今日が一番素敵

丁寧な暮らしを心がけながら、日々、折々のの心模様を素直に語ります。
今が一番素敵との思いを込めて。

R君の健闘を祈って・・・・・ 追記あり

2017-06-26 07:30:53 | 

入梅後も、ほとんど雨が降らない当地。

このままでは、暮らしに弊害が出てくるのでは、と心配になるほどです。

どうなることでしょう。

湿度もあまり高くないせいか、暑さは今のところ、さほど体に応えません。

ここ数日が、今年一番の暑さのように感じました。

 

上の文章は、昨日の早朝の書き出しです。

その後、日中、お湿り程度の小雨が降りました。

 

週末の土曜日も良いお天気で、青空の広がる一日でした。

午後前に家を出て、長女の孫娘、さくらちゃんの学校の吹奏楽部のサマーコンサートに出かけてきました。

入学後このクラブに入部し、サックス演奏を手掛け活躍するさっちゃんです。

 

 

ひと月半ほど前にはこの学校で、母の日のイベントがあり、その会場で、ショパンの幻想即興曲を演奏したばかりのさっちゃんです。

こよなく音楽を愛し、健やかに成長するさっちゃんの事は、何も心配していない私だけれど。

 

 

お兄ちゃんのR君の事は、私は心配でなりません。

長女のMちゃんとサマーコンサートを愉しんだ後、学校の近くのカフェで共にお茶をし、1時間くらいお喋りをしました。

娘はあまり話題にしたくなかたようだけれど、私が気がかりで仕方なく、R君の話に終始したひと時になりました。

高三になり、受験が目前なのに、勉強意欲が未だに湧かないR君のようです。

何故でしょうね~。

パパ、ママは優秀で、勉強で苦労をしたことがほとんどありません。

そのため、ヘルマンヘッセの小説のタイトルの如く、「車輪の下」の重圧があったのでしょうか。

多少鬱気味のところがあるのでは、と話を聞けば聞くほど、心配になります。

 

私の中高校時代に、なんだか似ている様に感じられるR君。

私は、心が弱かったこと、体力が続かなかったこと、が一番の理由ではなかったかと今になると思うけれど。

大学受験は、ある意味で挫折の苦い経験を持っています。

但し、R君と異なる点があります。

意欲がなかったわけではありません。

無力感と焦り、焦燥の中で苦しみ続けた私でした。

そのため、成績に激しい波があり、とても良い時もありました。

それも中学までの事かもしれませんが

 

その波のどん底が高校の二年生から三年生の頃でした。

一時は、登校できなくなってしまいました。

今の言葉で言えば、鬱の症状だったのかもしれません。

 

とても学業優秀だったR君のママ

 

有難い事に、高校三年間の担任だったH先生が、それなりに有名な私立大学に、私の推薦状を書いて下さいました。

そのおかげで、受験勉強らしきことはほとんどしていませんでしたが、無事に大学に入学できた私です

それに気を良くたのでしょうか。

身勝手な私を、今更ながら恥ずかしく思いますが。

アップダウンの激しかった私は、また学習意欲が湧いてきました。

私は全く知らない事でしたが、推薦入学だと、その生徒の成績が卒業した高校に通知されるようです。

わたしの母に、H先生からお知らせがありました。

「推薦した甲斐がありました。優秀な成績の報告が大学からありました」と。

 

でも相変わらず気持ちに激しい波があった私です。

単位を落としたりもした事もありました。

その大学時代の私を支えてくれたのが、良き親友二人。

絶対的な信頼を寄せていた彼女たちの優しさと明るさに励まされ、元気づけられ、何とか無事に大学を卒業できました。

 

今、私と似た症状に陥っているR君ですが、私の方がまさる点もあれば、R君の方がまさる事もあります。

それは粘り強い生き方をしているところ。

毎日休まずに学校には通っているし、友人との付き合いもうまくいっているようです。

問題は勉強意欲が湧かない事だけ。

娘に言わせると、一番大切な人間力にもかけていると言って、心配していますが。

慶応の工学部の教授だった私の同窓生に、数学の家庭教師を頼んだところ、R君の第一印象は、頭はいい、理解力も早いだったのですけれどね。

 

難関中学の受験を突破した頃のR君。
新しい制服を着て。
夢をもってこれからの人生を逞しく歩んでほしいものです。

 

私は未成熟な心のまま、夫のもとに嫁ぎ、長年をかけて、次第に逞しい女性に成長していきました。

50代の頃でしたでしょうか、

妹に、「今のお姉さまは、若い頃とは別人のよう」と言われたものです。

夫は家事はむろん育児その他あらゆることを、すべて私に一任する人でした。

そのおかげで、私は強くなれました。

ですから、今のR君の状況をとても心配はするものの、即効果が出るような良い解決法を思い浮かばず、残念です。

唯々心配するばかりのバアバです。

 

何か良い対処法はないものかと、一昨夜は家事をしながら、考えてばかり。

お茶のひと時には、差し出がましい話をし過ぎて、娘に疎んじられてしまっちゃったかしら?

 

私はいつも自分の弱さを見つめながら生きてきました。

自分に自信が持てませんでしたから、育児書や修養書の類の書物は良く読んだものです。

娘達に、「ママはこういった本が好きね~」と時々からかわれました。

未だに試行錯誤ですが、その努力が実っているのか、今の自分が一番好きと言えます。

 

R君もいろいろ迷いながらも、日々一刻一刻を大切にして悔いのない青春を送ってください。

そして今の自分が一番好きと言えるようになってくださいね。

 

目を輝かして前向きの心で、生き生きと毎日を送れる日が、R君に一日も早く訪れますように。

私はひたすら祈って止みません。

 

追記

大変迷ったのですが、しばらくお休みいたします。

ご訪問下さる方々には、誠に申し訳ありません。

連続投稿は、体力的にも精神的にも、負荷が大きすぎて、やはり私の身には無理のようです。

頚椎症の再発らしき症状も今日は出ていて、ちょっと心配ですし。

私らしい暮らし方が最近できていない。

そんな反省もしています。

 

以前のように、しばらくのんびり気ままに綴り、またまとめて、数週間後に更新させて頂きます。

妹との楽しかった箱根旅行や、親友ご夫婦を我が家にお招きしたこと等、特記すべきことを残してのお休みで心残りですが、仕方ありません。

次回更新の時に、お話ししたいと思います。

 

梅雨明けまでは、しばらく気候不順のお天気のことでしょう。

一方では雨に洗われた緑が一層輝きを増し、アジサイの美しい季節ですね。

皆様、暑い夏に備えて、体力を養いながら、素敵な日々をお過ごしくださいませ。

 

思いがけなく、連日、多くの温かな応援をいただきましたことにも、改めてお礼を申し上げます。

本当に有難うございました。

ではまた、お目にかかれます日まで、ごきげんよう。

 


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小林麻央さまの死を悼んで

2017-06-24 06:38:12 | 日記

市川海老蔵さんの奥様の小林麻央さんが亡くなられましたね。

とてもショックでした。

この方のブログを長女が読んでいると知ってから、私も読むようになりました。

すべてに目を通したわけではありません。

読み始めたのは、二か月前あたりからでしょうか。

読むたびに、彼女の優しさ、チャーミングさに触れ、いつも心打たれ感心していました。

 

 ブログを開けると、マーガレットの花がまず目に入ります。
彼女がお好きな花だったのでしょう。
私も大好きです。

 

海老蔵さんが、私が彼女に抱いてきた印象と全く同様のことをおっしゃっていました。

「厳しい状況下でも、常に周りへのやさしさや感謝の気持ちをわすれない人だった」といったような事を

彼女が綴られるブログの日々の文面も、いつもそんな雰囲気で、闘病生活の辛さや暗さはあまり感じられませんでした。

癌と闘う夫の姿を見てきた私には、この病の苦しさを十分承知しているつもりです。

ですから、麻央さんの陰の苦労を思わないではいられませんでしたが。

家族や周りの人たちに対しても、気配りを忘れない優しいしい態度で、いつも接しておられたのですね。

 

彼女から、病と闘う勇気をいただいたような気持ちが、今しています。

どんなに辛い時でも、、最後まで自分を見失わないで、優しい気持ちでいることは可能であることを。

 

彼女の心のゆとりは、周りの家族の温かな支えによる所も大きかったことでしょう。

ブログの支えもあったことでしょう。

 

最後のオレンジジュースの記事は更新されて割と早く私は読みました。

自然体の、とてもチャーミングな素敵な文章で,死が迫っている方が綴られたようには全く見えません。

それだけに、私は麻央さんの奇跡的回復を信じて止まなかったのですが、

その後、数日更新がありませんでしたから心配していたところ、この度の訃報に接しました。

幼いお子様たちを残しての天国への旅立ち。

どんなにか無念でいらしたことでしょう。

本当に残念です。

 

 

海老蔵さんの会見も、溢れる思いを率直且つ冷静に言葉を選んで語られていて、とても立派なものでしたね。

小さなお子様を抱えての今後のご苦労を思わずにはいられませんが、麻央さんが天国から見守っていてくださいます。

 

私も、いつも夫に見守られているとの気持ちを忘れずに暮らしています。

動物園でベンチに腰掛け、空を仰ぐようにして、孫におじいちゃまの事を話しました。

「天国からきっと見守ってくれているよ」と。

それからすぐの事、

緑滴る林の道を歩いていると、黄色のモンシロチョウが、私たち二人の傍でひらひらと舞い続けました。

後にも先にも、その時だけでした。

私は、かれんちゃんに言いました。

「きっとこれはおじいちゃまだよ」と。

 

どんな悲しみも寂しさも、人は必ず乗り越え、前に進んでいくものですね。

海老蔵さんも、きっとこの辛さを乗り越え、歌舞伎役者として益々ご活躍なさることでしょう。

お子様たちを立派に育て上げられますことでしょう。

天国から清らかな優しい眼差しと笑顔で見守る麻央さんのお姿が、目に浮かんでくるようです。

 

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

 
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心から愉しんでくれたかしら?

2017-06-23 08:02:33 | 

かれんちゃんの[ママとパパに会いたくなっちゃった」の一言で、私は一瞬、不安に陥りました。

かれんちゃんは、単純に大喜びしているわけではなさそうです。

そういえば.、思い当たることがありました。

おうちにいる時も、似たような事を言ったからです。

わたしとの動物園行きが決定したときも、「ママも一緒に行こうよ」と誘ったかれんちゃんでした。

 

かれんちゃんは、もしかすると、他の孫たちが幼い時のように、私にまだ完全にはなついていないのかもしれません。

その距離は、一時期より、急速に縮まってはいますが。

 

この子が誕生したとき、私は癌を患う夫への気遣いと介護に追われる日々でした。

孫の相手をする時間はあまり持てませんでしたから。

幼い時の親密な接触は、絶対的信頼を築く土台になるのかもしれません。

他の孫たちと違って、その点が心もとない私とかれんちゃんの間柄です。

 

キリンさんを背景に

 

ですから、私との二人きりのお出かけに、心細さを覚えるのは仕方ないことなのかもしれませんね。

園内にいる時にかれんちゃんが口にした意外な言葉に、バアバの胸は一瞬、キュンとなったことが他にもあったのですよ。

後になって振り返ると、他愛のない笑い話のような事なのですが。

このお話は、後半で致しますね。

 

到着時、とても静かで、人影がほとんどみられなかった動物園も、次第に行き交う人たちに時々出会うようにになりました。

それと共に、かれんちゃんの気持ちも落ち着いていったようです。

バアバは、まずは一安心。

その後は二人で、楽しいおしゃべりを交わしながらの園内巡り。

 

入場し、バスで最初に向かったのは、正門からだと一番奥にある、名称「アフリカの熱帯雨林」と「アフリカのサバンナ」。

サバンナでは、名の通り、アフリカ草原をイメージできるような広々としたエリアに、子供たちにも人気の高い動物がたくさんいました。

キリン、シマウマ、サイ、トラ、ライオン等々。

都内にある上野動物園などとは異なり、広大な敷地のズーラシア動物園ゆえ、サバンナエリアは、まるでアフリカの草原と変わらない雰囲気。

 

 

かれんちゃんに、私は言いました。

「とてもいい雰囲気ね~」と。

大きな樹木の下でキリンやシマウマ、サイなどの動物たちが、昼下がりのひと時を仲良くのんびりと過ごしているかのように見えたからです。

そののどかで平和な光景は、アフリカの草原そのもののように感じられました。

 

 

子供の反応って、意外感があり、興味深く、実に新鮮です。

「ママ、パパに会いたくたくなっちゃった」も、そうですが。

実は「雰囲気」の言葉が、かれんちゃんの心を強く捉えたようです。

その後、幾度もこの言葉をかみしめるかのように、繰り返し言いました。。

「さっきはいい雰囲気だったね、ばあば」と。

 

 

ところが、この言葉を違う話で突然持ち出したときには、バアバは、また一瞬ショックを受けてしまって。(笑)

このお話は、前述したように後半でご紹介します。

 

アフリカサバンナで一番印象に残ったのは、やはりライオンでしょうか。

目前で見られたせいかもしれませんが、「百獣の王」と言われるだけの事はあると、改めて思いました。

顔つき、毛並み、風格、威厳のある佇まい、すべてがひときわ優れている感じでした。

孫と二人で見入って、私は感服してしまいました。

 

 

アフリカ熱帯雨林とアフリカのサバンナエリアを観終わってから一休み。

ママが書き留めてくれた地図で指定されているレストランで、昼食を取りました。、

熱中症にならないように、水分補給は気を遣っての散策でしたが、ここでも飲み物やカキ氷で、元気復活。

仮眠も、十分足らずですが取ることができました。

束の間でも眠れてよかった。

体力復活に、絶大なる効果がありますから。

 

無防備な私。かれんちゃん撮影。
二人で見て大笑いでした。

元気復活した私
かれんちゃん撮影

 

このあと園内バスに乗り向かったのが、アマゾンの密林と日本の山里エリア。

不思議なもので、私は日本の山里エリアに入ると、気持ちがとてもリラックスして、落ち着きました。

動物たちも、良く見聞きするいきものばかりだからでしょうか。

 

雨に洗われた日本的な林の滴るような緑の木漏れ日にもなんだか、他の林以上に感激。

見た動物は、コウノトリ、マナヅル、ヤマネコ、二ホンアナグマ等々でした。

 

目的は動物の見学でしたが、かれんちゃんが一番喜んだのは、途中にあった広場のプレイパークの乗り物。

駆けまわって、すべての乗り物に挑み、楽しんでいました。

元気いっぱいの姿に、目を細めて見入るばあばでしたが。

余りに駆け回るスピードが速いため、一瞬姿を見失うこともあり、緊張しましたけれどね。

 

 

夕暮れが次第に近づいてきました。

できることなら正門から程遠くないところにある、アジアの熱帯林エリアに行き、象さんを見て帰りたいところ。

ところが帰り道がよくわかりません。

勘でもって適当に歩いていれば、園内バスの乗り場に行き着くでしょう。

そう思った私は、自信はないままでしたが、かれんちゃんとまた木漏れ日の美しい林の中を歩き続けました。

途中、動物もいろいろ見ながら。

随分歩いたようです。

途中に、二か所ほどバス停もありましたが、すでに最終バスは通り過ぎた後。

乗り場は閉じられていました。

正門まで歩くしかなくなってしまった私達。

勘を頼りに、またてくてく、てくてく。

かれんちゃんは、弱音一つはかず、頑張りました。

 

ところが何としたことでしょう。

かれんちゃんがとても喜んだプレーパークのところに、また戻ってしまったのです。

でもその後、人に尋ね、またてくてく歩き、何とか正門前に戻ることができました。

 

 

私は歩くのがもうやっとと言っていいほどへとへとに疲れていましたが、かれんちゃんのために、象さんを今日の動物園の有終の美にしたかった私。

けれど象さんのいる、アジア熱帯雨林は正門の近くとはいえ、おそらくまた広い敷地でしょう。

ぞうさんにたどり着くには、時間がかかりそう。

半ば諦めていた私ですが、動物園の係員らしき人に尋ねると、「すぐそこですよ」との返事。

意外なお返事が嬉しくて、元気復活で心弾む思いに。

期待通りの大きな象さんに、最後に巡り会えた私達。

目が優しいゆったりした象さんの動作を見ていると、それまでの疲れが癒されるよう。

かれんちゃんも大満足している様子でした。

 

 

でもかれんちゃんは、私との動物園行きを、心から愉しんでくれたでしょうか。

「楽しかった?」と時々尋ねると、バアバの質問への反応が、今一つ。

園内を歩いている時、かれんちゃんが突然言いました。

「ママやパパ、ニイニにと動物園に行くといい雰囲気なんだあ~」

 

私の胸はまたキュウン~、となりました。

精一杯頑張っているつもりのバアバだけれど、いい雰囲気ではないのかしら?、とひがみ心がちょっぴり頭をもたげた一瞬でした。(笑)

でも帰宅して、思い出しました。

かれんちゃんの心をとらえた私の言葉「雰囲気」の事を。

この言葉の適切な使用に、心から感心した私です。(笑)

 

いくら対抗しても(笑)、家族にかなうはずがありませんものね。

率直なかれんちゃんの子供らしい表現も、後になれば、愛おしい。

かれんちゃんは、きっと喜んでくれたに違いない、と思うことにします。

 

心配したお天気にも恵まれ、偶然の事でしたが、最終バス5分前に、駅行きのバス停に到着でした。

この幸運は、もしかすると夫が見守っていてくれたお蔭かしら。

園内で、そんなことを感じさせる印象的な出来事もありました。

 

明日、そのお話ができるといいのですが、この週末は長女宅の孫娘のイベントがまたあり、忙しいため、数日お休みを取らせていただくかもしれません。

皆様も、明日からの週末をお楽しみくださいね。

 

 
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孫とお出かけの至福のひと時~ズーラシア動物園へ

2017-06-22 07:21:17 | 

週明けの月曜日。

心配したお天気は、出かける頃には快晴。

四月の旅行の時も、奇跡的な天候の激変で、良いお天気に恵まれた私です。

再度の幸運に、心から感謝の日でした。

梅雨間ながら、湿度も高くなく、とても爽やかな気候。

正に行楽日和で、老いた身には、本当に助かりました。

 

お出かけ先は、ズーラシア動物園。

学校が振替休日の次女家の孫娘かれんちゃんが一緒です。

K君のママが、動物園までの利用交通機関と園内の順路まで紙に詳しく書いてくれました。

それを手に持って頼りながらの見学。

私の服装は、前日の次女宅での夕食時に、「今日の服装は、動物園にピッタリじゃあないですか」とお婿さんに言われた、水色の七分袖のオーバーブラウス。

柄が、象やキリンさん。

数年前に購入したものです。

迷っていた服装が、お婿さんの一言で、決定でした。(笑)

 

この日はかれんちゃんが、カメラマンになって撮影を引き受けてくれました。
そのため、私の写真もたくさんあります。
この画像も、かれんちゃんの撮影です。
オーバーブラウスの動物の柄、分りますか?

 

私の服装はともかく、かれんちゃんの服装の何とファッショナブルなこと。

ファッション雑誌の子供服さながらの装いで、会った時、思わず「可愛い!」と言いました。

小物まで色が統一されていて、ママのこだわりが見て取れます。

普段とは大違い。(笑)

 

 

無事、動物園に着き、いよいよ園内の見学スタートです。

当園は、私は三度目くらいかしら。

かれんちゃんの方が、この動物園の事は詳しいはず。

そう思った私は、パパに、明日は「かれんちゃんに案内してもらうわ」と言いました。

すると、「いやそれは、まだまだ無理でしょう」と。

 

私は、大人が子供に頼るのは、教育効果大だと、若い頃からの信念があります。

娘達には、「演技でいいからそうしなさい」と、時々言っているほど。

このお話はまたいつか。

 

ところが、かれんちゃんのパパの言う通りでした。

 園内バスで目的地に着き、散策をはじめて間もなくの事。

15分足らずだったでしょうか。

頼るどころか、なんとも幼い子供らしい言葉が、かれんちゃんのお口から、飛び出しました。

「何だかパパとママに会いたくなっちゃった」と。

その理由は、すぐ察しがついた私です。

 

 

かれんちゃんは振替休日でしたが、登校日の月曜だったため、就学童らしき子はまるでいません。

そのためでしょう、動物園はとても空いていました。

私達が園内バスを降りて林の道を歩き始めたとき、人影はほとんどありません。

かれんちゃんは、その様子を見て、なんだか心細くなってしまったのでしょう。

それに、同伴者がばあばでは、頼りなかったのかもしれませんね。

私は、かれんちゃんを頼るどころではなくなってしまいました。

 

とてつもなく広い動物園。

広大な敷地に、森のような林。

その中に距離を置いて、動物の居場所の住処が点在しています。

すぐには動物には会えません。

 

このあたりの道で、「ママとパパに会いたくなっちゃった」でした。

 

ママとパパに会いたくなってしまったかれんちゃんの気持ちを引き立たせ、如何に今日のお出かけを愉しんでもらうか。

いよいよ頼りないバアバの奮闘記となります。

この続きは次回に。

 


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愛しい一枚の絵葉書

2017-06-21 07:08:43 | 

次女宅で塾に出かける前のおやつの用意をし、二人でおしゃべりしているときに、K君が言いました。

「そうだ、おばあちゃんにお土産がある」と。

いつもの優しい顔で、目を輝かせて。

とは言っても、今はメガネをかけているので、その優しい瞳が隠れているかのよう。

いつもちょっと残念に思う、ばあばなんですけれどね。

 

そして手渡されたのが、星野富弘の絵葉書セットでした。

私もよく知っていて、心惹かれる人だったけれど、この方の作品に親しんだことはほとんどありません。

それだけに嬉しくて感激。

一枚一枚のはがきに、清々しい雰囲気の水彩画と感動的な言葉が記されています。

その言葉は、正に箴言といった感じで、心に染み入るかのよう。

小学校六年生にしては、何と気が利いた素敵なお土産でしょう。

ママの助言でもあったのでしょうか。

 

 

K君たちの修学旅行先は、日光。

星野富弘美術館は、そこへ向かう交通ルートから少し外れた群馬県のみどり市東町にあります。

詳しい事を知りたくて、ネット検索で調べたところ、そこは星野氏の生まれ故郷でした。

中学教師をしているときに、事故で脊髄を傷め、半身不随に。

八年の入院生活を終え、故郷に戻り、その不自由な体で制作し続けた水彩画やエッセイ。

それらの作品が、その美術館には、展示されています。

 

六年生の小学生たちは、富弘氏の作品を、どんな気持ちで眺め、鑑賞したのでしょうか。

妹の話では、都内の小学校のほとんどは、就学旅行は日光のようです。

恐らく、いずれの学校でも、この美術館が、行き先のコースに織り込まれているのかもしれませんね。

 

六年生と言えば、思春期に差し掛かる一歩手前の年齢です。

まだ純真そのもの。

K君を見ていても、それがよくわかります。

 

富弘氏の水彩画と、言葉を目の前にして、子供たちは、柔らかな素直な心で何を感じたのでしょうか。

受け止め方は、生徒一人一人異なったでしょう。

何も感じないで、素通りしただけの子も、大勢いたかもしれません。

 

K君のママが、学生時代に贈ってくれたお誕生日プレゼントのフォットプレートとお裁縫箱です。
長女のMちゃんからだったかしら?
余りに遠い記憶ゆえ、おぼろです。

 

でも私は、修学旅行のコースに、この美術館が選ばれていることに、とても感動しました。

子供たちの心に、その印象は、きっと深く刻まれたはずです。

成人したときに、この美術館を再度訪問したいと、いつかきっと思う事でしょう。

そのきっかけを作っただけでも、素晴らしい修学旅行の実りだと、私は思いました。

 

私も、元気なうちに、日光へまた訪れ、その時には、是非この美術館にも寄りたいものです。

K君のお陰で、そんな思いになる機会を与えてもらえた事が嬉しくて・・・・・・。

 

ところが、この話には、チョッとした落ちがあります。(笑)

K君のお土産の星野富弘氏の絵葉書セットを、一枚一枚手に取り、感激しているときに、K君が言いました。

「おばあちゃん、その中から、どれでもいいから、一枚選んでね」と。

「たったの一枚!」

「たった」といった言葉を直接K君に投げかけたかどうか、記憶は定かではないのですが。

その時の私の気持ちは、その通りでした。

私の反応から、きっとK君は敏感に、私の思いを感じ取ったに違いありません。

心無い私の態度でした。

 

K君はちょっと困ったような顔。

私はしまった、と思い、すぐ心を入れ替え、気持ちを込めて「ありがとう」を言いました。

あちらのおじいちゃま、おばあちゃまにも、選んでもらい、その絵葉書をお土産にするそうです。

 

K君の部屋

 

就学旅行のお小遣いは3000円と決められているようでした。

それで、家族全員に地元のお菓子、パパ、ママ、妹のかれんちゃんにも、それぞれ個々のお土産。

その上に、両家の祖父母にまで。

 

少ないお小遣いで、頭をひねりながら苦労してお土産を選ぶ、K君の姿が想像できました。

一枚では物足りないと言っては、あまりに可哀そう。

そう思うと、その一枚の絵葉書への愛しさが数倍に膨らんでいくようでした。

 

絵葉書に書き留められた言葉は、一枚、一枚、本当に素晴らしくて、その後、選ぶのに迷ってばかりの私でした。

結局、週末に訪ねたときに、再度見て、その一枚を決定することにしました。

その様にして選んだのが、上にアップした画像の絵葉書です。

K君、本当に有難う。

星野富弘美術館を教えてもらったことも、素敵なお土産でした。

もう一度ありがとうを言います。

 


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連続投稿に息切れ寸前

2017-06-19 06:58:23 | ブログ

しばらく、梅雨らしくない、さわやかな晴天が続きましたが、昨日からは雲行きが怪しくなり、今日も雨模様のよう。

選りによって、今日が雨だなんて、ちょっと不運もいいところ。

実は、今日は次女のところの孫娘かれんちゃんと二人でのお出かけの日だからです。

行き先は、~園。

今は内緒。

かなり前からのお約束でした。

体調が今一つなので、先行きがチョッピリ不安ですが。

純真な子供との約束を破るのは、罪と思っている私。

多少無理をしてでも頑張って、愉しんできますね。

 

かれんちゃんのお部屋

 

体調が今一つなのは、最近の暮らし方でよく分ります。

夜になるとぐったりしてしまって、ここ数日、床に就く前にうたた寝をよくします。

一昨日の夜は、あまりに疲れて、前後不覚のまま床に就いたのでしょうか。

アラームをセットせず、さらに驚いたことは、コンタクトも外さないまま眠ってしまいました。

 

この疲れのひどさは、もしかすると、ブログの連続投稿のせいだったりして?

やはり、私の体力と日頃の暮らし方には、このやり方は向いていないのかもしれない、と思い始めています。

常にブログの事が頭から離れなくなってしまいそう。

変なストレスも少しありますし。

やはり、一週間投稿したら、しばらくお休みする。

このメリハリのきいたブログへの臨み方の方が、私には合っているのかもしれません。

 

何よりも、気がかりなのは、目の調子。

最近目が疲れているのか、しょぼしょぼして、パソコンの字が以前より見づらくなってきました。

遠近両用のコンタクト二週間レンズの購入時に、眼科でいつもより詳しい検査を受けました。

その結果は、角膜もとてもきれいで、異常は全く見られません、とのことでした。

それを聞き安心した私ですが、その後も目の調子は今一つです。

やはりパソコンンの見過ぎでは?

 

二年前の次女親子の写真です。
とてもいい雰囲気なので、フィルターをかけてアップします。

 

ブログライフを充実させるために、一番大切なことは、自分の暮らしを充実させることですものね。

そうすれば自ずと良い話題にも恵まれ、良い記事が書けるというものでしょう。

ブログを書くことに振り回されて、自分の暮らしのリズムを壊してしまうようでは、最悪。

 

私の場合、早起きして、七時までの時間帯を、ブログ綴りに当てています。

その時間に限り、日中は書かないことを徹底すればよいのに、家事の気を抜いた時などに、ついパソコンに向かってしまって。

日中の暮らしのリズムが狂わせてしまうのです。

 

もう一つ、疲労の原因と思われることは、早起きを無理やりにでも心がけてしまうこと。

昼間は、書かない方針に一応しているため、早朝の時間を逃すと、ブログに臨める時間が極端に少なくなってしまうからです。

 

疲れていて、もっと長く横になっていたいのに、ブログのために無理して早起きすんるなんて、やはりこれも愚かなこと。

老け込まないためにも、体をいたわり、健康的な暮らしをすることが、何よりも大切な年齢です。・

 

こうして書いているうちに、心の整理が付きました。

ブログのために、無理をするのは絶対にやめましょう。

 

これも数年前のかれんちゃんです。

 

最近温かなたくさんの応援クリックをいただけ、素直に嬉しくて、つい頑張ってしまう私がいます。

もうしばらく頑張ってみようかな。

そのうちまた、数週間のお休みに入るかもしれませんが、ご無沙汰を重ねます事、お許しくださいませ。

 

今日は孫娘のかれんちゃんと、思い切り楽しんできますね。

童心に返って。

何だか空が明るくなってきたようです。

このご報告は、また近い内にさせて頂きます。

 

 


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人間力が一番大切

2017-06-18 07:38:56 | 

今、私が一番身近に感じている孫は、小学校六年生のK君です。

週に、2~3度必ず会っていますから。

初孫のR君も、誕生から小学校生の低学年あたりまでは、あまりの可愛さで、私は献身的に世話を焼きました。

一週間くらい預かることも度々。

旅行にも、夫とR君の三人でよく出かけたものです。

ですから、特別な思いがR君には、今もあります。

 

 

K君も同様かもしれません。

パパが一時期、単身赴任したため、K君とは同居したことがありますから。

それはそれは可愛くて。

私は家族が増え、家事が忙しくなり、その片手間のお相手でしたが、夫は体をすべて解放し、孫と相対する人でした。

ですから、K君に限らず、孫たちはみんな大変なおじいちゃま子になりました。

 

そのおじいちゃまが亡くなった時、一番泣いたのが、K君です。

火葬場に向かうバスの中でも泣き続けるK君の姿に、妹が、とても心を打たれたとその後、私に話してくれました。

 

K君は、おそらく孫の中で、性格が一番穏やかで優しいのでは、と思っています。

何せ、同居していた数年の間も、泣いたりぐずったりして私を困らせたことが、一度もありませんでしたから。

素直で明るくて、元気いっぱい。

全く手がかからない子でした。

パパ方のおばあちゃまが、良い子過ぎるのでは、と心配なさるほど。

でも無理してそのような態度を取っているのではなく、K君の場合、天性の性格のようです。

 

 

そのK君が、もう小学校六年生に。

今も穏やかな性格には変わりありません

R君は、高校三年生。

 

K君は、学校の成績はとても優秀。

昨年は運動会の閉会式の司会をするほどリーダーシップもあります。

今も実行委員長を率先して自分から引き受け、頑張っているようです。

父兄の個人面談でも、担任の先生から、過剰と思えるほどのお褒めの言葉をいただけるとか。

 

でも塾の成績は今一つ。

大手の有名塾の最寄り校に通い始めて半年くらいになるでしょうか。

今のところ、六クラス中の中間の位置にいるようです。

 

五月の連休明けまで、地域の少年野球の一員で、週末の土日は野球漬けの日々。

勉強どころではありませんでした

親も受験に対しては、割とおおらかに構えている様に、私には見受けられます。

 

 

高校三年生のR君も、現役突破は何だか無理そう。

娘達があまりに優秀でしたから、孫たちの成績の伸び悩みに意外感が私は少しありますけれど。

 

次女がしきりに話すのは、「人間にとって大切なのは、成績や卒業した大学の良し悪しではなく、人間力よ」と。

「今の世の中は特にそう」と。

長女夫婦も、そういえば似たような事をよく言っています。

 

若夫婦達は在学したことのある最高学府の、マイナス面も知っているのでしょう。

ですから、かえってそのあたりの心の構え方は、おおらかでいられるのかもしれません。

 

 

 

二人の受験生孫を抱えた私の今年の年末年始は、ちょっぴり緊張しそう。

できれば、志望校に無事合格させてあげたいけれど、こればかりは試験に臨んでみないと分かりませんね。

 

R君の中学受験の時のように、実力より上の難関中学に思いがけず合格なんてこともありますから。

でも、それも良し悪しだなあ~、と。

少々自信を失っているR君を見るにつけ、祖母の私は複雑な心境です。

 

私が、娘達が中学受験に臨んでいる時、口癖によく言っていたことがあります。

「結果ではなく、一生懸命努力するその過程が大切である」ということ。

結果は、神さまがあなたに一番向いた学校を選んでくださるから。

気にしても仕方ないわ、と。

だから今を大切にして、悔いのないように頑張りなさいね、と。

 

 

孫たちにも、同様のことを言ってあげたい気分だけれど、バアバは、この際余り口出しはしないようにしましょう。

とは言っても、二人の娘たちの受験の頃のことを思い出して、つい親にも意見したくなることもあるのですけれどね。

妹と(ブログ名 世界で一つだけの姥花日記)、よく言いあうことは、

「孫の事まで心配するのはよしましょうよ。

私達の子供ではないのだから。

親に任せればいい事」

 

今日は本当はこんな話題を持ち出すつもりではありませんでした。

タイトルは、「K君の愛しい修学旅行のお土産~一枚の絵葉書」だったのです。

ところが、お話が途中から全く違う方向に。

書き出しの雰囲気が、記事の結論とかけ離れていて、なんだか恥ずかしい文章になりました。

 


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娘達の生き方は私とは大違い

2017-06-17 07:18:09 | 家族

私は週に二回、次女宅に通っています。

K君が五年生の時は、三回でしたから、ちょっと楽になりました。

一方、週末にはいつも、夕食を次女家でご馳走になっている私です。

ですから、一人暮らしの寂しさを感じることは、あまりありません。

夫が亡くなって半年間くらいは、折に触れ、涙が溢れて仕方ありませんでしたけれど。

今はとても元気。

そんな私を見て、夫はさぞ喜び安心してくれていることでしょう。

それが何よりの供養になるでしょうから

 

 

マンション住まいの次女宅

古い写真です。最近写真を撮っていなくて。家具の配置が今は全く違っています。

 

長女宅は都心の閑静な住宅地ににあり、我が家からですと一時間くらいかかります

ですからこの頃は、めったに行きません。

マイホームを建て、セコムのホームセキュリティーを設置してからは、ちょっと敷居が高くなってしまいました。。

操作を間違えて、警報機がけたたましくなるところを想像するだけで、なんだか怖い!

マンション暮らしの時は、気ままに頻繁に出入りしていたのですけれどね。

 

それに、次女宅と違って孫たちは大きくなり、もう私の世話を必要としませんから。

その代わり、電話での連絡は次女よりも時々かわし、お互いに近況報告をするようにしています。

 

 つい最近まで、長女のMちゃんは、10日間海外出張に出かけ留守でした。

私がお手伝いに行こうかと、言うと、

「食事の用意はすべて調えていくから、心配しなくて大丈夫よ」

と言って出かけました。

でもやはり気になり、帰国の数日前に、長女宅に電話をかけました。

孫娘のさっちゃんが出てきて、

「心配しなくても大丈夫!ママがたくさん料理準備してくれているから、元気にやってま~す」とのこと。

恐らく、二人とも中間テストの時期に差し掛かっていることでしょう。

バアバが行くと、かえって気を遣わすだけで邪魔になるかもしれません。

そんな年ごろでしょう。

そう思って、出かけるのを止めました。

 

長女宅です。まさに今流行りのシンプルライフ。

 

正直な所、それだけが理由ではありません。

今のところ、次女宅に週二回出かけるのが、私の体力では精一杯。

同窓会もありましたから。

 

長女宅で、何よりも気にかかるのは、Mちゃんの健康。

若い時から、多少不整脈があるのが気になっている私です。

でも、細身ながら、とても丈夫。

寝込む病気をしたことなど、ほとんどありません。

幼い時からそう。

次女と二人揃って、いつも皆勤賞。

会社勤めになってからも、会社を休んだのは、1~2度あるかないか。

「可愛げがない体だわ。ときには風邪でも引いて会社を休みたい」

と言っているのを、聞いたこともあります。(笑)

 

この度の海外出張も、直前まで会社で働き、週末に家族の留守の間の食事の用意までして、日曜日に出かけたMちゃんです。

長女のお婿さんは、次女のところのように協力的ではありません。

 

この本を役立てているのでしょうか。
長女に紹介され、私も買いました。

 

ですから、Mちゃんの大変さを思って、健康面が気になって仕方ない私だけれど、本当に大丈夫なのかしら。

十日間のアメリカ出張から帰った翌日から、もう出勤。

信じられないような、多忙な日々です。

 

「本当に大丈夫なの?」と心配気に問いかけると、元気いっぱいの明るい声で、

「元気にしてるから。大丈夫よ」

と応えてくれます。

声のトーンで、親は子供の心身の健康度が図れますから、その声を聴いて、いつも安心する私です。

ですから、たまに声に元気がない時は、とても心配になってしまうのですけれどね。

 

 

次女も、年に1~2回海外出張しています。

二人とも英語はとても堪能で、英検一級とTOEIC の上級資格を持っています

長女は、会社で一番英会話力のある人を抜きたい、と言って、家事をするときも、常に英語を聴いているようです。

次女よりも英語の会話力は、上なのでしょう。

けれど次女は、フランス語の一級の資格も、7年前くらいに取得しました。

このブログを私が書き始めて間もない頃の事でした。

記事にしたこともあります。

ベトナム語もほどほどにしゃべれます。

 

次女宅のお庭

 

私は結婚して、随分逞しくなりましたが。娘達とは大違い。

私の人生は、マイペースでのんびりそのものでしたから。

娘達のような頑張り屋さんでも、努力家でもありません。

夫のことはさておき、私に限っては、鳶が鷹を生んだの典型のような親子です。(笑)

 

娘達の暮らしの意欲と努力には頭が下がり、感心はすれど、やはりあまり無理はしないでほしいです。

無理をし過ぎて、体を壊しては、元も子もありませんもの。

何よりも、健康が第一ですから。

素敵な暮らしを紡ぐ、心のゆとりを失わないで、、日々を送ってほしいと願っています。

 

家事と仕事の両立で多忙を極める娘達ですから、私も自立した暮らしをできるだけ長く心がけましょう。

娘たちの足手まといにならないように、精一杯頑張らなくては。

私もまだまだ元気。

娘達とはまるで違う人生を送ってきましtが、夫のお蔭で本当に幸せな日々でした。

これからも、若夫婦家族の健康と幸せをを祈りつつ・・・・・。

「今日が一番素敵」の思いで、日々心新たにして、過ごしてまいります。

 


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私の料理ブログへの思い~このブログはお休みします

2017-06-16 07:03:23 | 料理

私は日記ブログ以外に、料理ブログも持ています。

日記ブログよりかなり遅くスタートしましたが。

綴り始めて6年程になります

日記ブログほど熱心に臨んできたわけではありませんでしたが。

両ブログのかけもちは、年を重ねるとともに、次第に重荷になっていきました。

 

けれど、日記ブログが、暮らしの励みになっているのと同様に、料理ブログも、マンネリ化しがちな毎日の食事作りを励ましてくれるものでした。

私のブログは、日々の料理日記ではなく、料理ノート作成が目的でしたから、献立にはとても気を遣いました。

 

 料理に手がかかるけれど、和食が一番好きな私です。

 

料理ブログに限らず、若い時から、献立を考えるのにとても時間がかかった私です。

何となく適当にではなくて、味のメリハリや、彩りなどとても気にしてしまう性格でしたから。

和食なら、すべて和食、中華ならすべて中華といった具合に、統一しないと気が済まなくて。

家庭料理ですもの、美味しければ、多国籍料理で構わないのに。

何故でしょうね~。

大袈裟ない言い方で恥ずかしいですが、私の美意識が影響しているのかしら?

或は、わたしの母の料理へ臨み方がそうだったのかもしれません。

私にとっては当たり前のことになっていました。

 

ですから若い時から、献立を立てるために、楽しいというより、相当な苦労をしてきました。

過去に書き留めた自分の料理ノートやスクラップ、幾冊かの料理本をテーブルの上に並べ、長い時間をかけて数日間の献立を考えます。

 

私が愛読してきた料理本の一部。まだまだ山のようにあります。
この際、断捨離を心掛けましょう。

 

その苦労から解放されたくて、それが目的で、料理ブログを開設したつもりでしたのに。

画像付きの料理ブログを見れば、献立が一目で分り、すぐ日々の料理が決められる、と思ったのです。

ところが、途中から、もっと大きな夢を自分の料理ブログに描くようになりました。

娘達はむろんですが、孫たちが結婚して日々の食事作りに励むようになった時、私のブログを時に参考にし役立ててくれるかもしれない、と。

それは、とてもとても楽しくて幸せな想像でした。

私がこの世からいなくなっても、祖母の遺品となって、孫たちの暮らしに役立つのであれば。

 

 一人分ではありません。半分は、次女宅へ

 

でもです。

もう十分、色々な献立を料理ブログに掲載してきました。

自分の料理ブログを見れば、一目で献立も決められます。

料理ブログ開設当初の目的は、もう十分果たせていると思ってもいいのかもしれません。

それなのになぜ、私は相変らず、料理本や雑誌や新聞の切り抜きを見て、日々の献立を考える苦労を続けているのかしら?

そのストレスが、料理ブログを開設当初より、もっと大きくなっているなんて、本末転倒。

 

目新しい料理より、食べ慣れたもの。

日本の伝統的な味付けのお料理に、一番惹かれる私です。

肉じゃがだったり、五目ずしだったㇼり、お煮しめだったり、といった具合。

 

昨日は、数日分の献立を考える日と決めていたのですが、それを思うだけで、心が重くなってしまって。

心配した通りで、テーブルにつき献立を考え始め、料理本を見ても、、良い献立が浮かばなくて。

時間ばかり無駄に流れていきました。

ふと立ちどまるかのような心境になり、考えました。

この苦労をするのがいやで、料理ブログを開設したのではなかったのかしら、と。

その目的で努力した甲斐もあり、レシピ付き献立のカテゴリーは、私が一番自信が持てるページになっているじゃあないの。

これ以上、献立を考える苦労はもうやめてもいいのかもしれない、と。

 

昨日の朝、有り合わせの物で作った肉じゃが。しらたきも絹さやもなしです。
それをもって午後から次女宅に行きました。
孫のK君は、塾のクラス分けテストの日。
ハイタッチで励まして送り出しました。

 

今後は、ブログの献立から探して、毎日、自分が本当に食べたいと思うものだけこしらえよう。

食べたければひと月に、同じものを幾度食べたってかまわないのでは。

私の今の喜びの一つに、孫たちに自分のこしらえた料理を食べさせることがあります。

ですから、今後は自分のためだけでなく、孫の口に合うものを多く作りたい。

 

料理ブログを意識しないで、自由な発想で、自分流の料理作りをもっともっと愉しんでみよう。

創作料理にも、どんどん挑戦してみたい。

といった具合です。(笑)

 

料理は大好き!

でも献立を立てる苦労は、ストレスだった私。

 

私がお気に入りの今右衛門と源右衛門の和食器です。

 

昨日、妹に料理ブログ綴りを止める報告をした時、言いました。

「物の断捨離も年とると大切なことだけれど、もっと大切なことは、心のストレスになっていることを断捨離することだと思わない。

私にとって、料理ブログのために、新しい献立を考えるのは結構なストレスになっていたの。

だからこのストレスは、思い切って断捨離することにしたわ」と。

 

妹は、私が愉しんで熱心に取り組んでいると思っていたようです。

ですから、意外に感じ、ちょっと驚いている様子でした。

「心のストレスの断捨離」と言う点では、大いに共感してくれましたけれどね。

これからは心をどんどん軽くして、呑気に楽しく余生を暮らすことを心がけましょうね、と言い合いました。

 

日記ブログも、作文の宿題をあてがわれているようなストレスは大いにありますが.

心の整理ができ、認知症の予防には最適。と思うと、まだ当分やめられそうにありません

ストレスはできる限り軽減し、心からブログ綴りが楽しめるように、もっともっといろいろ工夫をしたいものです。

 

 


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三年ぶりの同窓会に参加して

2017-06-14 08:11:40 | 日記

入梅したものの、その後まだ一度も雨をみない当地です。

(昨日の早朝、お湿り程度の雨がありました)

空梅雨になると、それはそれで心配なことですから、梅雨らしい適度の雨量は望む私ですが。

いつも六月の中旬に決まって毎年開かれる同窓会の日ばかりは、雨が降らないでほしい、と私は強く願います。

なぜって、私の髪の毛は雨にとても弱くて、セットがまったくもたないからです。

湿気のせいで、まるで鳥の巣のようになってしまうのです。

くせ毛だからでしょうか。

美容院の方には、年齢の割には髪が多く、質も良い、と褒められるのでけれどね。

 

その同窓会が、一昨日ありました。

心配したお天気は、風一つなく、爽やかな好天。

ホッとしました。

いつになく、念入りに身支度を整え出かけた私です

白の七分袖の上着に黒のスカート、黒が基調の太めのネックレスにやはり黒が基調のエルメスのイヤリング。

そんな出で立ちでした・

いくら年を重ねても、モノトーンの服装が好きな私。

恥ずかしいですが、すべて十数年前に購入したものばかりです。

そういえばネックレスだけは、昨年買いました。

高価なものではありません。

 

残念なことに、カメラを持っていくつもりで、準備しておきながら、私は家に置き忘れてしまいました。

そのため、、今日の記事には、その写真を載せることができません。

仕方なく、過去の同窓会の記事の画像を数枚コピペして、こちらに貼り付けます。

 

 今回は、場所も参加メンバーも、この画像とほとんど変わりありませんでした。

 

この度の会のお知らせの時に、同窓生の訃報がありました。

違うクラスの方でしたから、お名前だけではお顔が浮かばなくて、実感が湧きせんでしたが。

同窓会の席で、私が皆さんにお配りした写真で、どの方か教えてもらい、驚きショックを受けました。

前回、出席したとき、私の斜め前に腰かけておられた方だったからです。

 

NHKの技術部で今なおか活躍しておられる、と聞いていました。

とても寡黙な方で、周りがお酒の酔いで、談笑に乗りが乗っているときも、聞き役で静かな佇まいを崩されませんでした。

そのためか、私の心に、その同窓生の印象が深く刻まれていたのです。

もっといろいろお話ししてみたかったと、何だかとても残念で、寂しい気持ちになりました。

 

私達の年齢になると、思いがけないご逝去の知らせはむろん、病気その他の理由で、出席人数が一人欠け、二人欠けと、次第に減っていくのは致し方ない事なのでしょうね。

私も、夫の介護で家を空けられず、しばらく出席できませんでした。

毎年、メールのお知らせのみならず。個人的なお電話で、お誘いも受けるのですが、欠席はやむを得ない事でした。

私にとっては,三年ぶりの再会でしたが、出席された皆さんはお変わりなくお元気そうでした。

同窓会と言っても郷里の事ではありません。

場所は、同窓生幹事の友人が経営する新宿の地下街の中華料理店。

総人数、15~6名だったでしょうか。

女性はたったの3名。

 

出かけるときは、決してルンルン気分と言うわけではないのですが、参加すると、いつも来てよかった、と心から思えるのですよね。

同窓生と言えども、五クラスありましたから、中高時代は、言葉を交わしたことさえない人が、ほとんど。

でもその若い時代を同じ学び舎で共有した人たちに会えた時の懐かしさと感慨。

それは、言葉ではうまく言い表せないのですが、特別なものがあります。

 

私は多少耳が遠いせいか、賑やかな席では相手の話し声がよく聞き取れなくて、情けない思いをするのですが。

自分の席を離れ、途中から私の向かい側に腰かけられた同窓生の~君。

今なお、設計士として活躍中。

去年の六月は彼が設計した伊豆のホテルで同窓会が開かれ、宿泊料はただ同然だったとの事。

みんなが、とても感謝していました。

私が安藤忠雄氏の話題を持ち出すと、色々この方のエピソードを聞かせてくれました。

個人的にも話ができる間柄のようです。

私は自分は右脳人間の典型だと思っているので、クリエイティブな業界の話題なら興味津々。

三十分くらい、二人で話し込んでしまいました。

 

でも悲しいかな、彼の話し声さえ、聞き取れたのは半分くらい。

周りの騒々しさにかき消されてしまいます。

いよいよ補聴器が必要かしら?

 

数時間の楽しい同窓会も、たちまち時間が経過し、お開きの時間に。

記念写真を、友人が撮ってくれました

来年も元気で会いましょうと言葉を交わし、数名の方とは握手までかわしました、

元気での言葉には特別、力が入り心がこもります。

 

 

 高校時代の一番の親友だった彼女も数年前、突然亡くなりました。
今も寂しさが、まだ癒えないままです。

 

そのあと、Oさんのお誘いで、二人で新宿駅の構内の階上のカフェで、一時間以上お喋りに再度花を咲かせました。

その時の彼女の最後の感想は、やっぱり女同士のおしゃべりが一番楽しいわね、と。

確かに、話題に共通点が多く、彼女が言う通りかもしれません。

 

彼女から 身にに余るお褒めの言葉もいただきました。

素直に嬉しく、心の励みになりました。。

 「貴女はどんなに大変な時でも、ニコニコしていて穏やかな雰囲気を変えないで、感心だわ、と。

愚痴を聞いたことがないし。

数年前にあった時も、大変な苦労をしているようには全然見えなかったもの」

「今も、肌が輝いていて、しわもなくて、元気そう」と。

 

過剰な褒め言葉で、恥ずかしい限りでしたが、私はそれに対して次のように言いました。

「私は、とても疲れやすくて、体力がないのよ。

明るい気持ちで日々を過ごさないと、すぐぐったりしてしまって。

辛くなるだけなの。

だから、どんなに大変な時でも、一刻一刻の充実を心掛けようという気持ちだけは、忘れないようにしているの。

愚痴を言うと、苦労が倍増するだけでしょ。

素敵に過ごそう、といった気持ちさえ失わなければ、どんな苦労も乗り越えられると思うの、と。

目先に小さな目標を設定して、一つ一つそれをこなしながら、自分を元気づけて暮らしているの」

 

Oさんは、心から頷いて、耳を傾けてくれましたが・・・・・・。

彼女の方こそ、三人の男の子をりっぱに育て上げられ、お嫁さんたちへの優しい気配りも忘れないひと。

感心することばかりでした。

おおらかで、ゆったりした人柄に一見見えますが、社交も実に見事。

私が足元にも及ばない、明るさと話術の巧みさがあります。

 

中高時代はクラスも違い、ほとんど話も交わしたことがない人でしたが、今はとても意気投合できる良き友人です。

「女性の参加はなぜか少ないけれど、~さんは今後も必ず出席してね」と強く言われました。

「元気なうちは、また会いましょう」と答えて、別れた私達です。

 

 ハレル監督の通訳さんは、向かって左端の同窓生の次男さんです。

 

翌日はさすがに疲れが残り、午後から二時間も、お昼寝。

夜はサッカーの応援。

ハレル監督の通訳の人は、実は私のとても親しい同窓生の息子さんです。

フランスに留学し、フランス語が堪能なようです。

年賀状に、彼の自宅にいるハレル監督ご夫婦が映っていました。

勝つ事は残念ながらできませんでしたが、いよいよ王手ですね。

オースラリア戦の勝利を信じています

最後は余談でしたが、同窓の友に関連したことでしたので、一言語らせていただきました。

 

 


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孫娘のさっちゃんがピアノで社会的デビュー???

2017-06-12 08:34:48 | 

五月の母の日を迎える数日前の事。

中2になる長女家の孫娘、さっちゃんが、ピアノ発表会よりもっと晴れやかな舞台で、ピアノの演奏をしました。

以前の記事でも、この話題に触れたことがありますが、ご記憶でしょうか。

オーデイションを受け、父兄と全校生徒参加の母の日イベントで催されるミニ音楽会で、さっちゃんがピアノ演奏者に選ばれたのです。

 

 輝く新緑が、目にまぶしい頃でした。

 

さっちゃんのピアノの腕前はなかなかのものです。

ピアノ発表会が終わると、いつも数名の父兄の方からお褒めの言葉をいただくほど。

ばあばは、いつもちょっと得意な気分

孫が褒められるのは、幸せなことですものね~。

音大に生徒を送り出すほど、しっかりしたご指導をなさる先生のお蔭です。

 

初めて、この先生にお会いしたとき、私は好印象を受けました。

一目見て、この先生は音楽のみならず、人間教育もしっかりして下さる方に違いない、と思ったものです。

私は、その印象を率直に娘夫婦に語り、共に喜んだものでしたが。

その期待通りの先生でした。

 

天真爛漫なさっちゃんちゃはコツコツ練習に励むタイプではなさそうです。

でも、ピアノが大好きになりました。

「好きこそものの上手なれ」といいますものね。

めきめき上達したさっちゃんです。

 

オーデイションは、さっちゃんが自発的に応募したとのこと。

照れ屋さんのところもあるので、多少迷いはあったみたいですが。

その話をしたところ、ピアノの先生も大乗り気になられました。

選ばれた時は、「これは社会的デビューと変わらないわよ」と言って励ましてくださったとのこと。

その後、さっちゃんは、五月の連休はどこにも出かけないで、猛練習をしました。

 

残念ながら、フィルターをかけました。

 

演奏は素晴らしかったです。

どんな弾き方をしようとも、無事にに終われば、私はとても感激してしまうだけの事なのですが。

自らピアノも弾け、クラシック通のパパが、「良く弾けていた」と納得した風でしたから。

その演奏は上出来だったのでしょう。

曲目は、ショパンの「幻想即興曲」でした

 

http://pianodouga.blog76.fc2.com/blog-entry-2.html

一時期日本で人気を博したスタニフラス・ブーニンの幻想即興曲の演奏です。

 

このピアノの演奏に当たって、印象的なエピソードが二つあります。

一つは既にお話したことがあるので、後に回しますね。

もう一つのエピソードとは、母の日のィベントが開かれる前日の事。

さっちゃんは、学校の講堂のピアノで、予行演習をさせてもらったようです。

ところが、そのグランドピアノのキーが異常に重たくて、泣きたくなるくらいの大変なショックを受けたとのこと。

 

先生のお宅にはピアノが二台あり、最近は、時々、最高級のピアノ、スタインウエイで練習させてもらえるようになっていたさっちゃんでした。

そのピアノのキーは、それまで練習していたヤマハピアよりはるかに重いようです。

ところが、学校のグランドピアノのキーは、もっと重かったようでした。

 

細身のさっちゃんの、思いがけない事によるショックの大きさが、私の胸にも沁みましたが。

前日に弾かせてもらえ、心の準備ができただけでも、本当に良かった、と。

ピアノのキーにはそれぞれ、重さに違いがあることを初めて知った私です。

 

父兄には、生徒さんからカーネーションがプレゼントされました。

 

もう一つのエピソード。

さっちゃんは、昨春、入学試験に無事合格し、今の中学に通い始めました。

それ以来、とても親しくなり、いつも一緒に行動を共にするようになった友人が、学校一の美人で有名とのこと。

そのため、さっちゃんは、美人の~ちゃんの「友人A」と言われているようでした。

娘もさっちゃんも、そのように言われていることを気にも留めていない風です。

ニコニコ笑いながら、私に話してくれました。

さっちゃんにに失礼ながら、私もあまりに可笑しくて、お腹がよじれるほど笑ってしまいましたが・・・・・・。

さっちゃんをとても美人だと思っているばあば。

とても心外なことでもありました。(笑)

 

実に明るくておおらか、さばさばした性格のさっちゃんですが、ピアノのオーデションを受けたのは、秘めたる野心があったのかも。

その野心とは、友人Aが『ピアノが超巧いA」に変わる事。

いえいえ、さっちゃんの本心は、もっと純粋なものだったのでしょう。

これは、私の勝手な願いです。

そのように言って、オーデイションを受ける前のさっちゃんを励ましたものでした。

 

その通りになって、本当におめでとう!

お友達たちにも、演奏を大変褒めてもらったようです。

今後もますます活躍して、楽しく有意義な学園生活を送ってくださいね。

 

追記 同窓会に出かける前に、慌てて更新しました。

まだ推敲していません。

帰宅後、文の手直しをするつもりです。

お読み苦しい点は、ご了承くださいませ。

 

 
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たかがブログ されどブログ

2017-06-11 06:51:37 | ブログ

だらだらと長い期間、旅行記に臨み、文章を綴ることに倦怠感を覚え始めていた私でしたが、何とか終えることができました。

一泊二日の事に過ぎませんのに、どうしてこんなに長くなるのかしら。

今回は旅行だけでなく、旅への私の思いや雑感も書いたのが、きっと長くなってしまった理由なのでしょう。

その前に、ガーデニングのことも数日かけて、書きました。

いつもはぴったり一週間で更新を終え、しばらくお休みを取る方針にしていましたのに。

今回は思いがけず、私にしては長い連続投稿でした。

 

 

倦怠感を覚え始めた、と最初に書いた私ですけれど、本当の希望は、毎日連続投稿することなんです。

けれど、残念ながら、そんなに毎日綴るほどに、私の暮らしには、話題性がありません。

いえいえ、話題なんて、日々の平凡な暮らしでも、感性が豊かであれば、いくらでも見付けられるはず。

 

村上春樹氏が、長編の執筆に臨む前は、スケッチ風の文を常に書いているとおっしゃっていました。

「スケッチ風の文」と言う言葉に、とても惹かれた私です。

私もそんな文が、気楽にかけたらいいのになあ~

 

ひじき寿司・青しそつくね焼き・色々野菜と揚げの煮びたし

昨日のわが家の夕食です。もちろん一人では、こんなに食べられません。
娘宅に持っていきます。

 

彼の文章は、本当に平易でわかりやすくて。

観念的な難しい言葉や表現は、ほとんど出てきません。

この程度なら、私でも書けそう、と思ってしまうことも。(笑)

ノーベル賞の対象になっている人の事を、このように言っては、不遜極まりなく、恥知らずもいいところですね。

 

私は小説より、彼の旅行記やエッセイが好きなのかもしれません。

お人柄も大好き。

「ノルウェイの森」は、刊行され一大ブームになって間もない頃、私は読みましたが、その時は良く理解できなくて、その後長い間、村上氏の本は敬遠していました。

いえいえ、この表現は、事実と違います。

村上氏だけでなく、読書そのものから遠ざかっていただけ。

特別、私は読書家でもありませんから。

遅読なうえに、同じ本を何度も読むのが好き。

ですから、読書量なんて、知れています。

 

色々野菜と揚げの煮びたし

 

今日はいったい私は何を書こうとしているのでしょうか。

自分でも、よく分らなくなってきました。

連続投稿ができたらいいのに、それが無理な理由を書こうとしているのかしら。

 

そういえば、この度の長い更新でも、私が苦労したことは言葉選び。

余りに陳腐な表現しか思い浮かばなくて、綴っていて時々情けなくなることが。

私が思っている事、感じていることは、この言い方では違うなあ~と思ってしまい、いろいろ考え、言葉探しをするのだけれど。

語彙の私の引き出しは、スカスカ。

いい表現や適切な言葉を見つけられるわけもなく、諦めてしまうことがしばしば。

気取って、良い文章を書きたいと思っているのではなくて、自分の気持ちを正確に表すもっとよい表現はないかしら、と思うと、キイを打つ手が止まってしまいます。

推敲して書き直すことも度々。

 

ガーデニング作業をしているときの私です。

 

たかがブログ、されどブログですね。

思いはいろいろあるけれど、今更自分の拙い文章力や語彙不足はどうすることもできません。

心掛け次第では、多少は進歩するかもしれないので、自分の気持ちを正直に書くことを何よりも大切にして、言葉探しの努力だけは、今後も続けていきましょう。

 


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の妙義山さくらの里・軽井沢・小諸城址懐古園の旅行記の最終章

2017-06-10 09:02:53 | 旅行

今日はこの度の旅行記の最終章です。

何だかとても嬉しい!ホッとした気分です。

長い間、拙い旅行記にお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。

 

 

では始めます。

二日目に、私達が向かう名所は、小諸城址懐古園へ。

私にとっては初めての場所ですが、「小諸」と言う響きには、何だか懐かしささえ覚えてしまいます。

私達の年代なら誰しも、親しみを感じる詩人・小説家、島崎藤村と、密接な関係がある場所だからでしょうか。

 

まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり
やさしく白き手をのべて 林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に 人こひ初めしはじめなり

 

「初恋」というこの七五調リズムの詩を好きになり、、暗唱しようと努力した時期がありました。

「破壊」や、「夜明け前」も手にし、藤村には、とてもよいイメージが私はあります。

ですから、小諸と言う地名に惹かれた旅でもあったのです。

 

小諸は、藤村の故郷ではなく、小諸塾で、教師として6年間在住。

この時、「破壊」などの作品を寄稿しています。

 

 

小諸懐古園の中に、「島崎藤村記念館」があり、是非寄りたかったのですけれど、一緒に行動を共にしていた一人旅の二名の方は関心を示されませんでした。

一人で皆から離れて行動すると、広い園内の事。

迷わず、一人で集合場所に戻る自信は全くなくて諦めました。

とてもとても残念なことでした。

 

大手門

 

京都の二条城を訪ねたときは、その広さに驚かされましたが、小諸城の跡地の広さは、その比ではありません。

小諸城の起こりは、1487年信濃守護小笠原氏の流れをくむ大井光忠が築いた鍋蓋城であるといわれています。

1554年、佐久地方を制圧した武田晴信(のちの信玄)が小諸城を拡張整備し、1591年に小諸城に入った仙石秀久による大改造を経て、現在の姿の小諸城が出来上がったとのこと。

1702年、越後(今の新潟)より、牧野安重が入ると、明治維新を迎えるまで牧野氏の居城となったけれど、維新後は廃墟処分となり、荒廃していく一方だったようです。

旧小師藩士たちがそれを憂い、資金を集め。。小諸城を払い受け、本丸跡に神社を作り、花木を植えて公園にし、懐古園と命名したとのことでした。

園内には、動物園もあるので、子供連れでも楽しめますね。

余り研究熱心とは言えない私です。

いい加減な説明でごめんなさい。

間違っていたら、お許しくださいね。

 

そして、この由緒ある公園内は、今では日本桜名所100選の一つになっています。

城内の史跡を地元のガイドさんの説明を受けながら見て回りましたが、長くなるので画像のみにします。

 

 

このたびの旅行はお花見が第一の目的ですから。

余り欲張りすぎても、私の老化した頭では消化しきれません。

100選と言われるだけあって、さくらで埋め尽くされたよな公園内でした。

 

 

まさに見頃の満開。

どこもかしこも、桜、桜、桜。

 

 

特に感激したのは、浅間山が望める場所の桜。

表示によると、そこは二の丸の跡地のようでした。

そこから展望できる景色の、なんと素晴らしい事。

満開の桜が額縁のようになって、視界が開け、その遥か遠方に、活火山とは思えない優しい山容の、まだ雪を頂いた浅間山が見えました。

雨上がりの澄んだ空気の中、青空、浅間山、桜が柔らかな春の光に包まれて一体となった光景は、得も言われぬ美しさと穏やかさ。。

まるで天国のようだと、私は思いました。

 

 

もう一つ、千曲川を望める展望台に立ったっときの感動も忘れられません。。

藤村の「千曲川のスケッチ」「千曲川旅情」などの作品のせいでしょうか

私にとっては、憧れの河川です。

余談になりますが、私にはもう一つその様な川があります。

「北上川」

高校時代、ダークダックスが歌う「北上夜曲」が大好きでしたから。

 

千曲川旅情

小諸なる古城のほとり          雲白く遊子(いうし)悲しむ
緑なすはこべは萌えず          若草も藉(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡辺(おかべ) 日に溶けて淡雪流る

あたゝかき光はあれど          野に満つる香(かをり)も知らず
浅くのみ春は霞みて           麦の色わづかに青し
旅人の群はいくつか           畠中の道を急ぎぬ

暮行けば浅間も見えず          歌哀し佐久の草笛(歌哀し)
千曲川いざよふ波の           岸近き宿にのぼりつ
濁(にご)り酒濁れる飲みて       草枕しばし慰む


 

私は、お花見はむろん、藤村ゆかりの小諸を訪れ、浅間山と千曲川に出合えただけで、もう大満足でした。

この後、またバスに乗り、お昼食場所へと。

坂道を降りたところに、郷土料理のお食事処がありました。

  

 

ヤギさんがお出迎えとお見送りをしてくれました。

 

小諸懐古園の観光、お昼食を済ませ、寄った最後の観光スポットがもう一つありました。

それは、龍岡城五稜郭。

とても地味で、見落としてしまいそうな場所にあります。

けれど、私には印象的な観光でした。

このお城の城主に、とても心惹かれたというべきでしょうか。

 

 

五稜郭と言えば、函館のが有名ですが、、日本には二つしかありません。

もう一つのこの洋式城郭が、龍岡城五稜郭です。

 

 

お城の跡地には、お台所以外、史跡はほとんど残っていませんでした。

観光名所にしては、あまりに地味な佇まいでしたが、ここのお殿様の業績はなかなかのもの。

そのうえ容貌が魅力的。(笑)

わが国では珍しい五稜郭を建てようとした、このお殿様のこだわりと夢が、私の胸を打ちました。

幕末の戦乱で、資金不足に陥り、夢通りにはいかなかったようですが。

陣屋格でお城を持つ資格はなくて、陣屋として、この龍岡城を造営したようです。

 

頭脳明晰な人で、幕末の幕府で老中格として活躍。

明治政府にも出仕し、副長官、総裁にもなった人のようでした。

何と赤十字社の前身、博愛社設立に貢献した一人に当たられるとのこと。

歴史上の人物としての華やかさはないけれど、私はとても心惹かれてしまいました。

 

御台所の屋内

 

その当時の台所が、保存されているだけの観光スポットでしたが、訪ねて本当によかった。

一瞬でも、お殿様の供養ができた思いになれました。

今、その五稜郭の跡地は小学校になっています。

お殿様はさぞ満足し、天国から子供たちを見守っておいでのことでしょう。

 

 右がお台所の外観 左の建物が小学校

 

これをもって、この度のツアーによる観光は終了。

一路、東京に向かってバスは来た道を走り抜けました。

浅間山、八ヶ岳など、最後の見納めとばかり、眺めながら。

良い旅だったと、しみじみとした感慨に浸りました。

 

一人旅のように、見たいところを心行くまで味わうと言うわけにはまいりませんでしたけれど。

ツアーにしては、のんびりゆったりとした旅で、ホテルライフも楽しめ、休養も十分とれました。

ツアーの時は、この旅行社の旅を、今後も楽しみたい、と願っていますが・・・・・・。

妹は高すぎると言って敬遠。

ホテルへのこだわりも妹はありません。

旅の楽しみ方は、本当に人それぞれですね。

私も利用するとしても、年に1~2回。

夫の墓参の遠出も度々あるので、数少なくても、私の身の丈にあった私流の楽しみ方をしたいと願っています。

 

珍しく長い更新で、少々疲れました。

やはりしばらくお休みを取らせていただきます。

貴重なお時間を割いてまでお立ち寄りくださいました皆様、本当に有難うございました。

たくさんの温かな応援にも、心より感謝申し上げます。

 

 
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軽井沢の教会巡り~心洗われるような早朝のひと時

2017-06-09 07:37:41 | 旅行

今日の記事は、昨日、投稿した文章の後半部分に当たります。

あまりに長くなるので、途中で切り、今日に回しました。

私が早朝、突然思い付いてとった行動について、お話し致します。

 

とても早く起きたため、身支度、荷物の整理を完了しても、朝食が始まる7時までには、まだ1時間以上ありました。

9時半の出発までには4時間以上も。

何という時間的余裕でしょう。

この余裕をもったいないと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、私には、とても贅沢なひと時に思え,うれしい事でした。

ぎりぎりまでゆっくり寝て過ごすのも、いいですね~

時間の使い方、旅の楽しみ方は、人それぞれですもの。

私は日ごろ、起きるのは4時過ぎ。

ですから、旅先と言えども、目が早く覚めてしまうのは、致し方ありません。

 

去るのが名残惜しかったお部屋の画像をもう一枚

 

初め、ホテル界隈を散歩するのも素敵なことと思ったのですが、早朝、一人では、臆病な私はなんだか不安。

思い切って、1時間のタクシー観光をすることにしました。

お彼岸で帰広の際、京都で利用したタクシー観光です。

その時も、突然の思い付でしたが、それは大失敗。

タクシーの運転手さんに気を遣いすぎて疲れただけ。

懲り懲りしたものでした。

 

それも使い道次第でしょうか?

ホテルのフロントの人にお願いし、タクシーを呼んでもらった私です。

1時間、7000円とのこと。

相場より高い、と思いましたが、早朝ゆえの割高料金なのでしょう。

 

急に思い立ったことでしたから、計画を全く立てていませんでした。

車中の人となり、咄嗟に思いついたのは、教会巡り。

軽井沢の教会のいくつかは、5年前に訪ねたときも立ち寄りました。

林の中に佇む、木の温もりが感じられる素朴な趣の教会に、とても心惹かれた私でした。

 

昨日の記事でも書きましたが、多分に傷心旅行といった感じの今回の旅。

教会を訪ねれば、夫を失った寂しさと傷ついた心も癒してもらえるに違いないと、思いました。

まず最初に訪ねたのは、ショー記念礼拝堂です。

家族旅行で軽井沢を訪問したとき、一番感動したところでしたから。

 

 

前回訪ねたときは、青葉が茂る林の中にその教会がありました。

今回は、まだ芽吹きも始まっていないような冬色の樹木に囲まれていました。

ゆえに、以前ほどの感動は覚えませんでしたが。

十字架を仰ぎ見るだけで、とても心が落ちつき、前向きの明るい気持ちになれました。

早朝ゆえでしょう。

残念ながら、礼拝堂は空いていませんでした。

 

 

この後向かった教会は聖パウロカトリック教会。

ショー教会同様に、前回訪ねたとき、私の記憶に印象深く刻み込まれたところです。

運転手さんの話によると、軽井沢の教会の中で、一番挙式がよくお行われるところとのこと。

こちらは、礼拝堂にも入ることができました。

 

 

しばらく椅子に腰かけて、黙とうし、十字架を見つめていました。

タクシーに戻ると、修道女が早朝にもかかわらず、朝のお務めでしょうか教会に入っていかれ姿が目に入りました。

早朝にふさわしい、なんとも清々しい光景です。

 

 

この後、私の希望は内村鑑三の石の教会に向かうことでしたが、旧軽井沢からはかなり距離があるため、時間的に無理とのこと。

そのため、思いつくまま、この後は適当に名所を巡ることに。

まず旧三笠ホテルへ。

やはり、門は閉じられたままでした。

ここも訪ねるのは二度目です。

 

 

次は鳩山通りとも言われている高級別荘地を抜けました。

 

 

そのあと、運転手さんが案内してくださった所は、雲場池。

私は初めてのところでした。

神秘的な光景に、思わずうっとり。

言葉にならないほどの感動を覚えました。

 

 

人影は全くなく、その湖畔に佇んでいるのは私だけ。

早朝の清澄な空気に包まれた、新緑の芽吹き前の凛とした風景の、えも言われぬ美しさ。

いつまでも、しばらく何もしないで、じっと見つめていたい心境でしたが。

 

 

 

ブロガーの習性で、カメラのシャッターを押しまくりました。

もっとゆとりのある態度で、自然と対峙しなくては、なんだか情けないですね。

旅行における、悩ましい私の課題だと、いつも思っています。

 

 

ここでそろそろ観光1時間のリミットが迫ってきました。

余りに美しい景色に最後に出逢え、朝の突然思いついたお出かけは、期待以上の満足感でした。

この度のツアーのように、時間的余裕がたっぷりあるときは、早朝にオプションを自分で勝手に企画し愉しむのは、なかなか良い事だと思いましたが。

責任問題上、旅行社にとっては迷惑なことなのでしょうか?

 

朝は和食を選択

 

ホテルに戻り、ぴったり七時に朝食。

その後部屋に戻り、荷物をもう一度点検。

名残惜しい気持ちを抱きながら、部屋を後にした私です。

二日目の観光へと、いよいよスタート。

体調は上々でした。

 

この旅行記も、明日でやっと終了です。

今日もお読みくだいまして、本当に有難うございます。

 

 


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私が憧れていたホテルの客室

2017-06-08 07:17:49 | 旅行

この度のツアー催行決定後、私はとても期待したことがありました。

宿泊するホテルの客室のタイプです。

某百貨店の旅行社に、電話でわざわざ尋ねてみました。

すると、「新館です」とのお答え。

「新館」の言葉から私が抱くお部屋のイメージは、私が希望する部屋とはかけ離れていました。

その時は、当てが外れたようで、とてもがっかりした私です。

更新する前の今朝、過去の記事からポスターの画像を見つけました。
この写真から、私の記憶に間違いがあったことに気が付きました。
この部屋は、もっとクラシックなアルプス館の客室のようですね。

 

以前、長女家族と一緒にこのホテルに泊まった時、目に留まった大きなポスターがありました。

JR「大人の休日倶楽部」のポスターです。

読書する吉永小百合さんをモデルに、このホテルの一室が載っていました

素敵¡と思った私。

しばらくその写真に、目がくぎ付けになってしまいました。

ホテルの客室と言うより、格調高い個人住宅の落ち着いた一室のような雰囲気だったからです。

次回、軽井沢を訪れたときは、この部屋に是非泊まりたい、と私は強く願いました。

 

しかし、前述したように、旅行社の窓口の方の話によると、希望の部屋ではないようでした。

「新館」と言う言葉で、私が勝手に思い込み、誤解したに過ぎなかったのですが。

すっかり、私は諦めていました。

 

ところがチェックインを済ませ、ホテルマンに案内され、ドアを開け、中に入った途端、私は大感激。

まさに、そこは私が憧れていた部屋そのものだったからです。

 

ウスイ館の客室

アルプス館という建物の客室があり、そちらは、もっとクラシックな雰囲気のようです。
そのため、こちらは新館と言われているのでしょうか。
けれど、もっと今風のお部屋もあります。

 

期待にたがわず、本当にいいお部屋でした。

一週間くらい、ここで寛いでいたいな~、とありえない贅沢な思いにもなりました。

窓の外の林は、まだ芽吹きが始まる直前のような雰囲気でしたから、新緑は臨めませんでしたが。

若葉や青葉の頃は、もっと素敵でしょう。

 

 

夕食は六時半からで、その前に希望者だけに、由緒あるホテル館内の案内がありました。

むろん私も参加して、いろいろ説明を興味深く聞かせてもらいました。

ホテルの説明は、長くなるので省略させていただきますね。

 

本館のメインダイニングルーム
夫と一緒に腰かけた席まで覚えていました。
思い出が蘇えり、また胸が熱くなった一瞬です。

 

夕食は格調高いダイニングルームで。

多少ドレスアップして臨みましたが、やはりお昼のフルコースのイタリア料理が少し影響したようです。

お腹があまり空いていなくて、心から美味しくとはいきませんでした。

もったいない事。

 

 

  

 

夜は、落ち着いたその部屋でゆっくり寛ぎました

白タイルの清潔感溢れるバスルームはシャワーブースが別にある広々としたもの。

広いバスタブに浸かり、日ごろの心身の疲れが癒されていくようでした。

まさに私が望む非日常の空間と時を、このホテルで、期待通りに満喫することができました。

 

 

夜も熟睡。

そして翌日は早朝、目を覚ました私です。

六時前には身支度も荷物の整理も完了。

朝食は7時半からで、出発は9時半。

十分まだ時間があります。

 

さてこの後、私は思いがけない行動に出ました。

突然思いついた事だったのですが、それは大正解。

この度の旅行を一層充実させることができました。

このお話は、次回に回します。

 

過去の記事を今朝見たついでに懐かしい写真を二枚載せて終わりにします。

 

 

 2012年7月の想い出写真

キャリーバッグを引けるほど、術後ながら、夫は元気だったのですね。

 今より若い!

いつまでも、旅の話が続き、本当に申し訳ありません。

陳腐な言葉を連ね、自分でも恥ずかしく、少々嫌気がさしてきているところです。

後、二回で終わります。

お付き合いくださっている皆様には恐縮の至りです。

他人の旅行記なんて、読んでもあまり面白いものではありませんよね。

何か少しでも参考になれば、幸いですが。

では、この続きは明日にまた。

 


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