夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

100円ショップで買えるものだけで「万能しみ抜き剤」ができる!、年金生活の我が家の朗報?!・・。

2017-11-30 14:37:17 | ささやかな古稀からの思い

先程、小学館が発行するトレンドマガジン「DIME」が運営している
公式サイト【 @DIME(アットダイム)】を見ている中で、

『 100円ショップで買えるものだけで「万能しみ抜き剤」ができる!』と見出しを見てしまった。

私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、築後39年を過ぎた古ぼけた一軒屋に住み、ささやかに過ごしている。
      
こうした中で、昼食はお互いに束縛することなく自由食としているが、
朝食と夕食はお互いに共にしながら居間
の食卓テーブルで頂いている。

私は亡き母の遺伝を素直に受け継いだ為か、男の癖におしゃべりで、
こうした食事の最中でも、何かと家内と談笑したりしている。

しかしながら、恥ずかしながら私が65歳を過ぎた頃から、
おしゃべりに夢中で、食べこぼしをする時もあったりしてきた・・。

たとえばご飯粒ひとつ、つくだ煮など、食べ終わった後に気付き、
私はフーロニングの床をテイーシュペーパーで拭い取ったりしている。

或いはスポーツシャツに、お醤油のしみを付けたりした。

こうした時、家内からは『いやあねぇ・・しみ抜きは大変なのょ・・』
と家内から苦言されている。

或いは外出着のブレザーなどで、懇親会に出席し、やがて二次会も交遊を深めたり、
帰宅後に、わずかなしみが付いてしまった時もあり、
やむなく私は最寄のクリーニング店に持ち込んだりしてきた。

こうした恥ずかしい体験を重ねてきた私は、100円ショップで「万能しみ抜き剤」ができる、と知り、
こっそりと学びたく、記事を精読してしまった。

          

この記事は、【 @DIME(アットダイム)】に於いて、2017年11月30日に配信された記事で、

私はトレンドマガジン「DIME」をときおり購読しているよしみに甘えて、無断であるが転載させて頂く。

 《・・100円ショップで買えるものだけで「万能しみ抜き剤」ができる!

なかなか落ちない衣類のシミ。
うっかりこぼした、しょうゆや、落とした油性ペンが、
お気に入りの服についてしまってブルーな気分を味わった経験は、誰しもあるはず。

近所のクリーニング店に頼んでも、完全には落ちなかった体験から、
「シミは落ちないもの」と考えている人も多いだろう。


ところが、100円ショップで買えるものだけで、
万能に近いシミ抜き剤ができると教えてくれるのが、
茨城県でクリーニング店を営む横倉靖幸さん。

店では、年間5千着以上のシミ抜きを請け負い、シミ抜き講師もこなす、まさにシミ抜きの達人。


横倉さんの考案したシミ抜き剤は『魔法水』と呼ばれるが、
材料は安く簡単に入手でき、作り方も簡単。


<用意するもの>

・液体酸素系漂白剤(粉末漂白剤は、生地を傷めることがあるのでNG)

・食器用中性洗剤(除菌効果をうたうものは、色落ちのおそれがあるのでNG)
・重曹

どれも、近所の100円ショップやスーパーでふつうに買えるものでOK。

<魔法水の作り方>

1. 小さめのボウルに、酸素系漂白剤小さじ3を入れ、重曹小さじ1を加える。

2. さらに食器用中性洗剤を3滴加える。

3. 歯ブラシの毛で軽く混ぜ合わせる。これで完成。

効果が落ちたり、色落ちする可能性があるので、分量は厳守する。
また、酸素系漂白剤と重曹が化学反応するときに、
シミを落とすので、混ぜ合わせは5周程度に。
そして、3時間で使い切ること。


拍子抜けするほど簡単にできてしまうものだが、
実際のシミ抜き作業は、汚れの元によって微妙に異なるので、注意が必要。

例えばミートソースのシミは、
まず水で薄めた食器用中性洗剤を叩きこんでから、魔法水をつけるが、
汗ジミの場合は、スクラブ剤を使うなどといった違いがある。

なお、黒カビやマニキュアなど、
業者用の特殊な漂白剤や溶剤でないと落ちないシミもあるので、
こうしたものはクリーニング店で相談を。

そうした細かい作業工程や留意点については、
横倉さんの監修した近刊ムック『魔法水でシミが落ちる!』(扶桑社)で説明されているので、
詳細は本書をお読みいただくとして、今回は、ベーシックなしょうゆのシミ抜き手順を紹介しよう。


1. タオルを敷き魔法水をたたき込む

シミの下にタオルを敷き、歯ブラシに魔法水をつけ、シミの上から軽く押しつけるようにたたき込む。
横にこすると繊維を傷めるのでNG。


掲載された写真をお借りしました。


2. タオルをずらしながら繰り返したたく


タオルに移ったシミと生地が重ならないよう、タオルの位置をずらし、同様にたたき込む。
タオルに色移りしなくなるまで、繰り返す。


3. 水でよくすすぐ

水の中にシミ抜きした部分を浸し、泳がせるように揺らしてよくすすぐ。
その後すぐ、普段どおりに洗濯する。


『魔法水でシミが落ちる!』では、魔法水を活用したシミ抜きだけでなく、
日常的な洗濯機や手洗いでの洗い方、干し方やアイロンがけのコツなど、
意外と知らない知識が詰まっている。

今まで、「これでいいのかな?」と一抹の不安を持ちながら、
洗濯機に全部放り込んで済ませていた人は、特に目からウロコなので一読してみよう。


監修者:横倉靖幸さん、画像提供/扶桑社、文/鈴木拓也・・》

 注)記事の原文に、あえて改行を多くした

          

私は記事を読み終わった後、こんなに簡単に、しみ抜きが出来るなんて・・と驚き、
年金生活の我が家として、朗報だよねぇ、と微笑んだりした。

私は平素の買物は家内から依頼された品を求めてスーパー、専門店に行く買物メール老ボーイであり、
100円ショップで、今回紹介して下さった《しみ抜き》に関する備品を買い求めよう、
思案したりした。

そして実質《しみ抜き》の作業は、家内の方がベテランだし、
私は過ぎし年から《しみ抜き》を終えた家内には、床に伏して詫びながら感謝をしてきた。

これから《しみ抜き》に関する備品を購入後、
貴方が、しみを付けたんだから、あなたが《しみ抜き》をしなさい、と私は家内から宣言されても、
複雑に思いで、微苦笑したりしている。


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脳のために「やってはいけない」NG行動の8大要素、高齢者の男性の私は、こっそりと学び、やがて微苦笑を重ねて・・。

2017-11-29 15:52:57 | ささやかな古稀からの思い

先程、私は愛読しているネットの『プレジデントオンライン』を見ている中、
【 脳のために「やってはいけない」NG行動8
          「ひらめき」にはスマホは邪魔 】と見出しを見たりした。

私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、築後39年を過ぎた古ぼけた一軒屋に住み、ささやかに過ごしている。
      
こうした中で、私は無念ながら体力の衰えを実感したり、物忘れも多くなり、
もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
いつの日にか認知症、脳梗塞など、そして寝たきりなどに遭遇したら、私自身は困窮する。

こうした対策として、毎日のように自宅から3キロ以内の周辺にある遊歩道、小公園などを
ひたすら歩き、ときおり大股で歩いたり、或いは足早に歩くことが多くなっている。

こうした深情を秘めている私は、ボケたら困苦するので、脳のために「やってはいけない」NG行動8、標題に、
どのような行動を避ければよいの・・と思いながら記事を精読してしまった・・。
       
この記事は、蓮池 由美子 さんの寄稿文であり、
総合情報女性誌の『プレジデント ウーマン 』の2017年8月号
に掲載された記事のひとつであり、
関連のネット【WOMAN】に2017年11月28日に配信されていた。

私は高齢者の男性であるが、脳に関しては、男女の差は超越するよねぇ、と思いながらも、
恥ずかしさもあり、こっそりと学んだひとりで、無断ながら転載させて頂く。

《・・脳のために「やってはいけない」NG行動8
           

脳は1時間単位で、発揮する能力が変わる。

作業療法士の菅原洋平さんは、
「脳の仕組みを把握し、脳の時間を制する人が、仕事も制する」と語る。

ポイントはなにか。
脳のコンディションを狂わせてしまう“やってはいけない”行動について、
菅原さんが「8つのNG行動」で具体的に解説する――。


☆残念脳をつくる「やってはいけない」リスト

・3時間寝だめするのは、逆効果
・夜食べる甘いおやつに、ご用心
・夕方は眠くなっても、目を開けて
・ベッドとは「寝るところ」だと心得よ
・パソコンに付箋を貼ると非効率!?
・「ちゃんとやる!」っていったい何を?
・スマホなきトイレに、神は舞い降りる
・インナーの安物着れば、脳が泣く

「この8つのNG行動は、ついやってしまう人が多いと思いますが、
すべて、脳のコンディションを崩す誘因となります」と菅原洋平さん。

           
 

まずは寝だめ。
「休日の起床時間がズレればズレるほど、頭痛はひどくなります。
週末の寝だめは3時間を超えると、逆効果になることを知りましょう」

夜甘いものを食べるのもNGだ。
「夜、むやみに糖分を摂ると、生体リズムはズレやすくなります。
糖分は、夜より朝に摂取したほうが有効的。
リズムも修正してくれます」


☆「ここで寝たらもったいない」が大切

夕方の昼寝も気をつけて。
「帰宅時間である夕方は、最高体温の時間に入っているので、絶対に寝てはいけません。
起きている時間が長いほど、深く眠れることを忘れずに、
“ここで寝たらもったいない”と思うことが大切」

寝る場所にも、注意が必要。
「ベッドはあくまで眠る場所。
眠くないのにベッドに入って、横になるのはやめましょう。
睡眠と休息の場所を分け、脳に記憶させます。絵本の読み聞かせもNGです」

「パソコンに付箋を貼るのは、国語の勉強をしている子どもの前で
算数の教科書を見せるのと同じこと。

視野に入ると、脳は“これをいつやるかな”と考えながら、
今の作業を進めることになるので、効率が下がります」

☆脳は抽象的な言葉も苦手です。

「“ちゃんと”や“しっかり”など抽象的な言葉はNG。
脳は具体的な言葉で伝えないと行動できないので、
“議事録を書く”など、具体的な言葉にして指令を伝えましょう。

“やらなきゃ”ではなく、“やる”です。
また、“できない”も過去のできなかった記憶を引っ張り出してしまうNGワードです」


☆あなたの些細な行動が、脳に思わぬ影響を及ぼす

忘れないようにとやっていることが脳を疲れさせる?

「パソコンに付箋を貼るのは、国語の勉強をしている子どもの前で、
算数の教科書を見せるのと同じこと。

視野に入ると、脳は“これをいつやるかな”と考えながら、
今の作業を進めることになるので、効率が下がります」


☆ひらめきを得たいのであれば、スマホは邪魔

ものによって脳の働きが左右されることも。

「お風呂やトイレは、ひらめく場所。
ひらめきを得たいのであれば、スマホは邪魔になります。

また、女性は触覚が重要。
触覚だけは遮断できず、常に脳に情報として送られてしまうので、
不快なインナーを着るのはやめましょう。

また、タオルにこだわると、お風呂=面倒という記憶も消えます。
肌触りのいいものに触れることと、脳の働きが関係することを知りましょう」

些細な行動が、脳に思わぬ影響を及ぼすことを忘れずに。
日々のパフォーマンスを上げるためにも、できることからスタートしてみては。

(編集=相馬留美)・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした
                  

記事を読み終わった後、若き女性向けの内容であるが、高齢者の女性でも男性でも、
日常生活を過ごす中、共通するよなぁ・・と思い、私は多々教示されたりした。

『寝だめ』に関しては、現役サラリーマン時代には、数多くの男性と同様に、
大半は睡眠時間を削り奮闘して、休日の時は寝だめをしてきた。

しかし年金生活になると、ここ数か月は布団にもぐるのは、真夜中の12時前後であり、
目覚めるのは朝の6時半過ぎが多くなっている。

そして現役サラリーマン時代だった時と違い、悩みは激少している為か、
たとえ震度3ぐらいの地震でも、 目覚めることなく熟睡しているので、
『寝だめ』の習性から遠ざかっている。

 
『夜食べる甘いおやつ・・』に関しては、私は夕食後はお菓子などは食べない習慣が、
二十歳以来からなくなっているので、対象外である。

『夕方は眠くなっても、目を開けて、そしてベッドとは「寝るところ」だと心得よ』に関しては
私は苦笑してしまった・・。

時折、私は深夜まで読書をしていた時は、目覚めた時は少し眠いが、
やはり朝の6時半過ぎ、人生は気合だ、と心の中で呟きながら、起床したりしている。

こうした時、昼食後まもなく、二階の寝室に行き、
布団の中にもぐり、本を読みながら、まもなく寝てしまう・・。
          
やがて一時間半過ぎた頃、ぼんやりと目覚め、まどろみながら、
この世で何より倖せ・・と感じながら甘受したりしてきた。
             
何よりも昼寝ができることは、私は現役サラリーマン時代には叶うことが出来なかったので、
夢のような甘受のひとときとなっている。

          

『パソコンに付箋を貼ると非効率!?』に関しては、ときたま私も貼ってしまう・・。
家内からテレビ番組の録画を依頼された時、パソコンの画面の横にあるフレームに、
付箋に時間、チャンネル番号、番組名を書き、貼って、ミスがないように実施してきたりしている。

『「ちゃんとやる!」っていったい何を?』
私は何かと単細胞の為か、家内に少しボケかと思われない為、
若き自衛隊の諸兄に負けないように、元気な声で言ったりしている。

たとえば我が家の戸締りの責任者は、もとより主(あるじ)の私である。

こうした中、夜の9時過ぎには、玄関、台所、お風呂場などを点検する時、
『ハイ、OKです!』
と指差し確認し、元気な声で言ったりしている。

この後、居間でテレビを視聴しているか、雑誌を読んでいる家内に、
『戸締り・・終了致しました!』
と私は家内に報告したりしているのが、年金生活の当初からの習性となっている。


『スマホなきトイレに、神は舞い降りる』に関しては、
私は恥ずかしながらガラケーと称される携帯電話、
そしスマホと省略されているスマートフォンも使えない拙(つたな)い身である。

その上にフェイスブック、ツイッター、そしてモバイルパソコンにも無縁であり、
やむなくインターネットは固定回線の光ファイバーの『フレッツ』を頼りに、
せめてと思いながら、有線の据え置き型のパソコンとノートパソコンを利用している。
          
このように無線のモバイル情報機器に、遠い世界の出来事のような思いながら、
稀(まれ)な時代遅れの国民のひとりとなっているので、対象外である。

『インナーの安物着れば、脳が泣く』に関しては、
私は肌着、パジャマは、家内に引率されてスーパーの売り場で、
私が知っているメーカー品を長年買い求めたりしている・・。

たとえば肌着の長袖シャツなどひとつとして、野口英世さんのお札一枚に
わずかに御釣りが来るのを愛用し、年金生活に相応しいょ、と私は微笑んだりしている。

このように記事を読みながら、私は感じたりして、微苦笑を重ねてしまった・・。

         

 そして特に私は教示されたことは、《・・お風呂やトイレは、ひらめく場所・・》であった。
確かに、デジカメの技術に未熟な私は思案したり、ブログの文章など思案し、
都心の懇親会に行き時、どのような服装で行くか・・多岐に及び考えたこともあり、
そうですよねぇ・・と同意させられたりした。

何はともあれ、今回、脳のために「やってはいけない」NG行動の8大要素を学び、
ボケるのを怖かったなら、不言実行しなさい、もうひとり私から叱咤激励をされている。


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都心の郊外に住む私は、まもなく錦繍(きんしゅう)に別れを告げて、乙女心のように溜息をして・・。

2017-11-28 14:31:51 | ささやかな古稀からの思い

私は東京の世田谷区と狛江市に隣接する調布市の片隅の地域に住んでいる老ボーイの身であるが、
過ぎし3日の『文化の日』の頃から、あまたの落葉樹の葉は、朱色、紅色、黄色などに多彩に染め始め、
やがて11月23日の『勤労感謝の日』の頃になると、
周囲一帯までは朱色、紅色、黄色、茶褐色などに染められる錦繍(きんしゅう)の情景となっている。

私が今住んでいる近くに生家もあり、私自身としてはこの地域に住んで、
結婚前後5年を除き、早や68年が過ぎている。

そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭に古ぼけた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

こうした中、私たち夫婦はお互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごし、早や14年目となっている。

平素の私は、午前中のひとときは、家内から依頼された買物でスーパーなどに独りで行く買物メール老ボーイであり、
帰宅後も、私は独りで自宅の3キロ範囲にある遊歩道、小公園を散策している身でもある。

ここ4週間前の頃から、いつもように私は周辺を散策していると、
あまたの落葉樹の葉は、恥ずかしげに色合いを染め、スキップしたくなるような心情で散策をしてきた・・。

             
              ☆今回、掲載した写真のすべては昨日の27日に撮った情景である☆

私は1944年(昭和19年)の秋に、この地域で農家の三男坊として生を受け、
地元の小学校に入学したのは1951(昭和26)年の春であった。

この当時の情景は、最寄の京王腺の各駅の商店街はあったが、5分ぐらい過ぎると、
畑の状景が広がり、そして田んぼも広く、それぞれ雑木林に囲まれた広い宅地の中に家があった。

晩秋になるこの時節は、桜(サクラ)、紅葉(モミジ)、ドウタンツツジ、柿(カキ)などが朱色に染められ、
欅(ケヤキ)、公孫樹(イチョウ)、梅(ウメ)、コナラ、クヌギ、ユズ等が黄色の色合いとなっていた。

小学生の私は、祖父、父の交流のあった旧家の10数軒のお宅を寄ったりしたが、
殆どこのような樹木が圧倒的に多くあったのである。

私の生まれた家の庭先でも、桜(サクラ)以外はこのような情景であった。

                       
                  
私は中小業の民間会社に35年近く奮戦して2004年(平成16年)の秋に定年退職後、
多々の理由で年金生活を始めた・・。

しかしながら、この間は幾たびのリストラを何とか通過したが、最後の5年半はデフレ烈風の中、
あえなく出向となったりし、私のサラリーマン人生航路は何かと悪戦苦闘が多かったりした。

そして年金生活の当初は、解放感で高揚し、独りで近所の遊歩道を散策したりすると、
こんなに自由に散歩できるなんて、許されても良いのかしら、
と定年直前までの多忙期を思い重ねたりし、戸惑いながら甘受したりした。

何よりも朝の陽射し、昼下りのひととき、そして夕暮れ時に、
ゆっくりと時を過ごし、苦楽の激しかった現役時代を思いながら、微苦笑を重ねたりした。

こうした時、若き時期に映画、そして文学青年の真似事を敗退した私は、
情念の残り火りのように西行、鴨長明、芭蕉が遺(の)こされた作品に思いを寄せることが多かった。

もとより西行(さいぎょう)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武士・僧侶・歌人であり、
  ねかはくは 花のしたにて 春しなん そのきさらきの もちつきのころ 『山家集』もある。

そして鴨 長明(かもの・ ちょうめい)は、平安時代末期から鎌倉時代にかけての日本の歌人・随筆家。
『方丈記』が代表作となっている。

松尾 芭蕉(まつお ・ばしょう)は、江戸時代前期の俳諧師。
数多い中で私は、旅に病んで夢は枯野をかけ廻る、一句に圧倒的に魅せられてきた。

                       

しかしながらに身過ぎ世過ぎの多い年金生活を数年過ごすと、
日常生活とか幾たびかの旅先に於いては、春夏秋冬の情景、この間の季節のうつろう情景に、
心を寄せて、深めて今日に至っている。

そして人影の少ない遊歩道、小公園などで、今の時節であったならば、
♪秋の夕日に照る山紅葉(やまもみじ)・・・と高野辰之さんが作詞された『紅葉(もみじ)』を、
かぼそい声で唄ったり、心の中で唄ったりしてきた。

                        



昨日も我が家の近くを歩いたり、そして野川の両岸にある遊歩道、そして小公園を歩いたりした・・。

そして錦繍(きんしゅう)も盛りが過ぎて、ここ一週間に風が吹けば、
たちまち数多(あまた)の葉が空中を舞いながら、
やがて地上を絨毯のように、朱色、紅色、黄色、茶褐色などが彩るだろう。

そして落葉樹は冬木立となり、陽差しを受けると初冬の魅了される情景を迎える・・。

このようなとりとめない心情を重ねて、今年も錦繍(きんしゅう)の情景を受容できたことにし、感謝したりし、
来年も・・と思ったりした・・。

しかしながら一期一会のように、こうした情景は再びめぐり逢うことは、ないだろう。

             

こうした根底には、『年々歳々 花相似 年々歳々 人不同・・』、漢詩のひとつを重ねていた。
            
もとより中国の初唐時代の詩人である劉廷芝(りゅうていし)が、
『白頭(はくとう)を悲しむ翁(おきな)に代(かわり)て」と題する詩の第4節ある一節である。

私は東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)の頃に、
小説家・阿川弘之(あがわ・ひろゆき)氏の作品から学んだひとつの詩である。

《・・年々歳々 花相似 年々歳々 人不同・・・》

歳月は過ぎ去ってしまえば、実に早いと感じたりし、
毎年この季節は同じように、錦繍(きんしゅう)が巡って、美麗な彩(いろど)りを見せてくれたが、
この錦繍(きんしゅう)を観賞できる人は変っている・・。

もとより自然の悠久さと人間の生命のはかなさを対峙させて、人生の無常を詠歎した句であるが、
私はこのように解釈しながら、人生のはかなさ、哀歓を若き二十歳の時に、
この詩を学びだし、早くも50数年の歳月が流れてしまった。

             

このようなせんなき思いもしたが、でも今年も錦繍(きんしゅう)にめぐり逢えて良かった、
と乙女心のように溜息をして、私は自宅をめざして歩いたりした。

 
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深大寺、今朝テレビで情景が映し出されて、ささやかな私なりの思いを馳せて・・。

2017-11-27 15:19:55 | ささやかな古稀からの思い

深大寺が、今朝のテレビ番組で突然に情景が映し出されて、思わず視聴してしまった・・。

たまたま私は、家内が家内の母宅に介護に行き、ここしばらく『おひとりさま』の生活をしているが、
朝食後、皿洗いをした後、休憩だよねぇ・・と煎茶を飲みながらテレビをぼんやりと視聴していた。

家内が何かと日頃に視聴しているテレビ朝日の『羽島慎一モーニングショー』の中で、
石原慎太郎さんのご子息である石原良純さんが、定例特集として『良純未来図』があるらしく、
今回は『美しい紅葉に彩られた歴史遺産! 東京・調布市“深大寺”散歩』と題されたのを、
偶然に私は視聴した・・。

私は東京の世田谷区と狛江市に隣接している調布市の片隅に住み、
生家も近く、この地域には結婚前後5年を除き、68年ばかり住んできた。

我が家の近くに野川が流れていて、両岸は遊歩道があり、私は年金生活の身であり、
散策として殆ど毎日のように歩いたりしている・・。

          

そして上流に向かえば、やがて3キロ先には深大寺があり、すぐ近くには神代植物園がある。

過ぎ去る60代までは、私は野川の遊歩道を景観を眺めながら45分ばかり歩き、
深大寺を参拝した後、神代植物園の園内で、少なくとも3時間ぐらいは歩き廻り、季節のうつろいを享受してきた。

定年後は、多々の理由で年金生活を始め、何かと頻繁(ひんぱん)に深大寺、そして神代植物園を訪れてきた。

こうした体験を重ねてきた私は、今回の『美しい紅葉に彩られた歴史遺産! 東京・調布市“深大寺”散歩』を
心情として照れもあるが、視聴した。

内容の詳細は、たまたまネットで公開されている。
http://www.tv-asahi.co.jp/m-show/dailysegments/yoshizumi/20171127/12454
テレビ朝日・公式ホームページ:『羽島慎一モーニングショー』
          ==>『良純未来図』の『美しい紅葉に彩られた歴史遺産! 東京・調布市“深大寺”散歩』

私は深沙大王が祀られている「深沙堂(じんじゃどう)」には、拝観したことはなかったなぁ、
と思ったりした後、過ぎし年に深大寺に関するささやかな想いを馳せたりした。

          
山門からまっすぐに本堂まで歩く間には、『常香炉』がある。


注)たまたま7月に撮った一葉で、右手に『常香炉』がある。

お線香とお賽銭箱、そして大きな火鉢のような器の中に、火が付くようにともしてある。

私は40代の頃は、お賽銭箱に百円玉をひとつ入れた後、お線香を二本頂き、
この大きな火鉢のような器の中に落とすように入れる。
まもなくお線香がたなびくのを、手にすくうように、胸にあてたりした・・。

どうぞ心が清らかになりますように・・と願いながらであった。

やがて60代の多くは、お線香がたなびくのを、胸にあてたりし、
いつまでも健康でいられますように、と念じたりしている・・。

そして昨今は、お線香がたなびくのを、こっそりと頭にあてたりし、
ボケないように、と念じたりしている・・。

この後は、本堂に向い、そしてお賽銭は習性のように123円を入れることが多くなっている。
そして私は、私たち夫婦は健康でいられますように、と真摯にお願いしたりしている。

          


過ぎし年2013年1月2日に月2日に都立・『神代植物園』の帰路、
初詣と思いながら『深大寺』に立ち寄り、
何か記念品と思いながら、境内の片隅みに『破魔矢』とか『おみくじ』の売り場を見たが興味もなく、
こうした中で『土鈴』売り場が見えたので、私は近づいた。

そして白衣に緋袴で巫女(みこ)装束で奉職されている乙女が、
黒髪で清楚なしぐさで、真摯な表情で売り場担当をされていたので、
高校生の中でも突出した美少女だ、と高齢者の私でも確信を深めながら、土鈴の数々を見たりした。

私はこの年の干支の可愛らしい形の巳(蛇)は何かと苦手であるので、
七福神の土鈴の中で『大黒天(豊作・財福の神)』を選定して、たった500円で買い求めた。

そして豊作・財福の神と称せられる『大黒天』については、
寺院の台所の守護神でしたが、庶民の家でも台所を守り
家庭の繁栄をもたらす神として親しまれています、と付記されていたので、
我が家にぴったりだ、と私は微笑んだりしてきた。

そして帰宅後、我が家の居間の片隅みにある、CDケースの上に安置して、
たわむれに記念写真を撮った一葉である。

          

この表面は竹できている文鎮(ぶんちん)の後方にあるのは、
曹洞宗を学ばれた書家・詩人の相田みつをの『日めくり ひとりしずか』であり、
私は定年後の年金生活の中で、毎朝向って、氏の綴られた本日の格言を、心の中で、呟(つぶや)いたりしている。

私はこの相田みつを氏の遺(のこ)された名言を、人生の生きた哲学のように学び、
私の独断と偏見の多い日頃の言動の多い中、 人生の戒(いまし)めとして、日々教示されている。

そして『大黒天(豊作・財福の神)』は微笑んでいるので、
何かしら良いことが招来するのかしら、と余計なことを思ったりしている。

私はテレビの番組を視聴した後、深大寺に関しては、このようなことを瞬時に思い馳せたりした。

          
       
余談であるが、お賽銭123円が多い私は、サラリーマンをしていた時代の中で、
1990年(平成2年)前後の当時、パソコン用の表計算ロータス1-2-3を活用して、多々の管理表を作成して、
社内の多くの方から好評だったので、今でもロータス1-2-3に恩義を感じて、感謝をしているからである。

尚、表計算ロータス1-2-3は、15年前頃まで愛用してきたが、やむなくエクセルで転化してきた。

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「ピンピンコロリ」を実現する5つの習慣、こっそりと高齢者の私は学び、やがて微笑み・・。

2017-11-26 15:42:46 | ささやかな古稀からの思い

先程、私は愛読しているネットの『プレジデントオンライン』を見ている中、
【 「ピンピンコロリ」を実現する5つの習慣
          日本の実態は「不健康長寿国」 】と見出しを見たりした。

私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、築後39年を過ぎた古ぼけた一軒屋に住み、ささやかに過ごしている。
      
こうした中で、私は無念ながら体力の衰えを実感したり、物忘れも多くなり、
もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
いつの日にか認知症、脳梗塞など、そして寝たきりなどに遭遇したら、私自身は困窮する。

こうした対策として、毎日のように自宅から3キロ以内の周辺にある遊歩道、小公園などを
ひたすら歩き、ときおり大股で歩いたり、或いは足早に歩くことが多くなっている。

こうした深情を秘めている私は、「ピンピンコロリ」を実現する5つの習慣、標題に、
どのようにすれば・・と思いながら記事を精読してしまった・・。
       
この記事は、『ピンピンコロリの法則』、『新しい保健医療福祉制度論』など著作されている
首都大学東京名誉教授の星 旦二さんの寄稿文である。

そして総合情報誌の『プレジデント』の2017年9月4日号
に掲載された記事のひとつであり、
関連の【プレジデントオンライン 】に2017年11月23日に配信され、
無断ながら大半を転載させて頂く。

《・・「ピンピンコロリ」を実現する5つの習慣


        

長寿国・日本の現実は、「寝たきり大国」だ。
ほかの国に比べて「ピンピンコロリ」は少なく、「ネンネンコロリ」が際立って多い。

なぜなのか。
そして、「ピンピンコロリ」を実現するための5つの習慣とは――。

日本は世界でも指折りの長寿国として知られています。

しかし、その実態は、最期まで元気に活動して、天寿をまっとうするピンピンコロリ(PPK)は少なく、
男性は平均9年、女性は同12年も介護された末に、死んでいくという、
ネンネンコロリ(NNK)が他国に比べて際立って多い「不健康長寿国」なのです。


☆病院は決して安全な場所ではない

なぜでしょうか。
最大の理由は、病院などの病床数の多さにあります。
日本では人口当たりの病床数が、アメリカの4倍以上あり、患者の入院期間も3倍近く長いのです。

病床数が多ければ、いざというとき、すぐに入院できるので安心だと日本人は考えがちですが、
後期高齢者の場合、病院のベッドで点滴の針を刺したまま、トイレにも行かず過ごしたら、
間違いなく寝たきりになるでしょう。

ベッドがたくさんあって、すぐに入院できる一見理想的な環境が、
逆に寝たきりの高齢者を増やしている。
これが日本の現実です。

また、これも多くの人は誤解していると思いますが、
病院は決して安全な場所ではありません。
病院に近づけば医療事故や薬害などの危険にさらされます。

たとえば肝臓がん。
酒の飲みすぎが原因だと思われがちですが、男性の肝臓がんによる死亡率を見ると、
新潟、岩手、秋田など酒どころといわれる県では低く、
比率の高い福岡や大阪の3分の1程度でしかありません。

実は、肝臓がんは、飲酒ではなく、医療事故によるC型肝炎ウイルスの感染が、
最大の発症要因なのです。

医療事故がどれくらい起こっているか、知ったらびっくりすると思います。
EUの公式資料によれば、病院の医療事故で死亡した人数は年間約15万人。
そのため、EU域内に住む人の約53%が、病院は危険なところだと認識しています。

わが国の実態は公表されていませんが、数十万人規模での医療事故や薬害が、
起こっていると思われます。


        

☆歯科医には、こまめにかかったほうがいい

では、どうすればネンネンコロリ(NNK)を避け、ピンピンコロリ(PPK)を実現できるのでしょうか。
それはなんといっても医師に頼りすぎず、
自分の健康は自分で保つのだという気概が持てるような支援環境を公的に整備することです。

そのうえで各種の情報を調べ、納得のいく治療を受けるようにしましょう。

一方で、歯医者さんには、こまめにかかったほうがいいようです。
私たちの調査では、「かかりつけの歯科医師がいる」と答えた人が長生きでした。

どんなメカニズムが働いているのか明確なところはわかりませんが、
私は次のような仮説を立てて追跡調査をしています。

まず、歯科医の支援を受けることで、望ましい口腔ケアの知識が得られ、
高齢になっても歯と口の健康を保つことができる。

食は生きることの基本ですから、歯や口が健康であることには大きな意味があります。
また、定期的なケアを受けるため、歯医者さんへ「お出かけ」していることも健康長寿には望ましいのです。

 

 

☆「ピンピンコロリ」を実現する5つの習慣

  • 生活習慣という切り口から見ると、次の5つの習慣を身に付けることが、
    ピンピンコロリ(PPK)には大事だということがわかってきました。

    1、運動。毎日やらなくても週に1回運動していれば、生存率がかなり高くなることが証明されています。

    2、質のいい睡眠。

    3、朝食。食べないと脳や身体機能が活性化しません。
      その際、納豆、ヨーグルトなどの発酵食品を食べ腸内細菌を増やして
      体温を高めると免疫力が高まり、がんになりにくくなります。

    4、禁煙。発がん物質を含むたばこは、百害あって一利なし、確実に寿命を縮めます。

    5、適度な飲酒。私たち研究チームが高齢者1.3万人を対象に3年間追跡調査したところ、
      男性では毎日飲酒する群、女性では週に1、2回飲酒する群の死亡率が最も低く、
      逆に死亡率が高かったのは、男女とも「ほとんど飲まない」と回答した人たちでした。

  • 「地域活動にも積極的」がピンピンコロリ(PPK)の必須条件

      日本では多くの人が誤解しているのが、コレステロール値の評価です。

      高コレステロール群と低コレステロール群では、明らかに前者のほうが長生きです。
      コレステロールは、ビタミンDや細胞膜、がん免疫細胞の材料であり、体の中で重要な役割を担っています。
      その一方、コレステロールを下げる薬の服用により、死亡率が高まることが証明されています。

    環境や住居も健康長寿に大きな影響を与えます。
    都市部よりも長野県のような地方で平均寿命が長いのは、水や空気がきれいだというのも理由のひとつ。

    夏になるとホタルが乱舞するなど、多様な生物が生きられるところでは、人間も長生き。
    考えてみたら当たり前のことなのです。

    日本では毎年約1万7000人が、ヒートショックで亡くなっていますが、
    風呂場が寒すぎるなど家の中の温度較差が原因です。

    これは住宅の断熱・気密性能を向上させる無垢材の活用で改善します。
    また、クロス張りの壁を珪藻土や土壁に変えればホルムアルデヒドなどの害がなくなり、
    湿度調整もうまくいくため睡眠の質が高まります。

    こうした住環境の良質化も、ピンピンコロリ(PPK)のためには、ぜひ取り組みたいポイントです。

    そして、忘れてはならないのが、心の健康。
    年をとっても生きがいを持ち、地域や趣味の活動にも積極的に参加しているというのは
    ピンピンコロリ(PPK)の人の特徴であり、必須条件だともいえます。

    65歳を過ぎても、生きがいを持って働くというのも、要介護にならないための賢明な選択だといっていいでしょう。



    ▼これがピンピンコロリの条件だ!

    ・かかりつけの歯科医師を持つ

    ・口腔をケアし良好な状態を保つ

    ・やや太めの体形である

    ・総コレステロール値が高い

    ・お出かけが好き

    ・断熱に優れ土壁を使った健康住宅に住む・・》

     

 

注)記事の原文に、あえて改行を多くした

        

 

私はいつの日にか認知症、脳梗塞など、そして寝たきりになる前に、
ポックリとこの世と別れを告げたい、と思ったりしている。
                       
過ぎし7年の晩秋ある日、私の自宅の近くの川沿いの遊歩道を歩いていた時、
この遊歩道は片側が帯状に小公園となり700メートル前後あり、
樹木、草花が四季それぞれに彩(いろど)っている場所で、私の散策の好きなひとつのコースでもある。
      
そして、いつものように木のベンチに私は座り、ペットポドルの煎茶を飲みながら、少し休息をした・・。

この時に、どうした思いか解らないが、いつの日にか命が果てる時は、
晩秋の午前のやわらかな陽射しの中、ポックリと死を迎えられたら本望である、と脳裏をかすめたりした。

この遊歩道で、独りで歩き、好きな本を抱(かか)えて、突然に命が果てる、
といった状況を願ったりした・・。

              
                                             
或いは、いつの年か身体の変調を感じて、自宅で寝ていて数日し、悪化を増す中、
布団の中でオシッコを一度だけ漏らしたりして、死去後のことなどを家内に伝言する。
やがて救急車で病院に運ばれて、入院して数日後に死去する。

そしてこの間に家内からは
『あなたとの生活・・楽しかったわ・・』
と心の中で感じてくれれば充分である。

やがて私の葬儀の中、家内が私の兄妹、知人に、
『一週間前の頃は・・いつものように買い物に行ったり、散歩もしていたの・・』
と家内が言ったりしてくれれば、私はあの世で満足していると思われる。

このような終末期を私は思いめぐらしてきた・・。

           

今回の星 旦二さんの「ピンピンコロリ」を実現する5つの習慣、私は多々教示されて、
何かと小心者の私は、このように実践すれば、「ピンピンコロリ」が叶えられるのだ、
と微笑んだりしてしまった・・。

しかしながら、人それぞれ永(なが)らえるのは、自助努力も肝要であるが、
こればかりは神様か仏(ほとけ)さまの采配に寄るよなぁ・・と気付き、微苦笑したりしている。


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冬の突然死を防ぐために~急な寒暖差に気をつけろ~、高齢者の私は学び、多々教示されて・・。

2017-11-25 15:07:10 | ささやかな古稀からの思い

先程、ネットでニュースを見ている中、
【 急な寒暖差に気をつけろ~冬の突然死を防ぐために 】と見出しを見てしまった。

私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の73歳の身であるが、
もとより予告もなく突然死は困苦するので、どういうことですか、と思いながら記事を精読してしまった。

この記事は、病理専門医で科学・技術政策ウォッチャーされている榎木英介さんが、
ご自身で公開されている寄稿文であり、11月24日に配信され、無断であるが転載させて頂く。

《・・急な寒暖差に気をつけろ~冬の突然死を防ぐために

        

いきなり冬が・・・

今年(2017年)は、秋がなかったのだろうか・・・。

この記事を書いている11月24日現在、北海道には「低温に関する異常天候早期警戒情報」が出ている。

今回の検討対象期間(11月28日から12月7日まで)において、
北海道地方では、11月30日頃からの1週間は、
気温が平年よりかなり低くなる確率が、30%以上と見込まれます。

出典:低温に関する異常天候早期警戒情報(北海道地方) 平成29年11月23日14時30分 札幌管区気象台 発表

北海道を含め、各地で早い初雪の便りが聞かれ、
急な寒さに、冬服を慌てて引っ張り出している人もいるだろう。

        

☆冷え込んだ日には解剖が・・・

私たち病理医は、冷え込んだ朝によく思うことがある。
今日は病理解剖(剖検)があるかもしれないな、と・・・。

経験的に、前日よりぐんと冷え込んだ日に、急性大動脈解離や急性心筋梗塞、脳出血など、
血管が原因の病気が、急に発症して、亡くなった方を解剖させていただくことがある。

急性大動脈解離は、動脈硬化などで、もろくなった血管の壁が割け、そこに血液が流れ込む病気だ。

急性心筋梗塞は、心臓に酸素と栄養を与えている冠動脈という血管が、詰まってしまう病気だ。
脳出血はその名の通り、脳の血管が切れて出血する病気だ。

私が書いた突然死に関する記事は以下だが、もののみごとに秋から冬に集中している。

なぜ冬にこうした血管の病気が急に発症するのか。
それは急な寒暖差が、原因となることがあるからだ。

        

☆急な寒暖差は危ない

暖かいところから、急に冷たいところに来たりすると、
自律神経の働きで心臓の鼓動が早くなり、血圧が上がる。
これを寒暖差疲労というようだ。

寒暖差疲労は、日本語の医学論文検索サイト「医中誌」で検索しても論文が出てこないので、
実のところ病理医の私には聞きなれない言葉だが。

言葉はともかく、急な気温の上下に対応しようとして、体には様々なことが起こる。
その時に血圧が急に上昇することがある。
単に寒すぎる、暑すぎるではないようだ。

若い人などは、多少血圧が上昇してもなんとかなる。
血管がしなやかで、血圧が上がっても、それに応じて血管が広がるからだ。

ところが、動脈硬化などで、血管が硬くなっていた場合、
あるいは生まれつき血管の壁がもろい人(マルファン症候群など)は、
急な血圧の上昇に、血管の壁が耐えられない場合がある。

いわば血管の壁がタックルされたようなもので、急な力に耐えきれず、血管にヒビが入ってしまう。

大動脈などでは、壁が割けてしまい、急性大動脈解離が発症する。
脳の血管など細い血管では、血管の壁が破れて出血する。

心臓の血管である冠動脈では、急に血液が流れ込むことで、
もろくなった血管の壁が傷つき、そこに血の塊ができて、血管を詰まらせてしまう。

こうして、急性大動脈解離、急性心筋梗塞、脳出血などが発症し、それが致命的になる場合があるのだ。

もちろん、どのようなときに発症するのか、それが死に至るのかは、
その人の血管の状態、体が感じる気温の変化の度合い、服装、救命処置の有無、治療など、
様々なことに影響される。

こうすればよい、悪いとズバッということはできない。
だから「~のことがある」などとあいまいな表現をせざるを得ないのだ。

        

☆”寒暖差死”をどう防ぐか

では、こうした寒暖差による突然死をどう防ぐべきだろうか。

当たり前のことではあるが、まず第一は、血管の健康を保つことだ。

先天性の病気は別として、動脈硬化は、長い時間かけて進む。
結局、暴飲暴食は避け、適度な運動を心がけ、禁煙するという当たり前のことをすることが重要だ。

それ、分かっているけど、できないんだよねぇ、とおっしゃる声が聞こえてくるが、
若くて血管がピチピチしているときに節制しようとは、なかなか思わないのが人間だ。

実際私自身も、実践できていないので偉そうなことは言えない。
習慣を変える方法は、書籍等を参照いただきたい。

もう動脈硬化が進んで、血管が硬くもろくなってしまった、という場合はどうすればよいだろう。

その場合は、極力急な寒暖差を避けるための工夫をすることが必要だ。

風呂場など、寒暖差を直接受けるような場所では、
脱衣室を温めたり、湯の温度を高くしすぎないことが重要だ。

重ね着をするなど服装には、注意することも重要だし、
水分補給は随時行い、血液ドロドロを防ぐことも重要だ。

〇〇を防ぐためにすべき5つのこと、のようなズバッとした記事を期待した人には申し訳ないが、
結局のところ、自らの健康を見つめ、それに対して対策を立てていくという当たり前のことが重要なのだ。・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした

        


私は年金生活の14年生の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、築後39年を過ぎた古ぼけた一軒屋に住んでいる。

 私たち夫婦はお互いに厚生年金とわずかな企業年金を頂き、程ほど貯金を取り崩しながら
ささやかに過ごしている。

こうした中で、私は無念ながら体力の衰えを実感したり、物忘れも多くなり、
もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
いつの日にか認知症、或いは脳梗塞などの難病に遭遇したら、私自身は困窮する。

こうした対策として、毎日のように自宅から3キロ以内の周辺にある遊歩道、小公園などを
ひたすら歩き、ときおり大股で歩いたり、或いは足早に歩くことが多くなっている。

ここ一週間前の頃から、私の住む地域でも、急速に寒くなってきた。

この時節、私は冬のスポーツシャツで散策してきたが、
急速な寒さが増してきたので、カーデガンに準じたフリースを重ねて、颯爽と歩いたりしている。

或いは我が家の居間は、数週間前から暖房をしている。
もとより寒さに耐えて、風邪をひき、肺炎などになってしまったら、
高齢者夫婦の天敵と思い、暖めている。

そして入浴する前、脱衣場も30分前の頃から、暖めたりしている。

こうした根底には、今年の2月、私と同世代の男性で、ご近所の知人が、
急性心筋梗塞で突然に亡くなり、私は動顛しながら通夜に参列したりした。

        

今朝は、二階の寝室の雨戸を開けると、一階の屋根が霜(しも)で、
真っ白なベェールのように染められていた・・。

やがて地元の天気情報を視聴すると、朝6時は2度、昼下がりは14度、夜の6時は10度、
快晴の一日になります、と報じていた。

私はいつもように午前中は、平素の買物メール老ボーイで最寄のスーパーに行った後、
帰宅後に近くにある遊歩道、そして小公園を一時間半ばかり歩いたりした。

今回の榎木英介さんの寄稿文を読み、多々教示されたりした。
そして体力が衰えた高齢者の私は、《・・急な寒暖差に気をつけろ・・》、
改めて胆(きも)に銘じたりしている。

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巧妙化する詐欺 あなたや家族がだまされないための10カ条、高齢者の私は学び、やがて微苦笑して・・。

2017-11-24 15:21:00 | ささやかな古稀からの思い

先程、ときおり愛読している朝日新聞社系の基幹サイト【AERA dot.(ドット)】を見ている中、
【 巧妙化する詐欺 あなたや家族がだまされないための10カ条 】と見出しを見てしまった。

私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の73歳の身であるが、
テレビのニュースを視聴していると、振り込め詐欺やオレオレ詐欺などの特殊詐欺も増えている、
と報じられている。

或いは8月頃に総合雑誌などを読んでいた中、
検察庁によると、今年上半期の特殊詐欺による被害は、6月までで8863件。

昨年の同じ時期と比べると、約37%も増えているとのことで、
被害額も約187億円とかなりなものになっている。

特殊詐欺は、2014年をピークに減少傾向ではあったのですが、
ここにきてまた急に増え、
被害者は高齢者に集中していて、約72%が65歳以上。

中でも発生数の最も多い「オレオレ詐欺」は、被害者の96%が高齢者とのことです。

このような記事を読み、無力な私は憂いたりしてきた。

こうした心情を秘めてきた私は、『あなたや家族がだまされないための10カ条』を学びたく、
記事を精読した。

この記事の原文は、週刊朝日の2017年12月1日号より抜粋され、
【AERA dot.】に於いて11月24日に配信され、無断であるが大半を転載させて頂く。

《・・巧妙化する詐欺 あなたや家族がだまされないための10カ条

       

詐欺の犯人は、うまくだまそうと毎日知恵を絞っている。
引っかからないようにするには、不審な電話に出ないなど、
基本的なルールを守ることが大切だ。

だまされないための主な対策(10カ条)を参考にしてほしい。(略)


欺の大半は、まず電話がスタートになっている。

犯人グループは高齢者の個人情報をリストアップし、一人暮らしの高齢者らを狙い撃ちする。
いったん受話器を上げると、言葉巧みにお金やカードを要求。

その手法は様々で、一概には言いにくい。
高齢者に話を信用するなと呼びかけても限界がある。
留守番電話の設定にして、必要があるときだけ折り返すようにすればいい。


詐欺の手法に詳しい悪徳商法被害者対策委員会の堺次夫会長もこう訴える。
「電話から入ってくるものは、用心したほうがいい。
相手の番号の表示機能がある電話機にして、非通知番号は警戒すべきだ。

非通知を拒否する設定も有効。
自治体や警察署などによっては、こうした機能がある電話機や自動通話録音装置を
貸し出しているところもあります」


この装置は、固定電話に接続すると、かかってきた電話を録音。
かけてきた相手に対し「この会話は録音されています」とメッセージを流す。
録音機能を内蔵した電話機を無料で貸し出すところもある。

「詐欺師は、一度だました相手に、2度、3度と狙って電話をかけてきます。
だから、詐欺に遭われた方を優先して貸し出しています」(警察署の担当者)


もし子どもや孫らを名乗る人から「電話番号が変わったよ」と言ってきたら、
すぐに信用せず、いったん前の番号にかけてみることも必要だ。
犯人は家族構成など個人情報を調べて、知っている恐れもある。


「高齢者らは、自分が詐欺に遭うとは思わないので、警戒心が少ない。
個人情報は、詐欺グループに渡っていると思うべきです。。(略)

       

【だまされないための主な対策】

(1)電話に出ない

      常に留守番電話に設定。
      知らない番号や非通知の電話は取らない。被害に遭えば電話番号の変更も


(2)電話でのお金やカードの要求は詐欺
      公務員や金融機関職員が電話でお金やカードを求めることはない。
      役所や金融機関の代表電話にかけて確認を


(3)どんな理由でもお金、カードは渡さない
      知らない人がお金やカードを取りに来るのは危険。
      すぐに警察に通報。
      ATMの1日当たりの引き出し限度額の引き下げも


(4)還付金を信じるな
      いかなる名目でも、ATMを操作してお金がもらえることは絶対にない。
      還付金を電話で通知することもあり得ない


(5)迷惑メールは無視
      心当たりのない支払いを求めるものは、全て無視。返信するとしつこく要求される

(6)電子マネーの番号は教えない
      電子マネーは、番号さえわかれば、勝手に使われる。知らない人に決して教えない

(7)「必ずもうかる」はうそ
      投資にはリスクがつきもの。そんなうまい話を教えてもらえるはずはない。
      仮想通貨など知識の乏しい分野は特に注意


(8)迷ったら相談
      不審な電話には、まず家族らに相談。
      警察相談専用電話「#9110」や消費者ホットライン「188(いやや!)」もある


(9)だまされても恥ずかしくない
      黙っていると、何度もだまされることに。
      手口は巧妙で、誰でも被害者になり得る。早く届け出ると救済される可能性が高まる


(10)みんなで声かけを
      だまされる寸前で、防いだ事例は多数ある。
      高齢者が携帯電話で話をしながら、ATMを操作しているときなどは一声かける・・》


注)記事の原文に、あえて改行を多くした

        

私は記事を読み終わった後、微苦笑を重ねてしまった・・。

私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、日常を過ごしている。

こうした中で、私は平素は何かと単細胞でロマンチストであるが、
虎の子と称されている老後資金は、もとより大切なお金であるので、シビアな面がある。

そして「詐欺被害」に関しては、私は国債のわずかな利子でも、これ以上の甘い金利な事柄は、
この世に巧い話はなく、何かしら裏表がある、と小心者の私は思い続けているので、
甘くて危険な話には避けてきたりし、当然ながら詐欺には遭遇していない。

そして「詐欺被害」に遭遇する御方は、認知症の御方以外は、
世間の風に余りにも無知な御方、或いは欲深い御方が殆どと思ったりしている。

        

「オレオレ詐欺」に関しては、私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、
息子、娘もいなく、もとより孫もいなく、発言権はないが、
許されるならば、幾ら親愛の情が増しても、簡単に第三者を通して、
X00万円とかX000万円などの大金は払わない。

もしあると仮定した場合、ともかく私の前に本人が来て、事情を話せ・・相談はそれからだ・・、
と私は認知症にならない限り、明言する、と思われる。

そして老後の大切な資金を祖父、祖母は孫の為に、
安易に第三者を通して、支払う心情は、私は判らないでいる・・。

しかしながら、いつの日にか私が認知症になってしまったことを配慮して、
我が家の固定電話の前に、今回学んだ『がだまされないための10カ条』を印刷して、
置こうかしら、と思ったりしている。


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老後のお金はいくら必要? 「90歳超の人生」に備えよ、73歳の私は学び、戸惑いながら苦笑を重ねて・・。

2017-11-23 13:54:05 | ささやかな古稀からの思い

先程、ときおり愛読している朝日新聞社系の基幹サイト【AERA dot.(ドット)】を見ている中、
【 老後のお金はいくら必要? 「90歳超の人生」に備えよ 】と見出しを見てしまった。

 私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、築後39年を過ぎた古ぼけた一軒屋に住んでいる。

私たち夫婦はお互いに厚生年金とわずかな企業年金を頂き、程ほど貯金を取り崩しながら
ささやかに過ごしている。

そして今頃になって、「90歳超の人生」に備えよ、と明題されても、
私は大いに戸惑いながら、記事を精読してしまった。

この記事の原文は、週刊朝日の2017年12月1日号より抜粋され、
【AERA dot.】に於いて11月23日に配信され、無断であるが転載させて頂く。

《・・老後のお金はいくら必要? 「90歳超の人生」に備えよ

       

一冊の本が老後マネーの世界を揺さぶっている。

『ライフ・シフト』。
英ロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授らが書いた、
「人生100年時代」を乗り切るための本だ。

昨年秋に出版されると瞬く間にベストセラーになり、現在16万部。
老後マネーの考え方もしっかり論じられているが、
とりわけ「2007年に日本で生まれた子どもの半分は、107歳まで生きる」とする予想が人々の心をとらえた。


ファイナンシャルプランナー(FP)の深田晶恵さんは、
『ライフ・シフト』後に、「より長寿」を意識する男性が増えたという。


「90歳までの人生を考えて、マネープランを作る、これが私の持論です。
あの本が出る前は、『どうせ90歳までは生きられない』と言う男性が多かったのですが、
最近は『ひょっとしたら長生きするかも』に変わりました」


       

大手資産運用会社フィデリティ投信の研究所、フィデリティ退職・投資教育研究所の野尻哲史所長も、

「私は95歳までのライフプラン作りを提案しています。
以前は『エーッ、長いな~』だったのに、最近は『何だ、100歳でなくていいのか』という反応が多くなりました」


人生先立つものは、お金。
超長寿社会がどんどん現実化するにつれて、それへ向けてのお金の備えを気にする人々が増えているのだ。


果たして、どれくらいまでのライフプランが必要なのか。
そして、最近では65歳が多いが、会社を辞める時までに、いくら準備しておけば安心できるのか。


日本人の平均寿命は、男性80.98歳、女性87.14歳だが、
これは今のゼロ歳児が、何歳まで生きるかを示す数字だ。
実際の日本人が何歳まで生き延びるかは、厚生労働省の「簡易生命表」を見ご確認ればわかる。


最新のそれによると、「100歳」まで生き残る確率は、
男1.6%、女6.9%で、さすがにまだごく少数だ。

しかし、「95歳」になると様相が変わる。
男9.1%に対して女25.2%で、女性は一気に高まる。

「90歳」まで下げると男25.6%、女49.9%となり、
男性でも4人に1人が生存し、女性は実にほぼ半数が生きている結果になっている。


確かに、90歳は確実にライフプランに組み込む必要がありそうだ。
夫婦単位で考えると、95歳も十分視野に入ってくる。


       

しかし、今年夏、野尻氏の研究所が、
全国の50~60歳代の男女約1万2千人に「退職後のお金」についてアンケートを行ったところ、
「いつまで生きるか」には、依然として「80代前半」の回答が大半だったという。

野尻氏は「10年近いギャップに驚いた」と言うが、
100歳はまだしも「90歳超の人生」へと、早めに意識を切り替えておいたほうがよさそうだ。


さて、「人生の終点」の予想がついたところで、肝心の老後マネーである。

老後は、年金収入で暮らし、受け取る年金以上のお金を使うのが普通だ。
収入より支出が多くなるわけで、その差額を貯蓄から取り崩していく。
従って、生きている間に取り崩す分を準備しておく必要がある。


65歳スタートで、「90歳」か「95歳」のゴールで考えてみよう。
計算方法は次のようになる。

【図】老後マネーの計算法はこちら

収入である年金をいくらもらえるかは、年に1回来る「ねんきん定期便」でわかる。
50歳超の定期便は、支給額に近い数字が記載されているので、
夫婦分を足せば、年間の年金額が出る。
企業年金などほかの収入がある場合は、それも加える。


一方、月々の支出は、現在の家計を参考に、
老後にどんな生活を送りたいかを想像しながら、金額を決めてほしい。
これは夫婦で話し合って決めるのが鉄則だろう。

月々の支出12カ月分に、国内旅行代や固定資産税など年単位でかかるお金を足せば、
年間の支出額が出る。


年金額から支出額を引くと、いくら貯蓄を取り崩さなければならないかが出てくる。
その金額に残り年数(この場合は25年か30年)をかけると、
死亡するまでに生活費として必要になる取り崩し額が出てくる。


計算は、まだ終わらない。
毎年は必要ないが、数年に1回、あるいはそのうちに必ずかかる費用があるからだ。
住宅のリフォーム代や医療・介護費用、海外旅行などで、
これらのイベントに必要になりそうな金額を見積もる。

これに取り崩し額を足せば、老後に準備しなければならない金額になる(物価変動は考慮していない)。


注意したいのは、月々の支出一つとっても、個々の家庭で金額が変わることだ。

生命保険文化センターの意識調査によると、
「老後の最低日常生活費」は、夫婦で月22万円だが、
「ゆとりある老後生活費」となると、月34.9万円に跳ね上がる。
要するに、必要な老後マネーは、家庭ごとで異なるのだ。


とはいえ、生活レベルに応じた「目安」は必要だろう。
ここからは、老後に対するさまざまな考え方と、そこから導き出される準備金額を見ていこう。

       

経済ジャーナリストの荻原博子さんは、細かい計算よりも、
65歳以降は、生活スタイルをガラッと変えれば、お金はかからないという。


「夫婦で20万円程度の年金がもらえるのなら、生活費はその範囲内で賄えばいい。
年金に合わせた生活です。

会社に行く必要がないから、背広は必要ないし、夫婦2人だと食費もそんなにかかりません。
これからは年金が減るといいますが、年を取れば、消費する金額も少なくなっていきます」


生活費を年金で賄えるとすると、準備しておくべきお金は、
「介護」と「医療」を考えればいいという。

先の生命保険文化センターの調査によると、
一人の介護に実際にかかった費用は「約550万円」。

医療費は高額療養費制度があるため、70歳を過ぎた一般所得者の世帯では、
どんなに医療費がかかっても負担は、月額「5万7600円」で済む。


「すると、介護は、2人で550万円×2=1100万円。
医療費は、ざっくり200万~300万円をみておけばいいでしょう。
これに100万円余裕を持たせたとして、1500万円あれば最低限の準備はできます」(荻原さん)


1500万円は、住宅ローンの返済と教育費の負担が終わっていれば、
その分を貯蓄に回すことで、50代の10年でためられるという。


       

総務省の「家計調査年報」(2016年)を見れば、高齢世帯の収入や支出の全国平均がわかる。


それによると、高齢夫婦無職世帯の月々の実収入は「21万2835円」で、
うち年金は「19万3051円」だ。
ここから税金と社会保険料が引かれ、可処分所得は「18万2980円」となる。


一方、支出を見ると、消費支出が「23万7691円」だ。

主な支出は、食料(27.3%)、交際費(12.2%)、教養娯楽(11.1%)、交通・通信(10.6%)の四つ。
現在のシニア世帯の旺盛な活動ぶりが、ここからもうかがえるが、
この消費支出と可処分所得との差額、「5万4711円」が月々の貯蓄取り崩し額となる。


年間の取り崩し額は「5万4711円×12=65万6532円」になる。

90歳のゴールまでだと「約1640万円」、
95歳までだと「約1970万円」の貯蓄が必要になる計算だ。
全国平均でさえ、寿命が延びれば「2千万円」が視野に入ってくる。・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした
       

私は民間会社の中小業のある会社に35年近く勤めて、2004年(平成16年)の秋に定年退職し、
この間、幾たびのリストラの中、何とか障害レースを乗り越えたりしたが、
最後の5年半はリストラ烈風が加速され、あえなく出向となった。

この出向となった1999年(平成11年)の新春の当時は、私が54歳であったが、
私たち夫婦は、自分たちの老後の生活の改めて話し合ったりした。

こうした時に、私が定年退職を出来た後、どのような生活をしたいか、そして生活資金などを話し合った。
具体的には、私たち夫婦の第二の人生は、どのように過ごしたいのか、主題であった。
                               
やがて結論としては、定年退職後の60歳以降は、
私は働くことを卒業し、お互いのささやかな趣味を互いに干渉することなく、
共通の趣味のひとつの国内旅行を四季折々できればよいなぁ、と漠然に念願したりした。

こうしたことを実現するためには、この当時も各出版社から数多くの本が発売されていたので、
私なりに買い求めた。

そして『定年後』~「もうひとつの人生」への案内~(岩波書店)、『間違いだらけの定年設計』(青春出版社)、
『「定年後」設計 腹づもり ~50代から考えておきたい~』(三笠書房)などを購読した。

或いは雑誌としては、 『ほんとうの時代 ~50代から読む「大人の生き方誌」~』(PHP研究所)であり、
こうした本を読んだりしながら、現在の我が家の貯金の確認、定年退職までの年収、退職金など、そして年金の推定額も算出し、
収支概算表を年別に作表し、この当時の夫婦平均寿命までの年を総括表にしたりした。

そして、毎年の月別は、家計簿の応用で収入の項目、支出の保険、税金等を含め、予定表も作成したりした。

この時の私は、幸いに住宅ローンを終えていたが、私は1944年(昭和19年)9月生まれであるので、
年金の満額の支給は62歳であり、それまでの2年間は満額のほぼ半分となるので、このことも配慮した。

そして年金が満額となった62歳からの生活の収支は、
私たち夫婦の共通趣味である国内旅行費、そして冠婚葬祭など諸経費は例外として、
原則として生活費は、年金を頂く範囲として、収支の概要を作成したりした。

こうした結果、私の年齢、家内の年齢を主軸に、1998年(平成10年)から私が80歳を迎えるまで、
年次別の収支と残額を作成し、パソコンに入れて、計画、実績、差額を毎月入れたりしていた。
この当時は男性の平均寿命は、確か78歳だったので、私は漠然としながら80歳とした。

       
                                        
やがて定年する数年前、経済にも疎(うと)い私が、
経済ジャーナリストの荻原博子さんなどの数多く著名人の寄稿文を読んだりした。

そしてデフレ経済の蔓延している中、年金生活を始める時点で、住宅ローンの返済が完了し、
公的年金を受け取りながら堅実に年金生活をし、預貯金が3000万円あれば、
少しづつ取り崩して生活すれば、少しはゆとりのある年金生活ができるかしら、と学んだりした。

やがて2004年(平成16年)の秋に定年退職を迎えたが、
そして出向先は遠い勤務地であり、この期間も私なりに奮闘した結果、
身も心も疲れ果てて、疲労困憊となり、定年後は年金生活を始めたひとりである。

しかしながら私はつたないサラリーマン時代の軌跡であったので、
もとより一流大学を卒業され、大企業、中央官庁などに
38年前後を邁進し栄達されたエリートの年収、そして退職金などは、遥かに及ぶことなく、遠い存在である。

       

そして年金生活を始めると、定年まで何かと悪戦苦闘が多かった為か、
予測した以上に、安楽な年金生活を享受してきた・・。

過ぎし2010年8月下旬の頃に、私は医学博士で病院長の帯津良一さんに、紙上でめぐり逢えた。
新聞の出版広告で偶然に読み、この雑誌が女性月刊誌の『婦人公論』と知り、
私は恥ずかしながら買い求めて、精読したりした。

《・・(略)・・私の理想は、「達者でポックリ」逝くことです。
死ぬ直前まで自分の足で歩き、自分の口で食べ、自分の頭で考えることができる。
「寝たきり」とは180度対照的な死に方が、「達者でポックリ」だと言えるでしょう。
・・
人生は生老病死ーーつまり死も含めて、丸ごと自分の人生なのだから、
「死に時」も「死に方」も自分らしくありたいという考えが基本です。

                                                         

「いたずらに死を恐れるあまり不要に長生きしても意味がない」と考えるようになったのは、
このホリスティック医学の考え方に共鳴し、
その理念に基づいて自らの病院を設立した40半ば以降です。
・・
私もブラッと飲みに行けなくなったら、そろそろ「死に時」ですかねぇ(笑)。
理想は、下町の小料理店に出向き、さぁ、今日は何をツマミに飲もうかなとワクワクして暖簾をくぐっているときに、
心筋梗塞でバタッと倒れるなんていうのがいいですね。

年齢に関していえば、80歳くらいまで生きれば十分ではないですか。
もちろん、肉体面でも精神面でも人それぞれ個人差がありますから一概には言えません。

しかし、自力で自由に動けるのは、せいぜい80代まででしょう。
90代になると、何かしら衰え、欠けてくる。
いくら頭がしっかりとしている人でも、足腰が立たなくなったり、その逆のケースも起こります。

ましてや100歳なんて、どんな人でもポンコツになっているはずですよ(笑)。
おめでたいと言うけれど、100歳以上は、やはり「生き過ぎ」だと私は思います。

これとこれができなくなったら、自分はそろそろ「死に時」かもしれない。
その線引きは人それぞれですし、それがわかれば、
「生きているうちにこれだけはやり遂げておこう」という人生のテーマも見えてくる。

つまり、自分にとってベストな「死に時」を考えことは、
今、生きているこの時間を最大限に充実させて生きていくことにもつながるのである。(略)・・》
                                   

このようなことを私は深く学び、今後の確かな晩年期の導きの御人にめぐり逢えた、と深く感じて、
これ以降、帯津良一さんの言動、ご著書も購読したりして、信愛を重ねている。

         

おととしの平成27年には、日本人の平均寿命は、食生活の改善や医療の進歩などで延び続け、
男性が80.79歳、女性が87.05歳と私は学んだりした。

そして介護の必要がなく、健康的に生活できる「健康寿命」も、
平成25年の時点の推計で、男性が平均で71.19歳、女性が74.21歳と知ったりした。

そして誰しも憂いることは、「健康寿命」と「平均寿命」との間に、多くの御方が介護・要となり、
介護の状況により、やむなく介護施設に入居する事態となることが予測される・・。

今回の記事に於いて、私は「90歳超の人生」に備えよ、と明記されても、
私たち夫婦が、セカンドライフを設定したは1999年(平成11年)の新春の当時で、
私が亡くなるのは、漠然としながらも80歳としていた。

         

今頃になって10年分を延長して、老後の資金をやり直ししなさい、と教示されても、
私は大いに戸惑ったりし、苦笑ばかり重ねている。

やむなく、何かとブラス思考の私は、人それぞれ永(なが)らえるのは、自助努力も肝要であるが、
こればかりは神様か仏(ほとけ)さまの采配によるよなぁ・・と微苦笑したりしている。

尚、私が先に亡くなった時は、家内には我が家を処分して、マンションの小さな部屋を買い求めて、
生きがいとして趣味を強くして、老後を楽しく過ごして欲しい、と私は定年後から幾たびも言ったりしている。


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100点満点の旦那じゃつまらないでしょ? いい夫婦になる方法、私は学び、やがて感銘して涙を浮かべ・・。

2017-11-22 16:59:07 | ささやかな古稀からの思い

先程、ときおり愛読しているネットの【ホウドウキョク】を見ている中で、
『 100点満点の旦那じゃつまらないでしょ? いい夫婦になる方法 』と見出しされた記事があり、
齢ばかり重ねた私でも、どのようなことなの・・と好奇心が衰えず、こっそりと記事を精読してしまった。

私は年金生活の73歳の男性であるが、記事を読み終わった後、
感銘して涙を浮かべたりした・・。

この記事は11月22日に配信され、
無断であるが記事を転載させて頂く。

《・・100点満点の旦那じゃつまらないでしょ? いい夫婦になる方法  
 
想像してみてください。
ある日突然、余命を宣告されたら、あなたはどうしますか?

もし、愛する人が病気になったら、あなたは何をしてあげられますか?
自分たちは“素敵な夫婦“だと胸を張って言えますか?


「まさか病気になるなんて思ってなかった」
そう話すのは、料理研究家・介護食アドバイザーで『希望のごはん』の著者・クリコさん。


料理研究家・介護食アドバイザー クリコさん
注)掲載されている記事の写真をお借り致しました。


夫の生きる力を支えた妻の涙と笑いと愛情あふれる日々を綴っている。


その物語とともに、見た目が美しい流動食のレシピが掲載されていて話題になっている。
読者からは「料理を習いたい」という問い合わせ、食品メーカーからはレシピの提供依頼が来るほどだ。

          

☆そんな食事、食べさせたくない!

2011年、クリコさんの最愛の夫であるアキオさんが、口腔底がんを患った。
手術は成功したが、下あごの麻痺と、ものを噛む機能に障がいが残ったことで、
噛まずに飲み込める“流動食“しか食べられなくなってしまった。


食べることが大好きなアキオさん。
そんな愛する夫の為に、食欲をそそる、美味しい“流動食“を作りたいと、
クリコさんは試行錯誤を始めた。


しかし、介護の日々は、どうしようもない行き詰まり感と焦燥感で押しつぶされそうだったという。


それでも投げ出さず介護食を作り続けた結果、アキオさんは職場復帰できるまでに回復。
手術から5か月後には、入れ歯を使用して“普通に炊いたごはん“を食べられるようになった。


すべては順調に回復しているはずだった。
しかし、1か月後のある日、がんが再発。
余命4カ月を宣告され、アキオさんは帰らぬ人となった。


愛する夫の為に、そして、夫は愛する妻の為に、どのように支え合っていたのだろうか。
クリコさんに夫との日々について話を聞いた。


ーークリコさんとアキオさんは、とても仲が良い夫婦だったそうですね

クリコ:

はい。友だちにも恥ずかしくて言えないくらい仲が良かったです。

ですが、当時は私も主人も働き盛りだったので、
お互いのことをちゃんと見ることができていない時期もありました。


主人は健康で、病気とは無縁の人でした。
「僕はアルコールで消毒しているから、風邪ひかないんだ」って言っちゃうくらいです(笑)


そんな頑強な主人が、まさか病気になるなんて思ってもいませんでした。

主人は食べることが大好きだったのですが、入院中に病院で出される流動食を食べなかったんです。


ーーそれが、見た目が美しい介護食を作ろうと思ったきっかけですか?


クリコ:

出来上がったものをミキサーにかけることは簡単ですが、それだと見た目が、美味しそうじゃないんです。
それを主人に食べさせたくない!と強く思ったことがきっかけですね。

          

☆100点満点の旦那さんって面白くない

ーーご主人を支えていく中で、イライラやストレスを感じたことはありますか?

クリコ:

美味しそうに見える流動食って、どのように作ればいいかわからず、
慣れるまでは一日中キッチンにこもることが続きました。
その中でストレスが溜まっていくことはありました。


でも、主人が負ったショックの大きさを考えると、
イライラをぶつけることは絶対にしないでおこうと決めました。



ーー優しいですね。


クリコ:
いつも優しくて助けてくれたのは、主人なんですよ。

私たちは子どもが欲しかったんですけど、恵まれず、
そんなときに主人が「僕らだったら絶対2人でも、楽しく人生を送れるよ!」
って明るい口調で言ってくれたんです。

そのときに、この人とだったら2人だけでも、家族として生きていけるなぁって確信しました。


そんなふうに、主人は逞しく、考え方が前向きだったので、
私が起こりもしないことを「こうなったらどうしよう」って考えていると、
「起こってもないことを考えるのは、時間の無駄だよ」って言うんです。


ネガティブな私にとって、主人の言葉は支えになりました。



ーーもし、アキオさんが仕事の愚痴をこぼしていたり、ネガティブな性格だったらどう対応していましたか?


クリコ:
やっぱり寄り添いますね。

具体的に私が何かできることってないかもしれないけど、
まずは時間をかけて、話を聞いてあげることはしたと思います。


それに、主人も完璧ではないですよ。不摂生だし(笑)。
でも、私がそこに文句をつけて、すごく規則正しく生活するような100点満点の彼だったら、
面白くないなって思いますね。

          

☆マイナスの価値観が合えば夫婦関係はうまくいく

ーーなるほど。おふたりのような良い夫婦関係を築くことは、誰にでもできると思いますか?

クリコ:
価値観が合うから、結婚して良かったってよく聞きますけど、
「これが好き」、「これ面白いよね」と言うプラスの価値観じゃなくて、
「これ嫌だ」「これは良くないよね」っていうマイナスの価値観が合っている方が、
夫婦は上手くいくんじゃないかって思います。


プラスの価値観が合わなくて、趣味が違っていても、乗っかれば良いんですよ。
へ~面白いね!そんなことに興味があるんだ!って。


私は駄菓子が好きで、主人は駄菓子を食べない人だったんですけど、
たまに食べるのに付き合ってくれていました。
「おいしいね」って言って、乗っかってくれるんですよ。


でも、マイナスの価値観が合わない場合は、
こういうことするのは、いやだよね、いけないよねってところがズレるので、
なんか上手くいかないんじゃないかなって思うんですよ。


なので、そんなマイナスの価値観が合っていれば、
良い夫婦関係を築く努力がいっぱいできると思います。


          
 
☆感謝の気持ちは、今、言っておくこと

ーー夫婦として長い時間一緒にいると、
余計に気付けなかったり、素直になれないことって、誰にでもあると思います。


クリコ:
主人は「好きだ」「愛してる」という言葉を
さらっとハイタッチしちゃうような軽い感じで言える人なんです。

なので、私もそれに対して素直に答えることができていました。

私たちは特にコミュニケーションの時間が長く、会社に行く前も長い時間喋っているし、
帰ってきてからも「こんなことがあってね・・・」と2~3時間喋ることもありました。


それもあったからか、感謝の気持ちとか相手を思う気持ちを
お互いが恥ずかしがらずに、素直に言葉にしていましたね。


もしかしたら会社に行ったまま、帰ってこなくなるかもしれないじゃないですか。
だから、いつか言えばいいや、ではなく、その都度言葉に出して伝えてるんです。
それが蓄積されていったから、信頼関係が深まったんだと思います。


もし窮地に立たされても、助け合えるっていう確信もありました。


ーー言葉にするのって大事ですね。
些細な「ありがとう」も口に出すことでちゃんと伝わりますもんね。


クリコ:
私がコーヒーを飲みたいから、ついでに主人の分も入れておくと、
必ず「ありがとう」って言ってくれました。
そういうのも嬉しいですね。


言葉って、ずっと残るなぁと思うんです。

主人が以前、仕事で使っていたボイスレコーダーを見つけたんです。


録音を止めるのを忘れたまま、家に帰ってきたみたいで、
「ただいま」、「おかえり」から、そのあとの会話も延々と入っていて(笑)


残っていたのは、何時間ものくだらない会話です。
そんな、私のくだらない話を真剣に聞いてくれたり、
他愛もない会話を365日21年間続けていたんだなって思うと、
改めて彼はすごい人なんだなぁと愛おしくなりました。


なんの意味もない会話とかコミュニケーションでも、すごく大事なんだなって思いました。

顔って、写真が残っているから忘れないけど、声って、忘れそうになるんです。
それが寂しくて。

だから去年見つけた時から、肌身離さず持っていて、今もここにあります(笑)。
一番の形見ですね。


          

ーーとても素敵なエピソードですね。
アキオさんとクリコさんのように、より良い夫婦関係を築くためのアドバイスをお願いします!


クリコ:
恥ずかしがらず、素直になることですね。
ある日突然、愛の言葉を言うのは不自然ですけど(笑)。


少しずつはじめていけば、良いと思うんですよ。
お茶を入れてもらった時には「ありがとう」、
料理が出てきた時には「すごく美味しい」とか、そう言う小さいことから始めていく。
少しずつでもちゃんと蓄積されていきますから。


あとは、やっぱり亡くなっちゃったら言えないので、
限られた時間の中で、惜しみなく少しずつ伝えてみてください。


言葉は、生きてるなって思うんですよ。
主人は亡くなったけど、主人にかけられた言葉って、私の中で生きています。


実は、主人が生きている時に、印象的だった言葉を書き出してたんですよ。
くじけそうな時は、それを見て励まされています。
だからやっぱり、言葉は生き物です。


今のうち、奥さんやご主人に、いたわりの言葉をかけてみてください。



クリコさんの真っ直ぐで優しい夫への思いを聞いて、
「大切な人を本当に大切にする方法」を教えてもらった気がする。・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした

          

私は料理研究家、そして介護アドバイサーのクリコさんは、
今回のインタビュで初めて知った御方である。
そして仲良しご夫婦だったが、不幸にしてご主人は亡くされたが、
私は圧倒的に魅了されたのは、ご夫婦の日常生活の中、さりげない会話を続けられたことである。

そして私が感銘させられた後、涙を浮かべてしまったことは、
《・・主人にかけられた言葉って、私の中で生きています。・・》
一節であった。

          

私がこの広い空の下で家内とめぐり逢えたのは、妹の嫁ぎ先の義父からの紹介であり、
やがて私たちは結婚したのは、1976年(昭和51年)3月下旬であった。

そして私は、花嫁人形のような角隠しで白むくの容姿となった新妻となる人を見て、
この先の人生、どのような荒波があろうと私は・・と何かと小心者の私は、改めて思いながら緊張した。

そして神前結婚式の中で、おはらいなどを受けた後、
誓詞奏上で練習もなく初めて見る誓詞を、
今後の人生の責任感で緊張の余り、少し閊(つか)えて大きな声で述べたら、
隣の新妻がクスッと笑っているのが、私は聴こえたりした・・。
                   
やがて私は誰しも長所、短所はあるが、恥ずかしながら私は欠点の方が多く、
私としては家内の短所も気づいていたが、
家内の短所は見ずに、家内の長所を出来る限り伸ばすように心がけてきた。

そして5年が過ぎた頃、私たち夫婦は子供に恵まれず、
結果的には私たち夫婦は、たったふたりだけの家庭となった。

こうした中、私は母の血筋を純粋に受け継いだ為か、
恥ずかしながら男の癖に、おしゃべりが好きな男で、何かと家内と談笑をしたりしている。

そして私はサラリーマンであり、家内は専業主婦の中、私は多くの男性と同様に睡眠時間を削り、
会社の業務に奮闘していた。

そして帰宅はたとえ夜の11時過ぎであったも、
私は御風呂を入った後、遅い夕食を食べながら、お互いに本日
の出来事を話し合ったりしてきた。

          

やがて私は民間会社の中小業のある会社に35年近く勤めて、2004年(平成16年)の秋に定年退職し、
多々の理由で年金生活を始めた。

こうした中、ときおり家内と買物に行ったりする時は、
私はホディガード兼荷物持ちとなり、私は家内のお供のように共に出かけたりしている。

或いは小庭の手入れを私はする時、私の体力の衰えをみかねて、
ときおり家内が援軍となり、私たち夫婦で奮闘する時もある。

 こうした私たち夫婦の年金生活を、ご近所の方の奥様たちが見かけて、
あなたたちは仲良し恋しねぇ、と社交辞令のお世辞を頂くこともある。

          
 
そして年金生活を始めた当初から、私は自主的に平素の我が家の買物として、
家内から依頼された品を独りでスーパー、専門店で求め、買物メール老ボーイとなっている。
           
こうした中、私は家内のことを、婚約する前の頃から、『XXちゃん・・』と呼んでいるが
家内は日頃の多くは、私のことを『あなた・・』と呼ぶことが多いが、
ときには、たわむれで、『XXクン・・』と苗字で呼ぶこともある。

そして年金生活を始めてまもない頃、私は家内から依頼された買物の購入品などで間違えたりすると、
『ボケチィンねぇ』
と家内は笑いながら、私に言ったりした。

この日以降、私が何かで日常生活で失敗した時、
『ボケチィンねぇ・・』とか、ある時は『ダメオ(駄目夫)クンねぇ・・』
と家内は微苦笑しながら、私に言ったりしている。

         

そして我が家は、ここ数年、ときおり家内が独り住まいの家内の母宅に、
家内の妹と交代で、看病で宿泊することも多くなっていて、
私は我が家で独りぽっちの『おひとりさま』の生活をしたりしている。

こうした時、年に数回ぐらい、この世は予測できないことも多々あり、
まさかの出来事で、家内に先立たれることも考えられるので、
私が『おひとりさま』になってしまうことを思案する時もある。


このような心情もある私は、今回の記事を精読した。

私たち夫婦は、幸運にも大病に遭遇しないで今日を迎えているが、
夫婦の間のさりげない労(いた)わりのしぐさ、会話が何よりも重要と思っているので、
今回
の記事に同意をしたりした。

そして、クリコさんの名言『100点満点の旦那じゃつまらないでしょ?』に私は微苦笑しながら、
同意をさせられたりした。


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コメント

寒い時節、年金生活の私の最良の友は、電気毛布かしら、と微笑みを重ねて・・。

2017-11-21 15:46:38 | ささやかな古稀からの思い

私は民間会社の中小業に35年近く勤め、2004年〈平成16年〉の秋に定年退職後、
その直後から多々の理由で年金生活をし、早や年金生活14年生となっている。

私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、
私より5歳若い家内も、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。

こうした中で、私は年金生活を始めて当初から、平素の買物に関して、家内から依頼された品を求めて、
独りで最寄のスーパーか、ときには駅前のスーパー、専門店に行ったりしている買物メール老ボーイの身である。

そして帰宅後、買物の責務を終えた後は、やはり独りで自宅から3キロ範囲にある遊歩道、小公園などを歩いたりし、
このようなことが午前中、ほぼ毎日ようの過ごしている。

午後の大半は、随筆、ノンフィクション、現代史、総合月刊雑誌などの読書が多く、
或いは居間にある映画棚から、20世紀の私の愛してやまい映画を自宅で鑑賞したり、
ときには音楽棚から、聴きたい曲を取りだして聴くこともある。

このような年金生活を過ごしているが、何かと身過ぎ世過ぎの日常であるので、
日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを
心の発露の表現手段として、ブログの投稿文を綴ったりしている。
            
こうした中、家内は相変わらず専業主婦の延長戦のような料理、掃除、洗濯などをしてくれるので、
私はせめてと思いながら、家内が煎茶、コーヒーを飲みたい時を、
私は素早く察知して、日に6回ぐらい茶坊主の真似事もしている。

             

ここ数週間前から寒さを感じてきたので、居間はエアコンで暖房をしている。

そして二階にある和室六畳の寝室は、エアコンは設置しているが、熱い季節は冷気で涼しくしているが、
寒い季節は、空気が乾燥し、風邪が怖くて、暖房はしていない。

この寒い季節は、敷き布団を二枚敷き、そしてこの上に電気毛布をセットさせて、厚めのシーツを敷き、
毛布と掛布団となっている。

私たち夫婦は、国内旅行が共通の趣味のひとつで、幾たびか旅路を重ねてきたが、
数多くの宿泊先より、我が家が一番、とお互いに微苦笑してきた。

もとより家内が安楽に休めるように、幾たびか工夫した成果である。

そして平素は、家内が夕方に布団を敷いたりした後、
電気毛布をセットさせている。

やがて私たち夫婦は夕食を頂きながら談笑して、くつろいだ後、
夜の9時過ぎには、家内は山ガールより早い起床の為、お休みタイムとなり、
寝室に行く。

私は居間の暖房している中、本を読んだり、或いは録画していたドキュメンタリ-番組を視聴することが多い。
やがて私は、ここ数か月は布団にもぐるのは、真夜中の12時前後であり、
目覚めるのは朝の6時半過ぎが多くなっている。

こうした時、居間から寝室に行き、布団にもぐると、暖かく天国のように感じながら、
乾燥すぎるのが怖くて、電気毛布のスイッチを切った後、
現役サラリーマン時代だった時と違い、悩みは激少している為か、
たとえ震度3ぐらいの地震でも、 目覚めることなく熟睡している。

             

しかしながら時折、深夜まで読書をしていた時は、目覚めた時は少し眠いが、
やはり朝の6時半過ぎ、人生は気合だ、と心の中で呟きながら、起床したりしている。

こうした時、昼食後まもなく、二階の寝室に行き、
この時節は、敷き布団を二枚敷き、この上に電気毛布をセットさせて、シーツを敷き、
そして毛布と掛布団を整のえたりする。

やがて15分過ぎた頃、電気毛布の威力で布団が暖かさが増した頃、
私はパジャマに着替えて、本を持参して、寝室に行く。

そして窓際から陽射しが差し込む中、私は布団にもぐれば、暖かく、
本を読みながら、まもなく寝てしまう・・。

             

やがて一時間半過ぎた頃、ぼんやりと目覚め、まどろみながら、
この世で何より倖せ・・と感じながら甘受したりしてきた。
             
私は現役サラリーマン時代の大半は、睡眠時間を削りながら、
多くの諸兄と同様に奮戦してきたが、退職後の年金生活をしている私としては、
もとより昼寝ができることは、夢のような甘受のひとときとなっている。

富も名声も無縁な私としては、せめて叶うことは、こうした天国ような処で、
この寒い時節、ときには享受したりしている。

             

余談であるが、ときおり家内は、家内の母宅に介護に行ったりする時があり、
我が家は私が『おひとりさま』となる。

こうした時、過ぎし昨年のある日、いつもように私は、夜12時過ぎに居間から寝室に行き、
布団にもぐり込んだ時、つめたく、私は夕方に電気毛布のスイッチを入れるのを忘れていたことに気付き、
やむなく電気毛布が温まる15分ぐらいまで、自力の身体で温めた失敗もあったりした。

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 「キレる老人」にならないための習慣、高齢者の私は学び、やがて微苦笑して・・。

2017-11-20 15:35:38 | ささやかな古稀からの思い

先程、ときおり愛読している朝日新聞社系の基幹サイト【AERA dot.(ドット)】を見ている中、
【 テレビも原因? 「キレる老人」にならないための習慣とは 】と見出しを見てしまった。

私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、築後39年を過ぎた古ぼけた一軒屋に住んでいる。

私たち夫婦はお互いに厚生年金とわずかな企業年金を頂き、程ほど貯金を取り崩しながら
ささやかに過ごしている。

こうした中で、平素の私は、年金生活を始めた当初から、家内から依頼された品を求めて、
私は独りで歩いて7分前後にある最寄のスーパー2店か、或いは最寄駅までひたすら歩いて、
数多くスーパー、専門店で買い求めたりしている買物メール老ボーイとなっている。

過ぎし一週間前、最寄駅に近いドラック・ストアで、レジ待ちで私は並んでいる時、
60代と見られる女性が販売員に、大声でクレームを言ったりしている情景を見たりした。

或いはスーパーの店内で、お客さんが混雑する中、私と同世代の男性が
販売員を捕まえて、『どうして補充をしないのか・・品切れが多すぎるょ・・』
と怒り心頭で叱責していた。

販売員の御方は、お詫びを重ねていたが、私と同世代の男性が、
この後もネチネチと嫌味を言ったりしていた。

こうした情景を私は見たりしてきたので、今回の標題『「キレる老人」にならないための習慣とは・・』
の記事を読んだりした・・。

この記事の原文は、週刊朝日の2017年11月24日号より抜粋され、
【AERA dot.】に於いて11月20日に配信され、無断であるが転載させて頂く。

《・・テレビも原因? 「キレる老人」にならないための習慣とは

       

理性の中枢が衰え、生命の中枢の働きも低下し生まれる「オールドボンバー」=「老爆」。
できることなら、そうはなりたくないもの。


では、ブチ切れ老爆にならないためには、
どんなことに気をつけて暮らしていけばいいのだろうか。


「まず身体機能を正常に保ち、生命の中枢(第一層)=脳幹に負担のかからない生活を心がけることです。
毎日の睡眠時間はきちんと確保しましょう」

と、脳神経外科専門医の築山節さん。

築山さんは今まで1万人以上の、脳の病気の患者の診察治療に携わってきた。

そして次に大切なのは、規則正しい生活リズムにのっとって暮らすことだ。

「生活リズムを崩すと、その崩れたところから、感情が崩れてくるものです。
何歳になっても、朝起きる時間、夜眠る時間は、一定にしたほうがいいですね。

決められた時間の中で、余裕を持って行動することも大事です。
今の時代、定年してからも働く方が多いと思いますが、
日々たくさんの仕事を抱えたりしないことです。

若いときと同じように仕事しようとしても、体力が違うのです。
それを無理して、いろいろ考えようとするから
『もういい加減にしろよ』という気持ちが湧いてきて、キレてしまう。

定年後は、一日にこなす仕事は三つくらい。
そのくらいの気持ちで、生きていきましょう」


       

また、社会性を失わないために理性の中枢(第三層)=大脳新皮質を鍛えていくことも必要だ。


「感情の中枢(第二層)=大脳辺縁系をうまくコントロールするには、
大脳新皮質の力が必要です。

大脳辺縁系の異常興奮に対しては、大脳新皮質の一部である前頭葉を活性化することで
その興奮を抑えることができることがわかっています」


では大脳辺縁系を制御できる前頭葉の活性化には、どんなことをすればいいのか。

一番いいのは瞑想や座禅、マインドフルネスなど、「今、この場だけを感じる」トレーニングだ。
「休みなくクルクルと考えを巡らせている前頭葉を活性化するには、
なにもその回転数を増やすことに躍起にならなくていいのです。

それよりもあえて活動を抑え『デフォルト・モード・ネットワーク』という、
脳が本当にリラックスして、ボーッとしている状態を瞬時に作り出すトレーニングをすることです。

すると情報が整理され、脳がすっきりするので、キレにくくなります」


       

最後に最も大切なことは、「一日の行動ノート」をつけること。
【冴えた脳をキープするためにオススメ!「一日の行動ノート」はこちら】

「このノートは、自分の中にある情報を時間軸で整理するためにつけるのです。
活動の記録を毎日簡潔に書き記していくと、いろいろな気付きが生まれます。

たとえば病院に行ったときも、診察が済んでから会計まで30分かかったと記しておく。
そうすると次からは、『この病院は診察後、会計まで30分はかかる』という予測ができます。
予測を持って行動をすれば、人はキレないものです」


ノートをつけることは、理性の中枢(第三層)を鍛え、感情の中枢(第二層)を制御する上で大切な手段。

「ぜひ、多くの方にやってみてほしいと思います。
感情の中枢(第二層)は、急にはしつけることはできません。
若いうちから、自分がキレない暮らし方を身に着けることです。

       

感情の中枢(第二層)=大脳辺縁系がストレスなどで異常興奮し、感情が抑えきれなくなってしまうと、
人は社会の中で、正しく冷静な対処ができなくなってしまいます。

普段からストレス解消につながるような手段はなるべく多く持ち、
こまめに意識して実行していきましょう。

コーヒーの香りを嗅いだり、音楽を聴いたりといった手軽な方法でいいんですよ。
これは『ストレス・コーピング』といって、
脳の疲弊を防ぐ合理的な方法として新しく注目されています」


精神科医の立場からは、should thinking(べき思考)を捨てることが、
ブチ切れ老爆にならないことにつながると和田秀樹さんは言う。


「自分はこうあるべきだ、こうでなくては、という思い込みがあると、
それができなかったとき、自分に腹がたつでしょう? 

それと同じように、まわりもこうあるべきとガチガチに考えていると、
それが自分の思い描くレベルでないと、ムカつき、キレてしまう。

should thinking(べき思考)は、自分で自分を追い込むことになります。
こういう『べき思考』は持たないよう、心がけましょう」


そして和田さんは、テレビの見すぎにも注意を呼びかける。

       

「テレビ番組というものは、結論を急ぎますし、物事の白黒をつけたがりますよね。
それに慣れてしまうと、人は普段の生活の中でも『待つ』ということができなくなってしまう。

でも実生活の中では、なかなか結論が出ないことも多いでしょう? 
待ちきれない→キレる→人間関係をめちゃくちゃにして、孤独になる。

そんな負のスパイラルに陥らないためにも、テレビの視聴は適度にすることです」



それでも人間、イライラするときもある。
そんなときは「7秒間深呼吸」をすることだ。


「イライラしているときの脳は、酸素が不足していて窒息状態にあるのです。
そこで、脳に酸素を送ることを、意識してみましょう」


具体的には、7秒間の深呼吸をする。
窓を開けるか、ベランダに出るなどして、外の新鮮な空気を7秒間吸う。


そしてイライラした感情を吐きだすイメージで、7秒間息を吐きだすのだ。

「これだけでも、気分がリフレッシュできますよ。
また、イライラしてキレそうになったときは、やはり甘いものを食べることです」


甘いものを食べると、血糖値が上がり満足感を覚える。

「胃を刺激することで副交感神経が働き、イライラも抑えられるのです。
食べている間は、食べるという行為に意識が向きますから、
気持ちを落ち着かせ心をフラットな状態に戻せるのです」


年をとって怒鳴ったりする人は、自己愛が満たされていない場合も多い。
「自分は、まわりから大事にされていないという飢餓感から、
感情が暴走してしまう高齢者も多いのですよ。

年齢と共に自分の気持ちを上手にコントロールしていくことも大事ですが、
自分と同年代の人にちょっと気をつかってあげること、
お互いにいいところを褒め合って、互いの存在意義を認め合うことも
キレる老人を増やさないためには、大事なことなのです」


老爆問題は、他人事と思ってはならないのだ。(エディター・赤根千鶴子)・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした

          

私は民間会社の中小業に35年近く勤めて2004年〈平成16〉年の秋に定年退職となり、
最後の5年半はリストラ烈風の中、あえなく出向となり、やがて出向先で定年時となった。

こうした中、何かと無理難題なども幾たびも体験し、悪戦苦闘も多かった半生だったので、
定年後は年金生活を始めたひとりである。

やがて年金生活をすると、予測した以上に安楽な日々を過ごせて、
私たち夫婦は経済的に贅沢な生活は出来ないが、働らなくても何とか生活ができるので助かるわ、
と家内がときおり、 呟(つぶや)くように私に言ったりするので、私は苦笑する時もある。

このような私は、ときおり怒りを感じたことは、
テレビのニュースで、国会中継などを視聴した後、
まじめに審議しなくて、国家議員は給料泥棒だよなぁ、と思いながら憂いたりしてきた。

私は何かと定年前の悪戦苦闘も多かった半生を思い浮かべれば、
世の中の出来事には、程んど苦笑して過ごしてきた。

          

しかしながらたった一度だけ、私はクレームをしたことがあった。

平素の買物の際、我が家では、家内が新聞に添付されているスーパーのチラシを見たりし、
そして赤のサインペンで丸印を付けたりすることが多い。

この赤丸が我が家の本日の必須の購入品とし、
あとは私が店頭の商品で魅了された品を買い求めてくるのが、我が家の鉄則となっている。

過ぎし3年前の頃、最寄のあるスーパーに行き、家内が指定した食材を店内で探し、
15分過ぎても判らず、チラシを見せながら販売員に尋ねた。

そして結果として、3名の販売員が探し求めて、御手数をお掛けして、
チラシに掲載されている写真、そして明記されているメーカー名、食品名称とが
差異があったりした。

やがて私は、帰宅後にこのスーパーの30数店有する本社に電話して、
チラシを作成している担当者に、クレームをした。

『チラシを見て、買物に来る人もいて、肝要なメーカー名、食品名が誤りがあって・・
各店の販売員も、お客さんから尋ねられても困惑するし、よく注意してチラシを作成して下さいょ』
とこのような意味合いの言葉を私は言ったりした。

          

今回、記事の記事を読み終わって、多々教示されたりした。
特に、《・・イライラした感情を吐きだすイメージで、7秒間息を吐きだす・・》ことを学び、
今後、何かと小心者の私が、イライラした時は、
こっそりと7秒間ぐらい深呼吸をしょう、と微苦笑したりしている。


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ブログの投稿文を日々重ねて、丸13年が過ぎて、14年生を迎えて、独り微笑んで・・。

2017-11-19 15:26:05 | ささやかな古稀からの思い

私は東京の調布市に住む年金生活の73歳の身であるが、
民間会社の中小業に35年近く勤めて2004年〈平成16〉年の秋に定年退職となり、
何かと卑屈と劣等感にさいなまれ、悪戦苦闘の多かった半生だったので、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたく、その直後から年金生活を始めた。

こうした中、ネットの世界は殆ど無知な癖に、この当時にIBMなどからホームページ作成素材のソフトを買い求めて、
漠然としながら『ホームページ』を立ち上げて、
自身の日々の思い、そして過ぎ去った時代の思いのことなどを出来うる限り随筆風の散文を綴り、
公開しょうと思案したりしていた。

しかしながらホームページの開設までの技量に乏しく、無名の私が開設・運営した所で果たして、
と躊躇していた時に、
偶然に本屋の店頭で一冊の本にめぐり逢え、私は初めて『ブログ』の世界を知った・・。

この本は『はじめよう! みんなのブログ』(インプレス)と題された、
別冊インターネット・マガジンであった。

                         
           
ブログの世界は、多くは匿名制度であり、ある程度の良識を根底に於けば、
それぞれのお方が自由に、私生活の出来事から、政治、外交、軍事、経済、社会などの分野まで表現でき、
日本でも2002年(平成14年)の頃から急速に普及し、
誰でも発信できる人類史上初めての時代が到来している。

この少し前の時代は、もとより各専門知識のある有識者が、雑誌、新聞などに寄稿文を掲載することができる時代で、
私のように無名で素人の身は、せめて新聞・雑誌などの読者コーナーで、記事を投書できる範囲であり、
そして掲載の判断は、編集部の意向で決められていた。

こうした結果として、私は自在に私の生活のことから、政治、、経済、社会などに専門知識がない私でも、
私なりの思いを発露でき、何よりブログはホームページより手軽に開設、運営できると感じ、
ブログに加入しょうと決意した。

          
        
そして2004年(平成16年)11月12日にある大手のブログサービスに加入し、
早や丸13年が過ぎて、14年生を迎えている。

しかしながら、この後、2つばかりのブログサービスに彷徨(さまよ)った後、
この【gooブログ】に翌年の2005年(平成17年)1月19日に加入したりした。

そして、この後に他のブログサービスに加入して熱中して、2度ばかり【gooブログ】を中断したが、
2008年(平成20年)の5月以来は継続し、今日に至っている。    
       
このような軌跡で、ブログの世界を知って丸13年が過ぎて、早や14年生に進級した。

結果としては、パソコンの故障、国内旅行などしない限り、日に少なくとも一通は投稿してきた。

          
                                                               
こうした私の根底には、私の幼少時代から年金生活している現在までの生きてきた心の軌跡を発露して、
自己表現のひとつとして、心の証(あかし)の残したいからであった。

或いは年金生活を過ごしている今、日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを
心の発露の表現手段として、ブログの投稿文を綴ったりしている。
                    
私の投稿文の殆どの内容は、幼年期からサラリーマン退職時まで、
そして年金生活の日々の心情を脚色もないありのままの思い、真情を投稿文に認(したた)めたく、
あますことのないように綴ってきた。

私は綴る際は、自身のその時の心に素直に綴るようにし、
あとで振り返った時、あの時はこのような思いで過ごしていたのか、
何より自身に対して、その時の思いの心情を大切にしているひとりである。

            

 たとえば、7年前の晩秋期、2010年11月10日には、
わが故里(ふるさと)の幼年期の頃、錦繍(きんしゅう)の情景を思い馳せれば・・。』と題して、投稿している。


再掲載すれば、
【・・私は東京郊外の調布市に住む年金生活7年生の66歳の身であるが、
この時節、落葉樹は紅色、朱紅色、そして黄色に染められた錦繍を迎えているが、
何かしら住宅街の昨今のありふれた樹木の情景で、何かしら物足りないのが本音である。

私はこの調布市の外れの世田谷区と狛江市に隣接した地域に、
結婚した5年間を除き、61年ばかり住んでいることになる・・。

1944(昭和19)年の秋に農家の三男坊として生を受け、
地元の小学校に入学したのは1951(昭和26)年の春であった。

この当時の情景は、最寄の京王腺の各駅の商店街はあったが、5分ぐらい過ぎると、
畑の状景が広がり、そして田んぼも広く、それぞれ雑木林に囲まれた広い宅地の中に家があった。

晩秋になるこの時節は、サクラ、モミジ、ドウタンツツジ、柿などが朱色に染められ、
ケヤキ、イチョウ、ウメ、コナラ、クヌギ、ユズ等が黄色の色合いとなっていた。

小学生の私は、祖父、父の交流のあった旧家の10数軒のお宅を寄ったりしたが、
殆どこのような樹木が圧倒的に多くあったのである。

私の生まれた家の庭先でも、サクラ以外はこのような情景であった。

特に私は幼心に、コナラ、クヌギの樹木の四季のうつろいが好きで、
そしてサクラよりウメが好きであるので、
親戚の叔父さんから、変わった子だよねぇ、と父に話していたのを微(かす)かに覚えている。
確か1952(昭和27)年の頃であったと思われる。

この後、1955(昭和30)年の頃になると、都心のベットタウンに変貌しはじめて、
数年後には住宅街となり、旧家の狭くなった宅地にわずか残される状景となった。

ここ10数年ぐらい、私は散策したりすると、
遊歩道の小公園、少しばかり離れた都立公園などコナラ、クヌギの樹を見かけと、
私は思わず足を止めて、しばらくたたずみ眺めてたりいる・・。

そして、旅行先で偶然にめぐり逢うと、やはり足を止めて、見つめたりしている。

この後、ときおり私は調布市の外れの農家の児として育ったことは、
まぎれなく確かなことである、と微苦笑を浮かべたりすることもある。

尚、ナナカマドの朱色、そしてダテカンバの黄色に染め上げられるのは、
限りなく美しい日本の光景のひとつであるが、
無念ながら私のふるさとにはなかったのである。

私は北国を旅する時、ため息をして、これ等の樹木のうつろいを眺めたりしている。・・】

の当時も、恥ずかしながら数多くの駄文を綴ってきたが、
ひとえに自身の為の心の軌跡の発露、と言っても差し支えない。

                                                                                          

こうした中で、私は投稿文の時に、多くの方に読んで頂きたい自己顕示欲もあり、
投稿文の中では、改行を多くし読みやすいようにしている。

或いは6年前の頃から、何とか写真を添付することが出来たので、
乏しい筆力を補(おぎ)いながら、カット代わりに写真を掲載したりしている。
         
そして私はブログを投稿する際、ひとつのテーマを決めて、真摯に、ときには楽しく綴ることもあるが、
不勉強の為に筆力が乏しいながら、最後までお読み頂けるように試行錯誤をしたりしている。

しかしながら私の投稿文の内容は、あふれた思いを伝わるように熱意ばかりで、
一気呵成に書き上げてしまい、ときには長き投稿文になったり、
投稿文を送信した後、読み返したする時、つたない綴りが多いので反省する時もある。
               
ここ6年近く、このサイトに綴ることが生きがいのひとつになっているので、
数多くのお方にお読み頂き、私がブログが継続できたこともあり、偏(ひとえ)に感謝の一言です。
                                   
たまたま今朝、私の【gooブログ】に於いて、
私のブログに来て下さった累計『訪問者数(IP)は1、571,980』と表示され、
訪問者数(IP)は157万が超えたのか、と微苦笑したりした・・。

もとより人気のあるブログは、ウサギのように素早く短期に達成され、通過されているが、
つたない半生を歩んできた私に相応(ふさわ)しく、恥ずかしながらカメのようにゆっくりと達成できた為、
何とかねぇ・・と微苦笑を重ねたりした。

                         

こうした中で、数多くの諸兄諸姉の投稿文を読ませて頂くと、
ここ8年近く殆どの御方が、心ある写真を添付されたりしてきた。

そして私は、いつまでも言霊(ことだま)を信愛し、散文のような文章だけでの表現は、
時流に残されてしまうかしら、と私なりに憂慮してきた。

特に旅行関係の投稿文に関しては、散文を綴りながら危惧してきたのが本音でもある。

過ぎし2012年(平成24年)の秋、この当時の私は、ブログ上で写真を掲載する技巧がなかったが、
今覚えなくては、いつおぼえるょ、自身を叱咤激励して、
『文化の日』の翌日の4日から、私は遅ればせながら写真添付を始めて、投稿文を重ねているが、
昨今、写真を添付しないと、何かしら寂しい心情となり、我ながら独り微苦笑したりしている。

            
                             
                 
私は自身の投稿文も大切であるが、数多くの御方の投稿文を読ませて頂いたりした。

私は特に数多くの50代以上の数多くの諸兄諸姉の投稿文を読ませて頂きながら、
いつも感じられることは、日記として綴られている場合は、
その人なりの思いをその御方ご自身の言葉で、淡々と綴られているのに、
圧倒的に感動を覚(おぼ)えたりしてきた。

そして日々の日常生活の過ごした方、或いは人生の思いを学び、
こうしたお考えで、この人生を過ごされているのか、と教示されることが圧倒的に多く、
お住まいの地域、これまで綴られた人生航路の軌跡に思い重ねながら、
何よりも生きた人生の教科書、と確信を深めたりしている。

こうして読ませて頂きながら、私は秘かに励ましを感じたり、微笑んだりして、
確かな人生の底知れぬ哀歓を学びながら、年金生活を過ごしたりしている。

或いはその地域の情景の四季折々の移ろいを背景とし、
デジカメの数葉を掲載され、絵葉書のような観光地の解説でなく、
その方ご自身の言葉で綴られるのに感動させられたりしている。

そして言霊を信愛し、何よりも投稿文で吐露(とろ)しなければ、
この人生を生きて行くことはできない、
このような圧倒的に心の深淵まで描写できる方もいる。 

            
                           
こうした数多く投稿文を読ませて頂く中、たとえたった一行の綴りでも、
私は瞬時に琴線(きんせん)が静かに奏(かな)で始めて、
やがてその御方のブログに魅了されて、愛読者のひとりになってきた・・。

或いはコメントを頂いたり、或いは私は数多くの方の投稿文を読ませて頂き、
感きわまってコメントをしたりしている。

或いはそれぞれのお方よりコメントを頂き、
私は思いかけずに喜んだり、私の投稿文をこのように解釈されたのかしら微苦笑したりし、
返信を認(したた)めたりしている。

こうした中で望外の喜びとして、ブログサイトを開設していない数名の方より、
幾たびかコメントを頂き、もとより私は本心を発露して、返信を認(したた)めてきたりした。

            

そしてブログの投稿文を13年間ばかりしている中、ブログ上で出逢い、
やがてコメント上で心の交流を盛んに重ねても、ふとしたことで疎遠になり、別れとなる場合もある。
        
私がブログを初めてまもない2004年〈平成16年〉の12月の時、
ブログ形式に準じた【簡単gooホームページ】に加入している中、
確か一カ月後に、九州の北部にお住まいの60歳前後と思われる奥方と投稿文に於いてコメントをお互いにし、
その後、2年ぐらい高校生の交換日記のように、この当時も私は日々投稿文を綴っていたこともあり、
殆ど毎日コメント欄で心の交流を重ねた。

こうした中で、この奥方が一枚の写真を添付し、散策する時何かと魅せられている小花のひとつです、
と投稿文に掲載されていた。

私は恥ずかしながら無知であったので、ネットで検索したら、
『オオイヌノフグリ(大犬の陰嚢)』と明記されていたので、植物学者は文学性の感性が余りにも欠落している、
と思い苦笑した。

そして『瑠璃唐草』、『天人唐草』、『星の瞳』とも名づけられていたので、
この奥方に、『星の瞳』に瞬時魅せられました、と私はコメントしたりした。

           
           ☆2008年3月、私が近くに流れている野川の川べりで、偶然に『星の瞳』にめぐり逢い撮った一葉☆
   
こうした淡き心の交流を2年半していたが、ご主人様がご病気となり、入退院をされる中、
奥方の投稿文も途絶え、やがて私たちの交流も途絶えがちとなり、
まもなく加入している小さなある簡易なブログサイト自体が閉鎖となり、そして交流も終えてしまった。

このような私にとっては、貴重な思いを秘めているので、
『星の瞳』を通して、この奥方は、私の年金生活を始めて不安な心情の中、心おだやかに過ごせたので、
女神のような人と私は思っている・・。

そして、その後に私は春先に散策したりする時、『星の瞳』を見かけたりすると、
あの奥方はどのように過ごされているのかしら、と思ったりし早や9年半が過ぎている。

          

これまで私の人生のリアルの世界でも、たとえば現役サラリーマン時代に於いても、
盛んに交流していた友に於いて、人事異動で地方に転勤となったりして、
やがて疎遠となったりしてきた。

年金生活をしている中でも、私たち夫婦は国内旅行が共通の趣味であるので、
ときには観光ホテルなどに滞在プランで共にしたメンバーの人たち、
或いは団体周遊観光で旅路を共にしたこともあったりした。

こうした旅先で知り得た人たちと、宿泊している館内の食事処、大浴場、ロビー、
或いは私たち夫婦が街中を散策している時に、お逢いしたりし、お互いに談笑したりした。
        
もとより旅先で知り得た人たちは、それぞれ生を受けた環境も違い、
その後に育った状況、学歴、その後の社会人として職業、結婚生活・・、
やがてシニア世代となり、それぞれの生活をしていて、誰ひとり同じ人生航路を歩んできた人はいないのである。

その上、人それぞれ思考、信条、性格、趣味なども違うし、この広い世界で同じ人はいないが、
私たち夫婦は旅路で交流して、人生のひとときを共にし、
旅の終わりに近づくと、私たち夫婦は『また、いつ日にか旅先で、お逢いしたいですねぇ』
とそれぞれのご夫妻に愛惜の挨拶をしたりすることもある。

しかしながら、その後にお逢いしたことは殆どないのが実情であった。
                                                
過ぎゆく人生は、出逢いと別れを幾たびか体験すると古来から伝えられているが、
ネットのブログで、私が投稿文、コメント上で交流してきた方たちも、
歓び悲しみを共にしてきたので、同じかしら、と思い深めたりしている。

          
   
そして現代の私は、私がブックマークに掲げた人を中核に、
毎日のように数多くの御方の投稿文を読ませて頂きながら、
日々の日常生活の過ごした方、或いは人生の思いを学んだりしている・・。
           
このように私は、感じ深めていることは、この広い空の下で、未知のそれぞれの御方に投稿文、
或いはコメント上で、めぐり逢えたこと、
私にとっては心の宝物、と改めて感謝を重ねている。


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老後にごほうび! ちゃっかり貯まるヘソクリ術、こっそりと高齢者の私は学び、やがて微苦笑を重ねて・・。

2017-11-18 12:46:23 | ささやかな古稀からの思い

先程、ときおり愛読している読売新聞社の基幹サイト【ヨミウリオンライン】を見ている中、
【 老後にごほうび! ちゃっかり貯まるヘソクリ術 】と見出しを見てしまった。

私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の73歳の身であるが、
どういうことなの・・と好奇心に負けてしまい記事を精読してしまった。

この記事は、ファイナンシャル・プランナーの長尾義弘(ながお・よしひろ)さんの寄稿文であり、
【ヨミウリオンライン】に2016年7月9日に配信され、
私は読売新聞を購読して47年間のよしみに甘えて、無断ながら転記させて頂く。

《・・老後にごほうび! ちゃっかり貯まるヘソクリ術

           

老後破産、下流老人、老後難民・・・見通しの不確かな将来を暗示する言葉ばかりを耳にする昨今、
先立つものがないと、やはり不安は募る。

そのために、蓄えが大事だと分かっていても、
きゅうきゅうとした生活で貯金に回す余裕なんてない、と思わずこぼしたくもなる。

どうすれば、確実に貯蓄を増やすことができるのだろうか。
ファイナンシャル・プランナーの長尾義弘氏がアドバイスする。

           

☆貯蓄とダイエットは同じ

「貯蓄がないのは、不安に感じませんか?」と聞くと、
ほとんどの人は「不安」と答えます。

そして、「仕方がないよ、お金が貯(た)まらないんだから……」
とためいき交じりの言葉が返ってきます。 

でも、それであきらめてしまっても、いいのでしょうか? 

これまで貯蓄できなかった人も“プチお金持ち”になって、
老後資金を作ることができる方法をお教えしましょう。 

「貯蓄」というのは、「ダイエット」に似ていると私は考えています。
一念発起してダイエットを始めても、つい食欲に負けてしまったり、つらい運動を避けてしまったり、
「今日だけは」と自分を甘やかしてしまったり・・・三日坊主になってしまい、なかなか長続きしません。 

貯蓄も、マネー雑誌などを参考にして、いざ家計簿をつけてみたり、
財布を3つに分けてみたり、買い物のレシートを集めてみたり・・・と様々な方法で挑戦をします。

ところが、これも根気良く続けるのは、なかなか困難なようです。

           

☆恐怖の貯蓄リバウンド 

少々ムリなダイエットをして体重が減ったと喜びもつかの間、
安心して気を許すと、リバウンドでさらに太ってしまうことがあります。 

貯蓄も同じです。
毎日、数百円をコツコツと切り詰めてがんばっていても、節約疲れが出てきます。 

今月は5000円を節約できたと気が大きくなり、
「たまには一家3人で、3000円のステーキでも食べよう」
などということになりかねません。

節約した5000円を大きく上回る9000円を使ってしまうことになります。
これが「貯蓄のリバウンド」です。 

スポーツジムのテレビCMですっかりおなじみになった「結果にコミットする」という言葉があります。
ご存知の方も多いと思いますが、いわゆる「使用前」「使用後」の肉体の変化は
とてもインパクトがありビックリします。

 「コミット」とは、「コミットメント」という英語で、
「約束をする」、「積極的に関わる」という意味を表します。

ピッタリの日本語は見つかりませんが、
「結果を出すために、最大限に関わる」というニュアンスでしょう。 

やり方次第で貯蓄も「結果にコミットする」ことができるのです。
そのために、まず、なぜ貯蓄ができないのかを考えていきましょう。

            


☆貯金をするのはナゼ? 

なぜ、お金を貯める必要があるのだろうかと、考えたことはありますか。 

貯蓄をするのは、自分が、明日も明後日も生きているという未来があるためです。
明日、死んでしまうというのがわかっていたら、お金は必要ありません。
その日限りで、有り金のすべてを使い切ってもいいわけです。 

でも、明日は必ずやってきます。 

子どもの将来の教育費のために、お金は必要です。
そして、ちょっと高価なバッグがほしい、
あこがれのマイホームを手に入れたい、安心した老後を過ごしたい、
いつかクルーズ旅行で地中海に……。

そう、お金を貯めるのは、すべて「未来のため」なのです。 

これに対し、将来よりも現在を大切にしようという人もいるでしょう。
ただ、現在の楽しみを優先すると、お金は貯まりません。

将来得られる利益や目的達成よりも、目先の利益を優先してしまう傾向を、
経済用語で「現在バイアス」といいます。
この「現在バイアス」が強い人は、お金を貯めるのが難しくなります。

            

☆実は間違っている貯蓄の方法 

そもそも貯めることが苦手な人の公式(貯蓄の考え方)は間違っています。 

「収入-支出=貯蓄」だと思っていませんか? 

残念ながら、これは不正解です。
手にした収入の中からお金を使い、残った分を貯蓄に回す。
そんな考え方では、いつまでたってもお金は貯まりません。 

正解の公式は、「収入-貯蓄=支出」です。 

こう考えると貯蓄ができるのです。 

では、具体的にどうすればいいのか説明しましょう。
実は、簡単に、そして確実に、貯蓄できる方法があるのです。 

しかも、このマイナス金利時代に、年利20%以上の利回りがあるという方法です。
「そんな夢のような話は、リスクの高い投資で、何か危険なワナがあるのでは?」
と、いぶかってしまいますね。 

ところが、この方法は、政府が後押しをしていて、税金の控除を使うので安全なのです。 

その方法を説明していきましょう。 

           

☆確定拠出年金4つのメリット 

その方法とは、確定拠出年金を使う方法です。 

退職後に給付される年金の一部を「掛け金」として、
株式投資や投資信託などで運用し、老後に支払われる制度です。

確定拠出年金は、二つに分けられています。
一つは事業主が実施する「企業型確定拠出年金」。
もう一つは、個人が加入する「個人型確定拠出年金」です。 

なぜ、これらがすごいのかというと、次の4つのメリットがあるからです。 

〈1〉掛金は全額控除 

運用した金額に応じて、所得税・住民税の節税になります。
例えば、課税所得が300万円の会社員の場合、所得税は10%です。 

確定拠出年金で、毎月2万円(年間24万円)を運用した場合、
1年間で2万4000円(24万円×10%)が控除になります。 

住民税は一律10%ですので、同じく2万4000円の控除になります。 

所得税、住民税の両方合わせて、4万8000円の税金が戻ってくる計算です。 

24万円-4万8000円=19万2000円 

つまり、19万2000円で、24万円分を積み立てているようなものです。
これを25年間続けた場合、120万円(4万8000円×25年)の節税メリットを受けることになるのです。 

〈2〉運用益も非課税 

通常、金融商品の運用益には、20.315%の税金がかかりますが、
この確定拠出年金の運用益は、非課税で税金はかかりません。 

〈3〉受け取るときも税制優遇処置 

老後にお金を一括で受け取る場合は「退職所得控除」、
年金で受け取る場合は「公的年金控除」を受けることができて非常に有利です。 

〈4〉原則60歳まで引き出せない 

急にお金が必要になっても、使うことができません。
これは、流動性が低いためデメリットと考える人も多いかもしれません。

一度始めると引き出せないし、途中でやめることもできません。
それはかなりつらいのですが、逆にいうと老後資金を途中で取り崩せないので、
確実に貯めることができます。

ですので、私はあえてメリットと考えることにします。
 
           

65歳で貯金900万円 

先ほどの例で、毎月掛け金2万円を35歳から60歳まで25年間続けた場合、
積み立てた金額は600万円です。

毎月3万円なら25年続けると900万円になります。
運用がうまくいった場合には、もっと増えていることになります。 

65歳になって、900万円の貯蓄があるというのは、
年金生活において、かなり安心材料になりますね。
つまり「豊かな老後生活にコミットできる」と考えられます。 

2017年から確定拠出年金の加入枠が広がり、
専業主婦、公務員なども加入できるようになります。 

所得のない専業主婦は、掛け金の控除を使えませんが、
運用益が非課税になるのと、受け取りの税制優遇措置のメリットがフルに使えます。 

専業主婦の人だって、長年の労をねぎらう退職金のようなご褒美はもらいたいですよね。 

この確定拠出年金を使えば、退職金控除が使えて、一時金のようにもらえます。
効率のいいへそくりになると思いませんか。・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした
                  

私は記事を読み終わった後、過ぎし2004年(平成16年)の秋に定年退職となり、
の後は多々の理由で年金生活を始めて、早や丸13年が過ぎているので、
無念ながら『確定拠出年金』は、活用資格がなく、微苦笑をしてしまった・・。

しかしながら働いて下さる諸兄諸姉は、何かと優遇されている『確定拠出年金』は、
たとえ日々を少し倹約しても、利用されれば良い、と私は思ったりした。

           

私は現役サラリーマン時代は、親会社が都市銀行の金利より優遇されているグループ内拠出貯金を知り、
20年間ばかり給与より差し引かれる貯金をしてきた。

或いは50歳過ぎた頃、家内が郵便局に偶然見かけた『据置定期年金保険』を知り、
確か900万円を定期にすれば、5年過ぎた後、1000万円を10年分割する個人年金に、
私は加入したりした。

やがて私は定年退職後、多々の理由で年金生活を始めた当時は、
幸いに住宅ローンを終えていた。

しかしながら私は1944年(昭和19年)9月生まれであったので、
年金の満額の支給は62歳であり、
それまでの2年間は満額のほぼ半分となっていたこともあり、
グループ拠出貯金は我が家の家計に、大いに助かったりした。

そして私が63歳より、『据置定期年金保険』の個人年金を受け始めて、
お得感があったよねぇ、と家内から私は言われたりしてきた。

このように年金生活は、年金収入があっても、家計は7万円前後が赤字となる家庭が多く、
もとより貯蓄で補(おぎな)っていることもあり、働いている時代は貯金が大切だよねぇ、
と何かとグウダラな私でも、感じ深めている。

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最期は「自宅」or「ホーム」問題、改めて私たち夫婦の晩秋期の難題を学び、やがて溜息を重ねて・・。

2017-11-17 16:12:09 | ささやかな古稀からの思い

先程、ときおり愛読している朝日新聞社系の基幹サイト【AERA dot.(ドット)】を見ている中、
【 最期は「自宅」or「ホーム」問題を今から考えておく! 】と見出しを見てしまった。

私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、築後39年を過ぎた古ぼけた一軒屋に住んでいる。

 私たち夫婦はお互いに厚生年金とわずかな企業年金を頂き、程ほど貯金を取り崩しながら
ささやかに過ごしている。

こうした中で、私たち夫婦は幸運にも大病に遭遇せずに、今日を迎えているが、
やがていつの日にか、どちらかが介護・要になってしまった時は、
要支援、そして要介護の度合いに寄るが自宅、或いは介護施設に入居も思案する時もある。

こうした心情のある私は、『「最期は「自宅」or「ホーム」問題を今から考えておく!』を
改めて学びたく精読してしまった。

この記事の原文は、週刊朝日の2017年11月24日号より抜粋され、
【AERA dot.】に於いて11月17日に配信され、無断であるが転載させて頂く。

《・・『「最期は「自宅」or「ホーム」問題を今から考えておく!

       

人生の最期をどこで迎えるか。
いずれ介護が必要な体となれば、自宅に住み続けるか、高齢者向け施設への移住かの判断を迫られる。

そうなってから慌てるのでは遅い。
資金、趣味、持病、生活習慣など、自らの暮らしの足元をもう一度見直して考えてみませんか。


「まさか、こんな年をとってから、また引っ越しをするとは思わなかった」
そう語るのは、東京都内のサービス付き高齢者住宅(サ高住)に暮らす女性(70歳)。

都内の持ち家に住んでいたが、夫の定年後に売却、東北に終のすみかを探して移住した。
夫婦で田舎暮らしを始めたが、約2年前に“再住み替え”を迫られた。
夫が他界し、女性は、ひとりぼっちになったからだ。


「東北の大きな家にひとりでいても仕方ない。
東京にいる友達との付き合いがまだあったので、元気なうちに戻ろうと思ったのです」
と女性は振り返る。

子どもがいなかったので、安否確認と生活相談サービス付きの賃貸住宅、サ高住を選んだ。
家賃は、年金収入で払える水準。

ただ、介護が必要になると、居宅介護支援事業所と契約して、介護サービスを使うことになる。
いつまでも自立して暮らせるよう、ウォーキングと体操を毎朝欠かさないという。


       

移住先で暮らし始めたが、予期せぬことで、再び住み替えに。
こんなケースが後を絶たない。

介護・暮らしジャーナリストの太田差惠子さんは、こう指摘する。

「今の高齢者は、持ち家が多く、大半の方は自宅で、老後を過ごそうと考えます。
でも、子どもがいなかったり、離れて暮らしていたりすれば、介護をだれかに頼る時期が訪れる。
そのときにどうしたいかで、選択肢が変わってきます」


いくつか気をつけたいポイントがある。

介護付き有料老人ホームを最初から選べば、
要介護度が重くなっても、住み替えが不要と思いがちだが、入居時の覚悟が必要になる。


「要支援1~2や要介護1~2のうちに介護付き有料老人ホームに入ると、
周りは、要介護度が重い方たちばかりで、違和感を感じるかもしれません。

要介護度が重くなった際に、介護型の居住スペースに移れる住宅型・介護型併設のホームを選んだり、
週末だけ自宅に戻るセカンドハウスのような使い方をしたり。
そういう選択肢もあります」(太田さん)

       

老後の過ごし方は、手持ち資金によっても異なる。
15年間で250カ所もの高齢者施設を見学してきたファイナンシャルプランナーの畠中雅子さんが言う。


「終のすみかを探す際、入居費用が高いところばかりを見ても仕方ない。
定年のころに探しに行き、入居時期を80歳ごろと決めていたら、
20年後にお金がいくら残っているかを考えるべきです。
残っていそうな金額を把握し、それに見合った施設を探しましょう」


在宅と施設でかかるおよその費用を、知っておくとよい。

都市部の場合、入居一時金を払わないと、月々の費用が高くなってしまうが、
地方なら入居金ゼロで、有料老人ホームに入居するプランもある。
施設やサービス水準は様々なので、よく確かめたい。

5~6カ所くらいの施設を見学してから、決めるのがおすすめ。
ただ、持病によっては入居できなかったり、
要介護度が重くなれば、退去を迫られたりする施設もある。

面談で聞いておこう。


入居を考える際の最も難しい判断は
「夫婦で移り住む」か「2人の間は自宅で過ごし、どちらかが他界してから移る」か。

夫婦で住めば、入居金などが倍になるが、問題はお金だけではない。


「入居する部屋は、たいてい自宅より狭いので、顔を合わせる時間が長くなり、
夫婦げんかが絶えなくなることもあります。

また、“老老介護”が始まると逃げ場がありません。
どのタイミングで入るかを話し合っておくべきです」(太田さん)

       

千葉県内の有料老人ホーム(住宅型)で暮らす男性(89歳)は、妻(81歳)と一緒に移住。
自宅を売り、約6千万円の入居金を払った。
施設に入って20年だが、けんかは、ほぼゼロだ。


男性は「私たちは子どもがいないので、施設か在宅かを元気なうちに決断しました。
入居金は割高でしたが、介護が必要になれば、介護サービスを受けられる部屋に移れて安心。

20年間一緒に住み続ける秘訣? 
部屋にいる時間が長いので、趣味を見つけることだね。夫婦別々の」と笑う。


夫婦でカルチャーセンターに通うが別々のコースを受講。
3度の食事は施設内の食堂で食べられるが、外食やスーパーで買うなど、日によって決めるという。


施設に入ると、就寝や食事時間を管理されると思いがちだが、自宅に近い感覚で過ごせる施設もある。

「高齢者施設といっても生活の場なので、
晩酌が習慣の人は、夕食時にお酒を飲めるかどうかが重要なポイントです。
我慢を強いられる生活は、ストレスになりますので、
外出の自由度や食事の味、入浴時間の制限など生活習慣と照らしてチェックしましょう」(畠中さん)


自分が譲れない生活習慣を書き出すとよい。
いくつもある人は、サ高住だと自由度の高い生活を送れそうだ。

資金面で余裕がなければ、自宅で当面過ごし、介護が必要な際に在宅介護を受けるしかない。
最近は在宅介護サービスも充実しており、協力してくれる家族がいれば、最期まで自宅で過ごすことも可能だ。


「施設では、最期に食べられなくなったら病院に運ばれるのか、
部屋でお迎えが来るのを待つのか。
施設側に看取りの体制や実績を聞いておくと、入居してから安心できます」(太田さん)


住み替えなどで苦労しないように、終のすみか選びを考えたい。(村田くみ)・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした
       

私は記事を読み終わった後、多々教示されたりした。

私は介護費用に関して、私たち夫婦の晩秋期の最大の難関であるので、
確か4年前の頃から、私は学んできた。

そして介護のポータルサイト「MY介護の広場」を運営する
明治安田システム・テクノロジーの村松円さんの寄稿文より、介護費用の基本部分を学んできた。

在宅介護にかかるお金は大きく分けて二つ。
(1)公的介護保険の介護サービスの利用費(訪問ヘルパーやデイサービスなど)
(2)介護サービス以外の費用(医療費やオムツ代など)
(下記「介護費の負担を減らすための、介護保険の仕組み」参照)。

家計経済研究所が、在宅で親を介護している人を対象に行った調査(2011年)では、
(1)は月平均3万7千円。
(2)は3万2千円。
合計で6万9千円かかる計算だ。

(1)については介護保険の支給限度額内(自己負担1割)で、
カバーできたのは1万3千円で、残り2万4千円は全額自己負担分だ。

いざ、介護が必要になったら、地元の介護相談窓口である地域包括支援センターへ行こう。
そこでケアマネジャーを紹介してもらい、サービスの内容を相談して決める。
       

介護費の負担を減らすための、介護保険の仕組み

介護保険の支給限度額までは【1割自己負担】 ※注1
2015年8月から一定の所得(年金年収なら年280万円以上)がある人は、
自己負担が1割から2割にアップ

(1)公的介護保険の介護サービスの利用費

要支援1 5003円/サービスの目安:週2~3回
要支援2 1万473円/サービスの目安:週3~4回
要介護1 1万6692円/サービスの目安:1日1回程度
要介護2 1万9616円/サービスの目安:1日1~2回程度
要介護3 2万6931円/サービスの目安:1日2回程度
要介護4 3万806円/サービスの目安:1日2~3回程度
要介護5 3万6065円/サービスの目安:1日3~4回程度

→それを超えたら【全額自己負担】
※注1:金額は公的介護保険による在宅サービスの月額自己負担限度額。標準的な地域の例

(2)介護サービス以外の費用 【全額自己負担】※注2
配食・家事代行・紙おむつ支給など+医療費
※注2:補助が出る自治体もある

こうしたことを私は学んできた。

       

そして要支援までであったら、何とか自宅で過ごせると思われるが、
やはり要介護になってしまったら、やはり介護施設に入居すると思案してきたりした。

やがていつの日にか、どちらかが国の支援を受けている費用が
程ほどに適度な特別養護老人ホームに、入居が叶(かな)わなくなってしまった時、
やむなく高価と称されている有料老人ホームに、自宅を売却して、入居しなくてはならない場合もある。

昨日、新聞の折込チラシの中、我が家の一キロちかくにある有料老人ホームが、
掲載されていた・・。

そして私はこっそりと見ると、入居一時金2500万円、
月額費用は22.2万円(税別)で、内訳として管理費は15万円(税別)、
食費7.2万円(税別/おひとり様一日三食)、と明記されていた。

たとえ入居できても、亡くなるまで、いつまで介護を受ける必要な期間が判らないことである。

       

やがて永がられば、永がえる程、もとより本人の介護自己負担額が増し、貯金は切り崩しても資金不足となり、
当然ながら、退所が余儀なくされて、行き場がなく迷子のような介護難民になることである。

私は裕福層には遥か遠い年金生活の身であるので、
介護施設の入居費、そして毎月の負担額が余りにも高価に、昨今も学びながら溜息を重ねたりしている。

やむなく、何かとブラス思考の私は、人それぞれ永(なが)らえるのは、自助努力も肝要であるが、
こればかりは神様か仏(ほとけ)さまの采配によるよなぁ・・と微苦笑したりしている。


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100均の家計簿のクオリティがすごい!、買物メール老ボーイの私は学び、やがて恐れ入りました、と呟(つぶや)き・・。

2017-11-16 16:01:59 | ささやかな古稀からの思い

先程、ときおり愛読しているネットの公式サイト【マネーの達人】を見たりした中で、
『 「100均の家計簿」のクオリティがすごい!
         ~ダイソーで買える3種類を写真付きでご紹介~ 』と題された見出しを見てしまった。

私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
そして雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

そして私たち夫婦は、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。

こうした中、平素の私は、年金生活を始めた当初から、家内から依頼された品を求めて、
私は独りで歩いて7分前後にある最寄のスーパー2店か、或いは最寄駅までひたすら歩いて、
数多くスーパー、専門店で買い求めたりしている買物メール老ボーイとなっている。

やがて月初めには、私たち夫婦は月次決算ょ、と思いながら家計簿を締めている。

このように過ごしている私は、「100均の家計簿」のクオリティがすごい!、標題に、
どのような内容なょ、と好奇心に負けてしまい、こっそりと読んでしまった・・。

この記事は、垣内 結以さんが寄稿された記事で、
【マネーの達人】に11月16日に配信され、無断であるが転載させて頂く。

《・・「100均の家計簿」のクオリティがすごい! ~ダイソーで買える3種類を写真付きでご紹介~

            

家計簿というと本屋で購入するか、家計簿アプリを使うのが一般的ですが、
100均の家計簿も侮れません!


数年前にちらっと見たときは、安いだけあって、中身があまり充実していませんでしたが、
最近は本屋で売られている家計簿に負けないくらいクオリティが高くなっているんです。


今回はダイソーで販売されている3冊の家計簿をご紹介します。

 

節約術家計簿
注)記事に掲載されている数多くの写真をお借り致しました。

1.節約術家計簿

1月1日から1年間、毎日記入できるオーソドックスな家計簿です。

食費、日用品、被服など費目にそって書いていくだけなので、
簡単につけることができます。


週間合計や予算の残りを記入する欄もあり、使った金額と節約できた金額が一目瞭然で、
赤字や黒字の把握が楽です。


月初めに、今月の収入と決まって出ていくお金(家賃や光熱費)を書き込み、
今月使えるお金を算出する欄があるなど、書き込む内容が多くて充実しています。

また、光熱費や食費の節約アイディアや
節約アドバイザー・和田由貴さんのお役立ちコラムも掲載されており、読みごたえがあります。


ベーシックな家計簿が好きという方におすすめの家計簿です。
(年間決算表、年間貯蓄額、ローン・保険の記録、ボーナス・臨時収入の記録、医療費、
クレジットカード、底値の記録ページがあります。)

2.レシートが貼れる家計簿

2冊目はレシートが貼れる家計簿です。

レシートを貼るスペースがある家計簿で、
週ごとに使ったお金を書き込んでいく仕様になっています。


毎週、費目ごとに支出の合計を出す欄があり、月や年間の支出が簡単に計算できます。

年間支払い計画、我が家のライフプラン、支出のチェックグラフ、クレジットカードの記録など、
使える書き込みページが充実しています。


こちらはファイナンシャルプランナー・豊田眞弓さんのマネーコラムや、
家事のコツなどが掲載されており、読み物としても楽しめます。

巻末にはレシートがしまえるレシート袋がついていて、
レシートで支出を管理するのが向いている方にぴったりです。

3.家計ノート

3冊の中で一番シンプルな家計簿で、費目ごとに毎月の支出を書き込むタイプです。

費目を自由に設定できるので、自分のライフスタイルや家族構成に合わせて
好きなように使うことができます。


毎月の収入と決まって出ていくお金を書き込んで、
今月使えるお金を計算するスペースがあるため、使い過ぎを防ぐことができる工夫がされています。


年間決算表、ボーナスや臨時収入、医療費、おつきあいの記録など、
かゆいところに手が届くページが満載です。


このタイプの家計簿は、毎日つけるのがしんどい、
できるだけ楽に続けたいという方に向いています。

他にも、ファイナンシャルプランナー・ゆりもとひろみさんの「賢いお金の使い方」や
家事のコツなど暮らしに役立つ情報がたくさん掲載されていました。


3冊に共通するスゴイところ

すべての家計簿とも96ページあり、100円にしてはボリュームがあります。

裏表紙には日本製と書かれており、紙質もしっかりしていました。

表紙は写真の通りフルカラーでおしゃれですし、
中身は黒とオレンジ、またはマゼンタの2色カラー印刷で見やすいです。


3冊ともタイプが異なる家計簿なので、自分の好みに合ったものを選べます。

使った金額だけ書いて終わりという内容ではなく、
月ごとに使えるお金や年間の支出と貯蓄額を把握できる仕組みなっているので、
書き込むだけでお金の使い方を見直すことができます。


筆者は、毎年本屋で家計簿を購入していますが、
100円でここまで使える家計簿が手に入るなんて、驚きです。


本屋で数百円で売られていてもおかしくないクオリティと言えます。


自分にぴったりの家計簿を見つけよう

今回はダイソーの家計簿についてご紹介しました。

100円とは思えないほど内容が充実しており、
自分の好きなタイプを選ぶことができるのが魅力的です。


家計簿は毎年本屋で購入しているという方も、
来年は100均の家計簿を使ってみませんか?(執筆者:垣内 結以)・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした
            

私は記事を読み終わった後、たとえ100円ショップでも、創意工夫のある家計簿に、
恐れ入りました、と私は呟(つぶや)ながら感心させられた。

そして家計簿を付ける働いて下さる御方は、多忙な中、大変だなぁ、と私は感じたりした。
我が家は年金生活の癖に、アバウトな省略方法で実施しているので、
活用されている御方にも、恐れ入りました、と私は心の中で呟(つぶや)いたりした。

我が家の生計は原則として、私たち夫婦はお互いに厚生年金とわずかな企業年金を頂いた範囲で、
日常生活を過ごすことを原則としている。

そして耐久品の購入、冠婚葬祭、そして私たち夫婦の共通趣味の国内旅行に関しては、
程々の貯金を取り崩して、ここ13年半ばかり過ごしてきた・・。

こうした中で私たち夫婦は、月初めには家計簿をお互いに確認しながら実施している理由は、
40数年前、私たち夫婦が婚約する前、
お互いに隠し立ては・・やめましょうねぇ、と私は妻となる人から言われたりしてきた。

そして私たち夫婦は、結婚以来、毎月家計簿を翌月の初めにしているが、
もとより生活費をお互いに確認した上で、私、家内が趣味に使える費用を捻出する為に、
毎月確認し、家計簿の月次決算をしている。

            

恥ずかしながら内容を公開すれば、
厚生年金、企業年金などの収入の項目、そして郵便局の個人年金を入力した上、
そして銀行、郵便局、信託銀行などの残高を入力する。

やがて日常は買い物したレシートなど
家内が一週間に一度ぐらいノートに簡単に集計している程度である。

こうした簡略な支出の区分項目を家内が、読み上げて                    
私はパソコンの表計算ソフトのエクセルを活用して、入力したりした。

やがて855円ばかり差異があったりした時は、
『大勢には影響はないょ・・食費に加算して合わせておくから・・』
と私は苦笑しながら家内に言ったりした。

そして5表ばかり我が家の独自の資産表と収支別明細表を作成したりしたりしている。

やがて、毎年年始が過ぎた頃に、新年度の月別の概算表を作る際、
家内の要望などを織り込んで作成し、予算としている。
従って、年金生活の身であるから、今年も赤字が120万円前後かしら、とお互いに確認し合っている。

            

こうして私たち夫婦は経済的に贅沢な生活は出来ないが、
働らなくても何とか生活ができるので助かるわ、
と家内がときおり、 呟(つぶや)くように私に言ったりするので、私は苦笑したりしているのが、
我が家の実態である。

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