田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も9年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

思わぬことで「簾舞学びの森」を歩く

2016-07-25 22:14:46 | フットパスウォーク
 焼山(豊平山)の登山口を探していた私は、どうやら別の山に向かっていたようだ。(山の名は不明)ゲートのところで車を降り、車道を上り続けること40分、私は「簾舞学びの森」に出た。すでに登山口を見つけることを諦めていた私は、その「学びの森」を歩いてみることにした。 

 「焼山は登山禁止になっていますよ」と道端の婦人に教えられた私は、諦めきれず、せめて「登山口から行けるところまで行ってみよう」と思い、登山口を探して車を前方に走らせた。
 民家が途絶えて、さらに先に進んだところ車止めのゲートが見えた。「あゝ、これが登山禁止の措置か?」と思って車を止めて、辺りを見たが「登山禁止」の文字は何もなかった。
 しかし、そこから前に車は進めないので、降りて歩くことにした。

          
          ※ 写真のような頑丈なゲートで行く手を阻まれ、ここからはトレッキングでした。

 車道(林道)はずーっと続いていた。車道の右手に鋭い頂を備えて聳えているのが焼山(豊平山)だろう。右手の沢を渡る登山口が見つかるはず、と思いながら車道を上り続けた。
 15分経ち、30分経っても登山口らしきものが見つからない。砂利道ではあるが、車が難なく走れる車道が続いていた。
 30分を経過し、焼山らしき山からも遠のいたように思われた。車道は上がり続けている。「これはもう登山口は見つからない。こうなったら車道が続くところまで上がってみよう」と歩き続けた。40分を経過した頃だった。車道は続いていたが、車道から分岐したところに看板が立っていた。看板には「簾舞学びの森 観察コース、学習コース」と表記されていた。そしてコース一周は約2.5kmと出ていた。

          
          ※ ゲートの後にも、このような立派な道路が延々と続きました。

          
          ※ 林道を行く右手に焼山と思われる鋭いな山容が顔を覗かせていました。

          
          ※ 道路脇ではガクアジサイの花が今が盛りとあちこちで咲き誇っていました。

          
          ※ 観察コース起点という表示を見つけて俄然興味を抱きました。

          
          ※ 観察コースの起点に立てかけられていた案内板です。

 車道はまだ上へと続いていたが、私はこのコースをトレッキングすることに目標を切り替えた。コースのポイント、ポイントに看板が立っていて、周りの森のことについて学ぶことができるらしい。

 さっそく森に入っていったが、これがけっこう難しかった。コースが造成されてもあまり利用はされていないようだ。コースの始めの沢沿いのところは踏み跡が見つからず、雑草もかなり繁茂していた。
 それでもあちこちと睨みながら、慎重に歩を進めていると何か人工物が目に入った。傍に寄ってみると「ポイント1」と記された柱が立っていた。他に周りには何もなかった。「ポイント1」と言われても、それだけじゃ森の学習にも何もならない。説明板などどこにも見当たらなかった。

          
          ※ 観察コースはいきなり沢渡りから始まるワイルドなコースです。

          
          ※ 起点近くはコースも判然としないくらい雑草が繁っていました。

          
     ※ ポイント1の印を見つけてホッとしたのも事実です。それくらいコースは判然としていなかった。

 説明板はなかったが、コースとしてはなかなか面白いコースだった。沢を渡り、山を登り、とよく考えられた変化に富んでいる上、けっこうワイルドなコースだった。ここで子どもが学習するにしても飽きることはないであろう。いや、少し厳しいかな?
 ポイント、ポイントには柱が立っていて、それがトレッキングをしていて励みにもなる。
 柱が「最終ポイント」と記されたところに出た。2.5kmとしては物足りないと思った。それもそのはず、私が歩いたのは、後から調べてみると「観察コース」(約1km)だけだったようだ。 
 柱にポイント番号しか記されていなかったのも、学習者にはあらかじめ説明冊子が配られていて、それを持参してポイントにおいて冊子の説明を読んで学習する、という方式だったようだ。ポイントでは、〔木の生命力〕、〔更新倒木〕、〔森の土の働き〕などについて学べるようになっていた。

          
          ※ このように階段道路が整備されているところもあれば…。

          
          ※ 倒木が行く手を阻むようなところもあったりして…。


          
          ※ 脇を見れば、谷が深く切れ込んでいたり、とワイルド感いっぱいでした。

          
          ※ すると突然「終点」の表示が…。もう少し長くても良かったかな?          
  
 わずか1kmのトレッキングだったが、変化に富んだワイルドな楽しいコースだった。
 そこからまた私は40分かけてゲートのところまで戻った。
 戻るときにも周りを注意深く観察しながら下りたのだが、焼山の登山口らしきところは見当たらなかった。車道(林道)は木漏れ日の中のウォーキングで心地良かった。

          
          ※ 帰りの下り道も木漏れ日の中を心地良いトレッキングを楽しみました。

 車に乗った帰り道である。件の婦人に登山口を聞いたところより少し上の地点で小さな看板を認めた。車を止めて良く見ると「豊平山 登山禁止」という小さな看板が立っていた。その看板は下から上がってくる車には到底認められないような位置に立っていた。
 そして登山口のところはしっかりとゲートが取り付けられていた。その向うの登山道は誰も足を踏み入れないからだろう、雑草が繁茂していた。

          
          ※ 帰り道、車の中からこの小さな看板を発見!!

          
          ※ ゲートはしっかり閉じられていました。

 あゝ、残念! という焼山(豊平山)物語でした。
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残念な結果となった二つの山行

2016-07-24 21:05:19 | 北海道低山紀行 & Other
 昨日(23日)、今日(24日)と空はスカッと晴れ上がり絶好の登山日和だった。私は札幌近郊で未踏だった盤渓山と焼山(豊平山)の登頂を目ざした。ところが!? 私は二つの山とも登頂を果たせずにスゴスゴと退散したのだった。なぜ? 

 北海道新聞社が発行する「夏山ガイド(道央の山々)」の改訂版には朝里天狗岳、焼山(豊平山)、盤渓山、稀府岳が新たに追加されたと記されていた。
 私は昨年で札幌近郊の山は全て制覇したと思っていたが、稀府岳を除いては全て札幌近郊の山である。これは是非とも踏破せねば、と思ったのだ。

          
          ※ 夏山の盤渓山の頂上です。(ウェブ上から拝借した)

 そこで昨日、まずは我が家から近くにある「盤渓山(604m)」を登ることにした。盤渓山は今年1月にスノーシューで一度登ったことはあるが、夏山は未踏だった。
 道道82号線から妙福寺の看板のところから脇道に入り、「盤渓市民の森」の駐車場に車を置き、車道を少し上ると小さな杭が立っていて、そこから左の沢へ下りていく。
 ところが!小さな杭が立っている入口から雑草が登山道を覆い尽くすように繁茂している。微かな踏み跡を探しながら歩くのだが、どうもガイドブックにあるように盤渓川支流の沢に下りていかない。冬の時も確かすぐに沢に下りたように記憶していた。「おかしいなぁ?」と思いつつ、さらに踏み跡のようなところを辿るのだが、どうも妙福寺に近づいているような気がした。
 そのうち、とうとう踏み跡が分からなくなるほど雑草が濃くなった。「これは違う!」そう結論を出し、戻ることにした。

 登山道に入ったところまで戻ってみると、反対側にかなり整備された道が見えた。「あれっ?こっちに新しい道を造ったのかな?」と思い、そちらを辿って行ったのだが、200mも行かないうちに道は行き止まりになっていた。
 ここで私の気持ちはすっかり萎えてしまった。こんなに雑草の濃い中で、もし道に迷うようなことがあったら、大変なことになる。ここは素直に引き返そう、と決心した。

 結局、盤渓山の夏山は人気がない山なのだろうか?草生していたことがそのことを物語る。いつか、どなたかに同行する以外に登頂の道はないのだろうか?


          
          ※ 小さな山ですが、特異な形をした焼山(豊平山)です。

 そして今日(24日)、今度は簾舞地区にある「焼山〈豊平山〉(662.5m)」を目指すことにした。こちらは我が家からはけっこう遠い。国道230号線を走り、簾舞中学校のところから脇道に入る。住宅街を抜け、山に向かってどんどん進むのだが、途中何ヵ所か分岐点があったので不安になり、道端にいた婦人に尋ねた。「焼山の登山口はこちらでいいですか?」と…。すると件の婦人が「えっ?焼山は登山道が崩壊して登山禁止になっていますよ」、「ガーン!!!二日続けての敗退じゃん」と心の中で呟いた。

 そういえば、改訂版の中に小さな紙切れが挟まれていて、何かの注意を促していたようだ。それが「焼山(豊平山)」のことだったのだろうか、と思い出していた。

 しかし、ここで私は諦めなかった。50分もかけてやってきたのだから、その崩壊のところを見てみようと思い、そのまま登山口を目ざした。
 ところが…。行けども、行けども、登山口は見つからない。そうこうしているうちに、私は別の山の麓に辿り着いていたようだ。
 その結末は明日レポートすることにする。

 ともかく二日続けて登頂に失敗するとは情けない。それもこれも、私は「夏山ガイド」の情報だけに頼ってしまっているところがある。これからは、もう少し多様な情報をかき集めて、事前の準備をしなければならないことを痛感させられた思いである。
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食べて知ってカルチャーナイト

2016-07-23 15:47:27 | イベント
 「黒毛和牛の試食ができる!」というキャッチコピーに釣られて北海道総合研究プラザ(北19西11)までのこのこと出かけた。“食べる方”はしっかり味わったのだが、“知る方”はちょっと不満が残ってしまった。 

 札幌において「カルチャーナイト」が始まってからどれくらい経つのだろうか?当初は珍しさも手伝って、あちこちとイベントを渡り歩いていたが、最近はあまり関心が無くなっていた。
 ところが今年は、道総研が「食べて知る!道総研のおいしい研究」と題して、道総研の本拠地の北海道総合研究プラザにおいて“セミナーと黒毛和牛の試食”があると新聞に告知があったので、「面白いかも?」と思い参加してみようと思った。

          
          ※ 北大敷地の隣にあった北海道総合研究プラザの建物です

 北海道総合研究プラザは北大の敷地に隣接した北19条西11丁目にあった。初めて訪れた施設だったが、なかなか立派な建物で、そのプラザ内の吹き抜けになっている玄関ホールでセミナーが行われた。セミナーのテーマは「道産牛肉のおいしさ」と題して、道総研の畜産担当の研究員(氏名不明)が務めた。

 そのセミナーだが、リード文で触れたようにちょっと不満が残ってしまったのだ。というのも、吹き抜けのホールが災いしたのか、講師が発する細かな表現がまったく聞き取れないのだ。拡声装置を使用しなかったからか、はたまた講師の発音が不明瞭だったか?
 道総研のセミナーは、道庁ホールで開かれる「ランチタイムセミナー」をいつも興味深く拝聴していただけに、今回も期待していたのだが残念だった。

          
          ※ ご覧のような高い天井が講師の話を不明瞭にしていたように思いました。

 セミナーは、(1)「おいしさ」を感じるプロセス、(2)牛肉のおいしさを形作るもの、(3)「おいしさ」を調べる方法、(4)「おいしさ」を調べた研究の紹介、といったことについてのお話があったのだが、十分に聞き取れなかったこともあって、自信をもってレポすることはできない。

 ただ、講師が話しかったことは、国産和牛(黒毛)が輸入牛肉(米・豪)に比べて美味しいと言われるわけは、牛肉の旨味成分である脂肪の割合が圧倒的に多いということが理化学分析ではっきりしているそうだ。
 ただ、いま一つはっきりしなかったのだが、道総研の研究者が力を入れているのは道産の乳用種を肉牛として販路拡大することらしい。乳用種の脂肪分は、輸入牛と黒毛牛との中間にあるということだ。
 「おいしさ」もそれなりらしい。そこで乳用種の牛肉をどのようにプロモーションしていくべきか、が課題だということだった。(と私は聞いた)

          
          ※ 少し暗くなってからの撮影だったので、写りはイマイチですが、味は良かったですよ!

 肝心の試食の方だが、セミナーを聴いている時間に、担当者が別のところで調理して受講者に配られた。
 分からないのは、試食した肉が「黒毛和牛」だったことだ。美味しかったことは美味しかったが、道総研のサービスだったのだろうか?でも、セミナーの内容との整合性には少々疑問ももったのだが…。

          
          ※ 写真のようにたくさんの人が詰めかけた道総研のカルチャーナイトでした。

 北海道総合研究プラザのセミナー会場は、用意された椅子席が満杯になるほど盛況だったが、昨夜のカルチャーナイトは各所で賑わったようだ。我が家の近くの札幌管区気象台もたくさんの親子が訪れて賑わっていた。
 札幌の街がもっている文化的資源を、一夜市民に開放するこうした試みが長く続いていることに札幌市民の一人としてとても誇りに思っている。
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海洋生物資源の持続可能な利用のために

2016-07-22 16:16:44 | 講演・講義・フォーラム等
 乱獲によって漁獲高が激減した、などというニュースを耳にすることがあるが、はたして本当のところはどうなのか?鮨をはじめ、日本食には欠かせない魚類であるが、その漁獲高が激減していることは、日本人としては気になる話題である。海洋生物の資源を調査研究している専門家から話を聞いた。 

 農業用ロボットの話を聞いた同じ7月18日(月)午後、北大全学企画公開講座「『国のかたち』を案ずる時代の知恵」の第6講は「海洋生物資源を理解して上手につきあう」と題して、北大北方生物圏フィールド科学センターの宮下和士教授が講師を務めた。

               
               ※ 講師の宮下和士教授です。(写真や図はいずれもウェブ上から拝借)

 宮下氏によると、海洋生物資源の量は確かに変動しているが、その要因は大きく二つに分けられるという。その二つとは「自然要因による変動」と「人為的要因による変動」だという。
 自然変動には、レジームシフトと称される10年~100年のスケールで起こる気候、海洋、生態系の変化で、それに伴い魚類などの生育環境が変わり資源に大きな変化が出てくるそうだ。また最近よく耳にする数年に一度の割合で発生するエルニーニョ、ラニーニャによる気候変動現象も資源の変動を引き起こしているという。

 一方、人為的変動であるが、こちらは,(1)過剰な漁獲(乱獲)、(2)混獲・投棄、(3)ゴーストフィッシング、(4)海洋汚染、(5)開発、(6)種苗生産・放流、などが考えられるとした。
 人為的変動の中で最も影響が大きいのは、やはり乱獲である。1952(昭和27)年から1980(昭和55)年までの世界の海の漁獲量の変遷の図を見せていただいた(資料が古い!)が、主たる漁場が日本近海から太平洋、そして全世界への海洋へと広がり、各海域での漁獲量が減少していることが一目で分かる。獲り過ぎの結果だと思われる。

 人為的変動要因の中で耳慣れない言葉がある。ゴーストフィッシングである。直訳すると〔幽霊漁業〕、つまり捨てられた漁具などが魚を捕え、さらにその魚を餌にしようとする魚が捕えられるという、捨てられた漁具がいつまでも魚を捕え続けるという悪循環を海のなかで繰り返されていることを指すことだそうだ。

 こうした、自然変動、人為的変動を受けて、我が国の漁獲量は1984(昭和59)年の1,161万トンをピークに、2013(平成25)年には376万トンとピーク時の1/3にまで激減しているという。提示された図からは、特に遠洋漁業、沖合漁業の落ち込みが激しいことが分かる。(沿岸漁業の変化の割り合いは小さい)

          
          ※ 我が国の漁獲量の変遷です。

 宮下教授は講義の冒頭で、海洋生物資源は「再生産が可能」だという特質を示した。化石資源などと違い、上手に付き合えば人類は悠久に恩恵を受けることが可能であるとした。
 ここが大切なのだと思う。〔上手に付き合う〕ためには…。
 海洋生物資源の資源管理が問題となってくる。

 資源管理の手法としては、(1)インプットコントロール、(2)テクニカルコントロール、(3)アウトプットコントロール、の三つの手法があるという。
 (1)は、操業隻数の制限、漁船のトン数制限、操業期間の制限など。
 (2)は、網目制限など漁具の規制、禁漁措置、禁漁区の設置など。
 (3)は、漁獲割当方式の設定、漁獲可能量(TAC)の設定、などが考えられるとした。
 TACとは、魚種ごとに漁獲できる総量を定めることにより資源の維持または回復を図ろうとする措置だそうだ。

 このTACの考え方は世界的な潮流となっているようで、排他的経済水域においては各国が設定しているようである。
 そのTACを導入するためにも欠かせないのが、海洋生物資源の計測手段を高度化することだと宮下教授は指摘した。そして、その計測手段の現状に話が移った。
 その計測手段としては、(1)直接計測、と(2)遠隔計測があるという。(1)の直接計測としては、潜水計測や採集計測がある。(2)の遠隔計測には、衛星計測、音響計測などがあるという。

 ここで最新の計測方法として〔バイオロギング〕なる方法が提示された。バイオロギングとは、生き物たちの行動を探るために、生き物にセンサーを持たせて各種情報を得る手段である。このバイオロギングが開発されたことにより、これまで謎だった生き物たちの行動がずいぶん解明されたということだ。

          
     ※ 写真のように魚や鳥、海獣などの背にセンサーを付けて行動を観察することをバイオロギングと言います。

 こうした海洋資源を計測する方法の開発によって、排他的経済水域のみならず、全世界の海域においてTACの考え方を広げることが喫緊の課題であろう。そうして人類が海洋生物資源と〔上手に付き合う〕日が一日も早く到来することを願いたい。
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コンサドーレ再び単独首位へ

2016-07-21 21:23:28 | スポーツ & スポーツ観戦
 昨夜のコンサドーレは勝ち点同数の松本山雅FCとの首位決戦だった。疲れから足がつって途中退場者が出るほどの激闘を競り勝って、再び単独首位に躍り出た。コンササポにとってこれに優る喜びはないが、今後へ不安も垣間見せてくれた対松本戦だった。 

          
     ※ この日のMVPの都倉選手が、視察にやってきていた鈴木スポーツ庁々官から花束を渡されました。
          
 日本ハムの好調も続いているが、コンサドーレの健闘からも目が離せない。ただコンサの舞台はJ2ということで、いわばマイナーリーグのためマスメディアの扱いは小さいのだが…。

          
          ※ 相変わらず熱烈応援団のコンササポーターは熱い声援を送っていました。
          
 昨夜、今シーズン2度目となるドーム観戦に赴いた。好調コンサドーレイレブンの躍動をこの目で確かめたいと思ったからだ。
 私と同じような考えの人が多かったのだろうか?平日開催にもかかわらず、実に12,901人の入場者があったという。これは昨日開催したJ2の11試合最高の集客数である。
 小さな街(失礼!)松本市からやってきたサポーターの数も目立った。
 
          
          ※ 松本サポーターも遠路にもかかわらず大挙押し寄せ、熱心に声援を送っていました。

 午後7時のキックオフ。コンサドーレの先発イレブンは次のとおり。
 ◇GK 金山 隼樹
 ◇DF 菊地 直哉 
 ◇DF 増川 隆洋 
 ◇DF 福森 晃斗
 ◇MF マセード  
 ◇MF 深井 一希
 ◇MF 上里 一将
 ◇MF 荒馬 拓馬
 ◇MF ヘイス   
 ◇FW 都倉  賢
 ◇FW 内村 圭宏
 ベンチの控えは、GK 阿波加俊太、DF 櫛引一紀、MF 石井謙伍、MF 堀米悠斗、MF 河合竜二、MF ジュリーニョ、FW 菅大輝の7人だった。

 試合は既報のとおり、試合開始15分、荒馬からのきれいなセンタリングに都倉がここしかないというゴール左上隅に見事なヘディングを決めて先制し、その1点を守りきり勝利し、勝ち点を積み重ねた。勝ち点が同じだった松本山雅、セレッソ大阪が共に勝ち点を上げられなかったために、コンサドーレが単独首位に再び躍り出る結果となった。

          
          ※ 選手入場時、熱烈サポーター席にはビッグフラッグなどが掲げられました。

 ところが、試合内容はけっして褒められる内容ではなかった、というのが私の見方だ。
 試合は松本に押される場面が目立つ試合だった。
 松本イレブンのアグレッシブな攻勢に終始晒され続け、何度も何度もヒャッとする場面を見せつけられた。GK ク ソンユンの代役、金山が当たりに当たったことが幸いしたが、結果が逆になっても不思議でない試合展開だった。
 それでも勝ちきるところが今年の強さなのか?

          
          ※ 熱戦(苦戦?)を制し、健闘をたたえ合うコンサイレブンです。

 J2の戦いにおいて、前半を折り返して(全42試合のうち24試合を消化した)首位に立っているということは、気の早い話だがJ1が少し見えてきた感じがする。
 怪我をしている宮澤、進藤が還ってきて、小野、稲本がベンチにドカッと座ってイレブンに「喝!」を入れる体制が整ったとき、あるいは歓喜の瞬間を迎えることができるかもしれないという期待が、私の中では高まってきた。

※ ファン心理はいつも不安で、ネガティブなことを綴ろうかと思ったが、せっかく単独首位に立ったのだから、それに冷や水を浴びせるようなことは控えようとしたところ、面白味のない文章になってしまいました。
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札幌グルメ紀行 25 リストランテ イル・フォーレ

2016-07-20 14:51:05 | 札幌麺紀行 & グルメ紀行
 以前から気になっていた桑園の静かな住宅街の一角にある倉庫を改造した黄色い壁のイタリアンのお店をランチで訪れパスタを食した。 

 以前から気になっていた黄色い壁の色をしたイタリアン。なかなかの評判のお店と聞き、いつかは訪れたいと思っていたが、今回(7月19日)ようやくその思いが叶った。

          
          ※ 倉庫を改造したという外観がそのことを偲ばせますが、黄色い壁が素敵です。

 グルメ巡りについてはほとんどが妻からの提案によるものだが、今回もまた彼女から「あのイタリアンに行ってみますか?」という提案があり、断る理由などまったくない私は即座に賛成したのだった。
 我が家からそれほど遠くはないのだが、買い物のついでもあり、車で向かった。ちょうど正午ころだったのだが、意外にも駐車場はスムーズに入ることができた。

          
     ※ 入口の大きなドアが倉庫を偲ばせます。子どもではちょっと開けるのが難しいくらい重かった。

 お店の入口が面白かった。農家の倉庫を改造したということだったが、扉が大きい!大人が力を入れてようやく開けられるほど大きく重かった。
 店外の壁は可愛く黄色く塗られているが、店内は渋茶系を多用して落ち着いた雰囲気である。そして店内は吹き抜けの二階建てとなっており、1・2階とも客席があり、かなりの人が同時に食事を楽しめるようだ。
 この日は、車同様来客は少なめだった。(雨模様のため?)

          
          ※ 2階の店内の様子です。外観と違い、落ち着いた雰囲気です。

 スタッフからメニューが提示されたが、ランチとしてはA・B・Cの三タイプのランチがあった。私たちは背伸びせずに(?)Aランチ(1,166円)をオーダーすることにした。

 Aランチの内容は、チョイスパスタ、サラダ&フォカッチャ、チョイスドリンクという内容だった。

 チョイスパスタは、◇真イカのカラブレーゼ、◇真ダコと海老と生生姜のパスタ、◇ワタリガニのトマトソースパスタ、◇黒豚のスモークと小カブのトマトソースパスタ、◇冷静カルボナーラ、◇ベーコンと小海老、ホーレン草のクリームパスタ、の中からチョイスするシステムだった。
 私は「黒豚のスモークと小カブのトマトソースパスタ」を、妻は「ワタリガニのトマトソースパスタ」を選んだ。チョイスドリンクは二人とも「アイスコーヒー」にした。

          
          ※ まず出てきたのが、サラダ&フォカッチャでした。

          
          ※ メインの「黒豚のスモークと小カブのトマトソースパスタ」です。
           食べ物の写真がいつも美味しそうに写らないチャチなカメラが恨めしいです。

 オーダーして直ぐに、サラダとフォカッチャが運ばれてきた。サラダには特別印象はないが、フォカッチャは意外にしっかりとしたつくりで食べ応えがあった。できれば出来立ての温かいものを食したいと思ったが、それは贅沢な願いか?
 ほどなく、メインのパスタが運ばれてきた。
 パスタは硬すぎず、軟らかすぎず、適度な茹で具合でトマトソースもよく絡み美味しかった。黒豚のスモークもカブもトマトソースと良く合った。
 私の舌にはややトマトの酸味が強いかなとの印象もあったが、見方を変えればパンチの効いた酸味ということもいえるパスタだった。
 次に来店したときは、評判のホーレン草のクリームパスタを食してみようと、妻と話しながら店を出た。

          
          ※ 階段から1階のテーブル席を撮ったものです。

【リストランテ イル・フォーレ データー】
〒060-0000 北海道札幌市中央区北六条西15丁目3-9
電  話  011-633-4333
営業時間  ランチ (11:30~15:00)
      ディナー(17:00~22:00)
定休日   水曜日
駐車場   有(8台駐車可能)
座 席   不明だが、1・2階合わせるとかなりの席数有
入店日   ‘16/07/19
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農業用ロボットの今

2016-07-19 18:46:15 | 講演・講義・フォーラム等
 農業従事者の減少、そして高齢化という背景の中、農作業機械の自動化の動きが加速化しているという。農業用ロボットの開発に携わる研究者から、農業用ロボットの今を聞いた。 

          
          ※ 北大校内の農場で行われた農業用ロボットの実証実験のときの様子です。
           左から、水田用のボート、小回りの効くトラクター、ヘリコプター、大型トラクターなど。

 北大全学企画公開講座「『国のかたち』を案ずる時代の知恵」もこの日(7月18日)は祝日とあって、一挙に第5講、第6講と二講座が開講された。
 まずは第5講座の「IT・ロボット技術が支える新しい農業の姿」と題して北大大学院農学研究院の野口伸教授の講義についてレポすることにする。

 野口教授はまず、日本農業の現状について触れた。日本農業は農業従事者の減少が続き一戸あたりの耕作面積が拡大傾向にあり、耕作放棄地も増大しているという。その上、従事者自体の高齢化も深刻な問題となっているとした。
 北海道では1990年から20年間で一戸当たりの経営耕作地は1.9倍まで増大し、今後さらに増える傾向にあり家族での経営では限界を迎え、労働者不足が深刻な状況にあるという。

 そうした背景の中、農業の世界においても農作業機械の自動化・ロボット化が加速しているという。
 その一例として、野口氏が関わる農業用トラクターの自動化の動きについて説明があった。

               
               ※ 講師の野口伸(のぐち のぼる)教授です。

 農業用トラクターについて現在、「オートステアリングシステム」は実用化の段階に入っているそうだ。
次の段階は「有人-無人協調作業システム」がここ1~2年を目途に開発が進んでいるらしい。このシステムは一人で2台のトラクターを操ることができるシステムだという。
 続いて、人間がトラクターには乗らない「無人作業システム」の段階を経て、4年後には「マルチロボット(遠隔監視による無人作業システム)」の開発を目ざしているとのことだった。
 つまり究極は、圃場から離れたロボット管制室から指令を出し、無人トラクターが作業の全てを行うことを目ざしているということである。

          
          ※ 良く見てください。手前のトラクターは無人です。「有人-無人協調作業システム」の実験です。

 その他、農業におけるさまざまな分野でロボット化の試みが増大しているようだが、一方でIT技術の活用により、プロ農家の「匠の技」を集積し、営農のノウハウをより多くの農業に携わる人たちが共有し、効率の良い農業を目指す取り組みも進められているという。

 私にとっても非常に興味深い内容ではあったが、農業の自動化・IT化を進めていくということは、一方で資本投資ということにもなってくる。となると、一農家が自動化・IT化を進めていくほど資金が潤沢だろうか、という問題が横たわっているように思える。
 そこで私としては珍しくも講師に質問させていただいた。
 「自動化・IT化となると、それなりに資金も必要となってくるが、一農家が負担できるような金額とは思えない。将来の農業の姿として株式会社の参入などということが現実化してくるのではないだろうか?しかし、そこには株式会社などの農業参入には法的な規制もあるとも聞くが、そのあたりはどうなのだろうか?」と…。

 それに対して講師は「専門外の問題ではあるが、当然将来は株式会社などの参入はあり得ることだ」という答えであった。
 TPP問題など、農業分野においてもグローバル化は避けられない状況であるが、はたして日本農業、そして北海道の農業はどこへ向かっていくのだろうか?
 道産子として心配でもあり、注視していかねばならない問題でもある。
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映画 シチズンフォー/スノーデンの暴露

2016-07-18 20:50:07 | 映画
 エドワード・スノーデン…、2013年アメリカの二大情報機関であるCIA(中央情報局)とNSA(国家安全保障局)に属した男が、国家の秘密情報を内部資料と共に暴露し、全世界に衝撃を与えた張本人である。その暴露の様子をドキュメンタリーで追った迫真の記録映画である。 

               

 昨日(7月17日)午後、以前から気になっていたドキュメンタリー映画「シチズンフォー/スノーデンの暴露」を観るためシアターキノに赴いた。
 シアターキノは小さな劇場であるが、この映画はそれなりに注目を集めている映画と見え、満席の盛況だった。

 スノーデンの経歴を見ると特別のエリートではないが、若いにも関わらず(暴露当時30歳)紆余曲折を経て、アメリカの情報収集の中心であるCIA、およびNSAの情報収集活動に関わることになった。
 そこで見たCIAやNSAの実態にスノーデンは落胆したのだった。CIAやNSAの悪辣な行為や、一般市民の情報を国家レベルで収集していることに怒りを覚え、命を賭して告発する決心をしたのだ。

          

 スノーデンは告発を依頼する相手として、当時イラク戦争のドキュメンタリー映画をアメリカに批判的な立場で制作し、当局から睨まれていた映画監督コーラ・ポイトラスに委ねることにした。(コーラ監督は女性監督である)
 映画はスノーデンがコーラに電話をかけるところから始まる。つまり映画は、スノーデンの告発が世界を驚かせる前から始まっていたのだ。その電話をかけたときのスノーデンのコードネームがタイトルの「シチズンフォー」である。

 コーラ監督は、旧知のジャーナリストのグレン・グリーンウォルドを伴い、スノーデンを香港のホテルに呼び寄せ、そこでグレンを聴き手として彼の告発を聴くのだった。
 映画のほとんどは、香港のホテルでスノーデンが必死の決意で告発する様子に肉迫する。
 告発の内容は、NSA(国家安全保障局)が米国民の膨大な通信データを秘密裏に収集しているという衝撃的な事実だった。
 画面はスノーデンの神経質そうな表情を、拘束される恐れの表情を、そしてひしひしと迫る米国官憲の雰囲気を余すところなく映し出し、迫真のドキュメンタリーとなっている。

         
         ※ スノーデンの告発を聞くグレン・グリーンウォルド(中央)です。

 その後、危険が迫った香港のホテルを後にするのだが、カメラはそこから先へは追うことができなかった。
 香港を出たスノーデンは紆余曲折の末、ロシアへの入国を許可され、米国から恋人を呼び寄せ、静かに暮らしているところを遠景で映し出しているところでTHE ENDとなる。

 スノーデンはいまだにアメリカからは追われる身である。
 スノーデンの行為は、一人の人間としての義憤から出た行為だと理解できる面も確かにある。しかし、その行為は緊張関係が続く国際間において米国の威信を大きく傷つけることになったことも事実である。
 私がスノーデンの立場だったらどうしただろうか?
 映画を観た一人ひとりに鋭く問いかけてくる映画でもあった。
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PMF2016 オープニング・コンサート

2016-07-17 22:07:05 | ステージ & エンターテイメント
 札幌の夏の風物詩としてすっかり定着した感のあるPacific Music Festival 2016がスタートした。昨日(16日)、スカッと晴れ上がった夏空の下でオープニング・コンサートが札幌芸術の森・野外ステージであった。ホールで聴くクラシックも良いが、野外もまた別の趣があって良いものだ。

          
            
 私にとって3度目となるが、PMFのオープニング・コンサートを友人と共に聴く機会を得た。実は、このオープニング・コンサートは無料で開放されているという嬉しいコンサートなのだ。
 この日は、大きく3部構成からなっていた。(プログラムに部構成では載っていなかったが…)

          
          ※ 会場に入場前にはアカデミー生のファンファーレによって開会が告げられました。

 最初がPMFの指導を担当するウィーンフィルの弦楽奏者で構成する弦楽四重奏(アンコールではコントラバスを加えて五重奏で)でハイドン作曲の「弦楽四重奏曲 へ長調 作品77-2『雲がゆくまで待とう』」が演奏された。

          
          ※ PMFウィーンと名付けられた弦楽四重奏の演奏です。

 続いて、やはりPMFの指導を担当するベルリンフィルの現役奏者を中心にベルリンからやってきた木管奏者が、木管五重奏によってモーツァルト作曲の歌劇「『コジ・ファン・トゥッテ』によるハルモニームジークから」をはじめ、計3曲を演奏した。

          
          ※ こちらはPMFベルリンと称された木管五重奏の演奏です。

 最後は総勢90名にもなる今回のPMFアカデミー生によるPMFオーケストラが、PMF
アカデミーの卒業生でもある原田慶太楼指揮で4曲演奏した。その4曲とは、
 (1)バーンスタイン作曲「『キャンデード』序曲」
 (2)ドビュッシー作曲「交響詩『海』から第2楽章『波の戯れ』」
 (3)ワーグナー作曲「歌劇『さまよえるオランダ人』序曲」
 (4)ヴェルディ作曲「歌劇『運命の力』序曲」
の4曲だった。

          
          ※ アカデミー生90名のオーケストラが奏でる音は迫力がありました。

 教授陣たちの演奏はさすがに安定した演奏ぶりが光った。本場ヨーロッパでも名門と呼ばれる交響楽団に在籍している奏者たちの演奏で贅沢なひと時だった。
 私が知るかぎり、ヴァイオリンのライナー・キュッヒル、ホルンのサラ・ウィルスなどは3年連続して来札し、指導されていると思う。札幌が気に入った?あるいはPMFのステータスが本場でも評価されている証拠だろうか?

 PMFオーケストラは、若さが前面に出た勢いのある演奏だった。まだところどころに綻びはみせるものの、まだ始まったばかりである。この一ヶ月半くらいで彼らはそれぞれ大きく成長してそれぞれの本国へ帰っていくのだろう。
 このPMFオーケストラで最も印象的だったのは、原田慶太楼の指揮だった。彼は現在、アメリカ・シンシナティフィルを中心に指揮活動をしているということだ。既成にとらわれないダイナミックな指揮ぶりが印象的だった。服装からしてアメリカナイズされていたが、その指揮ぶりはヨーロッパの指揮者では考えられないほど指揮台の上で躍動していた。

          
          ※ 司会からインタビューを受ける指揮の原田慶太楼氏です。服装がアメリカン?

          
          ※ 原田氏の躍動的な指揮をカメラに切り取るのは難しいですね。

 PMF2016は始まったばかりである。私はこの後二つのステージのチケットを購入している。さらにはこの後、市内各所で行われる無料のコンサートにもスケジュールが合うかぎり参加したいと思っている。
 札幌の夏の風物詩ともなったPMFをしっかり楽しもうと思っている。


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戦後民主主義とは?

2016-07-16 23:53:22 | 講演・講義・フォーラム等
 国の行く末を巡り、その舵取りを担おうと権謀術数がうごめく政治の世界を読み解くことは、かくも難しいことなのかということを実感させられた。戦後70年とされる今、日本の民主主義はどこへ向かおうとしているのか?研究者の話を聞いた…。 

 北大全学企画公開講座「『国のかたち』を案ずる時代の知恵」第4回講座は、法学研究科の権左武志教授「戦後民主主義の思想と冷戦終焉後の変容」と題しての講義だった。
 そのタイトルからは“「国のかたち」を案ずる”という今回のシリーズの本丸ともいえる講義だったのだが、いかんせん私には難解を極めた。

          
          ※ この日も法学部の一年生が権左教授を、そして講義内容をレクチャしてくれました。

 ブログ作成でこれほど呻吟を極めたことも珍しい。何時間もパソコンの前に座ってあれこれと巡らせたが、つい匙を投げた。そこで恥かしながら、今回は権左教授が講義前に提示されたテキストを転写することでお茶を濁すことにする。少し長いですが一読していただけたらと思います。
 なお、権左教授は思想家であり、政治学者としても著名だった丸山眞男に深く傾注され、丸山眞男の著書を通して、戦後日本の民主主義を読み解かれたようです。

          
          ※ 講義をする権左武志教授です。

 昨年戦後70年を迎えた日本では、日米戦争の敗戦体験が様々に語られました。70年余り前に敗戦を経験した日本で、明治以来の近代化の歴史を振り返り、東西冷戦下に今後進むべき進路氏方向性を示そうとしたのが、丸山眞男(1914-1996)を始めとする知識人の戦後思想でした。この講義では、最初に、丸山眞男に代表される戦後民主主義の思想を振り返り、歴史的文脈の中で相対化して捉えるよう努めたいと思います。その上で、26年前の冷戦終焉が戦後思想をいかに大きく変容させたか、また冷戦終焉後の思想変容をいかに評価できるか、考えてみたいと思います。
 戦後思想は戦争体験を思想化したものだと言われています。戦後丸山の思想も、軍隊体験を踏まえ、日本国民を戦争に駆り立てた超ナショナリズムやファシズムの思想を分析し、その特質を欧州ナショナリズムやドイツ・ファシズムと対比して解明する作業から始まりました。そこで、日本の超ナショナリズムが欧州ナショナリズムと異なるのは、天皇中心の価値体系が対外膨張の推進力をなした点に求められ(「超国家主義の論理と心理」)、日本の戦争指導者が日米開戦の決定を果たした役割は、「神輿」「役人」「無法者」からなる無責任の体系と説明され(「軍国支配者の精神形態」)、日本のファシズム運動は、下からのファッショ化を抑圧して上からの国家統制を進めた「上からのファシズム」と特徴づけられます(「日本ファシズムの思想と運動」)。そして、日本ナショナリズムの発生は、西欧の衝撃に反応する外発的性格を持つ点で東アジアと共通する一方で、衝撃に対する反応の仕方から、上からの近代化に成功しつつ帝国主義と癒着した日本独自の発展が説明されます。(「日本におけるナショナリズム」)。そこには、(1)天皇制を支える前近代的神話・象徴体系がまだ解明されていない点、(2)明治ナショナリズムの健全性を評価し、ナショナリズムと民主革命の結合に期待する点、(3)フランスの内発型ナショナリズムをモデルとし、外発型ナショナリズムが敗戦体験を経てファシズムと結合する可能性を見逃している点を指摘できます。
 まもなく朝鮮戦争が始まり、東西冷戦が激化すると、丸山は、(1)東西二つの陣営が平和共存する可能性を説き、二つの世界に対する非武装中立の立場を唱えます(「三たび平和について」)。そして、(2)日本再軍備と共に始まった改憲論議では、憲法九条の平和主義を「政策決定の方向付け」を示す規定として擁護します。(「憲法九条をめぐる若干の考察」)。(3)とりわけ1960年の日米安保条約改定問題では、岸内閣による新安保条約の強行採決に対し、議会を翼賛体制化する議会制民主主義の危機として抗議します。(「この事態の政治学的問題点」)。そこには、東西冷戦が拡大する現実に対し、対米従属とは異なる戦後日本の別の可能性、自主独立の進路を指し示そうとする丸山の基本姿勢がうかがわれます。
 こうした戦後民主主義の思想は、30年後に東欧自由化とドイツ再統一で東西冷戦が終焉し、冷戦で封印されていたナショナリズムの力が解放されると、次第に、しかも着実に変容していきます。(1)湾岸戦争下の国際貢献論議は、「普通の国」として戦勝国と対等の地位へ復帰する敗戦国の新ナショナリズムを目覚めさせ、憲法九条と日米安保条約が共存する「九条=安保体制」の終焉が説かれました。(2)「戦争を知らない」68年世代からは、米軍占領下に新憲法が制定された「ねじれ」を解消する全面的憲法改正論が主張され、民主主義を愛国心と結合するという「愛国」論議が解禁されました。そして、(3)保守与党と革新野党が並存し続ける「55年体制」の戦後政を克服するため、小選挙区制を導入し、首相権限を強化し、政権交代可能な二大政党制を目指す「政治改革」の実験が、1993年の選挙制度改革以来続けられました。冷戦終焉後のこうした戦後思想の変容は、20年後の日本に何をもたらしたでしょうか、2012年以降、岸内閣を継承し、日米同盟の相互防衛化と全面的憲法改正を目指す政権が登場したことと何か関係があるのでしょうか、考えてみたいと思います。


          

 特に政治の世界とか、思想の分野は、それを説く立場によって主張が大きく食い違ってくる場合が多い。したがって、この権左教授の論もまた、一つの考え方ということもできる。
 権左教授のお話を聴きながら、戦後の日本が欧米の民主主義に倣いながらも、日本においては独特の「天皇制」が大きく横たわっているのかなぁ、という思いを強くした。
 現憲法においては、国民の「象徴」として政治的影響力を排除しているが、そのことが憲法改正論議の中でどう推移していくのか、注意深く見守りたい点の一つであると、この講義を受講して思った点の一つである。
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