今日が一番素敵

丁寧な暮らしを心がけながら、日々、折々のの心模様を素直に語ります。
今が一番素敵との思いを込めて。

続 谷根千散策

2016-06-13 07:20:41 | 

このたびの散策で、何といっても、出逢えて一番感動したのは、森鴎外が「舞姫」を執筆した旧居でした。

「水月ホテル鴎外荘」という名称のホテルの中に保存されています。

ウォーキング終了後、参加者一同、その館内でとても美味しい懐石料理を頂きました。

 

昼食後、その旧居を訪ねた私とKさん。

静かな佇まいの、美しい日本庭園へ足を踏み入れました。

何故か、他の方達の人影はほとんどなく、ラッキー。

樹齢を感じさせる瑞々しい緑の木立の庭をを臨む場所に、趣ある古い家屋が。

広い和室が二部屋見えます。

上がって、中の様子を見せていただきたかったのですが、その日は貸し切りのお客さんがいらしたようで、残念ながらそれは叶いませんでした。 

 森鴎外が暮らしている様子が目に浮かんでくるよう。

明治の浪漫にしばし浸り、このたびのウォーキングの感慨を、一層深くした私です。

また是非訪ねたい、と心から思いました。

 

 

他では、15代将軍徳川慶喜の墓前に佇みお詣りができたこと。

日本の歴史を大きく塗り替えた潔い決断の偉業に、思いを馳せたりもしました。

 

 

夏目漱石の住居は跡のみでそれらしき形跡は何も残っていませんでしたが・・・・・。

文豪に思いを馳せ、幾分でも身近に感じられ嬉しく思った私です。

終の棲家ではなく転居を繰り返した中の一軒の跡地のようでした。

 

 

幸田露伴の有名な小説「五重塔」の塔が立っていた場所にも出逢えました。。

未遂心中の放火で、跡形もなくなっていて、心無い事をする人がいるものぞと、なんだか私まで悲しい気持ちに。

 

 

谷中霊園
この霊園には、鳩山一郎、横山大観、渋谷栄一郎などの有名人のお墓も。
この一角に五重塔の跡地があります。

 

団体行動ゆえ、丁寧に撮る心の余裕はなく、慌てて撮影したものばかりですが、

これまで掲載した画像は、私にとって特に印象深かった観光スポットで、道順に沿ったものではありません。

最後に、まだ載せていない画像を一気に掲載させて頂きますね。

綴るうちに、頭が混乱してきました。

まとまりがない文章でごめんなさい。

紀行的な文章は特に苦手意識が強くて、ブログ綴りの苦労が二倍になります。

 

 

 

根津神社

束の間の休息でしたので、見学はできませんでしたが・・・・・・。
徳川綱吉が造営した社殿を千駄木の旧地より遷座したもののようです。
重要文化財に指定されていて、江戸の建築とした最大規模の神社との事。

                     大名時計 博物館  門前の観光のみでした。  

 

瑞輪寺
徳川家康開基の日蓮宗の本山
この界隈は、日蓮宗の寺院が至る所にあり、寺町になっています。

 

                  築地塀
                  江戸時代に築造された土塀

 

谷中千は、正確に述べると、下町と門前町、寺町、武家町が一体となって連なる情緒と文化の香り高い場所です。

ゆえに見どころが満載。

思い出して綴ることで、改めてこの地域の特色と魅力を再認識することできました。

ブログの有難さですね~

けれど、苦労も多かった~

綴り終わるまでにかなりの時間を要しました。

 

お天気も良く、目にも鮮やかな新緑に、八分咲きのつつじが彩を添え、散策には絶好の日和でした。

同行した人たちとは解散後、二人で下町風俗資料館も訪問。

そこで昭和初期の風習や遊具に触れ、童心に帰った私とKさん。

知恵の輪のような遊び道具には、熱心に挑戦したり、と。

 

 

最後に、彼女の案内で、あんみつで有名な老舗の喫茶店、「みはし」に。

天下一品といってもいいような美味しいあんみつをいただき、帰路に就きました。

彼女の話では、歩行数は16350歩だったようです。

私は帰った当日は、意外に元気でしたが.翌日に疲労が出て、三時間もお昼寝。

或る表示の変化に、びっくりもした私です。

翌日、体重計に乗ると、体重は52キロ台(48キロになることが目標です。笑)で、ほとんど変わりませんでしたのに、体年齢が三歳も年取っていました。

二週間後くらいに、元の57歳に戻りました。

過度の運動は、体年齢を、かえって上げてしまうのかしら?

奇妙な発見に首を傾げた私です。

実際は72歳の私です。

でも、昨日久し振りに体重計に乗ると、59歳に。

56歳の時期がしばらく続いたこともあったのに。

実年齢よりかなり若いとはいえ、何だか悲しい。

 

 

 Kさんにまた散策に誘っていただきたいけれど、いつも最後尾の私を気にかけていた彼女。

迷惑をかけてしまい、申し訳なく思います。

今また、百歳になられたご義母様のご体調がよくなくて、車で五駅先の施設に連日通い、大変な日々でいらっしゃるようです。

本当によく尽くされていて、その親孝行に頭が下がります。

ご親族の皆様の願いが届き、さらなるご長寿と穏やかな日々を、とわたしも祈って止みません。

 

前の記事で、すでに触れましたが、そのご義母様が、最近亡くなられました。

ご家族様の心を尽くしたご介護に感銘を受けていた私です。

御心中を察し、私も心塞ぐ思いがしています。

最近は身の回りで、亡くなる方が多すぎて・・・・・・。

夫の死とも重なり、精神的には少々つらい日々です。

元気を出さなくては。

 

またしばらくお休みさせていただきます。

ながぁ~い夏休みを取りたい気持ちもしていますが・・・・・・。

気の向くまま、心の声に応えて、ブログに臨むことに致しますね。

このたびも、たくさんの応援、ご訪問、本当にありがとうございました。

 

梅雨入りし、体調を崩しやすい時期です。

皆さま、くれぐれもお体をおいとい下さいますように。

厳しい暑さに備え、体力を付け、迎える盛夏を元気に乗り切りましょう。

 

カナディアントレッキングに出発のA(妹)ちゃん(世界にただ一つの姥花日記)!

気を付けていってらっしゃ~い!(^^♪)

 

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谷根千散策で感動したスポット色々~止めたくなってしまったなぁ~

2016-06-12 07:00:29 | 

最寄り駅のホームで待ち合わせた私たちは、電車に乗り込み、いよいよ目的地に向かって出発です。

約五キロの道のりを歩くこのたびのウォーキングは、私にはかなりの強行軍。

このようなイベントは初体験といっていいでしょう。

自信は全くなかったのですけれど、Kさんが一緒なら、心強くて何とか頑張れそう・・・・・・。

幾分の不安を抱きながらも、心は弾んでいました。

 

谷中銀座

姿勢も良い彼女。歩き方も颯爽として、私には誠に頼もしい存在でした。

 

意欲的に参加したいと思った理由は、Kさんが誘ってっ下さった事が一番ですが、

他に、歩く行程に点在する、あまりに盛りだくさんな魅力的な観光スポットに、心から惹かれたからです。

私の興味をそそる見どころが、満載といった感じでした。

ざっとその道順をご紹介しますね。

谷中銀座ー須藤公園ー青鞜社ー森鴎外記念館(観潮楼跡)-夏目漱石旧居跡ー根津神社ー大名時計博物館ー瑞輪寺ー築地塀・観音寺ー天王寺ー谷中五重塔跡ー徳川慶喜の墓所ー鴎外荘(水月ホテル)

行き先は、都内の文京区及び台東区に位置する「谷根千」。

私は全く知らなかった地名ですが、娘たちは、母校の大学の周辺に当たるため、よく知っていました。

由緒あるお寺や建物が多くあり、「日本の歴史風土100選」にも選ばれたところだそうです。

谷中・根津・千駄木エリアのことを「谷根千」と略して言われていて、東京23区の中心地にありながらも、戦火を免れ、昔ながらの東京の下町としての風情をそのまま残す、歴史と情緒が溢れる地域。

 

 

 須藤公園
江戸時代、加賀前田藩の支藩大聖寺藩主松平備後守の屋敷であった所。

 

夏目漱石、森鴎外等が住んだ住居やその跡地、将軍徳川慶喜の墓所もあります。 

高校時代、大仏次郎著の「赤穂浪士」を読んで以来、私が一時期夢中になった忠臣蔵由来のお寺もありました。

他にも上げれば、まだいろいろあるのですが、画像のみで丁寧な説明は割愛します。

 

森鴎外記念館
残念ながら休館日で、館内に入ることはできませんでした。

 

集合時間の15分前くらいに、目的地に到着した私達でしたが・・・・・。

何と参加者は百名以上に上り、何グループかに分かれて、すでに出発したとの事。

わたし達は最終グループでした。

それがかえって良かったのか、ガイドの方は、年配の実に落ち着いたしっかりした男女お二人。

特に男性のガイドさんは、ユーモアたっぷりで声も良く通り、実に分りやすい説明でした。

 

後半の寺町界隈の散策では、私は常に皆さんから遅れがちとなり、最後尾。

そのガイドさんが、見かねて私のバッグをお持ちくださいました。

大きい割には軽くて、荷物が体力を消耗するといった感じではなかったのですが。

でもやはり、とても助かりました。

私も,、お洒落なリュックサックが欲しいけれど・・・・・・。

でも衣類費が赤字の現状では、いまは無理です。

 

他の方達の姿が見えませんね~
ずっと先を歩行中です。
昼食の予約時間に遅れそうとかで、歩行のピッチがかなり上がり、ついていくのがちょっと大変!

 

レンズは軽いものに変えていたとはいえ、一眼レフのカメラを持って歩いているのは私だけ。

それなりの重量がありますから、他の方に比べると、荷物の負荷は多少大きかったかもしれません。

ブロガーにはカメラは必須で、私はこのカメラしか所有していませんから、止むを得ないことでした。

「立派なカメラですね~」

ガイドさんに褒められましたが、キャノンのKissシリーズものにすぎません。

交換レンズに、多少上等なものを持っていますが、今回の散策では、最初から付いていた軽めのレンズにしました。

 

いよいよ散策道の観光スポットの説明に入ります。

すべてをご紹介するのは無理ですから、私の心を打った印象的な場所のみにさせていただきますね。

長くなりますので、この続きは明日に回します。

 

今回は、途中から私のブログ記事の内容も、かなり大きく変えました。

次女宅にも、頻繁に行くことになりました。

そのためか、少々疲労気味。

ブログ綴りを止めてしまいたい気分に陥ることもしばしばでした。

止められない一番の理由は、認知症になるのが怖いから、なぁ~んて。

結構、真実です。

これでは、ブログを書く理由が、あまりに消極的で、情けないですね~。

他にも、前向きな理由はありますけれど

明日、もうひと頑張りすると、しばらくお休みできると思うと、なんだか嬉しい私です。

もっと記事を軽やかに綴り、心から愉しめるようになることが、今後の私の課題といったところでしょうか

 

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谷根千散策~敬愛して止まないKさん

2016-06-11 07:13:31 | 

今日は、三日前に投稿した記事の続編です。

間が空いてしまいました。

その時、楽しかった出来事の思い出を、一気にまとめて綴る予定でした.

ところが、ご近所の方とのお花見の際の二つの話題のみで、終えてしまった私です。

今思うと、一気にすべて書くなんてとんでもない。(笑)

その時の内容も、二つに分けて記事にすれば、もっと短い文章になりましたのにね~

何だか短文にするコツがわかってきたような気がしています

 

わが家の花壇の寄せ植え

 

順番に書くとなると、次はママ友達8名のお食事会とお花見。

孫息子のK君とのお出かけ。

行き先は、上野公園にある国立科学博物館で催されている恐竜展でした。

それからしばらく経過した4月26日の事。

親友のKさんと、「谷根千ウォーキング」へ参加、と言った順番になります。

 

友人とのお食事会は八名揃った写真も載せました。

麻生十番の和食どころ「きてら」の懐石料理がとても美味しくて、その説明をされたシェフの心意気に感銘を受けました。

そのあと、六本気のミッドタウンでお花見をした私達でしたが、お上りさん的心境になってしまった私。

目を見張り、感動しきり。

高層ビルが林立する近代的モダンの空間に、桜が見事に咲き誇り、都会のオアシスを形成していました。

 

 

今更ですがミッドタウンの広場の画像です。

 

それから数日後、孫息子との恐竜展へのお出かけ。

この記事は、詳しくいつかぜひ書き留めておきたいことですが、盛りだくさんだった谷根千散策の思い出を、忘れない内に、先に書くことに致しますね。

 

最近は(6月の事です)、隔日、次女宅に行き、K君の帰宅を迎え、塾に送り出すまでの母親代理業に精を出しています。
K君の嬉しそうな顔を見ると、小学校を卒業するまでは、やり遂げたいのだけれど・・・・・・。
なんだか急に暮らしが忙しくなった感じです。

 

谷根千散策に誘ってくださった親友のKさんは、私より5歳お若い方です。

私のブログには、幾度もすでに登場していただきました。

そのため、重複する説明があるかもしれませんが、悪しからず、ご了承くださいませ。

 

共に同じ時期、ロサンゼルスにおける海外暮らしを経験し、その時、親子共々、大変お世話になりました。

娘たちを、わが子のように可愛がってくださいました。

アメリカンスクール終了後、日本人学校への送り迎えも交代でしたものです。

私も慣れない異国で戸惑うことばかりでしたが、彼女のお蔭で、その苦労を乗り切り、楽しく有意義な海外生活を送ることができました

まさに恩人です。

 

英語が堪能で、それを生かし、帰国後も長い間、国際機関関連のお仕事に従事しておられた彼女。

二年ほど前に、退職されたばかりです。

 

英語で大学の講義を受け持たれたこともあるほどの才媛でいらっしゃいます。

女性ながらの長いお勤めでしたが、ご主人様は、世界的に有名な大企業の副社長として活躍されたお方。

私は夫の葬儀後、会社への対応について、ご相談にも乗っていただきました。

自己実現のためでいらしたのでしょうか。

60代半ばまで勤めあげられた、彼女の気力と努力に頭が下がります。

一方、主婦業と母親業も見事にこなされた良妻賢母でもいらっしゃいます。

 

 

実は最近、お身内の御不幸に遭遇されました。

心中をお察しして、私も悲しくてなりません。

また何時か、記事にしたいと思っています。

 

私は、社会経験豊かで優秀なKさんの足元にも及びませんが、なぜかとても気が合う二人。

心もとない私は、彼女を頼っての初めてのウォーキング参加でした。

さてさて今後の道中はいかに。

 

明日に続きます。

 

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徹底的な予算生活の私。

2016-06-10 07:12:31 | 暮らし

今後の暮らし方について思い巡らし、悩んでいることを、昨日の記事で語りました。

旅行など、外の世界にもっと関心を寄せるべきか、あるいは私の大好きな家の充実をもっと図るべきか。

両方ができれば、一番良いのでしょうが、そうすると遺族年金の収入のみでは無理です。

貯金を切り崩す生活をしなければなりません。

 

私はできれば、それは避けたい。

毎月の収入で、すべてを賄う暮らしをすることがモットーです。

私の毎月の生活費は、他の遺族年金の方に比べると多少恵まれているほうかもしれません。

遺族年金以外に、夫のアメリカ年金はほとんど全額いただけますし、他に手当ても多少あります。

でもやっぱり少ないです。

これまでの夫の収入の二分の一以下ですから。

企業年金が無くなってしまった影響が多大です。

 

私は、三十代後半から、家計簿の記帳を休んだことがありません。

その間、投資に一時期熱心になったことがありましたが、それでも家計簿の記帳は続けていました。

なぜもっと早く目が醒めなかったのか不思議でなりませんが・・・・・・。

投資を止めてからは、その損失を埋めるべく、ますます徹底した予算生活を送りました。

その努力の甲斐があって、貯蓄も、今後の心配をしなくていい程度には準備できた私です。

 

ウッドコーンのビクターの音響機器。
とても美しい音色が出ます。でも故障中。音楽に飢えている私です。

 

今も、費目の分け方は同様で、羽仁もとこさんの家計簿を使用しています。

夫が亡くなってからも、数万に過ぎませんが、貯蓄も出来ています。

旅行費、衣類費、お寺費などは毎月残りますが、これは今後使い切ることなので、貯金額にはむろん入れていません。

衣類費は、赤字状態で、毎月の予算額ほぼ二万円を、赤字を埋めることに、今は充当しています。

夫が亡くなって数か月後、自分を慰めたくて、好きなブランドの洋服を二着買ってしまいました。(トホホ)

それが消えるまでは、衣類はしばらく買えない私。

早く赤字をなくしたいところですが、来年までかかりそう。

まだしばらくの辛抱です

 

 

 

旅行費の二万円は、今後、お墓参りに年に数度帰広するため、その経費でほとんど消えてしまいそうです。

秋のお彼岸は、長女が墓参してくれそうですし、広島が大好きな次女家族も、毎年一度の広島行きを心がけてくれるようです。

ですから、わずかながらですが予算の旅行費が余るかもしれません。

でもこの残りでは、大したことは愉しめませんね~

 

十分暮らしを愉しむためには、固定の予算以外の項目の経費をいかに節約して残すかにかかっています。

それが食費、保健衛生費(化粧品代、美容院代などもこの項目に入れています)、交際費、交通費、教養費といったところでしょうか。

予算額すべてを使い切っても、多少は貯金ができるように予算を立てました。

けれど、この額は為替の変動の影響を受けます。

今のところ数千円ですが。

アメリカ年金が収入の一部だからです。

 

世界的なベストセラーになりましたね。

最初読んだ時は、この程度の内容と少々がっかりでしたが、その後結構傾倒してしまっている私。
ここに書かれている暮らし方は、私の目指すところかもしれません

 

将来的には、衣類費も、計画的な購入で買い揃え、ほとんど買わないでいいようにしたい、と思っています。

高価な宝石はもう無理です。もともとあまり興味がなかった私ですが。

それが暮らしの潤いのための充当金に出来れば、生活にもっと余裕が生まれそう。

「フランス人は10着しか服を持たない」を見習いたいものです。

 

最近は、こんなことばかりよく考えるので、記事の内容も金銭的な記述が多くて、なんだか恥ずかしいです。

夫はお金の話をとても嫌いましたから、心が咎めますが・・・・・。

人生の大きな節目を迎えたゆえ、止むを得ないことと、自分を慰めています。

熟慮して、今後に備えないといけないことですから。

さぞお読み苦しい事でしょう。

ごめんなさい。

 

私が座右の書として愛読している草柳大蔵氏の書物に、下記のような文が載っています。

 

~お金を意識するときがくる。その使い方に自分の「程度」を意識する~

 このシチュエーションは、最初にお給料をもらった時の気持ちの変化に触れたもののようですが。

 今の私も、遺族年金と言う、私のみの収入を毎月手にするようになり、初心に帰り、似た気持ちでいます。

 

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今後の暮らし方に思い巡らす私 

2016-06-09 08:11:27 | 日記

親友のKさんから、お誘いのメールがあったのは、今回の谷根千散策のひと月半ほど前の事でした。

NPO主催企画の案内が目に留まり、興味を持ったので、早速問い合わせられたようです。

ところが参加費が4200円と高額だったので、他の友人を誘うのには躊躇いがあり、私に声をかけて下さったとの事。

いつもはご一緒のご主人様は、予定が他におありだったようです。

彼女の誘いを、心から嬉しく思い、参加したい旨、お返事を出したのはいうまでもありませんが・・・・・。

参加費に気を遣う彼女に、私はとても考えさせられました。

 

年金暮らしともなると、むやみにお友達を誘って負担をかけてはいけないのかもしれない、と。

わたしも今後、気を付けなければ、と思いました。

私も遺族年金暮らしとなり収入は激減し、今までよりシビアな予算生活を送っています。

友人とのお付き合いは愉しいけれど、頻繁にとはまいりません。

夫が亡くなり、自由時間はたっぷり。

まだ何かと忙しく、そんな気分からは程遠いですが。

けれど、経済的自由は遥かに縮小。

この矛盾がチョッピリ悲しいけれど、現実をしっかり受け止めて、心豊かに暮らしたいものです。

 

さて、楽しみにしていた谷根千散策の日がいよいよ迫ってきました。

この日のために、初めて紐靴をヨシノヤで購入した私です。

今はやりの、お洒落なスニーカーに惹かれはしたものの、さすがに私の雰囲気には無理があり過ぎと思い、普通の紐靴になりました。

白のパンツを意識して、薄めの色に。

 

左のヒールは、私が今一番気に入っているお出かけ靴です。

 

この靴を履いて、日帰りの散策や旅行を、今後積極的に愉しみたいと、或るデパートの旅行パンフレットなども取り寄せ、意気込んでいる私ですが・・・・・・。

果たしてどうなることでしょう。

それにしても、ここは割高過ぎ。

行き届いたサービスが期待できそうで、一番惹かれる旅行社ですが・・・・・・。

 

 

「おうちでのんびりマイペース」に、幸福感を一番感じる私です。

妹にも、

「無理して旅行しなくてもいいんじゃない。

家庭的なことが好きで、家に一日いても退屈しないお姉さまなんだから、それを心から愉しめば」

 と言われました。

 

旅行に出かけても、帰宅するとぐったりで、しばらく体調をいつも崩す私。

気持ちのリフレッシュとは、必ずしもなりません。

 

でもでも一方では、それでは暮らしの意欲がなさすぎ。

これまでは、家族のために、母親業と主婦業に明け暮れひたすら頑張ってきた私です。

それが生き甲斐でもあり、私の心を十分に満たしてくれることでした。

 

けれど、今後の残り少ない余生は、一念発起。

外に目を向け、行動範囲を一気に拡げ、豊かな体験をしなければ、と思う自分がいます。

さてさて、その気持ちを行動に移すことが、本当にできるでしょうか。

自分自身でも、よく分りませんが・・・・・・。

ネットは既に私の興味の対象を察知しているようです。

私が見るサイトにことごとく、旅行社の広告ばかりが載ります。(笑)

 

 

十位は妹のブログです。

 

一層の事、旅行の予算を、家の充実にすべて向けてはどうかしら。

それなりの価格の絵画など買えて、お部屋の空間を引き立ててくれそう。

旅行と異なり、形となっていつまでも残り、私の心を潤し満たしてくれることでしょう。

 

家具も一部取り替えて、お部屋の模様替えも出来そう。

毎週、切り花をいっぱい買い、お部屋中に飾る程度の贅沢ならできそう。

節約志向が強くなり、かなり削っている食費の予算もアップできそう。

友人達を時々家に招いて、軽い昼食を振る舞ったり、アフタヌーティーのひと時を持っのもいいなぁ~。

上に挙げたことが実現するなら、旅行より、私はもっと幸せな充実感を味わえるかもしれない。

何だか、とても裕福な印象を与える描写になりましたが、さにあらず。

遺族年金の暮らしですもの。

いずれもささやかな思い入れです。

 

 

最近は頻繁に訪ねる次女宅ですが、いつもさりげなくお花が飾られています。

 

何だか、今後の暮らしが混沌としてきて、何を選択すれば良いのかよく分からなくなってきました。

最近は、こんな悩みに明け暮れ、限られた収入の一番良い使い道を模索する日々です。

 

まだ今日の記事は、長々と続くのですが、いったんここで打ち切らせていただきますね。

私のブログ記事の文章は長過ぎと、つくづく思うこの頃。

妹とも、昨夜この悩みで長話。

読む方にも、こんな拙い文ですのにお付き合いくださり、貴重な時間を割いていただくのはあまりに心苦しくて。

私も要らぬ苦労をして、ブログライフが心から愉しめてていません。

文章を短くすれば、もっと軽やかな気持ちでブログに臨めることでしょう。

 

と決心しても、すぐ元に戻ってしまう私ですが、しばらく努力してみますね。

この続きは明日、またつづります。

 

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思い出のエピソード二つ

2016-06-08 07:28:40 | 

前々回の一連の投稿では、「楽しい事もいろいろ」とのタイトルで記事を書きました。

夫を亡くし、寂しい私の暮らしに、彩りを添えてくれた出来事でした。

けれど、その時には十分なことが書き切れず、心残りのままだったようにも。

折角の楽しい思い出ですから、備忘録のために、もう少し詳しく綴りたい、と思います。

お花見の日の話題など今更、といった感じがしないでもありませんが。

印象的なこと、面白いエピソードについて。

これからの残り少ない余生。

「想い出」は一つ一つ愛おしむように一層大切にして、私の心の滋養にしていきたいです。

 

詳しく書き留めてまだいないイベントを順番に綴るとなると、ご近所の仲良しさんたちと出かけた目黒川沿いのお花見でしょうか。

友人お二人のうちFさんは、私より一回りお若い方ですが、親友と言っていいほど心から信頼し合っています。

このたびのお花見で、Fさんのファッションが、ハッとするほどわたしには新鮮に映りました。

ドレッシーなワンピースに、薄いエレガントなショールを羽織っておられたFさん。

靴はもちろん歩きやすいローヒールでしたが。

 

それに比べ私は、イナバヨシエのお店で、随分前に求めたジーンズのジャケット、白のパンツスタイル、といったラフな格好でした。

めったに着用しない自分らしくないコーデイネート。

多少無理してきている気分もあったからでしょうか。

お花見に当たって、さくらに敬意を表するかのようなFさんの優雅なお洒落が、とても素敵に私の目には映りました。

花を愛でる服装としてぴったりに感じられ、自分の身なりがなんだか恥ずかしくなってしまった私です。

 

素敵なお二人

 Iさんもとてもセンスの良い方。私同様に、モノトーン色の洋服がお好きなようです。

 

お洒落も、TPOがとても大切ですよね。

そのTPOも、人の目を気にするのではなく、自分の心に素直になって、一番ふさわしいと思う洋服を選びたいものです。

そう言えば、「谷根千散策」でご一緒したKさんの服装も、とても素敵で印象的でした。

軽装ながら、エレガントな大粒のパールのイヤリングと、同様にパールのペンダントのネックレスを身に着けておられました。

一見ミスマッチのように見える組み合わせですが、とても似合っていらして、彼女の上品なチャーミングさを一層引き立てていました。

Fさんと同様に、私は幾度見惚れてしまったことでしょう。

 

左がKさんです。四歳お若い彼女。姿勢も良く歩き方も颯爽として。

 

高齢になると(ご近所のFさんは、まだまだお若いですが)、次第にお洒落にも無頓着になていきそうで、なんだか心配。

ママ友のTさんから、以前に伺ったお話が、私には忘れられません。

Tさんのお姉さまは、とてもお洒落な方でいらしたようです。

ところが、急に服装を構わなくなられたことで、お姉さまの異変に気づかれたTさん。

その後、アルツハイマー病との診断があり、症状が日増しに重くなられたようでした

 

お洒落を愉しむことと、ブログ記事をわずかでも毎日綴ること。

この二つを心がけているだけで、認知症の予防になるかもしれませんね~

 

もう一つ、お花見の日の面白いエピソードを、語らせていただきますね。

ご一緒した友人、Iさんの対応の機転に、思わず慌てたものの、大笑いしたお話です。

 

 

 「土山人」

 

Fさん、Iさん、私の三人で、目黒川沿いのお花見を、時におしゃべりしながら愉しんでいました。

途中、Fさんが、芸能人も良く訪れ、雑誌にも掲載されたことがあるという、有名処のお蕎麦屋さんに案内して下さいました。

まるで隠家の如く目立たない場所にあります。

店内に入ると、実にセンスのいい和風モダンの空間が私達を迎え入れてくれました。

付け合わせの小鉢が数点付き、それぞれが注文したおそばが供されました。

何と美味しい事。

感動ものでした。

まだ、真新しさが何となく感じられるお店ですから、おそらく長女夫婦がこの近辺で暮らしていた頃にはなかった事でしょう。

 

実はその後、長女夫婦が新婚時代に暮らしたその場所に、いつの間にか辿りついてしまった私達です。

突然の如く、懐かしい、けれどチョッピリ曰くつきのマンションが目に飛び込んできたときの私の感激は相当なものでした。

この時代に、長女家に初孫が誕生。

それはそれは足繁く通った所です。

 

 

既に以前の記事でも、このマンションにおける、私の複雑な思いを綴ったことがありますが。

賃貸にするために、手付まで払い、購入寸前になっていたこのマンションの物件を、娘たちに譲った経緯があります。

その大金を、魔がさしたとしか思えない、投資につぎ込んでしまった私。

投資顧問に騙されたかのように、その大金が激減してしまいました。

けれど、投資はあくまで自己責任。

投資顧問を恨む気持ちはありませんし、今ではもう過去の事。

くよくよしても始まりません。

 

 

そのマンションに、十数年ぶりに再会した私でしたが、管理が行き届いているのでしょう。

新築当時の外観と何一つ変わることなく、かすかにピンクがかった外壁は、目黒川沿いの桜とコラボしてとても美しく、風格ある優雅な佇まいのままでした。

友人達も、その美しさに感動してくれました。

 

長女家は、そのマンション購入が良いきっかけとなり、人生に弾みがついたようです。

今では都心の閑静な住宅地に一軒家を構え、このマンションは賃貸にして運用しています。

 この話を、友人達にしたところ、Iさんが、

「譲ったのが他人でなくてよかったじゃない。他人だったら、もっと残念だったと思うわよ」と。

 

本当に、Iさんの言う通りです。

長女たち夫婦はその後、順風満帆な幸せな結婚生活を送っています。

私が老後の夢にかけた、このマンション。

それを手放し、思い切りよく婚約中の長女とフィアンセのHさんに譲りましたが・・・・・。

その時、子の幸せを強く願った親の祈りが、叶った、と思うことにしましょう。

 

私は懐かしさの余り、前庭のようになったポーチのコートに足を踏み入れ、玄関ドアのあたりまで、行きました。

すると管理人さんが突然現れ、言いました。

「ここは関係者以外、立ち入り禁止です」

 

 

その注意を受けて、私は慌てて立ち去ろうとしたとき。

友人のIさんが、咄嗟の機転を働かして言葉を返しました。

「この方、このマンションの所有者です」

 

私は一瞬ビックリ!

彼女が後で言いました。

お子さんの所有物なら、~さんも同様よ。

 

苦笑いをしながらも、彼女の咄嗟の言い回しに感心した私です。

その一言で、管理人さんは引っ込んでしまいました。

今も、所有者でいられたなら、家賃が副収入となった私。

くらしの潤いに、どんなになったことでしょう。

子供とはいえ、譲ったことが、またちょっぴり悔やまれた一瞬でした。

 

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ビックリの私 長女がテレビに登場 

2016-06-07 07:15:20 | 家族

これからお話することは、私事に過ぎない、実に他愛ない事です。

断る程のことでは、なかったかもしれませんね。

私のブログは個人的な話題ばかりで、何だか恥ずかしい~

過去の記事を読むと、社会的な問題にも、時々触れているのですが・・・・・・。

今も、関心は結構ある私です。

けれど、年を重ねると共に、知識不足が一層気になり、自分の言葉で語る自信がなくなってしまいました。

社会問題や、普遍的な事柄も取り上げて、もっと高尚な内容にしたいとの思いはあるのですが、なかなか・・・・・。

 

さて今日、私が今から取り上げる話題は、またまたプライベート色濃い娘の話。

母親の私が、わが目を疑うような驚きの出来事がありました。

多少大袈裟な表現になるかもしれませんが、笑って聞き流して下さいね。

 

単刀直入にお話すると、長女のMちゃんが、テレビに登場しました。

その番組を見る前日の事です。

Mちゃんから、

「もしかすると私がテレビに映るかもしれない」

との報告がありました。

「どんな風に映るのか分からないのだけれどね。恐らくちょこっと、出る程度だと思うわ」と。

「夜の~テレビ局のニュース番組だから、良かったら見てね」と。

「十時なんて時間は、もう私は床に就いて眠っているわよ。

そんな時間まで起きていられないから、録画にしておくわ」

と言って電話を切りました。

その時は、期待するほどのワクワク感など更々なくて、見落としたらそれまで、といった程度の受け止め方だったのです。

出ても、Mちゃんの働いている姿がちらっと画面に映る程度の事を、イメージしていた私です。

 

 

とはいえ、次女にも報告しました。

なぜなら、録画を頼みたかったから。

テレビをめったに観ない私は、その操作に自信が持てなくて・・・・・・。

録画したつもりが、し損ねていたらいけないと思いました。

 

その翌朝、ひと働きし、朝の家事を済ませた後に、おもむろにテレビをつけた私です。

心配は取り越し苦労だったようです。

録画画面が、そのニュース番組になりました。

その番組が開始して、間もなくの事。

娘が働く会社の商品のデモンストレーション会場が、そこで大きく取り上げられました。

 

その後、応接間らしき部屋に映像が変わりました。

或るニュース番組の、私も良く知っている男性のコメンテーターがそこに立っていました。

するとその部屋に、黒の短めのジャケット、白のパンツ姿の女性が入ってきました。

胸が大きく空いたインナーに、控えめな小粒のダイヤのペンダントのネックレス。

まさしく、その人は、私の娘のMちゃんでした。

 

 

予期もしない意外な展開に、私は只々驚き、その後は固唾を呑んで、じっと見ているのが精一杯。

挨拶を交わした後、腰かけた二人の対談になりました。

5~6分でしたでしょうか。

コメンテーターの質問に、Mちゃんは臆せず自然体のまま、実に落ち着いた丁寧な口調で、応えていました。

キャリアウーマンと言うより、楚々とした優しい女性といった雰囲気。

私が日頃、目にするMちゃんより、はるかに美しい素敵な女性に見えました。

 

いつもは、時には小言も言う、我が子に過ぎないMちゃんです。

社会での活躍の一端を、テレビで観ることになろうとは夢にも思っていませんでした。

テレビを見終わった後も、私はなんだか夢心地。

いつものMちゃんとテレビのMちゃんが結びつかない気分で、戸惑ってしまいました。

 

 

娘の話によると、コメンテーターの方は、とても感じがよくて話しやすかったとのこと。

実際は、一時間近く談話した内容が編集され、7~8分の放映になったようです。

海外の社員と、テレビ会議をする場面も映り、Mちゃんが優しい通る声で、流暢な英語をしゃべっていました。

 

 

私は素直に感想を述べ、心から褒めてあげました。

「自然体の対応で、とても感じが良かったわよ。

会社の印象アップに、少しはなったのではないかしら。

いつものMちゃんより、はるかに美人に映っていたけれど、テレビ局の方がヘヤーやメイクを手直ししてくれたの?」

と訊きました。

「そんなことしていないわよ~」

と言って笑ったMちゃんです。

 

 

 

大学卒業後5~6年、銀行勤めをし、今の会社に転職した長女。

外資系のため、自由闊達な社風で、兼業主婦の立場の女性には働きやすい職場環境のようです。

そのため、私も安心して、それを見守ってきましたが、要職に就いてからの多忙さは、かなりの模様。

体を壊さなければよいのですが。

それが、心配でならない私です。

 

次女も似た転職をしています。

我が子が二人ともキャリアウーマンだと、母親はちょっと寂しい心境なんです。

いつ電話をかけても留守電の日が多く、すぐに話ができません。

私は、会社に電話をかけることはめったにありませんが、倒れるなどの緊急事態になった時、留守電だと、どうすればいいのでしょう。

どちらか一人でも専業主婦であったなら、余暇を一緒に愉しめてよかったのに、と思うことがよくあります。

 

私は子育て中、わが子が将来、仕事人間になることなど、夢にも思っていませんでした。

良妻賢母になり、幸せな家庭を築いてほしい、とそれだけを願い、育てた娘たちです。

既に時代の風潮でしたから、止むを得ないところがありましたが・・・・・・。

機会均等法が成立し間もなく、総合職で男性と変わらない職に、二人とも就きました。

私の人生の歩みとは全く異なります。

 

色々心配もし、複雑な気持ちなることも多々あるけれど、エールを送り温かく見守っていくしかありません。

旦那さまの看護と介助に忙しく、その後、思いがけない不幸で 諸事に追われ、しばらく協力が何もできていない私ですが。

すべてが一段落すれば、以前のようにいろいろ力になってあげられることでしょう。

先日は、ママに代わって次女の息子のK君の学校の行事に参加してきました。

昨日も、次女宅でK君の帰宅を迎えました。

この話題は、またそのうちに何時か、記事にさせて頂きますね。

 

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不条理な出来事 祈り

2016-06-06 07:12:14 | 人生

夫が逝き、その数か月後に、また信じられないような大地震が九州の中部を襲い、多くの人が亡くなりました。

この数か月の出来事は、私の記憶に深く刻まれ、改めて生きることの意味を問い直してくるかのようです。

病に蝕まれ、74歳で亡くなった夫は、おそらく無念であったに違いありません。

もう少し生きて、孫たちの成長を見届けたかったことでしょう。

けれど、東日本大震災や、このたびの地震で命を落とした方々の無念さと悔しさは、それ以上だったのではないでしょうか。

 

わたし達は、この世に生を受け、思春期の頃あたりからでしょうか。

限られた人生であることを、強く認識し始めるのは。

ゆえに、かけがえのない一日一日を悔いなく大切に過ごしたい、と願うのかもしれません。

私のブログのタイトル「今日が一番素敵」にも、そんな思いを込めました。

 

 

今は平均寿命は、男女とも伸びて、80歳を超えています。

けれど、この年数とは裏腹に、想定外の出来事や逆境が、私達の暮らしに突然襲いかかる危惧は、ますます増してきたかのように感じられる昨今。

このたびの地震も、敢えて言わせていただくなら、夫の思いがけない眼の難病やがんの罹患、死も、それに当たるように思います。

抗い難い、不条理な出来事が時に起きるのも人生。

特に天災は、老若男女、貧しい人、富める人、如何なる立場の人も、平等に対峙しなければならないこと。

時に非情になる自然は、人を差別などしません。

 

私の大好きな言葉、「諦めと覚悟」が、また胸に浮かんできます。

このブログ記事では、数年前から2~3度触れてきました。

常に覚悟をし、時には潔く諦め、前を向いて生きようとする気持ちを失わない限り、きっと私たちは元気に人生を歩めるのではないでしょうか。

 

そのような人たちの姿を、災害が起きるたびに、映像を通してですが私は見てきました。

その姿は、時に神々しくさえ私の目には映り、ただただ頭が下がる思いがします。

私も如何なる不幸に見舞われても、それを受容し、立ち直れる人でありたいと、強く願っていますが・・・・・・。

こればかりは、実際に遭遇してみないと、分りません。

 

 

夫が逝ってしまった後、数か月は、思い出しては涙、涙の日々でしたが、時の流れに癒されて、私は、次第に元気になっていきました。

私の場合、旦那さまの余命は数年と知らされ、心の隅で覚悟はある程度できていました。

ですから、受容は当然の事かもしれませんが・・・・・・。

でもやはり辛かったです。

自然災害や、交通事故、その他の突発的な出来事による身内の死は、受け入れる覚悟ができていないだけに、もっと辛いことでしょう。

 

私達は、いつ襲ってくるかもしれない不幸や非情な出来事を思い、常に覚悟と諦めの心構えが必要なのかもしれません。

諦めの言葉には、何か虚しい響きがありますが、私が初めてこの言葉を、覚悟と共に目にした時の意味合いは、とても前向きなものであったと思います。

ですから好きになりました。

 

最近も、同様の言葉を、朝日新聞のコラム「異論のススメ」で目にしました。

京都大名誉教授の佐伯啓思の言葉です。

私が楽しみに読んでいる、新聞記事の一つです。

そこに載っている文章を引用し、終わりにさせて頂きますね

 

 

だが本当の「あきらめ」は、思考停止でもなければ敗北主義でもない。本当に「あきらめる」には覚悟が必要であり、それは容易なことではない。その覚悟とは、人知を超えた巨大な自然の前にあっては、人間の生命など実にもろくもはかない、という自覚を持つことである。それは生への過度の執着を断ち切り、幸福を物的な富の増大に委ねることの虚しさを知り、そして人の生も自然の手に委ねられた偶然の賜物であり、われわれの生命はたえず危機にさらされると知ることでもあろう。

かって哲学者の和辻哲郎は、日本人の精神的傾向として、「戦闘的な恬淡(恬淡)」と言い、また『きれいなあきらめ』ともいい、それを極めて荒々しい日本の自然風土と結びつけた。確かに日本人の「あきらめ」は、こうした人智を超えた「自然」への畏怖と不可分であった。それはまた、今日のわれわれを支配する「近代的」生活や価値観を見直すことでもある。これは相当に「覚悟」のいる「あきらめ」なのである。

 

追記

このたびのオバマ大統領の広島訪問と慰霊碑の参拝、被爆者との対話は、被爆者の身の私にとって、本当に嬉しい事でした。

零歳の乳児の時に、爆心地から三キロの地点で被爆した私です。

その後、私の人生の晩年になり、やっと実現した、アメリカ大統領の広島訪問。

その間の長い歳月を思わないではいられません。

 

戦争は、太平洋戦争に限らず、過去の幾多の戦争、今も続く紛争や内乱も含め、人間の醜い面が露わになった現象そのものです。

謝罪すべきか否かでなくて、人類総懺悔で臨まないといけないことのように思う私です。

もちろん、市井の人たちや子供たちには罪はありませんが・・・・・・。

 

戦争だけは覚悟して諦めるのは、あまりに悲しい。

人類の良心を信じ、いつか核廃絶が実現し、地球上から、戦争も貧困もなくなることを、祈って止まない私です。

 

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みっともないハプニング 

2016-05-15 07:31:24 | 旅行

今日の記事は連続投稿をスタートして七編目、最終回(?)に当たります。

いつも思いのままに綴るだけで、いよいよ投稿となってからの推敲と画像のアップの作業が、結構大変な私。

ですから最終日ともなると、とてもホッとして・・・・・・。

毎日連続投稿していらっしゃる方々の努力に、頭が下がります。

気力が余程充実しておられるのでしょう。

 

一人身になって以降も、相変わらずまだ忙しくて、落ち着かない日々が続いています。

最近は銀行の方の出入りもあり、少ない資産ながら、いかにそれを分散するか、いろいろ頭を悩ましたり、と。

一方、相続の申告書の記述は、いよいよ終盤に。

銀行の方に尋ねたところ、税理士などに依頼すると、約百万ほどかかるといわれビックリ!

結局妹の大きな力を頼って、わたし達だけで何とかなりそうなところまでこぎつけました。

娘たちにも、妹ほどではありませんが、週末などに、手伝ってもらっています。

この大仕事が終われば、精神的に随分楽になれることでしょう。

その日が待ち遠しくてならない私です。

 

広島の宇品港

 

さて、今日の記事は、このたびの旅行記の最終章になります。

書くのが憚れる程、恥ずかしいドタバタ劇と、二度目のお墓参りなど、新幹線に乗車するまでの行動を、私事に過ぎませんが、また綴らせていただきますね。

 

宮島観光は、いい加減な所も多々ある私にしては、上出来な内容でした。

雨のため、弥山の展望台に上るのは諦めたものの、私のイメージ通りに行動がとれたと言っていいでしょう。

 

また同じ高速船に乗車し、ホテルへ予定より一時間程早く戻った私。

今日こそは、旅における私の楽しみの一つ、優雅なホテルライフを満喫するはずでしたのに。

ところがです。

戻って1時間足らずで、私の不注意から、狼狽甚だしい恥ずかしい出来事に見舞われる羽目に。

 

客室に戻り一服したものの、まだお食事処、「なだ万」の予約時間までには数時間ありました。

それで、このホテルの温泉で、夕食前に温泉浴を愉しんで来ようと思った私です。

 

宮島とホテル間を往復したときに乗船した高速船

 

私が生まれ育った実家は、広島の中心街とこのホテルのある港のちょうど中間あたりに位置しました。

どちらにも、タクシーですと10分足らずで着きます。

ですから、こんな場所で温泉が湧くなんて、私には意外ででちょっとした驚きでした。

海辺のため、塩分の強い泉質のようでしたが、私は久し振りに心ゆくまで温泉浴を満喫できました。

まだ日が暮れる前の事ゆえ、入浴者は私を入れて三名ほど。

たった一人の時もあり、普通風呂、ジャグジー風呂、露天風呂を一人じめにし、気ままに移動。

夫のことを思い出しながら、の~びり、「いい湯だな~」の至福のひと時でした。

 

 宮島の風景です

 

ところが、お風呂から上がり脱衣場のロッカーの鍵を開けようとしたところ、その鍵が見当たりません。

鍵の着いたゴムバンドを腕に回して温泉に向かったのは確かです。

恐らく湯につかる時、手持ちのタオルと一緒に、そばに置いたのでしょう。。

置き忘れただけの事、と安易に考えたのが大間違い。

心当たりを、いくら探しても見当たらず・・・・・・。

湯船の底まで、目を凝らしてキョロキョロ、キョロキョロ。

でも、それらしきものは目に留まりませんでした。

 

「これは大変!洋服が着られない!」とすっかり狼狽した私は、温泉の出入り口に立つ係りの人に事情を話しました。

けれど、期待通りにはすぐ動いてもらえません。

また浴場に引き返し、思い当たる場所をすべて見て回りましたが、見つかりません。

私の格好は、タオルを一枚体に巻き付けただけ。

幸いにも、その場に居合わせたのは、後半は私一人だけでした。

自分の憐れな姿を他人に晒さずに済んだだけでも、幾分は助けられた私ですが。

 

4~50分経過した頃になって、受付の人が、やっと合鍵でロッカーを開けてくれました。

責任者が外出中で、そのスーパーキイが手に入らなかったとの事。

裸のままで、それを待つ間の私の惨めさは、どなたでもご理解いただけるのではないかしら。

それまでの楽しい旅の思い出は、吹っ飛んでしまう程の情けなさでした。

 

宮島の豊国神社から臨んだ厳島神社と反対側の景観です。

 

探す間、私が一番心配したのは盗難です。

「開いたものの、中の貴重品や衣類がなくなっていた、なんてことにならないかしら」と心配し、胸のドキドキ感が次第に高まっていきました。

開いてよかった!

中のものも、すべて無事でした。

 

一流のホテルで、盗難なんてめったにあり得ませんよね。

自分の落ち度を棚に上げ、すぐ他人を疑うなんて。

これもボケの兆候では。

恥ずかしくなりました。

 

お騒がせしたことを受け付けの人に詫びて、温泉を後にしたものの、鍵は見つからないままです。

部屋に戻り、身支度を整え直し、上階の食事処「なだ万」に行きました。

フルコースの懐石御膳を奮発していただいたものの、鍵の行方が頭から離れず、全く美味しく感じられません。

カメラも忘れてしまった私です。

夕食を済ませその足で、また温泉に寄りました。

けれど、まだ鍵は行方不明のまま。

 

翌朝、ホテルを立つ前にまた寄った時に、鍵が見付かった事を、やっと知らせてもらいました。

ジャグジー風呂の底に落ちていたそうです。

私が推測するに、おそらく強い水流に押され、細い腕にぶかぶかの状態でかけていたゴムバンドが、鍵もろとも、腕から外れ落ちてしまったのではないでしょうか。

身体の他は、どこも太い私なのに、なぜか手首だけはとても細いです。(笑)

やっと安心!納得でき、ホテルを心置きなく後にすることができました。

 

 

カメラ騒動で振り回され、鍵騒動では冷や汗をかき、楽しいながら少々情けない一人旅になってしまいました。

けれど、旅の目的のお墓参りは十分時間を取り果たすことができましたから、良しとしましょう。

旅の最終日、ホテルを早く出て、二度目の墓参をしました。

旦那さまにも、私の珍道中を包み隠さず報告しました。

「間が抜けたところは、相変わらずだなあ~」と苦笑いしていたに違いありません。

その後、駅へと。

 

 

 

わたしが乗車する新幹線、二時発の「のぞみ」までに、まだ時間は十分ありましたから、広島の名物のお好み焼きを駅の構内のお店で食べました。

「みっちゃん」と言う、お好み焼き屋さん。

郷里では、有名処のお店のようでした。

私はお好み焼きが好物といったわけではありませんでしたが、今回の旅はガイドブックに忠実に行動することがモットーでししたから。(笑)

やはり、量が多すぎて、半分しかいただけなかった私です。

でも、お腹がいっぱいに。

その満腹感と、失敗はいろいろあったものの、予定通りに墓参と観光を終えられた満足感を胸に、帰りの車中の人に。

次回の墓参は、お盆前の頃を予定しています。

 

 

住み慣れた郷里ゆえもありますが、今回の旅行で、一人旅に多少自信がついた私。

墓参以外でも、遠出を、今後再々愉しみたい、と願っている私ですが・・・・・・。

極端に少なくなってしまった遺族年金収入と相談しながら、になります。

出来れば遺族年金収入の範囲内で、身の丈に合った暮らしをしたいと、強く思っている私です。

貯金は努めて切り崩さないようにしましょう。

蓄えの一部は、海外旅行用と家屋の維持費に割り当てましたが、自分の今の体力では、、遠方の旅は何だかもう無理そう。

 

何はともあれ、「今日が一番素敵」の思いで、今後の余生を心豊かに過ごせるように努めてまいりたいと願っています。

夫への感謝の気持ちを、常に忘れないで・・・・・・。

 

この旅の一連の投稿でも、たくさんの応援を頂戴し、本当に有難うございました。

実に気ままな自己流の投稿の仕方で、少々恥ずかしくもありますが、この方法が、心の重荷にならず、ブログ綴りを一番私は楽しめるようです。

勝手ながら、今後ともご理解の程、宜しくお願い致します。

 

まだ記事にしたい話題がいくつかあります。

お花見の話題も、書き尽くせていませんし、孫息子の啓太君と恐竜展に出かけたこと等も。

一番大きな話題は、長女が、夜のニュース番組に出演。

コメンテーターと、数分間、対談したことでしょうか。

「谷根千散策」へ、親友のKさんと出かけたことも、とても楽しい想い出になっています。

 

本当は、感動が覚めやらない内に書きたいところですが、のんびりペースで綴っているので益々遅れがち。

我ながら残念ですが、これからも、思い出し思い出し、多少でも皆様に臨場感をもって愉しんでいただける記事になるように頑張りたい、と思っています。

 

 

新緑が瑞々しいしいさわやかな季節。

心に、緑の風と空気をいっぱい吸いこんで、お互いによき日々を紡いでまいりましょうね。

 

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充実した旅路二日目ながら・・・・・・

2016-05-14 07:44:33 | 旅行

旅行二日目の朝を迎え、早朝目を覚ました私。

昨日の疲労は消え、体調は悪くありません。

カーテンを開けると、瀬戸内の島々が点在する、静かな海が広がっています。

陽がかすかに差し、空は朝焼けでほのかに染まっていました。

旅情を掻き立ててくれるには、十分な景色です。

 

今日はホテル専用の桟橋から船に乗り、世界遺産の宮島に渡ります。

自ずと心は弾みましたが、頼れる人は誰もいない一人旅。

いろいろな不安が心をよぎります。

観光に時間を取られ過ぎ、万一最終の船に乗り遅れると、島ゆえホテルに戻れず大変なことに。

<時間厳守>と、心に刻みつけました。

 

宮島のホテルに宿泊することも検討しましたが、一人泊が可能な所は一か所だけ。

それでは、私の希望通りにはいきません。

荷物を運ぶ手間も省けるため、プリンスホテルに戻る選択をした私です。

片道乗船時間は25分足らずで、時間もかかりませんから。

 

 

朝六時過ぎに、早々と最上階のスカイラウンジでビュッフェの朝食を済ませました。

人影もまばらなホールの窓からの景色は、客室の眺望より、はるかに素晴らしいものでした。

 

 

多島美の穏やかな瀬戸内の海原と朝日が雲間に見え隠れする光景を、お食事をいただきながら見惚れぱなしだった私。

けれど、空の気配から察するに、お天気はあまり良くなさそうです。

 

 

心配した通りでした。

いよいよ心躍らせ桟橋に向かうためにホテルを出ると、なんと小雨模様。

雨だなんて、ちょっとショック。

妹の注意を守り、珍しく荷物は小さなポーチバッグとカメラだけの身軽さでしたが。

ホテルに戻り、ビニール傘を貸してもらい、高速船に乗り込んだ私です。

 

懐かしい宮島に、いよいよ到着です。

朱色の鳥居が最初目に入り、目的地に着いた実感が胸に迫りました。

 

 

 

数十年ぶりの再訪でしたが、過去に幾度、この場所に来たか、とても数え切れないほどです。

小学校入学後、高校を卒業するまで、遠足で十数回は訪れているでしょう。

中高時代は、遠足のみならず、宮島の裏の海辺で、夏休みにキャンプを愉しんだことも数度。

結婚後は、毎夏帰省し、ひと月程度、実家に滞在することが常だった私です。

その時は、幼い子供たちを連れ、母も一緒に、二泊三日の宮島行きを、毎年の恒例にしていました。

シカのいる海辺や、水族館、お山の頂上ではおさる見物に興じたものです。

そんなゆったりした帰省を、一人暮しに甘んじて、文句ひとつ言わず許してくれた旦那さまでした。

 

 

また文章が、テーマから外れてしまいました。

観光のお話に戻しますね。

でも私は、立ち寄った観光名所を、丁寧に説明する記述は苦手のようです。

と言うより、そのような綴り方を余り楽しく思えません。

後で、その作業をしなければならない、と思うだけで、旅行中の気分に何がしかのストレスが。(笑)

困った、不勉強極まりない横着ブロガーです。

 

その説明は極力簡単に済ませ、私が感じたことのみを書き記す程度にとどめさせていただきますね。

不親切な記述で申し訳ありませんが、お許しください。

 

 

海上の優雅な社殿、厳島神社と弥山(みせん)が、世界遺産に早々となったことは、どなたでもご存じでしょう。

平清盛がこの地を選び、厳島神社を造営したことも。

詳しく述べると、推古天皇の時代に創建されたものが、平清盛によって、現在の形になったようです

その周りにも、由緒ある寺院や神社が点在しています。

 

 

私にしては珍しく、ガイドブックの案内に忠実に従い、厳島神社を主に、その他の観光スポットも丁寧に見て回りました。

何故かと言うと、夫の四十九日法要後、妹と二人で尾道・倉敷の旅を愉しんだ時の事。

妹の緻密な旅の行程表に感銘を受けたからです。

そのような表までは作りませんでしたが、ガイドブックは読み込み、頭の中では、計画がある程度練られていました。

私にしては、その行程通りに回れた、上出来の一人旅だったのです。

 

 

あいにくにも、宮島を散策中はずっと雨。

已む無くこの度は、神が宿るといわれる弥山(みせん)にケーブルで上り、瀬戸内の景観を眼下に見下ろす楽しみは中止に。

雨模様では、おそらく何も見えないでしょうから。

 

弘法大師の開創以来、山岳信仰の霊峰として崇められてきた弥山。

お天気がよくないため、その山は、うっすらと靄がかかり、幽玄さを一層湛え、神々しくそびえたっていました。

 

海、山、朱塗りの鳥居と神社のしっとりとした落ち着いた景観。

それらが、私の目に一体となって映り込み、言いようのない感動に打たれた私です

雨でよかったのかもしれない。

悲しみが抜けきらず、涙しがちな私の心には、雨の情景は実にしっくりと馴染みました。

 

 

寺院の多い尾道を観光したときも同様な思いになったものですが、宮島は、旦那さまを偲び、冥福を祈るには最適な場所でした。

厳島神社以外にも、それと関連した古刹や由緒ある建物ををいくつか観て回った私です。

厳島神社~宝物館~大願寺~歴史民族資料館など。。

その度に、賽銭を入れ、手を合わせ、夫の冥福を祈りました。

 

 

大願寺(高野山真言宗の古刹)では、思いがけない親切も受けました。

恭しく参拝後、その場を去りかけたとき、お守りなどを販売する店先にいらっしゃる若いお坊さまに声をかけられました。

何事、と近寄ると、「背中に白いものが付いていますよ」と。

言われて羽織った黒のカーデガンを脱いで見ると、どこかでこすったのでしょうか。

目立つほどでもありませんでしたが、確かに白くなり汚れていました。

こんな小さなことでも気にかけ、声をかけてお知らせくださったお坊さまに、感謝溢れる思いがした私です。

心からお礼を言って、その場を去りました。

寂しい私の心が、ほんのり温められたかのよう。

忘れられない思い出の一コマになりました。

 

 

 

お昼食は、厳島神社を出て、徒歩5~6分で辿りつける老舗のお食事処「藤田屋」で、あなごどんぶりをいただきました。

有名処のせいでしょう。

待ち時間も長く、しびれを切らしそうでしたが、その甲斐はありました。

とてもとても美味しくて、お腹いっぱいに。

 

 

 

その後訪れたのは、豊国神社(千畳閣)。

気付かず通り過ぎてしまいそうな場所にありますが、見ごたえ十分です。

秀吉が1587年に建立した大経堂で、857畳もある広さから、千畳閣と呼ばれているそうです。

 

 

体力が持つかなと心配になるほどの長い階段を登り切ったところに、そのお寺があります。

大広間の廊下からは、厳島神社の全景と海が一望でき、その眺望は絶句するほどの素晴らしさでした。

カメラの被写体としても申し分なくて・・・・・。

撮影の腕がもう少しよければ、よい写真がたくさん撮れたのですけれどね~

 

豊国神社の傍に立つ五重塔
千畳閣の廊下から間近かに見た五重塔は、圧巻でした。

 

ここを見学後に、懐かしさ一杯のもみじ谷公園へ。

中高での遠足の時は、弥山の山登りを終えた後、ここで、母手作りのお弁当で昼食を摂りました。

その後、せせらぎに足を浸けたりして学友と遊びに興じたものです。

秋の紅葉時の美しさ格別です。

 

 

この公園からほど近い所に、山の展望台行きのロープウェイの発着場所があります。

今回は先に挙げた理由で、登るのは、残念ながら中止。

 

そのため、時間はまだ十分有り余っていましたが、私が回りたい観光スポットはほぼクリヤーできた私です。

後残すは、桟橋に向かう帰路に沿ってある町屋通り。

それに並行するように、お土産やさんが軒を連ねる表参道商店街がありますが、そこには関心がなかった私。

記憶が割と鮮明で、新鮮味を感じませんでしたから。

年齢にふさわしく、ひなびたイメージのする町屋通りに惹かれた私です。

予定通り、そこの入り口あたりに辿りつき、カメラを構えてシャッターを押そうとしたところ、反応がなくて。

何と、またまた電池切れでした。

新しい充電器を買い求めたものの、充電に十分な時間をかけなかったようです。

このあたりの注意力の欠如は、悲しいかな年のせい。

まだまだこの後、大きな失敗が待っているのですけれどね。

 

町屋通りは、期待したほどではなく、古い建物より、立て直された真新しい家のお店の方が多くて。

倉敷のように、歴史ある建物を保存することに、もっと力が入れられなかったものでしょうか。

世界遺産にまでなった観光地ですのに、とても残念に思いました。

 

但し、私が何となく心惹かれて入った町屋通りの喫茶店は、とても落ち着いた風情で、町屋の趣を十分に感じさせてくれました。

ガイドブックにその店のひと隅が載り、紹介されていることに、後で気が付いた私です。

喫茶の店名は、「ぎゃらりぃ宮郷」。

 

私にしては、実にスムーズに予定の観光スポットを観終わりました。

予約の乗船時間までには、まだ十分時間があります。

そのため、乗船を一時間ほど早めた私です。

 

その分を、ホテルで心ゆくまで寛ぎましょう。

昨日は、私の不注意による予定外の浪費を埋めるべく、デパートで購入した酔心の850円の幕の内弁当で夕食を済ませた私でしたが。

今日は、朝から予約しておいた和食処、なだ万での夕食が待っています。

船の車窓から、海を眺めながら、ホテルライフで紡ぐ優雅な時間に期待した私でしたのに・・・・・。

とてつもないドタバタ劇が待っていようとは、みじんも思わなかった私です。

明日はその憐れな出来事も、話題の一つとして取り上げますね。

 

今日は、いつも以上の長文になってしまいました。

貴重なお時間を割き、最後までお読みくださった皆様に、恐縮の至りです。

有難うございました。

 

 

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ホテルの印象は・・・・・・

2016-05-13 07:21:10 | 旅行

十分とは言えなかったお墓参りでしたから、少々心残りのままお寺を後にしました。

お寺さんが呼んでくださったタクシーを、いつまでも待たせるわけにはいきません。

急ぎ足で、寺院の門を出て、タクシーに乗り込んだ私。

「お待たせしてすみません」と運転手さんに一言声を掛けました。

タクシーに乗る度に、懐かしい広島弁が、耳に心地よく響きます。

向かうは広島駅。

そこから広島グランドプリンスホテルの送迎シャトルバスに乗り、ホテルへと。

 

旅行の際、ホテルライフは私にとっては、観光に勝るとも劣らないといっていいほど楽しみな事の一つ。

今回も非日常の空間で寛ぐことへの期待は大きなものでした。

その期待感が、タクシーの運転手さんの一言でますます高まっていった私です。

このホテルが、4月11日から開かれるG7外相会議で利用されると聞いたからなのですが。

 

けれど、実際に到着するとどうだったでしょう。

海岸の岬に立地するホテルゆえ、自ずと私のイメージは膨らみました。

美しい海岸線と緑を望みながらのしばらくのドライブを・・・・・・。

しかし、その期待は見事に裏切られ、普通の住宅地を抜けると、あっという間にホテルに到着。

目に飛び込んできたホテルのエントラス周辺の一部は衣料品の商店街になっていて、ホテルらしい格調さに欠けた雰囲気でした。

でも、中に入ると、圧巻!

 

 

吹き抜けのそれはそれはゴージャスなホールが私を迎え入れてくれました。

ホールの中央には噴水まであります。

けれど、余りに豪華すぎ、ほっと一息つけるような落ち着きさではなくて・・・・・・。

 

フロントで受付を済ませ、客室に到着。

 部屋に通された時の第一印象も今一つ。

ちょっとがっかりした私です。

何故だろう?自分でもその理由がよく分からず、帰宅して思ったことは。

ベッドカバーが白で統一されていたからかもしれません。

調度品も、北欧的で軽い印象でした。

カーテンもホテルらしくない柄。

次女にその感想を述べると、白で統一したホテルは、最近は良く見かけるわよ、と。

 

でも私は初めて目にしたことでしたし、おそらく白から病室を思い出し、一瞬拒否反応が心に影を落としたのかもしれません。

前面のガラスの窓からの瀬戸内の海の眺望も、半分小山で遮られていました。

格安の料金で、パックにしてもらったこのたびの広島往復の旅。

止むを得ないことだったのでしょうけれど。

 

 ツインベッドルームで広さは十分でしたが

 

その上、その日のお夕食も、私の計画とは大違い。

デパートで求めた酔心の幕の内弁当でした。(笑)

旅行の間は、ホテルのレストランで食事をする予定だったのですけれどね~。

カメラ騒動で、予定外の出費となり、無駄なお金を一万円近く支払ってしまいましたから。

それを埋めるべく、倹約することにしました。

 

時間には十分ゆとりを設け、のんびりと旅を愉しみたい、と願っていた私です。

けれど、一日目は慌ただしく過ぎ、疲労も濃く、ホテルの印象も今一つ。

温泉施設の浴場もありましたが、そこへいく元気もなく、部屋のバスで入浴を済ませ、早々に就寝。

旅の初日から、思いがけない失敗で神経を遣い、疲れ果てていたのでしょうか。

夜はぐっすり眠り、翌朝を迎えることができました。

 

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夫のお墓参り

2016-05-12 07:16:08 | 旅行

広島駅に到着後、タクシーで夫の菩提寺に直行予定でしが、私の頓馬で、すっかり計画が狂ってしまった旅行の初日。

数点のお店を駆け巡り、カメラの充電器とお花を買い求め、お寺にたどり着いた頃には陽がすでに傾きかけていました。

まずは、お墓に行き、旦那さまに声をかけましょう。

とは言っても、私は毎日、家でも語りかけているのですけれどね。

墓前では、改まった気持ちになれます。

 

次第に嬉しさが込み上げてきましたが、そのお墓がなかなか見当たらない。 

長い間、広島の墓参は夫の役目で、私はご無沙汰続きでしたから。

お墓が立ち並ぶ細い道を、キャリーバッグを引きながら、右往左往して幾度も通り抜けるうちに、やっと見付けることができました。

念入りに汚れた墓石をたわしで磨き、お花を手向けた私です。

両隣の親戚のお墓にも。

 

墓前では、まだどこか半信半疑だった夫の死を改めて受け止めながら、感謝の思いを深くしました。

けれど、ここに辿り着くまでの慌ただしい行動で、少々疲れ気味だった私。

果たして、心静かに落ち着いた心境で、お墓を参ることができたでしょうか?

 

 

墓参を済ませ、その後お寺さんにご挨拶に行きました。

住職様の御母堂様が玄関先に出ていらっしゃいました。

一昨年までの前住職様でいらっしゃいます。

夫が逝ったあと、その後の事について、色々ご相談に乗っていただいたのですが・・・・・・。

その時の電話のやりとりの印象は、あまり良いものではありませんでした。

娘たちも同様の思いだったようです。

金銭的なお話が多過ぎましたもの。

私は、四十九日の法要の際、一体いくらお寺さんにお納めしたのでしょう。

院号代も入れると、大きな額になりました。

 

更にお彼岸の前には、寄付の要請もあり、一口10万以上でしたが、遺族年金で暮らす身の私です。

「もうそんなに払いたくない」との不謹慎な気持ちから、今回は、5万円包んで用意していました。

去年の春ごろからの要請だったようですが、私は介護が大変で、それを気に掛ける心のゆとりもなくて・・・・・・。

ゆとりがあっても、無視したかもしれません。

 

けれど今回は、今後、夫の供養でもいろいろお世話になると思うと、そのような態度はさすがに取りづらくて。

心ばかりの寄付に、お彼岸の法要のお布施とお茶菓子を添えてお渡ししました。

 

 バラの世話が苦手な私ながら、今年はアイスバークが清らかな純白のお花をたくさんつけてくれました。
わたしには、まるで夫の死を悼んでくれているかのように見えます。

 

ところが、少々印象が悪かった前住職様が、私を心から歓迎してくださり、遠方からの来訪の労をねぎらう温かなお言葉をたくさんかけて下さいました。

「お上がり下さい」と言われましたが、ホテルの送迎バスの最終時刻が迫っていましたから、丁寧にご辞退して、またお墓に戻りました。

そこで、まだ多少余裕ある時間を過ごしていると、先ほどの前住職様がお見えになり、簡単なお経をあげて下さいました。

感謝の気持ち一杯に。

電話のやりとりで受けた悪い印象は、そのころにはすっかり消えていました。。

 

実は、開業医だった義父は、医院は遠いのに、このお寺さんのかかりつけ医だったようです。

~先生と呼んで、思い出話までしてくださいました。

 

今後、私が元気なうちは、お寺さんとの長いお付き合いが続くのでしょう。

私達は長男長女の結婚でしたから、守らなければならないお墓が二つあります。

余り義理堅くお寺さんとのお付き合いをしていると、経費がかさみ、大変なことに。

ほどほどに義理を果たしたいところですが、そんな器用な振る舞いが私にできるでしょうか。

何だか、今後のことがちょっと心配です。

 

昨日の私の画像の眼付きの何と暗い事。
数か月前までは、あんな寂しげな眼付きの日が多かったです。
でも今は、ずいぶん元気になり、夫に日々声をかけながら前向きの暮らしをしています。
誤解を招くといけないので、そんな明るい表情の私の画像でもう一度御対面。(笑)

この写真を見て、母に似ていると、しみじみ思いました。

 

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さぁ~出発 !

2016-05-11 07:14:39 | 旅行

いよいよ、郷里の広島に出かける朝になりました。

旅慣れない私は、数日前から準備を始め、用意は周到のはずでしたが・・・・・・。

自分に自信が持てなくて、早々に家を出ました。

駅には、何と4~50分前に到着。

待合室で、長い時間待つ間、宮島観光のガイドブックを見たり、新聞の切り抜きを読んだり・・・・・・。

お寺さんに納めなければならないお布施や寄付金、諸会費などを入れた袋の中身をもう一度確認したり、と。

 

ゆったりした旅行スケジュールを立てているので、日ごろ気になりながら手が付けられないこともしたいと、相変わらず欲張りの私。

書物をはじめ、いろいろスーツケースに詰め込んで、結構な荷物になりました。

旅行では、非日常を愉しむのが一番の醍醐味のはずですのにね~。

日常を引きずったまま旅立とうとする私は、なんだか矛盾していますよね。

 

旅慣れた妹に(ブログ名 世界に一つだけの姥花日記)、

「旅に出るときは、できるだけ身を軽くすることが一番大切。

欲張っていろいろ持っていっても、観光以外何もできないものよ」

と言われました。

今回の旅行では、それをまた思い知った私です。

 

この画像は、広島駅のホームです。

 

いよいよ新幹線「のぞみ」の発着時間が近づき、早めにホームへと。

すると、しばらく経過後、携帯のメロディーが鳴り出しました。

長女Mちゃんの声です。

今日は大阪に日帰りの出張のようでした。

けれど、周りの騒音に掻き消され、話す内容がよく聞き取れません。

「何番ホームにいるの?」と尋ねられ、「四番ホームよ」と答えた私ですが・・・・・。

 

車中の人となり、「のぞみ」が発車してから、私はMちゃんに電話を掛け直しました。

先ほどは良く聞こえなかったので、聞き直すためです。

何と同時間帯に、Mちゃんも同駅にいたとの事。

私に会いたくて、私がいるホームに駆けつけてくれたようでしたが、見付けられないうちに、新幹線が発車してしまったとか。

それを聞き、とても残念に思いましたが、そんな行動をとってくれたMちゃんの思いが嬉しくて、私は何だか感激。

チョッピリ胸がキュ~となりました。

それなりにお洒落をしていた私の出で立ち姿を、見てほしかったなぁ~。

 

    

                                                       旅立つ時と帰りの服装です。         二日目の服装です。

一人旅のため、自分の写真が撮れず、やむなく自撮りをしました。

 

この日は次女のMちゃんも留守で、既に数日前から、スイスに出張中。

夫が逝ってしまった後も、遺された家族は、みんなそれぞれ自分の立場で活躍しています。

このブログのテンプレートの図柄の三本のローソク。

これは、私達のつもりでいます。

夫の命を継ぎ、三人でしっかり灯をともし輝いていましょう、との私の思いを、このローソクに込めました。

私達の活躍ぶりを見て、旦那さまは喜んでくれているでしょうか。

 

いろんな感慨を胸に、乗車した「のぞみ」でしたが、静岡あたりに来たとき、冠雪の富士山の全容が、秀麗な美しい姿で私の目に飛び込んできました。

しばし見惚れてしまった私ですが、すぐ我に返りました。

急いで写真に収めないと、一瞬で通り過ぎ、シャッターチャンスを逃してしまいます。

慌ててカメラをバッグから取り出し、撮影の構えをし、シャッターを半押し。

ところが、何としたことでしょう。

全く反応がありません。

一体どうしたこと?と慌てたものの、すぐにその理由が分りました。

電池を使い果たし、充電しなければいけない状態になっていたのです。

 

ネットより拝借しました。
わたしが目にした富士山は、この画像通りでした

 

念入りに旅行の準備はしたつもりでしたのに、またこの有様。

相変わらず頓馬な自分に、呆れ返ってしまいました。

写真をたくさん撮る旅行中は、充電器は必須の持ち物のはずです。

それも忘れてしまうなんて。

 

広島駅に到着したなら、供花を求め、最初にお墓参りをする予定でした。

菩提寺は、駅からほど近い所にあります。

その後、駅発の送迎シャトルバスに乗り込み、瀬戸内海を望むホテルに向かうつもりだったのですが。

 

四十九日の法要以来のお墓参り。

それを済ますと、遠方ゆえ、今後しばらくは夫の菩提寺にはこれません。

そのため、お花を供えたお墓を、想い出の記念に、是非写真に収めたかった私です。

 

電池とお花をどこかで買い求めなければ・・・・・・。

お昼下がりに広島駅に到着した私は、焦る気持ちを静めるようにして、予定になかった行動に出ました。

駅前のデパートを教えてもらい、そこに足を運びましたが、カメラは扱っていないとの事。

仕方なく、タクシーで市内の中心街まで出かけることにしました。

郷里ゆえ、地理に詳しくてその点は大助かりです。

広島の名物と言っていい「ちんちん電車」が目に留まりました。

乗りたくなりましたが、そんな悠長な行動をとっていては、お墓参りが遅くなる一方です。

止むを得ずタクシー利用で往復することに。

 

これも、ネットから拝借した画像です。
広島電鉄の路面電車
先に原爆ドームも見えます。

 

ところが、広島市内で一番大きなデパート「そごう」でも、カメラを扱っていませんでした。

尋ねたデパートの案内係の人が、「目の前のお店エディオンで恐らく販売していると思いますよ」との事。

言われた通り、その家電量販店にありました。

ホッと胸をなでおろした私です。

 

最初、私は電池を購入予定でしたが、新しい電池は充電しないと使用できない、と言われ、充電器を買うことに。

その後、慌てて駅近くのお寺へとタクシーで向かいました。

ホテルの送迎バスの最終は5時過ぎです。

それまでに駅に戻らなければなりません。

時間に追われるようにして夫の墓参を済まさなければならなくなった私。

こんなつもりではなかったのに・・・・・・。

 

私の広島行きの一番の目的は、夫に会うためのお墓参り。

墓前で夫に語りかけ、心行くまで過ごすつもりでした。

その目的を果たすことができたでしょうか。

この続きは明日に回します。

 

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一人旅への思い 

2016-05-10 06:53:59 | 旅行

今日は、既に一月半以上前の事になってしまった、一人旅の思い出を綴ります。

けれど、記憶力が心もとなくて、霞がかかったよう。

キーを打つ手に、勢いが出そうにありません。

書く内に、その思い出が次第に鮮明となり、どうか言葉が溢れてきますように。

 

私にとって、一人旅は本当に久しぶり。

夫が亡くなる半年前、小学校時代の恩師のお墓参りと伊勢参りを兼ねた同窓会に参加したときの事。

目的地に到着するまでの新幹線利用の行程が、一人旅(?)と言えないでもないけれど・・・・・・。

それ以来の事です。

その時も、目的地に着くまでに失敗を数度重ね、自分のボケを改めて認識。

とても心配になったものでしたが・・・・・・。

 

情けない事に、今回も同様のあり様だったのです。

でも、何とかその件は無事に収めて帰宅できたのですから、良しとしましょう。

その失敗については、追々綴ってまいりますね。

 

旅先の宮島で撮った写真です。

 

旅の目的は、お彼岸時の夫のお墓参り。

菩提寺は、夫婦の郷里の広島にあります。

2月の初旬に、そのお寺で四十九日の法要を済ませ、納骨をしました。

その時、私は心の中で固く誓ったのです。

「春と秋のお彼岸とお盆には、できるだけ帰省して、お墓参りをしよう」と。

「夫のことを思うだけでなく、そのように行動することで、私の感謝の思いを精一杯伝えよう」と。

その気持ちを早速実行に移したのが、この度の一人旅でした。

 

旅慣れていて、カープ応援目的のために広島にもよく出かけたりする次女家族に、乗車券の往復運賃を尋ねたところ、約四万円と。

その運賃は、私の想像よりはるかに高く、びっくりしてしまいました。

折角の旅だから、行き先方面で二泊程度はして、墓参のみならず旅行気分も味わいたい、と願っている私。

新幹線の往復代にそんなにかかるようでは、ホテル代、その他の雑費を入れると、一体いくらになるのでしょう。

 

遠出は、他に、年に数度の旅行も愉しみたい、と考えている私です。

お墓参りの経費がそんなにかかっては、私の他の夢はしぼんでしまいそう。

 

次女に、その胸の内を語ると、

「それならビジネスホテルを利用すればいいんじゃない。ビジネスホテルも、それなりに快適よ」

と言いました。

けれど、「それはいやだなあ~」と、つい応えてしまった私。

素敵なホテルで非日常の空間に浸る事が、私にとっては、旅の大きな目的の一つだからです。

とは言っても、経済的なことも考慮しなければならない、遺族年金暮らしになったわが身。

ビジネスホテル利用も検討課題になりそうですが。

 

私が宿泊したホテルの最上階のホール

 

日々の暮らしに疲れたなら、時々気分転換を図るために、近場の素敵なホテルに泊まりたいなあ~

そんな願いを、私は常に抱き続けてきました。

都内や横浜のホテル巡りもしてみたい、と。

その優雅な雰囲気の空間は、私が心惹かれて止まないところの一つだからです

 

そういえば、名古屋在住の大学時代の親友やっこちゃんは、それを実行しているとのことでした。

開業医のご主人様の医院で共に働き、手伝っておられる彼女ですが。

あまりに疲れた時、夫婦で他愛ない揉め事があった時など。

気分転換を図るために、一人でホテルによく滞在するそうです。

「簡単に気持ちがリフレッシュできていいわよ」

と言っていました。

 

が入院中に、何度かそれを実行しよう、と本気で思ったこともありました。

けれど、悲しいかな、倹約生活の心がけが、しっかりと身についていたその頃の私です。

それは、とても贅沢なことのように感じられ、実行に移すことができませんでした。

病気と闘っている旦那さまに申し訳ない、との気持ちもありました。

 

ホテルの窓からの眺望

 

少々話が逸れましたね。

元に戻します。

墓参の経費が意外に高く、戸惑ってしまった件について。

 

ところが、広島行きの費用が意外なほど安くつくことが、後で分りました。

JTBの窓口に足を運び、相談したところ、時間をかけて一番安いパック旅行を探して下さったのです。

広島の宇品港の先に立つ、人気の高い広島グランドプリンスホテル。

そのホテルの宿泊を、私は希望しましたが。

そこに二泊して、新幹線の往復代も込みで、旅行代金が何とジャスト5万円。

驚きでした。

なぜこんなに安くなるのでしょう。

 

お部屋の眺望は、窓ガラスの全面がすべてて海と言うわけにはまいりませんでしたが・・・・・。

でも、私はホテルライフを心行くまで満喫できました。

 

今回の旅行で感じたことは、旅の経費は、旅行代理店にも相談し、色々検討すれば、かなり安くしてもらえるということです。

旅行慣れした方は、当然ご存知なことなのでしょうね~

「私も旅慣れて、無駄なお金は使わず、軽いフットワークで全国各地を旅行したいな~」と思うこのごろです。

夫のお墓参りを、何よりも優先することには変わりありませんが。

 

夢を追うだけで、そんな再々の旅行が実現できるかどうかは別問題ですけれどね。

出不精で、腰の思い私の事ですから。

 

今日は旅行前の準備段階のお話に終始してしまいました。

明日は家を出てホテルに到着までの行程で起きた、思いがけない出来事とお墓参りについて書きたいと思います。

 

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恐ろしい天災地変

2016-05-09 06:52:33 | 備え

冬が去り、春たけなわの季節を迎えた頃。

日本中の多くの人たちが、気持ちを浮き立たせ、暮らしに弾みをつけたいと思ったその時に・・・・・・。

その心を裏切るかのように、熊本と大分で、天災地変がまた起きました。

せめても、寒さ厳しい冬の季節でなくて良かった、と言えるかもしれないけれど、虚しい慰めの言葉でしかありません。

 

それにしても、相変わらず受難続きのわが国。

熊本城の無残な姿を見て、しばし呆然となった私です。

学生時代、修学旅行で訪れたときの感動が忘れられず、その後、「大好きなお城」と言って私は憚りませんでした。

十数年前、初孫のR君、夫と三人で、四泊五日の九州旅行に出かけたときに再訪を果たし、感慨に浸ったものです。

 

熊本城のみならず、倒壊した家は数知れず・・・・・・。

命を落とした方々の無念さ、被災した方々の悲しみや不安を思うと、慰めの言葉も見つかりません。

 

遅れ馳せながら、心よりお見舞いとお悔やみを申し上げます。

 

いつもは穏やかで美しい自然ですのに・・・・・・。

宿泊したホテルより見た、郷里の瀬戸内の風景

 

それにしても、TV画面に映る被災者の皆様の落ち着いた冷静な態度には、東日本大震災の時と同様に、私は感銘を受けています。

被害を受けられた方々のショック、恐怖、悲嘆は想像を絶するものでしたでしょうに。

私には、同様の態度で臨む自信など全くなくて。

恐らく腰が抜けて、一歩も動けなくなってしまうのではないでしょうか。

夫がいなくなった今、一人ぼっちの恐怖は、相当なものかもしれません。

 

東日本大震災の時は、我が家も激しい揺れに見舞われました。

けれど、被害を受けるほどではなく、私は二階に駆け上がる心の余裕がまだありました。

夫の書斎へと一目散。

そこには、いつもとさして変わらない表情の旦那さまの姿がありました。

その平静な夫の様子を見て、どんなに私の気持ちは落ち着いた事でしょう。

今また、このような地震が起きても、私が救いを求めたくなるような場所は、この家にはもうありません。

 

 

我が事はさておき、このたびの地震で驚いたのは強い余震の多さ。

本震と思っていたマグニチュード7の地震が、そうではなく、その翌々日に襲った地震が本震であったこと。

その地震が、広域にさらに広がり始めたこと。

かってこのような事があったでしょうか。

 

大地震が来ても、それが収まると、私たちは、ひとまず安堵し心を落ち着かせることができましたね。

もっと大きな地震がわが身を襲うなんて、考えないことでしょう。

 

ところがこのたびの地震で、その思考は、今後通用しないことが分りました。

「再度、大きな地震に見舞われるかもしれない」という恐怖を、抱き続けて暮らさなくてはならないなんて。

心の疲弊は、限りないものになってしまいそうです。

 

 

天災地変が襲うたびに、私は思い、慄然となります。

自然の猛威の前では、人が営々として築き上げた文明も、尊い人命すらも、いかにもろいものであるか、と。

 

私が住む地域も、娘たちが幼い頃から、大地震の予兆があると、一番言われ続けてきたところです。

ですから、このたびの天災も、とても他人事とは思えません。

 

熊本地震が起きる数日前にあった友人とのお食事会の席で、私は地震について触れたばかりでした。

「大地震に遭う前に死んでしまいたいわ。

私は地震で命を落としても、さほどの無念さをもう感じないかもしれないけれど・・・・・・。

万一の事があって、若夫婦家族の不幸を見るのは堪えられないから」と。

 

わが家からほど近い所に住む次女のMちゃんとは、東日本大震災後、その対策を、いろいろ話し合ったことがあります。

交通インフラが遮断され、共働きの夫婦が我が子の許にすぐ帰れなかった時の事です。

私が、小学校と保育園で待機している孫たちを迎えに行き、娘のマンションを避難場所として、そこで若夫婦の帰宅を待つ、というものでした。

マンションの庭の隅に、備蓄倉庫まで用意してあるようです。

 

 

その話を聞いたころは、まだ夫の体調はさほど悪くありませんでした。

けれどその後、病がますます重くなり、夫のマンションへの移動は困難に。

そのため、どうしたらよいものかと、わたしは途方に暮れているところがありました。

 

けれど、今は夫がいません。

如何に臆病な私でも、「火事場の馬鹿力」に似たエネルギーを発揮して、余震が続く不安な状況でも、きっと孫を迎えに必死で学校や保育園に向かうことでしょう。

そしてマンションで、娘夫婦の帰宅を待つことになるのかもしれませんけれど。

 

その後、待てど暮らせど若夫婦が戻ってこない。

音信も不通・・・・・・

そんなことを想像するだけで、気持ちが滅入ってしまいそうです。

 

受難続きのわが国を見ていると、もうあまり長生きはしたくないなあ~

早く旦那さまのところに行きたいなあ~

そんな気持ちになることも、時にはあるけれど・・・・・・。

孫たちを守るために、この老体でも役立つときが来るのかもしれません。

そう思って、もう少し頑張りましょう。

 

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