夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

高齢夫婦無職世帯の家計の収支の平均、我が家もほぼ同じかしら、と私は微苦笑して・・。

2015-08-31 13:40:27 | ささやかな古稀からの思い
私たち夫婦は、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。

過ぎし昨年の9月に、私は古稀と称される70歳となり、
家内は昨年の12月に、65歳となり、この少し前に市から『介護保険証』が郵送された。

そして家内は『介護保険証』を見ながら、
『私・・実感はないけれど・・高齢者になってしまったわ・・』
と微苦笑しながら私に言ったりした。

私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
そして雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

世の中は夫65歳以上、妻は60歳以上の夫婦のみの無職世帯は、
高齢夫婦無職世帯と称しているが、我が家も同じだよなぁ、と私は心の片隅にあるが、
私たち夫婦は息子、娘がいなく、もとより孫もいないので、実感が乏しいが本音である。
                    

我が家の生計は原則として、私たち夫婦はお互いに厚生年金とわずかな企業年金を頂いた範囲で、
日常生活を過ごすことを原則としている。

そして耐久品の購入、冠婚葬祭、そして私たち夫婦の共通趣味の国内旅行に関しては、
程々の貯金を取り崩して、ここ10年ばかり過ごしてきた・・。

こうした中で私たち夫婦は、月初めには家計簿をお互いに確認しながら実施している。

そして我が家は、日常で買い物したレシートなどを、
家内が一週間に一度ぐらいノートに簡単に集計している程度であり、
月末を過ぎた数日後に、私たち夫婦は家計簿の月次決算をしたりしてきた。
                                  
そして家内が支出のそれぞれの区分項目を読み上げて、
私はパソコンの表計算ソフトのエクセルを活用して、入力したりした。

たとえば厚生年金、企業年金などの収入の項目、そして郵便局の個人年金を入力した上、
やがて銀行、郵便局、信託銀行などの残高を入力した上で、
5表ばかり我が家の独自の資産と収支別明細表を作成したりした・・。

もとより社会の少子高齢化の中で、公的年金は増えることなく減少してきたので、
私たち夫婦はお互い趣味の費用を捻出する為に、収支の実態をお互いに確認し、
ささやかに生活を過ごしたく、家計簿の月次決算をしている。
                    

過ぎし3月の月次決算を終えた後、世の中の我が家と同じ高齢夫婦無職世帯は、
どのような実態かしら、と思いながら、
総務省から公表されている家計調査の実態をネットで検索したりした。

やがて『高齢夫婦無職世帯の家計収支--2014年--』を見つけて、
こっそりと読んだりした・・。

そして表はくまなく明示されていたが、支出の項目だけは%表示だったので、私は算出し整理した結果、
下記の通りとなった。

◎実収入
   ○社会保障給付・・・190、800円   92・0%
   ○その他・・・・・・   16、547円    8・0%
   ○合 計・・・・・・  207、347円  100・0%、

◎支出
   ○食料・・・・・・・・60、828円   25・4%
   ○住居・・・・・・・・16、045円    6・7%
   ○光熱・水道・・・・21、075円    8・8%
   ○家具・家事用品・・9、819円    4・1%
   ○被服及び履物・・・6、945円    2・9%
   ○保険医療・・・・・・14、609円    6・1%
   ○交通・通信・・・・・26、822円   11・2%
   ○教育・・・・・・・・     0円    0・0%
   ○教養娯楽・・・・・・25、864円   10・8%
   ○交際費・・・・・・・28、739円   12・0%
   ○その他・・・・・・・28、499円   11・9%
   ○消費支出・計・・・239 485円  100・0%
   
   ○非消費支出・・・・29、422円   
    (社会保険料と税金)    
   ○支出・総計・・・268、907円    

◎収支の差額
   ○不足分・・・・・ 61、560円  
         
このように総務省からの表を加工したが、私は微苦笑を重ねたりした。
          

収入に関しては、あくまで平均なので、公的年金の社会保障給付が多い方もいれば、
不幸にして公的年金も少ない方もいるし、我が家はほぼ平均額で、苦笑したりした。

支出に関しては、『交通・通信』は自動車の維持費と推測するが、
我が家は自動車もなく、ひたすら歩くことが多く、携帯電話もたった一台しかなく、
平均額よりも少ないが実情である。

『教養娯楽』は私は単行本、新書本、文庫本、月刊雑誌を買い求めているし、
家内との国内旅行をときたま行ったりしているので、平均より4倍は要している。

『被服及び履物』は、家内の指示で程々良き品をデパートで買い求め、
いつまでも長らく着て、やがて普段着、最後は庭の手入れの制服としているので、
平均額よりも高くなっている。

或いは社会保険料と税金は、平均より高いわ、と家内は言ったりしている。

この他の支出項目は、ほぼ平均額となり、結果的には不足分は毎月平均として10万円となり、
程ほどの貯金から取り崩しているが我が家の実態となっている。
                      

たまたま、本日の午前中のひととき、霧雨が降ったりしていたので、買物を中止して、
8月度の家計簿を締めたりした。

もとより我が家は年金生活なので、収支の項目も少なく、
月末の公共料金の支払いも解っていたので、早期月次決算ねぇ、と思い実施したりした。

そして連動させた計算で、本年の1月度から8月度まで収支、差額を見たりし、
私たち夫婦は微苦笑した。


今年の2月中旬、冬の旅路は紋別~サロマ湖~網走を7泊8日間で遊学した後、
今年の目標は、我が家は一代限りであるので、樹木葬の墓地を本格的に探して、
確定しょう、と私たち夫婦は話し合ったりしてきた。

しかしながら独り住まいの家内の母が容体が悪化して、
少し遠い大学病院で検査、そして入院、退院後の検査などをしてきた。
こうした中で、長女の家内は母に付き添う為に、家内の母宅で駐在することが多くなっている。

このような結果として、飛び石のように家内は孤軍奮闘し、
この間、私は我が家で『おひとりさま』の生活をしているが、
私たち夫婦はお互いに何かと落ち着かない生活を過ごしたりしている。

この上に、私は眼科医院で受診した時、白内障です、と医師から明言されたので、
家内の母の予定も配慮して、私は11月には白内障の手術を受けよう、
と私たち夫婦は話し合ったりした。

このような状況で当初の今年の目標より、大きく狂ってしまっている。
          

先ほど、私たち夫婦は話し合い、
家内の母の容体を最優先とし、私の白内障の手術、
この間に、小庭の手入れをして、秋の装(よそ)い相応しくしょう、と言ったりした。

そして樹木葬の墓地を本格的に探して確定しょう、と改めて決意したりした。

このような結果となり、秋の旅路はあえなく消え、
昨年の10月中旬に於いて、落葉樹のあまたの葉が朱紅色、黄色に染められた錦繍の中、
八幡平の周辺の藤七温泉、蒸けの湯温泉、後生掛温泉に宿泊して、
周辺を歩いたりした6泊7日間の旅路を思い浮かべながら、
この人生は予測がつかないこともあるよなぁ、と私は苦笑したりしている。


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下流老人が広がる今、幸せな老後を送るための2つの準備、多々教示されて・・。

2015-08-30 11:50:41 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の老ボーイの70歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
年に4回ぐらい家内は、独り住まいの家内の母宅に行っている。

私より14歳ばかり齢上の高齢者である家内の母は、
私が民間会社のサラリーマンの定年退職した2004年〈平成16年〉の秋の直前に主人に病死され、
独り住まいの生活をされて、早や11年目となっている・・。
       
こうした中で、家内の母は自身の身の周りは出来ても、
大掃除、季節ごとの室内のカーテン、布団、暖冷房器具、衣服、庭の手入れなどは、おぼつかなくなり、
長女の家内は季節の変わるたびに、7泊8日前後で母宅に泊りがけで行っているのが、
ここ10年の恒例となっている。

そして家内は殆ど毎夜、家内の母の本日の出来事と安否状況を確認する為、
電話連絡をしている。
                                                   
家内の母は、80歳過ぎた頃から膝(ひざ)を悪化して、まもなく杖(つえ)を突く身となって、
『要支援2』となっている。

こうした中、整形外科、内科、眼科に通院している中、
ここ60日前後は少し遠い大学病院で検査、そして入院、退院後の検査が加わり、
家内は付き添う為に、家内の母宅で駐在することが多くなっている。

このような結果として、飛び石のように家内は孤軍奮闘してきて、
最近では8月27日から2泊3日間で行ったりしてきた。

この間、私は我が家で『おひとりさま』の生活をしている。
               

平素の私たち夫婦の年金生活は、ご近所の方の奥様たちから、
仲良しねぇ、と何と社交辞令を頂いている私たちでも、
もとより永遠に続く訳ではなく、いつの年にどちらかは片割れとなり『おひとりさま』となる・・。

私は家内より先にあの世に行くと思ったりしているが、
この世の中は、先のことは何が起きるか解からないので、
一年に何回かは、家内に先立だれ『独りぼっち』になってしまうことを考えたりすることもある。
          

昨夜、朝日新聞社の基幹ネットのひとつ【dot】をぼんやりと見ていた中、
【下流老人が広がる今、幸せな老後を送るための2つの準備】と題された見出しを見て、
とういうことなの、と思いながらクリックしてしまった・・。

そして2015年7月14日に配信され、
記事の原文は、【週刊朝日】2015年7月17日号に掲載された記事のひとつと解り、
無断ながら転載させて頂く。

《・・最近は「下流老人」と呼ばれる高齢者の貧困が話題になっているが、
独居老人が幸せな老後を過ごすためにはどうしたらいいのか。

そもそも単身高齢者は最低いくらあれば大丈夫なのか。
総務省による60歳以上の単身無職世帯の「家計調査報告」では、住居が1万3千円台となっているが、
賃貸の場合はその何倍にもなる。
生活の中で大きなウェートを占める住居費をストックすることが、まずは基本だ。

「老後の安心は、自分のリスクを洗い出すことと、平均余命を知ることから始まります。
今70歳ならまだ10年以上の余命があるのだから、経済的な組み立てをすることが大切です」

そう話すのは「単身けん」(ひとりで生きるために、単身者の生活権を検証する会)の発足以来、
事務局長を務めた石川由紀さんだ。
          

「もうひとつは精神的な自立と覚悟。
ひとりでハッピーに生きるにはそれも必要です」

単身けんは1990年に発足した。
石川さんによれば20年前と今では単身者が抱える問題が変わってきたという。

例えば、昔の3大困りごとは「住まい」「お墓」「保証人」だった。
目下の主な問題は「詐欺」「孤立」「認知症」だ。

「振り込め詐欺をはじめ訪問販売や通信販売など、一人暮らしはターゲットにされやすい」(石川さん)

勧誘話はやんわり、でもしっかり断る。
空き巣などの防御策にもなるので、一人暮らしだと悟られないように
洗濯物を室内干しすることも大事だという。
          

おひとりさまのメリット。
一言で言えば、すべて自分の都合と独断で決められること。
つまり自分の老後を自分で好きにデザインできること、と石川さんは言う。

「ホームを選ぶのも家を売るのも自由。
でも、終活だからといって断捨離をしすぎると、思い出がなくなって認知症になりやすいと思う。
この湯飲みはあの人と旅行に行ったときのものというように、
さりげない日常を思い出せることも大切です」
          

NPO「りすシステム」の森妙子さんは次の点を挙げる。

「ひとりになったら、まず自分ではできない死後のことをどうするかを考える。
それを決めてこそ、残りの人生が充実していくのだと思います」

りすシステムは、お墓や葬儀の仕方を決めたり、入院などの保証人業務を生前に請け負う。
森さんはりすシステムの生前契約スーパーバイザーであり、契約者でもある。

本人も8年前に夫を亡くした子供のいない「おひとりさま」だ。

「私自身、夫の死後に胆石になり救急車を呼び入院したのですが、
看護師さんに契約カードを見せるとすぐ連絡をしてくれて、
NPOのスタッフが30分以内に病院に駆けつけてくれて安心したのを覚えています」

森さんは言う。
「高齢の方の抱える問題は多岐にわたりますが、“家族”の役割を契約という形でサポートします。
家の片付け、ペットのケア、買い物や旅行、美容院の付き添いもあります。
手を握ってのみとりも何度もしてまいりました」

生前契約ができる団体はほかにもあるので参考にしてほしい。・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
          

このように『おひとりさま』の心構え、基本を私は多々教示され、
私がいつの日にか『おひとりさま』になってしまった時、落胆し悲嘆ばかりするのではなく、
大いに叱咤激励された今回の記事であった。


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健康平均寿命 日本トップの朗報、健康寿命を保った70代以上の方は、選ばれた方・・。

2015-08-29 11:16:39 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の老ボーイの70歳の身であるが、
早朝のひととき、いつもように購読している読売新聞の朝刊を読んだりした・・。

やがて34面の【社会】面のひとつ記事に。
《健康寿命 日本トップ》
と見出しが掲げられていたので、精読してしまった。

そして高齢者にとっては、何よりの励ましの朗報だ、と微笑んだりした。

多く高齢者と共に共有致したく、無断であるが転記させて頂く。

《・・日本は男女ともに「健康寿命」が世界で最も長いという調査結果を、
米ワシントン大などの国際チームが27日付の英医学誌「ランセット」に発表した。

健康寿命は、病気などで日常生活が制限されることなく、自立的に生活できる期間。
世界保健機関(WHO)が健康の指標として提唱。
日本もその延伸を健康目標の柱に掲げている。

国際チームは、世界188か国のデータを分析。
2013年の日本の健康寿命は男性71・11歳、女性75・56歳で、男女ともにトップだった。

ベスト5は、男性が〈1〉日本〈2〉シンガポール〈3〉欧州の小国・アンドラ〈4〉アイスランド〈5〉イスラエル、
女性が〈1〉日本〈2〉アンドラ〈3〉シンガポール〈4〉フランス〈5〉キプロスの順番だった。

2013年の世界の健康寿命の平均は男性60・59歳、女性64・13歳で、
1990年と比べて男性は5・19歳、女性は5・62歳延びた。
数値は大半の国で改善しており、感染症対策などが進んだのが原因と分析している。・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
          

私は読み終わった後、日本の健康平均寿命は、改めて男性は約71歳、女性は約75歳、
と学んだりした。
もとより医療公助もさることながら、それぞれが方がご自身の健康を配慮して、
食物に気を付けられたり、運動もされたりしてきた成果と私は思ったりした


私は昨年の9月下旬に古希(こき)と称される満70歳となり、
総務省の公表に寄れば、日本の70歳以上の方は2383万人で、総人口の19%近くの長寿社会を迎えている今日、
古来稀(まれ)なり・・は死語だよねぇ、と微苦笑を重ねたりした。、

しかしながら70代となれば、殆ど方は体力の衰えを実感して、75歳まではこれまでどおりの自立した生活ができるが、
80歳が見えてくる頃には介護を必要とするようになり、
やがて80代後半では何らかの介護付き施設に入居する可能性が高くなる、と専門家の人から数多く発言されている。

このように学んできた私は、これからの70代の年金生活は、どのように過ごせるか、
と思案したりしてきた。

私は何かとプラス思考の単細胞であるので、
年金が減少、医療費の高騰、諸物価は不安定、何かと将来に不安となる中で、
ひとすら歩き、心身ともに自立し健康的に生活できる期間の健康寿命を保つことが肝要、と思ったりしている。

そして私の父は42歳の若さで病死され、母は77歳の『喜寿』の祝いの後、病死されたが、
私は秘かに男性の健康平均寿命の71歳を超え、やがて男性の平均寿命と称せられる80歳まで、
認知症に遭遇せずに、たとえ歩く状態がノロマになっても、駅前までの1キロぐらいの路を自力で買い物に行きたい、
と念願したりしている。

もとより、こうしたことは自助努力も必要であるが、天上の神々の采配に寄ることであり、
定年退職するまで敗残者のような半生を歩んきた為か、先苦後楽の人生航路と感じている私に、
果たして・・と微苦笑したりしてきた。

そして70歳以降の人生は、体力の衰え実感させられる中、
『生きがい』、『気力』あるいは『意欲』があれば、晩年期は、その人なりに充実した人生になる、
と思いながら、微笑んだりしてきた。
                        

しかしながら私の現役のサラリーマンの50代に同僚が病死されたり、
知人は定年前の59歳で病死し、残されたご家族の心痛な思いが、痛いほど理解させられたりしてきた。

或いは定年後の62歳で、現役時代の一時時期に交遊した友、
そして知人も66歳で、無念ながら病死したりした。
       
私は高齢者入門の65歳を過ぎてから、心身ともに自立し健康的に生活できる期間の健康寿命は、
男性の平均としては71歳であり、平均寿命は男性の場合は80歳と知った時、
恥ずかしながらうろたえたりした・・。

やがて私は70代以上の方で自助努力も肝要であるが、
幸運に恵まれ健康寿命を保った70代以上の方は、選ばれた方かしら、と思いを重ねたりしている。


そして健康寿命から、やがて平均寿命までの期間、多くの方は介護される身となる難題があるが、
それぞれの方が、憂いながら思案、そして対策をしていると思ったりしている。
          

過ぎし日に本屋で読みたい本を探している中で、
随筆家・桐島洋子(きりしま・ようこ)さんの『ほんとうに70代は面白い』(海竜社 )に於いて、
《・・聡明な女は素敵に老いる・・》の一節に私は微苦笑させられたりした。

私は確か5年前の頃、作家・曽野綾子(その・あやこ)さんの『晩年の美学を求めて』(朝日文庫)を購読し、
まえがきの中で、深く教示され勇気づけられた一節があった。

《・・晩年の意味は、年を追う毎(ごと)に濃厚になり、発見も多くなる、
とすれば、そこには楽しみな部分も増えるだろう。・・》
          
やがて私が75歳となり、家内は70歳になる頃は、
お互いに体力の衰えを実感させられる中、五体満足で過ごせれば、もとより最上であるが、
どちらかが大病となり、やむなく介護施設に移住することも思案する時もある。

長年私たちが生活してきた古びた家・・居間、寝室、台所、洗面所など、そして小庭に、
どのような断腸の思いで、愛惜を重ねて別れる時が到来するかも知れない・・。

このような悲嘆な出来事の思いも確かにあるが、こればかりは天上の神々の采配に寄るものである。

そして何かとプラス思考の私は、曽野綾子さんの一節を鑑(かがみ)として、
私たち70代の夫婦の時代に、過ごせれば最良と思ったりしている。

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“いざ”というとき、「介護流民」にならないために、遅ればせながら基本を学び・・。

2015-08-28 11:45:22 | ささやかな古稀からの思い
私は民間の中小業のある会社に35年近く奮闘して定年退職をしたのは、
2004年(平成16年)の秋であった。

そして何かと卑屈と劣等感にさいなまれながら、つたない言動も多く、
ときおり敗残者のように感じることも多く、悪戦苦闘の多かった歩みだったので、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたと思い、年金生活を始めた・・。

過ぎし私は高齢者入門の65歳を過ぎてから、
心身ともに自立し健康的に生活できる期間の健康寿命は、
男性の平均としては71歳であり、平均寿命は男性の場合は80歳と知った時、
恥ずかしながらうろたえたりした・・。

そして70代となれば、多くの人は体力の衰えを実感して、
75歳まではこれまでどおりの自立した生活ができるが、
80歳が見えてくる頃には介護を必要とするようになり、やがて80代後半では
何らかの介護付き施設に入居する可能性が高くなる、と専門家の人から数多く発言されている。

私たち夫婦はお互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。

こうした中、私たち夫婦は幸運にも大病に遭遇せず、今日に至っている。

しかしながら命ながらえば、やがていつの日にか、介護を受ける身となる。
          

昨夜のひととき、週に2回ぐらい愛読しているネットのサイトを見たりしていた。

ビジネス総合情報誌として名高い『プレジデント』の基幹サイトで、
私は年金生活の中で、健康、医療、介護など多々学んできました・・。

そして今回は、注視したのは、
【“いざ”というとき、「介護流民」にならないためには】であり、
介護には漠然とした思いしかない私は、 遅ればせながら学ぼうと思い、クリックして読んだりした。

この記事の原文は、『PRESIDENT 』の2014年10月13日号に掲載された記事のひとつで、
『PRESIDENT 』の基幹サイトに2015年8月9日に配信され、
ジャーナリスト・高齢者問題研究家 おちとよこ さんの助言を受けて、
田端 広英さんが寄稿文であり、無断てあるが転載させて頂く。
          

《・・亡くなる人は増えるが後継ぎは減る。
社会の急速な変化にあわせて、介護、葬式、墓の常識は今、ここまで激変した!

【QUESTION】
「いざ介護」となったとき、施設に入れるか心配です。

脳卒中や転倒骨折など、介護は入院から始まることが多い。
だが、入院期間はどんどん短縮されており、平均すると20日前後。

リハビリのために介護老人保健施設(老健)に入所しても、入居期間は原則3カ月で見直される。
いずれにしても、すぐに在宅介護に直面することになる。

「家族で介護できる状況であればいいですが、仕事や家庭の状況で厳しいケースも多い。
特に高い要介護度や要医療管理、24時間見守りが必要な認知症の場合には、
すぐにでも入所できる施設を探さなければなりません」(おちさん)
          

ところが、公的介護施設の中核である特別養護老人ホームは、待機者約52万人という状態。
来年(2015年度)には入所条件が原則『要介護3』以上に引き上げられ、ますます狭き門となる。

「国は施設入所から在宅介護への移行を図っており、要介護者が『安住の地』を見つけるのは難しくなる一方。
要介護者に最適な施設を見つける間、在宅介護でしのぐ場面が必ず出てきます」(おちさん)

もちろん、民間の介護付き有料老人ホームという選択肢もあるが、
付帯する介護保険サービス以外は全額自己負担のため、費用負担は重くなる。
施設により料金やサービス内容に幅があり見極めが難しく、施設と合わずに入退所を繰り返すケースもある。


「残念ながら今、介護は少ないサービスの取り合いになっています。
介護費負担を心配する人も多いのですが、
大事なのはお金よりも介護サービスを上手に活用するための情報です」(おちさん)

例えば介護保険制度では、訪問介護やデイサービスなどのよく知られたサービス以外に、
要介護度ごとに決められた自己負担の月額上限を超えた分が戻ってくる
「高額介護サービス費の支給」などの負担軽減措置も用意されている。

「2015年度には、一定以上の年収がある人の自己負担率が1割から2割に引き上げられるので、
こうした制度を知らなければ損をすることになります」(おちさん)

介護の情報戦を制するためには、
「地域包括支援センターを利用して情報を集めておくことが大切です」と、おちさん。

「包括」は介護保険の手続きや介護サービスの手配などを行う介護保険の窓口だが、
高齢者の生活全般を支援するサービスを展開している。

「一番ハッピーなのは、少しでも長く元気でいること。
『包括』では認知症や転倒防止の予防講座なども実施しているので、
元気なうちから参加しておくといいでしょう。

日頃から相談に行っておけば、『いざ介護』というときにもより素早く的確なアドバイスを受けられます。
ますますサービスの取り合いが進む中で『介護流民』にならないためにも、
半歩先の準備を心がけてください」(おちさん)

【ANSWER】
「包括」との早めのコンタクトが鍵です。・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
          

私はゴールデン・イヤーズと称される60代を昨年の9月に卒業して、
私としてのこれまでの10年は、我が人生として最も安楽な期間を享受できたりしてきた。

そして70代入門の初心者して、心身共に自立し健康的に生活できる健康寿命を意識して、
確かな『生きがい』と『健康』、そして『気力』を持続できるように、ときおり願いながら歩いたりしている。
       
こうした中で、私は母の遺伝を素直に受けたらしく男の癖に、おしゃべりが好きで、
何かと家内と談笑したり、ご近所の奥様、ご主人など明るく微笑みながら談笑したりしている。

或いは、好奇心をなくしたらこの世は終わりだ、と信条している私は、
体力の衰えを感じている私でも、その時に応じて溌剌とふるまったりしている。

こうした中で、何よりも怖いのは認知症であり、『要支援』やがて『要介護』になることである。

もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
独りで自宅から数キロ以内の遊歩道、小公園などをひたすら歩き廻ったりして、
季節の移ろいを享受している。
          

今回の記事を読み終わった後、やがて私が80歳を迎えた時、益々体力は衰えた身であるが、
我が家から最寄駅まで一キロばかりの道を、路線バスに利用することなく、
何とか歩いて往復したい、と念願している。

その後は、『要支援1』とされている身の回りの世話の一部に手助けが必要で、
立ち上がり時などに、なんらかの支えを必要であるが、
排泄や食事は、ほとんど自分でできる状態で、この世にお別れをしたい、
と秘かに思ったりしている。
          

しかしながら自助努力も必要であるが、こればかりは天上の神々の采配に寄るので、
『介護流民』にならないためにも、まず第一歩として、
私の住む地域の『地域包括支援センター』の所在地などを調べようと思ったりしている。


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コメント (1)

『手取り20万円の年金で夫婦の老後は大丈夫か?』、年金生活11年生の私は微苦笑して・・。

2015-08-27 10:10:43 | ささやかな古稀からの思い
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我家は家内とたった2人だけの家庭であり、
そして雑木の多い小庭の中で、築後36年の古ぼけた一軒屋に住んでいる。

私は過ぎし昨年の9月の誕生日を迎え、古希と称される70歳となり、
家内は昨年の12月に65歳の高齢者入門となったりした。

そしてお互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。
                  
過ぎし年の2004年(平成16年)の秋に定年退職後、多々の理由で年金生活を始め、
早や11年生となっている。
          
        
昨夜、毎日のように愛読している総合ビジネス情報サイトの【ダイヤモンド・オンライン】を
見たりしていた中で、『マネー・金融』コーナーに於いて、
『40代から備える老後のお金クライシス!』特集コーナーがあり、
ファイナンシャルプランナーの第一人者の深田晶恵さんが、連載の寄稿文が掲載されている。

たまたま私が精読したは、第24回で【手取り20万円の年金で夫婦の老後は大丈夫か?】と題され、
2015年8月26日に配信された記事であった。

今回のメイン読者である40~50代の方に、将来の年金生活についてどう考えているだろうか、
というテーマで、具体的に年金額、そして生活をされている方たちの実態を、
やさしく簡潔に明記されていた。

或いは30代、40代の方が、私たち年金生活をしている人に対して思いも掲載され、
改めて多々教示されたりした。

無断であるが、この記事を要約させて頂く。
          
《・・
◎年金生活者の家計の赤字額はさらに拡大している!

先日、総務省が行っている家計調査の2014年版が発表になった。
家計の収入と支出を通じて個人消費を捉えることができる統計で、平均値とはいえ、参考になる資料だ。

このうち、私が必ず目を通すようにしているのは「高齢者の家計収支」の調査結果だ。
年金生活者向けの家計簿を毎年作っていることから、高齢者の家計の変化は知っておきたいし、
40~50代の人に「年金生活」をイメージしてもらうときの参考にもなる。

私は、「平均消費性向の推移」を見て、「消費支出は年々増加し、
2011年から消費性向が右肩上がりなのは、お金を使うのが好きな団塊の世代が
“高齢無職世帯”になったからだろうか」などと考えた。

「平均消費性向とは、可処分所得(手取り収入)に対する消費支出の割合」と説明があった。
つまり、100%を超えた部分は「収支赤字」で、その分は貯蓄等を取り崩して生活をしている。

消費性向が示すように年金生活者の家計収支は毎年拡大している。

夫が65歳以上の無職の高齢者夫婦の家計収支の推移である。
収支結果は、2014年の最新データでは赤字額は前年よりさらに5万円増え、
年間「マイナス74万円」にもなる。

赤字がどんどん増える原因を知りたく、過去10年分の数字を並べてみた結果、
最も影響が大きかったのは年金収入の減少だ。
支給額は10年前に比べて約10%減っている。

意外だったのは、消費支出は10年間ほぼ横ばいであったこと。
年金収入が減り続けても、暮らしぶりはそう簡単に変わらない、変えられないということだろうか。
          

◎昔も今もこれからも、老後資金作りは必須!

何年か前に出版した30代向けのマネー本の中で、
「いまの高齢者も年金だけでは暮らしていない! 
昔もいまも、そしてこれからも老後資金作りは必要」と書いたら、
30代の読者から「いまのお年寄りは年金だけで暮らしているわけでないのですね。びっくりしました」
といった反響が多かった。

就職氷河期に苦労して社会人になり、
やっと入った会社でも給料は低く抑えられている「非バブル世代」の30代は、
『年金制度は自分たちが老後を迎える頃には、破綻しているかもしれないが(それも極端な考えだけれど)、
自分の祖父母または両親にあたる今の高齢者は「有り余るほどの年金をもらっている」』と思っているようだ。

ゆとりのありそうな生活ぶりを見て、そのように感じるのだろう。
しかし、今の高齢者がゆとりのある生活ができるのは、
有り余る年金収入があるからなのではなく、老後資金を貯めてきたからである。


或いは40~50代のみなさんは、将来の年金生活についてどう考えているだろうか。
「何とかなる」と思いがちのバブル世代は、
年金だけで暮らせるのか、暮らせないのか、などといったことを深く考えたことがない人が多いと思う。

そもそも日本の年金制度は、現役時代の収入を100%保障する制度設計ではない。
2人分の年金収入がある共働き夫婦など例外はあるが、
今も昔も原則として「年金だけでは暮らせない」のである。
今の収入は、60歳を境に大きく下がることを肝に銘じておこう。

これらのことを認識するのは早ければ早いほどいい。
お金を貯める際に最大のモチベーションになるのは、“危機感”だ。
老後資金作りに着手するには、「えっ、自分のもらえる年金ってこれだけ?」
といった具体的な危機感が必要なのかもしれない。
          

◎手取り月20万円の年金で夫婦ふたりが暮らせるか?

定年まで40年近く会社員を続けてきた男性の場合、
年金収入は基礎年金も含めて年180万~240万円が目安となる。
会社員の年金額は、年金加入期間と平均給与をもとに決まるため、人によって金額は大きく異なる。
だから「自分の場合」を知ることが重要になる。

「厚生年金が120万円、基礎年金が約80万円
(実際には今年の金額は約78万円だが、ここではざっくりと80万円とする)、
合計年200万円の年金収入」をモデルケースとしてみよう。
これは会社員だった夫がもらえる分。

専業主婦の妻の分は、「基礎年金+α(正社員で働いた期間があればそれに応じた厚生年金分)」なので
年80万円+αとなる。

この夫婦が二人とも年金をもらえるようになると、世帯の年金収入は、280万円+αとなる。

年280万円、1ヵ月あたり約23万円。
税金や社会保険料もかかるので、実際に使えるお金は20万円程度である。
          

夫婦のどちらかが亡くなると、年金収入はぐっと減る。
夫に先立たれた妻の年金額は、夫の遺族厚生年金90万円+自分の基礎年金80万円で
年170万円(月約14万円)。

妻が先に亡くなった場合、妻の遺族年金はないので、
夫は自分の年金の200万円(月17万円弱)だけの収入となる。

男性は希望もこめて「先に死ぬのは自分」と考えるだろう。
確かに夫が先に死亡するケースのほうが多いのは事実だが、妻に先立たれる可能性はゼロではない。

リタイア直後に妻を病気で亡くしたという男性の相談を受けたことがあるが、
「ひとり分の年金で暮らしていくのは大変。

これまで食事作りも含めて家事を一切やってこなかったけれど、
外食ばかりしているとお金が足りなくなるから、自炊をするようになりました。
60の手習いってやつですよ」
とニコニコしながら、支出状況をまとめたシート見せてくれた。

この方は、早い段階で収支状況を把握し“危機感”を持ったため、
家事を覚えて家計のやりくりをする対策を取ることができた良い例だが、
対策を取れずにあっという間に老後のための蓄えを使い切ってしまう人も少なくない。

貯蓄が大きく減った頃に病気や介護で支出が増えると、
本人も相当つらいし、子どもなど家族にも負担が発生することになる。

このように老後の生活は、年金だけで何とかなると思ってはいけない。・・》
          

私は民間会社のこの当時は大手企業に何とかし中途入社できたのは、1970年(昭和45年)の春であり、
まもなく分離独立した会社が設立され、私は転属させられて、
この中小業の会社に35年近く奮戦し、2004年(平成16年)の秋に定年退職した身である。

そして最後の5年半はリストラ烈風の中、あえなく出向となり、やがて出向先で定年を迎えた。

日本は長年、大手企業数は1%で、中小企業数は99%の実態の中で、
大手企業と中小企業の企業間格差について『7・5・3』があり、
大手企業に対し中小企業は、月給が7割、賞与5割、退職金は3割、と一般的にそれぐらいの差がある、
と伝えられきた・・。

私は中小業の会社に勤めて、この間に幾たびのリストラの中、
何とか障害レースを乗り越えて、定年を迎えることができたので、敗残者のようなサラリーマン時代を過ごした。

このように私のつたないサラリーマン時代であり、もとより一流大学を卒業され、大企業、中央官庁などに
38年前後を邁進し栄達されたエリートとは、遥かに遠い存在である。


このように悪戦苦闘の多い中で、敗残者のような状況であったので、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたく、その直後から年金生活を始めた・・。
                    

そして60代の10年間の年金生活を過ごして、
昨年の9月に古稀と称される70歳となり、何とか70代の入門が許されたひとりとなっている。

ときおり60代の10年間の年金生活を振り返る時は、
ここ7年前の頃から、世の中の数多く60代の諸兄諸姉は、人生の苦楽を重ねた後、何かと安堵しながら、
セカンド・ライフに於いて、身も心も溌剌と過ごせる人生の黄金時代と称せられるゴールデン・イヤーズの中、
知人、友人から何かと嬉しい、楽しげな便りを数多く受けたりしてきた・・。

そして私も過ぎ去った60代の年金生活の10年間の日々は、私の人生の中で何より安楽な時代、
と思い重ねたりして享受してきた・・。

こうした中で、セカンドライフの三種の神器と問われれば、
やはり『生きがい』、『健康』、そして『お金』と思いながら、確信を深めたりしている。
                    
私は東京の世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅みに住み、
私たち夫婦はお互いの趣味を尊重して過ごしている。
          
『生きがい』は、何よりの最優先課題である。

過ぎし年の1989年(平成元年)の頃に、評論家・樋口恵子さんが、
定年後に家でゴロゴロしていて、地域活動なとで忙しい妻に、まとわりつく夫の社会風潮を憂い。
掃いてもへばり付いてくる状態をたとえて、『濡れ落ち葉』と的言された。

或いは過ぎし年の2007年(平成19年)1月下旬の頃、私は読売新聞の新刊本の広告を偶然に見て、
小川有里さんの著作の『定年オヤジのしつけ方』(講談社 定価1470円)の広告記事は、
定年直後の男性の一部の人達にとっては、この世で最も恐い本のひとつ、と確信を深めながら、
微苦笑したことがあったりした。

《・・ああ、うっとうしい! 毎日家にいる夫。
   家庭内2007年問題を解決する痛快エッセイ!

   「定年迷子」をかかえた妻たちよ。 今立ち上がれ!

【定年オヤジの特徴!】
①テレビがお友達
②お昼は作ってくれるものと思っている
③毎日、ごろごろ居間にいる ・・》

このように綴られていて、定年後の迷子のような心が定まらない男性を正鵠に把握していると思い、
微笑んだり、苦笑したりしてきた。

セカンドライフを過ごされる男性は、それぞれの趣味を深めて過ごされれば、
目に輝きがあり、溌剌と過ごしている方が多い。

そして不幸にも、たとえ最愛の妻に先立たれて、おひとりさまになっても『生きがい』があれば、
その後の人生も溌剌と生きられる、と私は思ったりしている。
                                       
『健康』
私は現役サラリーマンの当時、懇親会でOBの先輩から、
定年後の生活で、病気に遭遇して病院に医療費を支払うか、
好きな趣味でお金を使うか、天と地の差だからねぇ、と教示して下さったりした。

私たち夫婦は幸いにも、大病に遭遇せずに過ごせてきた。
そしてお互いに歯の老化で、幾たびか歯科医院で治療を受けたりしたが、
こればかりは齢に勝てない、と程々の治療を支払い、税務署より医療費の控除を少し受けたりしてきた。
          

『お金』
私は定年退職する数年前の頃、経済にも疎(うと)く、
信愛している経済ジャーナリストの荻原博子さんなどの数多く著名人の寄稿文を読んだりした。

こうした中で、デフレ経済の蔓延している中、公的年金を受け取りながら堅実に年金生活をし、
預貯金が3000万円あれば、少しづつ取り崩して生活すれば、少しはゆとりのある年金生活ができる、
と学んだりした。

そして世の中の多く人たちから、人生の3大支出は教育資金、住宅資金、老後資金と教示されたが、
私たち夫婦は無念ながら子供に恵まれなく、「教育資金」は不要となったので、
少しばかり多めの預貯金ができ、定年した直後から年金生活を開始ができたのも確かなことである。

しかしながら我が家は乗用車、スマホも所有できず、家内が遅ればせながら携帯電話を半年前に覚え、
時代遅れの国民となっている。
まして海外旅行は、英語を思いだすように単語を並べる程度しか言えない私は、遠い異国の世界である。

更に世界の有数なクルーズ航路、別荘、ヨットなどは、遥かに遠い彼方のことであり、
せめてと思いながら国内旅行をして、各地の四季折々の旅路を幾たびか遊学している。
          

このように年金生活を過ごしているが、『生きがい』、『健康』、そして『お金』と思いながら、
年金生活を享受している。

そして今後、大病、やがて介護を恐れて、私は自宅の周辺3キロぐらいの範囲にある
遊歩道、小公園など季節のうつろう情景を眺めて、ひたすら歩いたりしている。


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コメント (1)

高齢者の薬の多剤併用、適切な薬も多剤に服用過ぎる、と酷(ひど)い状態になる、と学び・・。

2015-08-26 13:06:04 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の老ボーイの70歳の身であるが、
朝食後、いつもように購読している読売新聞を読んだりした後、
読売新聞の基幹ネットの有料の『読売プレミアム』をぼんやりと見たりしていた・・。

こうした中で、『高齢者の薬 多剤併用 転倒のリスク』と見出しを見て、
どういうことなかしら、と思ったりした。

私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
年に4回ぐらい家内は、独り住まいの家内の母宅に行っている。

私より14歳ばかり齢上の高齢者である家内の母は、
私が民間会社のサラリーマンの定年退職した2004年〈平成16年〉の秋の直前に主人に病死され、
独り住まいの生活をされて、早や11年目となっている・・。
       
こうした中で、家内の母は自身の身の周りは出来ても、
大掃除、季節ごとの室内のカーテン、布団、暖冷房器具、衣服、庭の手入れなどは、おぼつかなくなり、
長女の家内は季節の変わるたびに、7泊8日前後で母宅に泊りがけで行っているのが、
ここ10年の恒例となっている。

そして家内は殆ど毎夜、家内の母の本日の出来事と安否状況を確認する為、
電話連絡をしている。
                                        
家内の母は、80歳過ぎた頃から膝(ひざ)を悪化して、まもなく杖(つえ)を突く身となって、
『要支援2』となっている。
          

こうした中、整形外科、内科、眼科に通院している中、
ここ60日前後は少し遠い大学病院で検査、そして入院、退院後の検査が加わり、
家内は付き添う為に、家内の母宅で駐在することが多くなっている。

こうした中で、家内の母の服用している薬は多いらしく、
私は家内に、お義母(かあ)さん、あんなに薬を飲んで大丈夫かしら、
と言ったりしてきた。

そして家内の母が通院し信頼を深めている内科の先生が、
服用している薬すべて把握して貰っているから、問題はないと思うわ、
と家内は私に言ったりして、今日に至っている。

こうした私の根底にあったので、この記事をクリックしてしまった・・。
          

この記事は、『医療ルネサンス』の特別企画の中に於いて、
『高齢者の薬』の連載記事のひとつであり、無断であるが、転記させて頂く。

《・・昨年末、脱水状態から意識もうろうとなり、救急車で病院に運ばれた東京都の浜林美恵子さん(84歳)。
症状が落ち着いて1月末に退院したときも、ほとんど寝たきりの状態だった。
入院中に最も重い『要介護5』と判定された。

長女の克巳(かつみ)さんは
「退院の際、病院の医師に『体が弱っているので、このまま寝たきりが続く可能性もある』と言われ、
それも覚悟していました」と語る。

それが今、美恵子さんは、手すりなどを支えにすれば自宅内を歩き回れるようになっている。


2月から訪問診療している『たかせクリニック』(東京都大田区)の高瀬義昌さんは
「退院当初立てなかったのは、体の衰弱だけでなく、
元々飲んでいた薬が多すぎたことの悪影響もあったと思われる」と語る。

高齢者が5種類以上の薬を飲んでいると、転倒のリスクが大幅に高まるという東京大の研究報告がある。
薬を分解する機能が落ちた高齢者が多数の薬を飲んでいると、
その相互作用で、ふらつきなど思わぬ不調が起きやすいというわけだ。
          
美恵子さんは長年、約10種類の薬を処方されていた。
4種類の高血圧の薬、肝機能障害の薬、痛風の薬、認知症の薬、痛み止め……。

「漫然と薬を足すだけでなく、なるべく必要最小限に抑える努力が必要だ」。
そう考える高瀬さんは、すぐ美恵子さんの薬の整理に取りかかった。

まず4種類もあった高血圧の薬は1種類に絞った。
肝機能障害や痛風の薬も、血液検査をしたうえで「不要」と判断。
7年ほど飲んでいた認知症の薬も、すでに有効性が乏しいとみて中止した。

結局、10種類ほど処方されていた薬は、高血圧の薬と頻尿の薬の計2種類だけに整理された。

その後、次第に元気を取り戻した美恵子さんは、
春頃には自力で立ち、壁や手すりづたいに歩くようになった。トイレにも自分で行く。
          

克巳さんも「母の場合、薬を減らして悪くなった症状は一つもありません。
むしろ食欲が出て元気になり、気分も落ち着いています。
今思えば、知らずに必要のない薬を飲んでいたことが体の不調に影響していたのかもしれません」と話す。

血圧は、4種類の薬を飲んでいた頃の方が、上が180と高かったが、
逆に薬を1種類に絞った現在は正常範囲に収まるようになった。

「薬が多すぎると、かえって必要な薬がきちんと飲まれないこともある。
思わぬ副作用を避けるだけでなく、大事な薬の飲み忘れを減らすためにも、薬の整理は必要。
家族など周りの人にもきちんと飲めているか見守ってほしい」と高瀬さんは指摘する。・・》
          

この記事に、今年初めは寝たきり状態だった浜林美恵子さん(84歳)が、
東京都内の自宅で、手すりなどを使いながら室内を歩けるようになった写真が掲載されていた。

私は転記しながら、浜林美恵子さんが薬の多剤併用で適量が越え、
ほとんど寝たきりの状態で入院中に最も重い『要介護5』と判定されたことに、動顛させられた。

やがて訪問診療している医師より、治療目的の薬を適材適所に選定して頂き、
その後、浜林美恵子さんは次第に元気を取り戻し、
春頃には自力で立ち、壁や手すりづたいに歩くようになったり、
トイレにもご自身で行くようになったご様子、
私は胸が熱くなった・・。

私は偶然に今回の記事を読み終わった後、
高齢者の薬の多剤併用は、適切な薬も多剤に服用過ぎる、と酷(ひど)い状態になる、と学んだりした。

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視力の低下、白内障の疑いで、眼科医院で受診して・・。

2015-08-25 15:51:00 | 白内障
私は東京の調布市の片隅に住む年金生活11年生の70歳の身であるが、
ここ数か月前の頃から、朝のひととき小庭にあるテラスに降り立ち遠方を眺めると、
少し擦(かす)れた状景を見たりし、やがて数分後には鮮明な景観となったりしてきた。

或いは平素の買物専任老ボーイの私が、家内から依頼された品を求めて、
スーパーに向い前方の状景を眺めたりして歩いている時、
少し擦(かす)れた状景を見たりし、やがて数分後には鮮明な景観となったりしてきた。

こうした時、高齢者は白内障になる人も多い、と学んだりしてきたので、
私も白内障になってしまったかしら、と思ったりしてきた。

私は6年前に総合病院で健康診断を受診した後、
白内障の症状が少しみられます、と診断されたりした。

翌年からの健康診断は、我が家から近い内科専門医院で受診してきたが、
眼科に関する検査はなく、いずれ眼科専門医院で検査すればよい、と私は放置してきた。


その上、私は酷(ひど)い近眼で0.03ぐらいの視力で、メガネを掛けて0.7の視力となっているが、
何かしら齢を重ねるたびに、視力の低下しているように感じてきた。

私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、たったふたりだけの家庭であり、
何かとふたりで一人前の年金生活となっている。
          

家内は駅前にある眼科医院で治療を受けたが、一年前であり、
医師の言動に好感していたことを私は思い浮かべて、
近くにこの眼科医院で、私は視力の低下、白内障の疑いで、受診しょうと決意をしてきた。

しかしながら家内は、ここ2か月は飛び石のように家内の母宅に泊まりがけで行ったりしてきた。
家内の母は、少し遠方の大学病院をふたつを掛けもちで、入院したり、通院したりしてきたので、
家内はおぼつかない家内の母に、付き添いながら過ごすことが多くなっている。

こうした時は、我が家は、私が『おひとりさま』となってきたが、
何かと慌ただしく、のんびりと眼科医院に行き、受診する心情にはなれなく過ごしてきた。

昨夜、家内から、明日の午前中、眼科医院に行って下さいねぇ、と勧められて、
私は賛意したりした。
          

本日、ふたりで一人前の我が家として、私の身を案じて、
家内がアドバイサーのように私に付いてきた。

やがて眼科医院には受付開始の9時前に着き、
そして私は受付で初診者アンケートに記した後、私たち夫婦は待合室で待機した。

こうした時、待合室に置かれたパンフレットを私は取りながら読んだりした。

《・・白内障 白内障術後
高齢化社会になるにつれ白内障になる人も多く、 白内障手術の適応者も増えています。
近年の眼科領域における医療技術の進展にはめざましいものがあり、
治療においては外来での白内障手術(日帰り手術)を可能にしました。

医師と手術を受ける側が互いに満足する白内障手術とは、
手術時間が短く、確実に視力が回復する、痛みを感じさせない、入院を必要としない、
といった条件を満たすことが必要になってきます。

そのために、当クリニックでは以下のことを実践しております。

1)白内障超音波乳化吸引装置と術式の工夫~小切開で最小限の侵襲と時間にて手術が行える。

以前、ほとんどの白内障手術は水晶体計画的嚢外摘出法(水晶体の中身を丸ごと眼外に摘出)でした。
この術式は切開創口(約11ミリ)が大きく、糸での縫合が必要なため、
角膜の形状が変化し乱視が大きく生じる場合が出て、
結果的には視力の回復が遅く、視力が上がっても強い乱視のために見にくいと訴える人が
出てくることがあります。

現在、 主流になっている水晶体超音波乳化吸引術とは、
小切開創(2.8~5.5ミリ)で白内障超音波乳化吸引装置のハンドピースの先端を挿入し、
水晶体の濁った皮質を細かく粉砕すると同時に眼外へ吸引する術式です。

水晶体嚢を残し中身のみを除去した後、 人工水晶体(眼内レンズ)を水晶体嚢に挿入し、
切開創を縫合せずに短時間内に手術を終わらせることが可能です。
          

2)最新の人工水晶体(眼内レンズ)~理想的な部位に、かつ屈折を任意に決定できる。

水晶体の嚢内をきれいにした後、 同じところにレンズを入れるのが最も理想的であるため、
いろいろな材質の人工水晶体(眼内レンズ)が開発されてきました。

今日ではほとんどの方に適応しています。
小切開手術が可能となり、レンズも材質が柔らかいシリコンあるいは、アクリル眼内レンズを使い、
専用のインジェクターにレンズを小さく丸めて眼内へ挿入することができます。

また、最新のレンズとして調節レンズ(眼内でレンズの位置が移動して、
眼鏡なしで遠近を見る)やトーリックレンズ(乱視矯正入りレンズ)等が開発されてきました。
          

3)角膜形状解析装置の利用~より正確に術眼の形状を把握、術式の決定に有用

加齢変化により手術適応者はだれしも乱視(角膜の歪み)をもっています。
より乱視を小さく押さえることが術後視力を上げるひとつの要因
になっています。

この装置の出現によって白内障手術の術式が大きく変わりました。
術眼の角膜形状を把握することにより、切開部位をかえたり、白内障手術と同時に乱視矯正手術を行ったり、
あるいは、 術後経過観察により出現する乱視増強に対して
乱視矯正手術を行う決定をすることが可能になりました。
       

4)局所麻酔方法の改良~より痛みに対する不安を取り除く。

以前は、眼の回りに注射をして麻酔をかけていたことが、
手術を受ける側に強い痛みと不安を起こさせ、より緊張させた環境の中で手術を
行う結果になっていました。

最近では点眼麻酔薬を使うことにより、 注射せずに痛みの少ない、
リラックスした状態で手術を行えるようになりました。

当クリニックでは1)から4)まで全てを実践し、
個々の白内障の程度によって計画的に手術を行っています。


1) 受診後、手術の適応があり、手術を希望される方はその意思を医師に伝えます。

2) 手術日の決定(予約日から約2週から1ヶ月先になります)

3) 手術に関する書類(日程、注意事項の確認、同意書)の説明

4) 手術前検査(採血、眼内レンズ度数の決定等)

5) 手術日の約1週間前に再診察し、手術前の点眼薬指示と当日の来院時間帯の決定・・》

こうした明記されたパンフレットを読んで、小心者の私は安堵させられたりした。
          

やがて私は視力検査を生れて初めて、あらゆる面から懇切丁寧に幾たびも受診した後、
副医院長から、問診、検査、瞳孔検査をして頂いたりした。

そして検査後、ディスプレイに写った映像を見せながら、
解説して下さった後、白内障です、と明言された。

私はやはり白内障か、と解り、白内障の手術について、質問したりした。

私は近眼が酷(ひど)いので、片目を白内障の手術をした後、眼帯となるが、
メガネを掛けないと、この世はぼんやりとした視界となるので、困苦する。

やがて白内障の手術した片目の眼帯が取れた後、この世は鮮明となり、
もうひとつ片目は従来のメガネ用となり、アンバランスの状態を危惧していることを
発露した。

やさしい副医院長から、手術後の眼帯は二日後に取れますので、
メガネは掛けられます。

そして最大のアンバランスの問題は、たとえば左目の手術をした後、
一週間が過ぎれば、右目も手術できます、と私は教示された。

こうしたことを私は学んだ後、両眼の白内障の手術後の二週間が過ぎた後、
この世の視界は、鮮明となる、と私は微笑んだりした。
そして私は何かと単細胞なので、明るい未来が待っている、と思ったりした。
          

この後、家内の母の予定も配慮して、私は11月には白内障の手術を受けよう、
と私たち夫婦は話し合ったりした。

そして家内は、白内障の手術後には、視力に応じたメガネを新たに・・、
と微笑みながら私に言ったりした。


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コメント

平年より暑かった夏も、朝夕は初秋の気配を感じて、私は微笑み・・。

2015-08-24 14:36:33 | ささやかな古稀からの思い
今朝、玄関の軒下に降り立つと、涼しく初秋の気配を感じたりした。

私は東京の世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅に住む年金生活の70歳の身であり、
雑木の多い小庭の中で、古びた一軒家で家内と共に生活している。

今年の熱さは異常高温で、35度以上の猛暑日が8日連続となっは8月7日で、
観測史上新記録となった後は、11日の猛暑日を除き、30数度の平年の夏になってきた。

この間、平素の買物は私が我が家の専任者となり、家内から依頼された品を求めて、
駅前までの片道徒歩20分ぐらいのスーパー、専門店に歩いて往復するのが通常であったが、
やはり猛暑の中、熱中症で倒れて救急車で運ばれて、目覚めたら病院のベットの上だった事態は、
何かと単細胞の私でも困苦するので、路線バスに乗り、車内の冷気に甘えて往復したりしてきた。

この後の自宅から3キロ以内の散策も、近回りして歩くことが多くなっている。
          

こうした中で、我が家の小庭の手入れは、私の責務であるが、
何よりも暑さに苦手な私は、サボり果ててきた・・。

我が家の敷地は変形の為、家屋を建てる当時から玄関庭と主庭に別れているが、
樹木の枝葉は伸び放題、草も茂って純白のタマスダレの花、淡紅色の秋海棠(シュウカイドエ)の花も、
雑草の中で咲いているような状態となっている。

こうした状況の中で、一番喜ぶのは鈴虫(スズムシ)、蟋蟀(コオロギ)かしら、
と私は微苦笑を重ねたりしてきた・・。
          

ここ3週間ぐらい、小庭では朝に於いては鈴虫(スズムシ)が鳴いて、
蝉(セミ)も負けじと盛んに鳴いて二部合唱となっている。

そして日中の暑い中は、蝉(セミ)が独壇場のように、今鳴かなくていつ鳴くのよ、
といったように喧(やかま)しく鳴き響いてきた・・。

こうした中で、鈴虫(スズムシ)の鳴き声が聴こえないのは、
日中はお休みの睡眠時間の最中で、夕暮れの6時過ぎに目覚めるのかしら、と私は解釈したりしてきた。

そして夕暮れの6時過ぎになると、蝉(セミ)は鳴き声が途絶える・・。
私は暑さの日中に蝉(セミ)は盛んに鳴いていたので、
きっと鳴き疲れてお休みの睡眠時間になったと思ったりしてきた。

鈴虫(スズムシ)は夜行型、蝉(セミ)は日中型、と少しボケた私でも理解は出来るが、
我が家の蟋蟀(コオロギ)は、何故かしら耳をすませないと聴きもらす・・。

夜のひととき、鈴虫(スズムシ)の盛大な合唱の中、
定年退職後に何かと気弱になった主(あるじ)の私の気持ちを察してか、
蟋蟀(コオロギ)だけは、少し遠慮しながら鳴いているのである。

そして私は愛(いと)おしく、少し哀れな蟋蟀(コオロギ)であるが、
やがて初秋になれば、蝉(セミ)は消え果てるので、ライバルは鈴虫(スズムシ)となる。

しかしながら鈴虫(スズムシ)も夏の間、盛大に鳴いてきたので、
疲れ果てて、少しはおとなしくなるかしら、と私は秘かに願ったりしてきた。
                    
    
このように思いながら過ごしてきたが、 本日の朝は23度ばかりの朝涼となり、
微風が吹く中で、心も身もゆだねると心地よく、初秋の気配を感じ、
鈴虫(スズムシ)の合唱を聴きながら、と実感を深めたりした。
          
やがて午前の10時過ぎ、家内がスーパーに買物に行くと宣言したので、
微力ながら私は家内のボディガード、お供そして荷物持ちとして、共に歩いたりしてきた。

その後、帰宅後、ホームセンターに行きましょう、と私は家内から誘われて、
家内のボディガード、お供そして荷物持ちとして、2度目の出陣となったが、
真夏のような熱さもなく、久々に28度ぐらいで過ごしやすかった・・。

そしてこのまま初秋に向い、やがて秋になれば、と私は念願したりしたが、
古来より、暑さ寒さは彼岸まで、伝えを思いだしたりした。

今回の幾分涼しい日が続くのは、台風の影響で前線が乱れている、
と天気情報を思い重ねたりし、微苦笑したりしている。


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高齢者の『おひとりさま』の家計収支を学び、何かと鈍感な私でも、溜息を重ねて・・。

2015-08-23 12:31:17 | ささやかな古稀からの思い
私は昨日、このサイトで家内に万一先立たれたことを憂いながら思い、
【ときおり『おひとりさま』の生活をする中、いつの年にか家内に先立たれた時、思い馳せれば・・。】
と題して投稿した。

私たち夫婦の80歳までの家計収支計画は、
私が定年後の年金生活を始める数年前に立案して、この後の実態生活に応じて、
幾分修正をして今日に至っている。

しかしながら、どちらかが『おひとりさま』の生活になった時は、
我が家の収入の根幹の年金は、半分ぐらいになるだろう、と漠然と思ったりしてきた。

そして遅ればせながら、高齢者の『おひとりさま』の家計収支を学ぶ為、
昨夜のひととき、総務省が公表されている家計収支の実態を見たりした。
          

    高齢者単身無職世帯の家計収支    高齢者夫婦無職世帯の家計収支    
       ☆2014年☆            ☆2014年☆

◎実収入
    社会保険給付・・・・103767円      190800円
    その他・・・・・・・  8440        16547 
    合計・・・・・   112207       207347
◎支出
    税金・・・・・・・・・10461        29422
    食料・・・・・・・・・33523        60828
    住居・・・・・・・・・13610        16045
    光熱・水道・・・・・・13610        21075
    家具・家事用品・・・・・4459         9819 
    被服・履物・・・・・・・4440         6945 
    保険医療・・・・・・・・7593        14609 
    交通・通信・・・・・・13466        26822 
    教育・・・・・・・・・・・・・0            0
    教養娯楽・・・・・・・16189        25864
    交際費・・・・・・・・20486        28739
    その他・・・・・・・・15887        28739
    合計・・・・・   153724       268907

◎収支の差額
    不足分・・・・・・・・41516        61560

総務省の定義によれば、高齢者単身無職世帯は60歳以上の単身無職世帯であり、
私は参照として、高齢者夫婦無職世帯を並列させた。

高齢者夫婦無職世帯は、夫65歳以上、妻は60歳以上の夫婦のみ無職世帯となっている。
そして消費支出は%表示であったで、円に算出したので、一円単位は誤差もある。

古来より二人で生活すれば何とかなる、と伝えられているが、
『おひとりさま』なれば、収入が激しく減少しているが、支出の住居、光熱・水道、交際費など
あらゆる面で一人当たりの負担は多い、と感嘆したりした。
                    

こうした中で、肝要の貯蓄については、私は過ぎし21日に読売新聞を読んだりしてきた。
転記させて頂くと、下記の通りである。

《・・財務省は20日の政府税制調査会(首相の諮問機関)に、高齢者の一人世帯で、
貯蓄高の二極化が進んでいるとの分析結果を示した。

1994年と2009年で貯蓄高を6段階に分類して比較すると、
「1500万円以上」が6・1ポイント増の33・0%で最も多く、
「300万円未満」が2・4ポイント増の25・7%で2番目だった。

財務省が「全国消費実態調査」(総務省)などをもとにまとめ、
所得税の抜本改革を検討する材料として提示した。

高齢者の一人世帯は低所得化も進んでおり、年収300万円未満の割合は、
94年の74・3%から09年に77・7%へと増えた。

中里実会長(東大教授)は会議後の記者会見で、
「家族というセーフティーネット(安全網)が低下し、
現役時代の備えが不十分だと、(高齢者になって)生活が途端に苦しくなる」と述べた。

高齢者(65歳以上)の一人世帯は20年に668万世帯まで増える見通しで、
95年比では約3倍となる。

開く貧富の格差をどう考慮するかは、所得税改革で大きな課題となりそうだ。・・》
          

私は社会福祉士の藤田孝典さんから、「下流老人」~老後の貧困~について、教示された。
収入が少なく、貯蓄もなく、頼れる人もいない「下流老人」に陥る大きな要素として、
<1>熟年離婚
<2>独立しない子ども
<3>思わぬ病気や事故
3箇条を知った。

私は『熟年離婚』に関しては、過ぎし年の39年前の結婚式で、
白無垢の新妻を見て以来、どのような人生の荒波に遭遇しても、世界で私だけが専守できる責務
と固く誓ってきた・・。

今後、私が家内に対して思いやりない言動した時は、離婚ょ、と家内から宣言されると思うが、
小心者の私は、年金生活を重ねると、家内に何かと従順になることが多いので、
我が家としては『熟年離婚』は死語である。

『独立しない子ども』に関しては、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、結婚生活の中で、最大の誤算となっている。

『思わぬ病気や事故』に関しては、今後の最大の難題である。
こうした命題は、私たち夫婦が晩年を過ごしたり、
或いはどちらかが亡くなり『おひとりさま』でも、同様である。

大病、やがては要介護になったり、思いがけない事故に遭遇したり、
こればかりは予測できないで、
せめて自立して明るく過ごせる健康体をできる限り長く・・と念願したりしている。
          

今回も、熱い思いで、とりとめなく綴ってしまい、テーマが飛躍して、
我ながら苦笑している。


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ときおり『おひとりさま』の生活をする中、いつの年にか家内に先立たれた時、思い馳せれば・・。

2015-08-22 13:07:55 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の老ボーイの70歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
年に4回ぐらい家内は、独り住まいの家内の母宅に行っている。

私より14歳ばかり齢上の高齢者である家内の母は、
私が民間会社のサラリーマンの定年退職した2004年〈平成16年〉の秋の直前に主人に病死され、
独り住まいの生活をされて、早や11年目となっている・・。
       
こうした中で、家内の母は自身の身の周りは出来ても、
大掃除、季節ごとの室内のカーテン、布団、暖冷房器具、衣服、庭の手入れなどは、おぼつかなくなり、
長女の家内は季節の変わるたびに、7泊8日前後で母宅に泊りがけで行っているのが、
ここ10年の恒例となっている。

そして家内は殆ど毎夜、家内の母の本日の出来事と安否状況を確認する為、
電話連絡をしている。
                                        
家内の母は、80歳過ぎた頃から膝(ひざ)を悪化して、まもなく杖(つえ)を突く身となって、
『要支援2』となっている。

こうした中、整形外科、内科、眼科に通院している中、
ここ60日前後は少し遠い大学病院で検査、そして入院、退院後の検査が加わり、
家内は付き添う為に、家内の母宅で駐在することが多くなっている。

このような結果として、飛び石のように家内は孤軍奮闘してきて、
今回は8月20日から3泊4日間の予定として行っている。

この間、私は我が家で『おひとりさま』の生活をしている。
          
               
平素の私たち夫婦の年金生活は、ご近所の方の奥様たちから、
仲良しねぇ、と何と社交辞令を頂いている私たちでも、
もとより永遠に続く訳ではなく、いつの年にどちらかは片割れとなり『おひとりさま』となるので、
今回たまたま『おひとりさま』の生活となった私は、特別演習かしら、と思ったりしている。
         
平素の私は、蛍族と称される室内禁煙で、玄関の軒下、小庭のテラスで煙草を喫う愛煙者のひとりで、
スポーツにも無縁である。

そして根がケチな性格なのか、駅前までの利便性の良い路線バスなどは乗らず、
殆ど毎日のように買物も歩いて行ったり、
その後は遊歩道、公園などをひたすら歩き廻ったりしている。

この間、お酒大好きだった呑兵衛の私は、5年前の晩秋に何とか卒業して、
冠婚葬祭、国内旅行、そして友人や会社関係の懇親会以外は、
5日に一度ぐらいは自宅で呑むぐらいとなっている。

このような齢ばかり重ねぐうだらな生活をしている私は、
私としては家内より早くあの世に行く、と私は現役サラリーマンの50代の初めの頃から確信を深めてきた。
                    
こうした中で私が平素何よりも恐れていることは、痴呆症となり、自身が正常に自覚をできないことである。
私は親戚の方、知人の方とか、本などで痴呆症の悲惨さを少しばかり学んだりし、
たとえば私が痴呆症となり、介護をしてくれる家内の身を案じるとたまらないのである。
或いは逆に家内は痴呆症となり、私が看病する場合も同様である。

痴呆症の本人は介護して下さる方も解らず、
何よりも介護する方は、看病する張り合いがないと思われるからである。

このような私の思いから、痴呆症になる前に、ポックリとこの世と別れを告げたい、と思ったりしている。
         
或いはいつの日にか身体の変調を感じて、自宅で寝ていて数日し、悪化する中、
布団の中でオシッコを一度だけ漏らしたりして、死去後のことなどを家内に伝言する。

やがて救急車で病院に運ばれて、入院して数日後に死去する。
そしてこの間に家内からは
『あなたとの生活・・楽しかったわ・・』
と心の中で感じてくれれば充分である。

このように70代か80代のいつの日にか末期となると思われるが、
こうした私の念願は、果たして・・どのようになるか、今の所は漠然としている。

そして家内より先にあの世に行くと思っている私は、
私の葬儀、お墓、そして家内の独りの老後で困窮しないように程ほどに生活できそうな状況のことも、
話し合ったりしている。
                        
しかしながら、こればかりは天上の神々の采配にゆだねられているし、
まして、この世の中は、先のことは何が起きるか解からないので、
一年に何回かは、家内に先立だれ『独りぼっち』になってしまうことを考えたりすることもある。

私は家内と日頃から、子供がいない一代限りの為か、葬儀、お墓のことも何度も話し合ったりしている。
葬儀は親族関係だけの家族葬とした後、お墓は樹木園に埋葬し、
それぞれ好きな落葉樹の下で土に還る、
そして四十九日が過ぎたら、その時の心情でお墓参りをすればよい、とお互いに確認し合っている。

私は家内が亡くなった時は、世の中はこのようなこともあるの、
と茫然(ぼうぜん)としながら四十九日を終えて、失墜しながら樹木園に行き、埋葬をすると思われる。

そして私は、家事の全般の料理、掃除、洗濯などは、家内にお願いしていたので、
恥ずかしながら初心者の若葉マークのような身であり、戸惑いながら行うと思われるが、
何より長年寝食を共にした結婚生活の中、この人生の大半の苦楽を分かち合い、
気楽に安心して話す相手がいなくなったことが、何よりも困ると思ったりしている。
          
                                   
今回、たまたま『おひとりさま』となっている中、きまぐれに食事、掃除、洗濯をしてきたが、
何かと簡略に済ませてしまうので、家内のいる平素の日常生活から落第生だ、と苦笑したりしている。


私は定年後の年金生活の中で、『おひとりさま』についての実態として、書物としては、
上野千鶴子(うえの・ちずこ)著作の『男おひとりさま道』で概要を学んだりしてきた。

そして愛妻を亡くされた倉嶋 厚(くらしま・あつし)著作の『やまない雨はない』、
徳岡孝夫(とくおか・たかお)著作の『妻の肖像』、
垣添忠生(かきぞえ・ただお)著作の『妻を看取る日』、
川本三郎(かわもと・さぶろう)著作の『いまも、君を想う』、
新藤兼人(しんどう・かねと)著作の『愛妻記』、
それぞれの各氏の愛妻の終末の病状、そして告別の死、
その後の『おひとりさま』の生活状況を多々教示されてきた。

或いは私は、定年後まもなくして『ブログ』の世界を知り、
私もブログのサイトを開き、身過ぎ世過ぎの年金生活の中で、感じてきたことや思索していることを
あふれる思いを真摯に、ときには楽しく投稿文を重ねてきた。

そして数多くの方の投稿文を読ませて頂きながら、
日々の日常生活の過ごした方、或いは人生の思いを学び、
こうしたお考えで、この人生を過ごされているのか、とご教示されることが圧倒的に多く、
確かな人生の教科書と思い、多々ご教示を受けてきた・・。
               
こうした中で、『おひとりさま』の男性、女性の投稿文を精読する時がある。
          

そして私が感じるには、何かと残された男性は弱く、女性は強い、と私は確信を深めたりしている。
          

多くの男性は、一家の主(あるじ)として、家計の収入に長らく責務を果たしながら奮戦し、
妻は料理、洗濯、掃除はもとより、育児、やがて子供の学業などの支援など、
あらゆる面の後方支援となり、家庭の専守防衛長官を果たしてきた人が多い。

そして定年退職後、男性は単身赴任の経験のない多くの人は、
日常の肝要な買物、料理、洗濯、掃除などに関して、未経験の分野で戸惑う方が多く、
妻に何かと頼る状況が多い、と知人からも聞いたりしている。

こうした高齢者65歳以上の男性が、思いもかけずに愛妻に死去された後、
『おひとりさま』の生活は・・何かと楽観視のぐうだらな私でも、考えさせられたりしてきた。
             
その上、妻との苦楽の過ぎ去り日々の出来事などはもとより、
或いは青年期から何人かの交際してきた女性たちで、やむなく結婚に至らず別れた人に、
いまどうしているのかしら、ときおり振り返ったりする男性も多い、と私は学んだりしてきた。

何かしら女性の多くは、くよくよと苦悶する時期が過ぎた後、やがて現在の状況に精進し、
多くの方が生き生きと生活をしている、と学んだりしてきた。
                    
こうして『おひとりさま』の男性、女性を考察させて頂くと、女の人は強いよねぇ、
と私は心の中で呟(つぶや)いたりし、微苦笑している。


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やさしく免疫力を高める生活習慣を学び、私は励まされながら微笑んで・・。

2015-08-21 13:02:00 | ささやかな古稀からの思い
昨夜のひととき、私が愛読しているPHP研究所の基幹サイトのひとつの
【PHP Online 衆知 】を見たりしていた。

そしてこの中で、【毎日2合のアルコールは、病気を防ぐ】と見出しを見て、
私は過ぎし5年前まで,お酒こよなく愛していた呑兵衛であったので、
本当かしら、と思いながらクリックしてしまった・・。

記事を読み終わった後、年金生活の中で、何かと自由気ままに過ごしていることが多い私でも、
やさしく免疫力を高める生活習慣を学び、微笑んだりした。

この記事は、イシハラクリニック院長の石原結實(いしはら・ゆうみ)医学博士が、
『不節制なのに、なぜか「健康な人」の習慣』(PHP文庫)を上梓された中で、
この中の一部を2013年2月22日にネットに公開された原文であり、
無断ながら転載させて頂く。
          
《・・
◎「免疫力を高める生活習慣」とは

日頃、実際に患者さんを診療していて不思議に思うことがあります。

「鯨飲馬食」という言葉そのものに、
アルコールや水分を浴びるように飲み、食べすぎると生活習慣病の原因とされる肉や卵や乳製品を、
よくかまないで貪り食い、しかも、健康によいとされる適度な運動など全くせず、
それにもかかわらず結構元気で、血液検査をしても、ほとんど何の異常値もない、という人がいらっしゃいます。

逆に、早寝早起きを励行し、毎日ウォーキングやジムでの運動に汗を流し、
しかも、野菜や果物をはじめ、すべて口にする食物は有機農法で育てたものや
無添加食品という徹底した「健康おたく」でありながら、
ある日突然、脳卒中で倒れたり、ガンを患ったりする人もいらっしゃいます。

一般の医学常識では一見クリアに説明できなくても、またご本人自身が気づいてなくても、
健康な人には知らず知らずのうちに、「免疫力を高める生活習慣」が身についているのでしょう。

フィンランドで「健康診断をこまめに受け、医師の健康指導に真面目に従って受診したグループ」と
「健康診断も受けずに、好き勝手な気ままな生活をしたグループ」を15年間追跡調査したところ、
後者の方が疾病にかかる率が低く、自殺する人も少なかったという研究結果が発表されたことがあります。

これを「フィンランド症候群」といいます。
免疫を守る白血球のうち特に重要なのが、ガン細胞やウイルスをやっつけるNK細胞です。

NK細胞を弱らせる一番の要因は、真面目な性格や生活からくる「ストレス」であるとされています。

やはり、あまり真面目すぎない「いい加減」な性格や生活をする方が、健康、長寿にはいいようです。
          

さて、本文中には、健康や長寿を保っている方々の症例をたくさん掲載しましたが、
ほとんどの方々が、無理に何らかの健康法を実践されているのではなく、
自然に生活の一部に取り入れているものが、
結果的に免疫力を高め、健康・長寿につながっている、ということがわかります。

つまり、本能に根ざした行為・行動であるわけです。

患者さんや友人・知人から、種々の健康食品やサプリメント、
または健康器具のパンフレットを見せられながら、
「先生、これは、健康によい(体に効く)でしょうか」というような質問をよく受けます。

その時の私の答えは、
「私にはわかりません。そうしたものを今まで知らなかったし、研究もしたことがありませんから。
ただし、自分が実際に試してみられて、

 (1)大便の出がよくなる
 (2)小便の出が多くなる
 (3)体が温まる
 (4)何となく気分がよい

という4つの条件を満たすようなら、ぜひ続けてみることです」というものです。


何といっても、「気分がよい」=「心身の調子がよい」と本能的に感じることが、
免疫力が高まっていることを表わしているといってよいからです。

(1)(2)については、体内の老廃物を存分に排泄すれば血液がキレイになり、
東洋医学でいう「万病一元、血液の汚れから生ず」の“血液の汚れ”を取り去ることができますし、
(3)については、体温上昇により、白血球の働きがよくなり、免疫力が上がるからです。

そうした結果、「気分がよく」なるのです。
          

◎毎日2合のアルコールは、病気を防ぐ

アルコールがけっして嫌いでない私は、ほとんど毎日、
ビールや焼酎、ワイン、日本酒などのうち1~2種で晩酌しています。

量としては、さほど多くなく、日本酒に換算して2合程度ですが、
半年も休肝日なしで毎日飲んでいると、折角のアルコールもうまくなくなってきます。

食前に飲む、冷たいビールの、あの何とも言えない快感を味わうことができなくなるのです。

そこで数日晩酌を休むと、今度は、食事がおいしくなくなるし、睡眠も何となく浅くなるし、
翌日何となく肩や首がこる感じがしたり、全体的な活力がなくなっていくように感じることすらあります。

知人、友人、患者さん達を観察していますと、
毎日2合(日本酒に換算)前後の適酒をしている人は、大した病気にもかからないし、
元気で長生きしているという印象があります。

2003年10月31日に116歳の大往生をとげた鹿児島の本郷かまとさんは、
黒砂糖からつくる焼酎を毎日飲んでいたというし、
かまとさんと同郷の鹿児島県大島郡伊仙町出身で、
1979年に「ギネスブック」で世界一の長寿者と認定された泉重千代翁も、
毎夕1杯の黒糖焼酎を飲むのが楽しみであったとのこと。

重千代翁は、慶応元年(1865)に生まれ、1985年に120歳(大還暦)を迎え、
1986年に亡くなられました。

私が5度、調査研究に出向いたコーカサス地方のセンテナリアン(100歳以上の長寿者)達は、
毎食前にかなりの量の自家製の赤ワインを飲んでいました。

日本の医学統計でも、全く飲酒をしない人の死亡率を、1.0とした場合、
飲酒する人の死亡率は0.9台と、飲酒する人の方が低くなっています。
「酒は百薬の長」といわれる所以でしょう。

欧米でも、アルコールの効能に関する疫学調査や研究は数多く存在しています。

米国イリノイ大学の1・ペズート博士らは、
「ワインやブドウに含まれるレスブラトロールという物質が発ガンを抑制し、
ガンの転移も防ぐ」(米国の科学誌『サイエンス』)と発表していますし、

ドイツのワイン・アカデミー科学委員会のニコライ・ボルム博士も
「ワインは心臓病のほか、脳梗塞、ガンの予防、ストレスの解消に役立つ。
ワインの中に含まれるポリフェノールが血行をよくして血圧を下げたり、
緊張感を解消する」(『英国医学会誌』1995年5月6日号)と述べています。

また、デンマークで1万3000人の男女を12年間調査した結果、
「全くアルコールを飲まない人に比べ、
ワインを毎日3~5杯飲む人は心臓病、脳梗塞などの循環器系疾患での死亡率が56%も低く、
ビールを飲む人も28%低かった」ことが明らかにされています。
               

最近発表された最新情報も含めて、これまでわかっているアルコールの効能を列挙すると、

(1)ストレスを発散し睡眠をよくして、免疫力を高める
(2)ガン抑制効果
(3)善玉コレステロールを増やし、虚血性心臓病(狭心症、心筋梗塞)を防ぐ
(4)脳卒中を防ぐ
(5)適酒は、糖尿病のコントロールを良好にする
(6)適酒が脳を活性化し、ボケやアルツハイマー病を予防する
(7)胃液の分泌をよくして、食欲を増す
(8)適酒は、鎮静・睡眠作用がある

など、適酒をしているかぎり「酒は百薬の長」
“Wine is old man's milk.(ワインは老人のミルク)”ということになります。
          

ただし、「1杯は人酒を飲み、2杯は酒酒を飲み、3杯は酒人を飲む」といわれる如く、
飲みすぎには気をつけるべきです。

その人によりますが、平均的に言って、日本酒換算で3合以上を5年以上飲んでいる人は、

 1.アルコール性肝障害(脂肪肝、肝炎、肝硬変)
 2.すい炎
 3.急性~慢性胃炎
 4.高血圧症
 5.アルコール性心筋症(不整脈、心不全)

などにかかりやすくなるので、要注意です。・・》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
          

過ぎ去りし年の2010年〈平成22年〉の秋の健康診断を受診した時、
糖尿病と明示され、茫然としながら、翌日より食事の内容はもとより、ウォーキング、散策をしたりして、
大幅に改善されている。

お酒大好きなの呑兵衛の私は、日本酒の純米酒、ビールを長き45年ぐらい夜のひととき愛飲してきたが、
糖尿病と宣告されて以来、 冠婚葬祭、懇親会、国内旅行など以外は、
原則として自宅で呑むのは、5日に一度ぐらいとしてきた。

この間、最寄の内科に4週間毎に定期健診を受けているが、
ここ4年は悪玉コレステロールは基準値の90%、これ以外はほぼ優等生となって、
改善努力の成果となっている。

こうした定期健診を受けるたびに隣接した薬局で、血糖値を下げる薬を頂き、
日々朝食後に飲んでいるが、これ以外は至って健康だ、と思ったりしている。
          
                      
私の朝食の原則として、前菜を必ず頂いている。
キャベツを千切って電子レンジで少し温めて、もずく三杯酢をかけて盛大に頂くこともあるが、
昨今は天候不順で、新鮮なキャベツにめぐり逢えないと気が多くなっている。

こうした時は、新タマネギをスライスし、生ワカメとあえて、
そしてミッカンぽん酢とお醤油をかけて、大きな皿に盛大に食べたりした。

やがて十六穀米の入った白米のご飯、インスタントのワカメの味噌汁、
コブの佃煮、ラッキョの塩漬け、福神漬け、焼きノリ、
そしてシャケの瓶づめ、或いはサバ缶のミソ煮で頂く、

私は幼年期に農家の児として育ったので、齢はかり重ねた今でも、
ご飯と汁、おかずと香の物で成り立っていた庶民の代表とされる『一汁三菜』の真似事をしている。

そして夕食を頂く前に、前菜を朝食と同様に頂くことが、ここ5年ばかり続いている。
                                     
私はゴールデン・イヤーズと称される60代を昨年の9月に卒業して、
私としてのこれまでの10年は、我が人生として最も安楽な期間を享受できたりしてきた。

そして70代入門の初心者して、心身共に自立し健康的に生活できる健康寿命を意識して、
確かな『生きがい』と『健康』、そして『気力』を持続できるように、ときおり願いながら歩いたりしている。
       
こうした中で、私は母の遺伝を素直に受けたらしく男の癖に、おしゃべりが好きで、
何かと家内と談笑したり、ご近所の奥様、ご主人など明るく微笑みながら談笑したりしている。

或いは、好奇心をなくしたらこの世は終わりだ、と信条している私は、
体力の衰えを感じている私でも、その時に応じて溌剌とふるまったりしている。

そして糖尿病の再発防止もさることながら、何よりも怖いのは認知症であり、
もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
独りで自宅から数キロ以内の遊歩道、小公園などをひたすら歩き廻ったりして、
季節の移ろいを享受している。
          

このように安楽な年金生活を過ごしている私は、
今回の石原結實(いしはら・ゆうみ)医学博士の明言、
《・・あまり真面目すぎない「いい加減」な性格や生活をする方が、健康、長寿にはいいようです・・》
何かと自由気ままに過ごしていることが多い私でも、
やさしく免疫力を高める生活習慣を学び、微笑みながら励まされたりした。

そしてお酒も程ほどに呑めば、酒は百薬の長、或いは老人のミルク、と教示され、
幾たびも微笑んだりしている。


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アクティブシニアの3世代家族が享受されている情景、私は人生の微笑みを頂き・・。

2015-08-20 14:00:55 | ささやかな古稀からの思い
私は過ぎし19日の朝、いつもように購読している読売新聞を読んだりしていた。
そして9面の『経済』面にあるひとつの記事を読み終わった後、
やがて人生の微笑みを頂だいたりした・・。

この記事は『夏ビジネスズームイン』の連載記事で、
今回は『孫たちとゆったり旅行』と見出しされ。「3世代」の旅行が掲載されていた。

無断であるが記事の大半を転記させて頂く。

《・・南アルプスや八ヶ岳などを望む山梨県北杜(ほくと)市。
森の中の特設キッチンで8月上旬、
家族が地元野菜のパプリカやズッキーニをふんだんに使ったピザ作りを楽しんでいた。

横浜市内に住む祖父母と長女夫婦、2歳と3歳の孫の計6人が今夏に選んだのは、
リゾートホテル「星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳」に泊まる「3世代旅行プラン」だ。

孫を見守る祖父(64歳)は
「昔は仕事ばかりで子供と遊べなかった分、孫との時間を大切にしたい」と話す。

リクルートライフスタイル沖縄が2013年に行ったインターネットによる調査では、
20~69歳の3万人のうち48%が3世代旅行をしたことがあると答えた。

施設側には、まとまった人数の宿泊を確保できるメリットがある。
総支配人の長屋晃史さん(47歳)は
「部屋に孫世代の年齢や性別に合ったおもちゃを置くなどサービス面を強化し、
リピーターを増やしたい」と語る。
          

3世代の旅行は、一昔前に比べて活動的で貯蓄にも余裕がある「アクティブシニア」
と呼ばれる70歳前後の世代が主導する。

その上の世代は、退職後に初めて長期旅行を楽しんでいたが、
団塊世代にも重なるこの世代は現役中から旅行をしていた人たちだ。

総務省によると、65~74歳の人口は1708万人と全人口の13%を占める。
世代別の貯蓄額では60~69歳が平均2484万円と最も高く、全世代平均より686万円多い。

プリンスホテルは、高級感あふれる施設と充実したサービスで長期滞在客を呼び込む戦略だ。
長野県軽井沢町の「ザ・プリンスヴィラ軽井沢」は、
延べ床面積100平方メートル以上のコテージが20棟ある。
予約は2泊以上で、今夏の稼働率は8割以上だという。・・》
          

新聞に掲載された写真は、リゾートホテル「星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳」に宿泊され、
森の中の特設キッチンで、
祖父(64歳)が地元野菜のパプリカやズッキーニをふんだんに使ったピザ作りをしている中、
祖母が微笑みながら見つめ、長女ご夫妻はそれぞれ2歳と3歳の幼児を抱き、楽しげに、
祖父のピザ作りを微笑みながら見守っている情景であった。

私は、この一葉の写真に見惚(みと)れて、いいよなぁ、と心の中で呟きながら羨望し、
やがて人生の微笑みを頂だいたりした。

私たち夫婦は、子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
長き結婚生活の中に於いて、最大の誤算となっている。

もとより子供がいれば、圧倒的に育てる喜びもあるし、子供の笑顔に何よりも癒(いや)されるし、
ときには苦渋することもあると、知人たちから教えられてきたが、
無念ながらこうしたことの体験は、私たち夫婦は欠落している。

まして孫がいれば、愛(いと)おしさが倍増されていると思える。
          

私は2004年(平成16年)の秋に定年退職するまで人生は、
何かと卑屈と劣等感にさいなまれながら、つたない言動も多く、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたと思い、年金生活を始めた・・。
   
世の中の数多く60代の諸兄諸姉は、人生の苦楽を重ねた後、何かと安堵しながら、
第二の人生は身も心も溌剌と過ごせる人生の黄金時代と称せられるゴールデン・イヤーズの中、
知人、友人から何かと嬉しい、楽しげな便りを数多く受けたりしてきた・・。

そして私も過ぎ去った60代の年金生活の10年間の日々は、
私の人生の中で何より安楽な時代、と思い重ねたりして享受してきた・・。

こうした中で、会社時代の友人のひとりは、自宅を大幅に改造されて二所帯住宅として、
一階は自身の夫婦のフロアー、二階はご子息家族としている。

そして『お嫁ちゃんは働いているので、俺は孫の送り迎えの老ボーイで・・』
と嬉しげに私に話し、私は電話で聞いたりしたりしてきた。
          

或いはブログで、数多くの方の投稿文を読ませて頂きながら、
3世代の日々の日常生活の過ごした方を学んだりしている・・。

そして日常はもとより、懇親会、外食、ハイキング、ドライブ、旅など、
お孫さんへの思いに、羨望したり、この人生の微笑みを深く感じながら教示されたりしている。

私にとっては、3世代家族の情景は見果てぬ夢になってしまったので、
ときおり街の中で見かけるお孫さん、あどけないしぐさ、言葉に、
微笑みながら見つめたりしている。

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70過ぎたら、「削っていいカネ」「削ると後悔するカネ」を学び、微苦笑させられ・・。

2015-08-19 14:09:06 | ささやかな古稀からの思い
私は愛読している講談社の基幹サイトのひとつの【現代ビジネス 】に於いて、
一昨日の17日、【老後の不安が止まらない……予期せぬ出費が次々あなたに襲いかかる】と見出しされ、
副題として【70過ぎたら、おカネがどんどん出ていく【前編】】と明記されていたのを読んだりした。

やがて喚起させられて、『70過ぎたら、おカネがどんどん出ていく老後の不安を学び、私は溜息を重ね悲嘆し・・・。』
と題して投稿した・・。

今回、この続編の【70過ぎたら、おカネがどんどん出ていく【後編】】に於いて、
【老後に「削っていいカネ」「削ると後悔するカネ」・・
生保、薬代、贈答、葬儀代…】と題された記事がネット上で掲載された記事を読んだりした。

そして読み終わった後、人それぞれですねぇ、と微笑んだり、苦笑させられたりした。

この原文は『週刊現代』の2015年8月8日号に掲載された記事であり、
無断ながら記事を転載させて頂く。

《・・思いがけず積み上がってしまう70過ぎからの出費。
さらに今後は実質的な年金支給額引き下げの時代がやってくるなど、不安は尽きない。

一方で人生の最終盤 に何もかも節約、節約と切り詰めていては、あまりに味気ない。
いったい、どうすればよいのか。経験者たちの声に耳を傾けてみよう。
                  
◎放置してしまいがちな生命保険料

東京・杉並区在住の佐藤道夫さん(78歳・仮名)は一昨年、
利用している複数のクレジットカードの利用明細表を並べて、支出を見直したという。
気付いたのは、「年会費」がやたらと多いことだ。

「デパート系のカードには、年会費数千円というのもありました。
妻も昔は都心のデパートに買い物に行っていたけれど、最近は近所のスーパーくらい。

私は私で、現役時代に格好をつけてゴールドだプラチナだとランクの高いカードを作っていましたが、
年会費だけで10万円以上かかるものもあった。
そこで不要なカードをどんどん解約して、使いでのあるものだけに整理したんです」

これだけで年間12万円ほどが削れたという。

また、多くの人が現役時代のまま放置してしまいがちなのが、生命保険料だ。
世田谷区在住の笹原洋二さん(70歳・仮名)は、
「子供も自立して自分で稼いでいるのだから、毎月生命保険料を払うのはもったいない」と考え生命保険を解約。
ついでだからと、妻が加入していた簡保も解約した。

「ところが、妻の簡保については大失敗。
子供が中学生だった40代のとき、1980年代末に掛けはじめたものだったんですが、
あとで聞いたら、これは世間で『お宝保険』と呼ばれていて、
解約したのは大損だったというんです」(笹原さん)

「お宝保険」とは、現在ではありえないような高い利率が設定された、
貯蓄性の高い終身保険のことだ。

月々の支払いが安いうえに、契約を続けていれば払い込んだ金額を上回る利益が得られることもある。

実際、笹原さんの妻が加入していた簡保は、60歳での払込期間終了後、
5年おきに4回、一時金が入る特約がついたもの。

保険金額1000万円の場合なら、1回に200万円ずつが手に入る。
掛け金は月々数千円程度だったというから、加入を続ければ大きなリターンが得られたはずだった。

笹原さんは「分かる人に相談しておけば」と後悔するが、残念ながら、あとの祭りだ。
          

◎薬代は減らせる

中野区在住の八木橋彩子さん(80歳・仮名)は、
新聞で高齢者の医療費高騰が問題になっていると知り、
「世のため人のため」と自分にかかる医療費の削減に挑戦した。

「病院の先生にお話ししたら、『それはいいことですね』という。
成人病(生活習慣病)やら骨粗鬆症には運動がいいので、区の体育館に行き始めた。
それからお薬を安いジェネリック(後発医薬品)に替えてもらいました」

たとえば、八木橋さんが処方されていた、食後に血糖値が急上昇するのを抑える薬ボグリボースの場合、
ジェネリック(後発医薬品)には先発薬の半額のものもある。

医師と相談した結果、月々の薬にかかる費用は3分の2ほどに圧縮できた。
運動の効果もあり、血糖値や血圧、骨密度も改善してきたという。

「ただね、体育館で新しいお友達がたくさんできたんです。
みんな、携帯電話が便利だというので、娘に頼んで、操作の簡単な携帯を買ってもらった。
だけど、私なんかヒマでしょう。
だから電話が長い長い(笑)。こないだも請求書を見つけた娘に怒られましたよ」

家に一人籠もっているより、友人と交流したほうが豊かな時間が過ごせるのは確か。
だが不要不急の会話なら直接会って話したほうがよさそうだ。
          

◎「虚礼廃止」の副作用

人付き合いにかかる費用を削ろうと試みた人もいる。
練馬区在住の加藤慎一さん(77歳・仮名)は、75歳になったのを機に、
「虚礼廃止」を掲げ、暑中見舞いや年賀状、贈答などを一切、やめた。

「小さな印刷会社でしたが、私は役員まで拝命しまして、お義理の付き合いが多かった。
毎年のお中元、お歳暮だけでも大変でした。
それで贈答やら季節の挨拶を、すべてやめた。すっきりしましたねえ。
妻も『盆暮れがこんなに楽になるなんて』と笑っていました」

贈答をやめたことで、年間約40万円が削れた。

他にも75歳で生活を見直し、支出を切り詰めた加藤さん。
だが、趣味のゴルフだけはやめられなかった。
そんなある日、ショックを受ける。

「ゴルフコースで、昔の取引先の元役員にばったり会ったんですが、
第一声が『おお、加藤さん! てっきり亡くなったと思っていた』。

彼は遠慮のない直截な性格の好人物なんですが、
それだけに『世間では、やはりそんな風に受け取られるのか』と後悔してね」

思えば、年賀状などは手間こそかかるものの、出費は大したことはない。
加藤さんは「自分なら相手の消息を知りたい」という人を選んで、
今夏の暑中見舞いから挨拶を復活させたという。
          

◎遺族を困らせる抽象的な遺言

世田谷区在住の田畑芳乃さん(79歳・仮名)は昨年、がんで闘病していた5歳年上の夫を送った。

「夫は『僕の葬式にカネを使うより、お前の残りの人生に使うべきだ。
一番安い葬儀にしなさい』と繰り返し言っていました。

でもいざ病院に葬儀社を紹介されてみると、私も気が動転していたんでしょう。
『とにかく一番安いコースで、あとはお任せします』としか言えなかった。

気が付いたら近所の公営葬祭場の小さな部屋に親類数人と座ってお経を聞いていました。
『ああ、これは違う。もっと何かできたんじゃないか』と、
そのときとても後悔しましたね……」

葬儀や墓に関して、もっとも遺族を困らせるのは、
「とにかく簡素に」、「カネをかけるな」など抽象的な遺言だという。

「祭壇に花だけ飾ってお前と息子夫婦が手を合わせてくれれば、読経はいらない」など、
具体的に希望を伝えれば、コストも最小限で、遺族も後悔しない葬儀が実現できる。

削れるカネ、削れないカネ。人生を満足に生き切ることができるかは、
あなたの取捨選択にかかっている。・・》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
          

過ぎし年の2004年(平成16年)の秋に定年退職後、多々の理由で年金生活を始めた直後、
私たち夫婦は齢を重ねると、判断力の衰え、やがて少しボケたことを配慮して、
銀行、郵便局、生命保険等を出来うる限り集約したりした。

やがてクレジットカード、デパート、ホームセンター、ドラッグストアなど、
それぞれ一か所としたりした。

こうした中、健康保険に関して定年退職後も、勤めていた企業の所属する健康機関に継続していたが、
支払い請求額の通知を受けて、少し高いなぁ、とため息をついたりした。

現役の企業の諸兄諸姉が所属していた健康機関なので、
何かしら病気とか万一の病死などは手厚く保障されていたが、
私の現役サラリーマン時代は給与から自動的に毎月差し引かれていたので、
余り気にせずに、高いとも低いとも感じていなかった。

やがて私は定年後に年金生活に入ったが、昭和19年9月生まれであるので、
年金満額支給は62歳になってからであり、それまでの2年間は年金支給額は、ほぼ半額程度であった。

このような収入時期の時代で、やはり企業の所属する健康機関は手厚く保障されていたが、
支払う毎月の保険料も高かった、と遅ればせながら気付いたりした。

やむなく私は、健康保険を企業の所属していた健康機関から国民健康保険に切り替え後、
最初の『国民健康保険料』の夫婦合算の請求支払額が余りにも激少したので、微苦笑したりした。

もとより国民健康保険料は、前年度の収入に基づいて、
家族構成、お住まい地域の自治体により差は発生するが、算出されている。

この後、保険関係をすべて見直して、
現役サラリーマン時代より生命保険、死亡保険、医療保険、傷害保険は、ほぼ半減に修正し、
火災保険、家財保険だけは従来通りとしたりした。
                                    
やがて私は高齢者入門の65歳になり、介護保険証を受けたりした。
          

その後、2011年(平成23年)10月初旬に、
家内は家内の父の命日に際して、家内の母と家内の妹の三人で、
墓参を兼ねて1泊2日の短き慰安旅行に行った時に、何かの話題の後に、
年金生活の保険金の話題になったらしい。

この時に、程ほどの貯金があれば、『国民健康保険』、『介護保険』もあり、
高額治療になった場合は、程ほどの自己負担で済むから、
『医療保険』などはなくても大丈夫よ、と家内は教えらた、と家内の帰宅後に私は聞いたりした。

この後、何かと愚図の私は、現行の長期にわたって自己負担する高額な医療費について調べたりした。

そして私は厚生労働省の公式サイトのひとつ『高額療養費制度を利用される皆さまへ』を視(み)たりした結果、
公的の『国民健康保険』と『介護保険』さえ加入していれば、
我が家としては、『死亡保険』、『医療保険』、『傷害保険』は、年間として少なくとも約30万円を支払ってきたが、
我が家としては不要かしら、と私たち夫婦は結論した。
                 
そして、私は解約の手続きを開始したのは、私たち夫婦は年金生活を7年過ぎた頃であった。  

こうした中、家内は年30万円で7年だから、210万円・・無駄だったかしら、と苦笑したりした。

『でもねぇ・・先の見えない漠然とした年金生活を始めて・・無事に病気することなく、
旅行に行けたし・・こうして8年を迎えられたのであるから・・良かったじゃないの・・』
と私は微苦笑しながら、家内に言ったりした。

そして我が家は、私は国民健康保険、介護保険さえあれば、
万一、大病やケガで多額の医療費が要した時は、「高額療養費制度」を活用させて頂く、と思いながら、
生命保険、死亡保険、医療保険、傷害保険を解約したりした・・。
                              

こうした中で 「高額療養費制度」は、何かしら手術や治療で、
月に100万円かかることになったとしても「高額療養費制度」を活用すれば、
実際の負担額は月9万円を超えることはない、と学んだりした。

たとえば100万円の医療費のうち、70歳未満なら、
まず3割が自己負担なので、窓口で支払うのは30万円。

さらに「高額療養費制度」を利用すると、1か月の医療費が約9万円を超えた分については、
加入する健康保険に申請すると、払い戻してもらえ、約21万円が後から戻ってくる、と知ったりした。
                    
このように「高額療養費制度」を学び、何よりも私のような高齢者に頼りになる制度、
と私は信愛を深めたりしてきた・・。
          

交際費に関しては、私たち夫婦は子供に恵まれなかったで、もとよれ息子、娘、そして孫にもいなくで、
同年代から少ないと感じている。

私の兄妹の親睦会、そして親戚など冠婚葬祭、或いは知人、会社時代の親睦会ぐらいとなり、
そして私たちの両親も、家内の母だけとなっているので、
齢を重ねるたびに、人とのお別れが多く知り合う人が少なくなり、減少しているのが実態となっている。
          

私は葬儀に関しては、家族葬で執り行ってほしい、と家内に幾たびか明言している。

私は中小業の会社に35年近く勤めて定年退職し、年金生活の身である。

そして官公庁、民間会社で栄達された人とは遥かに遠い平凡な人生を歩んできたので、
遠い親戚、知人、友人も高齢者の方が多く、わざわざ通夜、葬儀に参列して頂くより、
これまでの私の人生の歩みで、欠かすことのできない血は水よりも濃いと称せられる親族で、
ささやかに葬儀をしてもらいたい、と願っている。

こうした中で、家内はもとより、兄夫妻、妹の夫妻、下の妹、兄の子供である甥のふたり、
そして家内の妹夫妻、そして家内の母が存命であったら加わって欲しい・・
このくらいの親族の一部の最小限のメンバーで通夜、告別式を執り行って、家族葬の形式と念願している。

昨今、式場の内部が、自宅の居間のような形で、片側に御棺を置き、
広いテーブルで食事やお酒を飲食できる会場もあると知り、私は微笑んだりした。


通夜の日、御棺の周りは幼年期は農家の児として育ち、
日本風土の土に還るので和花を中核として、欧米の書物、映画、音楽も少し愛してきたので、
洋花も添える。

テープルには、食事処から取り寄せた和食、洋食を食べて頂き、
煎茶、コーヒー、紅茶などを飲んだり、ウィスキー、ワイン、日本酒、ビールなど吞んで頂いたり、
私の生前のこぼれ話しをし、談笑して頂く・・。

人は誰しも故人の心の奥に秘めた心は解らないが、とりとめなく話して、
あの時は・・と笑って下されば充分である。
          

こうした中で、音楽が静かに流れれば、と念願したりしている。
選定する曲としては、今、瞬時に思い浮ぶ曲としては、
唱歌の『ふるさと』、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ 第8番 『悲愴』、
交響曲第9番の第三楽章、アルビノーニのアダージョ、ショパンの練習曲作品10-3 『別れの曲』・・
この5曲ぐらいは・・と思ったりしている。

翌日の告別式は、このメンバーで自宅の居間のような形の式場に集合し、お線香一本を上げてもらい、
この後は火葬場に行き、ふたたびこの式場で、
お好みの飲み物を吞みながら、食事をして談笑して頂いた後、散会する・・。

そして私の生家は曹洞宗なので、やはり実家の墓地のある寺院の方に読経して頂くが、
通夜、告別式の5分ぐらいの簡略なお経でよい、と思ったりしている。

このような葬儀は、私の実家にしても、親戚にしても、前例がなく、
もとより兄妹は大いに戸惑い、
なぜ実家の墓地のある寺院の斎場で、通夜、告別式を行わないの、と予測されるが、
水戸黄門の印籠のように、故人の遺志である、と家内が明言し、了解を願いたいのである。
          

このように漠然と年金生活を11年生になっているが、
今回の記事を読み、人それぞれですねぇ、と微笑んだり、苦笑させられたりした。

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血液型別の水と体の健康学、老ボーイの私は学び、微苦笑させられ・・。

2015-08-18 15:45:01 | ささやかな古稀からの思い
東京の世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅に住み、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭に古ぼけた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

日常の殆どは私が年金生活の当初から、平素の買物を自主的に専任者となり、
独りで殆ど毎日のように家内から依頼された品を求めて、買物メール老ボーイとなっている。

こうした中、最寄のスーパーに買物に行ったり、
或いは駅前までの片道徒歩20分ぐらいのスーパー、専門店に行ったりしているが、
根がケチなせいか利便性のよい路線バスに乗るのことなく、歩いて往還している。

その後、私が何よりも怖いのは認知症であり、
もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
独りで自宅から数キロ以内の遊歩道、小公園などをひたすら歩き廻ったりして、
季節の移ろいを享受している。
          
そして70代入門の初心者して、心身共に自立し健康的に生活できる健康寿命を意識して、
確かな『生きがい』と『健康』、そして『気力』を持続できるように、
ときおり願いながら歩いたりしている。
          

こうした時は、陽射しは燦々と照らす中、夏用のストレッチパンズの長ズボン、半袖のスポーツシャツ、
そしてウォーキング・シューズとなり、夏用の帽子を深めにかぶり、
紳士用の小物入れのA4サイズのショルダー式バックを斜め掛けをしている。

そして燦々と陽射しが照らし、雲ひとつない青空の中、歩いたりすると汗ばみ、
ハンドタオルで顔をふいたりし、ときおり扇子を取りだして扇(あお)いだりしているが、
汗がひたたり落ちる・・。
          
やむなくハンドタオルで顔などを拭いながら、できる限り樹の下にある歩道を歩いているが、
炎天下の道もあるので、高齢者の私でも気合いを入れて、冬の寒さを思い浮かべて、
足早に歩いているのが実情である。

こうした時、ときおり ♪しあわせは 歩いてこない  だから歩いて ゆくんだね・・
と何かと単細胞の私は、1968年(昭和43年)の頃に水前寺清子さんが唄った歌を心の中で唄い、
歩く時もある。
           
そしてコンビニとか自動販売機を見かけると、煎茶の冷えたペットボトルを買い求めて、
水分補給をしたりしてきた・・。
          

しかしながら過ぎし7月中旬からの暑い33度以上の日は、熱中症で倒れて救急車で運ばれて、
目覚めたら病院のベットの上だった事態は、何かと単細胞の私でも困苦するので、
路線バスに乗り、車内の冷気に甘えて往復したりしてきた。
        
その後、散策も近回りで歩く距離は激少しているが昨今となっている。
          
          
先ほど、ネットでニュース記事を彷徨(さまよ)っている中、
【血液型別に合う水がある? 熱中症に真水は危険? 水と健康の豆知識とは】と見出しを見て、
どういうことなのょ、とクリックした。

この記事は、『ダ・ヴィンチニュース』が8月18日に配信 し、
アサトーミナミさんが寄稿された記事であるが、前半を転載させて頂く。

《・・「毎日暑くてダルくてたまらない…」
「どうも疲れがとれない」と夏バテに苦しむ人は少なくはないだろう。

そんな時に気をつけたいのが、水の取り方。
せっかく水分をとるならば、自分の体にあった水の摂り方をしたいものだ。

東京医科歯科大学名誉教授・藤田紘一郎氏著『水と体の健康学』には、
人それぞれの体質にあった効果的な水の摂取方法を提唱している。

なかでも目を惹くのは、血液型別の「体に合う水・合わない水」。
どうしても「本当に血液型で体に合う水に違いが出るのか?」と疑問に感じてしまうが、
藤田氏によれば、血液型によって、その人の免疫力は生まれつき異なるため、
血液型によって、人の性格や体が欲するものに違いが出てくると考えられるという。
          

たとえば、O型は、梅毒にも結核にも強い強靭な免疫の持ち主であるため、
平気でセックスができるし、人ごみに出ることにためらいも感じないアクティブな性格の持ち主が多い。

B型も強い免疫力を持っているが、肺炎や結核、食中毒には弱いという特徴がある。

そんなO型やB型は、元々免疫力が強く、病気になりにくい体をもっているため、
アルカリ性の軟水を毎日飲み、新陳代謝を向上させるのがオススメだという。

一方、日本人にもっとも多いA型の人は免疫力があまり強くないため、
ストレスに弱く、糖尿病や脳梗塞、心筋梗塞になりやすい。
だから、カルシウム含有量の多い硬水を飲むと、免疫力向上につながるという。

もっとも免疫力の弱いのは、AB型。
疲れやすいタイプが多いため、抗酸化力の強い水、ときには炭酸水を飲んで冷え性や肩こりなどの疲れを癒し、
硬度の高い水を毎日飲み、積極的に、病気になりにくい体づくりを心がけるといいらしい。

免疫力が弱い人ほど、硬度の高めの飲料水を摂取するといいという。・・》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
          

私はこの記事を読んで、生まれて初めて血液型別に免疫力が差異がある、と学んだりした。

私は何かとプラス思考の上、母の遺伝を純粋に受けたらしく、男の癖におしゃべりとなり、
血液型はB型となっている。

そして私は家内はもとより、ご近所の奥様、ご主人など明るく大きな声で談笑したりしている。

そして家内はA型の性格を忠実に受けたらしく、洗濯、掃除、料理など徹底的にして、
死語となった昭和妻の役割をして、何かと家の中でくつろぐことが好きなタイプとなっている。

今回の記事で、《・・B型は、元々免疫力が強く、病気になりにくい体をもっている・・》と学び、
私は天上の人となった祖父、父、母から、今でも保護され、
そして幼年期に農家の三男坊として育ったので、八百万(やおよろず)の神にも守られている、
と微笑んだりした。
          

しかしながら家内は《・・日本人にもっとも多いA型の人は免疫力があまり強くないため、
ストレスに弱く、糖尿病や脳梗塞、心筋梗塞になりやすい。・・》と知り、
私は瞬時に憂(うれ)いたりした。

家内は家内の両親の初めて児であるうえ長女であり、
責任感、几帳面な言動が多いので、ストレスを感じやすい、と私は思いめぐらしたりした。

私は家内のストレス解消は、38年ばかり寝食を共にしてきた結婚生活の中、
幾たびも対処してきたが、家内が糖尿病や脳梗塞、心筋梗塞になることは、勘弁してほしい、
と思ったりした。

私はこの世で一番気楽に談笑できる家内であり、
我が家はふたりで一人前、とお互いに自認しているので、
大病すれば何よりも困苦する、と私は動顛さえ感じられたりした。

しかしながら家内の自助努力、そして私の思いやりの言動は必要であるが、
こればかりは天上の神々の采配に寄る。
          

そしてB型の私は、《・・アルカリ性の軟水を毎日飲み、新陳代謝を向上・・》と教示されたが、
幼年期は生家の井戸水で育ち、ここ60年は水道水を飲み、煎茶などで愛飲してきた。
そして外出時は、ペットボトルの煎茶を何かと飲んだりしている。

今頃になって、アルカリ性の軟水が良い、と学んでも、
70年ばかりの習慣は変えられないなぁ、と私は苦笑したりしている。

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70過ぎたら、おカネがどんどん出ていく老後の不安を学び、私は溜息を重ね悲嘆し・・・。

2015-08-17 15:49:48 | ささやかな古稀からの思い
私は2004年(平成16年)の秋、ある民間会社に35年近く勤めて定年退職後、
多々の理由で年金生活を始め、早や11年目となり70歳の身であり、
家内は私より5歳若く65歳となっている。

私たち夫婦は38年寝食を共にしてきた結婚生活の中で、幾重かの人生の荒波を乗り越えてきたが、
ここ10年の年金生活は安楽の日々を過ごしてきた。

こうした中で私たち夫婦の年金生活を、ご近所の方の奥様たちが見かけて、
あなたたちはお若いわ、と社交辞令のお世辞を頂くこともある。
          
私たち夫婦は、子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
長き結婚生活の中に於いて、最大の誤算となっている。

私は何かと母の遺伝を受けたらしく男の癖におしゃべりなので、
家内と結婚前に交際していた時から、
私は家内に対して、XXちゃん付けで呼んだりしている。

そして私たち夫婦は語り合うことが多く、旅先の宿泊の食事処で、会話のないご夫婦を見かけると、
私は幾たびか驚いたりしてきた。
          

そして世の中の多く人たちから、人生の3大支出は教育資金、住宅資金、老後資金と言われたりしているが、
たまたま我が家は子供の「教育資金」は不要となったので、
定年した直後から年金生活を開始できたことも事実である。
       
もとより子供がいれば、圧倒的に育てる喜びもあるし、子供の笑顔に何よりも癒(いや)されるし、
ときには苦渋することもあると、知人たちから教えられてきたが、
無念ながらこうしたことの体験は、私たち夫婦は欠落している。
          
そして果たしていつの日まで、もとより子供にも頼ることができない私たち夫婦は、
ささやかな日々が続くのだろうか、と私はよぎることもある。
          


本日の午前中のひととき、ときおり雨が激しく降るので、買物と散策を中止し、
私が愛読している講談社の基幹サイトのひとつの【現代ビジネス 】を見たりした中で、
【老後の不安が止まらない……予期せぬ出費が次々あなたに襲いかかる】と見出しされ、
副題として【70過ぎたら、おカネがどんどん出ていく【前編】】と明記されていた・・。

もとより私も70歳の身であり、クリックして読みなから、幾たびか溜息を重ねて、悲嘆させられた・・。

この原文は『週刊現代』の2015年8月8日号に掲載された記事であり、
無断ながら記事を転載させて頂く。

《・・真面目に働き、この国の高度成長を担ってきた。
現役時代にこつこつ貯めたカネと年金で、老後は安心して暮らせると思っていた。
それなのに、ああ、なぜこんなに財布の中身が不安で仕方がないのか。
          

◎まとまった出費はないのに

「当たり前の生活をしてきたと思うんですが、なんでこんなに経済的に困るんだろうと思いますよ。
車も軽自動車に乗りかえましたし、外食などしばらくしていません。

娘にマンションの頭金をいくらか出してくれないかと言われたときには、妻と一晩徹夜で話し合いました。
相手方(娘の夫の実家)の手前もあって、結局300万円出したのですが、
それは万が一の際にとっておこうと思っていた資金でしたから……」

埼玉県在住の田山恒和さん(72歳・仮名)は、苦しい胸の内をこう語る。

日本は「70歳まで現役」の時代に突入したとされ、
OECDの統計でも、日本人男性の実効退職年齢は69・1歳に達しているとされる。

ところが、長い年月働き続け、ようやく真のリタイアを迎えた、
70歳以降の人々から、いま「カネがどんどん減っていき、不安で仕方がない」、
「予期せぬ出費で苦しく、悠々自適の老後にはほど遠い」といった声があがっている。

とりたてて派手な生活をしているわけでもないのに、
気づけば、貯金が底をつくのではと心配するハメになっている。
70過ぎてからおカネがどんどん出ていく原因とは、いったい何なのか。
          

冒頭の田山さんは、大学卒業後、中小の機械部品メーカーに就職して約40年間、経理畑を歩んできた。
60歳での定年後も再雇用され、68歳まで仕事をつづけた。

月々の収入は基礎年金と厚生年金を合わせて夫婦で23万円弱。
60歳の定年時に退職金が約900万円出たが、
自宅ローンの残金を返済したため、大きく目減りした。

68歳の時点で、現役時代からの蓄えと合わせて2000万円の預貯金があったものの、
前出の娘夫婦のマンション購入を助けた件もあり、すでに1600万円を割り込んでいる。


「まとまった出費はしないように気を付けていますが、ダラダラとカネが出ていくんです。
たとえば医療費。幸い夫婦とも大病はしていませんが、私は高血圧と軽い狭心症、女房には糖尿の気があって、
近所の病院に月に1~2回、お世話になっている。

その診察と薬の費用を見ると、私は月約8000円、女房は最近、歯の治療もあって約2万円払っています。
3歳年下の妻は今年70歳になりますが、健康保険の制度が変わったので、
私が1割ですんだ自己負担が、2割になる。
ただ自己負担の限度額を超えているから、結局は月1万2000円になるのかな」
          

◎想定外のペットの費用

これなどはまだ想定の範囲内だった。
だが田山さんは家計を見直して、意外な出費に驚いた。その一つがペットの費用だ。

「犬を飼ったら散歩をするから健康にもいいなどと考えて、70歳を目前に柴犬を飼い始めました。

孫たちも中学生になって塾通いが忙しくて、休みでもなかなか会いにきてくれない。
とくに女房にとってはその代わりというのもあるんでしょう、
犬を大いに可愛がっているんですよ。

しかしね。私たちが子供の頃とはちがって、いまどきの犬にはカネがかかるんだ」(田山さん)

エサなどは自分たちの食事を分ければいいと思っていた田山さん。
だが獣医に「人間の食事では塩分過多になる」と止められ、ドッグフードを買うことに。

予防注射などで動物病院に通うと、他の飼い主から
「犬も長生きするようになって、がんや歯槽膿漏、認知症で通院することが多い」と言われた。

散歩で出会う他の飼い主の手前もあり、おしゃれな首輪や犬用の服まで買った。
気づけば出費は年間約10万円。

「犬に罪はないが、これが10年、15年続くと思うと気が重い」(田山さん)
          

◎もう一つ気になっているのは、妻が通う市のスポーツセンターの費用だ。

「温水プールやランニングマシンのある部屋があって、いい施設なんです。
65歳を超えると利用は基本タダですし。ただ、女房はそこにある、大浴場にも必ず行くんだな。
するとロッカー代なんかも入れて、毎回400円近く取られてしまう」

糖尿病の悪化を避けたい気持ちもあり、妻は3日とあげず通っている。
民間施設より格安なのはもちろんだが、それでも月約6000円の出費だ。

「『温泉にも行かないんだし、それくらいは』と女房は言う。
私だって、たまには旅行くらい行きたいですよ。
しかし、いまの生活でも、なんだかんだで月4万円は赤字なんだ。年間50万円弱でしょう。

我々があと20年間、大病もせず、介護の費用もかからずに、同じ生活を続けられたとしても、
貯蓄を1000万円食いつぶすわけです。

70過ぎたら、もうまとまった収入なんてないですからね。
犬を捨てるわけにはいかないんだから、女房には大浴場通いを減らしてもらわないと……」
          

◎思わぬ「税金」が負担になる

介護問題やリタイア後の生活事情に詳しいNPO法人「二十四の瞳」の山崎宏代表は、こう話す。

「いまの子育て世代は、かつてと違って子供の塾や習い事で手いっぱい。
さらには伴侶に先立たれるなどして、家族とコミュニケーションする機会が少なくなり、
70過ぎから『毎日、何をして過ごそう』と悩む方は多いんです。

初めはおカネのかからない公共の図書館や公民館に通う人も多いのですが、
それに飽きてしまうとパチンコに行く人が増える。
親類が気づいたときには、知人から借金までしてパチンコ漬けになっていたと相談を受けたこともあります」

また意外な出費につながるのが、生涯学習の勉強会や地域のカラオケの会などだという。
それ自体にかかる費用は少なくても、
同好の士と意気投合して『今度旅行に行きましょうか』といった話になりやすい。

だからといって、出費を警戒しすぎ、自宅に引きこもるのもつまらない。
現役時代以上に、財布との相談が重要になってくるのだ。
          

一方、意外な「税金」が家計の足かせになっているという人もいる。
東京・練馬区在住の早川隆弘さん(74歳・仮名)は、島根県出身。

実家を継いだ兄夫妻の子供は早くに亡くなり、
3年前に兄が死去すると実家の土地や畑が「転がり込んできた」(早川さん)。
地方の山間部で相続税も安く、何の警戒もしないままに相続したという。

「ところがこれが曲者だった。不動産屋に相談したら、
『山奥の土地なんて、いまどき売れません』とけんもほろろ。
隣近所に直接、話を持ちかけてみたけれど、どこも私以上の高齢者ばかりで、誰も買ってくれない」

売れないだけならまだしも、この土地は意外にカネを食った。
支払う固定資産税は毎年4万円近い。

盆暮れの挨拶に年2万円ほどの品物を送って、
道路際の草をむしってもらっている近所の住人からは、
「建物が朽ち始めて不用心だから、取り壊したほうがいい」と電話があった。

解体業者に問い合わせると、山間部にまで入っての作業になるため割高となり、
百数十万円かかると言われた。

「まさに踏んだり蹴ったりですよ。
こんな負の遺産を息子にまで継がせたくない。私の代でどうにかしないと」(早川さん)
          

相続対策を進めようとして、かえって意外な出費に驚かされたという人もいる。
東京・三鷹市在住の菅原利一郎さん(78歳・仮名)は、こう話す。

「うちの周りは、都内とは言っても、ひと昔前まで畑ばかりだった。
それで、大した資産家だったわけでもないんですが、私の父が買った土地が150坪近くあるんです。

これについて、息子二人が『最近は近所が開発されて地価が上がったから、
そのまま相続するのはきつい』という。

彼らがあれこれ考えて、賃貸併用住宅というのを建ててくれという話になった。
小さな自宅とアパートが合体したようなものですよ。

それをやると、100坪以上あるような土地でも相続税の控除が受けられる。
しかも、『オヤジには家賃が入るから、一石二鳥だ』なんて調子のいいことを言っていたんです」

息子たちの言う相続税の控除とは、「小規模宅地等の特例」のことだ。
居住用の土地であれば、330m2(約100坪)までが小規模宅地とされ、評価額が8割減額される。

100坪超ではこの特例は適用されないが、
賃貸住宅を併設すれば居住用+貸付事業用の宅地という扱いになり、
100坪を超える土地でも控除が受けられる。

さらに賃貸住宅と一体化した自宅の場合、建物の評価額にも控除がある。
          

「だけどね」と菅原さんは腹立たし気にこう語る。

「私たち夫婦も確かに歳だし、自宅をバリアフリーのリフォームくらいしてもよかった。
補助金も受けられて大々的にやっても数百万円程度ですよ。

ところが息子たちがいざ業者を連れてきたら、賃貸併用住宅を建てるのに、
あれやこれやで8000万円近くかかるという。
この歳で私が土地を担保に、息子と25年の『親子ローン』を組まされるんだ。

住宅メーカーは、家賃は計算上、手取りで月40万円弱入りますよ、
それも10年保証ですよ、などと言うけれども、
よくよく聞けば家賃は実情に合わせて引き下げるという。

日本の人口が減っている時代に、将来の家賃収入なんてあてになりませんよ。
まあ、妻までが言いくるめられて、それが時流だというから、しぶしぶ承知しましたけどね……」
          

ローンを少しでも減らそうと、預貯金から1000万円近くを払った。
「土地から現金収入が入っても、これでは何をしているかわからない」と菅原さん。

自宅を片付けている間に、妻は転んで足を骨折した。
「打ちどころが悪かったら寝たきりになったかもしれん。
そしたら家賃収入なんか介護ですぐに消えちまいますよ」と不満はつきない。

「だいたいね、古臭いかもしれないけど、息子たちもいい大人なんだ。
『父さん母さん、今までありがとう』
とリフォーム費用でも出してくれるというのが当たり前ってもんでしょう。

それを、相続税が高いからどうのこうのと。
相続税を払うのはお前たちで、父も母も先に死ぬんだ、好きにしろと言いたいですよ。
しかし、妻がね。息子たちは給料も昔みたいには上がらないのよ、
年金ももらえないかもしれないのよと言うもんだから……」
          

◎「墓じまい」で200万円
さらに、人生最終盤での思わぬ出費に目を丸くする人もいる。
東京・杉並区在住の高野まり子さん(76歳・仮名)は、三重県にあった実家の墓で、思わぬ出費に襲われた。

「もう田舎には親類もいなくて、お墓があるだけでした。
私もいい歳だし、田舎に縁も感じていない娘たちにお墓参りに行ってもらうわけにもね」

そこで「墓じまい」をして代々の遺骨を引き取り、東京の霊園に改葬しようと考えた。
墓のある寺に相談をすると、
「それなら離檀料100万円、墓の撤去や整地でさらに100万円」と言われたという。

離檀料とは檀家をやめる挨拶金といった意味合い。
近年の経営難もあって、高額の離檀料を請求する寺院もあり、トラブルが増加している。

ファイナンシャル・プランナーの横川由理氏は、
「離檀料の金額に法的規制はなく、寺院が自由に設定できますが、
あまりに高額な離檀料は払わなくてよいという判決も出ています」と話すが
高野さんには法廷闘争をする気力はなかった。

懐事情を話して180万円にまけてもらい、墓を移した。

「その出費がなければ、東京に『ここがいいな』という霊園もあったんですが……
結局、もっと安いところで永代供養の墓所を探して納めました。
私もそこに入ります」
          

医療費、ペット、人付き合いでの出費、固定資産税に相続対策、そして墓……。
意外な出費には大小あるが、小さいものも積もれば山となり、貯蓄を目減りさせていく。

いったいどうすればよいのか。・・》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
          

私は民間会社のこの当時は大手企業に何とかし中途入社できたのは、1970年(昭和45年)の春であり、
まもなく分離独立した会社が設立され、私は転属させられて、
この中小業の会社に35年近く奮戦し、2004年(平成16年)の秋に定年退職した身である。

そして最後の5年半はリストラ烈風の中、あえなく出向となり、やがて出向先で定年を迎えた。

日本は長年、大手企業数は1%で、中小企業数は99%の実態の中で、
大手企業と中小企業の企業間格差について『7・5・3』があり、
大手企業に対し中小企業は、月給が7割、賞与5割、退職金は3割、と一般的にそれぐらいの差がある、
と伝えられきた・・。

私は中小業の会社に勤めて、この間に幾たびのリストラの中、
何とか障害レースを乗り越えて、定年を迎えることができたので、敗残者のようなサラリーマン時代を過ごした。

このように私のつたないサラリーマン時代であり、もとより一流大学を卒業され、大企業、中央官庁などに
38年前後を邁進し栄達されたエリートとは、遥かに遠い存在である。

このように悪戦苦闘の多い中で、敗残者のような状況であったので、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたく、その直後から年金生活を始めた・・。
          
          
私は定年退職する数年前の頃、経済にも疎(うと)く、
信愛している経済ジャーナリストの荻原博子さんなどの数多く著名人の寄稿文を読んだりした。

こうした中で、デフレ経済の蔓延している中、公的年金を受け取りながら堅実に年金生活をし、
預貯金が3000万円あれば、少しづつ取り崩して生活すれば、少しはゆとりのある年金生活ができる、
と学んだりした。

そして世の中の多く人たちから、人生の3大支出は教育資金、住宅資金、老後資金と教示されたが、
私たち夫婦は無念ながら子供に恵まれなく、「教育資金」は不要となったので、
少し多めの預貯金ができたこともあり、定年した直後から年金生活を開始ができたのも確かなことである。

我が家の生計は原則として、私たち夫婦はお互いに厚生年金とわずかな企業年金を頂いた範囲で、
日常生活を過ごすことを原則としている。

そして耐久品の購入、冠婚葬祭、そして私たち夫婦の共通趣味の国内旅行に関しては、
程々の貯金を取り崩して、ここ10年ささやかな年金生活を過ごしてきた・・。

やがて大病したりした後、介護の身となれば、お札が飛んで行くような生活になっている、
と上司だったひとりから、私は教えられたりした。
          

平穏な年金生活でも、今回の記事ような出来事になると、老後のささやかな人生設計も、
大幅に修正を余儀なくされることに、幾たびか溜息を重ね、悲嘆している。

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