夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

ブログの投稿文、ときおり老ボーイの私は読みかえして、独り微苦笑を重ねて・・。

2016-04-30 15:24:50 | ささやかな古稀からの思い
私は2004年(平成16年)の秋、ある民間会社に35年近く勤めて定年退職後、
多々の理由で年金生活を始め、早や12年生となっている。

そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
東京の調布市の片隅みで、雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、
お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

私たち夫婦は、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。

こうした中で幸いにも、私たち夫婦は大病に遭遇せず、今日に至っている。
                       

日頃の私は、午前中に平素の買物専任者として、家内から依頼された品を求めて、独りで最寄りのスーパー、
或いは駅前まで利便性ある路線バスも乗車せず、片道20分前後の歩道を歩き、
スーパー、パン屋とかドラッグストアーなど専門店で買い求めたり、ときには本屋に寄ったりしている。

その後は、健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わない、と確信を深めて、
独りで自宅の周辺3キロぐらいの中の住宅街の道、遊歩道、小公園などを
ひたすら歩いたりする中で、 季節のうつろいを享受している。
          
午後より夜の大半は、随筆、ノンフィクション、小説、近代史、総合月刊雑誌などの読書が多く、
或いは居間にある映画棚から、20世紀の私の愛してやまい映画を自宅で鑑賞したり、
ときには音楽棚から、聴きたい曲を取りだして聴くこともある。

こうした中で、ときには小庭の手入れをしたり、友人と居酒屋など逢ったり、
家内との共通趣味の国内旅行を幾たびか遊学してきた。
                     

そして私は年金生活を過ごしている中で、何かと身過ぎ世過ぎの日常であるので、
日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを
心の発露の表現手段として、ブログの投稿文を綴ったりしている。
          
私は定年後、まもなく偶然にブログの世界を知り、丸11年半が過ぎて、早や12年生に進級する中、
パソコンの故障、国内旅行などしない限り、日に少なくとも一通は投稿してきた。

こうした私の根底には、私の幼少時代から年金生活している現在までの生きてきた心の軌跡を発露して、
自己表現のひとつとして、心の証(あかし)の残したいからであった。
     
私の投稿文の殆どの内容は、幼年期からサラリーマン退職時までのつたない人生航路、
そして年金生活の安楽な日々が多い心情は、
脚色もないありのままの思い、真情を投稿文に認(したた)めたく、あますことのないように綴ってきた。

私は綴る際は、自身のその時の心に素直に綴るようにし、
あとで振り返った時、あの時はこのような思いで過ごしていたのか、
何より自身に対して、その時の思いの心情が大切にしているひとりである。
       
そして数多くの駄文を綴ってきたが、ひとえに自身の為の心の軌跡の発露、と言っても差し支えない。
            

先程、ぼんやりと今頃の去年とか一昨年は・・私はどのような心情で過ごしてきたか、
と思いながら、私のブログの投稿文を読み返したりした・・。

昨年の4月30日に於いては、
【世の中は大型連休、働いて下さる諸兄諸姉、ご家族との心身のふれあいを大切に、と願い・・。】
http://blog.goo.ne.jp/yumede-ai/m/201504

一昨年の5月2日に於いては、
【風薫る5月は、花菖蒲を愛(め)でる季節かしら、と老兵の69歳の私は微笑んで・・。】
http://blog.goo.ne.jp/yumede-ai/d/20140502

            

こうした私の投稿文を読み返し、私は今の心情と余り変わらないよなぁ、独り微苦笑したりした。

齢ばかり重ねて・・と思ったりしたが、やはりその時の思い、思考していることなど、
あふれた思いを日々投稿文に認(したた)ればこそ、昨年、一昨年の今頃の私に出会えるよなぁ、と微苦笑を重ねたりした。

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大前研一さんの「高齢者のやけっぱち消費を狙え!」を学び、年金生活12年生の私は、微苦笑して・・。

2016-04-29 14:47:15 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の71歳の身であるが、
先程、ネットで愛読している『東洋経済オンライン 』を見たりしていると、
【大前研一「高齢者のやけっぱち消費を狙え!」】と見出しを見て、クリックしてしまった。

賢人の大前研一さんの論調であったら、私はここ20数年に及び多々教示されてきた私は、
今回も精読した。

大前研一さんはビジネス・ブレークスルー大学学長をされて、
今回、『東洋経済オンライン 』の『政治・経済』の『日本経済』に於いて、
『高齢者のやけっぱち消費を狙え!』、副題として『理論ではなく「心理」が経済を動かす』と命題され、
4月29日に配信された論調である。

私は特にシニア世代の諸兄諸姉に読んで頂きたく、あえて転載させて頂く。

《・・安倍首相は国民に「もっとお金使ってください」と積極的な消費を呼びかけていますが、
国民はなかなかお金を使いません。

新著『ニュースで学べない日本経済』を出版した大前研一氏は、
「企業は“やけっぱち消費”のお金を有効活用せよ」と述べています。
「やけっぱち消費」とは何か?  そこに景気回復の糸口があるのか? 大前研一氏に聞いてみました。
            

■ 世界に類を見ない日本の「低欲望社会」

今、日本の企業や家計は、潤沢な資産を保有しています。
これだけお金を持っているのに、使わない。これほど金利が下がっても、お金を借りない。

この状況が世界にも類を見ない日本の「低欲望社会」です。
お金がたくさんあっても、企業や個人にお金を使う欲望がないのです。

なぜお金を使わないのか。明確な理由があります。
染色体に「将来の心配」という特性が宿っているのです。

日本人はもともとこれほど心配性だったのかというと、そうではありません。
われわれの世代が育ったころの日本人は、「坂の上の雲」を目指して、世界に出ていこうという志を持っていました。
今よりも貧しい生活をしていたけれど、将来の心配などしていなかった。

松下幸之助は、英語がしゃべれないのに、世界へ出ていきました。
本田宗一郎は高等小学校しか卒業していませんが、世界のホンダをつくった。
昔の日本人は、今よりもずっと楽観的だったのです。

現代の日本人には、老後の生活について、若い頃から心配するという特徴があります。
「老後の生活についての考え方」というグラフを見ると、それがよくわかります。

老後の生活を心配している人が、1992年の60%台から、2014年は90%近くまで増えています。
心配していないという人が10%強。
この20年間で、心配している人が明らかに増えています。
            
何がそんなに心配なのか。「老後の生活を心配する理由」を見ると、
「十分な金融資産がない」「年金や保険が十分ではない」という理由を挙げている人が多いようです。
「ゆとりがなく、老後の備えが十分ではない」というのですが、
日本人1人当たりの貯蓄額は、世界最大です。いくらあったら安心できるのでしょうか。
            

■経済理論ではなく「心理」が消費行動を決める

高度成長期の日本では、30~35歳くらいで住宅を買うのが一般的でした。
最初の10年間は金利5%、その後は金利が上がっていく変動金利で住宅ローンを借りるという時代だったのです。

それが今や、35年固定金利の「フラット35」の時代です。
フラット35は、2014年12月時点で、1.56%という超低金利の住宅ローンです。
こんな商品は、日本にしかありません。
もし外国にフラット35を扱う銀行がオープンしたら、借りたいという人が殺到します。

ところが日本の住宅ローンは、まったく貸出残高が増えていません。
金利1.56%、35年固定。
この数字を見てぴくりともしない欲望のなさというのは、海外ではまず考えられません。

なぜそうなるかと言えば、日本人の「心理」が凍てついているからです。
10代の頃から20年間低成長を見続けてきた30代の人たちは、
「もういいよ。持たない、買わないのがいちばんだ」という心理状態になっています。

こういう人種は、世界中を見わたしても、資本主義社会にこれまで生息したことがありません。

ですから、欧米の経済学を勉強した人たちが、いくら理論を振りかざしても、理屈通りにいかないのです。
経済理論よりも、心理のほうが経済に大きな影響を与えるという状況を、
日本は今、世界で初めて経験していると言えます。
            

冒頭で述べたように、日本人は使う気になったら、いくらでもお金を持っています。
家計の金融資産・現金・預金額はどんどん増え続け、今や(2015年時点で)1700兆円を超えています。
このお金が1%市場に出てくるだけで17兆円です。

しかし、皆このお金を使う気もなければ、使う場所、チャンスもない。

安倍首相は、もっとお金を使えと言っていますが、使う必要、チャンスがあれば、皆使っています。
この点について私がいくら言っても、政治家や経済学者たちは、分かってくれません。
要するにこの人たちは、個人がどうやったら、お金を使うかということが分かっていない。

そこが、日本経済の最大の問題なのです。

一方、企業は利益余剰金を354兆円も貯め込みました。
不況になって1980年時点の50兆円が、350兆円になったのです。
1989年12月にバブル崩壊が始まりましたが、個人資産はこの25年間で735兆円も積み上がっています。

このお金を消費に向かわせればいいわけですが、この資金を強制的に市場に導くには、資産課税を重くすればいいのです。
            

■死ぬ瞬間に一番金持ちになる日本人

すると、じっとしているだけで、どんどん目減りしてしまうのですから、
それなら人生をエンジョイするために、使ったほうがいいな、と皆思うはずです。

「死ぬ瞬間に、ああ、いい人生だった、と思いたくありませんか? 
皆さん人生をもっとエンジョイしましょう」と、首相が国民に呼びかけて、
その気にさせないと、このお金はマーケットに出てきません。

そして「その代わりに皆さんが病気になったら、国がとことん全部、面倒をみます」と言えばいいのです。

スウェーデンでは、貯金をする人がいません。
国が面倒をみてくれるのですから、貯金はゼロでいいのです。

年金、保険、貯金と3つともすべてやっている、しかも年金の3割を貯金に回している日本人は、
死ぬ間際に、自分の人生において、もっとも金持ちになってしまうわけです。

日本人は誰も、国を信用していません。
誰も国の将来が明るいと思っていないのです。
日本人は、国が何と言っても、絶対に我々を裏切るよねと考えているので、
いざという時のために貯金していて、最期にキャッシュがいちばん貯まるのです。
            

お金はあの世には持って行けません。ではどうしたらいいか? 

昔は生前贈与という制度を使って、生きている間に、財産を子供などに譲る人が結構いましたが、
今はほとんどの人が、この制度を使っていません。

なぜかというと、多くの人たちは、自分の財産を人に譲ってしまったら、
いざという時に誰も助けてくれない、と思っているからです。

したがって最後まで抑止力として、この金を持っている。抑止力としての貯金です。
これは統計を取ると非常にハッキリ分かります。

このお金を何に使いますかと聞くと、ほとんどの人が「それはいざという時のためです」と答えています。
昔は子孫に残すという考えがありましたが、今は全然違います。
日本人は国を信用していないだけではなく、自分の子孫も信用していないのです。

その一方で、人生最期の瞬間に、こんなに余ってしまうのなら、もっとこういうことやあんなことをやっておけばよかった、
と思っている人も結構います。
そこで「なげやり消費」「やけっぱち消費」に走るわけです。
            

この点ではJR九州は、よく考えて頑張っています。
豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」というものがあります。
3泊4日の旅程でお2人様120万円。申し込みの倍率は100倍だそうです。
しかも、帰る時に次の予約をしていく人が、10組にⅠ組ほどいると言うのですから驚きです。

貯めたお金は天国までは持っていけないので、たとえ100万円以上でも、2回でも3回でも行こう、と思うわけです。
この、ななつ星の利用者は非常に象徴的で、こうしたセグメントというのは、
お金をたくさん持っていて、しかも使い方が思い切っているのです。

ですが、JR九州の前会長・石原進さんにお聞きしたところ、実は超富裕層ではない人が、買っているそうです。
やはり、「ななつ星」は、やけっぱち消費をしようと思っている人が買うのです。

120万円払うのであれば、現地でハイヤーを雇って、同じくらい豪華なプログラムを自分で作って、好きなように旅をすることができます。
ただ3日間列車に乗っているだけで120万円も使うのなら、
もっと自分のやりたいことを自由にやって、エンジョイしたほうがいいのではないでしょうか。

私なら、そうします。
もちろんそれほどまでに、電車が好きなら別ですが。
            

■企業は「やけっぱち消費」のお金を有効活用せよ

私はシニア層に対して「バイクでも乗って、ジェットスキーでもやって、もっといろいろ自分なりの遊びを見つけろ」と言うのですが、
皆「もう今さらなあ……」という感じです。
全部パッケージで用意されて、ゴージャス、ラグジュアリーですと言われると、何となくいい気持ちになってしまうのでしょう。

けれど私は、ななつ星のようなものは、まだ本物の消費者ニーズではないと思います。
つまり、これは彼らが本当に求めているものではなくて、彼らが求めているのは、
心から「本当にいい思い出になった」と感じるものなのでは、ないでしょうか。

もうちょっとアクティブで、他の人が行かないような、自分なりのユニークな経験を皆求めている。
それが、シニア消費というものの中心で、ここのところにバチッとヒットした商品やサービスを提供している会社は
まだないと思います。

そのあたりのユーザーやニーズに関するきちんとした統計もないので、
そこに刺さるものを提供しているところがないのです。
            

これからの企業は、個人が持っているお金を有意義に使ってもらうためのライフスタイルの提案や、
アイドルエコノミー(idle=使用されていない状態のものを活用するビジネス)の発想で余っているもの、
空いているものの活用、資産活用など、もっといろいろな工夫や提案をすることが重要です。

例えば生命保険の会社であれば、リバースモーゲージ(住宅担保型の老後資金ローン)でもいいですし、
金融機関ならアセット・バックト・セキュリティ(資産担保証券)のようなもので、
2階建てのものを5階建てにして下3階を貸し出し、将来の賃貸料を抵当に取って、
自分たちは4階と5階に住むといった提案ができるはずです。
世界中の企業がそういうことをやっています。

もっと世界を見てください。そして頭を使ってください。日本は空き家が13.5%もある国です。
これを100軒ほど買い取って補修し、海外からの旅行者に提供する、といったビジネスも可能です。
その宿泊施設の管理・運営をやってくれる会社も、スマホを使えば簡単に見つけられます。
そういうことをもっと積極的に考えてみてはいかがでしょう。・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
            

私は東京の調布市の片隅みに住み、私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

そして私たち夫婦は、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。
            
我が家の生計は原則として、私たち夫婦はお互いに厚生年金とわずかな企業年金を頂いた範囲で、
日常生活を過ごすことを原則としている。

そして耐久品の購入、冠婚葬祭、そして私たち夫婦の共通趣味の国内旅行に関しては、
程々の貯金を取り崩して、ここ11年半ばかり過ごしてきた・・。

今回の記事を読み終わった後、少子高齢化の中、年金は実質として目減りしている上、
やはり老後生活を過ごすには、程ほどの貯金を残こしていないと不安があり、
大前研一さんのご指摘には、苦笑させられてしまった・・。

そして老朽化した我が家を再建することも思案したこともあったが、
年金生活の中、貯金が激少してしまうので、断念したりしてきた。

せめてながら国内旅行で、私たち夫婦が行きたい処を幾たびか遊学してきたが、
《・・お金はあの世には持って行けません・・》という大前研一さんのご指摘には、
苦笑するばかりである。
            

私は40代の頃から、年金生活をされている御年輩の方達が、貯金を確保して浪費されないのは、
やはり社会保障制度、特に医療、介護の不安である、と思い続けてきた。

こうした不安を払拭できることを国が具体的に明言すれば、セカンドライフを過ごしている方たちは、
貯金を下ろして、自在にお金を支払い、やがて日本経済は活性化になる、と思ったりしてきた。

やがて私が、年金生活になると、苦笑することが多くなったりしている。

余談であるが、大前研一さんのご指摘のひとつには、
《・・年金の3割を貯金に回している日本人・・》について、私の友人、知人は該当せず、
大前研一さんのミス、と私は思いながら、大半の人は年金に補充として貯金を崩して生活されている、と私は認識している。

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『おひとりさま、連休どうする』と記事を読み、ときおり『おひとりさま』になる私は、微笑返し・・。

2016-04-28 15:48:06 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の71歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
そして雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

こうした中で、我が家の両親は、無念ながら家内の母だけとなり、我が家から遠い地で独り住まいをしている。

そして家内の母は自身の身の周りは出来ても、長女の家内は季節の変わるたびに、
大掃除、季節ごとの室内のカーテン、布団、暖冷房器具、衣服、庭の手入れなどで、
7泊8日前後で母宅に泊りがけで行っているのが、ここ11年の恒例のようになっていた。

やがて昨年の5月下旬より、家内の母は膝(ひざ)、腰も悪化して、大学病院に入院した後、
リハビリで近くの病院に行ったりしている。

そして家内と家内の妹は交互に、家内の母宅に宿泊して、家内の母の食事、洗濯、掃除、
或いは通院の付き添いなどしているので、必然的に多くなっている。

こうした関係で、ときおり私は我が家で独りぼっちの『おひとりさま』の生活を過ごしている・・。
                 

昨夜から雨が降り、本日は買物と散策は中止し、買い求めた本を読み、
先程、ネットでニュースを見たりしていると、
【おひとりさま、連休どうする】と見出し記事を見て、私は好奇心に負けて、読んだりしてしまった・・。

この記事は『京都新聞』が4月28日に配信して公開して下さった記事のひとつであり、
無断ながら転載させて頂く。

《・・未婚や配偶者との離別・死別などを理由に、独身のまま年を重ねる人が増えています。

「おひとりさま」を対象にしたレジャーも多く、
今では「一人参加限定パッケージツアー」や「一人カラオケ」、「一人焼き肉」もすっかり定着しました。

さて、今週末から始まるゴールデンウイーク。
「おひとりさま」で過ごす独身の人たちに、連休の楽しみ方を尋ねました。
                 

■趣味に没頭、つながりはネット

「待ちに待ったゴールデンウイーク。
思う存分、趣味に打ち込みます」と話すのは、フリーライター高野俊一さん(53)=京都市中京区。
高野さんの趣味は料理。

離婚してから、料理の楽しさに目覚めたという。
ライター稼業の傍ら、自分の作った料理のレシピをほぼ毎日ブログにアップする。
「バツイチ独身」の「ひとり飯」をうたったブログは、1カ月当たりの平均アクセス数が30万回を超える人気となり、
2014年11月に書籍化された。

「無類の料理好き」を自認するが、やはり平日は仕事に追われて、じっくり料理に取り組めない。
オリジナルレシピを考えても試作ができず、ストレスがたまっている。

連休はそんな自分を解き放ち、料理に没頭できる貴重な時間。
「連休中はどこに行っても、混雑していて疲れる。
むしろ出かけず、家にいる時間を大事に使うのも有用な過ごし方ではないかと思う」
                 

会社員井上雅之さん(39)=下京区=も、趣味の登山にいそしむ。
毎年ゴールデンウイークに「定点観測のように」登るのが、大津市の武奈ケ岳(標高約1214メートル)。
午前7時から登り始め、同11時頃には山頂に着き、夕方までに帰宅するという。
そんな日帰り登山を楽しんでいる。

初夏のこの時期の武奈ケ岳は林道に残雪が見られ、山中にトイレや自動販売機がないためか、家族連れが少ない。
「自然を体いっぱいに感じながら、静かに自分に向き合うことができる。
人に囲まれた日常から離れ、心がデトックス(浄化)されるのを感じます」と話す。
                 

派遣会社員牧野恵子さん(43)=東山区=は、まとまった休みが取れると、アート鑑賞の旅に出る。
この連休は5月2~5日の日程で、東京の三菱一号館美術館(千代田区)など都内複数の美術館やギャラリーをはしごする予定だ。

旅は友人連れではなく、あえて1人を選ぶ。
「その方が、何かと気楽。旅程の変更も自由だし、直前で中止したって誰にも迷惑がかからない。
旅先で知り合った人から新しい情報が聞けたり、予想外の展開になるのが面白いんですよ」
と一人旅の醍醐味(だいごみ)を語る。

心に響く作品に出会った時、感動を共有する相手がいなくて、寂しいと思う場合もあるが、
そんな時はフェイスブックに投稿する。

友人たちが共感の声や現地での展覧会情報を寄せてくれる。
投稿への返信から、たまたま近くに友人が来ていることが分かり、そのまま合流したこともある。
「急なハプニングや新たな仲間との出会いで、旅の内容がどんどん変わっていく。
冒険気分を味わえるのも、一人旅ならではですね」
                   

■単身限定ツアーも充実

1人で行動する「おひとりさま」のニーズに応えようと、
旅行業界も「一人参加限定パッケージツアー」の充実に力を入れる。

近畿日本ツーリストのグループ会社「クラブツーリズム」(東京都新宿区)は、
業界に先駆けて1997年に「一人参加限定パッケージツアー」を発売。
初年度は約2千人が利用した。

その後、右肩上がりに利用者は増え、ツアーの種類も増加。
2014年度には国内・海外合わせて約千コースを実施し、利用者数は約4万2千人に上った。

初年度から一貫して人気なのが、国内の離島巡りや地方の伝統的な祭りを見に行くツアー。
複数の美術館を、バスや電車で効率よく回るツアーも好評だという。

同社広報担当によると、利用者の8割が50~70代で、このうち7割が女性。
旅慣れた人が多いといい、「旅の目的がはっきりしている。
見たいものに集中でき、利用者同士で感動を分け合える点が、人気の理由ではないか」と見ている。
                 

2010年に参入した阪急交通社(大阪市)でも、
地域の祭りや花火大会、離島の自然など内容を特化したツアーが人気。

利用者の大半は50~80代の女性といい、
同社広報部は「夫と死別したり、友人が介護や育児で忙しくて同行者が見つからないケースも。
1人でも積極的に社会と関わり、人生を楽しもうとする人が増えている」と考察している。
 
<メモ>単独世帯は27%

国勢調査によると、50歳時点で一度も結婚したことがない人の割合を示す「生涯未婚率」は1990年以降に急増。
90年に男性5・5%、女性4・3%だったのに対し、
2010年には男性20・1%、女性10・6%に大幅に増えている。

また、厚生労働省が毎年行う「国民生活基礎調査」では、
世帯人員が1人の「単独世帯」の数が、全世帯数に占める割合が徐々に上昇。
10年に25%を超え、14年には、調査が開始された1953年以降、最多の27・1%となった。・・》
                 

私は年金生活の『毎日は日曜日』の為か、ときおり『おひとりさま』で過ごしても、
家内と共に過ごす平素と余り変わらないが、やはり少しは変化がある。

私は家内より先に、あの世に行くことは漠然としながらも深めているが、
この世の中は、まさかの予期せぬ出来事に遭遇することがあり、
私を残して家内が先き立たつことも考えられるので、
『おひとりさま』の特別演習だ、と自身を叱咤激励して過ごしている。
        
しかしなが平素の私は、家事の全般の料理、掃除、洗濯などは、家内にお願いしていたので、
恥ずかしながら初心者の若葉マークのような身であり、戸惑いながら行っているが、
食事、掃除、洗濯の手抜き簡略などに関しては、
このサイトで幾たびか記載してきたので、今回は省略する。


朝食と昼食は平素と同じであるが、夕食は前菜として冷凍のブロッコリーを電子レンジで少し温めて、
やはりミッカンぽん酢とお醤油をかけて、食べたりしている。

そしてウィスキーの濃い水割りを飲みながら、スーパーでお惣菜売り場で適度に買い求めた品を食べたりしている。
こうした中で、居間にある映画棚から、適度に観たい作品をテレビで、大音量で視聴している。

平素は5日に一回ぐらいアルコール日と自粛しているが、解禁となってしまう。
或いは家内は大音量は苦手であり、留守を言い訳に音楽も映画も程ほどの音量は不可欠だ、
と信愛している私は微笑ながら、鑑賞している。

このように身勝手なふるまいをしている私は、やはり男の癖におしゃべりなので、
話し相手がいなくて寂しいのが本音となっている。
                 

しかしながら、この世の中は、まさかの予期せぬ出来事に遭遇することがあり、
私を残して家内が先き立たれて、常時『おひとりさま』になった時は、
ときおり『おひとりさま』とは、もとより大いに変貌となる。

私は家内と日頃から、子供がいない一代限りの為か、葬儀、お墓のことも何度も話し合ったりしている。
葬儀は兄妹などの親族関係だけの家族葬とした後、お墓は樹木園に埋葬し、
それぞれ好きな落葉樹の下で土に還る、
そして四十九日が過ぎたら、その時の心情でお墓参りをすればよい、とお互いに確認し合っている。
          
私は家内が亡くなった時は、世の中はこのようなこともあるの、
と茫然(ぼうぜん)としながら四十九日を終えて、樹木園に行き、埋葬をすると思われる。

そして家内に先立たれた時、こうした古ぼけた家でも小庭の手入れも含めて維持管理するのは、
苦楽が伴なうので住めないだろう、と私は改めて感じている。

やむなく小庭のある古惚けた一軒屋を処分し、都立の大きな公園が隣接した場所で、
小さな2DKのマンションに転居すると思われる。

そしてスーパーと本屋に徒歩10分前後で行けた上で、
大学総合病院に公共の交通機関の利便性のある場所を選定するだろう。
                                          

この前提として、もとより住まいが狭くなるので、
やむなく本の大半は処分し、500冊前後に厳選した上、
映画作品のDVD、そして音楽のCD、DVDは程々に多いがすべて移動する。

こうした独り身の『おひとりさま』になった時の私の日常生活は、
付近の公園で四季折々の情景を眺めながら散策したり、
スーパーでお惣菜コーナーの売り場で買い求めたり、本屋に寄ったりして、数冊を購入する。

小さな2DKの12畳は居間として、少し大きめのテープルを置き、壁一面に本と映画・音楽の棚で、
テープルにはバソコンを置き、窓辺のバルコニー越しにマンション敷地内の大きな樹木が数多く観え、
食事もこのテーブルを使い、四季折々の常緑樹、落葉樹の情景を眺める。

そして6畳はベットの下には、収納棚に下着と靴下、壁側は衣服棚・・
付近の区立の小公園を散策代わりに、毎日のように歩く。
                                               
                                              
こうした中で、週たった一度だけ定期便のような居酒屋に行き、
中年の仲居さんと談笑し、からかわれながら、純米酒を二合ばかり呑むだろう。

そして私は家内の位牌の代わりに、定期入れに愛用した革のケースに、
家内のスナップを入れて、いつも持ち歩くと思われる。
                 

こうした日常生活を過ごすと思われるが、
私は国内旅行も好きなので、少なくとも年に4回ぐらいは2泊3日前後で、各地を訪れるだろう。

劇作家のチェーホフの遺(のこ)された、
《・・男と交際しない女は次第に色褪せる、女と交際しない男は阿呆になる・・》
と人生の哲学のような名言は、
どうしたらよいの、と私は考えたりするだろう。

やむなく、私は宿泊先の仲居さんで、お酌をして下さる方たちと、
やさしくふるまいながら語りあうと想像される・・。

そして、その夜は枕元に革ケースを置いて、
人生はいつまで続くの・・、と天上の人となった家内に呟(つぶや)きながら、眠るだろう。
                                          

私たち夫婦は幸運に大病せずに今日に至り、そして安楽な日々を甘味しているが、
こればかりは幾数十年継続できないので、このような私の方が実質『おひとりさま』になってしまった時を、
小心者の私は思いめぐらす時がある。

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ツツジ(躑躅)が彩(いろど)る時節、老ボーイの私が瞬時に魅せられたツツジのひとつ花は・・。

2016-04-27 15:59:33 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の71歳の身であるが、
ここ数週間、自宅から数キロ以内を買物とか散策で歩くと、ツツジ(躑躅)の花が観られる。

バスの走行する道路と歩道の分離帯に植え込まれたり、小道でも観られたり、
住宅街を歩くと、それぞれのご自宅でも植えられて、私は眺めながら微笑んだりしている。
            

我が家の小庭にも、過ぎし一週間前の頃から咲いて、ときおり私は眺めて微笑んだりしている。
38年前に遠い親戚の植木屋さんに植えて頂いたが、無念ながら陽当たりが少ない処であった為、
かぼそい成長ながら、なんとか歳月を得て彩(いろど)ってくれている。
            

昨日、家内が家内の母宅に介護で3泊4日で早朝から行き、
私たち夫婦は子供に恵まれた為に、私は『おひとりさま』となってしまい、
さて本日は・・と思案したりした。

そして都立の『神代植物公園』を訪ねよう、と決意した。

私の住む自宅の近くには野川が流れて、川沿いには遊歩道があり、
上流に向かい45分ばかり歩くと『深大寺』があり、そして隣接した所に都立の『神代植物公園』がある。

私は野川の川沿いの遊歩道を歩くのが圧倒的に多かったが、
70歳を過ぎてから少し楽なコースを歩き、途中からパスを利用している。

我が家から15分ばかり歩いた先には、京王線の最寄駅のひとつの『つつじが丘』駅があり、
駅前より神代植物公園、深大寺方面の路線バスに乗車し、やがて神代植物公園の正門前に到着する。

最も安楽なコースは、我が家の近くに路線バスを乗り継げば、20分前後で神代植物公園の正門前に着くが、
歩くことが何より健康の源(みなもと)であると信愛し、体力の衰えた私でも、
すべて路線バスを活用するは、論外としている。

この都立の『神代植物公園』は、園内にある雑木林があり、
私は幼年期に農家の児として育った為か、身に心も安らぐ所となっている。
                        

そして私が通った地元の神代中学校の付近にあり、
入学した1958年〈昭和33年〉の当時は、神代緑地として存在し、この周辺は雑木林、畑などであった。

やがて1960年(昭和35年)の春に中学校を卒業した後、
確か翌年の1961年(昭和36年)の秋に、拡大と整備され上、
神代植物園と改称して、都内唯一の植物公園として開園された・・。

この間の私の中学時代は、生家より自転車で通学し、ときおり開園前の雑木林の中とか周辺を下校の時などに、
学友と自転車で走りまわったりしていた。
その後、人生の節目などを含めて、四季折々通ったりしてきた。
               
そして私が心に迷ったりした時などは、樹木を眺めたり、それぞれの花に心を寄せて、
心の濾過をして浄化されたりしてきた。
                                
定年後の年金生活してきた中でも、殆ど独りで、四季折々訪ねている。
            

今年も冬木立を眺めたり、早春に白梅、紅梅を見たり、やがて早咲きの河津桜などの桜花、
三月には桃の花、そして染井吉野(ソメイヨシノ)、山桜(ヤマザクラ)、少し遅れて八重桜(ヤエザクラ)などを
愛(め)でたりしてきた・・。

しかしながら五月に咲くバラの時節まで、ツツジ(躑躅)が彩(いろど)る今の時節には、
訪ねたことがなかった・・。

ツツジ(躑躅)は自宅でも付近でも観ることができているので、わざわざ神代植物園まで行って、
鑑賞することはないよなぁ・・と欠落していた。


昨日、私は神代植物園を訪ね、園内にある『つつじ園』には、余り期待感がなく、散策代わりの心情であった。
そして『つつじ園』は、約290品種、約12000株で、クルメツツジ、ヒラドツツジなどがあると、
公表されている。
            

私は『つつじ園』を歩き廻りながら、それぞれのツツジ(躑躅)の花が彩(いろど)る中、
30分ぐらい鑑賞したりした。
  

こうした中で、瞬時に魅せられたツツジのひとつ花があり、長らく眺めたりした。
私は旅先でも見かけたことがなく、一期一会ですねぇ・・と心の中で呟き、
記憶のかたみ、としてデジカメで撮ったりした。
            

確か沖縄県・・琉球・・と記載されていたが、つたない私が長年にツツジ(躑躅)を眺めてきた中で、
最も魅了された花・・と感じ深めたりした・・。
            

誰しもツツジ(躑躅)に関しては、それぞれの人生航路を歩んできた中で、
それぞれのツツジ(躑躅)の花に託した思いがあり、
たまたま私が偶然にめぐり逢えた今回の花に、つたない私の感性を揺さぶられたのであった。
            

やがて帰路、ひとつの花にめぐり逢えたことだけでも、本日は良き日であり、
人生は生きていればこそ、楽しきことがある、と私は微笑んだりした・・。

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『老後の生活費は? 夫婦で月平均27万円』、年金生活12年生の私は、微苦笑して・・。

2016-04-26 16:44:34 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の71歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
そして雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

世の中は夫65歳以上、妻は60歳以上の夫婦のみの無職世帯は、
高齢夫婦無職世帯と称しているが、我が家も同じだよなぁ、と私は漠然としながらも心の片隅にあるが、
私たち夫婦は息子、娘がいなく、もとより孫もいないので、実感が乏しいが本音である。

そして私たち夫婦は、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。
            

今朝、配達された読売新聞を読んだりしている中、やがて17ページの【NEXTらいふ】を読んだりした。

この【NEXTらいふ】は、ミドル年代で、やがてセカンドライフを迎える方たちに於いて、
いろいろ不安と希望の要素をテーマに掲げた連載特集、と私は解釈している。

こうした中で、【 老後の生活費は? 】、【 夫婦で月平均27万円 】と見出しされて記事を読んだりした。
やがて記事を読み終わった後、微苦笑させられたりした・・。

石原毅人・記者が綴られた記事であり、無断ながら転記し、図表は加工して転載させて頂く。

《・・老後の生活費の総額は、「何歳まで生きるか」「どんな暮らしをしたいか」などの条件によって異なりますが、
総務省の「家計調査報告」(2015年)から、必要な金額の目安を知ることができます。

この調査によると、「高齢夫婦世帯」(夫65歳以上、妻60歳以上の無職世帯)の1か月の生活費は、
社会保険料などを含め、平均で約27・5万円です。

この金額をもとに、この世帯で夫が男性の平均寿命に相当する80歳まで生き、
この15年間を夫婦で暮らすとすれば、約5000万円になります。
            

☆========================================☆

★老後に必要な生活費はどのくらい?★

高齢夫婦世帯の平均支出月額(万円)

*直接費・社会保障費・・・・3.2
*交際費など・・・・・・・・5.9
*教養・娯楽・・・・・・・・2.6
*交通・通信費・・・・・・・2.7
*保険医療・・・・・・・・・1.5
*被服・履物・・・・・・・・0.7
*家具・家事用品・・・・・・0.9
*光熱・水道・・・・・・・・2.0
*住居・・・・・・・・・・・1.8
*食料・・・・・・・・・・・6.2
**合計**・・・・・・・27.5

この「高齢夫婦世帯」が15年間、夫婦で暮らすと・・。
27.5万円X12か月X15年=4950万円
留意・・総務省『家計調査報告』(2015年)をもとに作成。

☆========================================☆
            

毎月の生活費の内訳で最も多いのが、「食料」の約6・2万円です。
この費用を含めて、いわゆる「衣食住」に相当する支出だけで約3割を占めています。

ただし、ここでいう世帯の持ち家率は9割を超えています。
このため、「住居」には、修繕費などで約1・8万円しか計上されていません。
高齢期に賃貸物件に住む場合には、生活費がより多くかかる可能性があるので、注意が必要です。

また、意外とかかっているのが、「交際費」(約3万円)。
身内や近所の冠婚葬祭や、親しい人と喫茶店でおしゃべりをする際などの費用とみられます。

書籍代や小旅行などに充てる、「教養・娯楽」(約2・6万円)も少なくありません。

なお、この調査では、60歳以上の単身者の生活費は、平均で月約15・6万円となっています。


一方、生命保険文化センターが13年度に実施した調査によると、
レジャーや趣味などをさらに充実させた「ゆとりある老後」を送るには、
夫婦2人では、平均で月に35・4万円が必要とされています。

老後に必要なお金を考える上では、毎月の生活費の他に、
自動車や大型家電の買い替え費用や住まいのリフォーム代、大病をしたときの医療費など、
臨時的な支出があり得ることも忘れないようにしましょう。

テレビや雑誌などで活躍する東京都内のファイナンシャルプランナー・横山光昭さんは、
「現役時代のボーナスのような収入をあてにすることは、一般的ではありません。
年金を主な収入と考え、自分なりの老後の家計を具体的に予想することが大事です」と話しています。・・》
            

我が家の生計は原則として、私たち夫婦はお互いに厚生年金とわずかな企業年金を頂いた範囲で、
日常生活を過ごすことを原則としている。

そして耐久品の購入、冠婚葬祭、そして私たち夫婦の共通趣味の国内旅行に関しては、
程々の貯金を取り崩して、ここ11年半ばかり過ごしてきた・・。

こうした中で私たち夫婦は、月初めには家計簿をお互いに確認しながら実施している。

もとより社会の少子高齢化の中で、公的年金は目減りは減少してきたので、
私たち夫婦はお互い趣味の費用を捻出する為に、収支の実態をお互いに確認し、
ささやかに生活を過ごしたく、家計簿の月次決算をしている。

私たち夫婦は年金生活をして12年目となるが、我が家の銀行、郵便局、信託銀行などの貯蓄は、
安全利回りが原則で、周知の通り金利はわずかである。

そして年金生活を始めて数年は、200万円前後の赤字となったりしたが、
その後は毎年は120万円前後の赤字の実態なので、予定通り貯蓄の残額は減るばかりとなっている。
            

今回の総務省『家計調査報告』(2015年)に於いては、
確か実収入として、社会保障給付は194、874円(91・3%)、その他は18、505円(8・7%)、
合計は213、379円(100・0%)となっている。

収入に関しては、あくまで平均なので、もとより公的年金の社会保障給付が多い方もいれば、
不幸にして公的年金も少ない方もいるし、我が家は恥ずかしながら少しだけ平均額より高く、苦笑したりした。

従って今回の消費支出・計は27.5万円であるから、収支の差額の概算は、不足分として6.2万円。 
   
そして不足分に関しては、金融資産の取り崩しなどで、まかなっているとみられ、
我が家と同じだ、と私は微苦笑を重ねたりした・・。
            
支出に関しては、『交通・通信』は自動車の維持費と推測するが、
我が家は自動車も所有できず、殆ど歩くことが多く、携帯電話も家内専用でたった一台しかなく、
平均額よりも少ないが実情である。

『教養・娯楽』は私は単行本、新書本、文庫本、月刊雑誌を買い求めているし、
家内との国内旅行をときたま行ったりしているので、平均より4倍は要している。

『被服・履物』は、家内の指示で程々良き品をデパートで買い求め、
いつまでも長らく着て、やがて普段着、最後は庭の手入れの制服としているので、
平均額よりも高くなっている。

或いは社会保障費と税金は、平均より高いわ、と家内は言ったりしている。

そして『交際費』に関しては、ここ一年増加している。
            

我が家の両親は、無念ながら家内の母だけとなり、我が家から遠い地で独り住まいをしている。

そして家内の母は自身の身の周りは出来ても、長女の家内は季節の変わるたびに、
大掃除、季節ごとの室内のカーテン、布団、暖冷房器具、衣服、庭の手入れなどで、
7泊8日前後で母宅に泊りがけで行っているのが、ここ11年の恒例のようになっていた。

そして昨年の5月下旬より、家内の母は膝(ひざ)、腰も悪化して、大学病院に入院した後、
リハビリで近くの病院に行ったりしている。

そして家内と家内の妹は交互に、家内の母宅に宿泊して、家内の母の食事、洗濯、掃除、
或いは通院の付き添いなどしているので、必然的に多くなっている。

この他の支出項目は、ほぼ平均額となり、結果的には不足分は毎月平均として10万円となり、
程ほどの貯金から取り崩しているが、我が家の実態である。
                                  

しかしながら、家内は家内の母の介護で行く日が多くなっているので、
私たち夫婦は幾たびか6泊7日前後の旅路を重ねてきたが、こうしたことがままならず、
この人生は予測がつかないことも多くあるよなぁ、と私は苦笑したりしている。

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紫外線対策にサングラスは必要? 目への影響とその防ぎ方を学び、私は思案し、やがて・・。

2016-04-25 16:48:19 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の71歳の身であるが、
ここ数週間、燦々と照らす陽射しの時、買物、散策していると眩しく感じることが多くなっている・・。

私は昨年の晩秋、白内障に伴い最寄駅に近い眼科医院で、左眼、一週間後に右眼の手術を受けたりした・・。
そして白内障の水晶体の濁った皮質を細かく粉砕すると同時に眼外へ吸引した後、
広く手元から遠くまで見える多焦点眼内レンズを挿入して頂ただいた・・。

手術前の私は、裸眼0・03の酷い近眼で、メガネを掛けても0・7弱くらいであり、
高校生より劣等感のひとつであった。

そして手術後は、1・0前後の視力となり、近眼メガネが不要となり、
これ以上の吉報はないかしら、と悦んだりしている。

ただし手術前の数週間前、手術して下さる医院長から、
多焦点眼内レンズは、夜間に自動車を運転すると、対向車のライトが、
従来より眩しく感じますから・・と注意勧告を受けたりした。

そして私は定年後まもない時に、判断力が鈍っていると知り、
やむなく自動車運転免許証の更新を断念していたので、
車の運転はしませんから・・と私は医院長に苦笑しながら言ったりした。
            
昨夜、私はネットで、紫外線対策・・サングラス・・と検索した。
            

こうした中で、幾つか参考答案が出て、
【眼科専門医が教える。紫外線対策にサングラスは必要? 目への影響とその防ぎ方】と題された見出しを
私はクリックし、精読した。

《・・長時間、屋外に出るときは紫外線に備え、サングラスを着用する人が増えていると言います。
新しいサングラスを買いに出かけて、「あ、色の濃いレンズを買えばいいのかな。どう選ぶべきかな」と迷ったり、
また、目を守るはずのサングラスが、実は目に悪い影響を与える可能性があるということも耳にしました。

そこで、眼科専門医でみさき眼科クリニックの院長・石岡みさき先生に、
サングラスに関する疑問や、正しい選び方について尋ねてみました。
            

☆紫外線カットの性能と「レンズの色」は関係がない

――紫外線は目に悪いと思い込んでいるのですが、実際はどうなのでしょうか?

石岡先生
もともと、目には紫外線を防ぐ力が、備わっています。
ですので、例えば通勤時間など日常生活で多少の紫外線を浴びる分には、目の機能には問題ありません。

ただ、長時間、強い紫外線を浴びると、白内障や黄斑変性(おうはんへんせい)症という、
視界がゆがんだり、目が見えなくなったりする病気を引き起こす可能性があります。

また、角膜炎(かくまくえん)になるリスクもあります。
それらを防ぐために、スポーツ時や登山や海水浴などアウトドアでのレジャー、畑仕事など、
日中の大半を強い紫外線の中で過ごすときには、サングラスを着用することをお勧めします。


――「紫外線カットを目的としたサングラス」を選ぶポイントを教えてください。

石岡先生
色が濃いレンズの方が、紫外線をカットできる、と勘違いすることが多いようですが、
色と紫外線カットの性能は関係がありません。

紫外線カットのサングラスには、「紫外線透過率」が数字で表示されています。
これはそのレンズがどれだけ紫外線を透過するかを示す数字なので、
低いほどレンズの性能が優れているということになります。

例えば、「紫外線透過率1.0%以下」という表示のレンズは、
紫外線を99%以上カットすることができると言われます。

「紫外線カット率」と表記しているサングラスもありますが、
その場合は数値が高い方が、性能の良いレンズということになります。

性能が良くなるほど、金額は高くなる傾向にあるようですが、
どのくらいの時間、屋外で紫外線を浴びる可能性があるのかによって、選ぶ数値を考慮するとよいでしょう。

ライフスタイルによって違ってきますので、メガネショップで使用する目的や予算を伝え、相談してください。
その際、サンプルを実際に外でかざして、見え方や付け心地を確認してみるといいでしょう。
            

☆色の濃いサングラスをかけるときは、必ず「紫外線カット」のレンズを

――紫外線対策用のサングラスを使用するときの注意点はありますか?

石岡先生
当然ですが、紫外線を透過させない機能のあるレンズを選んでください。

その機能がないのに濃い色のレンズのサングラスを使用すると、目に悪い影響を与える可能性があります。
なぜなら、目は、暗いところでは瞳孔(どうこう。目の中心にある、光を通す領域)が開き、
より多くの光を取り込むようにできています。

一方、明るいところでは瞳孔は小さくなり、光を取り込む量を減らすという調節をしています。

ですから、紫外線カット機能のない濃い色のレンズで強い光を多く浴びると、
瞳孔が開いた状態になって多くの紫外線を目に取り込んでしまいます。

ファッションのためや顔に傷があるから隠したいという理由で、
色の濃いメガネを使用する場合は、長時間紫外線を浴びることは、避けてください。

紫外線カットを目的に性能の良いサングラスを買いたい場合は、
雑貨店ではなくメガネショップに行き、
仕事のご経験が豊かそうなメガネ検査員に相談して買われることをお勧めします。
            

――サングラスを常用して、紫外線をまったく見ないようにすると、目の働きが衰えるということを耳にしました。

石岡先生
確かに、体は紫外線を浴びることで、免疫力を向上させるビタミンDを作り出す効果などもあります。

しかし、目においては紫外線が良い影響をもたらすことはありません。
目の保護のために、サングラスを役立ててください。


――紫外線カットのサングラスを選ぶときには、レンズの色ではなく
「紫外線透過率」などの性能をしっかり確認するようにします。


強い紫外線を長時間浴びるときには、サングラスは必要ですが、
紫外線カット機能のない、色の濃いサングラスは、目を痛めてしまうとのこと。
正しい知識を持ち、用途と紫外線透過率をチェックした上で、適切なサングラスを選びたいものです。・・》
            

こうした解説文を私は精読して、本日の昼過ぎに最寄駅にあるメガネ店を訪れた。
そして店内の陳列棚にある50ぐらいサングラスで、濃い色合い、淡き色合いを眺めた後、
40歳前後の男性販売員に、私は白内障の手術後の状況、昨今の陽射しの眩しさの状況などを私は言った。

まもなくレンズの36種類ぐらいサンプルを私に提示しながら、
上記のみさき眼科クリニック院長が、注意点を含めて回答した内容と同一で、
やがて3種類を店前に出て、陽射しに向かってかざしたりした。
            

こうした中で、淡きレンズの「紫外線カット率25%」ぐらいが最適と思えたが、
裸眼から見た光景と余り変化がないように感じたりした・・。

私は昨年の熱い夏の時は、買物、散策してきた時は、
帽子を深くかぶり、まばゆい陽射し対策をしてきたことを思い浮かべ、
わざわざサングラスをする必要がない、と判断した。

そして40歳前後の知識の有る男性販売員に、お手数をお掛けしまして・・と御礼を言った後、
メガネ店を辞去した。

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全高齢者の6割が「コンビニ難民」と学び、都心の郊外に住む私は、動顛しながら憂い・・。

2016-04-24 13:52:18 | ささやかな古稀からの思い
私は中小業の民間会社に35年近く勤め、2004年(平成16年)の秋に定年退職となり、
その後は多々の理由で年金生活を始めた身である。

そして定年後から自主的に平素の買物担当となった私は、
家内から依頼された品を求めて、自動車も所有できない我が家は、
私は独りで歩いて7分前後にあるスーパー2店か、
或いは最寄駅まで15分前後歩いて、数多くスーパー、専門店で買い求めたりしている。

最寄駅までは利便性ある路線バスは頻繁に走行しているが、季節のうつろう情景を眺めたり、
歩くことは健康の源(みなもと)と信愛している私は、原則として路線バスに頼らず、
ひたすら歩いて往還している。

こうした中で、コンビニは我が家から歩いて5分以内に2店ばかりあるが、
コンビニはスーパーより割高と思い、何かと根がケチな私は、殆ど敬遠している。

こうした買物メール老ボーイとなって早や12年生となっている。
            

昨夜、愛読している総合ビジネス情報サイトの【ダイヤモンド・オンライン】を見たりしていると、
【 「コンビニ難民」知られざる実態 全高齢者の6割が生活苦に? 】と見出しされた記事を、
どうして・・と思いながら読んだりしてしまった・・。

『コンビニ難民 小売店から「ライフライン」へ』(中公新書ラクレ)などを上梓された竹本遼太(たけもと・りょうた)氏が、
週刊『ダイヤモンド』に寄稿され、まもなく【ダイヤモンド・オンライン】に2016年4月13日公開され、
無断であるが転載させて頂く。

《・・
☆もはや生活になくてはならない コンビニ1店が提供してくれること

日常生活の様々な場面で立ち寄る機会が多いコンビニエンスストア、いわゆるコンビニ。
現在、北から南まで、コンビニ各社の店舗網は5万5000店を超え、年間売上高は約10兆円、
1ヵ月間の来店者数は14億人に達する。

我々がコンビニ1店を利用する目的は、弁当や雑誌の購入から宅配便の発送、
コンサートなどのチケット申し込みまで、数知れない。
もはや「コンビニのない生活など想像できない」という読者もいるだろう。
            

一方、高齢化を伴う人口減少を背景に、日常の買い物に不便を感じる「買い物弱者」「買い物難民」が
社会問題となっているのは、周知の事実だ。

経済産業省の研究会が2010年に取りまとめた『地域生活インフラを支える流通のあり方研究会報告書』によると、
過疎化が進んだ「農村部」と、かつてのニュータウンなどがある「都市郊外」という2つの地域を中心に、
60歳以上の「高齢買い物弱者」は全国に600万人程度存在するとされる。

2015年に公表された『買物弱者・フードデザート問題等の現状及び今後の対策のあり方に関する調査報告書』(経済産業省)でも、
高齢の買い物弱者数は、約700万人と推計され、5年前より100万人も増加した。

その背景として、単純に60歳以上の高齢者人口が増加しているだけでなく、
日常の買い物に不便を感じている高齢者の割合が、若干ながら高まっていることがあるだろう。

人口減少に伴う商店街の衰退やスーパーの撤退など、
自宅近くで買い物をする場所そのものが、少なくなっている事情がうかがわれる。
            

では、そこにコンビニが1つあればどうだろう。
コンビニは日常の買い物だけではなく、預金の出し入れから、マイナンバーを用いた行政手続き、
さらには防犯や防災、雇用まで、私たちに数多くの生活機能を提供してくれる。

特に世界に先駆けて“超高齢化社会”に突入する日本においては、
生活のあらゆる場面で“近くて便利な”コンビニが、その課題解決に貢献する可能性が高い。

しかし、そもそも自宅から歩いて行けるくらいの距離に、コンビニがなければ、
いかに便利であろうと活用することはできない。

「クルマがあれば」とは言うものの、高齢化とともに運転は、難しくなるだろうし、
現実として高齢者ドライバーが起こすトラブルのニュースが流れることも少なくない。

そのような社会的背景もあり、筆者は徒歩によるコンビニへのアクセスに不便を感じる人々、
特に高齢者を、買い物弱者・買い物難民ならぬ“コンビニ難民”と呼んでいる。
            

☆マイナンバーの導入で役割が拡大 社会インフラになるコンビニ

店舗数の増加や売上高の高まりとともに、存在感を増すコンビニ。
単なる小売店としての役割にとどまらず、他業態を取り込むなどしながら事業領域を拡大し続けている。

たとえば、銀行ATMの設置による金融サービスの提供や、公共料金の収納代行といった生活サービスの提供については、
すでにほとんどのコンビニで実施されているのでご存じだろう。
今では、住民票の写しや印鑑登録証明書の発行といった行政サービスの提供まで、手がけるコンビニも増えた。

さらには自治体と連携し、商品宅配サービス時における高齢者の見守り活動や、
認知症サポーターの養成といった高齢化社会に向けた対応、無料Wi-Fiや外国語パンフレットの設置など、
インバウンド(訪日外国人)への対応を強化している。

特にマイナンバー制度の導入により、行政書類の交付サービスなどは、一層広がるものと期待されており、
コンビニはすでに経済や行政、物流など、各種サービスを提供する「社会インフラ」になったとも言える。

コンビニ各社が加盟する一般社団法人日本フランチャイズチェーン協会は、
2009年に『社会インフラとしてのコンビニエンスストア宣言』を取りまとめた。

この中では、環境負荷の低減や消費者の利便性向上に加え、まちの安全・安心や地域経済の活性化など、
地域社会への貢献をその取り組みの目標に掲げている。

実際、一企業の枠を超え、コンビニのインフラ化は進んでいる。
2011年の東日本大震災時には、被災地への緊急支援物資の迅速な提供、
都心部における帰宅困難者への水道水やトイレの提供など、
今や“ライフライン”としての機能を有していることも明らかになった。
            

最近では“コンビニエンス(便利)”というより“エッセンシャル(必要不可欠)”な拠点と、
コンビニを評する人もいる。

しかし、コンビニが日々の生活に欠かせないインフラとしての地位を確立すればするほど、
かえって自宅近くにその店舗がない地域の住民にとって、
その不便の度合いが、強まることも懸念されるのではなかろうか。

自宅から徒歩圏内にコンビニが立地しておらず、不便な思いをしているコンビニ難民。
果たしてどれくらいの数が存在していて、どの地域に多いのか。

拙著『コンビニ難民』(中公新書ラクレ)にてその現状把握を試みた調査結果を、一部紹介したい。

なお当データは、2015年7月時点における主要コンビニチェーンの店舗立地と、
高齢者の居住地域の地理的関係から、その店舗網がカバーする徒歩圏人口を導き出している。
            

☆歩いてコンビニに行けない! 全高齢者の6割が「コンビニ難民」に

詳しい解説は書籍に譲るが、調査では、日本全国1896市区町村のうち、
対象とするコンビニグループの店舗が1店も立地しないのは、分析時点で141市町村もあることがわかった。

また、最寄りのコンビニに徒歩で容易にアクセスできる一定距離(300m圏=分速60mと仮定した場合の徒歩5分、往復10分圏)内に
居住する高齢者の割合は、日本全国で39%に過ぎないこともわかった。

逆に言うと、全高齢者の6割程度が、徒歩によるコンビニへのアクセスに不便を感じる「コンビニ難民」と推計される。

ただし、その地域格差は大きい。
東京23区においては、なんと高齢者の86%が、最寄りのコンビニから300m圏に居住していることになる。
実際、東京23区では、あるコンビニから別の最寄りのコンビニまでの距離は、たった119m程度に過ぎない。

この数値は、あなたが23区内でコンビニ店舗にいた場合、
そこから直線距離にしてたった119m歩きさえすれば、かなり高い確率で別のコンビニへ到着することを意味する。

それだけ密集しているのだから、東京23区に住んでいると、
便利なコンビニの存在を「当たり前」のように感じてしまうことだろう。
            

一方、人口20万人以上の規模の大都市でも、茨城県つくば市や、新潟県上越市などでは、
高齢者の8割以上がコンビニ難民と推計される。

また、三重県津市や島根県松江市、福島県福島市、佐賀県佐賀市などの県庁所在地クラスであっても、
コンビニ難民比率が7割を超える都市は少なくない。

これらの地域では、今後の人口減少が、コンビニ難民のさらなる増加につながり、
生活利便性の低下に拍車をかけることが懸念される。

筆者は高齢者全体の6割をコンビニ難民と定義したが、
実際には同居している子どもや孫がいれば、クルマで食品スーパーや薬局、役所などへ送ってもらったり、
用事を代行してもらったりすることもできるだろう。

確かに、そうした家族のいる高齢者なら、
データ上ではコンビニ難民に該当していたとしても、特段の不便を感じないだろう。

しかし単身高齢者、いわゆる独居老人や高齢者夫婦世帯がコンビニ難民になると、
問題が深刻化しやすいと考えられ、一層の注意が必要だ。

単身高齢者や高齢者夫婦世帯こそ、コンビニが徒歩圏内にあることが、重要と考えられるからだ。

ちなみに、コンビニ徒歩圏内に居住していない高齢者のうち、
世帯に高齢者しかいない単身高齢者、高齢者夫婦世帯の人口を別途に推計したところ、
全国で868万人いるという結果になった。
            

☆「高齢者のみ世帯」がコンビニ難民になると深刻

地域別の詳細は割愛するが、「高齢者のみ世帯」のコンビニ難民該当者は、大都市圏の近郊ほど多い。

これは高度成長期に地方から大都市へ流入した若者が、そのまま高齢化したという事情が、背景として考えられる。
そこに単身化や核家族化といった世帯構成の変化が加わったことで、
地方・山間部ではないにもかかわらず、大都市近郊に「高齢者のみ世帯」のコンビニ難民が生まれているようだ。

すでに店舗網が国内に張り巡らされ、もはや日本人の生活と切り離せない存在になりつつあるコンビニ。
今回はそんなコンビニへ徒歩でアクセスすることが難しい「コンビニ難民」の存在について解説した。・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
            

私は東京の世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅の地域に住み、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、築後38年を過ぎた古ぼけた一軒屋に住み、自動車もない稀(まれ)な家となっている。

そして最寄駅としては、京王線の場合は、『つつじが丘』、『仙川』の両駅は徒歩15分である。

或いは小田急線の場合は、『喜多見』、『狛江』の両駅は徒歩20分となり、
そして私が長年通勤で利用した『成城学園前』駅は徒歩30分となっているが、
何かしら京王線と小田急線にサンドイッチされたかのような辺鄙(へんぴ)な地域に住み、
路線バスはいずれの最寄駅まで頻繁に走行している。

このような処で、私の生家も近く私は結婚前後の5年を除き、66年近くこの地に住んでいる。

私たち夫婦は、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。

そして幸運にも年金生活を11年半を過ごしてきた中、大病に遭遇せず今日に至っている・・。

しかしながら2014年に於いては、 健康寿命は女性は約74歳、男性は約71歳と公表され、
やがて平均寿命は女性86.83歳、男性80.5歳と大幅に伸びてきているが、
晩年期の難関として、健康寿命から平均寿命までは、女性が約12年、男性が約9年となっている現実がある。
            

私たち夫婦は、体力の衰えを感じている昨今であり、これから買物のことも思案したりしてきた・・。

たとえばスーパーに行き、店内で野菜、果実、肉類などは、生鮮度合を確認し上で、スーパーより我が家に配達して頂く。
そしてお醤油、ソースなどの調味料、ビール、ウィスキー、インスタント・コーヒーなどはメーカー製品であるので、
品を指定して無条件に、スーパーより我が家に配達して頂く。

このように私たちは、話し合ってきたが、コンビニに関しては眼中がなかった。

今回の寄稿文を読み終わった後、《・・コンビニ徒歩圏内に居住していない高齢者のうち、
世帯に高齢者しかいない単身高齢者、高齢者夫婦世帯の人口を別途に推計したところ、全国で868万人いる・・》
と私は遅ればせながら学び、私は動顛しながら憂いたりした・・。
            

コンビニは《・・小売から物流、金融、そして公的手続きや災害支援など、社会インフラとしての役割を担い始め・・
それはもはや「ライフライン」・・》と学び、
通販は隆盛を迎えているが、あくまで商品販売の範囲までである。

昨今、我が家の近くコンビニに於いては、確か千円以上お買い上げた場合、
配達までして下さるサービスが展開されている・・。

今回の「コンビニ難民」に住む方に対しては、スーパーかコンビニに於いて、
程ほど有料の配達制度で少しは解消できないことかしら、と何かと無知な私は漠然としながら、憂いたりしている。

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『健康十訓』を改めて教示され、やがて老ボーイの私は、微苦笑を重ねて・・。

2016-04-23 16:53:04 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の71歳の身である。

本日の昼下がり、パソコンを置いてある私の机の脇引き出しを開け、
ときには整理ねぇ、と思いながら不要の物は捨てようとしていた時、
やがてひとつの折りただんだ手拭(てぬぐい)が出てきて、何の手拭(てぬぐい)かしら、と拡げたりした。


過ぎし年の2011年〈平成23年〉の晩秋に、
田沢湖の北方にある観光ホテルに3日ばかり滞在して、乳頭温泉郷めぐりなどをした。

そして滞在している観光ホテルに於いて、露天風呂に向う館内の廊下り壁面に、
数多くの季節ごとのスケッチ絵が掲げられる中、
ひとつの手拭(てぬぐい)に書かれた教訓を読み、私は微苦笑されられた・・。

そして館内にある売店に、お土産品として『健康十訓』が有ったので、
記念に私は購入したことを思いだした・・。
          

過ぎ去りし年の2010年〈平成22年〉の秋の健康診断を受診した時、
糖尿病と明示され、茫然としながら、翌日より食事の内容はもとより、ウォーキング、散策をしたりして、
大幅に改善されている。

お酒大好きなの呑兵衛の私は、日本酒の純米酒、ビールを長き45年ぐらい夜のひととき愛飲してきたが、
糖尿病と宣告されて以来、 冠婚葬祭、懇親会、国内旅行など以外は、
原則として自宅で呑むのは、5日に一度ぐらいとしてきた。

ここ数年は、冷蔵庫の中に缶ビールがあること、台所の片隅に、
ともすれば日本酒の一升瓶、四合瓶も忘れてしまったりし、歌を忘れたカナリアのようになっている・・。

かっては夕食の時はお酒を友としてきたが、平素の夕食に煎茶、冷茶でもまったく違和感が感じることなく、
6年が過ぎて微苦笑している・・。

この間、最寄の内科に4週間毎に定期健診を受けているが、
ここ3年は悪玉コレステロールは基準値の90%、これ以外はほぼ優等生となって、
改善努力の成果となっている。

こうした定期健診を受けるたびに隣接した薬局で、血糖値を下げる薬を頂き、
日々朝食後に飲んでいるが、これ以外は至って健康だ、と思ったりしている。
                 

私は中小業の民間会社に35年近く奮戦して、2004年〈平成16年〉の秋に定年退職後し、
私の半生は、何かと卑屈と劣等感にさいなまれ、悪戦苦闘の多かった歩みだったので、、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたく、その直後から年金生活をしている・・。

そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭に古ぼけた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

サラリーマンの現役時代の私は、もとより我が家の収入の責務があるので、それなりに奮闘し、
家内は結婚して3年を除き、専業主婦の身で、洗濯、掃除、料理、買い物などしたり、
親族の交際も含めて、我が家の専守防衛長官の責任を果たしてきた。

定年後の私は、年金生活を始め、家内の日常のペースを出来る限り、
乱したくないので、決意して実行してきた。

具体的には、家内は殆ど従来通りしてもらい、その間のささやかな息抜き・・趣味ごと、
これを邪魔にするのは、まぎれなく天敵と私は確信を深めていた。

そして一日、少なくとも一回は外出し、家内の自由な時間を作ることと思い、
せめて日常の買物ぐらいはと思い、定年後から自主的に平素の買物担当となり、
家内から依頼されて品を求めて、買物メール老ボーイとなっている。
          

こうした中、独りで 毎日のようにスーパー、専門店に行ったりした後、
その後は、やはり独りで、自宅の周辺3キロ範囲の遊歩道、小公園などをほぼ毎日歩き廻ったりし、
季節のうつろいを享受している。

このような根底のひとつには、私は現役サラリーマン時代の58歳の時に、同僚が難病で死去されたり、
定年後の2年過ぎた頃、私より健康溌剌の2歳先輩の方が、突然に病死されたりし、
昨今、長寿社会といわれても、60代でもこの世とお別れする方も友人、知人5人もいたりしてきた。

そして私は、昨今何よりも私が恐れているのは認知症であり、歩き廻ったりしている・・。

日常の大半は、随筆、ノンフィクション、小説、現代史、総合月刊雑誌などの読書が多く、
或いは居間にある映画棚から、20世紀の私の愛してやまい映画を自宅で鑑賞したり、
ときには音楽棚から、聴きたい曲を取りだして聴くこともある。

このような年金生活を過ごしているが、何かと身過ぎ世過ぎの日常であるので、
日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを心の発露の表現手段として、
このブログのサイトに綴り投稿するのが、生きがいのひとつとなっている。
                    

我が家は私より5歳若い家内も、お互いに厚生年金、そしてわずかな企業年金を頂き、
平素の生活を過ごし、
国内旅行、冠婚葬祭、そして耐久品などの購入は、程ほどの貯金を取り崩して過ごしているので、
ごくありふれた年金の家庭であると思ったりしている。

このように年金生活を過ごしているが、私は敬愛しているチャップリンの遺(のこ)された言葉のひとつに、
《 人生には三つのものがあればいい。希望と勇気とサムマネー。 》
という名言があり、程ほどの貯金しかない私でも、人生の確かな格言ですねぇ、と信愛しているひとりである。

このような私であるので、もとより健康は大切である、と確信を深めながらも、
余りにも健康にこだわりすぎると、行動、ふるまいに制約が多くなり、
この残された人生は楽しいですか、と私は微苦笑しまう時もある。

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ひとりのなかで「消費の二極化」の時代、やがて老ボーイの私でも、同じかしら、と微苦笑して・・。

2016-04-22 16:47:18 | ささやかな古稀からの思い
私は中小業の民間会社に35年近く勤め、2004年(平成16年)の秋に定年退職となり、
その後は多々の理由で年金生活を始めた身である。

そして東京の世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅に住み、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭となり、
雑木の多い小庭に古ぼけた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

本日も定年後から自主的に平素の買物担当となった私は、
家内から依頼された品を求めて、独りでスーパーを2店ばかり歩いて、買い求めたりした。

その後は、やはり独りで自宅の周辺にある遊歩道、小公園などを一時間ばかり散策して、
萌黄色に染まった新緑の情景に心を寄せながら、享受したりした。
            

帰宅後、やがて昼食後、ネットでニュースを見たりしていると、
【 900万円のベンツ買いつつ、100円ショップ利用 ひとりの中で消費の二極化 】
と見出しされて記事に、どういうことなょ、と私は好奇心に負けて、記事を精読してしまった。

この記事は朝日新聞出版より発刊されている週刊誌【AERA(アエラ)】に於いて、
2016年4月18日号に掲載された記事のひとつであり、
【dot.】に4月21日に配信され、無断であるが転載させて頂く。

《・・近年の消費者動向で見られるのが「消費の二極化」。
高い物と安い物、その両極に分かれるということなのだが、最近の特徴は、その二極化が「ひとりのなかで起こる」ということだという。
一体どういうことなのか。
            

テーラーにオーダーしたスーツは、スリープライという3本の糸をより合わせて織ったモヘアのビンテージ生地を使ったものだ。
黒のストレートチップの靴は、シェットランドフォックス、かばんはイタリア製のヴァレクストラ。
全身で74万円とくれば、いやが上にも士気が高まる。

「安物を着ていると、仕事の交渉ごとに影響することもある。
週のうち5日は仕事なので、プライベートより、仕事用のものにお金をかけています」
そう話すのは、外資系企業で営業職を務める30代の独身男性だ。

デザインがいいだけでなく実用性があり、ロゴなどが華美でなく主張しすぎないこと、
仕事の邪魔をしないことが購入の条件。
高価だが、その価値はあると納得しているという。

ところで、プライベートではなにを着ているんですか?
「基本、ユニクロです」
            

近年の消費者行動の特徴について、博報堂コンサルティングの小宮弘行さんはこう説明する。
「ひとりの人の中で、消費の二極化が起こっています」

「これでいい消費」と「これがいい消費」。
「こだわり」に対しては、財布のひもが緩むという傾向が、長く続いている。

2006年に行われた経済産業省の「生活者の感性価値と価格プレミアムに関する意識調査」では、
76.1%の人が「自分のこだわりがあるものなら、価格が多少高くても購入する」と答えた。
小宮さんによると、この傾向が実に10年、変わっていないという。
            

アエラネットの会員などに、「高価なものを買った経験」について尋ねてみた。
昨年、新型のメルセデス・ベンツを900万円で購入したという50代の男性は、
普段は質素で100円ショップなども利用するという。

「中古の国産車に長年乗っていましたが、50歳を過ぎて運転能力も落ちてくる。
ベンツに乗ってみて、安全性能の高さに感心した。
真の安全性にお金をかけるのは、ありかと感じました」

2万円の電動歯ブラシを購入した女性(35)は、子育て中。
「常に時間に追われる生活。
短い時間でも、しっかり歯を磨いて、虫歯を予防することが大事だ、と思い購入を決意しました」

「将来の自分の納得」も「高い買い物」の背中を押す役割を果たしているようだ。(アエラ編集部)・・》
            

私は記事を読み終わった後、やはり現役サラリーマンで第一線で活躍されている御方・・
私が予測した以上に、御気に召した品は高価でも買い求める、と学んだりした。

そしてプライベート面では、安楽で手軽な品を買い求めている、と知ったりした。

同一人物でも外面、内面に於いて、「消費の二極化」の時代を初めて私は教示された。

私たち夫婦は、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。

こうした状況であり、サラリーマンを卒業して、年金生活をして早や11年半も過ぎ、
ひとりのなかで「消費の二極化」の時代、と学んだりしても、遠い世界の出来事のように思えたりした。
            

やがて私は、恥ずかしながら少しだけ、私でも「消費の二極化」があるよなぁ、と微苦笑したりした。

私は家内の指示で、齢を重ねると衣服はだらしがないと恥ずかしいわょ、と叱咤されて、
私は家内と共に、年4回ぐらい都心のデパートで、程ほどの品を買い求めたりしてきた。

懇親会、旅行などを目的として、幾つかのブレザー、長ズボン、コート、スポーツシャツなど、
少し私としては高いじゃない、と思いながら購入している。

しかしながら私は根がケチな為か、外出着から、やがて買物、散策する時、
その後は室内の普段着、そして最後には小庭の手入れに愛着することが多いのである。

こうした反面、私の下着、靴下などは、冬の旅路する時以外は、
駅前にあるスーパーの衣服フロアーで、私は積極果敢に下着は2枚で1500円、
靴下は3足で1200円などを買い求め、家内は苦笑したりしてきた。

このように老ボーイの私でも、時代に即応して「消費の二極化」に準拠している。

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定年後の年金生活の中、自宅3キロ範囲を歩き廻り、早や11年半が過ぎ、微苦笑して・・。

2016-04-21 14:41:34 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の71歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、築後38年を過ぎた古ぼけた一軒屋に住み、自動車もない稀(まれ)な家となっている。

私は2004年(平成16年)の秋、ある民間会社に35年近く勤めて定年退職後、
多々の理由で年金生活を始め、早や12年生となっている。

平素の私の午前中は、年金生活を始めて以来、 平素の買物は自主的に専任者となった私は、
家内の依頼された品物を買い求めに、独りで殆ど毎日スーパー、専門店に買い物に行ったりしている・・。

我が家は世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅の地域に住み、
最寄駅としては、京王線の場合は、『つつじが丘』、『仙川』の両駅は徒歩15分である。

或いは小田急線の場合は、『喜多見』、『狛江』の両駅は徒歩20分となり、
そして私が長年通勤で利用した『成城学園前』駅は徒歩30分となっているが、
何かしら京王線と小田急線にサンドイッチされたかのような辺鄙(へんぴ)な地域に住んでいる。

このような処で、私の生家も近く私は結婚前後の5年を除き、66年近くこの地に住んでいる。
            

いずれも路線バスの利便性は良いが、年金生活を始めてから原則として散歩も兼ねて、
路線バスを利用することなく、ひたすら歩いたりして、季節のうつろいを享受している。
                                
そして帰宅後も、再び独りで自宅から3キロ以内の住宅街、遊歩道、公園をひたすら歩き廻ったりした。

こうしたことは年金生活が丸11年半過ぎ、早や12年生になっているが、
国内旅行、冠婚葬祭、都心に買物、天候の悪化がない限り、私の午前中の定例行事ようになっている。
            

過ぎし10日に通販として大手旅行会社のクラブツーリズムより、
定期月刊誌の『旅の友』5月号が郵便受入箱に入っていて、
家内が見たりした後、私は翌日に読んだりした。

私たち夫婦の共通趣味は、国内旅行であり、温泉地とか観光名所地に滞在して、周辺を遊学することを好み、
クラブツーリズムの長期フリープランを年金生活の中、10数回ぐらい活用してきた。

或いは自動車の免許書も定年後の更新時に、破棄したので、辺鄙な名所めぐりは、
クラブツーリズムの観光めぐりなどを利用して、私たち夫婦は遊学したりしてきた。

今回、『旅の友』5月号を私は読んだりしている中、海外テーマ特集のひとつとして『上手にリフレッシュ』を主題に、
【名作を生んだ散歩道の風景】と題された記事があった。

『音楽』、『絵画』、『詩』として三つ記事が掲載されていたが、この中のひとつの記事を読み終わった後、
つたない私でも、瞬時に琴線(きんせん)が静かに奏(かな)で始めた・・。

私が魅了されたのは『詩』として紹介された、『イギリス・湖水地方詩人が称えた湖畔の水仙』であった。

無断であるが、転記させて頂く。
            

《・・ベートーヴェンと肩を並べるほどの散歩好きで知られているが、
イギリスを代表するロマン派詩人ウィリアム・ワーズワースだ。

イングランド北西部にある湖水地方は、氷河時代に形成された湖沼郡が点在し、
その景色はイギリスで最も美しいともいわれている。

湖水地方の近くに生まれ育ったワーズワースは、生涯にわたってこの地を散策し続けたことから、
『湖畔詩人』とも呼ばれている。

谷また丘の空高く
ひとり漂う雲のごと
さまようわれのふと見しは
群れ集いたる黄水仙
湖水のほとり木々の下
風にひらめき踊るなり

これはワーズワースの代表作『水仙』の一節。

緩やかな谷と丘が連なる湖水地方の、アルズウォーター湖付近を妹のドロシーと散策していた時、
黄金色に輝く水仙の花の群れと出会った瞬間の感動を綴った名詩だ。

彼は山や湖畔の小道、小さな町の田舎道を、何十キロでも平気で歩いたという。
            

そぞろ歩きをしながら周囲の自然と心を通わせて、詩を作っては、
あとで書き留めるために必死で暗誦していた。

『序曲』(1805年)の中で、
「・・毎日毎日私は、さまよい歩いた。
安んじてもの思いにふけることができる道を」

と散歩へ愛を語ったほどで、雨の日には傘を持ち、
濡れにくい道を足早に行ったり来たりしていたという。

悠久の時を超えて美しい風景と出会える湖水地方の山々や湖沿いの小道は、
彼が情緒豊かな詩を生み出すアイデアの宝庫だったのだろう・・》
            

私はイギリスの湖水地方には訪れたことはないが、確か20年前の頃、
NHKのBSに於いて、湖水地方について連続番組を視聴し、少しだけ情景は学んだりした。

そして肝要のイギリスを代表するワーズワースには、何かと海外文学に苦手な私は、
詩にも素養がなく、恥ずかしながら無知なひとりである。

たったひとつ記憶しているは、私が高校2年生の下校時、映画館に立ち寄って観た作品からであった。

エリア・カザン監督の『草原の輝き』(1961年)で、ナタリー・ウッドが扮する高校女学生が、
教室で詩を朗読するシーンであった。

草原の輝き
花の栄光
再びそれは還(かえ)らずとも
なげくなかれ
その奥に秘めたる
力を見出すべし

私はストリーに涙ぐみ、そしてこの詩には瞬時に魅せられ、そして二回目を見て、
字幕スーパーを薄暗い座席でノ-トに書き留めて、
詩を創られた御方が、ワーズワースと知り、私は17歳の時であった。
            

私は後年になると、ワーズワースも波乱に満ちた人生航路を歩んだと学んだが、
もとより詩に託した才能で、後世にも多くの方に敬愛されている人である。

そして私は《・・ワーズワースは、生まれ育った地で、生涯にわたってこの地を散策し続けた・・》に、
つたない私でも、瞬時に琴線(きんせん)が静かに奏(かな)で始めたのであった・・。

私は世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅の地域に生を受けて、
やがて都心の高校に通学して、都心の底知れぬ魅力に圧倒的に魅了され、通勤を含めて45年ばかり彷徨(さまよ)ったが、
定年後に年金生活を始めて、私の住む3キロ範囲を歩き廻るのが、何よりも心身安らぎを得ている。
            

そしてここ7年、デパートに買物、懇親会、冠婚葬祭などで都心に出れば、
人出の多さに疲れ果て、やがて我が家の最寄駅のひとつ『成城学園前』駅に降り立つと、
何故かしら安堵している。

このような心情を秘めた私は、たとえ時代、住む国と地域、才能も天と地の差があるが、
ワーズワースさんのお気持ち・・少しは理解できますょ、と私は微苦笑を重ねたりしている。

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私の住む調布市では、『防災教育の日』が制定されている中、高齢者の私は・・。

2016-04-20 15:36:09 | ささやかな古稀からの思い
私は2004年(平成16年)の秋、ある民間会社に35年近く勤めて定年退職後、
多々の理由で年金生活を始め、早や12年生となっている。

そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
東京の世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅に住む年金生活の身であるが、
結婚前後の5年を除き、66年近くこの地に住んでいる。

そして雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、
私は71歳、家内は66歳となり、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。

昼食後、私は門扉の近くにある郵便受入箱をのぞいたら、
月二回に発刊されている市報『ちょうふ』の平成28(2016)年4月20日が、入っていた・・。

私は一面を見たら、【調布市 防災教育の日】と大きな字で表示されて、
副題として、【~首都直下地震の日、あなたは何ができますか~】と明記されていた。
            

そして私はボケてはいけないと、と真摯に読んだりした・・。
《・・首都直下地震は30年以内に7割の確率で発生すると予想されています。

教育委員会では、東日本大震災を教訓に、毎年4月の第4土曜日を調布市防災教育の日とし、
児童・生徒だけでなく、保護者や地域の皆さんも参加できる防災公開講座や避難所開設・運営訓練などを実施しています。
市立小・中学校は災害時に避難所となりますので、日頃の防災意識や備えの大切さを再確認する機会として、
ぜひ気軽に参加してください。・・》

この下段には『取り組みのポイント』が掲載されていた。

●「命」の授業
東日本大震災の被災地から講師を招くなど、防災に関する理解を深め、命の尊さ・大切さを学ぶことで、
災害時に必要な判断力や基本的な行動様式を身に付けます。

●防災用ヘルメットを活用した訓練
一昨年、市立全中学校に導入した防災用ヘルメットを当日の訓練で活用し、
自助・共助意識を高めるとともに、将来の地域防災の担い手としての意識の向上を図ります。

●学校安全・安心メールの活用
災害時に児童・生徒の安否確認や保護者への引き渡しを円滑に行うことができるよう、訓練で活用する予定です。

そして来たる4月23日(土曜日)に於いて、市立小・中学校全校一斉に実施する、と私は学んだりした。

私は防災については、やはり避難訓練は私も小学校、中学校に通っていた時代に、幾たびか実施されてきた。

そして今後、万一『首都直下地震』が不意に襲来した時、
数多くの市民が災害から免れる確率が高く、もとより大切な命が救われる確率が高く、
私は防災訓練は大いに賛意している。
            

私は2004年〈平成16年〉の秋に定年退職した後、
多々の理由より年金生活してきたが、現役時代の緊張感を失くし、
やがて高齢者になった65歳頃からは体力の衰えを実感して、何かと気弱になっている。

こうした中で何よりも怖いのは、自身が認知症になることであるが、
対策のひとつとして、殆ど毎日ひたすら歩いて、何とか遭遇せずに晩年を過ごしたいと念願している。

そして次に恐れているのは、首都直下地震である。

過ぎし2013年(平成25年)12月20日の少し前に、
《 首都直下地震 「死者2万3000人」最悪想定 経済被害は約95兆円 》
と中央防災会議より公表されたりした。
        
このように首都直下地震が発生した場合、首都圏の甚大な大災害を読み、
東京の調布市に住み私は、どうしたらよいのか、無力の私は動揺したりした。

そして購読している読売新聞の記事の中に於いて、
《 生き延びる備え 家庭備蓄 一週間分 一人分 21食と水21リットル 》
と見出しされ、私は驚きながら、記事を精読してしまった・・。

この記事の詳細に於いて、《・・「最低でも3日分、可能な限り1週間分」の備蓄を求めている。
飲料水は1人1日あたり3リットル必要で、1週間分は21リットルになる。
家族全員の備蓄となると、飲料水だけでかなりの量となる・・》と学んだりした。

そして私は1週間分の水21リットルだと、2リットルのペットボトルで10本強で、
我が家は二人なので、少なくとも21本になるのか、と驚きながら戸惑ったりした。
            
 
我が家は防災全般に関しては、恥ずかしながら確固たる対策をしていない。

ただ、漠然と思いながら、東京湾からは40キロ以上離れた地域であるので、津波からは対象外だし、
豪雨による付近の野川の洪水による床下浸水も、高台の住宅街であるので、心配はしていない。
しかし地震については、どのような対策をとったら、と思案したりしてきた・・。

こうした地震については、私たち夫婦が考え始めたのは、
過ぎし年の2011年3月11日の観測史上最大の地震の東日本巨大地震に伴い、
岩手県、宮城県、福島県などの太平洋の沿岸に、大津波が発生して壊滅的な大惨事となった時からであった。

その上、福島第一原子力発電所で事故が発生、その後も相次ぐ事故に関して、主要国の諸国まで注視された。
そして、私さえも恐れていたお住まいになっている住民の方たちの周辺へに一時避難、
その上に農作物、畜産、水産、農地、牧草地、森林、水の汚染などに影響をもたらした。

こうした中で、私はテレビでNHKニュースを視聴したり、
新聞、ネットでニュースを読み、各地域で甚大な災害に、知るたびに身体はもとより、心まで震(ふる)えた・・。

この間、大惨事の被災した地域で、亡くなわれるた方が日ごとに増え、
私はただ呆然としながら、犠牲者の多数に悲しみに、ときおり黙祷をしたりしてきた。
そして特に、行方不明となられた方のせめてご遺体だけは、ご遺族のお手元に、と思ったりしてきた。
             

この時の東日本大震災の時の我が家は、
大きく揺れ、このようなことはこの世にあっていいの、と震度5度ぐらい、その後の直後の余震に、
私たち夫婦は居間で立ちすくんでいた。

そして本棚から10数冊の本が床に落ちたぐらいであったが、
我が家は防災に不備なことに気付かされた・・。

懐中電灯が2つばかりあるだけで、予備電池がないことも解かったりした。
そしてペットボトルの2リットルの煎茶が6本あるだけであった。

この後、改めて調布市から市民に配布された『調布市防災マップ』を見たりし、
この中の注意事項、連絡表の記載事項を互いに確認したり、
家内と共に買物に行った帰路に、指定された避難所の場所を近くを通り、確かめしたりした。

             
             我が家から7分ぐらい歩けば、NTT中央研修センタがある。

             
             この場所が、私の住む地域の避難所と公表されている。

そして我が家は、そのうちに電池不要の手回しで電源が発生する軽い携帯ラジオを購入しょう、
と話し合い、買い求めたりした。

その後、旅行用の肩掛け、或いは斜め掛けでもできるバックを居間の片隅に置いてある。

この当時、何かしら新聞で、たとえ避難所に行けたとしても、
緊急救援食料は3日間を過ぎた後と知り、私たち夫婦は3日間は自助努力で対処しなければならない、
と学んだりしてきたが、今回は一週間分の水と食べ物が必要、と知り戸惑ったのであった。

こうした緊急時に、いざ避難所に行く時に、最低限に持って行こう、と互いに決めている。
             
                  私が25年前に買い求めた軽く廉(やす)いナイロン製のバックで、
                  押し入れの中で休眠していたのを、取りだし、再活用とした。                    

この中身は、電池不要の手回しで電源が発生する軽い携帯ラジオ〈電池対応、可〉、
懐中電灯、電池、タオルを4枚、スーパーで売っている大きなゴミ袋(シート或いは身体に巻き防寒用として)4枚、
板チョコレートを4枚、食事代わりのラスク6袋、ペットボトル500mlが2本、
百円玉を中核として10円玉も少しで、3000円。

脇サイドには『調布市防災マップ』が入っているだけである。

無念ながら携帯電話もなく(後年、昨年の春に家内専用の携帯電話を買い求めた)、この程度ぐらいと思っている。
あとは、非常食として、乾パン6袋、ラスクの缶詰12個を購入した程度が、我が家のこの当時の現状であった。
            

このように過ごしてきた間に、2012年1月22日に於いて、
『マグニチュード(M)7級の首都直下地震が、今後4年以内に約70%の確率で発生する』という試算を、
東京大学地震研究所の研究チームがまとめられて、公表された。

私はこの公表されたその内容を新聞などで知り、
優(すぐ)れた英知結晶である東京大地震研究所のグループの方たちの予測を真剣に受け止めた。

しかしながら、巨大地震が発生した場合は、生きる意志の強い人は救助される確率は高い、と名言があるので、
私たち夫婦は動揺しながらも、市の職員の防災メンバー、警察、消防、やがて自衛隊の指示を守り、
私たちなりに懸命に努力はするが、その時は状況に応じて行動すればよい、と思ったりしている。
            

今回の【調布市 防災教育の日】に関する記事を読み終わった後、
漠然としながらも、このようなことを思い馳せたり思い馳せたりした。

余談であるが、私たち夫婦はここ一年、避難バックを夫婦別々にしている。
何かと混乱する中、避難する時、お互いにはぐれても安全策としている。

ここ三か月前は、防寒できる簡易なテントなどを含めて、私たち夫婦は検討しているのが、
実態となっている。

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老後のライフスタイルは「三かく」が大事と教示され、やがて年金生活12年生の私は微苦笑し・・。

2016-04-19 16:36:31 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の71歳の身であるが、
昨夜、ネットでニュースを見ている中、【 老後の生活費はどれくらいかかる? 実際の退職後の支出を見てみよう 】
と題された見出しを見たりした。

私は2004年(平成16年)の秋、ある民間会社に35年近く勤めて定年退職後、
多々の理由で年金生活を始め、早や12年生となっている。

このような身であるので、参考として読んでみたく、記事を精読し、多々教示されながらも、
微苦笑を重ねたりした。

この記事は、経済コラムニスト・大江英樹さんが綴られた寄稿文であり、
【THE PAGE 】に4月17日に配信されていた。

何かしら、《・・まだ間に合う!? 40歳からの明るい老後資金のつくり方・・》と明記されてので、
やがて老後のライフスタイルを過ごす不安を解消する為のアドバイスと思われ、
年金生活12年生の私でも、幾たびか微苦笑させられたりした・・。

無断であるが転載、そして転記させて頂く。
            

《・・
☆老後の生活費35万円は使い過ぎ?

老後の生活が不安なのは「わからないこと」があるからです。
まずわからないことの第一が、「老後の生活費=老後はいくらかかるのか」ということ。
この数字が実際、どれぐらいなのかを検証してみましょう。

老後の生活費がどれぐらいかかるのかは、どんな生活の仕方をするかによって、全く異なってきます。
月35万円で生活をすれば、1億円かかるというのは事実ですが、
正直言って、定年後に月35万円というのは、かなり使い過ぎのような気がします。
            

老後の生活費はどれくらいかかる? 実際の退職後の支出を見てみよう

著者の1カ月間の生活費(※厚生年金保険料や健康保険料などの社会保険料や所得税などは含まない)

食費・・・・・・・・・ 8万9865円
日用品・・・・・・・・ 4万5518円
趣味・交際費・・・・・ 1万8190円
洋服・アクセサリー・・   4552円
光熱費・水道代・・・・ 2万6722円
通信費・・・・・・・・ 1万 800円
交通費・ガソリン代・・   7469円
合計・・・・・・・・・22万1417円
            

☆退職後の生活費はズバリ、3割減!

私の場合、退職後の生活費は現役の時に比べてズバリ、3割強減りました。
図で示したのは、先日ある雑誌に公開した私の退職後のひと月の生活費ですが、だいたい22万円ぐらいです。

私の場合は現在無職ではなく、自分の経営する会社から給料をもらっていますので、
厚生年金保険料や健康保険料などの社会保険料や所得税などは、ここには記されていませんが、
それらを入れても25万円は超えません。

実際にこの金額で生活できるのか? とよく聞かれますが、日常生活はこれで全く問題ありません。

ただ、これでやっていける大きな理由は、
1.住宅ローンの返済が終わっているので、住居費がないこと
2.子どもが独立しているので、教育費は一切かからないこと
という条件がそろっているからです。

最近は晩婚化が進み、60歳時点でも、まだ子どもが中学生や高校生というケースも増えていますので、
その場合は教育費の負担というのはかなり大きくなるでしょうし、
賃貸住宅に住む場合は、家賃がかかってきますから、この金額に当然上乗せされることになります。 

私はマイナス金利時代といっても、住宅ローンの返済はむしろ積極的に進めた方がよいと考えていますが、
それは老後の負担を軽くしたいという気持ちがあるからです。
            

☆老後の生活費を把握するには、どうすればいいか

現役時代に老後の生活費を把握するには、一体どうすればいいかということですが、
ぜひやっていただいたほうがよいと思われるのは、家計簿をつけることです。
私も定年前の1年間と定年後の2年間、毎日支出を付けました。

最近は家計簿をつける家が減り、1割程度のご家庭しかつけていないという話も聞きます。
昔に比べるとカードや電子マネーの利用が多くなって現金の出入りだけではないため、
把握しづらくなっているというがその原因でしょう。

ただ、最近はスマホの便利なアプリが増えてきており、レシートを撮影するだけでデータが取り込めるなど、
かなり楽に使えるようになってきていますから、ぜひ活用して現時点での生活費をまず把握すべきだと思います。

教育費とローンという2つの大きな項目がなければ、
通常は現役時代の7割ぐらいで、十分生活できるはずです。

そして仮にその金額が私の場合と同様、22万円ぐらいだとすれば、
公的年金の標準的な支給金額とほぼ同じですから、日常生活費は年金だけでもまかなうことができ、
貯金や退職金などの自分の蓄えは、趣味や将来の介護に備えるといった目的に、充てることができます。
            

☆生活費を増やさないようにするポイントは?

でも本当に現役時代の7割にできるのか? という疑問もあると思います。
私自身がやってきたことは、ライフスタイルを変えて無駄を無くすことでした。

私は現在経済コラムニストとして執筆活動が中心ですから、家で原稿を書くことが多いため、
現役時代に比べると、スーツをはじめ衣服にかけるお金は大幅に減りました。

さらに交際費も激減しています。
現役時代は会社の帰りにちょっと一杯ということで行くと、すぐに2000円や3000円は使ってしまいます。
場合によっては月に何万円も使うこともあるかもしれませんが、退職後はほとんどなくなりました。

また、広い意味での交際費ということで言えば、年賀状はほとんどリストラしましたし、
冠婚葬祭の祝儀、不祝儀も大きく減っています。

よく老後のライフスタイルは「三かく」が大事だと言われます。
「三かく」とは「恥欠く、義理欠く、見栄欠く」ということだそうです。
これは確かにその通りだと痛感します。
            

こういう「三かく」を実行するというのは、なんだかケチくさくて、みみっちい感じがするように思えますが、
それは現役時代の感覚です。

サラリーマンであれば現役時代の人間関係や付き合いは、ほとんど会社の人たちですが、
退職すればそういう関係は、ほぼ無くなります。
自分が思っているほど、人はあなたのことを気にかけているわけではありません。

そういう不都合な真実は、あまり認めたくないと思いますが、これは私の経験上も明らかな事実です。
そういうあまり形のない形式的なことに、無駄なお金を使うよりも、
自分がやりたいことにお金を使ったほうが、はるかに楽しいことは間違いありません。

退職が近づいて来たら、モノだけではなくて、支出構造も大胆に“断捨離”してみることをお勧めしたいと思います。・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
            

私たち夫婦は無念ながら子供に恵まれなかったので、もとより息子、娘がいなく、そして孫もいなく、
我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

このように子供の教育資金は不要であり、住宅ローンは50代の初めに返済は完了したりしてきた。

年金生活をしている今、私たち夫婦は、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。

我が家の生計は原則として、私たち夫婦はお互いに厚生年金とわずかな企業年金を頂いた範囲で、
日常生活を過ごすことを原則としている。

そして耐久品の購入、冠婚葬祭、そして私たち夫婦の共通趣味の国内旅行に関しては、
程々の貯金を取り崩して、ここ11年半ばかり過ごしてきた・・。
            

こうした中で私たち夫婦は、月初めには家計簿をお互いに確認しながら実施している。

もとより社会の少子高齢化の中で、公的年金は実質は目減りで減少してきたので、
私たち夫婦はお互い趣味の費用を捻出する為に、収支の実態をお互いに確認し、
ささやかに生活を過ごしたく、家計簿の月次決算をしている。

私たち夫婦は年金生活をして12年目となるが、我が家の銀行、郵便局、信託銀行などの貯蓄は、
安全利回りが原則で、周知の通り金利はわずかである。

そして年金生活を始めて数年は、200万円前後の赤字となったりしたが、
その後は毎年は120万円前後の赤字の実態なので、予定通り貯蓄の残額は減るばかりとなっている。


今回の記事に於いて、何よりも苦笑させられたは、
《・・「三かく」とは「恥欠く、義理欠く、見栄欠く」・・「三かく」・・》であった。
            

経済コラムニスト・大江英樹さんが明記された通り、現役サラリーマン時代は、
仲良しグループと飲食会も多く、衣服に関してもスーツ、ネクタイ、バック、シューズ代なども多かった。

年金生活になると、衣服は家内の指示で、程々良き品をデパートで買い求め、
旅行先、懇親会などで長らく着て、やがて普段着、最後は庭の手入れの制服としている。

そして会社内、関係先の懇親会、冠婚葬祭も激少し、
学生時代の友人と気楽に再復活となったり、我が家の兄妹、親戚関係の交際費が増加している実態となっている。

ここ一年、家内は家内の母の介護で行く日が多くなって『交際費』は増加し、
私たち夫婦は幾たびか6泊7日前後の旅路を重ねてきたが、やむなく断念する方が多く、『旅行費』が減少し、
この人生は予測がつかないことも多くあるよなぁ、と私は苦笑したりしている。

そして大江英樹さんが明記された通り、支出は住宅ローンを対象外とすれば《・・現役時代の7割・・》、
我が家では該当しているなぁ、と私は微苦笑したりした。
            

ときおり60代の10年間の年金生活を私は振り返る時は、
ここ7年前の頃から、世の中の数多く60代の諸兄諸姉は、人生の苦楽を重ねた後、何かと安堵しながら、
セカンド・ライフに於いて、身も心も溌剌と過ごせる人生の黄金時代と称せられるゴールデン・イヤーズの中、
知人、友人から何かと嬉しい、楽しげな便りを数多く受けたりしてきた・・。

そして私も過ぎ去った60代の年金生活の10年間の日々は、私の人生の中で何より安楽な時代、
と思い重ねたりして享受してきた・・。

或いは私たち夫婦は、幸いにも大病に遭遇せず、今日に至っている。

こうした中で、お金も大事であるが、セカンドライフの三種の神器と問われれば、
やはり『生きがい』が最優先てあり、次に『健康』、そして程ほどの『お金』と私は思いながら、
確信を深めたりしている。

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私の住む町で、聳え建つのはNTT中央研修センタのビルのひとつで、何かと私は・・。

2016-04-18 14:21:15 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅に住む年金生活の71歳の身であるが、
結婚前後の5年を除き、66年近くこの地に住んでいる。

そして我が家の小庭からは、遥か遠方にNTT中央研修センタのビルのひとつが視える。

このNTT中央研修センタは、私が小学3年生の1954年(昭和29年)頃は、
日本の電話電信を管轄していた日本電話電信株式会社(現在・NTT)の中央研究所のひとつであり、
中央電通学園と称されて、私たち地元の人々から親しまれていた場所となってきた。

特にこの中にある円形のドーム屋根にある建物は、この当時としては珍しい大型のテレビが設置され、
私たち地元の人たちは、幾たびかボクシング試合中継、水泳の中継などを視聴させて頂いた場所でもあった。

そして幾10数年、私たちの地域の選挙の投票所となった上、
調布市から指定された防災の避難所のひとつとなっている場所でもある。
            
            ☆確か3年前の初冬、記念に私は撮った☆

このように私は、何かと親近感を増して、定年後の年金生活の散策コースのひとつとなっている。

しかしながら、NTT中央研修センタの広い敷地の中は、幾10のビルが整然と建ち並んでいるが、
理工系にも苦手な私は、通信の有線・無線など幅広い分野で、全国より精選された優れた方たちの研修所、
と思っているしか理解できない処でもある。

そして過ぎし15日、快晴で北風が吹く中、成城学園前の駅ビルで買物があり、
私は利便性の良い路線バス、そして大通りの道を避けて、旧街道の小道を歩いて、行くことにした。

我が家から歩いて5分頃、建設中だった幾つかの棟のマンションが完成したらしく、全貌を見せて、
私は微苦笑したりした。
            

私が小学生の頃には、日本電話電信株式会社(現在・NTT)の研究所の隣接地として、
国際電話電信株式会社(現在・KDDI)のおしゃれな社員向け住宅街であり、
ここ10年前の頃までは、老朽化していたがお住まいになっていた。

私は時代の変貌に溜息を重ねた後、雑木林の中にある小道を歩いたりした。
   

まもなくして路線バスが通る道に出て、NTT中央研修センタのビルのひとつが視えた・・。
            

そして2分も歩かない中、中央研修センタの正門前に私は着いた。
            

この左サイドに、我が家の小庭からは、遥か遠方に視えるビルである。
            

このビルは私の住む地域はもとより、調布市でも一番高台にあり、
少なくとも付近に住む私にとっては、選挙の投票所、防災の避難所などで灯台のような存在でもある。

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ブログの世界、匿名で発信している私、やがてリアルの私本人が判明させられ、微苦笑を重ねて・・。

2016-04-17 15:38:19 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市の片隅に住む年金生活の71歳の身であるが、
中小業の民間会社に35年近く勤め、2004年〈平成16年〉の秋に定年退職した後、
多々の理由で年金生活を始めた・・。

やがて年金生活をしていると、何かと身過ぎ世過ぎの日常であるので、
日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを心の発露の表現手段として、
このブログのサイトに綴り投稿するのが、生きがいのひとつとなっている。

そして原則として少なくとも国内旅行で不在、或いはパソコンが故障しない限り、毎日投稿してきたので、
早や丸11年半となっている。
                       

我が家に於いてインターネットを開設したのは、私が定年退職する数ヶ月前であった。

この当時の私は、数多くの同世代の人たちと同様に、多忙の現役サラリーマン時期であり、
自宅のパソコンにインターネットを開設したならば、友人たちと電子メールの交流の時間に余裕もない思いがあり、
退職後からすればよいと思いがあったりした。
          
私は現役サラリーン時代は情報畑に20数年従事し、1990年(平成2年)の初めの頃までは、
ある程度は専門畑としてコンピュータの世界の動向、技術革新は、程ほどに解かっていた・・。

やがて人事異動して、利用者側の間接部門となったので、
先端技術、同行も解からず、ただパソコンを活用し、業務に従事していたぐらいであった。

このような体験があったが、いざ自宅でパソコンにインターネットを連動させた時、
ネット世界の環境の飛躍的な変貌には、ただ驚きながら溜息を重ねて、出遅れたと感じたりした・・。
                      

こうした中で、定年後の年金生活を始めた中、『ホームページ』を立ち上げて、
自身の日々の思い、そして過ぎ去った時代の思いのことなどを出来うる限り随筆風に綴り、
公開しょうと思案したりしていた。

しかしながらホームページの開設までの技量に乏しく、無名の私が果たして開設・運営した所で、
と躊躇していた時に、
偶然に本屋の店頭で一冊の本にめぐり逢え、私は初めて『ブログ』の世界を知った・・。

この本は『はじめよう! みんなのブログ』(インプレス)と題された、
別冊インターネット・マガジンであった。
      
そして私はブログの多くは匿名制度であり、ある程度の良識を根底に於けば、
自在に私の生活のことから、無知なりに社会、政治の分野まで発露でき、
何よりホームページより手軽に開設、運営できると感じ、ブログに加入しょうと決意した。
                 
    
そして私は、2004年(平成16年)11月12日に【アメーバ・ブログ】に加入し、
『極楽とんぼ~団塊世代のひとりとして~』とタイトルを掲げ、
『kaze-hikari』という発信名で投稿をはじめた。

タイトル名の『極楽とんぼ~団塊世代のひとりとして~』に於いて、~団塊世代のひとりとして~、と副題をしたのは、
私が中途入社した25歳の時、職場で机を並んだのは、大学の新卒の人が多く、
彼らは団塊世代の人たちが多く、その後30年ぐらいは、それぞれの時代の苦楽を共にした心情があった。

この当時、インターネットのWebの世界に未熟な私は、
ブログの知識のないまま戸惑いながら投稿をはじめ、日記投稿欄の書き込み、送信に、
この当時は幾たびかエラーなどが発生し、初心者として技量もなく、何度も書き直し投稿をしたりした。

この間、初めてコメントを頂いた時、喜び小躍(こおど)りしたりしていたが、
まもなく賞金ランキングのような形式が公示され、私のブログの思いの主旨と違うので、投稿をやめた。
          

そして私は他ブログ・サイトを探し、ブログに準じたサイトの【goo簡単ホームページ】を知り、
『風のように光のように』とタイトルを掲げて、入会したり、
或いはブログ・サイトの【gooブログ】に翌年の2005年(平成17年)の1月中旬に加入し、
『年金青年のたわむれ記』とタイトルを掲げて、無知なりに1年近く政治、経済など難題を投稿した。

この当時の【gooブログ】は、入会している会員数は100万人であり、
ブログに準じたサイトの【goo簡単ホームページ】は、こじんまりとした10万人ぐらいの会員数であった。

私は個人的な幼年期からサラリーマン退職時まで、そして年金生活の日々の心情は、
脚色もないありのままの思い、真情を投稿文に認(したた)めたく、
お読み頂いた方に、リアルな私を判明しずらい会員数の少ない【goo簡単ホームページ】を選定した。
                       

私はブログの投稿文を綴ることの内容は、誰しも光と影を有しているので、
つたない私でも書くことのためらう影の内容を秘めたりしている。

たとえば幼児の時は、何かといじけたことが多く、
やがて小・中学生は通信簿『2』と『3』の多い劣等生であったりした。

そして私は若き20代の前半に文学青年の真似事した時期、新人賞に応募し、
最終候補6作品の寸前で3回ばかり落選し、敗退したりした。

或いは母は生まれてまもなく里子にだされて、やがて成人して、
里子先で結婚されて、私たち兄妹の母親となったりした・・。

または次兄が自営業の資金繰りに失敗し、自室で睡眠薬を多量に飲み自裁した。、

この当時の私は住宅ローン返済で苦慮していたので、
次兄から私を資金に関しては無力と感じとられて、結果的には私としては何の役にも立てずにいた・・など、
私なりに心に秘めてきた屈折した出来事を、余すことなく投稿してきた。

こうした出来事のことは、小心者の私としては、匿名であることで初めて発露できたことであり、
心のわだかまりを吐露しなければ、私としては一歩先でも進めない時もあったりした。
                       

このような心のうめごきをリアルな現実の日常生活では、
たとえ私が言葉にしても、対人の受け止めることに困り果てることもある、と感じたりした。

小説、随筆などは、あくまで間接のワンクションンとして読者は受け止めることができ、
ブログの匿名で公開する内容も、ある意味合いに於いては同じかしら、と思ったりしている。

このような理由も重ねて、私はここ9年近く、発信名は『夢逢人』と命名したりした。

私の綴ってきたことは、まぎれなく私の知る限り真実を発露してきたので、
リアルな現実でお逢いするのは、私の心の裸身を見られたように恥ずかしく、
文字通り、夢の世界でお逢いしたいですね、と思いながら命名したりした。
                       

この間、幾たびかブログサイトに彷徨(さまよい)い2010年(平成22年)の7月から、
この【gooブログ】に於いて統合して、やがて5年前に『年金青年のたわむれ記~かりそめ草紙~』と
タイトルを改名した。

やがて、いつまでも年金青年は違和感がありと思い、
『夢逢人かりそめ草紙』とタイトルを短縮して、現在に至っている。

結果としては、パソコンの故障、国内旅行などしない限り、日に少なくとも一通は投稿してきた。
こうした私の根底には、私の幼少時代から年金生活している現在までの生きてきた心の軌跡を発露して、
自己表現のひとつとして、心の証(あかし)の残したいからであった。
                       

こうした中、確か2年半前の頃、電子メールで、XXさんと思いますが、後輩のXXです、
と私が35年近く勤めていた音楽業界のあるレコード会社の後輩のひとりから、
丁重なお便りを頂いた。

何かしら私のブログの投稿文を偶然に読み、
リアルの私本人が判明し、会社時代の最近更新された名簿録から、電子メールのアドレスが解り、
私宛に後輩本人の近況を含めて、お便りを送信された、と私は知ったりした。

そして私は匿名の投稿文でも、ありのままの真情の投稿文を重ねると、
リアルな本人は判明してしまった、と少しばかり微苦笑させられた・・。
         
たとえば勤めていた音楽業界のレコード会社の各社に於いて、
私の定年後に、ある他社のレコード会社の社長が自裁されたり、
或いは他業界からあるレコード会社の買収案が新聞紙上でニュースになった時、
無力な私でも、いたたまれない心情となり、私は幾つかの投稿文を発信したりしてきた。

こうした私の投稿文をお読み頂ければ、現役サラリーマン時代の先輩、同僚、後輩、
そして知人は、あの人だ、とリアルの私本人は判明してしまう。

或いは私の現役時代の最後の5年間は、リストラ烈風の中、
私は出向となり、各レコードがCD、DVDなどの音楽商品を委託している物流会社に勤めた私が、
この当時の真情をくまなく投稿文に綴ってきたので、
やはりリアルの私本人は、一部の方に判明してしまう、と思われたりした。
                       

こうした中で、私は定年後の年賀状を発信する時、私の近況を書く中で、
《・・このような身過ぎ世過ぎの年金生活をして、あふれた思いをブログの投稿文を重ねたりし、
生きがいのひとつとなっています。・・》
このような意味合いの文を10年ばかり綴たりしてきた。

このような状況であるので、先輩、同僚、そして知人の中の人たちの一部に於いて、
私のブログの投稿文を偶然に読み、リアルな私本人は判明し、微苦笑されていると思われる。
そして私にあえて告知せずに、静観して、お読み頂いている、と私は思ったりしている。
                       

私は今年の9月に誕生日を迎えると、恥ずかしながら72歳を迎える。

そして私は残された人生の歳月は、自助努力も肝要であるが、もとより神様か仏(ほとけ)さまの采配に寄る。

こうした中で、私はブログに関しては匿名であろうと、リアルの私本人が判明しょうが、
これまでと同様に、脚色もないありのままの思い、そして真情を投稿文に認(したた)めようと、
微苦笑を重ねたりしている。

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私のブログのコメントを頂く御方は、小学5年生の女の子~80代の男性まで、感謝しながら微笑み・・。

2016-04-16 14:52:42 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の71歳の身であるが、
亡き母から遺伝を受け継ぎ、恥ずかしながら男の癖におしゃべりなひとりとなっている。

そして現役サラリーマン時代は、血液型はB型の為か、
たとえ難題もおだてられると、はい・・できます、と高揚しながら睡眠時間を削り、奮闘したりしてきた。

2004年(平成16年)の秋、ある民間会社に35年近く勤めて定年退職して、
定年後、多々の理由で年金生活を始めると、家内はもとより、ご近所の奥様、ご主人など談笑をしたりしている。

そして旅先で、食事処、ロビーなどて隣席した見知らぬ方でも、私は話しかけて談笑したりしている。
                        

私は年金生活を始めて、まもなく偶然にブログの世界を知った・・。

そして2004年(平成16年)11月12日にある大手のブログサービスに加入した後、
2つばかりのブログサービスに彷徨(さまよ)った後、
この【gooブログ】に翌年の2005年(平成17年)1月19日に加入し、
この日から4105日が過ぎている。

しかしながら、この後に他のブログサービスに加入して熱中して、2度ばかり中断したが、
2008年(平成20年)の5月以来は継続し、今日に至っている。    
        
このような軌跡で、ブログの世界を知って丸11年が過ぎて、早や12年生となっている。
結果としては、パソコンの故障、国内旅行などしない限り、日に少なくとも一通は投稿してきた。
                              
               
こうした私の根底には、私の幼少時代から年金生活している現在までの生きてきた心の軌跡を発露して、
自己表現のひとつとして、心の証(あかし)の残したいからであった。

そして年金生活を過ごしている今、日々に感じたこと、思考したことなどが心の叫び、思いがあふれ、
心の発露の表現手段として、ブログの投稿文を綴ったりしている。
                                                 
私の投稿文の殆どの内容は、幼年期からサラリーマン退職時まで、
そして年金生活の日々の心情を脚色もないありのままの思い、真情を投稿文に認(したた)めたく、
あますことのないように綴ってきた。

私は綴る際は、自身のその時の心に素直に綴るようにし、
あとで振り返った時、あの時はこのような思いで過ごしていたのか、
何より自身に対して、その時の思いの心情を大切にしているひとりである。
       
恥ずかしながら数多くの駄文を綴ってきたが、ひとえに自身の為の心の軌跡の発露、と言っても差し支えない。
                       

こうした中で、私は投稿文の時に、多くの方に読んで頂きたい自己顕示欲もあり、
投稿文の中では、改行を多くし読みやすいようにしている。

或いは4年近く前の頃から、何とか写真を添付することが出来たので、
乏しい筆力を補(おぎ)いながら、カット代わりに写真を掲載したりしている。
         
私はブログを投稿する際、ひとつのテーマを決めて、真摯に、ときには楽しく綴ることもあるが、
不勉強の為に筆力が乏しいながら、最後までお読み頂けるように試行錯誤をしたりしている。

しかしながら私の投稿文の内容は、あふれた思いを伝わるように熱意ばかりで、
一気呵成に書き上げてしまい、ときには長き投稿文になったり、
投稿文を送信した後、読み返したする時、つたない綴りが多いので反省する時もある。
                                            
      
このように私は自身の投稿文も大切であるが、文愛人(ふみあいびと)のひとりの私は、
この間、数多くの御方の投稿文を読ませて頂いたりした。

そして日記として綴られている場合は、
その人なりの思いをその方ご自身の言葉で、淡々と綴られているのに、
圧倒的に感動を覚(おぼ)えたりしてきた。

そして日々の日常生活の過ごした方、或いは人生の思いを学び、
こうしたお考えで、この人生を過ごされているのか、と教示されることが多く、
お住まいの地域、これまで綴られた人生の軌跡に思い馳せながら、
何よりも生きた人生の教科書、と確信を深めたりしている。

こうして読ませて頂きながら、私は秘かに励ましを感じたり、微笑んだりして、
確かな人生の底知れぬ哀歓を感じながら、年金生活を過ごしたりしている。

こうした数多く投稿文を読ませて頂く中、たとえたった一行の綴りでも、
瞬時に琴線(きんせん)が静かに奏(かな)で始め、
やがてその御方のブログの愛読者のひとりになってきた・・。
                       

ときおり私は数多く方にコメントをしてきたが、数多くの御方からでも、コメントを頂いてきた・・。
先ほど、ぼんやりとブログを開設以来、コメントを頂いた人たち・・思い浮かべたりした。

そして私の世代に相応(ふさわ)しく、やはりシニアの60歳代、70歳代が圧倒的に多いなぁ、
と私は微笑んだりした・・。

こうした中で、確か小学5年生の女の子から、突然にコメントを頂いたりした。
確かブログを始めて半年が過ぎた頃、あるブログに準じた簡易ブログサイトに私が加入していた時、
札幌市にお住まい小学5年生の女の子から、コメントを頂き、私は驚いた・・。

何かしら東京に行きたい、と主旨であったが、
私は旅先の札幌の市内、郊外には、幾たびか訪れていたので、
東京より素敵な処が数多くあります、と具体的に名所、景観を記載して返信したりした。

そしてお互いに3通ばかり交流した最後に、
お父様によくお話しをして下さいね、と私は記載して、終結とした。
          

或いは私は音楽が好きなので、数多くの投稿文をしている中、20歳代、30歳代の男女から、
幾たびかコメントを頂いたりして、教えられることも多々あったりした。

そして高校2年の女子生徒より、私の投稿文に対して、
アメリカの社会学者のアルビン・グールドナー・著作の『知識人の未来と新たな階層の台頭』に関心があり、とコメントされてきたが、
高校2年生の貴女様が、この御本に関心があると知り、社会学に早熟で、驚いている次第です、
と称賛した文を返信したりした。

何よりも恐縮したのは、私が65歳の時、84歳の男性から、健康のこと、
或いは人生教訓のことまで記載され、私は多々教示されたりした。
            

この間、海外に住む御方からでも、コメントを頂き、ネットは世界をめぐることを実感させられたりした。

過ぎし7年前に、アメリカのミシガン湖畔の住宅街にお住まい日系3世、高校女子生徒と、
日本とアメリカの風習、季節感の差異をお互いに確か6通ぐらい交流した。

やがて広島の原爆投下の理由に関して、
多くのアメリカ軍の青年を犠牲するを避けるために原爆投下した、と学校で教えられた、
と断片するように記載され、私に同意を求めたので、私は異論を唱えて、はかなくも交流は途絶えた・・。


ここ一週間に於いては、ドイツにお住まいの女性と思われる御方から、
私が昨年の2015年4月11日に於いて、【『長崎の鐘』の歌、私が生まれて初めて感動させられた歌となり・・。】
と題した投稿文をお読み頂いたりした。

そして日本に訪れる時、『長崎の鐘』の歌を唄いたく、歌詞を教えて下さい、
という内容で、電子(E)メールのアドレスも記載されて、少したどたどしい日本文で真摯な心情でコメントを頂いたりした。

私は迅速に、歌詞を記載し、電子(E)メールで送信したり、コメント欄にも同一内容を返信したりした。

やがて丁重なコメントを私は頂き、恐縮しながら微笑んだりした。
或いは電子(E)メールも頂き、更に真摯な詳細事情を記載されて、電子(E)メールのアドレスの削除を依頼されていたので、
やむなく最初のブログ上のコメントを私は削除したりした。
            

このように私は、ブログを真摯に、ときには楽しく投稿をしてきた中で、コメントを頂い御方は、
小学5年生の女の子から80代の男性まで、そして想定外の海外からも頂き、
ひたすら感謝しながら微笑んだりしている・・。

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