」と掲示され、灌漑用の施設であるとの説明も書かれていた。
 しかし私の中では疑問が沸いた。「神竜頭首工」の両岸は鋭い崖が迫っている。どこにも灌漑するような田畑は見当たらない。いったいどこへ灌漑するのだろう、と…。
 疑問に思った私は、帰宅後北海道開発局に電話をして尋ねた。すると、「神竜頭首工」で取水した水は導水管によって、旭川、あるいは深川、滝川方面まで運ばれ、そこの田畑に導かれているという回答だった。その個所が頭首工を造成するのに適した地形だったということか?

               
               ※ 対岸には「旭川サイクリングロード」の表示が…。本当にトレッキングは不可能だったのだろうか?

               
               ※ 旭川、深川、滝川地方に農業用水を供給する「神竜頭首工」です。

 頭首工を過ぎると、スノーシュートレッキングを楽しむための絶好のステージだった。新しい国道は「春志内トンネル」という直線状のトンネルを往くが、旧国道はトンネルを巻くように石狩川沿いを往く。そこが自転車・歩行者道路として整備されているため灌木なども生えていない。
 エゾシカとの遭遇を楽しみながらのトレッキングが続いた。

               
               ※ 旧国道12号線は、写真のような表示が立てられ、スノーシュートレッキングを楽しむには絶好のステージでした。

               
               ※ 旭川が近くなってきたせいか、スキーのシュプールが残っていました。右側2本がシュプール。左側はシカの足跡です。

               
               ※ 最も近くで撮ることのできたシカの姿です。

               
               ※ 私の姿に慌てて崖上に逃げるシカたちです。


 問題は場所がはっきりしないバス停である。一応の目星はつけてきているものの、そこを見逃すと大変なことになる。
 新国道が春志内トンネルを抜けて、旧国道と並行するように走るようになった。
 すると、私が目的としていたバス停の一つ手前のバス停「春志内」が目に入った。
 これで一安心。後は送電線の近くにあるであろう「観魚橋」のバス停を見つけることができればOKである。

               
               ※ 目安にしていた送電線が頭上を向こう岸まで延びていました。

               
               ※ この日最後の石狩川の姿です。

 さらに前進を続けた私は、14時20分、無事に「観魚橋」バス停を見つけることができ、スノーシューを脱ぎ、14時56分発「深旭線」の路線バスで、この日の宿泊先の旭川に向かったのだった。

               
               ※ 最後はお決まりの愛機を「観魚橋」バス停と共にパチリと…。

     

 この日の総歩数 22,381歩   距離換算 16.87Km
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冬の石狩川河岸を遡る 21 前編

2017-02-17 21:38:30 | スノーシュートレッキング
神納橋 ⇒ 観魚橋   トレッキング実施日 ‘17/2/14

 およそ半月ぶり、今シーズン最後のスノーシュートレッキングの予定でこの日の早朝から行動を開始した。久しぶりの雪の上はやはり心地良い。思いもしなかった(私の勉強不足故)神居古潭の竪穴住居遺跡や水管橋、さらにはエゾシカの群れに遭遇するなど、変化に富んだトレッキングを楽しんだ。 

 2月14日(火)、朝6時35分、札幌駅発L特急スーパーカムイで深川に向かった。
 まだ明けやらない空はどんよりと曇っている感じだった。

               
               ※ 朝7時40分、降り立った深川駅前です。冬の鈍い朝日が駅舎の窓を照らしています。

 7時40分、深川駅に到着し、直ちに近くの深川市立病院前に移動し、8時10分発の旭川行き路線バスで、スタート地点の「神納橋」バス停に向かった。
 8時45分頃バスを下車し、用意を整え行動を開始したのはちょうど9時だった。

               
               ※ この日のスタート地点の「神納橋」です。

 トレッキングを始めて河岸に出て、石狩川を左手に眺めながら進むと対岸に水利施設のようなものが目に入った。その施設を眺めていると、そこにシカの群れが現れた。集団で動いていたのだが、私に気付くと木の陰でピタっと動きを止めた。慌ててコンデジを出し、望遠をいっぱいにしてシカにねらいを定めた。
 何枚かシャッターを切った後、彼らが動き出すのを待った。じーっと待った。彼らは動かない。私も動かない。しかし…。辛抱強さでは彼らの方が数枚上だ。しびれを切らした私は彼らをしっかりと捉えることはできなかった…。

               
               ※ う~ん。敵もさるもの、いっこうに動いてくれませんでした。
              
 その後、すぐに雑木林に入った。
 雑木林は植わっている木が密でないため歩きにくいことはなかった。歩いているうちに周りの形状がなんとなく普通と違うことに気付いた。進むにつれて窪み状の地形が広がっているのだ。
 なんだろう?なんだろう?と思いながら進んでいると、雑木林の外れに掲示板があり「神居古潭竪穴住居遺跡」と書かれていた。説明板にはその窪み状のものがなんと219基も発見されているという。そして遺跡は「北海道指定文化財」に指定されているということだ。
 私の勉強不足を恥じた。

               
               ※ 雑木林の中は、スノーシュー跡のようにとても歩きやすかったです。

               
               ※ 写真のような窪み状の地形があちこちに…。

               

               
               ※ それは竪穴住居跡でした。

 雑木林を抜けると、石狩川にマップには表記されていない橋が目に入ってきた。
 近づいてみると、確かに石狩川に架かっている橋なのだが、車や人が通れる橋ではなかった。水道橋?と思って橋に近付くと「しんりゅうすいかんきょう」という銘板が貼られていた。「神竜水管橋」と表記され、後に登場する「神竜頭首工」で取水された水を旭川、深川、滝川などに供給する施設だということだ。

               
               ※ 「神竜水管橋」の遠景と近影(下)です。

               

 水管橋を後にすると、今度は河岸一帯に広がる果樹園のようなところに迷い込んだ。というより、河岸いっぱいまで果樹園が広がっていたのだ。
 石狩川はこの辺りからずいぶん水深が浅くなったようで、川中にたくさんの岩が雪をかぶっていた。

               
               ※ 石狩川は写真のようにすっかり浅くなったと思っていましたが、これは神居古潭特有の地形のせいのようです。

 やがて河岸はどんどん狭くなり、ついには崖上に避難しなければならない状態となった。崖上に上るにはかなりの急角度だったが、ジグを切りながらなんとか崖上に出た。
 そこはすでに国道12号線だった。目前には予期していなかった「神居古潭大橋」が架かっていた。この大橋を通過したのは、ちょうど10時だった。
 橋を渡り終えると、国道の方は「神居古潭トンネル」に導かれる。しかし、人道はトンネルを巻くように石狩川沿いに導かれる。

               
               ※ 私が崖を上った跡です。動物は直登しているのに、私はジグザグに上っています。

               
               ※ 手前が「神居古潭大橋」、向こうが「神居古潭トンネル」の入口です。

 石狩川の対岸に大きな岩が聳えていた。近くにあった説明板によると「クッ・ネ・シリ」とアイヌ名が付き「神居岩」と称されているようだ。

               
               ※ 木に隠れて見えにくいですが、正面の岩状のところが「神居岩」です。
               

 マップによると「神居古潭」の集落は過ぎているのだが、私たちのような通過客(観光客)には一般に「神居古潭」と称されている夏は石狩川に巨岩・奇岩が横たわる展望所に着いた。

               
               ※ 巨岩・奇岩は雪のない季節の方が、その迫力を感じられますね。

 ここでまたまたマップにはない橋が!車が通るような道ではなく、人道橋(吊り橋)のようであるが、通行禁止の表示が出ていた。
 そして対岸には、できれば歩きたかった旧函館本線の鉄路跡を利用した「旭川サイクリングロード」が見えた。

               
               ※ 雑木に隠れていますが、その向こうに吊り橋が見えます。

               
               ※ 対岸の崖の途中に横一線に切り裂いたようなところがサイクリングロードです。

 さらにそこから少し進むと、「夢殿観世音菩薩像」なるものが立っていた。私にはまったく知識がなかったが、どうやらペット霊園の関係者が建立した像のようである。

                    

(以下は後編にて)

※ 意外にレポートすることが多い。予定では一気にレポをと思っていたが、前後編に分けてレポすることにした。
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マンドリン四重奏演奏会

2017-02-16 20:17:27 | ステージ & エンターテイメント
 ソロから、四重奏、六重奏、そして小編成と、さまざまなグループの演奏があったマンドリン演奏会。演奏技術の巧拙もさまざま…。それにしてもなぜ四重奏演奏会なのだろうか? 

               
               ※ 今日の掲載写真は演奏技術の云々ではなく、演奏形態を紹介する写真としました。
                写真は「月寒高校マンドリン部」の演奏だが、4チームともに同じような編成でした。

※ 本来であれば、昨日、一昨日に決行した「冬の石狩川河岸を遡る」プロジェクトの詳報をレポートするところだが、今日(16日)は、朝から一日いっぱいある講座があったうえ、夜はある著名人の講演会があり、とてもゆっくりと振り返ることができないため、予め文章を作成していた表記のタイトルについてレポートすることにした。

               
               ※ 「トロア クルプス」の四重奏です。

 2月12日(日)午後、かでるホールにて「マンドリン四重奏演奏会」 が開催されるとあって「かでる2・7」まで足を運んだ。
 ちょうど開演時間の13時にかでるホールに着いたのだが、聴衆はホールの約半分くらいだった。

               
               ※ 「アルコバレノ」は<小編成>と紹介されたが、変則(?)の5人編成でした。
 
 プログラムを見て、さまざまなグループが出演することを知った。
 まず、目立ったのが「札幌月寒高校マンドリン部」だった。それぞれ10名程度のチームが4チームも出演していた。ということはマンドリン部だけで40名は下らない部員数を誇るということになる。月寒高校では音楽系のクラブはマンドリン部に特化しているのだろうか?            
               
 演奏された曲名は除き、出演者を出演順に紹介してみる。
《第一部》
 ◇札幌月寒高校マンドリン部 Dチーム 〈小編成 10名〉
 ◇道新文化センター「魅惑のマンドリン」 〈小編成 4名〉
 ◇アンサンブル「りら」 〈四重奏〉
 ◇Sound-Hole 〈三重奏〉
《第二部》
 ◇札幌月寒高校マンドリン部 Bチーム 〈小編成 11名〉
 ◇マンドリン・アンサンブル「アルコバレノ」 〈小編成 5名〉
 ◇はぐりっと 〈マンドロンチェロ独奏〉
 ◇札幌MC低音研究室 〈マンドロンチェロ独奏〉
《第三部》
 ◇札幌月寒高校マンドリン部 Cチーム 〈小編成 11名〉
 ◇札幌月寒高校マンドリン部 Aチーム 〈小編成 10名〉
 ◇札幌マンドリン倶楽部 夢追い人 〈六重奏〉
 ◇トロア クプルス 〈四重奏〉
という出演陣だった。

               
               ※ ベテランの味をみせた札幌マンドリン倶楽部「夢追い人」の六重奏です。

 正直言って、演奏技術はさまざまだった。しかし、例え技術は稚拙であってもマンドリンの音自体が繊細ということもあり、会場は静かになってマンドリンの音を聴き入るところが独特の演奏会のように思われる。
 月寒高校のマンドリン部は指導を行き届いていると見え、基礎がしっかりとできているように思えた。
独奏の二人は、やはり自分の力量に自信をもっているようにうかがえた。
 聴かせてくれたのは、「Sound-Hole」、「札幌マンドリン倶楽部」、「トロア クプルス」の3グループといったところだろうか。

               
               ※ マンドロンチェロの独奏を披露した「はぐりっと」です。

 ところでさまざまな演奏形態があるにも関わらず、なぜ「四重奏演奏会」なのか、という疑問だが、私は二つくらいその理由を考えてみた。
 一つは、マンドリンのアンサンブルの場合、第1マンドリン、第2マンドリン、マンドラ、マンドロンチェロの組み合わせが最も基本のようなので、そのように称したという考え方だ。
 もう一つは、最後に演奏した「トロワ クブルス」が北海道を代表するグループだからということも考えられる。
 真相は関係者に聞かねば分からないが、私としては第一の理由のような気がするのだが…。

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石狩川遡行 22 ライブレポ⑥

2017-02-15 16:17:10 | スノーシュートレッキング
 1時間が経ち少し落ち着きました。
 身体は疲れていますが、今は企画したことを無事にやり遂げた達成感に浸っています。

 じつは昨日、ちょっとヒヤヒヤした場面がありましたが、その他は特に危険な場面もありませんでした。

 今シーズンはこのスノーシュートレッキングに9日間も費やしました。3年前にこのプロジェクトを始めてから合計で22日間をかけました。

 一度ゆっくりと22日間を振り返ろうかなと思っています。
 こうしてバスで札幌へ向かっていると、カメさんのようにゆっくりゆっくり歩んでも、積み重ねるとずいぶんな距離になるんだなぁ…、という極めてあたりまえことに気付かされます。

 今日はゆっくり休みます。

 写真は、近文大橋の手前の川中に見えた岩山です。近くにあった説明板によると、旭川アイヌの間で伝承されているお話で、ある時星が空から落ちたので、見に行くと写真の岩が立っていたということです。
 それでこの岩を、アイヌ語で「ノチゥ」と呼称したそうです。ノチゥとはアイヌ語で「星」を意味するそうです。

  
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石狩川遡行 22 ライブレポ⑤

2017-02-15 15:00:57 | スノーシュートレッキング
 14時25分、へろへろになりながら最終目的地である旭川市の「旭橋」到達しました。
 そこから15時発のバスに乗るためまたまた急ぎ足で2キロ弱、なんとか間に合いましたが、もうぐだぐだです。

 スノーシュートレッキングの最後は雪がスノーシューにだんごのようにくっついてもうまったく閉口でした。
 寒いは寒いなりに苦労しますが、暖かいと雪が重くなり、さらには雪が着くと…。
 自然はなかなかやっかいです。

 今日の歩数は旭橋からバスターミナルまで歩いたのも含めて26,580歩、距離にして19.88㎞と出ました。

 いや〜、頑張りましたわ。

 写真は特徴のある「旭橋」です。

  
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